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2007年12月30日

緊張感なき越年国会

 168臨時国会は史上2度目、14年ぶりの越年国会となったが、小選挙区制導入を巡って細川政権と野党自民党とが鋭く対立した前回と比べ、今回は異例の越年国会と言われながら全く緊張感が感じられない。前回は政権の命運を賭けた政治改革法案がいったんは参議院本会議で否決され、会期末ぎりぎりの党首会談でようやく合意に漕ぎ着けるという緊迫した国会だった。そのため予算案の編成も成立も大幅にずれ込むことになったが、今回はそういうこともないようだ。

 福田政権が臨時国会を再延長して越年とした理由は新テロ法案を成立させるためだが、この法案は衆議院通過後60日が経てば自動的に参議院で否決したとみなされ、衆議院で再議決ができる。そのため衆議院で三分の二以上の議席を持つ与党にとっては国会会期内の再議決と法案成立は自明のことで、海上自衛隊の給油活動は3ヶ月近くの中断を経てまもなく再開される事が既に固まっている。

 一方参議院で野党が新テロ法案を否決した場合には、野党が衆議院の再議決に抗して総理の問責決議案を可決し、解散総選挙に追い込む事もありえたが、民主党は海上給油を争点とする早期解散よりも年金やガソリン税の引き下げが焦点となる3月以降の政治決戦を有利と判断しているために、越年国会が与野党決戦の舞台とはならなくなった。こうしたことが越年国会の緊張感を著しく失わせる要因となっている。
 
 そのため国会の日程も年末は27日まで、年明けは8日から実質審議再開という具合で、残された審議日数はわずか1週間程度に過ぎない。そんな緊張感のない越年国会に突如としてC型肝炎薬害被害者を救済する法案が提出されることになった。

 薬害肝炎訴訟を巡る和解協議は、福田総理が原告被害者から「司法の判断」を越えた「被害者全員の一律救済」を求められていたが、司法の枠内での回答しか行わなかった事からいったんは決裂していた。しかしその後総理が議員立法による被害者救済を指示して問題を立法府に委ね、法案の作成過程で与党と被害者との合意が成立したため一転して薬害肝炎訴訟は全面解決となった。長年訴訟を続けてこられた被害者には喜ばしい限りだと思う。

 救済法案は1月7日に国会に提出され9日には成立する見通しである。被害者の速やかな救済を考えれば良しとしなければならないが、ただこれを政治の問題として考えた時にただただ喜ぶだけで良いのかという気がする。

 「C型肝炎訴訟が全面解決した」と言っても薬害問題が全面解決されたわけではない。大事な事は今回の問題解決を契機に再び薬害問題を起こさない体制に近づける事が出来たかという点である。そのため今回の法案成立に当たって国会では時間的制約があるとは言えそれなりの議論が尽くさなければならないと思う。

 原告被害者らは当初「司法の判断」を越える「政治決断」を福田総理に求めていた。これに対して総理は「司法の判断」を尊重し、それを越える提案は出来ないとの考えを示した。あくまでも裁判所が示す和解案に依拠する姿勢であった。それはどういう理屈によるもので、また原告被害者らの要求は筋の通らないものだったのかどうか。これが議論してもらいたい第一の論点である。

 そして今回福田総理は内閣総理大臣として「政治決断」をせずに、自民党総裁として「政治決断」をした。これはどのような意味なのか。それを是非福田総理には明確にしてもらいたい。

 また与党がまとめた救済法案では国の責任と謝罪について、「政府は、感染被害者の方々に甚大な被害が生じ、その被害の拡大を防止し得なかったことについての責任を認め、心からおわびすべきだ」と前文に表記されることになった。ここに書かれた国の責任とはどのような責任なのか。そしてどのような場合に国は責任を問われることになるのか。それも明らかにしてもらいたい。

