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2008年1月24日

経済を動かすのは政治である

 株価の下落がすさまじい。1月22日には日経平均株価が2年4ヶ月ぶりに1万3千円を割り込んだ。これに対して福田総理は「アメリカのサブプライム問題の影響で、日本経済の実態からくるものではない」と「冷静な対応」を呼びかけている。しかし専門家からは「サブプライム問題の被害が最も少ない日本で株価がこれほど下がるのは、日本経済の先行きを悲観した日本売りだ」という声が上がっている。現状に対して政治は冷静であって良いのだろうか。

 今年の通常国会の冒頭に行われた福田総理の施政方針演説はインパクトに欠けるものだったが、大田経済財政担当大臣の経済演説は印象に残った。日本経済が一流でないことを初めて国会で認めたからだ。ただ残念なのは何故一流でなくなったのか、どこに責任があるのか、最も知りたいことには何も触れなかった。

 日本経済が一流でないことを政府は認めたくなかったのだろうが、世界はとっくにそう見ている。アメリカでは10年以上も前から「日本経済は一流でない」と言われていた。
 1985年に世界一の債権国となった日本経済を、いったんアメリカは旧ソ連に代わる最大の脅威と見ていた。クリントン政権の初期の目標はアメリカが日本経済に「追いつき追い越す」ことだった。しかしバブル崩壊後は一転して見方が変わる。何が日本経済を駄目にしたとアメリカは見ているのか。

 10年ほど前、共和党のギングリッチ下院議長が日本の電電公社民営化を例に挙げて「日本は情報化社会で一流になれない」と演説した事がある。情報化社会では電話料金があらゆる産業のコストに反映される。だから経済競争に勝ち抜くためには電話料金を下げることが鍵になる。アメリカはレーガン政権が独占企業AT&Tを7社に分割し、クリントン政権がその7社を自由競争にさらした。結果として電話料金は10分の1ほどに下がりインターネット社会が花開いた。ところが日本では中曽根政権が電電公社を民営化したものの既得権益を守ろうとする自民党族議員に妥協して分割が出来ず、結果として電話料金は下がらなかった。そこに日米の政治の差がある。

 「既得権益を守る日本にビル・ゲイツは生まれない。そんな国にアメリカが負けるはずがない」とギングリッチは言った。アメリカでは政治は新規参入の側に立ち既得権益の側に立たない。それが競争を加速し、経済を活性化し、消費者の利益を生む。資本主義は放って置くと強いものがますます強くなる。企業は自らの利益を考えれば競争をしたくない。しかしそれでは消費者が損をして経済は成長しない。だから政治は大企業IBMよりもベンチャー企業マイクロソフトの側に立ち、マイクロソフトが巨大化すれば今度はそれに分割命令を出す。ところが日本の政治は常に既得権益の側に立っている。それでは経済が活性化するはずがない。日本経済を二流にしたのは政治のせいだとギングリッチは言っているのである。

 景気の「気」は気持ちの「気」である。国民の気持ちを変えて景気を上向かせるのは政治の力だという事を実感させてくれたのもアメリカだった。
 パパ・ブッシュの時代、アメリカは不況のどん底だった。若者は職にあぶれ、企業や商店が次々潰れていく。私は月に1,2度ワシントンに通っていたのだが、行く度に夜の景色が変わっていた。ネオンの明かりが減っていくのである。デパートが潰れた時など街の一角に突如として巨大な暗闇が現れる。日本ではついぞ見たことのない光景だった。

 その頃大統領選挙が行われた。湾岸戦争に勝利して支持率が80%を越える現職大統領に民主党の大物はみな尻込みをして立候補しなかった。若い田舎の州知事がひたすら「経済」と「変革」だけを訴えて選挙を戦った。11月の投票では予想を覆して初の戦後生まれの大統領が誕生することになった。すると不思議なことにアメリカの空気が一挙に明るくなったのである。気持ちの「気」が明るくなると、デパートや商店に買い物客が増えて、その冬のクリスマスは街に買い物客が溢れた。そうなるとあれよあれよと言う間に経済が好転し、アメリカは未曾有の好景気に突入して行った。
 一つの選挙を機に国の空気ががらりと変わり、景気もまた変わることをこれほどまで実感出来た事はない。つくづく経済は政治が作り出すものだと思った。

 今国会はガソリン税の暫定税率で与野党が対立している。民主党はこの問題で3月政治決戦を挑む構えで、福田政権を解散に追い込もうとしている。しかしそれだけで解散に追い込む事はなかなか難しいのではないかと私は書いた。解散に追い込むためには何かが足りないという気がするからだ。ところがこの株価の動きと政治の対応を見ているうちに、あるいはこの経済の動きが解散に追い込むための何かになるかもしれないと言う気がしてきた。

