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2008年2月29日

選挙を叫ぶ人たち

 「今年中に選挙がある」と叫んでいる人たちがいる。その一つはメディアで、新聞各紙は年の初めに衆議院選挙候補者の顔ぶれを一斉に掲載した。衆議院選挙が今年中に必ずあると確信した記事のつくりだったが、何故確信したかについての説明はない。「空気」や「雰囲気」で確信したのか、そうでなければ参議院選挙の大勝に浮かれて「選挙だ、選挙だ」と叫んでいる民主党に調子を合わせたのか、しかし解散総選挙は民主党ではなく総理大臣の専権事項なのである。

メディアは「海上給油法案を巡って解散総選挙になる」とか、「ガソリン税を巡って3月決戦がある」とか報道していたが、その可能性がなくなると自分たちの思い込みは棚に上げて野党の弱腰を批判し始めた。そして今度は洞爺湖サミットの後だとか、9月の民主党代表選挙で小沢代表の求心力に衰えが見えた後だとか、再び勝手に選挙の時期を決めて「やっぱり選挙だ」と騒いでいる。何故選挙なのかと言えば、「福田総理は父親が出来なかった解散をやってみたい」とか「公明党が秋の解散を考えているから」とかを理由に挙げる。いずれも解散の理由としては説得力がない。

メディアは野党の弱腰を批判するが、野党が福田政権を解散総選挙に追い込むには総理の問責決議案を参議院で可決するだけでは足りない。野党は問責決議案の可決を楯にその後の国会を長期にわたって混乱させなければならない。日本の政治が全く機能しなくなって初めて総理も解散に踏み切らざるを得なくなる。総理はそれまで解散に応ずる必要はなく、ただ野党の「暴挙」を批判していれば良い。解散のために国家の機能を麻痺させても国民が野党を支持すると判断した場合のみ野党は強気に打って出る事が出来る。

もう一方で政府与党が強行姿勢をとらず、野党の要求を聞き入れれば、野党は問責決議案を提出する理由を失う。選挙のためには政府与党が野党の主張を無視して強行採決をし続けてくれないと困る。与党の強行姿勢があって初めて「決戦」は可能になる。

 1月の海上給油法案は前者の例で、法案についての国民の賛否は相半ばしていた。仮に長期に国会審議を空転させれば野党が国民から支持されなくなる恐れがあった。だから海上給油法案を巡っての解散総選挙はありえなかった。
 「3月決戦」は後者のケースで、福田総理は道路族のドンである青木幹雄前自民党参議院会長の要求を退けて、1月末の予算関連法案の強行採決を見送り、修正に応ずる姿勢を示した。福田総理が強行をやめた時点で、野党が総理の問責決議案を提出する理由がなくなった。だから「3月決戦」は消えた。いずれも野党が弱腰なのではない。極めて論理的な理由で解散総選挙にならないのである。

 年の初めに私は「2008年は選挙の年か」というコラムで、今年中に選挙があるという見方に疑問を呈した。
 なぜなら衆議院選挙は自民党にとって何のメリットもないからだ。参議院選挙で過半数を失った現在の与党は、衆議院で三分の二を上回る議席を持っていることだけが唯一の命綱である。三分の二がなければ国会で民主党が反対する法案は只の1本も通らない。自民党は成立させようと思う法案の一つ一つを民主党と協議して了解を取りつけなければならなくなる。仮に次の総選挙で過半数の支持を得て自民党が政権を担当することになっても、三分の二の議席を確保するのはまず無理だ。そして三分の二を失えば選挙でマニュフェストに掲げた政策を実現することは全くできない。ひたすら民主党に頭を下げるだけの政権になる。おかしな話だが日本では参議院を制する者が政治全体を支配出来る。これが世界に類例のない極めて特殊な日本の二院制の現実なのである。

 だから自民党が衆議院選挙に踏み込むのは、選挙で民主党が分裂し、参議院の民主党から17人以上が離党して自民党と組むことが確実な時だけである。そうなれば自民党は力を回復できる。それ以外に自民党に有利な選挙はない。自民党にとって選挙に代わる選択肢は民主党の分断である。小沢代表と反小沢グループの間に楔を打ち込み、分断する以外に自民党が生き伸びる道はない。既にそうした工作が記事となってメディアに溢れている。現在水面下で進行しているのはそういう政治である。

 したがって選挙の時期がいつかなどと考えても余り意味はない。来年の9月には衆議院議員の任期が切れるから、それまでには必ず選挙がある。おそらく福田総理と小沢代表との間で双方にとって都合の良い時期が模索されていると思う。そしてその時には選挙と平行して再編の動きが表に出る。ただし民主党が単独過半数を確保できる見通しが強まれば民主党分裂の可能性は低くなる。再編ではなく選挙による政権交代という民主党が待ち望んでいたことが実現する。

 メディアが騒ぐ前から選挙を叫んでいたのは民主党で、こちらが選挙を叫ぶ本家本元と言える。参議院選挙の大勝直後から「次は衆議院選挙だ、政権交代だ」と威勢の良い声が上がっていた。はしゃぎたい気持ちは分かるが、権力を取ろうとするのなら少しは冷静に政治の現実をみつめ、戦略を組み立てて貰いたい。
 日本の極めて特殊な二院制の下では、去年の7月29日から自民党という権力は既に片肺飛行となっている。だから急いで選挙をやらなくとも民主党に困る事は一つもない。それなのになぜ選挙を急ぐのか。時間が経つと民主党への支持が減っていくとでも思っているのだろうか。よく分からない政党である。

 まず民主党には次の選挙で何を実現しようとしているのかをはっきりして貰いたい。単独過半数を得て政権交代を果たしたいのか、単独過半数は得なくとも自公政権を倒せばよいのか、それとも少しでも議席を増やしたいだけなのか、そのいずれかによって戦略戦術は違ってくる。少しでも議席を増やしたいだけならばいつ選挙をやってもかまわない。必ず議席は増える。単独過半数を得ないで自公政権を倒すには、社民党と国民新党との連立政権を作るしかない。何やら寄せ集めだった新進党に良く似ている。急いで選挙をやるとこの確率が最も高い。

 そうではなく民主党単独政権を実現するのだと言うなら、単独過半数を得るための戦術を考えなければならない。衆議院は300小選挙区と180比例区だから、単純に言うと民主党は小選挙区で150以上、比例で90以上の議席を獲得しなければならない。ところが現在民主党は小選挙区で53、比例区で61議席しかない。つまり小選挙区で3倍、比例区で1.5倍に議席を増やさなければならない。安倍政権のように強行採決を連発してくれれば良いが、福田政権の柔軟路線では解散に追い込むことも容易でない。その上議席を3倍にするにはそれなりの時間と準備が要る。急いで選挙するのが得策とは思えない。

 さらに本気で政権を取りに行くのならもっと大事な事がある。政権を取った翌日から民主党は権力の側にまわる。これまでとは全く逆の立場に立つ。攻めるのと守るのでは全く異なる資質が要求される。アメリカン・フットボールでは攻守で選手を交代させるが、こちらも別人がやった方が良いくらいに仕事振りが違う。これまで経験がない守りの能力を民主党議員は身につけなければならない。

 与党になると、これまで批判をしていれば良かった官僚をうまく操縦して使いこなさなければならない。組織ぐるみで言うことを聞かない相手を操縦するのは大変だ。しかも相手には業界、族議員という仲間がいて後ろから鉄砲を撃ってくる。軟体動物のような連中だから議論で屈服させるのも容易でない。議論以外の手立てを研究しなければならない。去年小沢代表が「民主党にはまだ政権担当能力がない」と言ったのはこの事だろうと思う。官僚が横を向いて動かなくなるか、官僚に絡め取られてしまうか、それが想像されるような未熟な政治家が多いと言いたかったのだろう。
 選挙を叫ぶのもいいが、民主党が本気で政権交代を考えるなら、その先の事も準備しておかなければ無責任になる。

 ところで幕末維新の出来事を現在の政治状況と重ね合わせてみると興味深い事がある。ペリー来航から始まる攘夷(外国人排斥)運動を、倒幕(政権打倒)運動に変えたのは長州の吉田松陰や高杉晋作らだが、武力倒幕を叫ぶ長州と薩摩を結びつけて幕府に対抗する一大同盟を作り上げた坂本竜馬は、実は武力倒幕に反対だった。竜馬は平和的な権力委譲を目指して大政奉還のシナリオを書く。同時に竜馬は議会制による新政府の仕組みを構想して「船中八策」をまとめた。この私案は後に新政府の「五箇条のご誓文」に盛り込まれて近代国家の礎となる。