 薬害事件はこれまでにもサリドマイド、スモン、クロロキン、エイズと続いてきたが、これらに共通するのは薬の知識を医者や患者が知らされていたかどうかという問題だと思う。薬の副作用を知らされずに投与されて薬害にかかった被害者には何の責任もない。知っていて教えなかった製薬会社や国の専門家には加害責任がある。しかし専門家にしか分からないところに問題の恐ろしさがある。専門家はお互いが利害関係者で情報を隠蔽できる立場にある。だから官僚も含めて専門家が最も嫌がることだが問題解決の鍵になるのは情報公開だと思う。そのための制度作りを立法府がやるべきではないだろうか。そのこともこの際にぜひ議論してもらいたい。

 しかしとてもこの延長国会で議論するだけの時間的余裕はない。だからといって議論しなくて良いとはならない。時の最高権力者が本来は自らに投げかけられた問題を立法府に委ねたことで、立法府は薬害被害者の救済法案を成立させる機会を得た。それを「この問題を解決できるのは立法府しかない」との神の啓示と受け止めて、法案が成立した後も議論を続け、この問題の解決に徹底的に尽力すべきではないだろうか。それこそが緊張感のない越年国会での唯一の賜わり物になると思うのだが。

2007年12月22日

国権の最低機関

 薬害肝炎訴訟の和解協議を巡って、原告の薬害被害者は「全員一律救済」を訴え「司法判断」を越える内閣総理大臣の「政治決断」を求めていたが、福田政権は「司法判断」の枠内での解決策を提示し、和解協議は決裂した。提案の理由として町村官房長官は「三権分立だから司法の立場を尊重しなければならない」と説明した。これを聞いて私は違和感と言うか首を傾げたくなる引っかかりを感じた。

 日本は確かに立法、行政、司法の三権を分立させる仕組をとっている。法律を作る国会と、その法律を執行して行政を行う内閣と、具体的な事件に法律を適用する裁判所はそれぞれが独立していることになっている。お互いの立場を尊重しなければならないというのは結構だが、その前にわが国の仕組みは本当に三権分立と言えるのだろうか。

 まず三権分立の仕組みを教科書的におさらいしてみる。
 唯一の立法機関である国会は行政府の長である内閣総理大臣を指名する。その内閣総理大臣は国会を解散する事が出来る。国会には国政調査権があり行政を監視する機能を持つ。一方で国会は法律を作って裁判所を拘束し、国会議員が裁判官を罷免する弾劾裁判所を作る事が出来るが、裁判所は国会が作る法律を憲法に違反していないかどうかを審査する権限を有する。国会と内閣、国会と裁判所との関係は相互抑制的な仕組みになっている。

 ところが司法と行政との関係はそれと異なる。最高裁判所長官を任命するのも、裁判官の人事を握っているのも内閣(行政府)である。そして司法府の裁判官が行政府の法務省に出向することもあれば、行政府に所属する検事が裁判所に出向することもある。人事の交流が頻繁に行われているのである。三権分立と言いながら司法と行政との関係は極めて密接であり相互抑制的ではない。そして裁判記録を見ても分かるように司法が行政に不利な判決を下すことは滅多に無い。それが三権分立と言われる中での司法と行政との関係である。

 アメリカで最高裁判所の判事を指名するのは行政府の長である大統領である。しかし最高裁判事は終身任期のため本人が引退を決めたときにしか後任の指名が行われない。だから大統領が判事を指名する機会は少ない。しかもアメリカには政権交代があるので結果として最高裁判事の人選が共和党にも民主党にも偏ることにならない。そこが自民党長期政権の日本とは異なる。アメリカの例を見ると行政府が司法の人事を行うのはいいが、三権分立を成り立たせるためには、前提として政権交代が必要だということになる。

 日本のような行政と司法との関係の中で、行政を相手取った訴訟で繰り返されているのは行政が自らの責任を絶対に認めないことである。認めてしまうと行政事務全体に影響して国家の機能が麻痺するとでも思っているかのように行政は頑なに責任を認めない。裁判所もまた国家的見地から判断して行政に不利な判決は下さない傾向がある。世論が動いて大きなうねりにでもならない限り行政に勝訴するのはきわめて難しい。

