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2008年6月29日

「番犬」の「飼い犬」

 北朝鮮に核開発計画を放棄させるためのプロセスとして、アメリカ政府は北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除の手続きに入った。そして世界にそのことを認知させるため、寧辺にある原子炉の冷却塔爆破という演出を行い、CNNを通じてそれを世界に報道した。これまでの経過をみると全ては米朝の緊密な連携の下に行われている。

 拉致問題を抱える日本では「アメリカに裏切られた」、「これでは日米同盟にひびが入る」という見方から、「アメリカの協力なくして拉致問題は解決しない」、「日米同盟をさらに強めるしかない」との意見まで相反する「日米同盟論」が交錯している。

 それでは「日米同盟」とは何なのか。それが冷戦時代とその後でどう変わったのか。これをアメリカから見るとどうなるかを考えてみる。

 日米同盟の根幹にあるのは日米安保条約である。1951年に締結された時はまさに朝鮮戦争のさ中であった。アメリカ側には朝鮮戦争の出撃基地と補給の確保が必要で、敗戦からの復興を目指す日本には軍事をアメリカに委ねて経済負担を抑え、経済成長に邁進する思惑があった。当時締結に踏み切った吉田茂総理は「番犬ぐらい飼っても良いだろう。犬とえさは向こう持ちだ」と語ったと言う。

 日本が経済復興を成し遂げた後も冷戦体制は続いた。そのため駐留米軍基地はそのままソ連、中国、北朝鮮に対峙する備えとして継続された。「日米同盟」は経済的な思惑ではなく、アメリカの「核の傘」に入るという安全保障上の必要から60年新安保条約へと引きつがれた。椎名悦三郎自民党副総裁は当時アメリカ軍を「お番犬さま」と呼んだ。

 1980年代半ばに日本はついに世界第二位の経済大国となる。その事でアメリカの日本を見る目が変わる。「経済大国は必ず軍事大国化する」というのがアメリカ人の考えである。キッシンジャーをはじめ多くの識者が「日本は必ず核武装する」と断言したが、日本にはつゆほどもその気はなかった。先方は日本がアメリカの「核の傘」から脱して自立すると思っていたが、日本はそうならなかった。その頃にはアメリカを「番犬」と呼ぶ者もそうした発想も消えていた。

 1990年、イラクがクエートに侵攻して「湾岸危機」が起きた時、日本は国会も開かず、国民的議論もせずにひたすらアメリカにどれほどの経済支援を行えば良いかを打診した。この時アメリカは深々と日本を馬鹿にした。「経済でアメリカを脅かす一流国が自分では何も決められない。日本は所詮二流国だ」。そう言って日本を見下した。よく「自衛隊を派遣しなかったから批判された」と言うがそうではない。当時ワシントンでアメリカ議会を注視していた私が知る限り、中東の産油国にエネルギー資源を全面的に依存している日本が国会も開かず、国民的議論も行わずにアメリカにだけ頼ってくる、それをアメリカは馬鹿にしたのである。

 人間関係でもそうだが、人にばかり頼ってくる人間を邪険に突き放す訳にはいかない。それなりに付き合うが腹の中では馬鹿にしている。協力の見返りに存分に利用させてもらうという気になる。アメリカは日本から金を絞れるだけ絞り取ろうと考えるようになった。湾岸戦争後の日米関係は私の目にはそのように見える。70年代から80年代にかけて日米経済摩擦で丁々発止とやりあった緊張関係はもはやない。こうして日本はかつての「番犬」の「飼い犬」になってしまった。

 1991年、旧ソ連が崩壊して冷戦が終結した。「日米同盟」の理由であった巨大な仮想敵国が消滅した。日米同盟にはこれまでと異なる理屈付けが必要となり、クリントン大統領と橋本総理との間で「日米安保再定義」が行われた。仮想敵は中国と北朝鮮で、アジアの冷戦はまだ終っていないとされ、有事の範囲も極東から周辺地域へと拡大された。日本の自衛隊とアメリカ軍との一体化も進められた。