 武力倒幕派と激しく対立していた竜馬は、最後の将軍徳川慶喜が大政奉還の建白書を受け入れて平和裏に政権を朝廷に返還する決断をした事を聞き「この公(慶喜)のために一命を捨てん」と誓ったという。しかし直後に竜馬は暗殺され、武力倒幕派が勢いを増して、遂に戊辰戦争が始まり、竜馬が望む平和的な政権交代は実現しなかった。

 去年の大連立騒ぎの時、小沢代表は「福田総理が民主党の安全保障政策受け入れを表明した」と興奮気味に語ったという。安全保障政策は国家の根幹に関わる基本中の基本だから、それは徳川慶喜の大政奉還にも似た決断だと私は思ったが、民主党の中では無視されて、やはり選挙で政権交代をと言う話になった。
 竜馬は新政権樹立に当たって徳川体制を打倒せず、それを新政権の中に生かす事を考えたが、理解したのは勝海舟など少数だった。選挙を叫ぶ人たちを見ていると竜馬の心は分からないだろうなあと思ってしまう。いつの世も単純で分かり易いのがまかり通ってしまうのだ。

2008年2月20日

アメリカという国(4)

 アメリカの第44代大統領にはヒラリー・クリントンが確実と見られていた。少なくも共和党は民主党の大統領候補をヒラリーと見ていた。共和党の知恵袋でブッシュ大統領の選挙参謀であったカール・ローブは、1年以上も前からヒラリーとの戦いを想定し、彼女の弱点を研究しつくしている。

 ヒラリーとの戦いになれば、本選挙で彼女に勝てるのはジュリアーニ前ニューヨーク市長である。だからジュリアーニが共和党の大統領候補に本命視されていた。ヒラリーもニューヨーク州選出の上院議員だが、地元での人気度はジュリアーニの方が上である。凶悪犯罪を撲滅してニューヨーク市を蘇らせ、9・11のテロ事件ではテロとの戦いの陣頭に立って全米のみならず世界から賞賛された。地元で負ける候補者が全米を代表する大統領になれるはずがない。ヒラリーVSジュリアーニならジュリアーニが勝つのである。

 ところが予備選挙が近づくとジュリアーニの足を引っ張る動きが始まった。現ニューヨーク市長のブルームバーグが共和党を離党して無所属で大統領選挙に出馬する動きを見せ始めたのである。そうなると共和党支持者の票は割れてジュリアーニに勝利の目はなくなる。そのためかどうか知らないが、本命と言われたジュリアーニが予備選挙緒戦のアイオワ、ニューハンプシャーで全く運動をせず、選挙資金も投下せず、早々に選挙戦からの撤退を決めてしまった。誠に不可解な動きで裏に何かがありそうだが、こうして代わりにマケイン上院議員が共和党大統領候補の座を確実にした。

 マケインはベトナム戦争の英雄ではあるがヒラリーの敵ではないと私は見ている。なぜならこの二人は共に上院の軍事委員会に所属し、一緒に活動してきた仲間だが、その活動振りを見ていると既にマケインはヒラリーに負けている。

 そもそもヒラリーが軍事委員会を希望したのは大統領になるためである。アメリカ大統領は軍の最高司令官であるから軍事に疎い事は許されない。ましてや兵隊の血を流す決断が出来ない人間は大統領になれない。湾岸戦争の開戦を決める議会の採決で、多くの民主党議員が反対票を投ずる中、ゴア上院議員だけは賛成票を投じた。それはゴアが将来大統領選挙に出馬することを心に秘めていたからである。大統領になるためには民主党支持層に支持されるだけでは足りない。国民に支持されるためには戦争に反対する事は許されないのである。

 ヒラリーが実現したいのはアメリカに国民皆保険制度を導入することである。言ってみれば戦後の日本のような国家を目指している。「大きな政府」が目標だ。「小さな政府」を目指すブッシュ政権とは対極にある。そして思想的にもキリスト教の伝統的価値観とはかけ離れている。

 彼女が大統領夫人時代に出版した「IT TAKES A VILLAGE」という本はアメリカで物議を醸した。題名はアフリカの諺で「子供を育てるのは村」という意味である。つまりコミュニティの大切さを説いたものだが、これはアメリカの「伝統的価値観」であるキリスト教の思想と相容れない。キリスト教では子供を育てる義務は両親にあり、一夫一婦制度や個人の家庭が社会の基本である。ブッシュ大統領の支持基盤であるキリスト教福音派などは特にそのことに厳しい。

 しかしヒラリーの思想は70年代のヒッピーの影響を受けている。ヒッピー文化は先住民族であるインディアンの影響を受けてキリスト教に対する反逆の思想である。インディアン文化は東洋思想と通じていて、万物には魂があり、至る所に神がいて、個よりも集団を大切にする。しかし一神教のキリスト教はそうした考えを絶対に認めない。

 かつて私は「アメリカの超能力」というテーマで「ミディアム」と呼ばれる日本で言う「いたこ」を取材した事がある。あの世とこの世をつなぐ「ミディアム」は死者の言葉を現世に伝えるが、彼らはキリスト教会から激しく迫害され、「バイブル・ベルト」と呼ばれる教会の影響力が強い地域には住むことが出来ない。しかしそれでもアメリカには「ミディアム」ばかりが住む村があったりする。それはこの国の底流に先住民族文化が脈々と流れていることを示している。

 アメリカでは無知な大衆ほどキリスト教の影響を受けやすく、インテリほどキリスト教の教えから自由である。先進的な女性ほど中絶の自由を主張してキリスト教会と対立する。良くも悪くもインテリ中のインテリであるヒラリーは、あらゆる意味でブッシュ政権とは対極にいて、それだけに大統領になるためにはハードルがある。だから彼女は軍事委員会に所属して自らの弱点を埋めようとした。

 その軍事委員会で彼女はインテリ女性にありがちな生意気さを引っ込め、男性議員にお茶をついでまわり、愛嬌を振りまいた。その人たらしぶりは見事に男性議員の心をつかみ、彼女は軍事委員会の人気者になっていった。ヒラリーは酒も強い。委員会メンバーでモスクワに出張した時にウオトカの飲み比べをやり、マケインが彼女の軍門に下っている。しかもマケインはそのことをうれしそうに周囲に明かした。この時点で既にマケインはヒラリーに食われている。

 だからジュリアーニが撤退した時点で政治のプロは、世論調査の結果がどうであろうとヒラリー大統領の誕生を確信した。ところが草の根選挙から勝ち上がってきたオバマの勢いが止まらなくなり、オバマ旋風の熱気がアメリカを覆うようになった。

 選挙は予断を許さないが、3月4日のテキサス、オハイオの選挙結果で全てが決まることになりそうだ。オバマ優勢ばかりが伝えられているが、実は現在無効票に数えられているフロリダ、ミシガンを有効にするかどうかという問題がある。両州はヒラリーが圧勝していると言われるが、無効にするとフロリダ、ミシガンの代議員が本選挙で民主党に投票しなくなる恐れがあり、最後はそれを認めるだろうと言われている。そうなると又情勢が変わる。しかしいずれにしても3月4日の結果が極めて重大である。

 ところでオバマ旋風を見ているとジミー・カーターを思い出す。ジョージア州知事だったカーターは草の根運動で支持を集め、現職のフォードを破って大統領となった。ワシントン政治の経験がない全く無名の候補が熱狂的な支持を集めた背景には、ウォーターゲート事件による深刻な政治不信がある。「ワシントンは腐敗している」という国民の失望が「ワシントンの経験がない」候補に支持を与えた。それ以来アメリカでは「ワシントン・アウトサイダー」が大統領になる条件となった。レーガン、クリントン、ブッシュと歴代政権はいずれも「アウトサイダー」の政権である。

 2000年に行われたブッシュ対ゴアの激しい選挙戦でも、ブッシュは「ワシントン・アウトサイダー」であることを最も強調した。しかしそのブッシュの政治に国民は深々と失望している。今回の有力候補3人はいずれも上院議員で「ワシントン・インサイダー」だが、国民はブッシュを見て「アウトサイダー」も駄目な事に気がついた。そして失望の深さが裏返しとしての熱狂となり「最も経験のない」オバマ期待を高めている。