 今回の薬害訴訟でも司法は行政の責任を限定的にしか認めなかった。だから原告の薬害被害者たちは「司法の判断」に納得できずに解決を政治に求めた。行政府にあっても官僚とは異なり国民に選ばれた政治家ならば国民の痛みを共有してくれると思ったのだろう。ところがその政治家が「三権分立」を理由に「司法の判断」は覆せないと回答した。国民から選ばれた政治家もまた官僚と変わらないことを思い知らされて、原告の被害者たちはどんな気持ちだったろう。

 福田総理や舛添厚生労働大臣の話を聞いていると、あくまでも「司法の判断」が優先で、「政治の判断」はそれに準ずるという姿勢である。これからの対応も大阪高裁に第二次和解勧告を出してもらい、その枠内での「政治判断」に努力するということのようだ。しかし何故そのような思考になるのかが私には理解できない。行政を相手にした裁判で司法の解決が難しい場合、立法者としての政治家が解決に乗り出す事は決して民主主義を侵すことにはならない。これまで「政治主導」などと耳障りの良い言葉を使ってきた政治家なら、大阪高裁の勧告案に沿った和解が出来なかった今、裁判所に頼らずに独自に和解案を作成して解決に乗り出すことを考えても良いのではないか。それが前例のないことであれば尚更のこと、出来るのは行政でも司法でもなく政治家の仕事だと思うのだが、違うだろうか。そしてそれこそが「三権分立」ということではないのか。

 今回最も強く原告側の要求に抵抗したのは法務省と厚生労働省だと言われている。結局司法も政治家も官僚の抵抗に押し切られた。行政の責任を認めたら大変な事になるという一点で押し切られた。つくづく「三権分立」など絵空事、この国にあるのは「三権分立もどき」の官僚支配の仕組みだと思ってしまう。

 国会と内閣との関係を先ほどは相互抑制的な仕組みだと書いたが、実はこちらも権力が分立している とは言いがたい。司法が行政府の官僚に人事権を握られているのと同様に国会もまた官僚のコントロールから抜け出せない。
まず唯一の立法機関と言われながら、法案のほとんどを霞が関の官僚が作成している。最近は議員立法も増えてはきたが、まだまだ中心的な立法者は議員でなく官僚である。

 次に国会事務局の枢要なポストに霞が関からの出向者が配置されている。例えば参議院事務局のトップである事務総長は旧建設省からの出向者である。また国会議員に情報を提供する機能を有する国会図書館職員にも霞が関からの出向者が存在する。そうした人たちが出身組織と敵対する筈はないので、国会と内閣の相互抑制的な関係と言った所で限界がある。

 そして国会議員たちの圧倒的な情報源は霞が関の各官庁である。議員たちは他に情報を得る組織を持たないため、官僚の情報操作に簡単に乗せられることになる。霞が関からすれば、丁寧に情報提供サービスを行うことで国会議員たちをマインドコントロールする事が出来る。

 また霞が関の官僚と良好な関係を築けば、売れないパーティ券も簡単に関係業界に割り振って貰える。関係業界には選挙の票もお願いできる。とにかく政治家が欲しいものを官僚は良く知っていて仲良くすればこれほど頼りになるものはない。だから議員は官僚と敵対したくない。三権分立と言いながらこのようにして立法府も行政府にコントロールされている。だからこの国の官僚支配はなかなか終わらない。

 子供の頃、社会科の授業で「国会は国権の最高機関」だと教わった。それが民主主義の根本だと教えられた。しかし政治の実像を知るようになると、それがいかに現実でないかが分かってきた。知れば知るほど悲観的な気持ちになるが、しかし悲観ばかりしていても始まらない。どうしたら良いのかも考えなければならない。