 国民に冷静な対応を訴えて何もしないことも一つの判断ではある。あわてて何かをする事がかえって国民の不安をあおる可能性があるからだ。しかし一方で何もしない事が国民の失望を買い不安を増大させる事もある。景気が悪いのに物価は上がるというスタグフレーションの到来が囁かれているわけだから、この状況はガソリン価格の問題とも絡まりあう。どのような手を打つかによって政治は思いも寄らぬ方向に動き出すかもしれない。この対応はなかなかの見ものである

2008年1月19日

日本人らしいということ

 1月11日の新テロ特措法案再議決に当たり、民主党の小沢代表が衆議院本会議場を退席して採決しなかった事が激しい非難を浴びている。
 メディアには「敵前逃亡」、「プッツン」、「ワガママ」、「国民の負託に応えていない」とかの言葉が飛び交い、高名な政治評論家やジャーナリストが「国会議員が果たすべき最大の責務は、本会議に出席して採決に票を投ずることです」などとしたり顔で解説、「選挙の応援という私的な事情を優先し、採決という公的な責務を放棄した」と批判している。

民主党の鳩山幹事長は本人でもないのに国民に向かって謝罪をし、ほとんどの民主党議員が小沢代表の行動に「ノー・コメント」を貫いている。小沢代表を擁護でもしようものなら国民から袋叩きに遭うと思っているのだろう。おそらくはその通りに違いなく、この国の国民は小沢代表の退席問題をとんでもないと思って眺めているに違いない。まことに日本人らしい感覚だと私は思う。

 果たして世界に「国会議員が果たすべき最大の責務は、本会議に出席して採決すること」などと考えている国民がいるのだろうか。そしてこんなことでメディアや国民が大騒ぎするだろうか。浅学非才ではあるが私はそうした話を聞いた事がない。
 議会制度の母と呼ばれ、民主主義のお手本とされる英国議会の本会議場には国会議員全員が座れるスペースがない。本会議に全員が出席する事などありえないという「常識」によってそうなっていると英国人から聞いた。政治上の一大事があって議員が大勢集まったりすると議場に入りきらない議員が傍聴席に溢れるという。これは議会制度を作った英国人が「国会議員が果たすべき最大の責務は、本会議に出席することだ」などと考えていないことを意味している。

 米国では本会議場で採決を行う時に議員の姿が揃うことなどない。なぜなら議員は決められた時間までに採決を済ませれば良く、自分の都合を見計らって本会議場に行き採決ボタンを押す。終わればすぐに本会議場を出て他の仕事に戻る。米国議会では本会議と並行して委員会も開かれており、議員を本会議場に拘束しない。そもそも採決という行為は議員を拘束して行う必要などなく、政治には他にもいろいろ大事な仕事があるという考えである。

 ところがこの国の国会は、議員を本会議場に拘束しなければ本会議の意味がないとでもいうように、全員を本会議場に集め、議場を閉鎖して監禁状態にし、採決を行う。
 そのやり方に何らかの意味があるのなら私も理解する。しかし私にはただの採決の箔付け、虚しい権威主義の表れとしか思えない。
 米国議会のように党議拘束がなく、議員が政党の枠を超えて自分の意思で投票するため、あらかじめ分かっている政党の議席数とは異なる投票結果が出るというのなら、あるいは全員を拘束して採決させるのも面白いかもしれない。

 しかしこの国は厳しい党議拘束によって議員をがんじがらめにしており採決する前から投票結果は全て分かっている。だから本当の事を言えば「採決」という行為そのものに意味があるとは思えない。それなのにそうしたやり方を金科玉条のように押し頂いて何の疑問も感じない政治家がいるならば、それこそ「政治家の最大の責務を果たしていない」と私などは思ってしまう。
 ところが高名な政治評論家やジャーナリストらの考えが正当とされ、私のような考えは通用しないのがこの日本なのである。出欠だけを問題とする日本の国会はまるで小学校のホームルームだと私は思うが、そうは思わないところが日本人らしいということのようなのだ。

 私の知る限り政治家についての世界の常識は「国民の暮らしと安全を守る仕事」をやってくれるかどうかが第一であり、その一点でのみ政治家は評価される。それ以外の品行は別の問題で、それはあまり政治家としての評価の対象とはならない。
 例えばかつてフランス大統領に愛人と私生児がいた。そのことをフランスのメディアも国民も批判しない。そんなことで批判する方がおかしいという考えである。しかしそれは成熟したカソリックのお国柄で、ピューリタンの子孫であるアメリカでは政治家の女性スキャンダルは命取りだった(もっともカソリック信者のケネディだけは女狂いでも国民から尊敬された)。ところが近年クリントン大統領がホワイトハウスで女子大生と性スキャンダルを起こしたときに支持率が下がらず、その事を世界は「アメリカも成熟国家になったものだ」と評価した。

