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2008年3月21日

事は想定通りに進んでいる

 日銀総裁が空席になるという「異常事態」に新聞各紙が大騒ぎをしている。この国が潰れてしまうと言わんばかりの騒ぎようだ。しかし私には何でそんなに大騒ぎしているのかが理解できない。「日銀総裁は政局の捨て駒か」で書いたように、政府は日銀総裁人事を政局に絡めており、暫定税率廃止を巡る修正協議の舞台装置として日銀総裁を空席にする必要があると言ってきた立場からすれば「事は想定通り」に進んでいるのである。

 新聞の論調を見ているとこの国のメディアは日本の二院制を十分理解していないか、或いは知ってはいてもそれを認めたくないのか、そのいずれかに見える。
何度も説明しているが、去年の7月29日以来与党の権力は実は半分も無いというのが実情である。その権力構造の冷徹な現実をメディアは直視していない。
日本特有の二院制の下では野党が賛成しない法案は基本的に1本も通らない。例外は衆議院で三分の二の賛成で再議決する場合だけである。しかも何もせずに再議決ができる訳ではない。権謀術数を尽くさなければ再議決をすることも難しい。

 去年の夏以来再議決によって成立したのは新テロ法案の1本だけである。それ以外は野党が賛成の法案だけが成立してきた。その唯一の例外を再議決に持ち込むために、与党は海上自衛隊をいったん引き上げさせるという術策を用いた。国際社会の非難をテコにしなければ再議決に持ち込むことも難しいと判断したからである。そのため与党は参議院選挙後直ちに国会を開いてテロ特措法案の延長を図ることをせずに、わざわざ臨時国会開会を遅らせて海上自衛隊が引き上げざるを得ない状況を作り出した。そして引き上げを民主党のせいにする世論操作を行った上でやっと再議決に持ち込む事が出来た。その過程では引き上げに反対だった若き総理が政権を放り出すという思わぬ展開もあった。今の与党にとって法案成立のためにはそれ位の犠牲は覚悟しなければならないのである。

 今国会で再議決が必要になるのは何といっても予算関連法案である。予算案だけは衆議院の優位性が認められていて参議院が否決しても自然成立を図る事が出来る。しかし予算関連法案が否決されると予算は欠陥予算となり執行出来ない。予算は成立しても成立しないのと同じになる。だからどうしても予算関連法案は再議決しなければならないのである。ところが野党が参議院で否決をせずに年度末を迎えるとガソリンの暫定税率は期限切れになり、軽油やガソリンが値下がりする。同時に国の予算も地方自治体の予算も全てが欠陥予算となって組み換えを余儀なくされる。野党が否決をすれば再議決もできるが、否決をしないままにされると、衆議院で可決されてから60日が経たないと再議決できない。予算関連法案が衆議院を通過したのは2月29日だから4月末にならないといったん期限が切れた暫定税率を元に戻す事は出来ない。暫定税率が期限切れになると、ガソリンは4月4日頃から値下がりし月末に再び元に戻ることになる。買いだめのために大混乱が起こる。

 その大混乱に比べれば2週間ばかり日銀総裁が空席になる事はそれほど実害があるわけではない。このようにして4月の大混乱を避けるために日銀総裁を空席にするという術策が考えられた。
福田政権は今国会の初めから道路問題では野党と修正協議をするしかないと判断していた。そうでなければ「3月決戦」を叫ぶ野党の思惑にはまり解散・総選挙は必至となる。しかし修正といっても暫定税率廃止を主張する野党が簡単に応ずるはずがない。野党を譲歩させるためにはそれなりの環境を作り出さなければならない。新テロ法案のひそみに倣うなら日銀総裁を空席にして国際社会からも非難の声を上げさせることである。そこで日銀総裁人事が政局に絡むことになった。