 一方で、朝鮮半島は世界で唯一冷戦が残る地域となった。冷戦を地球上からなくす事はアメリカ大統領の業績にふさわしい仕事である。このため南北朝鮮の統一問題が中東和平と並んで国際外交の一大テーマとなった。また冷戦の終結で初めてアメリカの目がソ連以外の核の存在に向けられた。北朝鮮の核開発が大きくクローズアップされ、94年には空爆寸前にまで危機が拡大した。しかし韓国の首都ソウルが国境に近いなど軍事行動を取る事も難しい。結局は核開発を中止する見返りに軽水炉建設に協力する米朝合意が図られた。

 クリントン政権の米朝合意を非難したブッシュ政権は北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び、対決姿勢を露にした。日本国内にはそうした姿勢を評価して拉致問題の解決にも協力してもらえると思い込んだ人も多かったが、私は全く違う見方をしていた。アメリカにとって金正日ほど利用価値のある人間はいない。なぜなら北朝鮮がミサイル実験を行うたびに日本はアメリカにすがりつき、それまで費用対効果を考えて慎重に対応してきたアメリカ製の新型兵器を購入し、米軍再編に要する費用を負担することも受け入れた。アメリカは日本から巨額の金を引き出すことが出来た。

 北朝鮮の核やミサイルで最も脅威に晒されるのは日本だと言われる。国民もそう信ずるから頼れるのはアメリカだけだと「日米同盟」を支持する。しかし日本の経済力は北朝鮮にとっても魅力である。戦前の植民地支配を理由にいずれ引き出せる金をふいにするとは思えない。既に90年代前半にアメリカは南北朝鮮統一に際して日本から金を引き出す方針を議論している。北朝鮮の核やミサイルはいわば脅しの材料だが、その脅しに最も屈しているのが日本で、最も利益を得ているのは実はアメリカだと私は思う。

 北朝鮮が核計画を完全に放棄するのがいつになるのか知らないが、それまでは北朝鮮の核保有をアメリカが認めた事になる。日本の近隣にはロシア、中国、北朝鮮という三つの核保有国が存在する事になった。しかも今回の一連の動きを見ているとアメリカと中国、北朝鮮の間には既に提携関係が存在している。近隣地域の安全保障上のパワーバランスは大きく変わった。日本は朝鮮半島統一を見据えて「日米同盟」の意味を再び見直す時に来ている。

 同盟関係は運命共同体ではない。それぞれの国益に立って、その範囲内で協力するだけのことだ。日本がアメリカにすがりつくのをやめて自立の道を歩むには三つ考えられる。一つは核武装の道。もう一つは非武装の道。そしてマルチの国際関係の中で生きる道である。核武装の道は国際的孤立を恐れては出来ない。しかし北朝鮮はこの道をとり成果を上げつつある。他の二つは卓抜な外交力を要する。いずれも長らく「番犬」の「飼い犬」に甘んじてきた日本には難しいかもしれない。或いは尻尾が胴体を振り回すようにいずれ「飼い犬」が主人を操るようになれるのか。日本国民が決断しなければならない時はそう遠くない。

お知らせ:
7月の「銀座田中塾」は
7月7日または28日の午後6時半~8時半
テーマ:「日本の政治はどうなっているのか(2)」
     中曽根康弘と小泉純一郎
参加ご希望の方は
電話03-5541-2070
Email:morim-p@gol.com
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参加費:2500円(飲み物・おつまみ付)
会場:東京都中央区新富1-16-8
    新富町営和ビル5F
    銀座モリギャラリー

2008年6月24日

「ねじれ」をどう捉えるか

通常国会が終った。と言っても去年の臨時国会が年を越えて1月中旬まで続き、間をおかずに通常国会が始まったため、去年から続いた一つの国会がやっと終ったという印象だ。その「ねじれ」国会で所信表明を行った総理大臣が直後に辞任したり、自民党と民主党との大連立騒ぎがあったり、三度の再議決があったりと日本政治はかつて経験のない「未知の領域」を歩んできた。

 メディアの「ねじれ」に対する大方の見方は、それによって「政治は機能不全」に陥り、「国民はその被害者」で、だから「1日も早く解散総選挙」をするか、「福田総理に退陣してもらうしかない」というものである。いつもながらの情緒的な政治論に私はうんざりしている。