 オバマへの支持は政策ではない。ただ未知であることへの期待である。だからカーターに似ている。そのカーターは大統領として有能ではなかった。イラン革命に対応できず、政治経験のなさをさらけ出して1期で共和党に政権を明け渡した。国民の熱狂というのはその程度である。だから国民が全てを決める直接民主主義は危険だと昔から考えられている。

 オバマが有能かどうかは何とも分からない。イラクから米軍を撤退させるというが、それに伴う世界戦略は全く不明である。従って今の時点で言えば、マケイン大統領ならブッシュ政治の継承、ヒラリー大統領はその対極、オバマ大統領は全く未知数ということになる。共和党にとってはオバマの方が戦い易いのではないか。世論調査やメディアの見方とは異なるが、私はマケイン対ヒラリーならヒラリーが勝ち、マケイン対オバマならマケインが勝つと思う。オバマの「チェインジ」はヒラリーに対しては有効で、その次に戦う相手が現職大統領ならば有効さは持続するが、共和党候補が現職大統領でないマケインでは「チェインジ」の効力は持続せず、息切れするように思う。

 ところで誰が大統領になるのが日本にとって最適かという話がこの時期には必ず流れる。ヒラリーが最悪でマケインが最良というのが専らだが、全く意味のない話だと思っている。どちらのリップサービスが良いかという程度の話で、誰になってもアメリカの本質は変わらない。世界を支配するためには何でもやる。アメリカの国益が最優先。他国を助けるのも国益に合致した時のみ。同盟関係にあるから助けてもらえるなどという柔な考えは早く捨てた方が良い。

 アメリカが相手にしているのは大国で、日本のような周辺国はそのために利用されるだけである。だから「経済大国」という思い出はさらりと捨てて、周辺国であることを自覚し、周辺国としての生き方を徹底した方が良い。そうしないと本当に戦後蓄積した資産を喪失することになる。

 ブッシュ政権を操ったネオコンはユダヤ系だったが、ユダヤ民族はそれこそ周辺国としての生き方を徹底している。アメリカ社会に入り込み、メインストリームにはならなくとも影響力を発揮する術を磨き、その地位を築いている。そしてネオコンのように大統領を操るまでになった。その生き方を日本は見習うべきである。
 明治以降アメリカに移住し、功なり名を遂げた日本人は多い。しかしそうした人達と日本との関係は途絶えている。日系の連邦議員には反日の立場に立つ者もいる。そうしたことを真剣に考え直してみるところから日米関係が始まるのではないか。

2008年2月19日

アメリカという国(3)

 20世紀最後のアメリカ大統領であるクリントンは、21世紀を「情報化とグローバリズム」の時代と位置づけ、光ファイバー網の全米普及を訴えていたゴア副大統領と組んで情報通信革命を主導した。

 1996年には放送と通信の世界に競争原理を導入するため60年ぶりとなる電気通信法の改正を行った。法案に大統領が署名する儀式は通常ホワイトハウスの大統領執務室で行うが、このときクリントンとゴアのコンビは式典を議会図書館に移し、華々しいデモンストレーションと共に署名した。

 会場に設けられた大スクリーンにインターネットの画面が映し出され、全米の若者とネットサーフィンを楽しみながら、クリントンは「これまで1つの電話局と3つのテレビ局と古い法律がアメリカを縛ってきた。私が今日古い法律を変える。これで通信と放送を縛ってきた規制はなくなる。これからは国が主導するのではなく民間の力で新しい時代を切り開こう」と演説した。

 独占企業であった「1つの電話局」AT&Tはすでにレーガン時代に7分割されていたが、しかし分割されてもなお地域独占であった。クリントンはそれらに相互参入を認めることで競争を激化させた。結果として電話料金はみるみる下がり、私のワシントン事務所の通信コストは10分の1に圧縮された。それがアメリカにインターネット社会を花開かせる事になる。

 三大ネットワークに代表されるアメリカの放送界には80年代からケ-ブルテレビという新たな世界が誕生し、地上波テレビとは異なる放送の世界を形成していたが、湾岸戦争でCNNが一躍メジャーとなったように、ケーブルテレビ業界からはその後も新規参入のチャンネルが育っていった。イラク戦争ではFOXニュースが新たに名を上げた。こうした新興チャンネルが育っていく背景には既得権益の側には立たないアメリカ政治の力がある。

 資本主義は放っておけば強いものがますます強くなる。既得権益は競争を嫌がり新規参入を排除する。それは自然の流れだがそれを放置すれば経済は活性化せず資本主義は自滅する。そこに政治の役割がある。だからアメリカでは政治は既得権益の側につかず、なるべく新規参入の側を応援する。

 アメリカがソ連との冷戦に勝利したのはビル・ゲイツを生み出す国だからだと言ったのはギングリッチ元下院議長である。アメリカには巨大企業IBMに挑戦する新興企業マイクロソフトを育てる土壌があった。その結果パソコンが社会の隅々にまで普及して本格的なコンピューター社会が到来した。それがなければ精密誘導兵器の誕生もなかったというのである。ソ連がどれほどの人員とカネを投入して国家プロジェクトを立ち上げてもビル・ゲイツが生まれる素地がなければ、あの精密誘導兵器は出来なかった。だからソ連は精密誘導兵器を見せられたときアメリカとの競争を断念したと言うのである。

 アメリカが情報革命に力を入れていた頃日本はそれとは全く逆の方向に向かっていた。中曽根政権は1985年に電電公社を民営化したが、レーガン政権のように分割はできず、巨大独占私企業のNTTが誕生して肝心の電話料金は全く下がらなかった。通信コストが下がらないことは日本の国際競争力にマイナスなのだがそれを問題にする者もいなかった。

 また中曽根政権は日米貿易摩擦の解消を理由にアメリカからBS(放送衛星)を買ってきて難視聴対策を理由にNHKに打ち上げさせた。BSはデジタル技術の開発によってアメリカでは打ち上げの必要がなくなったお払い箱の衛星だが、日本はアメリカに逆行してBS放送を開始した。表向きの理由である難視聴対策は実は嘘で中曽根政権の狙いはNHKを戦前の同盟通信にも似た国家的情報機関にすることであった。それまでも放送界は銀行と同様に役所が全てを許認可する護送船団の業界だったが、頂点のNHKをさらに肥大化させ、ピラミッド型の構造をより強化しようとしたのである。

 こうしてアメリカがケーブルテレビを中心に放送事業の規制緩和と新規参入を促進しようとしているとき、日本は逆に新規参入を排除して護送船団の強化に取り組んでいた。そのためケーブルテレビ産業には様々な規制がかけられ、一方で世界のどの国もやっていないBS放送が開始された。BS放送はコストも高くチャンネルが少ないため、NHK、民放、新聞社が参入するだけの既得権益の世界となっている。

 こうした政策によって肥大化させられたNHKはそのために内部に腐敗がはびこり、尽きる事のない不祥事が連続することになる。同様に既得権益に守られた民放も下請け製作会社を奴隷化することで莫大な利益を得るようになり、放送倫理の喪失とIT業界からのM&Aの脅威に晒されるようになった。

 情報通信分野における世界の潮流はやはりソフトパワー大国アメリカが先頭を走り、その後をかつての日本のように新興国が追いかける構図だが、その中で80年代以降は日本だけが異なる道を歩んでいる。それで果たして良いのだろうかと心配になる。そしてこうした状況は、日本という国がアメリカとは違って情報を全く重視しない国だと言う事を示している。

 テレビはもはやレベルが下がりすぎて論評の対象にもならないが、そのテレビ局を系列化して天下り先を確保した新聞社の劣化も著しい。企業、役所、政治家等の情報操作に利用されている事がありありの記事やピントの外れた解説を読むと、これがジャーナリズムかと暗澹たる思いになる。せめてジャーナリズムなどと胸を張らずに、「こういう見方もありますがどうでしょうか」と謙虚な姿勢でいて欲しいと思う。

 90年代半ばには情報通信革命と歩調を合わせるようにアメリカに様々な金融商品が出回るようになった。金儲けに疎い私などはほとんど理解できないのだが、天気や気温を当てることが金融取引になるなどというデリバティブ(金融派生商品)の話を聞くと、何でもかんでも金儲けの対象になるようで頭が混乱してくる。しかしアメリカ経済が好況を呈するようになると、通信技術の発達と相まってバーチャルな世界で巨額の資金が瞬時に動き回るようになった。

