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2008年11月30日

ロボット総理の党首討論

 11月28日の党首討論を見て、麻生総理の言っている事がさっぱり理解出来なかった。なぜ理解できないかを考えると、どうも総理の発言は誰かが作った想定問答を丸暗記して、それを機械的に繰り返したために、他人に理解させることが出来ない言葉の羅列になったからではないか。

 党首討論で小沢代表が突いてくると予想された第一は、「政局よりも政策」と言って解散を先延ばししたのに、政策を裏付ける第二次補正予算案をなぜ今国会に提出しないのかという点である。これに対して麻生総理は、年末までの資金繰りは第一次補正で何とかなる。第二次補正は来年3月の資金繰り用だ。だから今国会には提出しないという論理で応じた。

 本当にその通りかどうか疑問もあるが、仮にそうだとしても、それなら何故10月30日にあんなに大袈裟に経済対策を打ち出したのかが疑問になる。あの時スピードが大事だとは言ったが来年3月用とは言わなかった。年内に解散が出来ないほど政策実現に全力を挙げる口ぶりだった。どこかで事情が変わったのではないかと素朴な疑問が湧く。ところがその疑問を解消する説明はされない。

 代わりに麻生総理が言い出したのは、金融機能強化法成立の必要性である。これがないと第一次補正だけでは経済が悪化する。その後に第二次補正に加えて来年度予算も成立しないと景気はおかしくなると言った。麻生総理は金融機能強化法案と第二次補正と来年度予算は「三段ロケット」だと繰り返す。まるでロボットが言葉をインプットされたかのように何度もそれを繰り返した。

 これで小沢代表との話がかみ合わなくなる。就任以来の総理の考えを論理的に理解しようと思って聞いているこちらもそこで話が分からなくなった。しかし麻生総理が一番言いたい事がこの「三段ロケット」だと言うことだけは良く分かる。とにかく「金融機能強化法と第二次補正と来年度予算が成立しないと困る」と言いたいのだ。要するに総理はこれからの国会が気になって仕方がない。「三段ロケット」のうちどれが成立しなくとも政局は解散か総辞職になるからだ。

 だから何とか小沢代表から民主党の対応の感触を聞き出せと誰かに指南された。出来れば成立に協力する前向きの言質を引き出せと言われた。その事だけが総理の頭にあるから話の筋道が立たない討論になる。中でも想定問答を暗記しただけだと思わせたのは、解散もせずに総理交代が続いている事を突かれたら、イギリスのトニー・ブレアとゴードン・ブラウンの例を挙げろと誰かに言われたことだ。普段頭にない事を言うものだから「議院内閣制」を「議会制民主主義」と言い間違えてその事に気づかない。

 何故メディアが注目しないのか不思議なのだが、私が驚いたのは親米派であるはずの麻生総理がアメリカ政治のあり方を否定し、アメリカの金融危機対応を批判した事である。麻生総理は「危機に政治空白は許されない」と言い続けてきた。しかし危機の火元であるアメリカは、危機の最中に大統領選挙と上下両院議員選挙をやっていた。麻生総理はこれを痛烈に批判したのである。「金融災害と言われる中で政治空白を作るというような事は(やるべきでない)。アメリカは(選挙なんかやっているから)誰が最終決断者か分からないと言う厳しい事になっている。我々は第二位の経済大国としてそのような事をすべきではない」と発言した。

 金融危機の最中でも大統領選挙をやっていたのはアメリカ合衆国憲法の定めによるものである。この発言はまかり間違えば日本の総理がアメリカ民主主義を全否定したと受け取られかねない。かつて宮沢総理は「国会でアメリカ人を怠け者だと発言した」と報道されてアメリカ議会を怒らせた。「もう一度原爆を落としてやろう」と息巻く議員もいた。怒りを和らげるために周囲は苦労した。

 第一選挙を「政治空白」と言う方が民主主義を知らない。国家の行方を国民の意思で決めるのが民主主義である。国民が参加できる選挙こそ民主主義の基本中の基本なのだ。だから原理的には国家が危機にあるときこそ選挙をやる必要がある。しかしこの総理はそういうことを理解していない。それが世界に知れたら恥ずかしい。

 このような総理を生み出す国だから国民もその程度である。世論調査で選挙と景気対策を選択させると国民は圧倒的に景気対策と答えると言う。選挙になれば与党も野党も必死になって景気対策を作る。今より良い政策が出来る事は間違いない。そして国民は良いと思う景気対策を選ぶ事が出来る。国民が景気対策作りに参加出来るという事だ。選挙を選ばずに景気対策を選ぶ国民は現在の政府に全て丸投げする事になる。そのくせ麻生内閣を支持する国民よりも不支持が多いと言うのだから訳が分からない。こういう国民を愚民と言う。

 愚民を作り出すのはメディアである。勝敗判定をはっきりさせれば良いのだが、あっちも駄目だがこっちも駄目だ式の判定が多い。ひどいのは「政局ばかりで国民の事を考えていない」と国民の味方面をするメディアである。判定を逃げて保身を図っているくせに正義を売り物にする。眉間にしわ寄せキャスターの番組ではコメンテーターが「外国では政局の議論でなく、どうやってジョッブ(仕事)を作るか、まともな議論をしている」などと言っていた。何を見たのか知らないが、私が知っている英国議会の「クエスチョンタイム」は「政局」だらけである。