 衆議院で与党に三分の二を越える議席を与え、参議院では野党に過半数を越える議席を与えたのは国民である。その国民がどうして「ねじれ」の被害者なのか。もし「ねじれが政治を機能不全にした」と言うなら、責任の一端は国民にあり、国民が被害者面をする訳にはいかない。仮定の話だが国民が3年前の選挙で与党に三分の二を越える議席を与えていなければ、参議院選挙後の政治の展開は全く違っていた。

 与党に再議決という選択肢はありえず、あらゆる問題で野党の言い分に耳を傾けるしかなかった。与党支持者には不満かもしれないが、事実上の挙国一致内閣である。事前の与野党協議が政権運営の重要な柱となり、目に見える対立は影を潜め、与党は水面下での野党切り崩しに力を入れるしかなかった。おそらく「政治は機能不全」と言われる事にはならなかった。もっとも衆議院で与党に三分の二を越える議席が与えられなければ、参議院選挙での野党の勝利もなかったかも知れず、全ては仮定の話である。しかし現実は国民から与えられた衆議院の議席が与党の唯一の命綱となっている。

 唯一の命綱を手離す者はいない。どんなに解散総選挙を求められても与党はそれに応じない。衆議院議員には4年の任期があり、それを承知で国民は議員を選んだ。あの時の選択は間違いだったと言っても4年待つしかない。待てないと言うなら「政権打倒」を掲げて直接行動に立ち上がるしかない。野党に「解散に追い込め」と要求したところで、衆議院で三分の二以上を取られている状態ではとても解散に追い込めない。参議院の問責決議が「竹光」である事はこの国会で明らかになった。「竹光」を「真剣」に変えるにはやはり国民の直接行動が必要になる。国民は被害者ではない。もし現状が不満なら立ち上がって行動に出るか、或いは一時の激情にかられて政治を判断するのは間違いだという事を噛み締めるしかない。

 ところで私は「ねじれ」で政治が機能不全に陥ったと考えていない。「ねじれ」は日本が歴史的変革に向かうためのプロセスだと思っている。日本は今や明治以来140年にわたる「官僚政治」からの脱却を図る時期に来ている。「ねじれ」を変革へのプロセスと考えれば、日銀総裁が空席になることなど「小事」に過ぎず、騒ぎ立てるほどの事ではない。

 戦後の自民党は官僚機構と一体になりながら、政治と官僚の間に微妙な隙間を作って責任の所在をあいまいにするという世界でも類例のない絶妙の統治構造を作り出した。議院内閣制の英国とも異なり、アメリカ民主主義とも全く異なる独特の政治システムである。しかもこの仕組みを有効にするためには政権交代のない政治体制が前提であった。なぜなら政治主導のように見せながら、実は官僚が政治家を裏で操る仕組みだからである。与党政治家のカネも選挙の票も官僚の世界が後ろで面倒を見てきた。だから政権交代を求めない野党が必要で、かつての社会党は衆議院選挙で決して過半数の候補者を立てない政党であった。

 この仕組みは産業界の許認可権を握る官僚と政治とが一体化することで政官財癒着の構造となり、野口悠紀雄一橋大学名誉教授の言う「準戦時体制」として日本経済の高度成長を実現させた。これを世界が黙って見ているはずはない。特にアメリカは政官財癒着の構造を問題にし、大蔵省と通産省を名指しで非難するなど「官僚政治」からの脱却を求めてきた。すると不思議なことに官僚スキャンダルが次々暴露されるようになり、政治は官僚機構の改革に取り組まなければならなくなった。

 しかし長年の自民党と官僚との関係は尋常でない。人間関係を一度断絶しないと本当の意味での改革は出来ない。そこに政権交代の意味と必要性がある。「政権交代を求める野党」が初めて参議院の過半数を握った現実は、「官僚統治」からの脱却につながらないと意味がないのである。ただ解散総選挙や政権交代を叫べば良い話ではない。それよりも世界最先端の高齢化社会に突き進む日本が、明治以来の統治構造に代えてどのような統治の仕組みを作るのかをしっかり構想する必要がある。