 1997年、アメリカのヘッジファンドがアジアの国々で空売りを仕掛け、買い支える事が出来なくなったタイ、フィリピン、マレーシア、韓国、インドネシアは変動相場制に移行せざるを得なくなり通貨が急激に下落した。いわゆるアジア通貨危機である。タイでは企業の倒産が相次いで失業者が町に溢れ、マレーシアではGDPが6.5%も落ち込み、韓国ではIMF(国際通貨基金)が経済再建のために介入して財閥グループの解体を行い、インドネシアではインフレのために暴動が起きて32年間独裁者として君臨したスハルト大統領が退陣した。この出来事は現代では戦争をしなくとも、空売りを仕掛けるだけで国家を破綻させ、政権を変える事が可能であることを示している。空売りが軍隊の代わりになるのである。

 このとき日本は宮沢政権が300億ドルの資金を提供して各国から評価されたが、同時に提案したアジア通貨基金の構想にアメリカが反対した。アジア通貨基金構想はアジア各国がアメリカのドルから自立して経済統合を目指そうとするものだが、その主導権を日本が握ることにアメリカは反対だった。アメリカはアジアの統合において中国が主導権を握ることには強い抵抗を見せないが、日本が握る事は絶対に許さない。

 こうした対応をみるとアメリカにとって中国は大国だが、日本は周辺国に過ぎないことがわかる。中国は「仮想敵国」になるかもしれないが、しかし大国であることをアメリカは認めている。しかし日本はかつて経済大国となり一瞬「仮想敵国」になるかもしれないと思わせたが、結局はただの従属国に過ぎない事が良く分かった。そんな日本に国際的な役回りなど出来るはずがないしやらせたくもない。それがアメリカの考えであると私には見える。

 橋本元総理がかつて日本が巨額の米国債を保有していることに言及し、あたかも日本の優位性を誇示するかのような発言をしたが、おそらくアメリカはそれを何とも思っていない。どれほど日本から借金をしても、それが返済できなくとも、日本が何も出来ない事は十分に分かっている。既に自衛隊は単独で日本を守る軍隊ではなく、アメリカ軍の一部となっている。だから日本は何があってもアメリカについてくるしかないと思っている。

 かつて自民党の椎名悦三郎元副総裁はアメリカを「お番犬様」と呼んだ。その言葉にはやむをえず防衛はアメリカに委ねるが、あくまでも飼い主は日本だとの自負心が感じられる。そう言いながら戦後の日本はせっせと金儲けに精を出してきた。しかし今やアメリカは「お番犬様」どころか「ご主人様」になって、借金の尻拭いから不祥事の後始末までさせられそうな気配なのである。(続く)

2008年2月17日

アメリカという国(2)

 戦後の冷戦体制が崩壊した理由には色々ある。衛星放送の電波が国境を越え、厳しい情報統制下にあった東側国民に西側世界を知らしめたことが民主化運動に拍車をかけたことや、ソ連共産党の内部にマフィアが入り込み、一党独裁の社会主義体制に腐敗が蔓延していたことなども要因として挙げられるが、「最終的にゴルバチョフ書記長がソ連邦の幕引きを決断したのは、アメリカが核兵器に代わる精密誘導兵器を完成させ軍事力の優位を万全にしたからだ」とベイカー元国務長官は語っている。

 ベイカー氏によると湾岸戦争に突入する直前、アメリカは密かにソ連のシュワルナゼ外相を呼んで湾岸戦争に使用する予定の精密誘導兵器を見せたと言う。極秘の部分を見せたのは一種の賭けに近い外交手法だったが、この時シュワルナゼは即座にアメリカとの軍事競争は無意味であることを悟り、帰国してゴルバチョフにソ連邦解体を進言したと言う。

 湾岸戦争でソ連は静観の構えをとり、アメリカは精密誘導兵器の威力をテレビの実況中継で全世界に見せつけた。戦争の実況中継を行ったのは老舗の三大ネットワークではなく新興のCNNで、これによってCNNは世界にアメリカ情報を発信する巨大メディアとなった。CNNが流した映像には意図的にサダム・フセインを悪者に仕立て上げる世論操作情報が含まれていて後に問題となるが、これ以降の世界はアメリカの情報操作の下に置かれる事になった。

 実は湾岸戦争での精密誘導兵器の命中精度は7割程度でしかなかった。しかしその8年後にクリントン大統領が「人権のため」と称して介入したコソボ紛争では命中精度が9割にまで上がったと言われる。ところが何故かこのときは中国大使館誤爆事件をはじめ誤爆のニュースが多く世界に発信された。その意図がどこにあったのかは分からない。ただアメリカには命中精度が上がったにも関わらず誤爆の情報を流す必要があったということである。このようにアメリカは実態とは異なる情報を流すことがある。

 冷戦の崩壊によってアメリカは世界唯一の超大国となった。議会では連日冷戦後の世界を構築するための議論が精力的に続けられた。アメリカ一国で世界を管理するために何が必要か。議会での議論もさることながら私は首都ワシントンD.C.にシンクタンクが続々と誕生したことに注目した。当時私はアメリカ議会の近くに事務所を構え現地従業員を置いて東京とワシントンを往復していた。ダレス国際空港と市内までの距離は車で40分程度だが、その途中には雑木林が延々と続いている。それが行くたびに風景が変わっていくのである。雑木林に次々建物が建っていく。そしてそれらは皆シンクタンクなのであった。

 もとよりワシントンは情報の街である。政治家と官僚だけでなくロビイスト、ジャーナリスト、弁護士、研究者、活動家など情報を扱う人々が交錯する街である。毎日いたるところでセミナー、講演会、シンポジウムなどが催され、そこでの情報が世界各地の情報機関、メディア、企業などに売られていく。そのワシントンが冷戦の崩壊と同時にそれまで以上に情報機能を強化しようとしていた。世界を支配するために必要なものは何よりも情報力であることをこの国は熟知している。ソフトパワーを最も重視しているのがアメリカなのである。

 議会ではソ連が持つ膨大な数の核兵器と核技術者をいかに拡散させないかという現実的課題から冷戦後の世界を構築していく議論が始まった。その延長でこれまで目が届かなかった中東や北朝鮮の核開発にも注意が向けられた。一方でソ連を主要ターゲットとしてきた軍の組織体制の変更、諜報機関の体制一新などの議論は結論が出るまでにほぼ2年をかけた。CIAは廃止を前提とする議論から始まり、最終的にはバラバラだった複数の諜報機関を統括する中心的な上部機関へと格上げされる事になる。

 なぜならソ連邦の消滅はアメリカにとって平和の到来を意味するものではなく、逆に「脅威の拡散」を意味すると認識されたからである。東西対立がなくなることで世界の枠組みが緩み、これまで封印されてきた民族主義が各地に台頭、イデオロギーに代わる宗教、文化などの複雑な対立関係が現れると予想された。それは国家間の戦争とは異なるテロとの戦いを余儀なくさせ、「非対称」の戦争の時代が訪れると結論付けられた。従って世界的な米軍再編と軍組織の変更、それに伴う諜報機関の強化は当然なのであった。

 精密誘導兵器に見られるようにコンピューターを利用した軍事技術革命は軍の組織を大きく変えた。従来のピラミッド型の指揮命令系統は不必要になり、指令を発する本国の中枢部分と実戦を行う現地の前線部隊とが直接結びつくネットワーク型の組織体制に変更された。こうした軍の組織変更は直ちに民間企業にも波及した。パソコンを使うことで経営中枢が直接現場労働者から意見を吸い上げる一方、直接に指示を下す事も可能となり、中間管理職が不要となった。高給を食んできた部長クラスのリストラは「ダウンサイジング・オブ・アメリカ」と呼ばれ、企業コストを圧縮して国際競争力を高める一方、ホワイトカラーの失業という深刻な社会問題を生みだした。

 アメリカ議会でこうした議論が連日行われている頃、日本の国会ではこれに見合う議論が全くなかった。当時の宮沢政権は冷戦の終結を「平和の配当が受けられる」という認識で受け止め、政権の関心はもっぱらバブル崩壊後の不況対策だった。また国民の関心も佐川急便事件などの政治腐敗にあって、選挙制度をどうするかという政治改革論議に目を奪われていた。