 大体30分しかない討論時間で「政策」の議論など出来るはずがない。労働党も保守党もやっている事は選挙を意識した相手攻撃である。サッチャーは労働党党首の事を「お前は古臭い共産主義者だ!」と金切り声で罵倒していた。それで議場が盛り上がる。それが本場の党首討論である。今回も「あんたは信用できねえ」、「それはチンピラの言いがかりだ」とやればイギリス並みだった。

 選挙で勝たなければどんなに良い政策も実現しない。選挙で勝つために与党も野党もしのぎを削る。民主主義とは「政策ではなく政局」である。それが政権交代を繰り返す先進諸国の民主主義で、政権交代のない国だけが「政局よりも政策」などと言って国民を洗脳する。

 「党首討論を毎週やったら」と書いた新聞もあったが、私は全く反対である。ロボットのように丸暗記した言葉を羅列する総理がいる限り、党首討論をする意味はない。しかも外交問題に発展する発言でもされたらそれこそ国家の一大事である。今回の党首討論が終った後で与党の幹部たちは「ホッ」と胸をなでおろしたと言うがそれは甘い。もうこれっきりにした方が間違いは起きないと私は思う。

 
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電話:03-3357-0858
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2008年11月28日

国会探検特別篇 その2:日本の政治はどうなっているのか

今回の国会探検は、9月26日に行われた銀座田中塾「日本の政治はどうなっているのか(3)」の模様を音声資料で一部公開します!

総理大臣はどのように選べばよいのか。政治リーダーとはどうやってつくればよいのか。国会を長年にわたってウォッチしてきた田中良紹さんが歴史をひもときながら解説していきます。

■日本の政治はどうなっているのか(2) (公開は終了しました)

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2008年11月24日

不思議な国の不思議な政治

 明治以来の日本は「欧米に追いつき追い越せ」を合い言葉に先進国の仲間入りを目指してきた。そして1985年遂に世界第二位の経済大国に上り詰めた。ところがその瞬間から国の全てが弛み出し、それからは凋落への道を辿っている。金が出来たぐらいで弛んでしまう統治機構も問題だが、そもそも国家原理の異なる「欧」と「米」とを一緒に追いかけたところに混乱の原因があると私は思っている。

 アメリカはヨーロッパの中央集権的な王制に反発した人々が作った国家である。だから権力を極力集中させない分権型の国作りをした。政治の単位を州に置き、中央政府は外交と防衛を専ら行い、内政は各州に委ねられている。その政治体制はそれより170年前に徳川家康が作った幕藩体制と良く似ている。徳川もまた政治の単位を藩に置き、各藩には完全自治が与えられ、その一方で鎖国政策により幕府だけが対外交易を行った。

明治政府はこの分権型の体制を転換して中央集権国家を作り上げた。大久保利通や伊藤博文はヨーロッパで急速に勃興したプロシアに魅せられ、鉄血宰相ビスマルクの「皇帝と軍隊と官僚が支配する国造り」を真似て天皇を後ろ盾とした官僚政治を推進した。一方、政府に反対する勢力は坂本龍馬を源流とする自由民権運動に結集し、官僚政治に対抗する議会政治を実現させた。その議会は英国議会と同じ仕組みである。議院内閣制の下で貴族院と衆議院の二院から成り、本会議中心主義であった。

しかし第二次世界大戦に敗れて連合国に占領された日本の政治はアメリカによって作り替えられた。アメリカは議院内閣制を残しながら、議会だけは大統領制の米国と同じ仕組みにした。ここに英国型民主主義と米国型民主主義とが「接ぎ木」される事になった。さらに日米同盟を基軸に戦後を歩みだした日本は、中央集権の根を持ちながら分権型のアメリカ政治に強く影響されて頭と体がねじれている。

 「接ぎ木」の現状を説明する。英国の選挙は「マニフェスト選挙」である。候補者ではなくマニフェスト、すなわち党の政策を選ぶ。候補者は決して名前を連呼せず、戸別訪問で党が掲げる政策を説明して歩く。選挙で過半数を得た政党の政策は民意を得た事になる。その政策が議会で否決されないように議員には党議拘束がかけられる。議会で野党がやることは修正を求めるだけで法案の成立を妨害することは出来ない。そこで野党は毎週開かれる「党首討論」で政権批判を行い、国民に支持されるマニフェストを作り、次の選挙で政権獲得を狙う。これが英国式民主主義である。

ところがアメリカはまるで違う。国民は大統領も選ぶが連邦議員も選ぶ。大統領の所属政党と議会の多数党が異なるのは毎度の事で、議員に党議拘束をかけたら政治は全く動かなくなる。だからアメリカには党議拘束も「マニフェスト選挙」もない。選挙で選ばれるのは候補者で、候補者は「選挙区の為に働きます」と言って名前を売り込む。委員会中心主義の議会は法案を巡って激しくぶつかり合い審議妨害や審議拒否もある。党議拘束はないから委員会での議論の中身で可決か否決かが決まる。大統領は反対党の議員にも電話をかけまくって多数派工作をする。

