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2008年9月25日

選挙に勝たないための戦術

 選挙に勝つために選ばれた麻生総理が選挙に勝たないための組閣を行った。難問山積の現状ではこれ以上自民党が政権を担う事は難しいので、ここは民主党にいったん政権を明け渡し、自民党は野党になって民主党を攻める方が得策だと戦術を転換した。そうとしか思えない組閣人事が発表された。

 いやそうではない、本気で選挙に勝つための布陣を敷いたのだと言うのなら、麻生氏には権力者の資質がない。人事は最高の権力行為である。人事を見れば恐ろしいほどその人物の資質・器量が見えてくる。安倍元総理にも感じたことだが麻生氏は権力者になりきれないまま総理を終えるのではないかと思える。しかし表では選挙に勝つと言いながら本当は選挙に負けるために仕組んだというのなら話は別である。皮肉でも何でもなく、それなら麻生氏は歴史に残る権力者になる可能性がある。

 

 今回の組閣には、現在の難局を乗り切るために自民党の隅々にまで目を配り、日本の課題に正面から立ち向かおうとする意欲が見えない。自民党という大組織の中で傍流に居続けた人物に突然光が当たったため、これまでの鬱憤を晴らすかのようにひたすら我流を貫いた。そんな感じを抱かせる。これまであまり見た事のない人事である。

 麻生氏が置かれた立場は、自らの派閥が弱小で最大派閥の支援を受けなければ1日たりとも政権運営ができないという意味で第一次中曽根内閣と良く似ている。中曽根内閣は田中角栄氏の支援なくしては何も出来なかった。その中曽根総理は最初にどのような組閣を行ったか。閣僚の6ポストを田中派に、田中派と同盟関係にある鈴木派に4ポスト、田中派に対抗する反主流派には福田派に3、河本派と中川グループにそれぞれ1ポストを与えた。主流対反主流が2対1の割合である。そして自らの派閥は2に抑えた。その上で対立する田中派と福田派から次代のリーダーを大蔵大臣と外務大臣に据え、さらに霞が関を押さえるため官房長官に田中派の後藤田正晴氏を起用した。角栄氏の影響下にありながら自民党全体に目配りをし、次の時代を見据え、官僚対策もしっかり講じ、さらには将来の田中角栄氏からの脱却をも意図した人事配置である。

 麻生氏は森元総理を後ろ盾にするしか政権運営は出来ない。森元総理の意向を組み入れながら、複雑な内部事情を抱える第二派閥の津島派、さらには自らとは距離のある古賀派にも気を使わなければならない。派閥政治の時代ではないと言っても、党内力学を正しく認識し、今後の自民党をどうするのかを考えずにリーダーは務まらない。また組閣によって自らの目指す政治がどのようなものかを周囲に分からせる必要もある。ところが今回の組閣にはそうした人事の基本部分が全く感じられないのである。

 メディアには不評だったが、一ヶ月前の福田改造内閣は意図するところが極めて明瞭であった。2,3もたついた部分はあるが全体として意欲を感じさせる人事であった。サプライズにばかり注目するメディアの人事観は政治を理解する事とは無縁なので、メディアの評価は一切無視するしかないのだが、とにかく前回の福田人事はメディアの評価とは裏腹に私には納得ができた。しかし今回の麻生人事は全く理解不能である。目に付くのは親しい文教族が能力とは無関係に大臣ポストにばら撒かれ、さらには政界のボスにゴマをすったとしか思えない配置があちこちに見られる。これでは権力者の威令は行き届かない。

 今回の組閣で真っ先に連想したのは安倍政権の「お友達内閣」である。閣僚には麻生氏と安倍氏の「共通のお友達」がやたら多い。さらに二橋官房副長官を退任させて漆間前警察庁長官を官房副長官に起用した人事が決定打である。漆間氏は安倍政権で官房副長官に就任するはずだったが、安倍氏の政権投げ出しでふいになった。そのため既に退官をして民間に天下りしていた。その人物を麻生氏は再び引っ張り出した。安倍氏が果たせなかった約束を代わりに実行してみせた。うるわしい友情物語と言うべきか、或いは私的に過ぎると言うべきか。とにかく我々が見せられているのは安倍麻生(AA)「お友達内閣」なのである。

 官房長官は内閣の要である。スポークスマンであると同時に霞が関を統括する。河村建夫氏は誠実な人柄で人望もあるが官房長官のタイプかと言われれば首をひねりたくなる。もっと他に能力を発揮するポストがあったのではないかと本人のためにも心配になる。それよりも前任者の町村信孝氏が幹事長にもなれず無役になった事が気にかかる。それでなくとも厳しい選挙が益々不利になるのではないか。同じ事は伊吹文明氏にも言える。財務大臣を外されて無役になった。後任には同じ派閥の中川昭一氏が起用され、しかも金融大臣まで兼務させられる重用ぶりである。派閥の長である伊吹氏が面白いはずはない。党内に不満がくすぶり、マグマのように溜まっていく可能性がある。

 町村派、伊吹派のみならず、津島派、山崎派、古賀派などの会長はみな今度の選挙が厳しい。当選確実な派閥の長は高村正彦氏と二階経済産業大臣ぐらいだが、二階派はメンバーが全滅して派閥が消滅する可能性もある。派閥の長が軒並み落選という事にでもなれば、自民党の衰退が満天下にさらされる事になる。選挙が危ない派閥のリーダーを全員入閣させて、いくらかでも選挙を有利にしてやれば、麻生氏は「義理と人情」を感じさせたと思うのだが。この人事では「義理と人情」よりも「お友達」が優先された。

 今回の人事のもう1つの特徴は自民党内の小泉支持派が見事に一掃された事である。もはや自民党の中には小泉政治が座る場所はないようだ。小泉純一郎氏の権力は総裁選挙によって地に堕ちた。前々回のコラムで民主党の小沢代表は東京12区の太田公明党代表と戦うよりも、神奈川11区で小泉純一郎氏と戦うべきだと書いたが、小泉氏が権力の座から滑り落ちた以上もはやその必要はない。自民党の菅選挙対策副委員長が提唱しているように、麻生総理と小沢代表が直接対決する事が次の総選挙にはもっともふさわしい。公明党の太田代表には東京12区からどこか他に移ってもらい、東京12区で麻生対小沢決戦を実現してもらいたい。それこそがこの国の閉塞感を打ち破り日本の政治を再生させる早道である。