 日本の総理大臣が官邸に女子大生を招き入れて不倫をしたらどうなるか。メディアも国民もフランスやアメリカの真似は出来なかろう。金銭スキャンダルも同様である。世界は「国民の暮らしと安全を守る」仕事をしてくれていれば多少のことには目をつむる。しかしこの国の国民にとって政治家は「国民の暮らしと安全を守る」事よりも品行や真面目さが優先され、無能な政治家ほど好まれる。それほどに日本人は「暮らしと安全を守る」事に必死でない。政治や政治家に求めるものが世界とは違っている。

 キッシンジャー元国務長官が冷戦の終わりに「日本という国は何をやるにもすぐには決められず時間が15年はかかる。だからあと15年経たないと冷戦後の世界に対応できない」と言った。曰く「黒船来航で新時代到来が自明なのに、日本人は勤皇だ佐幕だと明治維新までに15年もかかった。1945年にアメリカとの戦争に負けて、アメリカの同盟国になることが自明なのに、60年安保まですったもんだと15年かかった。だから日本が冷戦の現実を受け入れて対応できるようになるのは15年後の2006年頃になる」。キッシンジャーはそう言ったが、私は15年どころかもっとかかると思っている。なぜならこの国の政治は冷戦後に対応するための路線転換について全くと言っていいほど議論をしてこなかったからだ。

 冷戦終了直前の1990年から私はアメリカの議会中継専門テレビC―SPANを通して米国議会の議論を見続けてきた。議会では旧ソ連の崩壊により膨大な数の核兵器の管理が急務となり核拡散を如何に防ぐかが徹底議論された。その延長上で北朝鮮や中東諸国の核開発の危険性に焦点が当てられた。旧ソ連と対峙してきた軍の組織体制が見直され、従来のピラミッド型の組織から中間部分を省いて、頭脳に当たる頂点と底辺の手足というネットワーク型の組織に変更された。それは直ちに民間企業にも波及した。企業も中間管理職をリストラして経営陣とブルーカラーが直接に結びつく組織形態が採用された。それによって賃金コストが大幅に下がり、米国企業の国際競争力を強化する一方で、「ダウンザイジング・オブ・アメリカ」と呼ばれる中間管理職不要の社会をもたらした。諜報機関も全面的に見直され、2年がかりでCIAを頂点とする新組織体制が構築された。冷戦体制の唯一の名残りである朝鮮半島の統一問題で日本から如何に金を引き出すかも議論された。全て15年前の出来事である。

 米国が2,3年がかりでこうした議論を行っていた頃、日本の国会ではこれに対応する議論を全くしなかった。心配になった私が外務省の高官に霞が関の対応を聞いてみたが、残念ながらそこでも行われていないという話だった。その頃の日本の政治はひたすら選挙制度の改革とかバブル崩壊後の経済不振の対応に追われていた。学者もジャーナリストも誰も日本の政治に対して冷戦後の世界に対応するための議論を行うよう求めなかった。だから日本の政治はやるべき議論をやらないまま国内の事だけに目を奪われて通り過ぎてきた。これがもう一つの日本と世界との決定的な違いである。何が大事なのかのポイントが他の国とはズレている。

 今年元旦の産経新聞に「明治の精神に立ち返ろう」という文芸評論家新保祐司氏の「正論」が掲載された。今年が明治維新140年目の節目の年に当たることから、現在の日本の深刻な危機に対処するため「明治の精神」にまで立ち返る必要があるという問題提起である。その中で氏は「明治の精神」の源流を吉田松陰や西郷隆盛ら維新の志士たちの「志」に求め、維新の志士たちは皆「日本人が農耕民族でおとなしく、政治もなし崩し的に変わってきた」中で際立って「日本人離れした」存在だったと指摘している。そして「日本人離れした」精神の躍動こそが真に「日本的」なるものにつながると結論している。

 私は昨年政権を途中で放り出した若き総理が「長州」出身であったことから、長州人とはいかなる系譜なのかに関心を持ち、この冬吉田松陰と高杉晋作の物語を読んでみた。すると分かったことは長州人にも二種類あり、多くが権力の言うがままひたすら幕府に媚びへつらいをする中で、松蔭や晋作だけが異質で藩の掟を破ることを何とも思わず、入牢や閉門蟄居を繰り返していたことだ。そうした精神がついにがんじがらめの幕藩体制を倒す力を生み出すことになるが、この二人を日本人らしい日本人からみればまさに「狂」であり「奇」ということになる。
 明治維新140年目の節目の年明けに国会採決退席問題で騒いでいる日本を見ると、この「日本人らしさ」ということをもう一度考えてみたい気になる。