 橋本政権以降最近の歴代総理はいずれも官僚支配から脱するために「官邸機能の強化」に力を入れてきた。しかし官邸機能をいかに強化しようとしても結局は官僚に頼ることになってしまうというのが結論ではなかったか。以前にもコラムで書いたが、情報の全てを霞が関に握られている限りその効力には限界があるのである。私は官邸機能の強化よりも政治家がやるべきは「国会機能の強化」だと思う。霞が関の情報に頼らなくとも良いように国会が独自の情報収集機能を持つ事である。

 アメリカ議会には800人を越える研究員が議員の立法作業を助けるために情報収集を専門に行うシンクタンク機能がある。議会図書館の中にある議会調査局がそれで、研究員たちはあらゆる分野にわたる研究成果を日々議員たちに提供している。日本の国会図書館にも同様の組織として調査立法考査局が存在する。しかし人員は150名程度で活動内容はアメリカと比べ物にならない。結果として議員たちはみな霞が関の方を向くことになりほとんど利用されていない。与野党が協力してこの機能を充実させるだけでも立法府の地位は高まり日本は本当の三権分立に近づく事が出来る。

 そして三権分立を確かなものにするために日本の政治がやらなければならないのは、他の先進諸国と同じように政権交代を実現することである。政権交代が繰り返されれば自ずと政治の主役は政治家になり、政治と官僚の癒着関係が薄まっていく。そしてもう一つは与野党が敵対せずに手を組んで官僚支配を打ち壊すことである。政権交代とは逆のことで矛盾するようだが、与野党が分かれて激しく争ううちは岩盤のような官僚機構を倒すことなど到底出来ない事も間違いのない現実なのである。

 そこで最も効果的なのはこの2つを同時に行うことだ。与野党が政権交代に向けて激しく戦いながら、同時に官僚支配に対しては手を取り合って共闘する。争うべきテーマと手を組むべきテーマとを並存させて、時に戦い、時に共闘する。それが先進民主主義国で二大政党が行っている政治の姿である。他の国がやっているのだから出来ないはずはない。出来ないとすれば未熟な政治家が多いということになる。そのために我々国民がやるべきは成熟した候補者を国会に送りだすことである。政治家を就職先と考えているような未熟な若手には、戦いながら共闘するという複雑な政治は理解できない。国会を未熟な政治家の集まりにしておくとこの国の官僚支配はいつまでも続くことになる。そして国会は「国権の最低機関」になってしまう。

2007年12月14日

海上給油と消えた年金

 168臨時国会は年をまたいで来年の1月15日まで大幅延長された。この大幅延長によってインド洋での海上給油活動を再開させるテロ新法は衆議院での再議決により成立する事が確実となった。しかし越年国会は過去1例しかない極めて異例の延長である。諸般の情勢を見れば、テロ新法を来年の通常国会に先送りし、臨時国会を閉幕させて来年度予算案の作成に力を入れる選択肢もあったと思うが、福田政権はここにきて海上給油活動の再開を最優先にした。なぜこれほど海上給油にこだわったのか、これまでの経緯を冷静に見てくるとこの決断には首を傾げたくなるところがある。

 まず政府与党が国際貢献としての海上給油を本当に継続しようと考えていたならば、今頃になって大幅延長をしなくとも、参議院選挙後速やかに国会を開いて審議を始め、仮に参議院で多数の野党に否決されても、衆議院通過60日後に再び衆議院で再可決して、11月1日の期限切れの前に法案を成立させ、海上自衛隊がインド洋から引き上げることなく海上給油を続けることは出来たはずである。