 参議院で野党が過半数を握る冷徹な現実は、国会の同意人事では野党の考えを受け入れるしかない。それがおかしいと騒いでも始まらない。日本の法令はそうなっている。「ねじれ」に弊害があると思うなら憲法を変えるしかない。野党の要求を受け入れるしかないことを承知の上で福田総理は日銀総裁に財務省OBの武藤敏郎氏を起用する人事案を示した。政府の目的は日銀総裁を空席にして民主党に対する批判の声を上げさせることにある。だから民主党が受け入れる人物では困る。武藤総裁案を「ベストの人選」と言い、人事案を拒否する民主党を「政略による反対」と断定しながらメディアを操作して民主党批判を盛り上げる。それが目的である。そう思って見ていると新聞各紙は見事なまでに政府の世論操作に乗って踊ってみせた。全ての社説が武藤氏に賛成しない民主党を批判した。

 民主党は空席の責任を押し付けられるのを避けるため早々に参議院本会議を開いて武藤総裁案を不同意にし、次の総裁候補を選ぶ時間的余裕を政府に与えた。すると政府は福井総裁の任期が切れるぎりぎりの時点で再び民主党が絶対に受け入れない旧大蔵省OBの田波耕治氏を起用する案を示し、再び民主党に不同意にさせた。あくまでも空席にするための人事案だから田波氏も武藤氏と同様に初めから「捨て駒」である。これを見て「福田総理の判断力がおかしい」とか、「それほど財務省に弱いのか」などの批判があるが、私は全く逆の見方である。これで財務省や武藤氏への義理立ては済ませた事になる。本当に日銀総裁になる人物は民主党との修正協議の中で、暫定税率を維持する見返りに民主党が望む人物になると私は見ている。

 道路を巡る民主党の要求は三点ある。道路特定財源の一般財源化、道路中期計画の見直し、そしてガソリン税の暫定税率の廃止である。一般財源化や道路中期計画の見直しは政府与党も妥協できる。問題は暫定税率の廃止である。先ほど述べたように今年からとなると「4月パニック」が起こる。しかし国民は暫定税率の廃止を望んでいる、経済の先行きが不安視される中で、減税は国民に喜ばれる。民主党も暫定税率の廃止には最後までがんばるだろう。そうなると日銀総裁の人事で譲歩するだけでは足りないかもしれない。イージス艦の衝突問題で石破防衛大臣に責任を取らせることもあるかも知れない。その上で福田総理は今年の暫定税率廃止だけは何としても避けようとするのではないか。私には暫定税率を今年だけは維持する見返りに、日銀総裁と防衛大臣が取引される可能性があるように見える。

 交渉の最終舞台は福田総理と小沢代表との党首会談になるだろう。そこで小沢代表が来年からの暫定税率廃止に妥協した場合、民主党内からどのような反響が現れるかが次の見所となる。仮に今年からの暫定税率廃止の強硬意見を小沢代表が押さえられなくなると、前に述べたような「4月パニック」が起きて日本社会は大混乱、福田政権は責任を問われて総辞職の可能性が出てくる。その一歩手前で収める事が出来るかどうか、あと10日ほどでその最終舞台が巡ってくる。

2008年3月15日

政治を見えなくしている人たち

 最近のテレビ報道は余りにもレベルが下がりすぎて、論評の対象に値しないと無視してきたが、先日たまたま見た番組に思わず「馬鹿言ってるんじゃないよ」と叫んでしまい、叫んだ自分が恥ずかしくなった。しかしよくよく考えてみると私が「馬鹿な」と思った放送を見て多くの国民が頷いているかもしれない。テレビ局がおかしいと思わない事のどこがおかしいのかを書いておく意味はある。そう思ってこれまでの考えを改め論評をさせてもらう。

 私が思わず叫んでしまった番組はテレビ朝日系列の「報道ステーション」である。元アナウンサーの司会者が眉間にしわを寄せ「政治は一体何をやっているのか、ひどすぎる」と悲憤慷慨してみせることで視聴率を稼ごうとする番組だが、道路問題で紛糾する国会について次のような報道を行った。

 1週間続いた国会の空転を批判するため、番組は空席の委員会室を映し出したあと町のサラリーマンに向かって「国会議員たちは出席すべき委員会を欠席して審議をしていない。ところが委員長などには手当てが出ている。仕事もしないでお金を貰っていることをどう思うか」とインタビューした。聞かれた方は政治を知らない素人だから、「政治家は我々の事なんか何も考えていない」と憤慨する。すると番組の司会者が待ってましたとばかり、我こそが庶民の味方という顔をして、声に力を込め頭を振りながら「本当に政治はひどい。党利党略だけで国民のことなど何も考えていない」とのセリフを吐いた。
これがどれほどテレビの知能水準の低さを露呈し、結果として国民の政治に対する理解を妨げ、日本の民主主義にとって害悪であるかを説明する。