2008年1月17日

不思議な国会だった

 168臨時国会は不思議な国会だった。「まさか」と思われる異常な出来事が相次いだのに、その真相は何も明かされず、今では誰もそれを問題にしていない。
 「まさか」が起こる出発点は参議院選挙の結果にある。与党が惨敗して過半数を割り込み、民主党が第一党に躍り出た。議長をはじめ議院運営委員長など国会運営の主要ポストが自民党から民主党に移ることになった。

 民主党はほぼ参議院を制したのだが、しかし過半数の議席を得た訳ではなく、力の程度は限定的である。肝心なところでは国民新党、共産党、社民党の協力を得なければならない。選挙後、小沢代表は無所属議員らの民主党会派入りを熱心に進めたが、過半数にはまだ2議席が足りない。そうした状態で政治の世界は168臨時国会を、いわゆる「ねじれ国会」を迎えた。

 選挙惨敗の責任者である安倍前総理が続投を表明したことも首を傾げたくなることではあったが、それよりも不退転の決意で続投したはずの総理が選挙後1ヶ月間の政治空白を作った事が不思議の第一だった。
 表向きの理由は内閣改造のための「身体検査」にあるとされた。そんな話をまともに信ずる者はいないと思っていたら、それがまかり通って誰も政治空白の理由を追及しなかった。この政治空白によってテロ特措法の延長は不可能となり、いったんインド洋から海上自衛隊が引き上げて来ることが確実となった。ところが安倍前総理は海上給油の継続に政治生命を賭けようとして、テロ特措法の延長ではなく新法で対応しようとしている与党から孤立していた。

 その安倍総理は所信表明演説で、翌年の洞爺湖サミットへの意欲を表明しながら、代表質問直前という信じられないタイミングで辞任を表明した。その時点で安倍前総理は「新法だと海上給油は中断せざるをえなくなり、その時点で辞任すると国民に混乱を与える」とか「新たな総理の下で新法を推し進める方が良い」などと辞任の理由を説明したが、周りは「病気のため」ということにして本人を入院させ、最近では本人までが雑誌にそのような手記を発表している。しかし「本人の言う事がもっとも信じられない」のが古今東西政治の常識である。この信じられない総理辞任の背景に何があったのか。真相は明かされないままとなっている。

 新たに登場した福田総理は安倍前総理と逆の事をやることが政権延命の要だと思っているようだ。民主党との対決色を出さず、霞が関との対決色も封じて、ひたすら低姿勢に徹している。「60年安保」で国民の怒りを買った岸総理に代わる池田総理が「寛容と忍耐」を掲げてひたすら低姿勢に徹したことと似ているが、しかし池田総理は低姿勢だけではなかった。「所得倍増論」を打ち出して国民に夢を与えた。福田内閣にはその部分がない。何をやる内閣なのかが分からない。

 その福田総理と民主党の小沢代表との間で「大連立」が話し合われた。選挙によって「ねじれ」を解消出来ない自民党にとって連立は唯一の解決手段である。これまでも過半数を割り込んだときには常に連立でしのいできた。「自さ社」、「自自」、「自自公」、「自公」と、この15年間は連立の歴史でもある。しかし昨年の選挙結果では参議院で過半数までに17議席の開きがあり、国民新党や社民党との連立だけでは問題が解決できない。自民党にとっての選択肢は参議院で第一党となった民主党との大連立以外なくなった。だから大連立が話し合われたのは少しも不思議ではない。

 しかし大連立が民主党の反対で頓挫してから、小沢代表の辞任表明、辞任撤回と続く中で、党首会談の経緯や内容を巡って様々な情報が錯綜し、さながら情報戦の様相を呈した。大連立を持ちかけたのはどちらか、連立協議の条件は何だったのか、そもそも本気でやろうとしたことなのか、結果としての損得勘定はどうなっているか、分からない事だらけの中で連立話に終止符が打たれ、「ねじれ国会」は対決モードになった。しかし対決色が強まったと言われながら、実態はそれとは逆で海上給油の再開に道を開く新テロ法案で総理の問責決議案は提出されず、国会終盤になって初めて行われた党首討論では福田総理と小沢代表がお互いをいたわりあう姿勢を見せた。誠に不思議な国会であった。

 選挙によって「ねじれ」を解消できるのは民主党だから、民主党が「大連立」を否定して選挙による政権交代を目指すのは分からなくはない。しかし選挙による政権交代は口で言うほど簡単でない。衆議院選挙の結果、単独で過半数を獲得できれば良いが、それはなかなか難しいと小沢代表も認めている。衆議院第一党を目指すのが現実の目標のようだ。すると政権交代は他の野党との連立なしには実現出来ない。共産党との連立はないだろうから国民新党か社民党との連立である。その場合政権交代が実現しても閣内統一が維持できるかどうか不安定で短命な政権になる可能性がある。