2008年9月22日

小泉政治を終わらせた自民党総裁選

 自民党は22日の両院議員総会で麻生太郎氏を第23代総裁に選出した。5人の候補の得票数と割合は以下の通りである。地方票は麻生134票(95%)、石破4票(2.8%)、与謝野2票(1.4%)、石原1票(0.7%)、小池0票(0%)、国会議員票は麻生217票(56.5%)、与謝野64票(19.7%)、小池46票(11.9%)、石原36票(9.3%)、石破21票(5.4%)。

 かねてから反小泉政治を標榜してきた麻生氏は地方と国会議員票を合わせて67%の支持を集め、特に地方票では95%と圧勝した。これに対して小泉政治の継続を訴え、小泉氏が全面支援した小池百合子氏は地方票を1票も獲得出来ず、国会議員票でも1割程度の支持しか得られなかった。

 2001年の総裁選挙で地方から圧倒的な支持を集め、自民党の派閥の壁を打ち破った小泉純一郎氏の政治が、7年を経て地方の党員・党友から完全に見放され、自民党の主流でなくなった事が数字に現れている。今回の自民党総裁選挙は結果として自民党の中で小泉政治を終わらせるための選挙であった事が明らかである。

 今回の5人の候補者について私はこんな見方をしていた。麻生太郎氏は福田総理が「禅譲」を臭わせて幹事長に起用した人物である。その麻生氏は福田総理の意思、すなわち「反小泉の政治」を実現するための幹事長だった。従って小泉支持勢力は麻生禅譲を阻止するために全力を傾けた。そのためには福田総理の手で解散・総選挙をやらせ、自民党を惨敗させることで麻生幹事長の連帯責任を問い、麻生氏の総理就任の芽を摘もうとした。自民党が野党になれば小沢民主党から権力を奪い返すために再び小泉元総理のカリスマ性に光が当たる事になる。福田総理は小泉支持勢力のこうしたやり方を激しく嫌悪した。反撃のために政権を投げ出し、麻生氏が「本命」になる総裁選に道を開いた。

 与謝野馨氏は反小泉勢力の中の反麻生派が担いだ。麻生氏は「本命」とは言え20名の推薦人がやっとの弱小派閥である。麻生氏を担ぐのは福田政権を支えてきた町村派と旧福田派から分かれた伊吹派という思想的には右寄りのグループが中心だった。これに対して旧田中派や旧宏池会の流れを汲む津島派、古賀派は麻生支持には抵抗がある。同じ反小泉ならば麻生氏よりも与謝野氏をという事になった。与謝野氏本人は反麻生という訳ではないが、当選が常に危うい自身の衆議院選挙の事を考えて出馬を決意した。今回東京選出の議員が3人も出馬した背景には、衆議院選挙での東京の情勢がかなり厳しい事情がある。首都決戦に敗れれば自民党の党勢に深刻な影響を及ぼすことから3人の候補者が出馬して派手にピーアールする必要があった。

 森元総理と参議院のドン青木幹雄氏は、本命麻生、対抗与謝野という構図で総裁選挙のシナリオを書いた。しかし小泉支持勢力がどうしても小池百合子擁立にこだわる。小池出馬は町村派の分裂を意味するから森元総理には不快な話である。しかし衆議院選挙を前に派手な選挙で自民党を宣伝する必要があると言われれば反対する訳にもいかない。それならば圧倒的な差をつけて小池氏を潰すしかない。小池氏が2位になれば自民党は小泉路線を巡って真っ二つになる。それを避けるためにも小池氏を2位にさせるわけにはいかない。そこで「刺客」が考えられた。それが石原伸晃氏の出馬である。小泉支持勢力の票を分散させるために石原氏は出馬させられた。

 誰もが驚いたのは石破氏の出馬だった。担いだのは津島派の中堅・若手で、青木氏が与謝野支持で派内をまとめようとしたことへの反逆である。しかもかねてから津島派の総裁候補を自認してきた額賀福志郎氏が無視された。津島派はバラバラである事が今回の総裁選挙で明らかになった。石破氏は石原氏と違って麻生氏に対する「刺客」である。石破氏が出なければ麻生氏一人だけが地方選出議員で残りは全員東京選出議員だった。選挙は東京対地方の構図になり、地方票は圧倒的に麻生氏に流れるはずだった。石破氏は地方票で麻生氏に次ぐ2位となり4票を獲得した。石破氏の出馬がなければ麻生氏は地方票の98%を獲得したはずである。石破出馬の背後には反青木、反麻生で行動する野中広務氏の影がちらつく。

 ともかく石原氏が出馬したことで小泉支持勢力は分断され、小池氏は2位になる事が出来なかった。そして石原氏と小池氏の国会議員票を足しても小泉支持勢力は自民党議員の2割に過ぎない事が明らかになった。これでは小泉支持勢力は自民党から分裂して新党を立ち上げることも難しいのではないか。自らを非情の政治家と呼んだ小泉氏が今回の選挙で小池支持を公言した事が私には不思議だった。衆議院選挙後に政界再編を仕掛けようとするならば深く静かに潜行すると思っていたのに、中途半端な形で表に出てきた。その真意を図りかねている。それとも衆議院選挙に自民党が敗れれば、自民党は再び反小泉路線から一転して自分に救いを求めてくると考えているのだろうか。

 今回の総裁選挙の結末はシナリオ通りに本命麻生が勝ち、2位が与謝野になった。しかしそれで本来の目的を達成できるかと言えばそれはかなり疑わしい。本来の目的とは衆議院選挙に勝つことである。まず気になるのは東京選出の3人だ。本来は自身の衆議院選挙を有利にするため総裁選挙に出馬したはずだが、総裁選挙が低調だったこともあって、3人ともイメージを上昇させたとは言いがたい。むしろ総裁選がマイナスに作用する可能性がある。民主党はまだ3人の対抗馬を公認していないが、相当に苦しい選挙になると思う。