 国会は2月29日に衆議院予算委員会で与党が強行採決を行った。新年度から予算を執行するためには3月4日でも間に合う採決をわざと繰り上げたやりかたは、審議が不十分だと主張している野党を挑発する行為で反発は当り前である。これで反発しなければ野党の存在理由はない。従って野党は参議院での審議を拒否し国会の空転が続いた。そして空転のもう一つの理由は、それが野党にとってガソリンの暫定税率を廃止に追い込む唯一の戦術だったからである。

 いわゆる「ねじれ」国会では、参議院で否決された法案を衆議院で三分の二を上回る賛成で再可決しないと法案は成立しない。衆議院で三分の二以上の議席を持つ与党にとって暫定税率を維持するためにはまず参議院で野党に否決してもらわないと困る。参議院で否決してもらえれば衆議院で成立させる事が出来る。逆に野党にとっては参議院で否決してしまうと暫定税率を廃止する事が出来なくなる。暫定税率を廃止するためには期限が切れる3月31日まで参議院で否決をせずに審議を続けていくしかない。早めに審議に入れば3月31日以前に採決の時期がきてしまう。だから審議入りを遅らせた。

 つまり暫定税率を廃止にするための「仕事」は「国会を空転させる」ことなのである。そう言うと「国会議員の仕事は委員会や本会議に出席して審議をすることだ」という反論が返ってきそうだが、そんな小学生のホームルームみたいな事を言っているのは世界でも日本人だけだと思う。

 以前にも書いたが議会制度の母と言われる英国議会には議員全員が座れる座席がない。つまり議会の出欠状況など誰も問題にしていない。政治家にとって大事なのは「国民の生活と安全を守ること」で「委員会や本会議に出席すること」ではない。出席する事が「国民を守ること」になれば出席するのが「仕事」だが、出席する事が「国民を守ること」にならないと判断すれば、出席しないのが「仕事」である。今、与党と野党は「暫定税率を維持して道路を作る事が国民の生活を守ることだ」という考えと「暫定税率を廃止して無駄な道路を作らない事が国民生活を守ることだ」と言う考えで対立している。与党にとっては出席して審議を促進し3月31日までに再可決する事が、野党にとっては出席しないで審議を空転させ3月31日の再可決を阻止する事が「仕事」である。

 「いやそうではない。やはり言論の府なのだから審議拒否ではなく言論で相手を説得すべきだ」と言う反論があるかもしれない。それもこの国の議会の仕組みを知らない者の言い分である。大統領制のアメリカ議会のように個々の議員が自分の考えで投票できる仕組なら言論で相手を説得できる。政党の方針でなく言論が投票結果を左右する。しかし議院内閣制の国の議員には党議拘束がある。政党の方針が全てでそれに議員は縛られる。どんなに言論を闘わせても平行線の議論が続くだけで投票する前から結論は分かっている。だから今の日本の国会で野党が暫定税率廃止を実現しようとするならば空転させるしかない。

 党議拘束を是とする考えに立てば英国議会のように与党の政策を野党は妨害しないという政治もある。英国では政党がマニフェストを掲げて選挙をし、国民に政党の政策を選択させる。国民に支持され選挙で勝利した与党の政策を野党はいちいち妨害しない。本会議の党首討論などで批判を重ねて次の選挙のマニフェストを作り勝利を目指す。こうした政治を行うなら与党の政策を妨害するため審議を拒否して国会を空転させるのは民主主義を否定する行為となる。非難されて当然だ。しかし日本の国会は戦後アメリカが作ったためにアメリカ議会と同じで英国議会とは全く異なる。法案の成立を巡って与野党が駆け引きを繰り広げる仕組みになっている。アメリカ議会にも審議拒否や審議妨害はある。だから審議拒否は民主主義の否定に当たらない。