 さもなければ自民党の一部を切り崩して政権に引き込む事が考えられる。政界再編に道を開く話だが、それを可能にするためには選挙のテーマそのものが自民党の分裂を誘うようなものでなければならない。果たしてそのような選挙が出来るだろうか。しかもそのときには民主党自体も分裂の可能性がありなかなか簡単ではない気がする

 そしてそれ以前に解散に追い込む事が出来るのかという問題がある。相手は何としても早期解散を避けたい自民党である。解散に追い込むためには国民に圧倒的に支持されるテーマを選び、そのテーマで全面対立に持ち込み、参議院で総理の問責決議案を可決して国会を機能麻痺の状態に持ち込まなければならない。そのとき仮に内閣支持率が一桁に下がったとしても総理がじっと耐えて解散しなければどうなるだろうか。政治が機能麻痺に陥ってそれが長期に及ぶときそれでも国民は民主党を支持するだろうか。民主党の中に亀裂が走らないだろうか。そうしたことを総合的に考えた上でないと解散に追い込むことも難しい。

 18日に召集される通常国会は「ガソリン国会」だと言う。ガソリンの暫定税率廃止を民主党が主張して、その事が政府与党との対立軸になると言われている。民主党の主張どおりになれば1ℓ当たり25円ガソリンが安くなり、それはプラスの経済効果を生むという。一方で2兆6千億円の道路財源がなくなり、地方自治体は財源不足に苦しむことになるとも言われている。これが果たして民主党の言う3月政治決戦のテーマになるのだろうか。

 1月18日に通常国会が召集されるのは極めて珍しい。通常なら月末に召集されるものを早めに召集した。それは「ねじれ」に対応するためで、予算関連法案を月末までに衆議院を通過させ、仮に参議院で否決されても60日条項を使って必ず3月末までには再可決させるためだと言われていた。ところがここにきて奇妙な事が起きている。自民党の伊吹幹事長は予算関連法案を1月末までに衆議院を通過させるのが難しいと言いはじめた。予算関連法案の衆議院通過は2月中旬になると言う。そうなると何のための18日召集なのか、訳が分からなくなってきた。ガソリン税の暫定税率が1時的に期限切れになる可能性もある。何やらインド洋の海上給油をわざわざ中断してまた復活したのと似たような話である。

 2月中旬までの間に民主党とこの問題で話し合いを行い、妥協点を探るためだとも言われているが、そうなると何度目かの「まさか」を考えてしまう。「まさか民主党の主張を丸呑みするのではないだろうか」と。もしそうなれば民主党は解散に追い込むカードを失い、3月政治決戦はあっという間に消滅する。その一方で自民党がこれから作成する自衛隊の海外派遣の恒久法を巡って小沢代表の年来の主張に擦り寄れば、あの消えた大連立話が形を変えて復活し、民主党にとって閣僚ポストの配分などの「おいしい」話はなくなるが、自民党は任期満了近くまで衆議院選挙を封じ込める事が出来る。

 私の妄想は妄想であるからその通りになるかどうかは分からないが、これまでの政治が「足し算、引き算、掛け算、割り算」で解決できたとすれば、未体験ゾーンにある今の政治は「微分・積分」の高等数学でしか解決できないという言葉をかみ締める必要がある。おそらくそれほどに不思議な国会が続いていく。

2008年1月11日

がっかり・裏切り・拍子抜け・党首討論

 168臨時国会最初にして最後の党首討論が1月9日に行われた。本来は毎週水曜日に行われるはずなのに最近ではほとんど行われず、今回も7ヶ月ぶりの党首討論だったが、そのせいもあってメディアの評価はすこぶる悪い。

 朝日新聞は「座布団を投げたくなるほどがっかりした」、読売新聞は「有権者の期待を裏切る」、毎日新聞は「何故避けた大連立の説明」、日本経済新聞は「極めて遺憾」、産経新聞は「拍子抜け」、東京新聞は「看板が泣いている」など翌日の各紙の社説はいずれも手厳しい。
 それには一々「ごもっとも」と言うしかないのだが、しかしこれを「党首討論」ではなく「党首討論の・ようなもの」だと思っている私には色々面白いところがあった。

 そもそも党首討論のモデルは英国議会の「プライムミニスター・クエスチョン・タイム」だが、これは日本の党首討論とはいささか趣が異なる。毎週水曜日の午後3時から下院本会議場で30分間行われ、時の首相に対して一般の議員が質問できる。ただし野党党首に質問の優先権があり、多くは野党党首と首相との間で論戦が交わされる。時間も短いため掘り下げた議論ではなく、首相が何を考えているかを問い質す場である。