 麻生新総裁も民主党を批判しているだけで、国民の琴線に触れるメッセージを発する事が出来たかと言えば、そのような気がしない。押したり引いたりするところに政治の妙があり、そのタイミングを見極める能力が政治家には必要である。喧嘩上手の小泉元総理はそれが絶妙だった。しかし麻生氏は安倍前総理と良く似ていて攻める事しか知らないように思える。守りが出来るタイプには見えない。民主党批判に熱中する余り問題発言を犯す恐れもある。どうも自民党は参議院選挙に惨敗した安倍前総理と全く同じタイプのリーダーを衆議院選挙の顔に選んでしまったような気がする。

2008年9月17日

自民党破滅へのシナリオ

 こんな自民党を見るのは初めてである。かつての自民党には巧妙なシナリオの書き手がいて、能力の劣る野党とメディアを手のひらに乗せ、しかも当人たちには乗せられている事を気づかせずに思いのままに操るという高等技術を持っていた。

 例えば2004年に年金法改正案を成立させた時には、「年金未納問題」をリークして野党とメディアを翻弄し、国民が賛成するはずのない法案に目を向けさせず、未納問題だけに釘付けにすることによって、難しい法案を成立させた。国民が気づいて騒ぎ出したのは法律が施行された翌年である。しかも自民党はその時国民の怒りを利用して菅直人民主党代表を辞任に追い込み、藁にもすがりつきたくなった民主党に「三党合意」を飲ませて消費税導入に引きずり込もうとした。まさに一石三鳥のシナリオであった。

 正義派ヅラをして悲憤慷慨する「おバカ」メディアは、年金未納の政治家を非国民のごとくに騒ぎたてた事が、負担が増えて給付が減る年金制度の確立を可能にした事に気がついていない。無論シナリオの存在にも思いは及ばない。それほどのシナリオを書くのが権力であり自民党の凄さであった。

 ところがシナリオライターの能力が劣化したのか、或いは複数のシナリオライターが競合して収拾がつかなくなったのか、福田総理辞任後の自民党はやることなすこと全てがおかしい。シナリオのひどさは目を覆うばかりで、これでは自民党を破滅に導くシナリオだと思ってしまう。

 以前から安倍前総理の政権投げ出しは自民党が書いたシナリオのせいだと私は言ってきた。国会の召集を意図的に遅らせ、海上給油活動を期限切れにし、海上自衛隊を引き上げさせて、その責任を民主党に負わせようとしたシナリオである。安倍前総理が責任を取って辞任する時に小沢民主党代表の責任論も浮上させて辞任に追い込むのが目的だった。しかし悩んだ安倍前総理がその手前で自爆してしまいシナリオは未完に終った。安倍前総理を辞めさせた後は福田康夫氏を総理に充てる事もシナリオは決めていた。

 しかし今回の福田総理の投げ出しは自民党にとって想定外であったようだ。だからその後のシナリオには周到さがない。福田総理は辞任を表明する際、それによって行われる自民党総裁選挙が、代表選挙を行わない民主党に対する「絶妙のタイミング」になると言い訳した。派手な総裁選挙を繰り広げれば自民党が総選挙に勝てるというニュアンスである。シナリオはその言い訳に乗せられた。しかし次の総選挙に勝利などない事を福田総理自身が一番良く知っている。たとえ与党が過半数を制しても再議決は出来なくなり、法案は1本も通らない。自民党はひたすら民主党の足の裏を舐めるしかなくなる。

 そんな事をしたくないから福田総理は政権を投げ出した。自分に海上給油法案の再議決と解散総選挙をやらせようとする勢力に抵抗した。もしも自民党にわずかな活路があるとすれば、過半数を取れなかった民主党の小沢氏が代表を辞任したその時に政界再編を仕掛け、参議院の民主党を分断できれば、権力の座にしがみつける可能性がある。しかしそんな事に興味がないから福田総理は政権を投げ出した。小泉氏が意欲を見せる政界再編など「とてもじゃないがやる気にならない」という気持ちだったのではないか。

 とにかく福田総理は辞任の理由として「絶妙のタイミング」と言い訳した。そして自民党はやらざるを得ない総裁選挙を衆議院選挙に利用するしか展望は開けないと考え、派手な総裁選挙のシナリオを書き始めた。これが誤りの始まりである。

 派手な総裁選挙と言えば小泉純一郎氏が国民を熱狂させた2001年を思い出す。それに引きずられたシナリオが描かれた。しかし2001年と現在とでは政治の構造がまるで違っている。2001年はまだ衆参両院を自公が制していた。いわば自民党一党支配構造の延長にあった。一党支配の時代には自民党総裁選だけが最高権力者を選ぶ選挙で、国民はそれに一喜一憂できた。しかも2001年は田中真紀子・小泉純一郎ペアが野中広務・橋本龍太郎ペアと本気で戦った選挙である。「自民党をぶっ壊す」選挙だったから盛り上がった。

 しかし現在は自公が参議院の過半数を失って一党支配構造は崩れた。国民はその事をこの一年肌身で感じてきた。政治を見る目は全く変わった。自民党総裁選だけが最高権力者を選ぶ選挙でない事も感覚で分かっている。その事にシナリオライターは気づいていない。前回のコラムでも書いたが政権交代を繰り返す民主主義国では党首選挙はなるべくやらない。党内の選挙は民主主義とは関係がなく、むしろ分裂を招いて有害だからだ。一党支配の時代は敵は党内にいたが、政権交代の時代には敵は党外にいる。だから現在の総裁選挙はどうやっても見せかけの出来レースにしかならない。候補者同士が真剣に戦わないで民主党批判ばかりしている。2001年のような面白さになるはずはなかった。おまけにこのシナリオライターは総裁選挙をやる事が「民主的だ」などとピンボケ発言を候補者にさせて、世界に恥をさらしている。

 世界の常識通りに自民党は党内にひび割れが起きた。津島派では参議院が与謝野氏なのに衆議院の中堅・若手は石破氏を担いだ。参議院のドンの面子は丸つぶれである。町村派では大勢が麻生氏支持なのに小泉氏が小池支持を公言した。将来の自民党分裂の芽がいよいよはっきりしてきた。小泉構造改革を巡っていずれ自民党は二つに割れる運命にある。

