Calendar

2007年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

Recent Comments

Recent Trackbacks

« 2007年10月 | メイン | 2007年12月 »

2007年11月29日

権力者の妻

 案の定と言うか予定通りと言うべきか、守屋前防衛事務次官が防衛商社の元専務から接待を受けた見返りに便宜を図ったという収賄容疑で東京地検に逮捕された。守屋前次官と防衛商社との不適切な関係はかなり以前から噂されており、7月はじめに久間元防衛大臣が辞任した時から既に予定されていた逮捕劇だと思っていたので驚くには当たらないが、守屋前次官の妻が一緒に逮捕された事にはいささか驚いた。 

 何の役職もない妻が収賄容疑で逮捕されるのは極めて珍しい。しかし権力者に取り入って利権を得ようとする者が権力者の妻をターゲットに工作を行い、そこから権力者との接点を作って関係を深める例は珍しくない。常套手段といっても良い。権力者が身ぎれいにしようとしていても妻を介して近づいてきた者に絡め取られていくケースである。
 守屋夫妻の話はそれとは違うようだが、権力者が謹厳であればあるほど近づきにくければにくいほど利権を狙う者は本人でなくその周辺、特に妻を対象に工作を行う。「将を射んとすれば馬を射よ」という教えである。権力者の妻を狙った接近工作の事例は私もたくさん見てきた。

 例えば将来の総理候補と目された自民党議員の場合、その妻が周囲から勧められてゴルフを始めた。始めたばかりということもあって本格的にコースをまわる機会はない。そこに目をつけたベンチャー経営者がいた。ゴルフ場を経営しながらIT分野にも進出しようとし、政界にも人脈を作ろうとしていた。彼は自らのゴルフ場で催すコンペに様々な手づるを使って議員の妻を招待した。初めてのコンペとあって議員の妻はスコアーのつけ方も、ルールも良くは知らない。そこでプロ3人とメンバーを組んでプレイすることになった。議員の妻はプロに教えられながらコースをまわった。スコアーもプロがつけてくれた。その結果、議員の妻は初めてにも関わらずコンペで優勝した。ゴルフにはハンディキャップがあるから優勝はありえないことではないが、本当に優勝したのかどうかは誰も知らない。優勝商品として高価なアクセサリーが贈られた。議員の妻は感激してその喜びを議員の後援会誌に書いた。こうしてベンチャー経営者は議員との接点作りに成功した。

 政治家ではないが超大企業経営者の場合、この人物は謹厳実直で有名だった。贈り物を受け取る事をせず、接待にも応じない清廉な人柄だった。しかしこの経営者に取り入ろうとする者は大勢いた。その人たちが狙ったのは彼の妻と年老いた彼の姉である。妻は和服が趣味であった。取り入ろうとする者は妻の趣味につけ込む。いつしか妻は夫に「あの人にお世話になっている。一度会ってお礼を言ってほしい」と言うようになる。姉は売れない絵描きであった。ところが弟が大企業の社長になってから突然その絵が売れ始める。姉は弟に「あの人にお礼を言ってほしい」と言ってくるようになる。このようにして大企業の利権のおこぼれにありつく人たちが接点を作ったのである。

 政治の世界では人事の季節になるとポストを求めて権力者のところに政治家がせっせと通う。それだけでなく権力者の妻のところに通う政治家も出てくる。下手をすると権力者の妻の一言が人事を左右する場合もある。私の知る中には国会議員以上の影響力を持つ権力者の妻もいた。そうした妻には金融界もすり寄ってくる。絶対に損をさせない金融商品を持って近づいてくる。こうして権力者の知らないうちに本人が得体の知れない者に取り囲まれていくことも珍しい事ではない。

 或る権力者に向かって「政治家の妻が政治に口を出すのはおかしくないか」と言った事がある。すると権力者は即座に「そんな事は絶対ない。女房が言いたい事は勝手に言わせておくが、こちらは聞く耳を持たない。そこはピシッとしている」と言った。しかしあるときその権力者はこんな事も言った。「年寄りになるとなあ、女房が一日中不機嫌な顔をしているのが一番つらいんだよ」と。

 かつての55年体制の時代。自民党と社会党が表で対立しながら水面下で手を握っていた時代。自民党が社会党を手なづける手段の一つに使ったのも政治家の妻だった。国会が休会中に夫人同伴の海外視察を与野党共同で行い、旅行中に与野党を超えた家族ぐるみの交際が始まる。帰国してからもその関係は続く。何かにつけて「奥さんへの贈り物」が功を奏するようになる。政治の表舞台で夫同士は対立しているが、妻同士の関係はそれとは別ということになり、水面下での友好関係は保たれる。そうして始まった関係がいつしか審議拒否をした野党に現金を渡して審議を再開させる仕組みにまで発展して行った。

 さて今回の防衛省疑惑だが、これを「逆ロッキード事件」とか、政界を巻き込む大疑獄事件になるという人がいるが、これまでのところ私には何かそういう感じがしてこない。
 事件は始まったばかりでこれから何が出てくるか分からないため軽々には言えないが、現在の情報だけだと常識を越える接待と言ってもたいした金額でなく、その見返りがCXエンジンの受注やヘリコプターの水増し請求への便宜供与だったという話ではとても大疑獄事件という話にならない。なにかちまちまとしたスケールの汚職事件だ。

 守屋前次官が証人喚問で名前を出した二人の政治家も、出してもかまわない政治家だから名前を出したような気がする。そこから事件が発展していくように思えない。今の守屋氏にとって権力と敵対してでも真実を述べる必要があるとは思えない。将来の事を考えれば、かつて防衛利権を握っていた勢力の話はしても、これからも権力を持ち続ける勢力とは敵対しない方が得だとの計算が働いているように見える。

 防衛利権を解明するというのなら、東京地検には普天間基地の移設問題で国から沖縄に投入される予算を巡り、多くの国会議員が暗躍している実態こそ暴いてもらいたいと思う。橋本総理大臣と米国のクリントン大統領との間で普天間基地の移設が決まった時、これから莫大な国費が沖縄に投入されることになると分かった国会議員たちが次々現地に事務所を開設した。口利きをして国費の一部をピンはねしようという思惑からで、沖縄になんのゆかりもない元官房長官や元官房副長官らが事務所を開いたと言われている。
 守屋氏はこの基地移転問題に最も深く関わってきた人物だから、ゴルフ接待の話よりも沖縄を巡る疑惑の方が本筋だと思うのだが、そうはならないのだろうか。

2007年11月20日

再び鳩山発言を吟味してみる

 11月19日に日本記者クラブで鳩山由紀夫民主党幹事長のランチョンスピーチが行われた。11月2日の党首会談後、小沢代表と民主党役員との間でどのようなやり取りが行われ、どういう理由で役員たちが自民党との政権協議に反対したかを知りたくて出かけた。

