日本の商人道
前回のコラムで食品の産地偽装問題を書いていると、そう言えば日本の消費者は昔から騙され続けていたよなあという気になった。騙す商人が悪いのか騙される消費者が愚かなのか、私が知っている事例の一端を紹介する。
1970年代後半にエズラ・ボーゲルが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を書き、日本経済が世界から注目され始めた頃、海外旅行に行く日本人が日本製品を土産に買ってくるようになった。日本製が外国製品にひけを取らなくなり、外国に行っても優良商品として売られている事の誇らしさと、それが日本で買うより断然安かったからである。私の友人などセイコーの腕時計をいくつも買ってきて周りに配っていた。
その頃インドネシアに住む日本人に会いに行った。空港の免税店で日本酒を買って持っていくと、「お前ダルマを買って来なくて良かった」と言われた。ダルマとはウイスキーの「サントリー・オールド」のあだ名である。当時の日本は酒と言えばウイスキー、ウイスキーと言えば「サントリー・オールド」が超人気であった。日本人男性への土産にはうってつけの1品である。それを何故「買って来なくて良かった」かというと、インドネシアの酒屋では空港の免税店より安い値段でダルマが売られていたからである。だから貰っても有難味がないと言う話だった。
私はダルマが免税の値段よりも安く売られている事が解せなかった。サントリーウイスキーの盗品を売りさばく闇のルートでもない限り免税品より安くなる筈がない。ところがその後、アメリカ議会で日本製品のダンピング疑惑が追及される議論を見て初めてそのカラクリが分かった。
アメリカ議会で非難されていたのはソニーの「ウォークマン」である。追及した議員は日本の秋葉原より安い値段で「ウォークマン」がニューヨークで売られている事実を挙げ、ダンピングだと批判していた。ソニーと言えば日本を代表する一流企業である。それが槍玉に挙げられていた。
その議員は、ソニーは外国での売り上げシェアを拡大する為、利益を無視して安売りし、その損失分を日本国内で高く売ってカバーしていると言った。それによって外国メーカーはシェアを奪われ、倒産に追い込まれ、失業問題が発生している。安売りが可能になるのは日本人消費者が騙されて高い物を買わされているからだ。日本人消費者は騙されないで怒るべきだ。そうすれば失業を輸出することもなくなり、お互いにハッピーになれる。日本の消費者が目覚めてくれれば摩擦はなくなる。そんな調子の演説だった。
しかしアメリカ議会の演説を伝える日本のメディアはなかった。日本のメーカーが外国で安売りをし、その分を国内でカバーしているなどと報道できるメディアが日本にあるはずがない。ソニーもサントリーもセイコーもメディアにとっては広告料を一杯払ってくれる大スポンサー様であった。
それより少し前、日本は「エコノミック・アニマル」と世界から蔑まれていた。その頃世界を股にかけて商売していたのは商社である。当時日本の商社の猛烈な売り込みエピソードを聞かされた事がある。商社の商法は利幅を押さえてシェアを取るというやり方であった。利益を1%と低く押さえて海外と競争する。だから日本の商社は強いと教えられた。そのやり方が新興国日本の経済発展の秘訣だったのかもしれない。それをメーカーも真似するようになった。しかし経済大国になるにつれてそのやり方は世界から嫌われた。
日本の消費者は世界のことなど知らないから、物価が高くても給料が上がれば平気だった。給料を上げることが国全体の目標で、その事に自民党も社会党も労働組合も経営者も力を入れた。しかし人件費が上がれば国際競争力は失われる。次第に日本経済は窮地に追い込まれるようになった。中小企業が真っ先に人件費コストに耐えられなくなり、人件費の安い海外に生産拠点を移すようになった。産業の空洞化が始まり消費者は自分で自分の首を絞める事になった。
当時自民党幹事長だった金丸信氏と経済摩擦の話をした事がある。なぜこんなに日本は外国から嫌われるのか、日本が悪いのかそれとも競争に負けた外国が僻んでいるだけなのか、それを私が聞くと金丸氏は「昔から日本には客を騙して逃げる商売があったからなあ。悪いのは日本かも知らん」と答えた。金丸氏によると、日本には天井の抜けた蚊帳とか骨のない傘とかインチキ商品を売って歩く行商人が一杯いたという。その伝統がこの国には残っているというのだ。
金丸氏は甲州ワインの山梨出身だが、その甲州ワインも値段の安いのはほとんどがスペインから輸入された安物ワインで、詰め替えされ甲州ワインと称して売られている事を教えてくれた。本物の甲州ワインがそんなに多く作れるわけがない。だからそれは公然の秘密なのだと言った。そういえば超人気のサントリー・オールドには「本物のウイスキーではない」という噂が常に纏わりついていた。あれだけ売れているのに熟成させていては生産が追いつくはずがないというのである。数種の原料を混ぜ合わせているだけではないかと言われたが、誰もそれを追及しようとはしなかった。
真実を追究するよりも、サントリー・オールドを飲めるようになる事が一種のステイタス・シンボルであった日本社会の構造を壊さない事の方が大事だと思われていたように思う。それが高度成長期の日本の姿であった。
高度成長が終って日本をバッシングする国はなくなった。誰も日本経済に脅威を感じなくなった。そうなって初めて日本の商法が国内で問題視されるようになった。悪質業者に騙される消費者を保護するために政府は役所を一つ作ろうとしている。しかし役所がないと日本の消費者を守る事は出来ないのだろうか。それはまた別の機会に考えてみる。



コメント (2)
ウィスキーは蒸留酒です。つまらぬミスが論文の信用度を落とすこともありますから、ご用心。
昨年暮れ、関空〜ロンドンのJAL便(エコノミーです)に搭乗したところ、出されるビールがサッポロはエビス、サントリーはプレミアムになっていたのにびっくり。多分、サントリーが仕掛けた? 「シェア第3位獲得」の秘密はこれ?
そうそう、Whisky Magazine(www.whiskymag.com) のMay/June Edition にWorld Whiskies Awards 08 Result が掲載されていてBest Blended Whisky には、Hibiki 30 Years Old が、Best Single Malt Whisky にはYoichi 20 Years Old が選出されてます。前者は金力、後者は実力の賜物かな?
投稿者: The Half Moon | 2008年7月18日 00:21
河野太郎君のメルマガに、なぜ食品安全委員会を消費者庁に統合しないのかというご質問を多数いただきました。理由は云々と以下のように出ています。
http://www.taro.org/blog/index.php/archives/900
そうかなるほど、この手の委員会の現状がバイアスが掛からないのならそれで結構ですね。でも、そうでないから逆のバイアスを掛けながら情報公開を堅持するしかないのに?何かを作っても、魂を入れられないから…。二世三世議員の改革とはこの程度なのかもしれない。チェック組織とは、バイアス無しの性善説では存在価値が無い。
プリオン専門調査会の具合を見ていて判る。
http://www.fsc.go.jp/senmon/prion/index.html
投稿者: おumaちゃん | 2008年7月20日 22:04