 「報道ステーション」の眉間にしわ寄せ司会者の言うことを聞いていると、どうも暫定税率廃止に賛成の口ぶりである。それならば「安易に与党に妥協するな。もっと空転させて確実に廃止に追い込め」と言うべきだ。55年体制下のマスコミならばそう主張しただろう。当時はマスコミの役割は権力に対する監視役で弱い野党の側に立つべきだと考えられていた。私はそういう立場をとらないが、それはそれで一つの考えである。ところが「報道ステーション」はそうではない。「空転させる事はけしからん」と「暫定税率廃止が賛成」という矛盾した主張をしながら政治全体に批判の矛先を向けている。

 何が目的でそのような主張をするのか。おそらく空転を支持をすることも、暫定税率維持に賛成することも国民の支持を得られず、視聴率を下げてしまうと考えているのではないか。そして政治を批判しさえすれば視聴率を取れる。テレビ人間が考えそうなのはそんな程度だと思う。もしそうだとすると「報道ステーション」は政治の仕組みも知らずに視聴率のためだけに政治全体を批判して国民を政治不信に追い込む役割を果たしていることになる。

 この番組のスタッフは国民を政治不信に追い込む事が日本の政治を良くすることにつながると考えているのだろうか。そうならばそれこそ本末転倒である。政治の裏で権力を我が物にしている官僚を喜ばせるだけの話になる。そして何よりも政治家を選んでいるのは国民だから「政治がひどい」と叫ぶ事は、選んでいる「国民がひどい」という事で、その国民に情報を提供している「マスコミもひどい」という話になる。天に唾しているだけの事だ。

 政権を取る気がなく自民党の一部と手を組んでいた社会党や公明党を「野党」と呼び続けた55年体制当時のマスコミもひどかったが、それよりもさらに劣化した報道が繰り広げられているのが現状である。困ったことに当事者は天に唾している事にも気付かない。こうしたテレビの影響で政治はますます国民に見えにくくなってしまっている。
 
 最後に一言だけ付言すると、「衆議院強行採決の裏」で書いたように私は現在進行している政治の駆け引きを与野党激突とは見ていない。修正協議をするために必要な舞台装置作りだと見ている。政治は与野党が対立しているように見せながら、実は与党内部と野党内部の中にも争いがあり、いつもそれらが絡まって推移しているのである。

2008年3月 9日

日銀総裁は政局の捨て駒か

 2月29日に予算と予算関連法案を強行採決して、わざわざ国会審議の行方をを不透明にした政府与党が、今度は民主党内に反対がある武藤日銀副総裁の総裁昇格人事案を示して再び民主党を挑発している。なぜかと言えば一つは3月末に道路問題で修正を図るために必要な舞台装置を作るため、もう一つは民主党の分断を図るためである。

 野党との間で事を荒立てれば荒立てるほど政局は緊迫して3月末は「決戦」含みとなる。選挙を避けたい与党内に「野党の要求を受け入れて修正やむなし」が説得力を持つようになる。道路利権に群がる人たちを押さえるためにはこのようにしてぎりぎりの状況を作り出す必要がある。
もう一方で民主党執行部が人事案を受け入れれば、反対の強い民主党内がまとまらなくなり党内抗争を誘発する事が出来る。人事案を拒否すれば日銀総裁不在の状態を作り出して暫定税率廃止を迫る民主党に揺さぶりをかける材料に出来る。

 本来ガソリン税の暫定税率と日銀総裁人事には何の関係もない。しかし両方とも3月末に決着を迫られる問題であることから二つは結びつけられた。誰が結びつけたかと言えば野党ではなく政府与党である。政府与党にすれば一方で緊迫した情勢を作り出しながら、他方で暫定税率を廃止させないために、与野党交渉のテーブルに乗る案件を増やした方が都合が良い。日銀総裁人事で譲歩するから道路の修正はこの程度にと言うこともできるし、野党が暫定税率で強硬姿勢を貫けば日銀総裁不在の責任は野党にあるとして国際社会から非難の声をあげさせることも出来る。