 鳩山幹事長によると党首会談を終えた小沢代表は福田総理が安全保障政策で小沢氏の年来の主張を受け入れたことに高揚していたという。小沢氏は新テロ法案についても福田総理がこだわらないと述べたと言って政策協議に入ることを提案した。これに対して役員たちは「自民党はそんなに甘くない。大きな政党と小さな政党が一つになると結局は大きな政党に利用されるだけに終わる」と言って反対した。特に自社さ連立政権のにがい経験を持つ旧さきがけの菅代表代行や旧社会党の赤松選挙対策委員長が強く反対したという。

 鳩山幹事長は、自社さだけでなく小沢代表自身が経験した自自公連立も結局は自民党に利用された事を例に挙げ、民主党は大連立にはあくまでも反対との立場を改めて強調した。
鳩山氏の話を聞いて現在の「ねじれ」に対する認識がやはり私とは異なることを再確認させられた。今回の大連立は自社さや自自公の時とはまるで次元が違う状況になったからこそ出てきた話であり、自社さや自自公の経験と比べる事は全く意味がないと思うのだが、そこがどうも私と違っている。

 そこでまず自社さ連立政権と自自公連立政権とはどのようなものでなぜ崩壊したかを検証してみる。自社さ連立政権も自自公連立政権も大連立ではなかった。まずこれが重要なポイントである。自社さ政権には野党第一党として新進党が存在し、自自公政権には民主党という野党が存在していた。従って鳩山幹事長が言うとおり大きな政党を小さな政党が補完する連立であった。今の民主党のように参議院第一党の力を持つ大野党との連立ではない。だから自民党に好きなように操られた。

 自社さ連立は1994年に細川、羽田と続いた小沢主導政権から自民党が権力を奪い返すために仕組まれた。しかし1996年の総選挙で社会党とさきがけが大幅に議席を減らした時から自民党にとって連立の意味はなくなり、1998年に連立が解消された。社さ両党からは総選挙前から離脱者が出て民主党を結成していた。そもそも自民党が議席を増やせば連立の必要はない。しかし1996年の総選挙で自民党は過半数を得られなかった。そこで自民党は野党第一党の新進党から議員の引き抜きを行い衆議院の過半数を確保した。しかし何度も指摘しているようにわが国の特殊な政治構造は、衆議院で過半数を取っても参議院で過半数を越えない限り政権は「死に体」となる。だから自民党は参議院で過半数を得るために次の連立相手を探さなければならなかった。

 それが1999年の自自連立である。野中広務元自民党幹事長は「悪魔にひれ伏す」と言って小沢自由党と連立した。ただこのとき自民党は既に水面下で公明党を連立に引き込む工作に着手しており、自自連立はそれまでのつなぎであった。自公が連立すれば参議院で過半数を越える事が出来る。だから小沢自由党は用済みになった。こうして2000年から現在に至る自公連立政権が続いてきた。ところが今年になってこの政治構造が破綻した。参議院選挙で自公が過半数を割り込み、政権運営が続けられなくなったのである。

 参議院選挙前に国民新党の綿貫代表が「神様になるかもしれない」と言われたことがある。自公政権にとって厳しい選挙になる事が予測されたため、自公に協力して過半数を越えさせてくれる政党を自公が「神様とあがめてひれ伏す」事を意味していた。今でも参議院で17議席を持つ政党があれば「神様」になることが出来る。ところが17議席以上を持つ政党は民主党しかない。自民党と共産党が組むケースを除外すると、自民党は国民新党4、社民党5、無所属10の中から17人を引きずりこむ必要がある。その工作は当然行われる。小沢代表が参議院で国民新党や新党日本、無所属議員らに会派入りを働きかけたのは、そうした工作に対する対抗措置である。

 その結果自公政権は民主党と組む以外に政権運営を続ける選択肢がなくなった。前から言うように自公政権は選挙で「ねじれ」を解消できない。いくら衆議院選挙をやっても参議院の過半数割れは変わらない。参議院に解散はないから早くても6年後にしか過半数を獲得するチャンスは来ない。野党が支配する参議院が否決すれば全ての法案が廃案になる。それを避けるため衆議院で再議決すれば内閣総辞職か解散に追い込まれる。自公政権には日本の政治を機能させる手立てがないのである。だから民主党はかつての社会党やさきがけや自由党と違って今や「神様」の地位にいる。自民党は民主党にひたすらひれ伏すしかないのである。政権協議で簡単に民主党の政策を飲むはずがないと鳩山幹事長は言ったが、それなら連立を解消すれば良いだけで、困るのは自公政権の方だ。かつて自自連立で自民党は自由党の言うことを簡単には聞かずにずるずるしたというが、それは公明党が次の連立相手として控えていたからだ。今の自民党には民主党以外に全く選択肢がない。それなのにずいぶん自分たちの力を過小評価していると鳩山幹事長の話を聞きながら思った。

 勿論、老獪な自民党のことだからかつて新進党から引き抜きを行ったように、連立を機に参議院の民主党議員を誘い込む可能性はある。しかしそれを恐れているのならそれもまた何と自信の無い政党だろうという気がする。もう目の前に民主党政権実現の可能性が来ているのに自民党に鞍替えする議員がいるのなら、それはやはり今の民主党に政権担当能力において欠陥がある事を証明している。それなら国民のためにも政権を取らない選択をする方が正しい。いずれにしても鳩山幹事長の話からは「ねじれ」の現状認識が感じられず、7月以前の感覚で語っているように思われた。

 鳩山幹事長はもう一つ気になる話をした。スピーチの冒頭で民主党議員の元に寄せられた支持者からの手紙を紹介した。それには「今回の小沢代表の行動はあせりすぎ。民主党は自民党と戦って政権を獲得すべき。徳川幕府を倒せと叫ぶ声が上がってから実際に倒れるまで百年以上かかった。何年かかっても戦って自民党政権を倒すべし」という趣旨が書いてあったという。鳩山幹事長はおそらく「民主党の支持者は自民党とは全面対決して選挙で政権を勝ち取ることを望んでいる」と言いたかったのだろうが、これも聞いて困ったものだと思った。

 徳川打倒が叫ばれてから倒れるまで百年以上もかかったのはこの国が鎖国をしていたからである。その証拠に黒船が来たらあっという間に倒れた。それもたった4隻の黒船で。しかし今の日本には毎日何百隻以上もの黒船が押し寄せてきている。そういうことに目をつむり何年かかっても選挙で自民党を倒せというのは自分勝手な暴論だ。もう一度日本が鎖国をするのなら自民党政権打倒を百年かかって叫んでもかまわない。しかし今の日本には政治の機能麻痺は一刻たりとも許されない。選挙で政権交代するのは正論だが、そのために政治の機能を麻痺させても良いとなれば本末転倒もはなはだしい。