英国型と米国型はこれだけ違う。しかし両方とも首尾一貫している。問題は「接ぎ木」の日本である。選挙のやり方は米国型である。どの候補者も「選挙区のために働く」と言って名前を売り込む。ところが英国型でもないのにそれを「マニフェスト選挙」と呼ぶ。米国型で選ばれた議員が国会に行くと途端に党議拘束をかけられる。では国会は英国型かというと米国型の委員会中心主義である。激しい駆け引きも審議拒否もある。ところが時々英国型の「党首討論」をやったりする。こうなると何がなんだか分からない。それなのに学者やメディアは英国型の「マニフェスト選挙」と「党首討論」を「政治改革」の切り札だと囃し立てる。それを言うなら米国型の選挙と米国型の国会を変えてからにして欲しい。

おかしな事はまだある。中央集権的なヨーロッパではたいていの国が「大きな政府」である。税金も高いが国が国民の面倒を見る「高福祉・高負担」の政策だ。分権型のアメリカはそれとは逆の「小さな政府」で「低福祉・低負担」である。税金はなるべくとらないが国民の面倒も見ない。日本は中央集権国家だから昔から「大きな政府」だった。ところがアメリカに影響された小泉政権が「小さな政府」を標榜した。それなら減税をするのかと思ったら反対に定率減税を廃止した。そんな「小さな政府」はインチキである。すると政府は「中福祉・中負担」と言い出した。「中」とは一体何なのか。「高」に近いのか「低」に近いのかが分からない。いい加減にもほどがある。こうして不思議な国の不思議な政治は「欧」にも「米」にもなりきれずにひたすら漂流を続けている。

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2008年11月22日

「黒い霧解散」と言ってはみたが・・

 臨時国会冒頭解散を逸したばっかりに迷走に迷走を重ねている麻生総理だが、党内から「解散は来年春の予算成立以降」との声が上がる中、まだ年末年始解散総選挙の望みを捨ててはいないようだ。

日本時間の11月22日朝、ペルーのリマで同行記者団と懇談した麻生総理は相も変らずべらんめぇ調で、民主党の小沢代表を「この人の話、あぶねぇなぁ」などと批判し、第二次補正予算案の今国会提出見送りを表明した際に、ひとつ意味深長な言葉を口にした。それは「黒い霧解散」である。

 記者から「解散を決める一番の要因は何か」と問われた麻生総理は、「判断には人によって色々の要素がある」と言うために、佐藤内閣の「黒い霧解散」を例に挙げたのである。黒い霧解散とは、1966年の通常国会召集初日の12月27日に佐藤総理が行った解散で、自民党は「黒い霧事件」と呼ばれる不祥事で世論の支持を失い、大敗が予想されたにも拘らず、1月29日の選挙結果は微減で済んだ。それが佐藤総理の求心力を高め、第二次佐藤政権を成立させる事になった。

 因みに1月に総選挙が行なわれたのは、1948年12月23日に麻生総理の祖父である吉田茂が行った「馴れ合い解散」とこの「黒い霧解散」の二つしかない。二つとも結果として解散を断行した総理の求心力を高め、その後の長期政権の基盤を作った。麻生総理のこれまでの口ぶりからはこの二つの解散を十二分に意識している事が伺える。本人にしてみれば初めは尊敬する祖父吉田茂に、世論の批判を浴びるようになってからは佐藤栄作にあやかりたいとの思いが強まっているのかもしれない。問題は本人が思っていてもそれを実現する事が出来るか。そして二人の先達のように良い結果を生みだせるかである。

 麻生総理が「危機に政治空白は許されない」とか「解散よりも景気対策」とか「政局よりも政策」と言ってきた事が全くの嘘である事はその後の経緯ではっきりした。大上段に振りかぶって発表した経済対策の裏付けとなる第二次補正予算案を「来年の通常国会まで出せない」と言うのだから、こんなにはっきりした嘘はない。「危機だ危機だ」と言いながら今まで一体何をしてきたのか。今までこそが「政治空白」である。解散総選挙をやった方が「政治空白」にはならなかった。

 与野党が選挙で危機への対応と経済政策を競い合ってくれれば国民には一番良かった。危機の火元のアメリカでは10月が大統領選挙と上下両院選挙の真っ最中で、選挙の争点はまさに経済だった。もともと政策のために選挙をやらないという理屈は民主主義国では通用しない。政策を選ぶために選挙をやるのが民主主義である。選挙を「政治空白」と呼ぶようなインチキから早く脱しないとこの国はいつまでもまともな民主主義国にはなれない。

 麻生総理は文芸春秋誌の赤坂太郎に「選挙を先送りしたのは逃げたのではなく、本当に金融危機に対応するためだった」と見え見えの「やらせ」記事を書かせていたが、それならば自らの無能をさらけ出しただけの話だ。とにかく選挙を先送りした理由を嘘で塗り固めて行った事が迷走を招いている。腹に据えかねているのは野党だけではない。与党の中にも麻生総理の下で選挙をするのは御免だと思う議員が出てきた。その人たちが考えるのは解散ではなく総辞職である。現職総理を総辞職に追い込むには通常国会で予算を成立させないのが一番だ。だから通常国会までに解散総選挙をやらないと麻生政権は「蟻地獄」にはまり込むと前々回のコラムに書いた。