 日銀総裁人事を政局に絡めることは福田政権が今国会を乗り切るために初めから考えられていたシナリオである。ところがメディアは「日銀総裁人事を政局に絡めるな」とか「日銀総裁不在は日本経済にマイナスになる」と言って非難の矛先を政府ではなく民主党に向けている。まるで明後日のほうを向いた話で、どこを見ているのかと言いたくなるが、かくも簡単にメディアは政府与党の情報操作に乗せられている。

 日銀総裁の任期は3月19日で切れるから、それまでに後任の人選を済ませなければならない。任命するのは政府だが、衆参両院の同意が必要で、決定の10日前までに国会に人事案を示すのが慣例である。仮に任期切れぎりぎりに決めると想定すれば、政府はどんなに遅くとも3月7日には候補者の名前を国会に示さなければならない。そう思ってみていると想定どおりの事が起きた。

 2月29日に衆議院で強行採決がなされ、反発した野党は参議院での予算案の審議をボイコットした。当初から野党国対は「審議拒否を1週間は続ける」と宣言していたが、強行採決のちょうど1週間後が3月7日である。すると福田総理の指示でぴったり3月7日に武藤副総裁の昇格人事案が国会に示され、11日に候補者から意見聴取を行うことが決まった。これが審議拒否を続けてきた野党を審議に復帰させる材料となる。仮に11日の意見聴取を民主党が拒否して審議拒否を続ければ、日銀総裁を不在にさせた責任は100%民主党にあるということになる。だからそれ以上審議拒否を続ける事が出来ない事は民主党も初めから分かっていた。

 「強行採決と審議拒否で国会は波乱含み」とメディアに報道させながら、実はここまでは絵にかいたように予定通りに国会は進んできた。あとは参議院予算委員会がいつから審議入りするかが問題である。参議院での予算審議に70時間程度が必要だとすれば、政府与党が3月31日に衆議院で予算関連法案の再議決に持ち込むためには14日以前の審議入りが不可欠である。暫定税率を廃止させないためにはどれだけ早く審議入り出来るかが勝負となる。

 民主党が日銀総裁不在の責任追及から免れるためには、なるべく早く人事案を拒否することが必要である。総裁任期が切れる19日までの間に時間的余裕があれば、次の候補者を決めるための時間がありながら政府が決めなかったことになり、民主党の責任ではなくなる。だから民主党は11日に意見を聴取した翌日にも衆参の本会議を開いて人事案を拒否する構えを見せている。一方の与党はなるべく本会議を後ろにずらして19日までの間の時間をなくそうとしている。民主党が拒否すればどうしても総裁不在に持ち込みたいためだ。こうして本会議開催の日程と予算委員会の審議入りの日程が絡まりあった綱引きが10日の週に始まる。

 それにしても一国の中央銀行総裁人事を政局に絡めて良いのかと真面目な人は思うだろう。しかし3月末までの2週間程度総裁が不在になったからといって、それがどれほどのマイナスになるかを考えると大したことではないかもしれない。国際的には「みっともない」が、この国はもっとみっともない事を冷戦後はずっと続けてきた。アメリカのクリントン大統領時代に日本の総理は7人も交代したし、バブル崩壊後は世界で唯一10年以上も景気低迷を続けた。世界は今更驚くこともしないだろう。市場に悪い影響を与えると言う見方もあるが、市場は既に日銀総裁不在を織り込み済みではないか。

 問題なのは日銀総裁人事が野党の反対を知りながら行われ、総裁不在の状態を避けようとしていないことである。仮に武藤氏が最適任であるにしても、唯一の神のような存在ではないだろう。他にも候補はいるはずだ。だから与野党の考えに隔たりがある場合、複数の候補が示されるのが当たり前だと思うのだが、そうはならずに武藤総裁案だけが示され、結果として日銀総裁が政局のための捨て駒になるかもしれなところにこの国の深刻な問題がある。

2008年3月 5日

予算案強行採決の裏

 平成20年度予算案と関連法案が野党3党欠席の中で可決され衆議院を通過した。2月29日に通過したことから、政府与党は「予算の年度内成立が確定した」としきりに喧伝している。