 私は20年ほど前に当時のサッチャー首相とキノック労働党党首の「クエスチョン・タイム」を見た事がある。教育バウチャー制度の導入がテーマだった。キノックがバウチャー制度を「不平等につながる」と批判すると、サッチャーが「それは古い共産主義者の考えだ」と反論し、議場は野次に包まれた。キノックだけでなく一般の議員も議長の指名を受けてサッチャーに質問した。主役は首相で、首相に何人かの議員が挑戦する30分一本勝負といった感じだった。

 「クエスチョン・タイム」は短い時間で毎週やるところに意義がある。深く掘り下げた議論は国民に難しすぎるが、議論の「さわり」を短時間で毎週やってくれれば国民にも分かりやすい。サッチャーが国民の人気を集めたのはこの「クエスチョン・タイム」のお陰だと言われている。

 これを国会活性化の方法として取り入れるよう主張したのが旧自由党時代の小沢一郎氏である。旧自由党と自民党との連立協議のなかに盛り込まれ、2000年の臨時国会から「党首討論」という名前で始められた。しかしこれが毎週行われる英国議会の「クエスチョン・タイム」と同じにならなかったのは、日本では本会議や予算委員会などで一般の議員が総理に質問する機会を与えられていたためである。それまでの慣行をやめてまで党首討論をやる話にはならなかった。そのため与党は本会議や予算委員会に総理が出席する週は党首討論を中止すると主張し、党首討論は毎週開催ではなくなった。委員会や本会議に総理が出席しない週だけの開催となった。

 しかも英国と違って一般の議員には質問の機会が与えられず、名前の通り党首しか参加できない。二大政党制でないため当初は全野党の党首が質問に立つことになり、時間も英国議会より長い45分となった。しかし議席数で時間を配分すると社民党などに割り当てられるのはたった1、2分で小政党には意味のない場となった。一方で野党にとってじっくり総理を攻めるにはやはり予算委員会が良いということになり、多くの国民が見ているわけでもない長時間の委員会審議が相変わらず重視された。

 こうして国民の関心を呼ぶ短時間で毎週の党首討論は実現しなかった。だから私はこれは「党首討論の・ようなもの」だと思っている。そもそも「党首討論」という翻訳も宜しくない。「クエスチョン・タイム」は首相に対する「質問時間」である。掘り下げた討論をするほどの時間もない。せいぜいが討論の「さわり」をやる場だ。それをどういうわけかメディアは勝手に「党首同士が激しく討論をする場」だと決めてしまって、「掘り下げた議論をせよ」などと言っている。そう考えれば現状はどうしても「がっかり・裏切り・拍子抜け」という事になる。

 毎週やれというならば与野党に今の考え方を変えてもらうしかない。与党が譲歩して総理にはご苦労様だが委員会質疑に出席する週も党首討論をやってもらうか、野党が譲歩して委員会質疑への総理の出席を減らして党首討論を充実させるしかない。しかし与野党が譲歩できないというならば、メディアが過剰な期待をやめて私のように「の・ようなもの」と思って眺め、そこから見えてくることを国民に解説するしかない。

 今回の党首討論では民主党の小沢代表が二つのテーマを取り上げた。年金の照合問題と自衛隊の海外派兵を巡る問題である。しかも年金の照合問題にかなりの時間を割いた。そのことから分かるのは民主党にとって与党を攻める最大材料はやはり年金問題だという事だ。いかに「福田クリンチ内閣」でも年金問題だけは簡単に擦り寄って来られないと見ているようだ。

 「全加入者に通知を出せ」と主張する小沢代表に対して、福田総理は「今年4月から始めて10月までには全加入者に年金特別便を送る」と答え、さらに来年4月からは民主党の言うように年に一度全加入者に通知を出すと言った。このタイムスケジュールはなにやら総理の考える解散・総選挙の時期と関係がありそうだ。そう考えて要チェックにした。

 次に注目したのは、そしてこれが今回の党首討論の最大の特徴なのだが、福田総理が何度も「小沢代表と考えている事は同じだ」と言った事だ。福田政権が民主党と違うのはタイムスケジュールだけだという。福田総理は小沢代表が参加を拒否している社会保障国民会議について全く言及することをしなかった。そうしたところに小沢代表に対する心配りが感じられる。こんなに相手を思いやる党首討論をこれまで見たことがない。これを福田総理の人柄によると考えるか、それとも大連立を語り合った「共犯関係」がなせる業と考えるか、あるいは難しい政権運営を迫られている総理の低姿勢に徹する戦術と考えるか。福田総理の顔を見ながらしばしそのことを考えた。それだけでも今回の党首討論は私には十分に面白かった。