 クリントン政権が北朝鮮の核施設を空爆しようとした事がある。1994年6月で日本にも連絡があり羽田政権は朝鮮半島での戦争をいったんは覚悟した。しかし韓国の要請もあり空爆は直前になって回避され、カーター元大統領と金日成国家主席が会談することになった。因みにこのとき北朝鮮空爆を議会で強く主張したのが今回共和党の大統領候補に確実視されているマケイン上院議員である。
 最終的にはアメリカなどが軽水炉建設に協力することの見返りに北朝鮮は核開発を凍結するという米朝枠組み合意が成立した。しかしその後北朝鮮は核兵器保有宣言を行って枠組み合意は破られた。
 
 クリントン政権の弱腰を批判して北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだブッシュ大統領だが、本気で北朝鮮の金正日政権を打倒する気があるかと言えば全くそうではない。イラクで手一杯だなどと言い訳しながら実はやる気がない。金正日政権を倒してもアメリカにメリットはなく、むしろ存続させて日本に脅威を与えさせる方が国益になる。北朝鮮のミサイルがアメリカに届くのなら問題だが、今のところその危険はない。北朝鮮を脅威に感じているのは何と言っても日本で、日本は北朝鮮のミサイルが上空を飛んだことに慌ててアメリカのMD(ミサイル防衛)計画を受け入れた。

 北朝鮮の存在は日本に米軍再編計画を受け入れさせるためにも都合が良い。MD兵器購入と併せて再編のための莫大な費用を日本に負わせることが出来る。北朝鮮という国はアメリカにとってこれまで以上に日本をアメリカの軍事戦略に組み込み、かつ日本から抵抗なく金を引き剥がすための一石二鳥の存在である。そしていずれ北朝鮮政権を解体する必要が出てきたときにはそのための費用をまた日本から引き出す事が出来る。過去の植民地支配の清算をしなければならないという理由で。

 衝撃的な「9・11」によってアメリカは「テロとの戦い」に立ち上がり、イラク戦争が開始された。イラクとアルカイダに関係があるかのように思わせ、大量破壊兵器が存在すると主張して始めた戦争だが、本当の理由はそんなところにはない。私が最も納得できる理由は、イラクのサダム・フセインがユーロで石油取引の決済をしようとしていたことだ。これはアメリカが許せることではない。アメリカが世界を支配できるのはドルが世界の基軸通貨であること、軍事力が世界最強であること、情報を操る事が出来ること、そしてエネルギー資源を押さえていることである。

 エネルギーをはじめ資源を支配しようとするアメリカの欲望にはすさまじいものがある。地球だけでなく宇宙の資源を押さえる方法についてもすでに着々と計画が立てられている。ところがサダム・フセインはフランスのシラク大統領とユーロで石油取引を行うことを決めた。それでなくともドルの基軸通貨としての地位を脅かしつつあるのはユーロである。このままユーロ決済が増えていけばドルがその地位を失う日が近づく。現在のアメリカにとってユーロは「仮想敵」なのである。そのユーロが中東諸国の石油決済に使われることになればアメリカの地位は大きく揺らぐ。イラクをヨーロッパから引き離しアメリカの支配下に置かなければならない。それがイラク戦争に踏み切った本当の理由ではないかと私は思っている。だからフランスとドイツはイラク戦争の開始に強く反対し、その後もアメリカを批判し続けた。

 しかしアメリカは「テロとの戦い」を表看板にすればどの国も反対できないことを利用して、イラク戦争のためと称しながらタジキスタンやウズベキスタンなど中央アジアの国々に次々米軍基地を作っていった。これらの基地は地理的に見るとロシアと中国とをにらむ絶好の位置にあり、イラク戦争のためというより中国、ロシアに向いた軍事基地と見る事が出来る。しかもこれらの地域は地下資源の宝庫とも見られている。

 「9・11」はやらせだという説もあるが、「テロとの戦い」を名目にしてアメリカは様々な権益を確保している。そしてアメリカの凄いところは、イラク戦争であれだけアメリカと反目したフランスとドイツの指導者が今ではサルコジ、メルケルという大いなる親米派に代わったということだ。選挙による国民の選択までアメリカは操作できるということなのだろうか。(続く)

2008年2月16日

アメリカという国(1)

 初の女性大統領か、それとも黒人大統領の誕生か、ヒラリー対オバマの大統領予備選挙がデッドヒートを繰り広げる一方、サブ・プライム問題に端を発するアメリカ経済の減速が深刻に懸念されている。世界の目は今やアメリカに集中していると言っても良い。

 私はアメリカ問題の専門家ではないが、日米経済摩擦がピークに達した1981年から9・11が起こる2001年まで、取材者として或いはアメリカのケーブルテレビ局C-SPANの配給権を持つ人間としてアメリカ社会に関わってきた。その経験からメディアが報じるアメリカ像に隔たりを感ずる事がある。同時に日米関係の変遷についても報道に欠落した部分があると思っている。今回はそのことを書いてみたい。

 日米経済摩擦という言葉も懐かしいが、かつては日の出の勢いの日本経済とアメリカとの貿易摩擦が二国間の最大問題だった。その象徴は自動車である。摩擦がピークに達したのはレーガン政権が誕生した1981年で、日本製自動車をハンマーで叩き壊すデモンストレーションや、バイ・アメリカン(アメリカ製品購入)運動の様子などが連日報道され、自動車産業の中心地デトロイトには反日の火の手が燃え盛り、デトロイトに行くと「日本人は石をぶつけられる」と伝えられていた。ところが私がデトロイトに行ってみるとどこにも反日の火の手などなかった。

 デトロイトの空港を一歩出るといたるところ日本製自動車が走り回っている。自動車労働者までが燃費の安い日本製自動車を欲しがり、「百年も王座に胡坐をかいてきた」アメリカ自動車会社の経営を批判していた。ハンマーで日本製自動車を壊した男は市民から批判されてその後は沈黙を守っている。反日の火の手を上げていたのはデトロイトではなく労働組合とそれに支持されたワシントンの政治家達だった。

 最終的には当時の伊東正義外務大臣が訪米して自動車輸出の自主規制案を提示し摩擦は沈静化した。日本の自主規制でアメリカは集中豪雨的な自動車輸出に歯止めをかけ、自動車会社は再生に必要な時間的余裕を得ることが出来た。一方の日本はアメリカを追い込むことなく、しかし一定の利益は確保することが出来た。こうして日米の危機は回避された。取材を通して日米交渉のありようを知ると同時にメディアによって伝えられるアメリカ発の情報がいかに管理され真実とは程遠いものであるかを思い知った。

 アメリカは農業大国であり、農業輸出国である。そのアメリカが80年代初頭に水田面積を増やしていた。主食でないコメをなぜ増産するのか、コメを生産しているアーカンソー、ルイジアナ、テキサス、カリフォルニアの各州を取材して回った。理由は二つあった。一つは第二次世界大戦後の戦争が主にコメを主食としている地域に起きたという戦略上の理由である。つまり朝鮮戦争、ベトナム戦争、中東戦争でコメはアメリカにとって効果ある支援物資であった。
もう一つは地域統合を進めていたヨーロッパが域内の関税を撤廃して自給自足体制をとり、アメリカからの農産品輸入を減らそうとしていることへの対抗措置である。

 ヨーロッパで作れない作物は何か。そこでコメに目がつけられた。コメはイタリア南部とスペインでしか作れない。アメリカ産のコメをヨーロッパの食卓に送る作戦が考えられた。その際お手本となったのが戦後の日本人にパンを食べさせた成功例である。日本では学校給食で児童にパンを食べさせ、そこからパン食を普及させてアメリカ産小麦の輸出を拡大させた。普及のため日本人学者や教師を動員してパン食がいかに優れた食品かの宣伝もした。我々の世代は子供の頃「コメを食うと頭がぼける。パンを食べろ」と本当に教師から言われたものだ。アメリカはそれと逆の事をヨーロッパでやろうとした。

 スイスのチューリッヒに出先機関を作り、「子供の健康にはコメを」、「コメは完全栄養食品です」という標語をヨーロッパ中に広めようとしていた。ライス・サラダ、ライス・スパゲティ、ライス・ピザなどの料理も考案された。やっている主体は民間なのだが、その背後にはアメリカ農務省の国家的農業戦略がある。まさに官民一体となった農業振興策、農産品輸出策であった。