 しかし野党が欠席のまま予算案が強行採決されるのは極めて異例である。前例は二つしかない。一つは1976年のロッキード国会、二つ目は1988年のリクルート国会で、いずれも戦後最大級のスキャンダルが政治を直撃した時である。異常な状況であったがための異常な形での予算案通過であった。

 ロッキード国会で予算案が衆議院を通過したのは2月末日などという余裕のある時期ではない。野党の審議拒否が1ヶ月以上も続いた後の4月9日である。年度内成立どころか新年度に入ってからやっと衆議院を通過した。
リクルート国会ではさらに遅れた。4月末になっても国会は空転し、時の竹下総理は自らの退陣と引き換えに予算を成立させる決断をした。それほどに異常な中での強行採決だった。

 それに比べると今回は全く異常な状態ではない。粛々と審議が続いていた。にもかかわらず野党欠席の中で予算を強行採決したのは何故か。強行採決をすれば野党が硬化し、参議院での審議が遅れ、波乱含みの3月末になる事は必定だ。政府与党はわざわざ事を荒立てたのである。ここはひとつ建前のベールをはがして見る必要がある。

 建前とは「3月末までに予算を成立させるため、2月29日に衆議院を通過させた」との主張である。
「ねじれ」国会では参議院で否決されると衆議院で三分の二以上の賛成で再議決をしなければならない。ただし参議院が否決もせずにズルズル引き伸ばして会期末になると、法案は継続か廃案になってしまう。それが政府与党には最も怖い。しかし予算だけは衆議院通過後1ヶ月が経てば自然成立する。だから3月末までの年度内に予算を成立させるため2月29日中に衆議院通過を図った。一見もっともらしいが全く嘘である。

 第一に、予算が成立しても関連法案が成立しないと予算は成立しないも同然となる。関連法案にはガソリン税の暫定税率のように3月31日までに成立しないと期限が切れてしまう歳入法案がある。期限が切れるとガソリン税は下がり、その分税収が減る。暫定税率の維持を前提として組み立てられた予算に狂いが出る。欠陥予算となれば執行はできない。従って大事なのは予算よりも関連法案の成立なのである。

 関連法案は予算と違って1ヶ月経っても自然成立はない。だから2月29日に通過させる意味はない。それどころか野党を硬化させて国会が空転すると、ズルズルと野党が否決せず、期限切れを迎える可能性がある。だから2月29日に強行採決したのは「年度内成立を確定させた」どころか、「欠陥予算の可能性を高めた」のである。

 もう一つ言えば、予算の年度内成立のタイムリミットは2月29日ではない。3月にずれ込んでも良かった。自民党の大島国対委員長が密かに考えていたタイムリミットは3月4日である。これなら野党の顔も立ち、野党に審議拒否の理由を与えない。太陽作戦の方が実は安全運転だった。ところが今回はその道を捨てた。何故か。

 29日中の強行採決を指示したのは福田総理である。自民党の大島国対委員長が最終決断を仰ぎに行くと福田総理は躊躇なく29日の採決を指示し、大島国対委員長を驚かせたという。例の「つなぎ」法案のときは中々うんと言わなかったのに今回は強行採決に積極的だった。この話で分かるのは「つなぎ」法案は福田総理の考えでなく、おそらく道路族からの圧力で採決に同意せざるを得なかった。しかし今回の強行採決は自らの考えというか自分の路線のためだったと考えられる。福田総理の路線とは野党の要求を受け入れる修正路線である。

 前にも書いたが、福田総理は民主党の「3月決戦」を回避するため修正路線を決断していた。だから道路族のドンである青木幹雄前自民党参議院会長の要求を退け、1月末に予算関連法案を採決しなかった。そうなると問題は修正の中身である。原案に限りなく近い修正に留めようとする道路族と、修正どころか暫定税率廃止と道路の一般財源化を求める民主党との間で、どこに妥協点を見つけるかが焦点となる。