 同じ事は自衛隊の海外派兵を巡る議論にも現れた。小沢代表がこの問題にわずかな時間しか割かず、持論を展開しながらも突っ込んだ話にしなかった事や、福田総理が湾岸戦争時の小沢自民党幹事長時代の話を持ち出したことなどに、双方の相手に対する配慮というか、これから水面下で起きてくる動きのためにそうなったのではないかと感じさせる何かがあった。

 そして民主党が3月政治決戦の中心テーマにしようとしているガソリン税引き下げ問題を小沢代表が持ち出さなかったのはどういう理由からなのだろうか。それを今ここで持ち出すと仕掛けが壊れてしまうからなのか、それともまだそれを持ち出す時期ではないからか、それは中心テーマではなくなるからなのか、ただ単に時間がなかっただけなのか。ガソリン税の話が出てこなかったことにも別の意味で興味をそそられた。

 かたや早期に解散に追い込みたい民主党、かたや何とか選挙を遅らせたい福田政権が今しのぎを削っている。双方が自分たちの主張を掲げて戦う準備が出来れば、党首討論もぶつかり合う論戦の場になったのかもしれないが、今はまだそんな状況ではない。
 そうしたときの党首討論に丁々発止とやり合う論戦を期待しても仕方がない。論戦の中には相手がどのような陣形を構築しようとするのかを探るための論戦もある。
 そのように考えて、あまり「がっかり」や「拍子抜け」をせずに、「党首討論の・ようなもの」をどうやって「党首討論」にしていくかをメディアには考えてもらいたいものだ。

2008年1月 5日

2008年は選挙の年か

2008年は「政治決戦の年」だとメディアが報じている。元旦の新聞には早くも次期総選挙の予想立候補者名と選挙情勢が掲載された。朝日新聞は「ねじれ」による政治の混迷・停滞を解消するため今年は総選挙を行うべきだと主張して「歴史に刻む総選挙の年に」という社説を掲げた。
社のトップが大連立工作に関わった読売新聞では、社説で「解散・総選挙を急ぐ必要はない」と主張しながらも、一方で総選挙の予想立候補者名一覧に3ページもの紙面を割いた。やはり解散・総選挙の時期が今年の政局の最大の焦点という認識である。

民主党の小沢代表は元日に私邸で行われた新年会で、「今年中には間違いなく衆議院の解散・総選挙が行われる。火の玉になって何が何でも勝利する」と挨拶し、2日に街頭演説を行った公明党の太田代表は「選挙は秋以降」としながら、今年の重点政策課題として「給与所得を過去最高にする」と選挙を意識した発言を行った。福田総理は昨年末に「洞爺湖サミットが終わるまで解散は出来ない」と発言し、メディアはそれを「解散はサミット以降」と報道した。しかし福田総理が「サミット以降に解散する」と発言したわけではない。サミット以前には何が何でも解散は出来ないと言っただけでその後のことには触れていない。一体メディアが言うように2008年は「選挙の年」になるのだろうか。

以前、「福田総理に事実上解散権はない」と書いた事がある。総理が自らの特権である解散権を行使するのは、政治の行き詰まりを打開するためだが、現在の与党にとって解散して良くなる事は一つもない。参議院選挙に敗れたとはいえ衆議院で三分の二を超える圧倒的多数を持っていればこそ重要法案も成立させる事が出来る。しかし選挙をやって三分の二を一人でも減らせば一本たりとも法案を通すことは出来なくなる。そして今衆議院選挙をやれば100%の確率で三分の二は維持できない。つまり今後の政権運営を考えた時、福田総理に「選挙に打って出る」という選択肢はないのである。

「民意を尊重すべきだ」と言われようが、「憲政の常道に反する」と言われようが、何と批判されようが選挙は出来ない。それが福田政権の現実である。しかしその事を公言する訳にもいかない。公言すれば国民の怒りを買うことになる。だから「秋以降」とか「サミットまでは出来ない」とか言っているが、本当は衆議院議員の任期満了まで解散はやりたくない。

与党にとって状況が好転するのは、参議院の野党から17議席を引き剥がすことが出来るときだけである。そうなれば「ねじれ」は解消され、福田政権は初めて思うような政権運営が可能になる。しかし参議院には解散がないから選挙でその数を奪うためにはあと6年待たなければならない。妙な話だが衆議院の解散・総選挙によって参議院の野党から17議席が転がり込む見通しが出てくれば、福田政権は解散・総選挙に打って出ることが出来る。衆議院選挙で三分の二は減らしても過半数を維持し、かつ衆議院選挙の争点を巡って野党が分裂、17人を上回る参議院の野党議員が与党と組むことになれば、衆議院選挙が本当の勝利になる。それならば福田総理は解散・総選挙に打って出る事が出来る。