 そしてこの取材でアメリカがダブル・スタンダードの国であることも知った。取材当時のアメリカはパーレビー国王を追放したイランと断交状態にあったが、実はルイジアナ州の港からイラン向けにひそかにコメが輸出されていた。表で断交しながら裏では食糧を輸出している。どのような目的かは知らないが、アメリカという国は表で主張している事と裏でやっている事とがまるで違う。国益になると考えれば相反する事を同時に平気でやれる国なのである。

 1985年、戦後復興を成し遂げた日本はついに世界一の債権国となり、アメリカは世界一の債務国に転落した。「強いドル」を基本政策としてきたアメリカが国家戦略を転換する必要に迫られた。対日貿易赤字を解消するため「プラザ合意」によって円高ドル安への誘導が図られた。
 このようにアメリカは自国の赤字を他国の犠牲によって解消する事が出来る。今回のサブ・プライムの問題でも原因と責任がアメリカにあるにしても、アメリカだけが落ち込むことには絶対にならない。各国は自分を犠牲にしてでもアメリカ経済を守らなければならない仕組みに組み込まれているのである。

 プラザ合意による急激な円高は日本の輸出産業に打撃を与え、円高不況から脱するために採られた低金利政策によって不動産や株への投機が加速された。バブル経済の始まりである。プラザ合意を決断したのは中曽根総理と竹下大蔵大臣だが、この二人はその後「民間活力」の名の下に意図的にバブル経済を作り出した。すると地上げなどを通じて闇の勢力が日本経済の中枢に入り込み、それが金融機関からの資金でアメリカの不動産を買いあさるようになり、アメリカは日本人ヤクザの入国を厳しく監視するようになった。

 この頃からアメリカは日本経済をソ連に代わる国家的脅威と捉えるようになる。私は冷戦崩壊直前の1990年にアメリカの議会中継専門テレビ局C-SPANの独占配給権を得て、アメリカ議会の審議を日本に紹介する事業を始めたが、最初に見たアメリカ議会が「日本経済の挑戦にアメリカは如何に対抗するか」という議論だった。当時の日本はアメリカにとってソ連に匹敵する「仮想敵国」だったのである。議論の中にはソ連封じ込め戦略を作ったのと同様のチームを作って日本に当たれと言う議論もあった。日米関係は世界で最良の二国間関係と言いながら、同時にアメリカは日本をソ連と同等に見ていた。日本という国を様々なジャンルから解明する公聴会が議会で開かれ、その分析は分厚い報告書にまとめられた。

 しかし日本脅威論も長くは続かなかった。1990年8月、イラクがクエートに侵攻して湾岸危機が勃発すると、各国が議会を開いて対応を協議しているのに対し、日本は10月まで国会を開かず、ひたすら橋本大蔵大臣がアメリカ側に支援の金額を問い合わせていた。そのためアメリカの中から「日本は大国になったと思ったが、所詮はジュニア・パートナーだ」との声が上がった。先日NHKで、国会で野党が反対したためお金だけの支援が決まったかのような特集番組が放送されていたがそれは嘘である。国会を開く前に日本政府の方針は決まっていた。またアメリカが日本を馬鹿にした理由は、速やかに国会も開かず、従って何の国民的議論もせずに政府が金だけの支援を決めたところにある。

 ブッシュ大統領に代わって戦後生まれのクリントンが大統領に就任すると、新政権は経済の復興を目標に掲げ、日本経済に「追いつき、追い越す」ことを急務とする。しかし「系列」という日本独特のタテの仕組みと、「政官財」というヨコのつながりが複雑に絡まりあった構造は、「とても理解できないジャングルのようなもので、どの枝を切れば問題が解決するのかが分からない。問題を解決するよりも、結果だけ出してもらおう」ということになり、日米経済関係に数値目標が設定されることになる。このため日米関係は著しく冷え込むことになった。

 その後もクリントン政権の辛らつな日本批判は続いた。そしてついに日本の三悪は「大蔵省と通産省とそこに人材を送り込む赤門(東京大学)」という結論になる。アメリカの中には「大蔵省に強い権力を与えたのはGHQの占領政策である。アメリカの政策が日本を悪くした」との意見もあったが、日本の役所をアメリカ政府が公に批判したのはこれが初めてだった。そして不思議なことはそれから間もなく大蔵省の「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」というスキャンダルが明らかにされ、通産省も組織の内部対立が明らかとなって、それまで戦後日本を復興させたエリート集団としてマスコミは勿論、誰も批判出来なかったこの二つの役所の権威がもろくも崩れていったのである。

 折からバブル経済が闇社会の跳梁を許したことへの反省から、大蔵省は金融機関に対して不動産業者や建設業者などへの貸し出しを一斉に停止するよう通達し、日本のバブル経済は一挙に収束することになる。当初は一部の業者だけを対象にした措置だと思われていたものが、それだけにとどまらずやがて日本経済全体に波及して、日本は長く失われた不況の時代に突入していく。このときアメリカの経済学者は「なぜ大蔵省はソフトランディングを図らなかったのか」と首を傾げたが、それ以来日本はアメリカにとって「仮想敵国」でも何でもなくなり、今度は戦後日本人が蓄積した巨額の金を如何に吐き出させるかの対象となっていった。(続く)

2008年2月 9日

総理の首を絞める国対政治

 与野党馴れ合いの55年体制を象徴する言葉に「国対政治」がある。
 万年与党の自民党と万年野党の社会党が表では対立しているように見せながら、水面下で裏取引をしていた事を指す。国会運営を円滑にするための裏取引ならば、日本だけでなくどの先進民主主義国でも行われていて、別に悪いことでも何でもない。与野党が激しく対立するだけが政治ではない。与野党がいかに妥協するかが民主主義政治にとって最も大事なことである。そのために裏舞台で与野党の幹部が取引する事は大いにあり得る。

 ところがわが国の「国対政治」には国会運営を円滑にするための裏取引以上の大問題があった。一つは裏取引に絡んで与党から野党に金品が渡されていた事である。初めのうちはマージャンでわざと負けたり、本人ではなく夫人宛にプレゼントが渡されたり、恐る恐る行われていたことが次第に大胆になっていった。野党が審議拒否をすると国会を再開させるために与党から野党にカネが流れる。そのうち野党がカネを要求するために審議を止めるようになる。最後は国会内で紙袋に入れた札束が手渡されるまでになっていた。

 もう一つは自民党内の権力闘争に「国対政治」が利用された事である。権力者の足を引っ張るために与党の国対と野党とが組んで重要法案を通らなくする。与党の国対の後ろに権力者の足を引っ張ろうとする張本人がいる。これをやられるとどんな権力者もお手上げになる。例えばかつて旧田中派内部で権力闘争が起きた。田中角栄元総理に対して金丸・竹下グループが反逆を企て「創政会」という勉強会を作った。そのとき金丸氏は自民党幹事長、竹下氏は大蔵大臣だった。すると国会で社会党と公明党が強硬に反対して予算が通らなくなった。金丸幹事長と竹下大蔵大臣の責任問題が浮上した。社会党と公明党の後ろには田中角栄氏がいた。角栄氏は金丸幹事長の首を挿げ替えて宮沢喜一氏を幹事長に起用しようとした。この工作は実現間際まで行った。それが頓挫したのは角栄氏が突然脳梗塞に倒れたためである。角栄氏が倒れなければ中曽根政権の次は竹下政権でなく宮沢政権が誕生していた。

 このように世界に例のない「国体政治」がまかり通ったのは、野党が政権を取ろうとはせず常に自民党の「隠れ応援団」だったからである。だから「国対政治」は55年体制を象徴する言葉だった。政権を取ろうとする野党が誕生してからは、少なくも与党から野党にカネが流れたり、与党内部の権力闘争に野党が協力する事はないはずである。与野党に国対は存在しても以前とはまるで役割が違うと思う。ところが最近の自民党国対を見ていると「おや」と首を傾げたくなる事がある。