 「解散は来年春の予算成立後」という話には「蟻地獄」の罠があると考えるのが普通である。予算が通るなら良いが、通る保証はどこにもない。これまでの自民党の歴史は、予算を通さなくするのが野党のように見えて実は与党である事を教えている。しかも予算が通らない時には解散が出来ない。国の機能が麻痺する時に解散すれば、それこそ「政治空白」が日本社会を痛撃する。総理は「立ち枯れ」になるしかない。与党の中から「解散は予算成立後」という声が大きくなり、世論もそれを支持するようになると、それに抗して解散権を行使する事は難しくなる。麻生総理も安倍、福田と同じ運命になる。

 麻生総理は、「第二次補正予算案を出してからの解散ではボロ負けする恐れがある。しかし新テロ法案と金融機能強化法案の二つで臨時国会を大幅延長し、そこで民主党の採決拒否をメディアに批判させてからの解散ならボロ負けはしない」と考えているように見える。仮に民主党が採決拒否を続けた場合、新テロ法案は12月20日以降、金融機能強化法案は来年の1月5日以降の再議決が可能となる。

 麻生総理にとって最も好ましいのは、新テロ法案が再可決された後の12月下旬に、金融機能強化法案の採決に応じない民主党を批判して解散に踏み切る事だが、民主党が粛々と否決すれば、民主党を批判する事は出来ず、解散の大義名分も立たなくなる。何しろ「解散よりも景気対策」と言い続けてきたから、それが麻生総理の解散権を封じる。景気対策が国会に提出されるのが来年の通常国会ならば、その手前で解散する事は前言を覆す事になる。

 民主党が都合よく採決拒否を貫いて国民の批判を浴びてくれれば良いが、政治の修羅場を潜り抜けてきた小沢民主党代表がそんな手に乗るはずがない。国会運営の主導権は今や与党にはないのである。そうなると吉田茂にも佐藤栄作にもあやかれず、麻生総理は「蟻地獄」に落ちていく事になる。それから逃れる手段はただひとつ。吉田茂の「馴れ合い解散」のひそみに倣って、解散を望んでいる野党との「話し合い解散」に応ずる事だ。そうすれば公明党も喜ぶ1月総選挙を実現できる。それを逃せばラストチャンスも消え失せる。

 麻生総理は民主党の小沢代表を「信用できない」などと批判できる立場にはない。先達に倣って「馴れ合い解散」や「黒い霧解散」の真似をしたいなら、野党に頭を下げるしかないのである。今や敵は野党ではなく与党の中にもいる事に気づかないと、麻生総理は「解散も出来ない総理」として野垂れ死ぬ事になる。


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2008年11月16日

三軍の長たる総理の威令

 11月11日の参議院外交防衛委員会で、政府見解と対立する論文を書いて降格され、定年退官させられた田母神俊雄前航空幕僚長が、あくまでも政府を批判し自らの考えを正当化したのに対し、命令する立場の浜田防衛大臣は「不適切な論文を書いたので1日も早く自衛隊から居なくなってもらう事を優先した」という趣旨の政府答弁を繰り返した。

前幕僚長は政府を批判することで自衛隊内にくすぶる「不満」に火をつけようとしたかに見える。これに対して政府は「臭いものには蓋をする」態度に終始した。これを見ながら「他の国で果たしてこの様なことが起こりうるだろうか」と考えた。おそらくはあり得ない。国家にとって最も重要な事は軍に命令を守らせる事である。命令の正否を議論する必要はない。間違った命令であっても軍は絶対的に国家に従わなければならない。従わない者は見せしめとして厳罰に処す。これが世界の常識である。

外国映画には上官に反抗した軍人が軍服から階級を表す肩章や襟章をはぎ取られて追放されるシーンがよくある。多くのストーリーは追放される軍人の主張が正しいのだが、それでも軍には厳格な規律があり、それに刃向かう者は見せしめにする必要がある事を示している。これとは違うが楠木正成は、勝てる見込みのない戦いを前に和睦を進言するが聞き入れられず、しかし命令には「異議を申し立てず」と湊川の戦いに赴いて玉砕した。不本意な命令にも異議を申し立てない忠君ぶりで楠木正成は英雄になった。日米開戦につながる三国同盟に必死に反対した山本五十六もまた連合艦隊司令長官になると「2,3年しかもたない」と分かっていながら日米開戦の命令に従った。それが軍人である。

ところが今回は公然と反抗する前幕僚長を前に国家は為すすべを知らず、降格はさせたが追放は出来ない。定年退職を待つのがやっとで、軍人でなくなってから退職金の自主返納を「お願いする」始末である。「お願い」はあっさりと断られた。軍人に対して命令と見せしめができない国家の姿をまざまざと見せつけられた。