以前、「民主党の小沢代表には解散権がないにも関わらず、解散に追い込む事が出来る」と書いた。「参議院を制すれば最高権力者をコントロールする事が出来る」とも書いた。参議院を制した民主党にはそれほどの力がある。民主党が賛成しない法案は基本的に一本も成立しない。民主党が反対しても成立するのは今国会では衆議院で再議決が予定されている新テロ法案の一本だけである。次期通常国会でも同様の事が起こる。

そこで衆議院での与党の再議決に対抗して、参議院で野党が総理の問責決議案を可決すれば、国会は二つの院のうちの一つが総理大臣を認めないという異常事態となる。衆議院での不信任とは違って問責決議案に法的な拘束力はないが、総理は参議院での質疑に立てなくなる。通常国会冒頭に行われる施政方針演説も参議院ではやれない。国会は前代未聞の与野党全面対決となり政治は一歩も動かなくなる。これを解決するためには問責された総理に責任があるのか、問責した野党に責任があるのかを国民に聞くしかない。このようにして野党は政権を解散に追い込む事が出来る。

この臨時国会では新テロ法案の再議決を巡って民主党が問責決議案を出すかどうかが注目されていた。出せば1月解散・総選挙の可能性があった。しかし民主党は問責決議案を出さない見通しである。新テロ法案に対する国民の支持、不支持は拮抗していて、国民世論がどれほど問責決議案を支持するかが不透明であること、また民主党の中には前原誠司副代表のように海上給油に反対でない議員もいて、解散・総選挙にでもなれば民主党が分裂する可能性があったからだ。民主党分裂は、それこそが与党の狙い通りということになる。こうして1月決戦はなくなった。

次期通常国会で与党が再議決を覚悟しているのは予算関連法案である。予算案そのものは衆議院に優先権があり、衆議院可決後1ヶ月が経てば参議院が反対しても自動的に成立する。しかし予算を執行するための関連法案は参議院で否決されると再び三分の二以上の賛成で衆議院で再議決しなければならない。参議院で審議入りを引き延ばされた場合には60日を経なければ再議決も出来ない。与党はそうしたことを見越して通常国会をいつもより前倒しで召集し、予算関連法案を予算案より先に1月末には衆議院を通過させる構えである。

その関連法案の中に3月末で期限の切れるガソリン税の暫定税率がある。ガソリン税は1ℓにつき25円ほど本来の決まりよりも高くなっている。それが3月末で切れる。原油価格高騰の折、この25円を引き下げようというのが民主党の考えで、道路特定財源の一つであるガソリン税で与党を揺さぶる戦術である。また3月になれば消えた年金の照合問題も本格的に公約の期限を迎える。これらの生活関連問題を前面に立てた方が海上給油よりも国民に支持されやすいと見て、民主党は政治決戦の時期を3月としている。

ガソリン税の引き下げと年金問題ならば、問責決議案を可決して国会を機能麻痺に追い込んでも国民世論の批判を浴びることはないだろうとの見方だが、こちらの方もそう単純でない。まずガソリン税の引き下げについては野党の中で国民新党が反対である。さらに民主党の中にも反対の議員がいる。大江康弘参議院議員が中心の道路族で、すでに党内で37名の反対署名を集めたという。しかも37名のうち20人が参議院議員だというからそれが本当ならば事は厄介である。

この問題で問責決議案が可決され解散・総選挙になった時、民主党のマニフェストに反対だといって13人以上の参議院議員が民主党を出て、国民新党の4人の参議院議員と共に与党と会派を組むことになれば、与党にとっては万々歳である。前述したように衆議院選挙で数を減らしたとしても民主党に勝利する事が出来る。逆に民主党は仮に過半数を獲得して政権交代を果たしても、参議院で過半数を失えば政権運営はおぼつかなくなる。民主党政権は初めから死に体になる。こちらも自民党の中に手を入れて参議院議員を引き剥がすか、それが出来なければ自民党に頭を下げて大連立をお願いするしかなくなる。

民主党が3月政治決戦で党内分裂を押さえ込み、解散・総選挙に追い込む事が出来るかどうかが当面の焦点だが、民主党分裂が起きない限り福田総理が解散に打って出る事は考えられない。どんなに批判をされようともじっと守りに徹して、ひたすら民主党の分裂を待つことになるのではないか。一方で自民党の中には民主党と同じ事を主張する動きが出てきている。霞が関埋蔵金論争やアフガニスタンでのISAF(国際治安維持部隊)との連携の動きを私は民主党を巻き込む政界再編の「くせ玉」と見ている。

そうなると2008年は選挙の年と言われながら表での政策論争とは裏腹に相手の分裂を誘う水面下での工作が主要な動きになる可能性がある。しかも衆議院選挙なのに政局の主要な舞台は衆議院でなく参議院だったり、選挙以外の要因で物事が動いたり、今年は見えにくい複雑な政治が続くような気がする。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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