 そして問題なのは「政策論争」のお粗末な中身である。北朝鮮情勢はわが国の安全保障戦略の一大転換を促す話である。アメリカも中国もあらゆる可能性を考えながら半島の将来像を模索している。日本にとっては日米同盟の存続に関わり、この地域に日米同盟に代わる枠組みが構築される可能性がある。その重大な時にそれを議論していない。国内では汚染米の話が出てきた。これは国家犯罪と呼ぶべき事件かもしれない。何故汚染米が輸入されそれが食品業者に出回るのか。中国の毒入り餃子を批判するどころの話ではない。アメリカ産牛肉輸入禁止に文句を言われても反論できない話だ。この深刻な問題をどれだけ議論したのか。そしてリーマン・ブラザースの破綻である。景気の先行きは全く不透明。こんな時に経済財政担当大臣が総裁選挙などやっている場合かと言いたくなる。自民党が衆議院選挙をまともに戦おうと思うなら即刻選挙を切り上げ、政治家の仕事に戻るべきだ。1日も早く総裁を決め、直ちに国会を開き、新総理は国連総会を欠席して早期に補正予算を成立させ解散すべきである。シナリオライターは一体何をしているのか。信じられない。

 一方で代表選挙が無風になった民主党は次々に強烈な戦術を繰り出している。1つは小沢代表が「刺客」になる戦術。もう1つは国民新党との合併である。小沢代表の「国替え」はもっぱら東京12区の太田公明党代表との戦いと思われているが、私はそれよりも神奈川11区の小泉純一郎氏との戦いをやるべきだと思う。いわば頂上決戦である。まさに天下分け目の関が原になる。選挙は盛り上がること間違いない。その波及効果は計り知れず、国民は民主党に単独過半数を与えるかもしれない。無論小選挙区で小沢代表は負ける。しかし政権交代が果たせれば本望ではないか。退路を断ち政治生命を賭けた戦いが新しい時代を切り開く事になる。また出身地から立候補するという日本の選挙のやり方は議員職を私有財産化し、世襲議員をはびこらせる。小沢代表の「国替え」はそれを終わらせる宣言と受け止めたい。

 次に国民新党との合併だが、これは小沢代表が政界再編の主導権を握るための一手である。いずれにしても選挙が終れば民主党は国民新党、社民党と連立を組まざるを得ない。連立よりは合併の方が強力な団結を維持できる。しかも国民新党との合併には平沼赳夫氏らの郵政民営化反対組も参加する可能性があり、自民党が小泉構造改革を巡って割れれば、自民党の反小泉勢力と合体する道が開かれる。その時には民主党内の小泉シンパが小泉氏と連携し、新たな二大政党制に進む事になる。その再編の口火を小沢氏が切ろうとしているのだ。

 小泉氏との選挙に敗れれば、総理はもとより議員にもなれず、それで政治が出来るのかと疑問を持たれるかもしれない。しかし議員の身分がなくとも政治を動かすことは出来る。幕末を思い起こしてもらいたい。坂本龍馬は脱藩浪人で藩の仕事に就いて政治にタッチしたわけではない。徳川幕府の政治とも無縁であった。しかし龍馬は日本の政治史上稀に見る大政治家だと私は思っている。彼の「船中八策」や「藩論」を読めば、日本の議会制民主主義の祖である事が分かる。彼の教えが自由民権運動を生み、100年以上も前に日本に議会を開設させた。龍馬こそ日本の近代政治の礎なのである。
 小沢氏が何を考えているのか、私には知る由もないが、私の目にはそのようなシナリオが見えている。

2008年9月14日

政治の読み方

 政治は「読む」ものである。政治家や、評論家や、ジャーナリストの言うことを鵜呑みにすると騙される。メディアが伝える政治情報を材料に自分の頭で考えないと間違う。

 一般の社会では真面目に仕事をすれば大体は平穏に暮らせる。命までは狙われない。しかし政治の世界は「常在戦場」、いつ政治生命を奪われるか分からない。選挙区にはその地位を狙う者がおり、国会には他党との戦いがあり、党内ではポストを巡る争いがある。とにかく政治は戦いの連続だ。そして戦いに敗れれば全てを失う。「猿は木から落ちても猿だが、政治家はただの人」になる。古今東西政治には暗殺がつきものである。それほどに権力闘争は激しい。世間の常識を守っていては政治生命を失いかねない。政治の戦いは情報戦だから、敵には不利な情報を、自らには有利な情報を流さなければ政治家は生き残れない。情報操作に命をかける事になる。だから政治家の発言は鵜呑みに出来ない。政治家が情報操作の道具として利用する評論家やジャーナリストも同じである。

 歴史は繰り返す。権力の栄枯盛衰はいつの世も変わらない。分かりにくい政治でも過去の歴史に照らすとにわかに見えてくる事がある。なまじ情報に振り回されるより、過去と比較する方がずっと政治を「読む」事が出来るようになる。

 私が現役政治記者の頃、中曽根総理が後継者を指名することになった。指名の当日、中曽根派幹部が「後継は安倍晋太郎」との情報を流した。新聞・テレビはそれに飛びついて「安倍総理で決まり」と報じた。しかし私は納得出来ない。テレビで「後継は竹下登」と予想した。指名は「竹下」だった。他社は政治家の言葉を信じたが、私は歴史の前例を基に考えた。そもそも総裁選挙を行わずに後継総理を指名するというのは普通でない。調べてみると自民党の歴史に一例しかなかった。病に倒れた池田総理が佐藤栄作氏に交代した時である。池田氏が自分を支え続けた河野一郎氏に譲らずに、総理の座を争ってきた佐藤栄作氏に譲った理由はただ一つ。佐藤派が最大派閥だからである。当時池田総理の首席秘書官を務めた伊藤昌哉氏は私に「自民党内に争いが起こるような事は出来ない」と語った。竹下派は竹下登氏を総理にするために田中角栄氏に反逆して出来た派閥である。しかも党内最大派閥。そうした事情を無視して裁定を下す事が出来るのか。私は中曽根総理も前例を覆す事は出来ないと判断し、それがその通りになった。