 ところが政府与党はそうした方法を取らなかった。参議院選挙後の8月にわざわざ1ヶ月に及ぶ政治空白を作り、臨時国会召集を9月まで遅らせて海上自衛隊が引き上げざるを得ない状況を作り出した。従って言葉とは裏腹に政府与党は海上給油を何としてでも続けようとは思っていなかった事になる。ただ一人だけ例外がいた。安倍前総理である。安倍氏は内閣改造を8月末まで遅らせたにもかかわらず、国会だけは速やかに招集しようともがいていた。しかし哀れにも安倍氏の考えを受け入れる者が政府与党の中にいなかった。政府与党の大勢は海上自衛隊をインド洋から引き上げさせ、テロ特措法の延長ではなく新法を作ることで固まっていた。なぜかと言えば、自衛隊引き上げの責任を民主党に負わせ、新法によって民主党の一部を抱き込み、この問題を小沢代表と反小沢グループの確執を誘う民主党分断の戦術にしたかったためである。

 つまり政府与党にとっては海上給油の継続よりも参議院選挙惨敗による政治の機能麻痺からいかに立ち直るかという政局の方に力が入っていた。そうした中で孤立無援となった安倍前総理は駄々っ子のようなやり方で突然政権を投げ出した。こうして自民党は総裁選挙に突入し、再び政治空白が生ずることになった。安倍政権に代わって登場した福田政権はねじれ解消を宿命づけられたいわば半身不随の政権である。まずは戦う姿勢ばかりを強調した安倍政権とは異なり、ひたすら頭を低くして柳に風の姿勢をとり続けながら民主党との大連立の道を探った。

 民主党小沢代表との間で2度行われた大連立を巡る党首会談で福田総理は安全保障政策の大転換を決断したと言われている。それは海上給油のための時限立法であるテロ新法とは異なり、自衛隊の海外派遣のための恒久法を策定することである。つまり福田総理は海上給油をあきらめ小沢代表の考えに同調してでも政治の安定の道を選ぼうとした。

 ところで自衛隊の海外派遣のための恒久法の策定を政権の課題と考えていたのは実は安倍前総理である。安倍前総理は今年の1月12日、ヨーロッパ訪問の日程の中で日本の総理としては初めてNATO本部を訪れて演説し、自衛隊の海外派遣のための恒久法の制定とアフガンの復興支援活動でNATO軍との連携強化をはかる方針を表明してヨーロッパ各国から評価された。アメリカとの軍事同盟一本やりでなくNATO軍との関係強化を打ち出した点はまさに「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍前総理ならではの演説であった。

 今、民主党の小沢代表が主張している海上給油に代わる国際貢献策は、NATO軍の指揮下にあるISAF(国際治安維持部隊)に参加してアフガニスタンの民生支援活動に日本が協力することである。つまり小沢代表の主張は年の初めに安倍前総理がNATO本部で演説した内容と基本的に変わらない。日本はアメリカとだけでなく、マルチな国際貢献活動を世界の中で行っていかなければならないという考えである。それなのに安倍前総理を支持する人たちが海上給油に賛同して、小沢代表が主張するISAFに自衛隊を送る考えを批判しているのははなはだ合点がいかない。

 いずれにしても大連立の協議の中で福田総理も一度は海上給油ではない国際貢献のあり方を考えた。それが大連立話がなくなると一転して海上給油のために異例の越年国会を決断することになった。国会を閉幕すれば野党にとって政府を追及する機会は失われる。しかし国会が延長されれば政府追及の機会は増える。額賀財務大臣の証人喚問はいったん中止されたが、久間元防衛大臣の証人喚問や社団法人「日米平和・文化交流協会」を巡る疑惑などが延長国会で取り上げられる可能性は高い。

 また給油に使う油を日本はどこからいくらで買っているのかが明らかにされていない。商社が介在しているがその名前も秘扱いである。テロリストに狙われる恐れがあるからだと言う。笑止千万な理屈である。税金の使い道の話であるから油の買い方や値段について妥当かどうかを国会で吟味するのは当たり前だ。公開すると関係先に危険が及ぶというのなら秘密会を開いて商社名、購入先、価格を明らかにすれば良い。それが最低限の国会の使命である。海上自衛隊が油を積み込んでいるのはバーレーンだと言われている。そのバーレーン大使には小泉総理によって日本道路公団総裁に抜擢された近藤剛元参議院議員が着任している。近藤大使は伊藤忠商事の元商社マンである。この人事が海上給油と何らかの関係があるのか無いのか、その辺から解明する必要があるのではないか。