 国会での田母神氏は堂々として謙虚ではなかった。私がアメリカ議会で見てきたアメリカの軍人とは大違いである。アメリカでは軍の幹部がしばしば議会に召還されて証言を求められるが、その時の軍人たちは実に謙虚である。世界中に最強の軍隊を展開し、日々作戦行動に従事している軍人だから、さぞ自信に溢れ、軟弱な政治家など腹の中で馬鹿にしているのではないかと思っていたら違っていた。

 軍人たちは証言の冒頭で必ず議会が軍に予算を付けてくれた事に感謝の言葉を述べ、自分たちが議会に従属している姿勢を明確に示すのである。議員との受け答えも最大級の敬語を使い、自分が使われている立場であることを表現する。考えてみれば民主主義国家の軍隊にとって「ご主人様」は国民である。軍人は国民の税金で食わせてもらっている。その国民の代表である議員によって三軍の長である大統領は戦争遂行の権限を与えられ、軍の予算も議会によって承認されなければ使うことは出来ない。軍というものを議会との関係で考えたことがなかった私は最初は驚いたが、これがシビリアンコントロールなのだと納得した。

 ところが我が国ではどういう訳か軍人が国会で証言することがない。従って自衛隊が国会に従属していることを国民に見せつける機会がない。また以前にも指摘したが海上給油法案を巡る質疑には理解出来ない事がある。あれは軍事作戦ではない。日本国民の税金で購入した油を他国に無償で提供する話である。税金の使い方については国会に詳細を報告する義務がある。ところが軍事機密を理由に答弁を拒む大臣がいる。アメリカでは考えられない話だ。仮に軍事機密に触れる部分があるならば国会の秘密会で与野党議員に説明すれば良い。一体この国のシビリアンコントロールはどうなっているのか不思議に思っていた。

 私は東京裁判史観に立たない人間である。戦争に勝ち負けはあっても正義も不正義もないと考えている。戦勝国に敗戦国を裁く資格などない。「正義の戦争」などと言うのは十字軍以来の一神教の世界の話で、ドイツは一神教の国だからニュールンベルグ裁判を受け入れた。しかし我々は古来八百万(やおよろず)の神様と生きている。だから「正義の戦争」など受け入れる考えにはなれない。

 一神教の世界は唯一神のために「聖戦」と称して殺戮を繰り返してきた。やがて神のための戦いに疲れると、ファシズムとの戦いを正義と呼び、ついで共産主義との戦いが正義となり、最近では民主主義を守る戦いを正義と称している。正義のためには敵を邪悪と断じて徹底殲滅する。しかし敵を邪悪と断ずる考えは多神教の世界にない。多神教の世界では戦った敵もまた神として祀り、死ねばみな仏になる。

 しかし一方で田母神氏自身も論文で認めているように、戦争は「勝てば官軍」である。勝者は何も非難されないが、敗者は何をしても非難される。これも誰も否定できない歴史の現実である。「他の国はやっているのに」などと文句を言っても始まらない。見苦しい弁解と受け取られるだけだ。敗者は耐えて生きる道を探す。それが凛々しい生き方である。

 アメリカの日本を見る目はまさに勝者の目である。冷戦終了後の90年代初め、宮沢総理が金融バブルに踊るアメリカについて「アメリカの労働の倫理観に疑問を感ずる」と国会で答弁した。「日本の総理がアメリカ人を怠け者と言った」。アメリカの全メディアがそう報じた。アメリカ議会で議員たちは「怠け者が戦争に勝てるか」、「日本にはもう一度原爆を落とさないとアメリカの強さを理解しない」といきり立った。

 最近でも日米両国の外務・防衛担当大臣の会合で、日本側がアメリカの中国に対する対応に不満を漏らしたところ、「文句を言いたいなら戦争に勝ってから言え」と言われた話を耳にした。それがアメリカの本音である。その事はアメリカ議会を見ているとよく分かる。しかし「戦争に勝ってから言え」と言われても、今更日本に勝てるはずはない。そこでどうするかをこの国は真剣に考えなければならない。ところが政治家も国民もそれを全く考えようとしない。日米安保さえあれば何とかなると思っている。

 これほどの退廃をもたらしたものは何か。「拉致はなぜ起きたか」でも書いたが、やはり吉田茂が調印した日米安保に辿り着く。他国の軍隊に軍事を委ねるという考えは間違いなく「売国的」である。しかし吉田自身は戦後復興の手段、過渡期の措置と考えていたようだ。復興を成し遂げれば自立への道を探るはずであった。ところがその後の日本はその努力をしていない。冷戦の時代にはまだアメリカの核の傘に守られる必要があった。問題は冷戦後である。世界が激しく構造変化する中で日本はただ立ちつくしているだけである。

 日米安保を破棄してアメリカと対立しろと言っている訳ではない。ただいつまで従属の歴史を続けるつもりなのか。いつになったら国際社会の中で生き抜く方策を考えるのかと言いたいだけである。しかし参議院外交防衛委員会を見る限り、軍を指揮監督する立場の防衛大臣は明らかに「なめられて」いた。一方で景気対策の目玉と言って麻生総理がぶち上げた「定額給付金」を巡っては閣僚から勝手な発言が飛び出し、さらに「解散」を巡っても総理より先に与党から見通しが語られる。三軍の長たるこの総理には部下を束ねる威令がない。権力がどこにあるのか分からない状態の政治に国家の未来像など描けるはずがない。