 選挙を考えると政治家は支持者の言いなりになる。しかし自分の支持者以外の全ての国民の面倒を見なければならないのが政権を担当する側の政治家である。だから与党となった政治家は自分の支持者を裏切る側に立たなければならない時がある。今の民主党議員にその覚悟はあるのだろうか。鳩山幹事長が紹介した民主党支持者は民主党のことしか考えていない。日本の機能が麻痺することを望むかのような感覚だ。その人たちだけを向いた政治家に国政は任せられない。

 よく政治家を判断するのに「保守」か、「リベラル」かという選択肢がある。ほとんどの人はそれが国の行方に影響する基準だと思い込んでいる。しかし私はその事にほとんど意味を感じていない。政権交代をしている国の政治を見ていると、野党でいる間は保守やリベラルの主張を過激にやるが、政権を取ると必ずその主張を薄めて中道になる。国家がやらなければならない政策は誰が政権を取ろうともそれほど変わらない。優先順位が多少違うだけでメニューは同じである。発展途上国は別だが、先進国の政治が政権交代の度に極端に右に揺れたり左に揺れたりする事はないし、国際情勢がそうはさせない。それが政権交代をする先進民主主義国の政治である。

 私が政治家の判断基準として最も重要だと思っているのは「自分の支持者だけを向いている」か、「国民全体を向いている」かという点である。よく言われる「ポリティシャン」と「ステイツマン」の違いだ。選挙で選ばれる政治家にとって「ステイツマン」になる事は口で言うほど簡単でない。選挙で落選することも覚悟の上で行動する勇気が要る。野党でいる間は気楽なもので支持者だけを向いて過激な発言も出来る。「ステイツマン」になる必要は無い。しかし族議員などを見れば分かるように、政権側の政治家もたいていは「ステイツマン」になれない。自分の選挙が優先してしまう。

 民主党の議員は野党だから族議員を批判しているが、権力を取った後でも本当に「ステイツマン」になる事が出来るのか、鳩山幹事長が紹介した民主党支持者の手紙はそのことを考えさせてくれた。大連立の意味を理解できる国民は少ない。「大政翼賛会」と同義語に考えている人も多い。だから深く考えることもなく単純思考で大連立に反発している。あるいは日本中の選挙情勢を知っているわけでもないのに、自分の周囲の雰囲気だけで次の選挙は民主党が圧勝すると思い込んでいる。そうした支持者に反発されたくないために大連立に賛成と言えないでいる民主党議員もいるのではないか。そんなことも考えてみた。

 鳩山幹事長はさらにもう一つ重要な発言をした。国会が大幅延長になっても60日条項を使って自然に新テロ法案を否決するのではなく、参議院本会議で投票で否決すると言った。鳩山幹事長は問責決議案提出には言及しなかったが、再議決されれば常識的には参議院で福田総理の問責決議案提出と可決のシナリオが生きてくる。鳩山幹事長の言うとおりならば年末から来年初頭にかけて政局は解散・総選挙含みの展開になる。その選挙で民主党が過半数を越えられれば良いが、越えられないといよいよ政治は機能しなくなる。その時民主党はどういう行動にでるのだろうか。

2007年11月17日

未体験ゾーンは続いていく

 7月の参議院選挙で与党が惨敗し民主党が参議院第一党になった時から「日本の政治は未体験ゾーンに入った」と言われていたが、それが何を意味するかを理解している人がいかに少ないかを今回の大連立騒動は示してくれた。多くの人が自社対決時代の政治構造や白黒二元論の世界で政治を見ており、複雑な数式を解かなければ政治が機能しなくなるとは思っていないようだ。だから「連立は自公政権を助ける」とか「小沢氏は自民党に戻りたいのだ」とかいう的外れの批判が出てくる。結局,、未体験ゾーンを理解していたのは政権を担当している与党の幹部と野党では民主党の小沢代表だけだったという事が今回の顛末でよく分かった。

 党首会談を行う前に福田総理は「韓信の股くぐり」という言葉を口にしていたが、党首会談の後、謝罪の弁を述べて辞任を撤回した民主党の小沢代表もまた「韓信の股くぐり」をやった。小沢氏は大連立が謝罪に値するとは全く思っていない。ただあまりにも政治の奥深さを知らない人が多いのでその人たちの前で一応謝罪の格好をして見せた。腹の中では「仕方がねえなあ」と思っていたかもしれない。それにしても国民が理解できないのは仕方ないが、民主党の国会議員が理解できないのは何とも情けない。小沢代表ならずとも政権担当能力に「?」マークが付けられる事になった。

 いずれにしても未体験ゾーンはこれからも続いていくが、それがどれほどにこれまでの政治の常識と異なっているかを気がつくままに並べてみようと思う。まず解散権は総理大臣の専権事項と言われているが、私の見るところ福田総理には事実上解散権はなく、民主党の小沢代表の方に解散を仕組むカードが移っている。

 

 「福田総理は小沢騒動で民主党ががたついている今こそ解散をやるべきだ」という年内解散論や来年の予算成立後、あるいは洞爺湖サミットの後などのタイミングで解散・総選挙が行われるのではないかとの見方がある。しかし与党にとって選挙で現在より良くなる事は一つもない。衆議院の三分の二を占めている与党が仮にその議席を確保しても何も今と変わらない。現実には三分の二を確保する事はまず不可能で、せいぜいが過半数を確保して政権交代させない事しか出来ない。しかしその場合も「ねじれ」がさらにひどくなるだけで政権運営はいよいよ厳しくなる。せいぜい「直近の民意は自公政権にある」と言えるだけの事だ。そして過半数を確保できなければ権力の座から滑り落ちる。

 つまり福田総理にとって解散・総選挙は、民主党に政権を取られてしまうか、全く政治が機能しなくなる「死に体」になるか、その二つの選択でしかないのである。それが分かっていて解散など出来るだろうか。総理の解散権はないに等しいのが現在の政治状況なのである。

 一方、民主党の小沢代表には与党を解散に追い込むカードがある。例えばテロ新法を早期に参議院で否決する。そうなれば与党は国際公約を果たすために衆議院で三分の二の賛成で再可決せざるを得なくなる。すると参議院は自らの意思を衆議院によって否定された事になるから、そうさせた福田総理の問責決議案を提出して可決する。問責決議案に法的拘束力はないので直ちに総辞職や解散に至らないが、参議院が福田総理を総理と認めていないことになるから、来年の通常国会で福田総理は施政方針演説を参議院で行えない異常事態となる。結局福田内閣は総辞職をして他の総理に交代するか、国民の民意によって参議院の意思を撤回させるしかなくなる。つまり解散総選挙せざるを得なくなる。このようにして民主党の小沢代表は解散権を持っていないにも関わらず解散をさせる事が出来る。