 3年前の郵政選挙の際、大方は「自民党分裂選挙は自民党に不利」と予想した。民主党は「小泉総理に解散は出来ない。もしやれば我々が勝つ」と豪語した。しかし私はこの時も政治史に前例がある事を知っていた。それは昭和27年に吉田総理が行った「抜き打ち解散」である。独立国となった日本は再軍備すべきか。自民党の前身である自由党は党内が二つに割れた。吉田派は再軍備反対、鳩山派は再軍備を主張して吉田総理の退陣を要求した。8月に吉田総理は誰もが予想しない解散を強行、自由党は分裂選挙に突入した。結果は自由党の大勝、党内でも吉田派が勝利した。野党は大惨敗だった。郵政選挙も解散を仕掛けた小泉総理が大勝利した。まさに歴史は繰り返す。おそらく小泉氏はこの前例を知っていたのだろう。だから分裂選挙に踏み切る勇気が持てたと私は思っている。

 そこで現在の「ねじれ」である。これは自民党長期政権が経験した事のない未知の領域で、前例を探すと140年以上も前に遡る。私の目に映っている前例は「幕末」である。徳川長期政権は世襲を繰り返すうちに人材が枯渇し、黒船来航に適切な手が打てなかった。勝海舟などの下級武士に頼らざるを得なくなるのはそのためである。徳川政権に見切りをつけた勢力は京都の朝廷を担ぎ出し、江戸と京都に二つの権力が生まれた。江戸の将軍に指導力はなく政治は機能不全となる。窮地に担ぎ出された徳川慶喜は朝廷に大政を奉還、公武合体(保革連合政権)を策した。徳川家生き残りの捨て身の作戦である。

 長期政権の自民党も世襲議員だらけとなった。「お友達内閣」が参議院選挙に惨敗して国会に二つの権力が生まれた。窮地に担ぎ出された福田総理は小沢民主党代表に「民主党の安保政策を丸呑みする」と言って大連立を提案した。これぞまさしく現代版大政奉還、公武合体である。しかし慶喜の公武合体は実らず、幕府は武力で倒された。大連立も儚く消えて選挙による政権交代が近づいている。徳川慶喜と福田総理の二人には共通する事が多い。そういう目で政治を見ると政治がにわかに面白くなる。政治情報に振り回されるより、政治を「読む」事に徹した方が、政治の素顔を見る事が出来る。

2008年9月10日

総裁選挙は未熟すぎる民主主義の証明

 「政策を競い合う」と称して自民党総裁選挙が始まった。無投票に終わった民主党代表選挙と比較させ、「開かれた政党」を国民にアピールし、その勢いで衆議院選挙に弾みをつける狙いだと言う。メディアは総裁選挙に候補者が乱立する自民党が民主的で、無投票の民主党は民主的でないかのように報道している。まったく民主主義の本質を分かっていない幼稚な議論である。しかしそれに乗せられて民主主義を誤解する国民が増えるのかと思うと、日本の民主主義の未熟さにつくづくうんざりする。

自民党の総裁選挙も民主党の代表選挙も政党の内部の選挙で国民とは関係ない。国民と関係のない選挙をやろうがやるまいがそれは民主主義と関係ない。自民党は3年ごと、民主党は2年ごとに党首選挙を行う事を党則に掲げているが、先進民主主義国の政党は国民が参加する選挙と無関係に定期的に党首を交代させるような事はしない。私的な団体の内側の選挙で権力者を誕生させるのは民主主義に反する行為だからだ。

アメリカは大統領制なので日本と事情は異なるが、大統領は国民の選挙で選ばれ、任期は4年、2期8年までと憲法で定められている。政党が党内事情で交代させる事は出来ない。一方、議院内閣制のイギリスでは首相の任期は終身である。つまり総選挙に勝てば何年でも首相を続けられる。保守党のサッチャーは3期11年、労働党のブレアも3期10年首相をやった。その間党首選挙は行われていない。

イギリスで党首選挙が行われるのは党首が死ぬか、辞任するか、選挙に負けるか、党内から一定数の要求があった場合で、自民党や民主党のように定期的に党首選挙をやるという考えがない。党首は国家の最高権力者になる重みのある存在だから、党内事情でころころ変えることをしない。労働党は去年ブレアが辞任を表明して党首選挙を行ったが、候補者は一人で無風選挙だった。その前は13年間一度も党首選挙をしていない。現在野党の保守党は総選挙に負ければ党首選挙を行って党首を交代させるが、サッチャーが党首の時代は14年間党首選挙はなかった。基本的に国民が参加する選挙に勝った党首は続投させ、負けた時に党首を選び直す。党首選挙に民意が反映されている。

ところが日本はこれと違う。実は日本国憲法もイギリスと同じで内閣総理大臣の任期は終身である。しかし自民党が党則で総裁任期を3年2期までと決めているため、日本の総理は私的な団体である自民党の党則に縛られる。これは民主主義の原理からしておかしいとの批判が昔はあった。かつて自民党の総裁任期が2年だった時、「歌手1年、総理2年の使い捨て」と言われ、日本の最高権力者が流行歌手並みの軽さだと馬鹿にされた。また自民党による「政権たらいまわし」でしかなく、民主主義を反映していないと批判された。勿論メディアもそのような目で自民党総裁選挙を取材してきた。

 ところが小泉政権以降、メディアは自民党総裁選挙をあたかも国民的イベントに変貌させた。選挙権もないのに国民が熱狂する。観客民主主義と言うのか、とにかくおかしな状況が生まれた。古代ローマは市民を政治的盲目にするため「パンとサーカス」を無料で提供した。「パン」とはセーフティネットの事で、貧しい人々に小麦を無償で提供した。「サーカス」とは見世物の事で剣闘士の殺し合いや競馬を無料でみせた。これで人々を満足させて支配した。

 現代の日本国民は貧しくとも「パン」は与えられず、ひたすら政治ショーという「サーカス」を提供されて盲目にさせられている。早く目を覚まさせないと日本の民主主義は滅びると思うのだが、メディアにはそれを認識する知能がない。自民党総裁選挙という民主主義とは無縁の政治ショーを「民主的だ」などと言って評価する。

 視聴率第一のテレビの世界は「お笑い」か「おバカ」しか受けない。だから政治家も軽薄であるほど受け入れられる。新聞もテレビも「おバカ」政治家を「民主主義の旗手」と持ち上げるようになった。こうした政治家は「口先芸」で生きているから口先でなんとでもなる「政策」が大好きだ。「政策」とか「マニフェスト」を重視するのが民主主義だと思っている。

