Calendar

2007年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

Recent Comments

« 2007年9月 | メイン | 2007年11月 »

2007年10月31日

藤波元官房長官の死で思うこと

 藤波孝生元官房長官が10月28日に亡くなられた。リクルート事件さえなければ間違いなく総理大臣になった政治家である。訃報を聞いて何ともいえない虚しさがこみ上げてきた。日本の政治が今に続く混迷を始めたのは、藤波孝生氏の失脚と無縁でないとの思いが私にはあるからだ。

 初めて藤波氏にお会いしたのは1979年、第二次大平内閣で労働大臣に初入閣した時だった。私は労働省担当記者で懇談の席で藤波氏の話を聞く機会を得た。政治家らしからぬ控えめな人柄で、記者を相手に話す話もバランス感覚に溢れていた。例えば選挙の話になったとき、藤波氏はこう言った。「選挙で自民党は勝ちすぎないほうがいい。野党がある程度の議席を持っている方が、外国からの要求に対して牽制が効く。自民党が勝ちすぎると日本は言いなりにならざるを得なくなるんです」。
 また税制の話になった時にはこんな話をした。「世間で弱者と思われている人たちが一番厄介だ。弱者に世間は同情する。しかしそれを良いことに税金を払わないのが多い。政治は世間の目が怖いから弱者の言いなりになる。逆の不公平がまかり通る。それをやめさせるのは本当に難しいがやらなければならない」。

 藤波労働大臣の在任中に行われた春闘は画期的なものだった。親方日の丸の官公労中心から民間労組中心の春闘に変わった。それが総評と同盟とに別れていた日本の労働運動を連合に統一する契機となった。藤波氏は思想的にはリベラルだったが派閥は中曽根派に属していて、中曽根康弘氏の右腕でもあった。当時総評系の労組が何かにつけて頼っていたのは自民党の田中角栄氏である。それに中曽根氏が対抗しようとしたのか、藤波氏は同盟系の組合に手を伸ばして中曽根派の応援団にしようとしていた。

 政界で藤波氏を高く評価していたのはおそらく中曽根氏よりも竹下元総理だったと思う。「汗は自分でかきましょう。手柄は人にあげましょう」が口癖だった竹下氏にとって、控えめな人柄の藤波氏はまさに自らの口癖そのものの政治家だった。それに早稲田の後輩でもある。竹下氏は総理になった時から、自分の次は安倍晋太郎、その次は藤波孝生と決めて、その準備に取り掛かっていた。ネオ・ニューリーダーと呼ばれていた森喜郎、羽田孜、加藤紘一氏らも藤波氏には一目置いていて、藤波政権の誕生を待望していた。権力の行方に敏感な霞が関の官僚たちもそのように動いていた。

 「一内閣一仕事」と言われるが、竹下政権は税制改革を、安倍政権は政治改革を内閣の課題とする事が決まっていた。それでは藤波政権は何を課題にしたら良いのか。1988年、政治家、官僚、ジャーナリストらが集まって藤波政権の政治課題を考える会が出来、私も参加した。藤波、羽田、森、加藤らの政治家と箱根で合宿を行ない、私は明治以来の中央集権国家体制を見直し、江戸時代のような分権国家を作ることを政治課題にすることを提案した。ところがその直後にリクルート事件が火を噴いた。

 リクルート関連会社の未公開株が広く政財官界にばら撒かれていたこの事件は、ロッキード事件に続いて日本政治を大きく揺るがせる一大スキャンダルだった。未公開株を受け取っていた政治家は90人を越えた。リクルート社の狙いの中心は大物では中曽根康弘、宮沢喜一、竹下登、安倍晋太郎、渡辺美智雄氏ら、そしてネオ・ニューリーダーでは森喜郎、加藤紘一の両氏だったが、政治家で事件化されたのは藤波孝生氏だけだった。中曽根氏の身代わりになったという説もあるが、本人は事件について何も語らぬまま世を去ったため真相は分からない。ともかくこの事件で竹下政権は退陣に追い込まれ、藤波氏は受託収賄罪で起訴され有罪となった。