 ところが現在の民主党の対応を見ていると早期にテロ新法を参議院で否決しようとしていない。テロ新法の前にイラク特措法の廃止法案を審議しようとしており、また守屋事務次官の証人喚問で名前があがった額賀財務大臣と久間元防衛大臣の証人喚問をそれ以前に実現しようとしている。いずれも時間のかかる作業である。そうしたことを与党も反対していないから、テロ新法の審議はいつ始まるか分からない。要するに与野党が暗黙の合意の上でテロ新法の審議入りを引き伸ばしていると私は見る。つまり小沢代表には早期に解散に追い込む気はないのである。おそらく年内に選挙をしても民主党が過半数を越える議席は取れないと見ているからではないか。

 そうなると12月15日までの会期内にテロ新法は決着する事にならない。会期の再延長が必要になる。どれほどの延長幅になるかがこれからの焦点だが、来年1月末までの大幅延長になる可能性がある。これは常識を超えた会期延長である。しかし未体験ゾーンではそうしたことがあり得る。与野党が全面対決しながら、しかも解散総選挙にならずに、海上給油をなるべく短期間で再開させるためには、テロ新法の審議をずるずると引き延ばし、参議院本会議での否決ではなく60日間を経過したための事実上の否決に持ち込むシナリオがあり得る。

 テロ新法は11月13日に衆議院を通過したからその60日後は来年の1月12日である。その時点でテロ新法は参議院で事実上否決されたとみなされ、衆議院で再議決することが可能になる。そこで衆議院が再議決しても参議院本会議で否決したのを覆されるわけではないから、野党は福田総理の問責決議案を提出しない。従って解散総選挙にはならずに海上給油は2ヶ月余の中断で再開される。野党からすれば衆議院で三分の二の議席を与党が持っているので海上給油の再開はやむを得ない、次の衆議院選挙で政権を取れるようがんばろうと言うことになる。

 「たら、れば」の話になるが、あのとき大連立を受け入れていれば、自衛隊の海外派遣を巡る恒久法の制定で与野党が合意していた。恒久法の内容には民主党の主張が大幅に取り入れられ、来年の通常国会で3月をめどに成立が図られた。恒久法が出来る来年3月まで、海上給油を止めたまま新しい貢献策に移行するか、あるいは3月までなら海上給油を再開して続けるか、そのどちらかが政権協議の中で選択された。しかし大連立がなくなったのでその展開は消えた。
 それでは大連立がなくなったから早期の解散総選挙になるかというとそうもならない。結局は2ヶ月余の中断で海上給油は再開されるのではないか。

 私の見方が当たるかどうかは分からないが、現状からみればこの可能性が最も高いと思う。ただ政治には刻々と様々な要素が付け加えられるから、シナリオも刻々と変容する。そこが政治の面白いところで、従ってすべからく断定的には考えない。断定的に政治を見ると全て間違う事になる。小沢代表が早期の解散でも過半数を獲得できると確信する事情が生まれれば大幅延長をした後でも参議院で法案を否決、問責決議案を可決して解散に持ち込む可能性はある。また福田総理の方に海上給油の再開を先延ばしした方が得だという事情が出てくれば、大幅延長をせずに法案を通常国会に先送りする可能性もある。その時々見方は変えていかなければならない。

 ところで臨時国会が年をまたいで1月末まで延長された前例が一つだけある。14年前の128臨時国会である。細川内閣が提出した中選挙区制を小選挙区制に変える政治改革法案が野党自民党の反対で成立が危ぶまれていた。与党は会期を翌年の1月29日まで大幅延長したが、1月21日の参議院本会議で自民党に加えて社会党からも反対者が出て法案は118対130で否決された。そのまま会期末を迎えれば廃案となり細川総理は政治責任を問われる。総辞職か解散・総選挙が浮上する展開であった。

 このとき会期切れぎりぎりの前日に状況が動いた。1月28日深夜に行われた細川総理と自民党の河野洋平総裁による党首会談で局面が打開された。こうして現在の小選挙区制に道を開く政治改革法案が国会最終日に成立した。与党が野党自民党案に大幅譲歩した結果である。党首会談で細川総理の横にいたのは小沢一郎新生党代表幹事、河野総裁の横にいたのは森喜朗自民党幹事長である。この二人にとって年を越えた臨時国会の延長や与野党が全面対決している中での党首会談による局面打開など実は未体験ゾーンではない。経験済みの手馴れた政治手法なのである。

 これから小沢代表は民主党にとって最も有利なタイミングを見計らって解散に追い込む事を考えるだろう。与党はその小沢代表を無力化するか、大連立を組む以外にこの窮状を脱する方法はないのだが、今回の一連の結果として小沢代表を無力化すると政治の混迷が深まると確信したのではないか。政治というのは相手が自分と同じレベルでないと戦いのシナリオを書く事ができない。あうんの呼吸が分からない相手と戦うのは疲れるばかりで消耗だ。
 今回小沢氏が「恥を忍んで」民主党代表に復帰したことは、与党幹部から見れば唯一の話の通じる相手であり、かつ最も警戒すべき相手の再登場と映っているのではないか。

2007年11月13日

鳩山発言を吟味してみる

 鳩山発言と言っても法務大臣の「アルカイダ」ではなく民主党幹事長の「大連立」を巡る発言である。週末のテレビ番組で鳩山幹事長は次のように発言した。
1.衆議院選挙前に民主党から大連立を持ち出す事はない。
2.しかし衆議院選挙後に衆参が身動き取れない状況になれば大連立構想が再浮上する可能性がある。
3.大連立は党首二人で決めるのではなく、国民の意見を聞きながら時間をかけてやるべきだ。

 これを聞くと鳩山幹事長の政治家としての資質が良く分かる。
 まず民主党から大連立を持ちかける事はないと言っているがそれは当り前だ。この前の党首会談でも持ちかけたのは総理の側で、小沢代表は持ちかけられた提案を逆利用して民主党が選挙で勝利するための高等戦術を考えた。ところがそれを鳩山幹事長をはじめとする民主党役員が理解しなかった。だから小沢代表は辞任を表明した。そのような経緯だから民主党は日本政治の機能不全には目をつむりつつ、自民党との対決姿勢を強めてあくまでも衆議院選挙での勝利を目指すしかなくなっている。

 しかし次の選挙で勝利を目指すと言いながら鳩山幹事長は多少は現実を見ていて、選挙で過半数を越えない可能性も頭の片隅にある。そうなると政治がますます「身動きとれない状況」になる事も理解している。そして鳩山幹事長はその段階になれば大連立を考えても良いと考えているようだ。大連立に対する国民の理解が今よりは進んで抵抗が無くなると思っているのだろうか。

 私は逆だと思う。次の選挙では民主党が間違いなく大幅に議席を伸ばす。しかし過半数には届かない可能性がある。新聞の見出し的には「民主大躍進、しかし政権には届かず」という状況だ。そうなると国民はますます政権交代が現実的になったと思うのではないか。それなのに民主党が自民党と連立を組めば、国民にはいよいよ訳が分からなくなる。大連立には今以上に反発が出る可能性がある。国民の声を重視する姿勢を変えない限り大連立は組めない。そして困るのは解散権は自民党の総理にあるから任期切れの4年後まで解散はなくなる。選挙で政権を変える事はしばらく出来ない。ねじれは解消されないまま続く。その間政治は機能しなくなる。法案ごとの政策協議だけで本当にこの国はやっていけると考えているのか。