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2008年11月 9日

麻生政権蟻地獄

 解散を先送りしたばっかりに麻生政権は今や蟻地獄にはまりつつある。
 客観的に見て麻生総理が解散に踏み切る最善のタイミングは臨時国会冒頭であった。なぜなら全てがそれを前提に準備されてきたからである。組閣も解散を織り込んでいたから「本格」ではなく「つなぎ」であった。「解散までのつなぎ」だから誰も文句を言わなかったが、これが「本格政権」だったら、党内からは不満が噴き出る「論功行賞・お友達内閣」だった。

 NHKがテレビ中継しないので国民は知らないが、参議院外交防衛委員会での政府答弁は既によれよれである。特に中曽根外務大臣と浜田防衛大臣は官僚が作成した答弁書を棒読みするばかりで、まともに質問に答える事が出来ない。ただ二人とも父親ほど「ワル」と思われていないため、人柄の良さに免じたのか、野党の追及は今のところ厳しくない。それで何とか救われている。

 本来参議院を野党に奪われた現状は、政府与党にとって「つなぎ」の組閣をやる余裕などない。前の総理は「背水の陣内閣」と命名して政権をスタートさせた。緊張感を持って組閣に取り組まなければならないのに麻生総理はそうではなかった。それもこれも総理就任後直ちに解散をして政権基盤を固めるつもりだったからだろう。それ以外にこの人事は理解出来ない。

 ところが総理就任後、自民党が行なった世論調査を見て麻生総理は「怖気」づいた。与党が過半数を割り込む内容だったからである。政権交代の可能性があった。しかし可能性は可能性である。政権交代が決まったわけではない。選挙で変える事を考えるのが政治である。古来、優れたリーダーは不利な状況でも逃げないから人々の信頼と尊敬を勝ち得た。不利と言われて逃げるようではリーダーの資質を疑われる。ところが麻生総理は不利だと見るや勝負を避けた。

 小泉総理は参議院で郵政民営化法案が否決された直後に、いわば逆風の中で解散を決断した。国民は郵政民営化の意味など何も分からない。分からないが総理がアゲインストの風に向かって政治生命を賭けようとしている姿を見て投票に行った。それが予想もしない大勝を生んだ。風がフォローになるのを待っている総理など誰も応援する気にはならない。

 解散を避ける理由を麻生総理は世界的な金融不安のせいにした。これがまた姑息な言い訳に聞こえた。前にも書いたが、株価の暴落などにじたばたする総理はみっともない。じたばたするのは役人レベルで、総理はじっくり本質を見極めてから行動すれば良かった。火元はアメリカで火事場は欧米である。延焼の恐れがあるから対策を練る必要はあるが、アメリカがどうするかを見極めてからでも遅くはない。そのアメリカは選挙の真っ最中だった。大統領選挙だけではない。上下両院の議会選挙もやっていた。選挙の事を「政治空白」と言うのならアメリカは「政治空白」の真っ最中だった。だから「世界的な金融不安に政治空白は許されない」などという口実は許されない。日本も選挙をするのが一番良かった。

 冒頭解散を先送りした時、麻生総理はいったん10月末解散、11月30日選挙を考えた。それで党内や公明党を納得させた。ところが先送りの口実として「解散よりも景気対策」などと言ってしまったから、10月末までに景気対策がまとまらないと解散は出来なくなるというジレンマを抱えた。

 麻生総理が冒頭解散を見送った事で、口には出さないが与党内のまともな議員は実はしらけた。選挙で落選しそうな議員だけが歓迎した。しかし選挙で落選しそうな議員は冷たく言えば「ただの人」である。国会に戻ってこない議員の言い分を聞いても仕方がない。落選しそうな議員に喜ばれる総理をまともな議員は冷ややかな目で見るようになる。麻生総理が10月末解散を見送れば、与党内の雰囲気が一変する可能性があった。

 ところがそうした状況を知ってか知らずかまたまた麻生総理は解散時期を先送りした。中川財務金融大臣、甘利行革担当大臣、菅自民党選対副委員長の進言を受け入れたのだと言う。党内力学を読むよりも「お友達」の言う事を尊重した。これで予党内の空気は一変した。こうなると選挙は通常国会が始まる前の1月中にやらざるを得ないと私は思った。麻生総理の立場に立てばそれがラストチャンスである。そうしないと蟻地獄に落ちて政権の生命維持装置を外される可能性がある。

 一般的に言えば臨時国会に政権の生命を失わせるほどの法案はない。しかし通常国会には来年度予算案の審議がある。予算が年度末までに成立しないと国家という生命体に血液が行き届かなくなる。従って与党内に政権を倒そうとする勢力がいれば必ず通常国会の予算審議にそのシナリオを忍ばせる。通常国会の予算委員会はこれまでも権力闘争の最大の舞台となってきた。