 この事件によって予定していた政治リーダーと政治課題の引継ぎは全てが吹き飛んだ。竹下政権の後には誰もが予想もしない、おそらく本人も予想していなかった宇野政権が誕生した。宇野政権は中曽根傀儡政権と見られたが、就任直後の参議院選挙で自民党は大惨敗、超短命に終わった。65歳で政界を引退すると公言していた竹下氏はその後長らく隠微な形で日本政治を裏支配することになる。竹下裏支配の下でそれからは権力を持たない権力者が次々に登場するようになり、今では促成栽培の政治リーダーまで現れた。

 中国共産党は先の党大会で5年後の政治リーダーを抜擢し、国の内外にその人物をさらし競わせようとしているが、かつての自民党にも同じように次代のリーダーを育て、鍛え上げるメカニズムが存在していた。佐藤長期政権の後には「三角大福中」、その後は「安竹宮」というように。しかしリクルート事件によってそうした機能は消滅した。だから藤波氏の悲運は私には個人を越えて日本の政治そのものの悲運に思えて仕方がない。

 日本の権力機構はロッキード事件で田中角栄を、リクルート事件で藤波孝生の政治生命を奪ったが、その事によって日本政治は取り返しのつかない混迷の中に落ち込むことになった。55億円の賄賂が海外から日本の政界に流れ込んだロッキード事件は、5億円の受託収賄罪で田中角栄が逮捕され、残る50億円は解明されないままに終わった。自分ひとりを人身御供にしたことに反発した田中は全力を傾けて日本政治を裏支配するようになりいびつな政治構造を作り上げた。リクルート事件は竹下裏支配を招いた。

 だから政治スキャンダルを見て「司法の解明に期待するしかない」などと言っているニュースキャスターを見ると、つくづくこの国の成熟度の低さを感じてしまう。警察や検察が強い国にろくな国などあるはずがない。

2007年10月26日

大事なときにいつもスキャンダル

 今国会の最大テーマであるテロ対策新法が審議入りしたが、これまでの経緯を見ていると問題の本質を議論させない力が働いているようで「またか」という気になる。
1987年の消費税導入や2004年の年金法改正案の時もそうだった。この国では国家百年の計を議論する時になると、決まって問題の本質を議論しないうちにスキャンダルが暴露され、訳が分からないまま法案が強行採決されていくのである。

 消費税の導入は国が将来にわたって福祉財源をどのように確保するのかという問題であった。「福祉は悪だ」と考えるアメリカを除いて、福祉国家と呼ばれる先進国は間接税をその財源としている。日本も福祉国家を目指すならば、直接税を主体とする税制から間接税を主体とする税制にどう転換していくかを議論しなければならなかった。ヨーロッパ型福祉国家を目指していた旧社会党も福祉目的ならば消費税には反対でなかった。ところが国会で議論が始まる直前にリクルート事件という「政治とカネ」を巡る大スキャンダルが暴露された。これで国会は大混乱、野党はリクルート事件の解明を優先させて一切審議に応じない。結局、何の議論もないまま消費税法案は強行採決され、国民は消費税導入の意味を考える機会を失った。

 年金法改正案は迫り来る高齢化社会を前に国民の老後の安心をどう図るかという問題であった。法案は負担を増やして給付を減らすというもので容易に国民の理解を得られる内容ではなかった。審議が始まると何が起きたか。まずは社会保険庁の元長官が東京地検に贈収賄容疑で逮捕された。次に社会保険料を未納にしていた政治家の名前が次々暴露された。これに野党が飛びつく。法案の中身よりも社会保険庁の体質や未納問題の方をクローズアップして廃案を目指そうとした。連日未納議員の名前が小出しに出されてマスコミは大フィーバー。国民の目も法案には向かなくなる。名前を出しているのは権力の側だから、そのことに民主党は気がつくべきだったが、そうはならずに最後は菅代表の未納が暴露されて、首までとられた。さらに民主党は与党との三党合意にも引きずり込まれた。法案は強行可決され、国民は年金のあり方を考える機会を失った。