 最後に鳩山幹事長は大連立は党首二人で決めるのではなく、時間をかけても良いから国民の意見を聞きながらやるべきだと言った。国民の声を聞く事が何よりも大切との考えだ。
 先日公明党の太田代表が面白い事を言った。「これまでの政治は足し算、引き算、掛け算、割り算で解決できた。しかしねじれの政治はそれでは解決しない。微分・積分よりもっと難しい」。つまり普通の人には理解できない高等数学の世界が始まったというのだ。日本政治が未体験ゾーンに入ったというのはそういうことである。これまでとはまるで違う複雑な数式を解かなければならないが、それを国民は理解できるのだろうか。国民の理解を得ながらでは出来ない未知の世界に日本政治が入りこんだのが現状ではないか。

 国民を無視して政治が出来ないのはその通りだ。しかし変革期には国民の声を無視してでも決断をしなければならない事が政治にはある。それが私の考えである。適切な事例かどうか分からないが、反共の闘士だったニクソン大統領がある日突然共産主義の中国と手を組んだ。誰にも知られぬ秘密交渉の結果である。このときニクソンは国民の声など気にしただろうか。今まで言ってきた事とは違うといって非難する国民がいたとしても、やると決めた事をやったのではないか。評価は後からついてくれば良い。同じように旧ソ連を「悪の帝国」と呼んで軍事的な対決姿勢を強めたレーガンがゴルバチョフとの間で冷戦を終わらせるテーブルについた。そのときもレーガンは国民の声を聞いてやったわけではない。それが政治ではないか。

 国民の声を聞きながら十分に時間をかけて党首会談をやるほど、日本は平穏な世界情勢の中にいる訳ではない。隣の朝鮮半島では残された最後の冷戦体制が終焉の時を迎えようとしている。台頭するインドと中国の経済成長は著しい。その中で日本経済にかつての力はない。経済大国が並の国になりつつある。一方で人口減少と高齢化は深刻だ。年金、医療、介護の仕組みを抜本的に見直す必要がある。政治の機能麻痺を長々と続けるわけにはいかないのだ。

 民主党が大連立に乗らなかったことで民主党は千載一遇のチャンスを逃した。今頃になって「大連立は増税のための陰謀だった」などというためにする情報が流されているが、これはそんな「木を見て森を見ない」話ではない。日本を機能させるためにどうするかという政治の基本に関わる問題である。

 しかしこうなったら鳩山幹事長は次の選挙で過半数を得るため全力をあげるしかない。それが大連立を拒否して小沢代表の辞任騒動を引き起こした執行部の責任である。なるべく早く解散総選挙に追い込み、選挙で過半数を越えて政権交代を実現する。それが出来なければ国民の声を無視してでも直ちに大連立に取り組み、政治の機能麻痺を避ける。
 そして「大連立をすると選挙で戦えなくなる」という間違った考えを早く払拭してほしい。かつて鳩山幹事長も経験しているはずだが、中選挙区制度の時代、自民党議員の最大の敵は同じ選挙区の自民党議員だった。両者に政策の違いはないから選挙区で誹謗中傷を繰り広げ、憎しみをあらわにして選挙を競い合った。それでも選挙が終われば力を合わせて政権を支えた。だから連立を組んで協力し合っても選挙では政策の違いを鮮明にして激しく戦う事は何も不思議でない。ドイツだって大連立を組んでいるからといってキリスト教民主同盟と社会民主党が次の選挙で戦わない訳ではないだろう。それが先進民主主義国の政治である。大連立にアレルギーがあるのは政権交代の経験がない未成熟な民主主義国の未知への恐怖でしかない。幹事長にはくれぐれも大連立で選挙が出来なくなるなどと誤った考えを広めないでほしいと思う。

2007年11月10日

勘違いが続いている

 小沢民主党代表が辞任を撤回し謝罪と反省の弁を述べて状況は党首会談以前の段階に戻った。これからは与野党が対決姿勢を強めることになり、次の衆議院選挙で民主党が過半数を獲得出来るかどうかが焦点となる。
 しかし今回の小沢氏の一連の行動はまだ民主党にも国民にも理解されていないようで、その後の新聞・テレビの報道を見ていると勘違いもはなはだしい議論がいまだに延々と続いている。
 まず「自公政権を倒すといって参議院選挙で大勝したのに、何故民主党は衆議院選挙で戦うことをやめて自公政権に協力するのか」という発言が正論のごとくまかり通っている。もっともらしく聞こえるが勘違いに満ち満ちていると私は思う。

 これはまず前の参議院選挙で国民は自公政権にノーをつきつけたという前提に立っている。また参議院選挙で大勝したのだから次の衆議院選挙でも国民は民主党政権を選択するはずだという前提に立っている。本当にそうだろうか。民主党がどのような選挙総括をしたのか知らないが、私が見るところあの選挙で国民がノーを突きつけたのは自公政権というより安倍政権に対してである。

 国会での度重なる強行採決に見られるように国民は安倍政権の強権的な姿勢に反発を感じ、政治とカネの不祥事に断固とした対応をとらない優柔不断さに最高権力者としての資質のなさを感じた。そして小泉構造改革路線を継続していること、つまり都市と地方の格差を拡大させたことに対して地方が反乱を起こした。それが与党惨敗の大きな理由ではないか。民主党は「安倍政権の失策」によって選挙で勝つ事が出来た。民主党が自分の力で勝ったとは言いがたい。それが私の総括である。

 それを「国民は自公政権にノーを突きつけ、次の選挙で民主党政権を待望している」と考える民主党議員がいるとすれば、お目出度いとしか言いようがない。安倍政権が交代して福田政権が誕生し、ひたすら低姿勢と小泉構造改革路線の見直しに言及しているが、その福田政権は世論調査の支持率を安倍政権末期の倍近くに回復させたではないか。それでも国民は次の選挙で民主党政権を待望していると考えるのか。真面目に選挙に取り組んでいるならば軽々にそのような考えには立てないと思う。

 国民に対する宣伝戦で「参議院選挙で勝たせてもらったから次の衆議院選挙も民主党が勝利して政権交代だ」と叫ぶ事は一向に構わない。しかしそれは表向きであって、次の選挙を厳しいと思っていないのなら勘違いもはなはだしい。福田総理が自ら言うように与党は背水の陣を敷いている。死に物狂いで選挙を戦うだろう。だから選挙に勝つためにはありとあらゆる知恵を働かす必要がある。小沢代表が大連立の話に乗って見せたのは政治家ならば十分にありうる話だ。それを理解できない民主党が私には理解できない。