 例えば中曽根政権時代に田中角栄氏に反逆して金丸信、竹下登の両氏が「創政会」を立ち上げた時、角栄氏は予算委員会を舞台に反撃を行なった。角栄氏が最大の敵と見たのは金丸氏である。金丸氏の力さえ削げば、竹下氏は角栄氏の敵ではなく、中曽根総理も初めからただの傀儡であった。当時金丸氏は幹事長である。そこで角栄氏は予算を上がらないようにして金丸氏を失脚させ、幹事長を宮沢喜一氏に代えようとした。

 社会党左派と公明党が角栄氏に協力する秘密兵器であった。野党の抵抗で国会はびくとも動かなくなり、予算成立が絶望的となった。金丸氏と社会党右派とのパイプもこのときばかりは機能しなかった。金丸氏は追い詰められて弱気になり、幹事長交代は時間の問題となった。その矢先に角栄氏が脳梗塞に倒れた。すると一瞬のうちに金丸包囲網が解け、予算は何事もなく成立した。この時角栄氏が病に倒れなければ後に竹下政権の誕生もなかったかもしれない。メディアが報道しない裏舞台での話である。

 総理大臣がどんなに権力を振るっても通常国会を一人で乗り切る事は出来ない。全党的な支えがなければ予算は上がらない。政権を倒そうと思う勢力が野党と組めば、総理は必ず退陣に追い込まれる。それを知っているならば麻生総理は通常国会前に解散総選挙に打って出ざるを得ない。そうしないと解散も出来ずに「立ち枯れ」になる恐れがある。

 ところが解散を二度も見送った事で与党の中から総理の12月解散を牽制する動きが出てきた。これまで11月30日総選挙を強く示唆してきた大島理森国対委員長と細田博之幹事長は12月解散と1月総選挙を否定する発言をしている。自民党総裁選挙で次点となった与謝野経済財政担当大臣も「選挙は任期満了選挙になる」と言い出した。これらの発言は一体何を意味しているのか。

 麻生総理の祖父である吉田茂元総理はかつて12月23日解散、1月23日総選挙で大勝し政権基盤を固めた。それにあやかって麻生総理が年末年始解散総選挙を決断する事に早くも反対の声が出てきたと言う事だ。麻生総理は「私が決めます」と言うが、与党内には「思うようにはやらせない」という空気があることになる。

 景気対策を巡っても、与謝野経済財政担当大臣が給付金の所得制限を言い出したことで、政府与党は迷走に迷走を重ねた。こんな調子の政府与党が通常国会を乗り切るなど到底出来ない。それでなくとも「論功行賞・お友達」は通常国会を乗り切るための陣容ではない。しかし「本格政権」に変えるにしても選挙をやらなければ内閣改造をする訳にもいかない。麻生総理は一体どうするのか。12月解散に打って出る事が出来るのか。出来なければ自分の力だけではどうする事も出来ない通常国会という蟻地獄に入り込む事になる。

2008年11月 2日

「政局よりも政策」という政局

 麻生総理は「政局よりも政策」と言って解散を先送りした。「政局」と「政策」を対立させる言い方である。しかし私の理解では、「政策」を実現するためには権力を握る事が必要で、そのための権力闘争や国会で法案を成立させる駆け引きを「政局」と言う。従って「政局」と「政策」は一体で、むしろ「政局」がなければどのような「政策」も実現はしない。逆に言うとおかしな権力者の「政策」を阻むためには「政局」が必要となる。

 

 ところがこの国ではそのように捉えられていない。「眉間にしわ寄せ」キャスターなどは「政策は国民の為になるが、政局は国民の為にならない」と発言した。あたかも「政策」は正しい政治で、「政局」は正しくない政治という捉え方である。そんな考えが大手を振って歩いているようでは、この国の国民にはまともな民主主義教育が施されていない気がして心配になる。

 国家の現状を分析し、そこから国家が選択すべき「政策」を企画立案するのは学者、シンクタンク、官僚などの仕事である。しかし彼らがいくら声高に「これが正しい政策だ」と叫んでも「政策」は実現しない。「政策」を実現するには政治家が必要である。万人が賛成する「政策」ならば政治家の出番もないが、世の中に万人が賛成する「政策」などあるはずがない。現状を少しでも変えようとすれば必ず誰かが反対する。世の中は複雑だから賛成反対も複雑に絡み合う。それを調整するのが政治家で、そのために賛成と反対を代表する政治家が様々な駆け引きを繰り広げる。

 民主主義と対極の独裁国家には「政策」はあっても「政局」はない。独裁者が実現したい「政策」は必ず実現される。反対者が阻止しようとしても政治の駆け引きを行う場はなく、独裁者を暗殺するか、クーデターでも起こさない限り阻止する事は出来ない。しかし民主主義国家はそうではない。「政策」を巡って与野党が駆け引きを繰り広げる場があり、最終的に国民の納得を得られないと「政策」は実現されない。「政策」が簡単には実現されず、「政局」を必要とするところに民主主義の民主主義たる由縁がある。