 しかしアメリカでもイギリスでもリーダーを選ぶ選挙で、政策は判断基準の1つに過ぎない。それよりもリーダー足りうる人物かどうかが重視される。過去の経歴、政治家としての実績、決断力、判断力、誠実さ、思いやりなどがあらゆる角度から調べ上げられる。日本ではそれをやらないから政権投げ出しが起きる。投げ出しを2回も選んだ自民党にリーダーを見抜く能力がない事は証明済みである。

 今回の自民党総裁選には総理の資格が疑われる人物ばかりがズラリと顔をそろえた。申し訳ないが「おバカ」総裁選と言わせて貰いたい。メディアは乱立を「民主的」と言うが、これは自滅の始まりである。福田総理は麻生禅譲を臭わせてから辞任したので本命は麻生氏である。これに対して麻生政権の誕生を喜ばない勢力が乱立を促した。決選投票に持ち込んで2位の候補を逆転勝利させるためのシナリオである。しかしそれが本当に実現したら自民党は終わりである。

 なぜ本命が当選しないのかに国民が疑問を持つ。潜在意識に浸透した「自民党総裁選挙には2度裏切られた」との想いが国民に甦る。そして自民党内には分裂が始まる。既に町村派の分裂状態は深刻である。それが党全体に及んで下手をすると離党者が出る。民主党に鞍替えする方が当選の見込みがあると考える議員が出てくる。総裁選挙での逆転勝利を槍玉に挙げて民主主義に反すると離党の口実にする。冗談と思ってくれても良いが、民主党は選挙区のいくつかを空白にして離党者を呼び込む工作をした方が良いのではと思う位だ。そんな想像をかきたてる総裁選挙が始まった。

 そして民主党の方だが、代表選挙をやらなかったために自民党総裁選挙に埋没して衆議院選挙に負けてしまうなどと思う必要は全くない。「自民党総裁選挙は民主主義を壊す」と批判しているだけで良い。それよりも民主党は民主主義の正道に立って、2年ごとに代表選挙をやるなどという民主主義を無視した党則は即刻やめたら良い。議会制民主主義の母であるイギリスの政党を見習い、代表の任期は選挙から選挙までとし、選挙に勝てば続投、選挙に負ければ代表選挙を行って次の代表を決めるという民意を反映した代表選挙のやり方に代えれば良い。その考えを国民に理解させれば、小泉政権以来の「おバカ」民主主義から国民の目を覚まさせる事が出来る。未熟な民主主義から脱皮する機会が巡ってきたと考えるべきなのである。

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2008年9月 6日

総理大臣の作り方

 福田総理の政権投げ出しでメディアは「最高権力者にあるまじき無責任さ」を散々批判した。ところがそのメディアが自民党総裁選挙を「最高権力者を作り出す重要選挙」と位置づけて時間をかけて報道している。メディアには問題の根源を考える知能が欠落してしまったようだ。私は福田総理の政権放棄より政治報道の劣化の方がこの国の衰退を象徴していると暗澹たる思いになる。

 メディアが列挙した福田総理辞任の理由は「外に民主、内に公明」という見出しに代表されるが、「ねじれ」国会の中で他党の「横暴な攻撃」に耐え切れなかった総理が行き詰って辞任したとの見方である。本当にそうならば総理どころか政治家の資質も疑われる。議会制民主主義とは与野党が持てる力を総動員して戦う事であり、他党の攻撃に耐えられない人間は政治家になる資格がない。自民党は「資格なき人」を総理に担いだ事になる。

 一昨年の自民党総裁選挙は福田総理以上に「無責任」な辞め方をした安倍前総理を圧倒的な賛成多数で選出した。2度ある事は3度ある。今月22日にも「無責任総裁」が選ばれるに違いない。2回続けて「無責任男」を選んだ自民党総裁選挙がまともな人物を選べるはずがないからだ。メディアの論理を突き詰めればそうなる。ところがメディアは自民党総裁選挙に期待をかけている。一体どういう論理構造なのか不思議だ。福田総理を「無責任」と批判するなら、それを選んだ自民党総裁選挙の方も「最高権力者を選ぶ資格がない」と批判すべきではないか。それがジャーナリズムというものだ。

 福田総理辞任に対する私の見方はメディアと異なる。「日本には最高権力者が思うようにならない仕組みがあり、それを今回の辞任劇は示している」という見方だ。内閣改造までやって隊列を整え臨時国会に臨もうとしていた総理が、戦わない前から逃げ出した裏には「ねじれ」以上の何かがある。福田総理には党内から再議決と解散の圧力があった。それを拒絶するためには辞任以外の方法がなかった。私は「安倍前総理も福田総理も自民党の権力亡者に利用され、その挙句に追い詰められ、黙っていても辞めさせられる運命にある事を知り、せめてもの抵抗で抗議の辞任をした」と見ている。

 だからメディアが言うほど「無責任」を責め立てる気にならない。二人とも自らの意思とは関係なく総理に仕立て上げられ使い捨てにされた。むしろ「被害者」だと同情している。問題の本質は二人の資質より使い捨ての構造の方だと思うのだが、そうした方向にメディアは目を向けない。

 とは言っても二人の「ひ弱さ」には落胆させられた。過去の自民党の権力闘争はこんな生易しいものではなかった。「三角大福中」時代の政治はもっと荒々しかった。その中を皆しぶとく生き抜いた。三木元総理は自民党の大半を敵に回し解散権を封じ込められながら「三木おろし」に抵抗した。弱小派閥の中曽根元総理は最大派閥を率いる田中角栄氏の足の裏を舐めながらじっと耐えて長期政権を勝ち取った。

 この「ひ弱さ」がどこから来るかと考えれば、それは「世襲」である。「三角大福中」はいずれも自らの意思で政治家となり権力の頂点を目指した。彼らには政治を志す情熱と自らの考えを実現するためにあらゆる権謀術数に耐える覚悟があった。しかし恵まれた世襲政治家にその情熱と覚悟を感じさせる者は少ない。言葉だけは達者だが壁に当たるとすぐ逃げる。私が自民党政権の現状を徳川幕府の末期と見なす理由もそこにある。「幕末」はペリー来航から始まったが、黒船はきっかけにすぎない。世襲で人材が枯渇した幕府に対し、身分制に対する怒りが爆発して、それが長期政権を打ち倒した。