 次の大きな勘違いは、連立をすることが自公政権に協力をすることで、挙句の果てに民主党が吸収されてしまうという考えだ。どうしてそう思えるのだろうか。今回の連立話は自公政権が行き詰っていることの証明である。「ねじれ」を野次馬は面白がっているが、国家を経営している側にとってこれほど深刻なことはない。国家を機能させるために通常は一つの国会で百本近くの法案を成立させなければならない。それが「ねじれ」のままでは難しい。「ねじれ」はどうしても解消しなければならない異常事態なのだ。

 解消するには選挙か連立しかない。法案ごとの政策協議という方法もあるが、与野党が歩み寄れる範囲の狭い問題にしか対応できないので国家の機能は半分麻痺の状態になる。
 選挙で解消するのが一番良いが、問題は時間がかかる事だ。民主党が次の選挙で勝てばよいのだが、そうならないと事は面倒になる。何度も選挙を繰り返すしかなくなる。さもなければ6年後の参議院選挙で自公が勝つしかない。しかし昨今の世界情勢の激動を見ると日本政治が長期に機能不全でいる事は国民のため絶対に許されない。

 連立は自公政権の方が必要としている訳だから、連立のための条件協議は民主党が有利になる。小沢代表が言うように民主党の政権公約を実現できるチャンスであった。安全保障政策の大転換や年金、子育て、農業問題で民主党の政策が実現する可能性が高かった。また連立を組めば福田総理の解散権も制約できる。決して民主党に不利なときに解散されなくて済む。大臣ポストも得る事が出来るから、例えば長妻昭衆議院議員に年金問題担当大臣をやらせ、舛添厚生労働大臣と比較させて、次の衆議院選挙で国民にどちらを信頼するか選択させれば良い。

 連立をしたからと言って党が一つになることではないから選挙では敵味方に別れて戦う。
 鳩山幹事長は「連立を組むと選挙で戦えない」と思っているようだが選挙協力をする必要は全くない。民主党は自民党が飲めない政策をマニフェストに掲げて対立軸を作れば良い。以前にも書いたが昭和27年、吉田自由党と鳩山自由党が再軍備の是非を巡って真っ向から対立して分裂選挙を戦った。一つの政党でも全く相反する主張を掲げて選挙を戦う事が政治の世界ではありうるのだ。鳩山幹事長にはお祖父様の前例を頭に入れて、政治とはそういうものなのだということを理解してほしかった。

 三番目の勘違いは、小沢代表が誰にも相談せずに独断専行した事が、何か党の民主的運営を無視しているという批判だ。リーダーとは何かという問題だが、常にみんなと相談しながら決めなければならないというのならリーダーは要らない。じゃんけんをして交代でリーダーになればよい。企業でもそうだがこれまで経験したことのない新しい事をやるとき、リーダーが独断で決める事はおおいにありうる。その代わりリーダーはその決断に責任を持つ。失敗すれば一人で責任を取る。それは当然の事だ。だから今回小沢代表は大連立の方針を役員全員が反対したとき辞任を表明した。

 四番目は「国民の意思によらないことは民主主義の否定になる」という勘違いだ。
 大連立が国民の意思かと言われればそれは違う。だから小沢代表は国民の民意を無視して大連立に乗ろうとしたという批判がある。参議院選挙の民意は「安倍政権を倒せ」というもので「自公政権を倒せ」という民意かどうかは疑わしいという事は前に述べた。それでも小沢代表の行動は国民の了解を得ていないからおかしいと言うことなのか。政治が何かを決断するとき全て国民に聞いてからでないと駄目なのかという問題だ。
 アメリカでもイギリスでも先進民主主義国の政治家が国民の意思を聞いて、賛成が多いから実行し、賛成が少ないから実行しないかと言えば、そんな事はない。何か大きな決断をするときには様々な要素を考え、熟慮の結果一人で決断をするのであって、場合によっては国民の意思を無視する事もある。そして民主主義の民主主義たる所以は、その決断に対して国民は後で審判ができるということだ。民主主義はリーダーの孤独の決断を決して事前には妨げない。そうでないとリーダーは思い切った事は何も出来なくなるし、国家存亡の危機にも対応できなくなる。後でそのリーダーを辞めさせる事が出来るというのが民主主義ではないのか。
 
 小沢代表が自分の考えが受け入れられなかった事を理由に党の代表を辞めようとしたのは筋が通っている。ただそれを辞めさせなかった民主党の対応は全く訳が分からない。本音は小沢氏に党を割って出られたら困るということだろう。それを大連立はやらないということにして、小沢氏が一応謝罪と反省をする形にして、辞任を撤回してもらった。これで訳が分からなくなった。今回の騒動で民主党が国民の支持を失うとしたら、それは小沢氏の行動よりも、大連立には反対だと言いながら小沢氏に辞任を撤回してもらった民主党の方に責任があると私は思う。いずれにしても民主党は小沢氏に大きな借りを作った。こうなれば次の選挙で民主党が負けても小沢代表に続投してもらうしかない。

 これからは法案ごとの修正協議で国会を進めていくしかなくなった。大連立ではなくパーシャル連合などを提唱する人も現れた。いずれも民主党にとって大連立に比べたらはるかにメリットは小さく、むしろこちらの方が「死に体」の自民党にただ協力するだけの方法になる。これからは間違っても大連立よりパーシャルの方が良いなどと勘違いをされては困る。

2007年11月 8日

大連立を見てみたかった

 いったん辞任を表明した民主党の小沢代表だが、党内からの慰留要請を受け入れて辞任を撤回した。続投を正式表明した民主党の両院議員懇談会の様子を見ていると今回の小沢氏の行動はまだ理解されていないように思われる。民主党の中で理解されないのだから国民にはもっとよく分からない。「小沢代表は無責任だ」とか「国民の期待を裏切った」と言う声が巷に溢れている。

私はかねてから「大連立話は政府与党が政権交代をさせないための罠だ」と思っていたから、初めは小沢氏がその話に乗ったことに驚いたが、4日に行われた小沢氏の辞任会見を聞いて、全く考えを一転させた。小沢氏が言う「大連立が政権交代の早道」というのは極めて説得力があり検討に値する話だった。

 勿論、国民が投票する選挙によって政権交代を果たすというのが正論である。だが次の選挙でそれが実現する保証はどこにもない。自民党にとって政権の座から滑り落ちる事は地獄を意味するから、全身全霊をかけて、あらゆる手段を使って選挙に勝とうとするだろう。民主党のスキャンダルを徹底して暴露してくるかもしれない。マスコミが民主党の候補者に二重丸の予想をつけて落選させる方法もある。今回の大連立を仕掛けた人物が会長をしている新聞社の記者から、「上司からの命令で上層部が気に入らない政治家を落選させるため、予想を二重丸に変更させられた」という話を聞いた事がある。二重丸をつけられた候補者は圧倒的に選挙で不利になるのである。