 またこの大幅延長によって懸念されるのは来年度予算である。12月は本来なら予算編成の季節で、25日頃までに予算案を固め、翌年の通常国会で審議して3月末までには成立させなければならない。そうしないと国家の機能が麻痺することになる。しかし大幅延長によって来年の1月15日まではテロ新法関連の審議に力を注がなければならなくなった。もし予算担当の額賀財務大臣に防衛がらみの疑惑などが発覚したらそれこそ予算は吹っ飛んで福田政権は窮地に陥る。ちなみに越年国会の先例である94年には、予算編成も大幅にずれ込んで6月まで予算が成立しない異常事態となった。越年国会は政権にとって極めてリスキーな選択なのである。

 さらに舛添厚生労働大臣からは「宙に浮いた年金記録の照合が来年3月までには完了しない」との発表があった。これまで安倍前総理をはじめ政府与党側が再三にわたって「やり遂げる」と断言してきた公約の一大変更である。大見得を切ってきたのは一体何だったのかとあきれるが、その後の対応もお粗末だった。
 そもそも社会保険庁による年金記録のずさんな管理は一つの政権や一人の官僚の責任を問うべき問題ではない。長年にわたるこの国の官僚支配の体質が表に出た問題である。税金でもそうだが日本の官僚は国民の金を国家に帰属すべきものだと思っていて、国民から頂いたという意識が無い。銀行ならばお客から預かったお金は真剣に管理するが、官僚は預ったお金の記録を証明するのも自分ではなく国民の側にあると思っている。

 だから「消えた年金」問題が民主党によって明らかにされたとき、安倍政権はこれを官僚支配の問題と捉え、時間をかけて誠実に党派を超えて対応する姿勢を示すべきだと思っていた。ところが安倍政権がやったことはまず民主党の菅代表代行に責任をなすりつける党派的な攻撃だった。次に「1年以内に解決する」と大見得を切ってみせた。当時私はコラムに「時間を切って解決するなどと言わなくとも、誠実に対応する姿勢を見せれば国民は納得するのに、出来なかったら大変なことになる」と書いた事がある。その危惧が現実のものとなった。

 そして今回も厚生労働大臣、官房長官、総理大臣が揃って「あの時は公約なんかしていない」と開き直ってみせた。それが火に油を注ぐことになるとは考えないようだ。おそらくほとんどの人が実は1年以内に解決出来ると思っていなかったと思う。にもかかわらず政府与党が大見得を切って見せた。それならお手並み拝見と思っていたら、案の定出来ない事が明らかになった。そういう時は「ごめんなさい」と謝るのが普通だ。それならまだ可愛い。しかし開き直られたら誰もが「なめるなよ」と言う気になる。人間そういうものではないか。

 この問題で延長国会にさらなる波乱要素が加わった。政府与党はこちらの問題での対応を誤るとダメージは海上給油の比でなくなる。
それでは何故このタイミングで明らかにしたのか。一つには約束期限の3月になってから出来ないことを認めると国民の怒りが爆発する恐れがある。それよりも事前に少しずつ明らかにした方が怒りを和らげる事が出来る。もう一つは正月を挟めば国民はおめでたさにまぎれて怒りもおさまる。野党の追及も正月三が日をはさんだ10日間ほどは休みになるだろう。だから31日間の延長といっても2週間程度を耐えしのげば乗り切る事が出来る。そう思っているのではないか。しかし未体験ゾーンでは何が起こるかわからない。2008年の年明けには思いもよらない三度目の「まさか」が待っているかもしれない。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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