 19年前に野党が参議院で過半数を制し国会が「ねじれ」た事がある。しかし当時は「政治が機能不全に陥った」とは言われなかった。野党第一党の社会党に政権交代を求める気がなかったからだが、自民党も野党の主張を取り入れて柔軟に危機を乗り越えた。自民党にはまだそれだけの余裕があった。しかし現在の与野党は共に当時とは事情が違っている。自民党にかつての余裕はない。本当に政権交代の時期が近づいてきている。たとえ政権交代にならなくとも、次の総選挙で自民党が三分の二を維持できなければ、黙っていても民主党主導の政治が始まる。その確率は極めて高い。

 幕末には260年続いた徳川幕府を倒すため「武力倒幕」を叫んで多くの志士たちが決起をしては倒れていった。彼らは性急に倒幕を叫ぶだけで誰も新時代の政治体制を構想していなかった。その中で一人坂本龍馬だけは「武力倒幕」に反対し、議会制民主主義による新時代の政治体制を考えていた。龍馬に言わせれば「黙っていたって幕府は倒れる。そんなことに血道を上げるより、次の時代を作ることの方が大事だ」ということになる。現状は幕末とよく似ている。江戸と京都に二つの権力が出来たように、国会に二つの権力が生まれた。ならば性急に解散総選挙を叫ぶよりも、政権交代が実現した後の政治体制を構想する事の方が重要である。私には「ねじれ」がそうした事を考えさせてくれる。


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2008年6月13日

問責決議と信任決議

 今年の通常国会は最終場面で参議院が史上初めて総理の問責決議案を可決し、それに対抗して衆議院は総理の信任決議案を可決した。まことに「ねじれ国会」にふさわしい終わり方であった。するとメディアには「茶番劇」、「宝刀の重み消え」、「色あせた最強カード」など相も変らぬワンパターンのピンボケ政治批判が踊っている。毎度のことながら的外れな政治批判は国民の判断を狂わせ、政治の劣化を促進させるのではないかといささか心配になる、

 これらの批判を見るとメディアは民主党の言う「3月決戦」を本気で信じ込み、さらに問責決議が福田政権を解散・総選挙に追い込むための「伝家の宝刀」であると思い込んでいたようだ。私は年の初めから「3月決戦はない」と予測し、問責決議が「伝家の宝刀」になるためにはリクルート事件並みの大スキャンダルが必要だと言い続けてきた。

民主党が「今年は政権交代だ。3月決戦で解散に追い込む」と叫ぶのも、「問責決議は伝家の宝刀だ」というのも野党であれば当然である。しかしそれを鵜呑みにして思い込んでしまうメディアとは一体何なのだろうか。

まず「3月決戦」とは予算を通さない事が前提になる。予算が通らなければ国家の機能は麻痺し総理大臣は責任を問われる。内閣総辞職か解散を迫られる。しかし実は解散という選択肢はない。予算が通らないのにさらに政治空白を作るわけにはいかないからだ。だからそもそも「3月決戦」が実現しても民主党の言う「解散・総選挙」、「政権交代」にはならない。予算が通らなければ内閣が総辞職するだけである。福田総理が他の誰かに代わるだけだ。民主党は気勢を上げるかもしれないが政権交代になるわけではない。

 もっと言うと予算を通さなくすること自体が現状では難しい。予算は衆議院に優位性があり、衆議院を通過すれば野党に抵抗の手段は無い。予算関連法案を通さないようにしても衆議院通過後60日が経てば「みなし再議決」が出来る。参議院では徹底抗戦する事が出来ない。つまり本当に政権を追い込むためには「参議院」ではなく「衆議院」で審議拒否して抵抗するしかないのである。

 その衆議院で野党はかわいそうなくらい少数である。三分の二以上を与党が占めている。そんな少数勢力が審議拒否しても与党は何の痛痒も感じない。粛々と予算を通過させる事が出来る。だから民主党が何を言おうと「決戦」などあるはずがなかった。そこで問責決議案を可決して一切の審議に応じなければ世論が一転して野党に逆風になる可能性もあった。ガソリン料金の再値上げ程度では国民が審議拒否を応援する追い風になったかどうかも疑わしい。それ位の事はメディアも予想できた筈である。