 「政策」と「政局」との関係をアメリカの例で説明する。私がアメリカ議会を見始めたのは湾岸戦争の直前からだが、90%近い史上最高の支持率を誇ったブッシュ(父)大統領を破って登場したクリントンは、権力を得た事で自らが理想とするリベラルな「政策」を実現しようとした。社会保障制度の充実を内政の重点課題とし、ファーストレディとなったヒラリーが先頭に立って日本と同様の国民皆保険制度の導入を図ろうとした。これに対して共和党は大統領夫妻の過去のスキャンダルを暴いて政権を揺さぶる一方、国民皆保険制度は社会主義の「政策」だと批判して攻撃した。経済界や国民は共和党の主張に賛同し、2年後の中間選挙で民主党は敗北、政権の支持率は低下する一方となった。まさに「政局」によって「政策」は変更を余儀なくされた。

 民主党追い落としに功績があった共和党のギングリッチ下院議長はさらに議会で攻勢をかけた。予算の成立を阻止するために審議拒否を行い、議会は「シャットダウン」された。かつて日本の社会党が得意とした戦術である。日本では野党の審議拒否を民主主義に反すると言うが、委員会中心主義の議会ではあり得る戦術である。アメリカ議会と日本の国会とはまるで同じ仕組みだから、法案を廃案に持ち込むために政党が手練手管を使うところはよく似ている。違うのはアメリカ議会に党議拘束がないことだ。

 これとは逆に日本の国会と英国議会とは仕組みが全く異なる。ところが英国の政治が行う「党首討論」や「マニフェスト選挙」を日本の政治は真似しようとしている。それらを「政治改革」だと言う人もいるが、それには無理があると私は思っている。「党首討論」や「マニフェスト選挙」を本当に日本でやろうとするのなら委員会中心主義の国会を英国と同じ本会議中心主義に変えるべきである。そうしないと「党首討論」も「マニフェスト選挙」も本物にはなりえない。

 こうした共和党の攻勢に対してクリントンは「大きな政府の時代は終わった」と演説して「政策」を一転させた。共和党の「小さな政府」政策を丸飲みし、ヒラリーは表舞台から姿を消して内助の功に徹するようになった。遂にヒラリーも自らの「政策」を断念したのかと思ったが実はそうではなかった。後に彼女は弱点とされた軍事政策に精通するため上院軍事委員会のメンバーとなり、右派の議員たちとも親交を結び、機が熟するのを待って2008年の大統領選挙に挑戦した。目的はアメリカに国民皆保険制度を実現するためである。

 民主党予備選挙に敗れはしたが、自らの「政策」を貫こうとするその執念に私は脱帽した。物事を成就するには「天の時、地の利、人の和」が必要だと言うが、「政策」はどんなに正しいと思ってもそれだけでは実現しない。「政策」を実現するためには何よりも権力を握る事が必要で、そのためには政治の駆け引きの渦中に身を置き、「政局」を勝ち抜かなければならない。それをヒラリーの例は示している。

 一方でアメリカの外交政策を見ると、常に現職大統領は親中国になり、対立する大統領候補者は必ずそれを批判する。ブッシュ(父)政権の中国寄り政策を選挙で痛烈に批判したクリントンは自分が大統領になると現実路線に転じて中国と手を結んだ。そのクリントンの中国政策を徹底批判した現ブッシュ大統領もまた就任するや中国と手を結ぶ。「政策」とはそういうものである。「正しい政策」とか「正しくない政策」があるのではない。どんな「政策」にも「一分の理」はあり、時と場合によって使い分けるものなのである。

 かつて「尊皇攘夷」を叫んで徳川幕府を打倒した薩長中心の明治政府が、いの一番に行った「政策」は諸外国と条約を結ぶ事であった。すなわち徳川幕府の開国政策を継承した。「攘夷こそが我々の錦の御旗ではないか」と文句を言う者を、土佐藩士後藤象二郎は一刀のもとに斬り捨てて断固たる決意を示している。「政策」とはそういうものである。昨日まで「攘夷」を叫ぶ者も、権力を握れば「開国」に転ずる。

 だから次の選挙で政権交代が起き、民主党が自民党の「外交政策」を丸飲みしたとしても私はちっとも驚かない。古今東西それが政治であり、問題はその結果国民が幸福になるか、不幸になるか、それだけである。幸福になれば良し、不幸になれば「政策」を変えてもらうか、「政局」でまた政権交代を図れば良い。

 「政策」と「政局」とはそういう関係だと思うのだが、麻生総理をはじめメディアも国民もそうではない。なぜかと考えると思い当たることがある。この国の「政策」を企画立案している官僚たちは、自分たちの作った「政策」をそのまま実現したいと考えている。阻止しようとしたり、駆け引きされたりする「政局」には我慢がならない。独裁者と同じ感覚だが独裁者ほどの力はないから、官僚は「政策」がそのまま実現されるように仕掛けをする。そこから官僚にマインドコントロールされて「政局は国民の為にならない」などと発言する連中が出てくる。その連中は「政策が大事」と叫ぶことが官僚政治を助ける事で、立派に「政局」的役割を果たしている事に気づいていない。

お知らせ:
第6回銀座田中塾
日時:11月6日又は12日
    午後6時半~8時半
テーマ:世界に例のない新聞と
     テレビの異様な構造
場所:銀座モリギャラリー
   中央区新富1-16-8
   営和ビル5F
電話:03-5541-2070
Eメール:morim-p@gol.com
会費:2500円(飲み物・おつまみ付)
都合の良い日をお申し込みください

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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