 例えば今回の「つなぎ法案」の提出と委員会での強行採決である。
 この通常国会の最大焦点は予算関連法案が年度内に成立するかどうかで、それを確実にするためには与党が衆議院の三分の二の数で再議決をする必要がある。ところが野党が参議院で否決をしてくれれば再議決できるが、否決もせずにずるずると年度末を迎えると大変なことになる。ガソリン税の暫定税率が期限切れとなり、軽油の値段は4月1日の午前0時から、ガソリンも3日頃から値下げになる。いったん下がった値段を政府与党が再び値上げすれば大混乱が生じて政権運営もままならなくなる。

 それを避けるために政府は国会を例年よりも前倒しにして1月18日に召集した。1月末までに予算関連法案の衆議院通過を図り、仮に参議院で野党が否決しなくとも60日条項を使って衆議院で再議決するためである。そこには野党が反対しても予算と予算関連法案を原案のまま押し通すという与党側の明確な意思が示されていた。道路族のドンである青木幹雄前参議院会長が主導する参議院自民党はこの1月末衆議院通過を強く主張していた。

 これに対して民主党の小沢代表は「本体の予算の議論より先に予算関連法案を成立させるのは邪道だ」と批判した。確かにこれまでは予算本体の議論をしてから関連法案の議論に入っていたので邪道と言えなくもない。民主党はそのように主張して徹底抗戦してくることが予想された。参議院自民党の主張どおりに1月末に関連法案を強行採決すると、直ちに与野党全面対決になり、国会は解散含みの異常事態となる。福田総理は参議院自民党の要求を退けて2月中旬の衆議院通過に目標を変更した。

 何のための1月18日召集だったのかという気もするが、結局政府与党は野党の要求を受け入れて修正することを決断した事になる。「道路」で突っ張って「飛んで火に入る夏の虫」になるよりも、「3月決戦」を避けた方が得策だと判断したのである。と言うか選挙になれば衆議院の三分の二を失う事が確実な与党にとっては、まだ三分の二を失っても良いという状況にはなっていないということである。

 ところがそこに降って湧いたのが「つなぎ法案」だった。予算関連法案を2ヶ月間だけ期限切れにしないための法案だという。与党は「セーフティネット」と呼んだが、極めて「虫のいい」法案である。予算関連法案を原案のまま押し通す当初の考えに比べると全く堂々としていない。自分たちの主張が正しいと思うならば当初予定の通り予算関連法案を強行採決すれば良い。それが出来ないのなら野党の言い分を取り入れて修正するしかない。暫定税率廃止はさせずに野党と修正協議するなどという考えはどう考えても通らない。「奇策」とも言えない「愚策」である。

 それが議員立法で衆議院の委員会に提出され強行採決された。それをやらせた自民党国対の目的は何だったのだろうか。全く理解に苦しむのである。つなぎ法案を成立させるためには衆議院で強行採決、しかし参議院で否決され、再び衆議院の三分の二で可決するしかない。いわば伝家の宝刀を抜いておいて野党と修正協議しようと言うわけだがそれは出来るはずがない。解散は回避出来なくなる。

 予算関連法案を押し通した結果の選挙ならば与党にはまだ大義がある。暫定税率を廃止せず1万4千キロの道路を作るというのは一つの考えである。しかしつなぎ法案を巡る激突で解散総選挙になれば、民主主義のあり方そのものが問われることになり与党には一層不利になる。にもかかわらず自民党国対は委員会採決にまで持ち込んだ。おそらく本会議での成立、参議院に送るところまでは考えていなかったろう。議長斡旋を織り込んだ上での戦術だったと思われるが、それでも民主党にマイナス、福田政権にプラスの戦術とは思えない。

 選挙によって状況を好転させる事が出来ない自民党が今最も力を入れているのは民主党の分断工作である。それが駄目なら頭を下げて大連立をお願いするしか生き残る道はない。したがって自民党の中では小沢代表と反小沢グループの分断が機会あるごと常に意識されている。しかし今回のつなぎ法案の強行採決は民主党の分断を誘ったり、民主党にダメージを与えることにはならない。むしろ福田政権の方が傷ついた。テレビで強行採決が放映された直後には世論調査で内閣支持率が一挙に落ち込んだ。

 私の目には今回の国会戦術が自民党内権力闘争の現れと映っている。民主党との修正に前向きな福田総理に対してそれを牽制しようとする勢力がある。「下手な修正をしたら足を引っ張りますよ」という事を分からせるため今回の一連の動きが仕組まれた。内閣支持率がどんどん下がれば「シャッポを代えるしかない」との空気が自民党内に出てくる。それを狙っている人たちにとっても今回の動きは悪くない。そうした思惑が交錯して表に出てきたのが今回の「つなぎ法案」の強行採決ではなかったか。

 そう言えば前の国会でもインド洋の海上給油を中断しないため早期に国会を召集しようとした安倍前総理に対して、冷たく突き放したのは二階国対委員長だった。臨時国会の召集が9月10日と遅れたことで11月1日で期限の切れるテロ特措法の延長は間に合わないことが確実となった。そのため海上自衛隊はいったん引き上げざるを得なくなり、テロ特措法は延長ではなく新法作成という方向になった。その結果テロ特措法の延長にこだわった安倍前総理が突然政権を投げ出した。国対は総理の首を絞める事があるのである。

 つなぎ法案が取り下げられて国会では道路を巡る議論が本格化した。しかし修正協議の期限となる3月末までにはまだ相当時間がある。いつ、どのような形で予算関連法案が衆議院を通過するのか、参議院ではどのような日程が組まれるか、そしてどこで福田・小沢の党首会談が行われるのか、日銀総裁人事とも絡みながら、ガソリン国会は与野党の間だけでなく、それぞれの党内抗争をも巻き込みながら複雑に推移していくのである。

2008年2月 3日

続・消えた3月決戦

 暫定税率を廃止せずにそれを環境税にすれば良いという説明もある。この発想は見事なまでに税金を取る側の論理である。いったん取った税金は何としても手放したくない。環境税を新設するのは容易でないから、今の税金の中で廃止されそうなものを理屈をつけて流用できれば一番楽だ。そんな考えが見え見えである。税金を払う側からすれば、環境税は環境税の話として議論をし、誰がどの程度の負担するのが妥当なのかを決めて貰いたい。一方でガソリン税の暫定税率については導入された経緯とその役割を検証した上、廃止すべきかどうかを決めるべきで、その議論は分けて行うべきである。どさくさに紛れて両者を結びつけるのはこれも納税者を馬鹿だと考えている霞が関的サル知恵である。

 地方自治体の首長全員が暫定税率廃止反対の署名をしたという説明を聞いて、私は福島県矢祭町の町長も署名したのならその説明を聞いてみたいと思った。無駄を切れずにいる情けない首長が多い中で矢祭町は行政の無駄を省く努力を懸命に行っている。その努力を私は高く評価する。私が評価する矢祭町長も廃止に反対だというならば私にとって反対論は説得力がある。その説明を是非聞いてみたい。国会で参考人に呼んでもらえないかと思う。それ以外の首長が反対と言うだけでは、どれほどの署名が集まっても私には説得力がない。

 最後に道路建設の必要性と道路特定財源についてだが、必要な道路なら作ればよいと私は思っている。ただそのためには1万4千キロの建設計画について徹底した情報公開が必要である。それがなければ必要か必要でないかが分からない。経費が妥当かどうかも分からない。それが日本経済の将来にとって経済的効果を生むのかどうかも分からない。きちんとした情報公開が担保される事が前提になれば必要な道路建設に私は賛成する。

 道路特定財源の一般財源化は小泉政権の改革の柱の一つだった。それが著しく後退している。その背景には道路族のドンとも言うべき古賀誠選挙対策委員長の復権がある。何しろ自民党内では幹事長をもしのぐ勢いだから福田総理の思い通りにならない。
 道路特定財源の一般財源化が後ろ向きになっている事は、外国に対して日本経済の改革後退のメッセージを発信している事になる。これは現下の世界経済を考えると「日本売り」の口実を与えるのではないかと私は心配している。

 「株価がどうでも実体経済がしっかりしていれば問題はない」などと言えたのは昔の話で、もはや世界経済は金融経済が実体経済を振り回す金融資本主義の時代に入っている。その中で日本経済はバブル崩壊後長い不況の時代に入り、1989年に4万円近かった日経平均株価が長期低落を続けて2003年には8千円を割り込むまでに下がった。それが上昇に転じたのは小泉政権の構造改革路線が外国人投資家から好感されたためだと言われている。その上昇に転じた株価がまたサブプライム問題をきっかけに下落し始めた。下落幅は他国に比べて著しい。福田政権が「冷静に何もしないで静観する」段階は終わったのではないか。