 とにかく次の衆議院選挙で民主党が過半数を獲得する事はそう簡単ではない。そのことを小沢氏は十分承知している。それでもその方法でやるしかないというのも正しい理屈だが、政権交代まで何年かかるか分からない。小沢氏は次の選挙に政治生命を賭けると言っているから、仮に次の選挙で民主党の議席を今の2倍に増やしても政治家を辞めなければならなくなる。

 そこに新聞社の会長から話があった。国家国民のためにねじれ国会をこのままにしておくわけにはいかない。大英断を持って連立を組むべきという話だったのだろう。福田総理からも会いたいと言ってきた。参議院選挙で惨敗したときから既に自公政権は「死に体」で、野党の協力なしに政権運営は全く出来ない。だから会いたいと言って来るのは当然だが、もしかすると自分を陥れる罠かもしれない。しかしどのような提案をしてくるのか会ってみる価値はある。小沢代表はそう思ったのではないか。政治の世界では古今東西どんな民主主義国でも機微に触れる重要会談をオープンでやる馬鹿はいない。余人を交えず密室でやるのが常識だ。特に交渉事であるならばなおのことそうだ。今回の党首会談はやる事を公表した上で行われた。それを密室談合と批判する人たちがいる。他の野党にとっては自分たちが排除される話だから批判するのは当たり前だが、メディアの中にそのような批判をする者が多いのに驚いた。いろいろな国の政治を見てきたが今回の党首会談を密室談合と呼ぶのはいささか政治を知らない素人の議論ではないか。

 鳩山幹事長が「大連立話は王手飛車取りのような陰謀だ」と言ったが、大連立を仕掛けた側にはそうした狙いがあったのだろう。小沢氏が大連立に応ずれば政権交代はなくなり、いずれは小選挙区制での大連立はおかしいという話にして中選挙区制に戻す。そうすれば昔の自民党単独政権時代と同じ政治構造になる。もし小沢氏が大連立を拒否すれば、会談に応じた小沢氏に対して反発を誘う情報を流して民主党を分断する。

 ところが小沢氏は仕掛けられた大連立をまったく逆に転換する事を考えていた。大連立に乗ることで自公政権を自分の手の中に入れ、民主党の政策を次々実現させたうえ、次の衆議院選挙は自民と民主が別々のマニフェストを掲げて戦い、民主が過半数をとれば自民と手を切って政権交代を実現し、過半数にいかなければそのまま連立を続ける。新聞社の会長や自民党とは全く逆の思惑で事を進めようとしたのではないかと会見を聞きながら思った。
 
 大連立と聞いてすぐ「大政翼賛会だ」とか「中選挙区制に戻る」と短絡する人がいるが、余りにも単純すぎる。連立を決めたら2つの政党が直ちに1つになるわけではない。まず政権協議が行われて、連立の条件が話し合われる。今回の連立は与党の側が必要としているから与党が譲る形の政権協議になる。小沢代表が言うように安全保障政策の大転換が図られた可能性は高い。次に参議院選挙で民主党が国民に約束をした年金法案、子育て支援、農業政策も自民党が飲む可能性がある。

伝えられているところでは大臣ポストが民主党に6つ用意されたという。年金の厚生労働大臣、子育ての少子化担当大臣、農業の農林水産大臣を当然小沢氏は要求しただろう。その上財務大臣などが取れたらその意味は大きい。国の財政を民主党が握れることになる。小沢副総理という話もあったというが、小沢氏ならば副総理でも十分総理を超える力量を発揮した可能性がある。自民党の一部に大連立を危惧する声があったのは、庇を貸して母屋を乗っ取られる恐れがあったからだ。その危惧は当たったのではないか。
 
 大連立になれば選挙は限りなく遠のく。2009年の任期切れまで選挙はない。その間民主党の若い政治家も官僚機構を内側から十分に知る事が出来る。政権を取れば野党のときとは違い、正論を吐いて国民に訴えるだけが仕事ではなくなる。弁舌だけで出来る仕事ではない。明治から続く岩盤のような官僚機構と戦わなければならない。一方で野党からの攻撃もかわさなければならない。さらに権力を持つ者には蟻が蜜に集まるように得体の知れない人々が近づいてくる。本人にではない。家族、兄弟、親戚、秘書らにおいしい話が次々持ち込まれて落とし穴が用意される。そうしたことを潜り抜ける鍛錬もしなければならない。

 そして小沢氏は、選挙になれば自民党と別々のマニフェストを掲げて戦うという。ここがおそらく国民には最も分かりにくいのかもしれないが、現在公明党と自民党は別のマニフェストで選挙を行っている。連立でも別のマニフェストを掲げる事は出来る。小泉政権では自民党が郵政民営化を巡って分裂選挙をやった。昭和27年には自民党の前身である自由党が吉田派と鳩山派に分かれ、再軍備賛成と反対で真っ二つに割れて分裂選挙をやった。連立を組んだから小選挙区制は駄目で中選挙区制でなければならないと小沢氏は考えていないのではないか。民主党が中選挙区制を拒否すれば中選挙区制は絶対実現しない。連立を組んでいても選挙が近づけば民主党は自民党との違いを鮮明にして国民に選択肢を与えることも出来る。

 選挙の結果、過半数を越えれば自民党と別れて民主党単独政権が出来る。過半数を越えられなければ、自民党はそれでも連立を必要とするからまた政権協議をすればよい。自民党が約束を守らなければさっさと連立を解消する。かつて小沢氏は小渕政権でもあっさりと連立を解消した。あのときは公明党がその穴埋めをしたため自民党も別れられたが、今度は民主党に逃げられたらどうやっても参議院の過半数を自公が回復する事は出来ない。だから自民党は民主党の要求を飲むしかない。

 この大連立構想に問題があるとすれば国民が求めたものではないということだ。その点で怒っている国民が多いと思う。しかし国民の求めるものが常に正しく、国家にとって良いことなのか。民主主義は国民が政治の主役である。しかし同時に民主主義は国民を信用しているわけではない。国民の言うとおりにすると間違う可能性があるというのも民主主義の考えの基本なのだ。だからギリシアの昔から直接民主主義ではなく間接民主主義が採用されている。国民の間違いを直す役目を負っているのが政治家なのである。国民の言うことを聞き、国民に人気のある政治家が優れた政治家とは限らない。国民に不人気の政治家こそ本物の政治家として評価された例はいくらでもある。だから政治家は時には国民の声を無視して事を決断することもある。最近の政治家を見ていると、国民の声を聞き、毎日街頭で国民に訴えるのが良い政治家だと勘違いしているのが一杯いるが、政治はそんな単純なものではない。

 小沢氏は国民の不人気も覚悟しながら大連立に乗ろうとしたのだろうが、私の想像通りならば、私は大連立を見てみたかった。民主主義を無視しているようで逆に民主主義を強くした可能性もある。残念ながら頓挫したことで、これからは法案ごとの政策協議でねじれを解消するしかなくなった。竹下政権以降小粒な政治家のちまちました政略ばかりを見せ付けられてきたが、今回の騒動は久しぶりにダイナミックな政治の駆け引きを見せてくれた。ただそれが理解されていない事が何ともさびしい。