 ところが今回の問責決議を「時期はずれ」と批判するメディアがある。もっと早くやるべきだったと言うのである。それはあるはずもない「決戦」を本気で信じ込んでいた事を意味する。また「宝刀の重み」とか「最強カード」と言っているのも問責決議の過大評価である。問責決議が力を発揮するのは国会が空転し政治が機能しなくなる時だけで、それには審議拒否に対する国民の圧倒的支持が必要となる。私の経験から言うと消費税導入とリクルート事件のダブルパンチで初めて審議拒否が政権を追い詰めた。今年の通常国会にそれほどの追い風は吹かなかった。

 会期末ぎりぎりの問責決議を意味のない「パフォーマンス」と批判する向きもある。解散・総選挙にならない事がわかった上で格好をつけただけだというのである。これも「政治を知らない者の考え」と思ってしまう。ボクサーが一発で相手を倒す必殺の一撃を繰り出す前にはジャブやボディーブローを有効に使う必要がある。やたらと必殺の一撃を繰り出せば逆にカウンターを食らってこちらがダウンする危険性がある。国会の最中に問責決議を可決するのは諸刃の刃で、下手をすると一転逆風にさらされる危険があったのと同じだ。今回の問責決議は確かに必殺の一撃ではない。相手を倒さないが自分もダメージを受けない。しかしボディーブローの効果はある。これはなかなかのくせ球なのだ。

 この通常国会を振り返ると民主党が反対する法案で成立したのはわずか2本である。その2本はいずれも再議決で成立した。そして再議決の度に内閣支持率は下がって行った。それ以外で成立したのは全て民主党賛成の法案である。中でも国家公務員制度改革法案と少年法改正案などは与党が大胆に民主党案に擦り寄り初めて成立が可能となった。妥協を指示したのは福田総理である。つまり福田政権は1)内閣支持率の低下を覚悟してでも民主党の反対を押し切って再議決をする、2)民主党が反対しない法案を提出する、3)民主党案に大胆に妥協する、この三つの選択肢を駆使しながら国会を乗り切った。この事情は次の臨時国会でも変わらない。

 政府与党と違って野党は国会が開かれている間だけ国民に存在感を示す事が出来る。もし問責決議案を可決しないまま国会を終えると野党は国民の目から見えなくなった。一方の福田総理は7月に洞爺湖サミットを仕切り、8月にはオリンピックもあっていくらでも出番を作る事が出来る。またその間に内閣改造を行えば1ヶ月以上はマスコミが大騒ぎをして国民の目はそちらに釘付けされる。その勢いで臨時国会も政府与党に都合の良い時期に召集する事が出来た。臨時国会では通常国会同様の三つの選択肢を使い分けながら、なんとか消費者庁設置法案の成立を図るつもりだった。

 ところが問責決議でそれが一変した。野党が素直に臨時国会の招集に応ずるかどうかが分からなくなったのである。総理の問責によって参議院は福田総理を認めないから、臨時国会を開いても所信表明演説はおろか総理が出席する本会議、委員会に野党は欠席する事になる。そうなると勝手に召集時期を決めるわけにもいかなくなった。しかし勝手に召集時期を決めます、どうぞそちらも勝手に欠席しなさい、与党は粛々と国会を開き、粛々と審議を進めると言えば、全ての法案を単独審議で再議決していくしかない。前代未聞の国会になる。それこそ解散・総選挙が必至になるほど政治の世界は大混乱、与野党が共に傷だらけとなる。福田総理には全く似つかわしくない道と言える。

 それを避けるには二つしかない。一つは福田総理を取り替えるか、もう一つは福田総理が民主党との妥協に踏み切るかである。やっとこれから「福田カラー」を出そうとしている矢先に福田総理が自ら総辞職に踏み切るとは思えない。それでは自民党内で「福田おろし」が始まるか。メディアは面白おかしく「ポスト福田」を取りあげているが、参議院で過半数を失った今はそんな時期でない。仮に自民党内から総理交代の声が出てくれば自民党そのものが分裂含みの末期症状を呈することになるだろう。