 何らかの経済政策を準備しなければならないと私は思うが、わが国の場合は他国のように利下げや財政出動に頼る事が出来ない。そこで考えられるのは思い切った減税である。自民党の中には前回の参議院選挙の敗北を小泉構造改革に対する地方の反乱と見て、道路建設に力をいれることが衆議院選挙対策としても有効だと考えているかもしれないが、それは大きな誤りだと私は思う。参議院選挙の敗因は小泉政権が定率減税を廃止した事にある。選挙直前に低所得層では住民税が10倍近くにまで跳ね上がり、国民は税金の重さを痛感した。医療費負担の増大と併せて国民の暮らしは楽でなくなった。だから福田政権がやるべき事は減税で国民の暮らしを楽にする事である。それには暫定税率の廃止がピッタリだ。

 先に述べたようにガソリンの値段が下がれば生活費に余裕が出来る。それは他の消費に回って個人消費を拡大させる。ガソリン値下げの恩恵を受けるのはドライバーだけではない。物流コストが削減されて恩恵は経済全体に行き渡る。2兆6千億円の減税はちょうど定率減税を廃止した分に相当すると言うから参議院選挙の敗因を挽回する事が出来る。つまり暫定税率の廃止は日本経済を減速から救い、福田内閣の支持率を上げ、次の衆議院選挙を有利にする妙案と言える。

 与野党の修正協議を巡っては、道路特定財源の一般財源化を実現する一方で暫定税率の廃止は見送るのが「落としどころ」になるという説や、暫定税率の延長を10年ではなく1年だけにすれば自民党内の多くがそれに賛同し道路族が孤立するなどの見方が流れている。しかし私はこの際、福田総理は民主党案を「丸呑み」するのが最も時宜に適っているのではないかと思う。それでは自民党内が大混乱して福田政権は持たなくなると思われるかもしれないが、どのみち衆議院選挙をやれば三分の二の議席を減らして政権は死に体になる。それを機に自民党は解体過程に入り政界再編が必至となる。そうなる前に自らが政界再編を主導すれば歴史にも名が残る宰相になれると思うのだが違うだろうか。

消えた3月決戦

 「つなぎ法案」を巡る与野党の全面対立は衆参両院議長の斡旋によって収束することになった。ガソリン税を含む予算関連法案の審議について「年度内に一定の結論を得る」という斡旋案は与野党のどちらにも都合よく読める玉虫色であり、年度末の3月にはもう一度大きな山場がやって来るが、しかしもはや解散・総選挙に至るような衝突にはならない。民主党が主張していた3月決戦はなくなったと私は見る。

 そのことを「与党の奇策が民主党の解散戦略を封じ込めた」とか「小沢代表の解散戦略に狂いが出た」とメディアは解説しているが、それは状況を全く理解していない。つなぎ法案という「奇策」が両院議長を駆り出し、斡旋案が民主党の解散戦略を封じ込めたのではない。議長の斡旋によって政府与党の強行策が封じ込められたのである。つなぎ法案を取り下げたことで政府与党は予算関連法案を原案のまま押し通す武器を失った。政府与党は野党の要求を受け入れて修正せざるを得ない武装解除の状態になっているのである。だから野党の方も解散に追い込む事が出来なくなった。

 仮に武装解除されてもなお政府与党が年度末に予算関連法案を原案通りに強行しようとすれば「3月決戦」が突如として息を吹き返し、民主党は総理問責決議案を提出、国会は大混乱して解散・総選挙が現実のものとなる。果たしてそうなるだろうか。福田総理が「話し合いによって解決するしかない」と何度も強調しているように、斡旋案受け入れは総理が予算関連法案を原案通りに強行せず修正路線に乗るしかないと決断したことを意味している。そうしなければ解散になってしまう事を福田総理は十分に理解している。

 一方で民主党の小沢代表が斡旋案を受け入れたのは何の不思議もない。参議院選挙の大勝に浮かれて2008年中の衆議院解散、政権交代を主張していたのは小沢氏以外の民主党の面々である。小沢氏だけは早期解散が必ずしも政権交代にはつながらないと見ていた。むしろ選挙の結果で日本政治がより一層の停滞を招く可能性もある。あるいは政権交代が実現しても極めて不安定な政権しか誕生しない。そのため小沢氏は大連立という別の道を考えた。自民党の懐の中に入り込んであわよくば権力を乗っ取る。それが出来なくとも民主党が十分な準備と訓練をした上での政権奪取に取り組む道である。

 しかし大連立という「奇策」は小児病というか単純思考の日本人に強く反発された。選挙による政権交代しか認めないというのが大勢ならばそれに従うしかない。だから対決路線になった。そうなると最大の勝負所は誰が考えても予算関連法案の年度内成立阻止である。そこで3月政治決戦のシナリオが書かれたが、小沢氏にとってはそもそも早期解散が政権交代の戦略ではない。出来れば民主党単独で過半数を得られる状態にまで持ち込みたい。3月は一つ目の山であって最後の山ではない。だから斡旋案を受け入れても戦略が狂ったわけでも何でもない。

 全面衝突がいったん回避された事によってこれからは道路を巡る政府与党の原案をどこまで修正するかが焦点となる。修正するためには与野党双方に存在する道路族を抑え込まなければならない。道路族の後ろには役所と業界という利害関係者がいる。彼らは最後まで修正に反対し、原案を強行するよう体を張って抵抗するだろう。従って政府与党と野党とが国会で仲良く修正協議を行う事は出来ない。実はこれからこそ国会では与野党対決を強めていく必要がある。そうしないと道路族は納得せず、修正が容易ではなくなる。

 一方で武装解除をした政府与党に対して野党が甘い態度を見せる筈がない。野党は日程をずるずると引き延ばし、予算関連法案の期限が切れる寸前まで法案通過を阻止する。もしかするとガソリン税も下がるが中小企業の支援税制もなくなり輸入品の値段も上がるという情勢になる。国民生活の大混乱が予想される直前まで政府与党が追い込まれる。そうやってぎりぎりにならないと政府与党と野党との妥協は図れない。最終場面では議長の斡旋によって福田・小沢の党首会談が開かれるかもしれない。そうして初めて修正案がまとまる。これが政治の世界での与野党攻防の通常パターンである。

 さて修正の中身がどうなるかである。道路を巡る政府与党の主張は今後10年間で59兆円を投入し1万4千キロの道路を作る事が必要だという。その財源として3月で期限の切れる暫定税率を廃止する訳にはいかない。さらに暫定税率を廃止すれば地方自治体の道路財源が来年度9千億円足りなくなり、1800人を越える地方自治体の全首長が反対署名を政府に寄せて来ているという。また日本のガソリン税は先進国に比べて高くはなく、欧州では地球環境を守る為にむしろガソリン税を上げる方向で、日本が暫定税率を下げると世界から批判されると説明している。

 この説明がどれほどの説得力を持つかだが、少なくも私は全く説得されない。最も馬鹿馬鹿しいと思うのがガソリン税と環境との話である。ガソリンの値段を上げると車に乗らなくなるという前提がまず疑わしい。車に乗るのはほとんどが生活の必要からで遊びのためだけではない。ガソリンが値上がりしたからと言って乗らずに済ませる事は出来ない。値段が上がればその分だけ他の消費が削られる。逆に値段が下がればその分が他の消費にまわり車に乗る回数が増える訳でもない。それが生活体験から来る私の実感である。代替交通手段のない地方ならば尚のことそうではないか。

 だから欧州が何を言おうとガソリン税を上げると車に乗らなくなり排気ガスが減って環境にやさしくなるなどという話を信ずる気にはならない。欧州のガソリン税が高いのは、そもそもが「大きな政府」の国であり税制の根本思想がわが国とは異なる。消費税率が20%という国々である。だから日本と欧州のガソリン税率を比べても何の意味もない。「小さな政府」を目指している日本が税制で比べるべき先進国はアメリカだけである。そのアメリカのガソリン税が日本より高いという話を聞いた事がない。しかも欧州は高いガソリン税を使って道路を建設しているわけではないだろう。官房長官がパネルまで使って説明したと言うが、これこそまさに霞が関的サル知恵、牽強付会の典型である。(続く)

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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