 道路族に近い修正だと民主党は納得せず「3月決戦」は息を吹き返す。しかし民主党の要求を飲めば今度は道路族が黙ってはいない。自民党執行部は古賀誠、二階俊博という道路族の代表によって牛耳られている。福田政権は自民党内部から潰される恐れがある。
このように足して2で割る妥協が難しい時には、ぎりぎりまで交渉を引っ張って、自民党も民主党もこのままだと大変なことになると全員に思わせる必要がある。それではじめて妥協案を飲ませる事が出来る。企業の賃上げだって徹夜交渉をしないと決着しない。早めに妥協するとみんなに不満が残るからだ。政治もそれと同じである。

 従って福田政権としては「3月決戦」は回避するのだが、危うく「3月決戦」になりかねない状況を作り出すことが、道路族に修正を納得させるためには必要である。そう考えれば2月29日に強行採決をしてわざわざ3月の国会審議に波風を立たせた意味の説明がつく。福田総理は民主党の「3月決戦」を利用して道路族に修正案を飲ませようとしているのである。

 一方の民主党は暫定税率の廃止と道路の一般財源化を主張してきた経緯から容易に修正には応じられない。しかし妥協せずに突っ張るかというとそうでもない。例えば国民には最も分かり易くメリットのある暫定税率の廃止だが、予算案は既に暫定税率維持を前提に組み立てられている。廃止になれば予算の組み換えが必要になり大混乱する。その暫定税率廃止で民主党には強硬姿勢がみられない。「来年度以降の廃止」などの妥協に応じそうな気配がある。強硬姿勢を貫くのはむしろ一般財源化の方だろう。

 修正は、暫定税率廃止のタイムリミットぎりぎりまで行って最終決着が図られることになるが、予算以外にも日銀総裁人事とイージス艦の衝突問題を巡る処分が与野党交渉に絡まるので、修正には様々なバリエーションが考えられる。最後は福田・小沢の党首会談が用意される事になるのではないか。「つなぎ」法案の採決も、予算の強行採決も福田総理は小沢代表と連絡しながらやっているように私には見える。

 時の政権は野党と戦っているように見せながら、実は内部の敵と戦ったり、あるいは霞が関やアメリカと戦っている場合がある。むしろ日本の政治は与野党が戦うという単純な図式に当てはまらない場合が多い。それは政治に権力が与えられていないからである。
アメリカでもイギリスでも選挙で国民の支持を得た政党が権力を握る事ができる。敗れた政党は次の選挙で権力を手に入れるため切磋琢磨する。従って選挙が権力を移動させる。

ところがこの国には選挙で選ばれた政党よりもっと強い権力が存在する。それが明治以来140年間にわたって国を支配してきた官僚である。明治から戦前までの日本の政治史は天皇を後ろ盾にした官僚と議会を中心に国家運営を行おうとする政党との戦いであった。その戦いは政党の連戦連敗。ついには戦時体制の名の下に政党政治は消滅させられた。  

戦後になると日本を支配したアメリカが民主化の名の下に政党政治を復活させるが、一方では官僚に権力を与えて占領支配に利用した。その名残がいまだに続いている。表面上は議会制民主主義の国と言い与野党が選挙でしのぎを削っているが、裏にはかつての支配者としてのアメリカと、そのアメリカによって力を与えられた官僚という権力が存在し、それが国民の見えないところで日本政治に影響力を行使している。

 これに対してかつての自民党は野党の反対を口実にアメリカの要求を拒否したり、官僚と対峙しなければならない時には裏で野党と手を組んだりした。いずれも政治以上の権力がこの国には存在するためのやむを得ない手法である。アメリカやイギリスの政治ではありえないことではないか。

 ところがこの国の学者やメディアは、政治改革というともっぱら小選挙区制とかマニフェスト選挙の導入を主張して選挙の重要性だけを力説する。選挙で選ばれた者が本当に権力を握れるのなら意味はあるだろう。しかし残念ながら日本の政治土壌では選挙で権力が移動することにならない。それ以前の状態にある事が問題なのである。それを脱するためには机上の理論や教科書どおりに行かない事が山ほどある。「民意を尊重せよ」とか「マニフェスト選挙だ」とかの理想を叫ぶだけでは、政治の現状を理解することができなくなり、「今の政治はひどすぎる」という結論になる。そうやって政治改革を叫ぶ者が国民に政治を絶望させる役割を果たしている。 

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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