 残るは民主党との妥協である。私はこちらの方が可能性があるように思う。逆説的だが総理問責が対立ではなく与野党の接着剤になるのである。福田総理が後期高齢者医療制度をいったん廃止し、その後の見直し作業を民主党と共に行う考えを表明すれば、問責の理由がなくなる。国会は一気に正常化される。臨時国会の運営も協力路線で行われ、福田総理は念願の消費者庁設置法案の成立を図る事が出来る。その見返りに民主党は解散の時期を話し合いで決めるよう内々承諾させる。消費者庁実現の目途さえつけば福田総理は総理としての仕事を全うしたと考えて、次の人物に総理の座を譲るか、自らの手で解散・総選挙に打って出るかの選択をする事が出来る。

 無論、妥協路線には与野党双方に反対があり様々な障害も想定されるので一筋縄には行かないが、しかし今回の問責決議がただのパフォーマンスに終わるとはとても私には思えない。対立が激しくなればなるほど、戦う双方の被害が大きくなればなるほど、和平に向けて手を握る可能性も高まるのが世の常である。そうした意味では国会を平穏に終わらせず、問責決議と信任決議で対立を激化させたこれからが極めて楽しみである。それをじっくりと見届けて又その先の政治の行方を考えてみようと思う。

2008年6月 6日

政局はこれからが本番

ガソリン税を巡る攻防が終わるとメディアには「政局は凪に入った」という解説記事が溢れた。しかしそもそも「3月決戦」などありえないと思っていた私からすると、政局はいよいよこれからが本番である。そして永田町にはそう思わせる観測気球が次々打ち上げられている。

前々回のコラムでも書いたが、まず与党国対からは臨時国会の召集時期を8月お盆明けとする観測気球が打ち上げられた。早期召集の背景には来年1月で期限が切れる海上給油法案の延長に60日間を必要とする「みなし再議決」が必至との判断がある。この立場は民主党との徹底対決、自公連携重視を前提としている。

昨年の大連立騒ぎは公明党にとって悪夢だった。その大連立協議で重要な柱となったのが安全保障政策である。自民党と民主党とが安全保障政策の大枠で一致出来れば、両党は他の先進民主主義国と同様に二大政党の体裁を整える事が出来る。政権交代が可能な二大政党制とは外交・安全保障政策の基本部分で与野党が一致することが絶対に必要で、その上で経済の成長と分配のどちらに力点を置くかによって政権交代が繰り返される。これが先進民主主義国に於ける政権交代の基本パターンである。

報道されたところでは昨年の大連立協議で福田総理が民主党の安全保障政策の受け入れを表明し、小沢代表は福田総理に公明党との連立解消を迫ったという。そうでなくとも自民党と民主党が政策的に一致すると公明党の存在価値はなくなる。だから大連立は公明党にとって悪夢だった。大連立が破綻した後、当然与野党の対立は激化した。テロ対策特別措置法は国際貢献の内容を海上給油に限定した新法に変えられ、異例の越年国会で再議決された。

自民党の中には海上給油法案に批判的な声がある。日本はより幅の広い国際貢献を行うべきで1年毎の特別措置法ではなく恒久法を作るべきとの考えである。恒久法となれば自民党と民主党との本格的な共同作業が必要になるが、それは公明党の望むところではない。だから公明党は恒久法に反対である。現在の海上給油法案の延長が望ましい。与党国対が打ち上げた観測気球は公明党に配慮し、公明党との連携を重視する立場を表していた。

ところが5月末に町村官房長官から「政府は海上給油に加えてアフガニスタンへの陸上支援活動を検討する」という発言があった。恒久法とまではいかないが民主党の主張に多少近づける法案にしようとの思惑が伺える。この発言も観測気球の一つだが、これまでと立場を変えて民主党との妥協路線を臭わせている。これは勿論官房長官個人の考えではなく福田総理の意向を体したものと見られる。おりしも国会では福田総理の強い意向で国家公務員制度改革法案が民主党の主張を大幅に取り入れる形で急転直下成立した。少年法改正案でも福田総理は民主党に妥協する姿勢を見せた。

その福田総理は外遊先のローマで記者団と懇談し臨時国会の早期召集を示唆したと言われる。しかしこれもその手前にあるかもしれない内閣改造について「白紙だ」としか答えていないところを見るとまだ観測気球の域を出ていない。

