「番犬」の「飼い犬」
北朝鮮に核開発計画を放棄させるためのプロセスとして、アメリカ政府は北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除の手続きに入った。そして世界にそのことを認知させるため、寧辺にある原子炉の冷却塔爆破という演出を行い、CNNを通じてそれを世界に報道した。これまでの経過をみると全ては米朝の緊密な連携の下に行われている。
拉致問題を抱える日本では「アメリカに裏切られた」、「これでは日米同盟にひびが入る」という見方から、「アメリカの協力なくして拉致問題は解決しない」、「日米同盟をさらに強めるしかない」との意見まで相反する「日米同盟論」が交錯している。
それでは「日米同盟」とは何なのか。それが冷戦時代とその後でどう変わったのか。これをアメリカから見るとどうなるかを考えてみる。
日米同盟の根幹にあるのは日米安保条約である。1951年に締結された時はまさに朝鮮戦争のさ中であった。アメリカ側には朝鮮戦争の出撃基地と補給の確保が必要で、敗戦からの復興を目指す日本には軍事をアメリカに委ねて経済負担を抑え、経済成長に邁進する思惑があった。当時締結に踏み切った吉田茂総理は「番犬ぐらい飼っても良いだろう。犬とえさは向こう持ちだ」と語ったと言う。
日本が経済復興を成し遂げた後も冷戦体制は続いた。そのため駐留米軍基地はそのままソ連、中国、北朝鮮に対峙する備えとして継続された。「日米同盟」は経済的な思惑ではなく、アメリカの「核の傘」に入るという安全保障上の必要から60年新安保条約へと引きつがれた。椎名悦三郎自民党副総裁は当時アメリカ軍を「お番犬さま」と呼んだ。
1980年代半ばに日本はついに世界第二位の経済大国となる。その事でアメリカの日本を見る目が変わる。「経済大国は必ず軍事大国化する」というのがアメリカ人の考えである。キッシンジャーをはじめ多くの識者が「日本は必ず核武装する」と断言したが、日本にはつゆほどもその気はなかった。先方は日本がアメリカの「核の傘」から脱して自立すると思っていたが、日本はそうならなかった。その頃にはアメリカを「番犬」と呼ぶ者もそうした発想も消えていた。
1990年、イラクがクエートに侵攻して「湾岸危機」が起きた時、日本は国会も開かず、国民的議論もせずにひたすらアメリカにどれほどの経済支援を行えば良いかを打診した。この時アメリカは深々と日本を馬鹿にした。「経済でアメリカを脅かす一流国が自分では何も決められない。日本は所詮二流国だ」。そう言って日本を見下した。よく「自衛隊を派遣しなかったから批判された」と言うがそうではない。当時ワシントンでアメリカ議会を注視していた私が知る限り、中東の産油国にエネルギー資源を全面的に依存している日本が国会も開かず、国民的議論も行わずにアメリカにだけ頼ってくる、それをアメリカは馬鹿にしたのである。
人間関係でもそうだが、人にばかり頼ってくる人間を邪険に突き放す訳にはいかない。それなりに付き合うが腹の中では馬鹿にしている。協力の見返りに存分に利用させてもらうという気になる。アメリカは日本から金を絞れるだけ絞り取ろうと考えるようになった。湾岸戦争後の日米関係は私の目にはそのように見える。70年代から80年代にかけて日米経済摩擦で丁々発止とやりあった緊張関係はもはやない。こうして日本はかつての「番犬」の「飼い犬」になってしまった。
1991年、旧ソ連が崩壊して冷戦が終結した。「日米同盟」の理由であった巨大な仮想敵国が消滅した。日米同盟にはこれまでと異なる理屈付けが必要となり、クリントン大統領と橋本総理との間で「日米安保再定義」が行われた。仮想敵は中国と北朝鮮で、アジアの冷戦はまだ終っていないとされ、有事の範囲も極東から周辺地域へと拡大された。日本の自衛隊とアメリカ軍との一体化も進められた。
一方で、朝鮮半島は世界で唯一冷戦が残る地域となった。冷戦を地球上からなくす事はアメリカ大統領の業績にふさわしい仕事である。このため南北朝鮮の統一問題が中東和平と並んで国際外交の一大テーマとなった。また冷戦の終結で初めてアメリカの目がソ連以外の核の存在に向けられた。北朝鮮の核開発が大きくクローズアップされ、94年には空爆寸前にまで危機が拡大した。しかし韓国の首都ソウルが国境に近いなど軍事行動を取る事も難しい。結局は核開発を中止する見返りに軽水炉建設に協力する米朝合意が図られた。
クリントン政権の米朝合意を非難したブッシュ政権は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、対決姿勢を露にした。日本国内にはそうした姿勢を評価して拉致問題の解決にも協力してもらえると思い込んだ人も多かったが、私は全く違う見方をしていた。アメリカにとって金正日ほど利用価値のある人間はいない。なぜなら北朝鮮がミサイル実験を行うたびに日本はアメリカにすがりつき、それまで費用対効果を考えて慎重に対応してきたアメリカ製の新型兵器を購入し、米軍再編に要する費用を負担することも受け入れた。アメリカは日本から巨額の金を引き出すことが出来た。
北朝鮮の核やミサイルで最も脅威に晒されるのは日本だと言われる。国民もそう信ずるから頼れるのはアメリカだけだと「日米同盟」を支持する。しかし日本の経済力は北朝鮮にとっても魅力である。戦前の植民地支配を理由にいずれ引き出せる金をふいにするとは思えない。既に90年代前半にアメリカは南北朝鮮統一に際して日本から金を引き出す方針を議論している。北朝鮮の核やミサイルはいわば脅しの材料だが、その脅しに最も屈しているのが日本で、最も利益を得ているのは実はアメリカだと私は思う。
北朝鮮が核計画を完全に放棄するのがいつになるのか知らないが、それまでは北朝鮮の核保有をアメリカが認めた事になる。日本の近隣にはロシア、中国、北朝鮮という三つの核保有国が存在する事になった。しかも今回の一連の動きを見ているとアメリカと中国、北朝鮮の間には既に提携関係が存在している。近隣地域の安全保障上のパワーバランスは大きく変わった。日本は朝鮮半島統一を見据えて「日米同盟」の意味を再び見直す時に来ている。
同盟関係は運命共同体ではない。それぞれの国益に立って、その範囲内で協力するだけのことだ。日本がアメリカにすがりつくのをやめて自立の道を歩むには三つ考えられる。一つは核武装の道。もう一つは非武装の道。そしてマルチの国際関係の中で生きる道である。核武装の道は国際的孤立を恐れては出来ない。しかし北朝鮮はこの道をとり成果を上げつつある。他の二つは卓抜な外交力を要する。いずれも長らく「番犬」の「飼い犬」に甘んじてきた日本には難しいかもしれない。或いは尻尾が胴体を振り回すようにいずれ「飼い犬」が主人を操るようになれるのか。日本国民が決断しなければならない時はそう遠くない。
お知らせ:
7月の「銀座田中塾」は
7月7日または28日の午後6時半~8時半
テーマ:「日本の政治はどうなっているのか(2)」
中曽根康弘と小泉純一郎
参加ご希望の方は
電話03-5541-2070
Email:morim-p@gol.com
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参加費:2500円(飲み物・おつまみ付)
会場:東京都中央区新富1-16-8
新富町営和ビル5F
銀座モリギャラリー