 自民党総裁選挙をめぐるメディア報道の問題は他にもある。今回の自民党総裁選挙は「政策を競い合う」選挙だと言う。それをメディアは民主主義政治の基本であるかのごとく報道している。「馬鹿も休み休み言え」と言いたくなる。およそ政権交代を繰り返す民主主義国家で「政策を競い合う事が大事」とか「政治にとって政策が大事」などと言う国があるだろうか。そんな事を言うのは日本が官僚国家であることを逆に証明しているだけで民主主義とは何の関係もない。

 政治にとって大事なのは政策ではない。政策を実現するスキル(手練手管)である。政策を作るのは学者や研究者、そして日本の場合は官僚の仕事である。その政策をいかにして法律にし実現するか、そこに政治の仕事がある。したがって政治家に必要なのは政策立案能力より、他人に対する説得力である。それを支えるのは世の中を良くしようという情熱、誠実さ、思いやり、対立陣営と戦う勇気、強さ、知恵、相手を見抜く鋭さ、賢さ、世の中を生きてきた経験や実績など、要するに人間としての魅力である。

 今、アメリカで大統領予備選挙が行われているが、政策を競い合う選挙をやっていると思いますか? 民主党の候補者も共和党の候補者も政治家としての経験、実績、決断力、判断力、行動力、思想性などを競い合っている。政策は国の進路を決めるもので勿論大事ではある。しかし誰が考えても国家が進むべき方向にそんなに差があるわけではない。政策は国民が政治家を選ぶ判断材料の一つに過ぎない。それなのに日本の最高権力者を選ぶ選挙はひたすら「政策を競い合う」のだという。

 レーガン大統領は多くのアメリカ国民に支持された人気の高い大統領だったが政策能力があったからではない。国民に政策を訴える時、包容力と安心感と頼れる感じを与えたから支持された。それが政治というものである。日本では一般社会でもまれた党人政治家の人間的な魅力に敵わないと思った官僚出身政治家が、政策立案能力でしか太刀打ちできないため「政治は政策が大事」などと言い出した。すると知能水準の低いメディアがそれを鵜呑みにして政治も民主主義もわからないのに官僚政治家の口真似をした。

 今回自民党が総裁選挙で「政策を競い合う」と言い出したのを見て、自民党のレベルが昔に比べてとてつもなく下がった事を痛感した。よくよく考えて欲しい。今、政策に強い総理大臣など全く必要ない。必要なのは衰退に向かう日本国家を建て直す情熱と、官僚機構と戦う勇気と、国際社会の評価など気にせず、外国に嫌われても国民の利益を守る気概と、国民の生活に目配りする思いやりを持った人物である。昔の自民党にはそういう政治家が居た。しかしそういう人物を見抜くために経済政策論争など何百回やったところで意味はない。

 第一に総裁選挙でいくら良い政策を掲げても、総理になってからそれが守られる保障はない。またこれまで守られた試しはない。候補者が意図的に嘘をついて国民を騙す訳ではない。選挙の時には現実に行われている政策と同じ事を言ってもアピールしない。だから必ず違う事を言う。しかし実際に総理になれば現実的に事を進めざるを得なくなる。選挙で掲げた政策は修正される事が多い。

 例えばアメリカ大統領選挙では、攻める側は必ず現職大統領の中国政策を批判する。厳しく対決しろと言う。しかし自分が大統領になると現実対応で中国と手を握る。するとその前まで中国と手を握ってきた反対側が、今度は中国と対決しろと批判する。これの繰り返しが何代にもわたって続いている。そこに民主党と共和党の違いなどない。選挙で掲げる政策とはそういうものだ。だから余りに政策を重視して投票すると裏切られる。それより大事なのは政治家の資質である。政策よりも人間学で判断した方が良い。それをやらないから政権を投げ出す総理が誕生する。

 しかし問題は政権放棄の二人だけではない。かつてクリントン大統領の任期8年間に日本では7人の総理が交代した。まともな権力者は居なかった事になる。その事を国民は深刻に捉えていない。日本は潰れないと思っている。かつて「政治は四流だが、官僚と経済は一流」と刷り込まれた記憶が日本人の頭に残っていて、今でも官僚と経済は一流だと信じている。そんな時代はもう終った。官僚の政策立案能力は国際競争に勝てなくなった。これまでと違う仕組みを作らないと日本を建て直す事は出来ない。そしてそれが出来るのは政治だという事に気づいて欲しい。政治家を選ぶのは国民だから、日本を建て直せる政治家を見極める眼力を国民は持たなければならない。そしてその政治家の中から最高権力者を育てていかなければならない。それを自民党に任せてはもう駄目だという事が今回はっきりした。それは国民の仕事だと言うことをかみ締める時だ。


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2008年9月 2日

やはり奇妙な夏が再来した

 安倍前総理に続いて福田総理もまた1年足らずで政権を投げ出した。やはり去年に続いて今年も奇妙な夏が再来した。福田総理が会見で語った辞任の理由は、「内閣改造後の一ヶ月間に難しい政治状況が起きて、臨時国会を乗り切る自信がなくなった」と言うことである。本人は「臨時国会の途中で総辞職するよりも、国会が始まる前に辞任した方が政治空白を作らない」と理性的な判断である事を強調したが、私には安倍前総理と同様の「プッツン」を感じた。自分を追い詰めた自民党内の勢力に対する抗議の辞任である。

 そもそも福田総理は参議院選挙惨敗を受けて困難を覚悟で総理を引き受けたはずだ。与党が参議院で過半数を失ったという現実は、野党の言い分を取り入れて協力しながら政権運営をしなければうまくいかない。「戦う政治家」を標榜しイデオロギーを前面に出す安倍前総理ではうまくいくはずがなかった。福田総理は安倍前総理と違ってそのことを良く理解していた。だから就任と同時に民主党の小沢代表とまるで同じ「自立と共生」という看板を掲げ、何を言われても「柳に風」と受け流す姿勢を貫いた。