2007年11月 5日

小沢代表辞任表明の衝撃

 小沢民主党代表が党の代表を辞任する意向を表明した。福田総理との党首会談を巡る情報が錯綜する中での辞任表明である。国民からすれば何がなんだか分からないというのが正直な感想ではないか。何がそうさせたのか、日本の政治が置かれている状況を踏まえながら一連の出来事の背景を考えてみる。

 現在の国会はご承知の通り、衆議院で与党が三分の二を超える多数であるのに、参議院では野党が過半数を占め、かつ第一党は民主党である。この状態は日本の政治がかつて経験したことのない未知の領域で、政治はいま模索と初体験の日々を続けている。まずそのことを前提として頭に入れておく必要がある。従来パターンの思考を超えた事が起こりうるのである。

 憲法の定めでは衆議院で成立した法案が全て参議院で否決され、参議院で成立した法案が衆議院で否決される可能性がある。予算案だけは衆議院に優位性を認めているが予算関連法案が成立しないと予算の執行も出来ない。一方で憲法によれば衆議院の三分の二で参議院が否決した法案を再議決する事が出来る。従って与党がその気になれば法案を成立させる事は可能である。与党はテロ特措法案が国益上本当に必要だと言うならば衆議院で再議決するのが憲法上の筋道である。

 ところがそれは与野党の全面対決を意味し、1本か2本の法案を成立させることは出来ても政治はこう着状態に陥り、結果として衆議院の解散総選挙を招く事になる。その選挙の結果、民主党が過半数を獲得出来れば政権交代が実現して問題はない。しかし民主党が過半数を得られなかったらどうなるか。自公が過半数は越えるが三分の二には達しないのが最もありうるケースである。そうなると「ねじれ」は今以上に硬直的になる。再議決も出来なくなるので法案は1本たりとも通らなくなる。そうした政治の危機を選挙で解消しようとすれば、民主党が衆議院で過半数に届くまで何度も選挙を繰り返すか、6年後の参議院選挙で自公が過半数を越えるのを待たなければならなくなる。そんな政治状況が国民生活にとって良いことなのかという問題が起こる。

 問題の根本は日本の二院制が他国の二院制と違って参議院の権能が強すぎるという点にある。これまで与党の参議院会長や参議院議長が「天皇」と呼ばれて権力を振るってきたのもそうした事情による。これは政治家や政党の問題ではなく憲法の問題であり、この点で現憲法は見直したほうが良いと私などは思っているのだが、それが初めて現実の問題として浮上してきた。

 自民党と民主党の連立を推進した側の論理は、衆参の「ねじれ」が政治の機能停止をもたらす深刻さを選挙で解消するまで待てないという事だ。政治を機能停止にさせないためには与野党が協力するしかない。それは同時に近づく政権交代を遠ざけ、1日でも長く政権にあり続けたい与党の気持ちの表れでもある。出来れば政権交代を永遠にさせないために小選挙区制を廃止して中選挙区制に戻したいとも考えていたようだ。

 1993年に自民党が分裂したのは選挙制度を巡る対立だった。小選挙区制による二大政党制を目指したのが他ならぬ小沢氏で、中選挙区制を主張する中曽根、竹下氏らと袂を分かち、自民党を離党した。今回大連立を仕掛けたのが中曽根氏の盟友である渡辺恒雄読売新聞グループ本社代表取締役会長だったと報道されている事をみると、大連立の目的は中選挙区制に戻すことにあったと見る事も出来る。それならば小選挙区制度の導入に政治生命を賭けてきた小沢氏がなぜ大連立に乗ったのか。これまでの自らの主張を裏切る行動ではないのか。

 11月4日に行われた記者会見で小沢氏は、党首会談の申し入れや大連立の申し出を自分から持ちかけた事実はないと強く否定する一方、「福田総理が自衛隊の海外派遣について国連の決議に基づいた平和活動に限定するという安全保障政策上の大転換を表明し、連立が出来ればテロ新法の成立にはこだわらないと約束した。自分としてはそれだけでも連立のための政権協議に入る価値があると判断した」と述べた。また「民主党はまだ政権担当能力がないと国民から見られており、参議院選挙で国民に約束した年金、子育て、農業政策を自民党との政策協議によって実現する事を通じて、民主党に政権担当能力をつけさせる早道だと思った」とも語った。

 しかし2日夜の民主党役員会で小沢氏は全員から自民党との政策協議に入ることに反対された。小沢氏としては自らが選んだ役員に不信任されたと同然だから、民主党員や誠実に対応してくれた福田総理に対して「けじめ」をつける必要があると判断したと代表辞任の弁を述べた。

 この会見を聞いて小沢氏が次の衆議院選挙を楽観していない事が分かった。民主党の議席を増やす事は出来ても過半数を越える自信がないのだ。民主党が過半数を上回る数を取れないと、前述したように日本政治は大変困難な状況に陥る。また小沢氏は参議院選挙と同様に衆議院選挙でも「負ければ政界引退」を広言しているから、民主党が過半数割れなら難しい政治状況を残したまま議員を辞職することになる。それよりも毒が入っているかもしれないが、政治の機能停止を回避するための連立という饅頭を食べる決断をしたということか。

 いつまでの連立かという点について小沢氏は次の衆議院選挙で民主党が過半数を得られれば連立は解消すると会見で言った。従って小沢氏が考えていた連立とは一時的なもので、小選挙区制度を中選挙区制に戻すことを是認したり、政権交代をあきらめた訳ではないようだ。同じ大連立でも自民党と小沢氏とでは全く同床異夢だったのではないか。

 小沢氏の代表辞任によって福田・小沢党首会談から生まれた大連立構想はあっという間に頓挫した。こうなると再び構想が復活することは難しいだろう。しかし小沢代表が会見で明らかにしたように福田総理が安保政策の大転換を決断した事が本当だとすると、小沢氏はそれを実現するため新党を作って自民党と連立する可能性がある。参議院で新勢力が過半数を越えれば「ねじれ」は解消され、政治の機能停止はなくなる。それは自民党の延命に手を貸すことになるが、小沢氏からすればその自民党は政策を転換させた新たな自民党で問題はないと言う理屈になる。その後は政策の中身を見て自民党と連立するか民主党と連立するかを決めても良い。そう考えれば小沢氏は今回の辞任で日本政治のキャスティングボートを握ったと見ることも出来る。

いずれにしても国会は会期末まで数日しかないところにきて再び不透明さを増す展開となった。現状の与党は会期を延長するにしても法案成立のめどは何もない。同時に民主党もリーダー不在の状態を早急に建て直さなければならなくなった。混乱が続くと思う。冒頭述べたように誰もが経験したことのない未知の世界で日本政治は暗中模索を続けていくことになる。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.