そうした中で今度はいったん見送りと思われていた福田総理の問責決議案が突如息を吹き返した。後期高齢者医療制度廃止法案で成立を急ぐ野党に対し、与党は委員長の解任決議案を提出し、それが否決されると委員会室から退席する欠席戦術で徹底抗戦した。これで問責決議案提出の舞台装置は整のった。通常国会の最終場面はこれまで通り与野党が真っ向からぶつかり合う形で幕を閉じることになる。福田総理の妥協路線に乗せられたまま国会が終われば、野党の存在感が見えない中でサミットからオリンピックへと続く夏の政局が福田ペースになることを警戒した小沢代表の指示によるものと見られる。

 ガソリン税攻防までの単純な図式と異なり、政局本番のこれからは与野党で対決と妥協とが入り混じる複雑な展開が予想される。その中で注目すべきは自民、公明、民主の三角関係である。民主党には単純に自公連立政権打倒を唱えるだけでなく、自公分断工作にも力を入れる姿勢が見えてきている。

 昨年10月に石井一参議院議員が予算委員会で公明党の献金疑惑を追及し、公明党を除名された福本潤一前参議院議員や創価学会の池田大作名誉会長の国会喚問をちらつかせて以来、表立った公明党攻撃は鳴りを潜めていた。ところがこの5月に小沢代表の東京12区への「国替え話」が突如浮上した。石井一議員が小沢代表と会談した際、小沢代表が「私が東京12区(公明党の太田代表の選挙区)から出馬すれば、太田代表を落選させられない創価学会は来年の都議選に近い選挙は嫌だろうから、解散を早くするよう自民党に要求するようになる」と言ったという。

 この小沢代表国替え説はすぐに否定されたが、その後は姓が同じ太田和美衆議院議員が東京12区から出馬する話となって公明党を挑発している。また小沢代表が「選挙は必ず今年中にある」と断言して秋の解散をほのめかし、全国遊説に力を入れているのも、今年秋の解散総選挙を希望している公明党を意識した揺さぶりと見る事が出来る。任期満了の来年秋までなるべく選挙を先送りしたい自民党は、幹部連中が口をそろえて「先に行けば行くほど小沢代表の求心力は衰える」と先送りを主張するが、これは自公の溝を広げることにもなりかねない。民主党はそこにつけこもうとしている。

 一方で5月には矢野絢也元公明党代表が言論活動を妨害されたとして創価学会を相手に訴訟を起こした。矢野氏は国会に喚問されればいつでも応じる姿勢を見せているという。これも秋の臨時国会での不穏な要素となる。かつて自社さ政権は創価学会の池田大作名誉会長の国会喚問をちらつかせて小沢一郎氏率いる新進党を揺さぶったが、それと逆の事が起こりうるのである。

 自民党候補が民主党候補に惨敗した山口2区の補欠選挙では、それまでの選挙に比べて公明党支持者の動きが鈍かったと言われている。そうでなければあれほどの大差はつかなかったというのだ。そして最近の世論調査では公明党支持層の自民党離れが顕著となり、共同通信社の調査では自民党中心の政権よりも民主党中心の政権を望む声が上回っている。さらにまもなく投票日を迎える沖縄県議選では野党各党が続々幹部を現地入りさせているのに対して、自民党幹部の現地入りは見られない。公明党だけが現地に幹部を派遣している。この対照的な構図は何を示しているのだろうか。

 ともかく消費者庁創設を「静かなる革命」と言い切り、消費者庁設置法案を臨時国会に提出して来年度の実現を目指す福田総理は、そのことに政治生命を賭ける決意と思われる。その目途がつく前に内閣総辞職はもとより解散・総選挙に打って出る事は考えられない。消費者庁創設で公明党を説得し、その実現まで解散を封印できれば福田政権は歴史に業績を刻む事が出来るが、その道はなかなか単純でない。今年の夏に国民は4年に1度のオリンピックに熱くなるが、その陰で政治の世界の見えない暗闘も静かにヒートアップしていくのである。


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「銀座田中塾」第二回
日時:6月9日(月)または16日(月)
午後6時半~8時半
「日本の政治はどうなっているのか(1)」
田中角栄政治とその終焉
会費2500円(酒・おつまみ付)
場所:東京都中央区新富町1-16-8
営和ビル5F銀座モリギャラリー
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TEL:03-5541-2070
Email:morim-p@gol.com

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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