 この「柳に風」が小泉フィーバーに浮かれた国民には物足りなかった。福田総理に対する批判の最上位は常に「指導力がない」である。しかし参議院で過半数を失った総理が「指導力を発揮」できるはずが無い。それは本人の資質というより政治の構造がそうなっているのである。政治の分かった人間には当たり前の事が政治未熟児には分からない。小泉政治にフィーバーした素人ほど福田政治に幻滅した。福田内閣の支持率を押し下げたのは初めから終わりまで小泉政治の幻であった。

 この国の二院制を理解している福田総理は、去年の11月に民主党の小沢代表に対して「安全保障政策を丸呑みする」と言って大連立(保革連立政権)を提案した。民主党の安全保障政策を丸呑みするという事は、アメリカが要求するインド洋での海上給油活動から国連が主導するアフガニスタンでの治安維持活動支援に切り替える事である。それを福田総理は受け入れようとした。アメリカがそれにどう反応したかは知らない。しかし福田総理はそれをやろうとした。

 大連立が頓挫した後、与野党が対決モードに入って国会が機能しなくなるのは仕方がない。アメリカが作った日本国憲法は二院制をそのように規定していて、「ねじれ」が起きると政治は機能しなくなる。それを避けようとすれば野党の言い分を丸呑みするか、憲法を変えるしかない。しかし自民党は野党との協調よりも政治が機能しなくなる道を選んだ。民主党を挑発して揺さぶり、参議院の民主党議員を切り崩して権力を取り戻す戦略を採用した。それは福田総理が思い描いていた政治手法とは異なるものだと私は思っている。

 例えば道路特定財源問題で福田総理は当初から一般財源化を考えていた。しかし自民党道路族はこの問題を民主党分断に使えるとして、福田総理の一般財源化方針を容易に認めず、一般財源化に当たっても様々な制約を加えようとした。これに対して味方になるはずの自民党改革派は非力さを露呈して全く支えにならなかった。その結果、内閣支持率はどんどん下がり、山口2区の補欠選挙も惨敗した。一方で民主党の道路族である大江康弘参議院議員が行った分断工作は、結局は今回離党した渡辺、大江の二人の参議院議員だけが党に反旗を翻すという寂しい結果だった。

 その間に自民党政権の負の遺産が次々現れては内閣支持率の足を引っ張った。会見で福田総理は政治資金問題、年金記録問題、防衛省不祥事、C型肝炎などを列挙して、なぜか後期高齢者医療制度を口にしなかったが、最も福田政権の足を引っ張ったのは小泉政権の負の遺産である。その対応に忙殺されるだけで通常国会は終った。そして悲しい事に最も足を引っ張っている小泉政治を表立って批判することが福田総理には許されない。自分も官房長官としてその一員だったためだ。これがまた福田政治を分かりにくくした。

 野党との国会運営が困難な事は初めから分かっていた。それを乗り越えるには対決型の小泉・安倍政治と決別しなければならない。通常国会が終るのを待っていよいよ「福田カラー」を打ち出そうとした。そのためには内閣改造が必要だ。ところがその前に足元から与党が崩れ始めた。まずは公明党の離反である。公明党は海上給油法案の再議決に反対した。民主党とは事を荒立てたくないという事である。そして国民生活優先の経済対策を要求した。しかしこれらはいずれも「福田カラー」で十分に受け入れ可能のはずである。

 内閣改造は小泉政治に対する決別宣言となり、同時に公明党が喜ぶ布陣となった。福田総理は「内閣改造後の一ヶ月間に政治状況が難しくなった」と言ったが、私が前々回のコラム「奇妙な夏がまた来た」の中で奇妙だと感じたのはやはり内閣改造後の福田総理の発言である。急に海上給油法案の継続にこだわり始めた。「民主党の安保政策を丸呑みする」と言った総理が、公明党も反対している再議決に何故こだわるのか。私は北朝鮮の拉致被害者を帰国させる事と海上給油法案の継続でアメリカと取引をしたのではないかと想像した。それはもう一方で拉致被害者の帰国が実現すれば福田総理の手で解散に踏み切る事をも意味する。それに福田総理は乗せられようとしていたのではないか。

 そこで今回の辞任劇の背景である。自民党内には小泉氏を中心に福田総理の手で解散をやらせようとする勢力があった。福田総理が内閣改造で麻生幹事長を起用し、「禅譲」を臭わせた事に対する反撃である。もし「禅譲」が実現し、麻生総理が誕生すれば、小泉路線は今よりもさらに排撃され、自民党内での存在感は薄くなる。それよりも福田総理に解散をやらせて自民党が衆議院選挙で敗北すれば、麻生幹事長も連帯責任を問われて次の自民党総裁選に出馬する事が難しくなる。どうせ誰が総理になっても選挙には勝てない。それならば野党になった自民党の中で、民主党政権を打ち負かせるのは誰かと選択させれば、小泉氏に再び脚光が当たる事になる。

 福田総理はあやうくそのシナリオに乗せられて拉致被害者の帰国に政権の命運を賭けようとした。しかしそれが実現困難と判断したのか、あるいは麻生「禅譲」を潰すシナリオだと分かって考えを変えたのか、とにかく自らの手で解散をする事や、自らの手で海上給油法案の再議決に踏み切る事を拒絶した。それが辞任会見を見た現状での私の想像である。

 かつて大連立騒ぎの時、私は福田総理を現代の徳川慶喜だと言った。幕末には倒幕を叫ぶ脱藩浪人が京都の朝廷の下に集まり、江戸と京都に二つの権力が生まれた。徳川幕府の政治は機能不全に陥り、窮地に引っ張り出されたのが徳川慶喜である。慶喜は家康に匹敵する知恵者で時勢に逆らうほど愚かではなかった。朝廷(野党)に大政を奉還し、公武合体(保革連立政権)を策して徳川家の生き残りを狙った。しかし公武合体はならず、西郷隆盛の陰謀と挑発で鳥羽伏見の戦いが始まる。すると慶喜はリーダーであるにも拘らず戦場から逃げて江戸に戻り、上野寛永寺に篭ってしまうのである。

 福田総理もまた大連立(保革連立政権)を策したがそれが否定され、選挙による政権交代が近づくと、戦うことをやめて総理を辞任した。最後の最後まで福田総理は徳川慶喜に良く似ている。まさに現代は幕末そのものだと私には思えるのである。


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Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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