 それと似た事がまたまた起きようとしている。テロ対策新法の法案審議では、日本の国際貢献のあり方と自衛隊の海外派兵の原則を議論する事が問題の本質である。冷戦後の世界では安全保障問題での枠組みが大きく変容したわけだから、各国とも自国の安全保障戦略を巡ってそれぞれ真剣な模索を続けている。わが国もどれほど議論してもしすぎる事はない問題なのだが、今やそうした議論がきちんと行われる環境になっていない。

 まずテロ特措法の期限がこの11月1日であることは前から分かっていたにも関わらず、政府・与党は初めから特措法の延長を図ろうとはしなかった。「国際社会との協調が大事だ」、「海上給油をやめれば国益を損ねる」と言いながら、国会召集をずるずると引き延ばし、海上給油の中断が前提となる新法で対応しようとしている。その理由は何なのか。誰も説明していない。

 国際社会の期待に応えて給油活動を続けようとすれば参議院選挙後直ちに内閣改造を行い、早期に国会を召集する必要があった。ところが安倍前総理は閣僚候補の「身体検査」という愚にもつかない理由で改造を8月27日まで先延ばし、政治空白を作り出した。
 これがまず不可解と言うか、不純なにおいのする出来事の一つである。その政治空白の間に行われた事は小池前防衛大臣による守屋防衛事務次官の解任作業であった。当時から東京地検は守屋氏と防衛専門商社との関係に狙いを定めて探っていると言われていたが、これを事件化するためには守屋氏を辞めさせる必要があった。日本の捜査当局は決してしかるべき地位の現職には手をつけない。辞めてただの人にならなければ事件に着手しないのが通例である。内閣改造の前に守屋事務次官の辞任が決まり事件化への準備は整った。

 一方、安倍前総理は内閣改造を8月27日に先送りしたにも関わらず、国会だけは31日に召集しようとした。それはテロ特措法を延長させて給油活動を中断させないためである。しかし周りはその方針に耳を貸さない。思い余った安倍氏は井上秘書官を使って新聞社に「31日国会召集」をリークすることまでやった。しかし二階国対委員長は「閣僚が決まった直後で、答弁の準備が出来ない」とこれをあっさり否定。こうして8月8日に「国会招集は9月10日」の方針が固まった。それはテロ特措法の延長がなくなり給油活動が中断される事を意味している。この時から安倍氏の苦悩が始まったと私は見ている。

 政府・与党の大勢は、テロ特措法を期限切れにして海上自衛隊をいったん引き上げさせ、国際社会から非難の声を上げさせてそれを民主党のせいにする。もっと言えば小沢代表と反小沢勢力の間に楔を打ち込んで小沢代表を無力化する。そのような政略を練っていたのではないか。8月中旬には「テロ特措法の延長はやらない」という話が自民党中枢から私の耳にも入ってきた。しかし安倍前総理にしてみれば給油活動の継続は自らが国際社会に対して行った公約だから、中断となれば自分の政治責任が問われる。民主党の小沢代表に責任をかぶせる事が出来たとしても、自分もまた総理を辞任せざるを得なくなる。どうせ辞任するなら国際公約を破る総理にはなりたくない。そうした思いが交錯する中で苦悩は深まり、シドニーでの「職を賭す」発言とあの突然の辞任会見になったのではないかと私は思う。安倍前総理だけが新法ではなくテロ特措法の延長をやるべきだと思っていた。しかし周りがそれを認めなかった。

 それでは給油活動を中断してまでも新法の方が優れた内容なのか。石破防衛大臣は10月20日に日本記者クラブで行われた民主党の浅尾ネクスト防衛大臣との討論会で「個人的には新法よりもテロ特措法の方が良いと思っている。しかし前の政権が決めた方針だから」と言った。新法では活動内容を海上の給油と給水にだけ限定し、期間も短くした上、国会承認を必要としないという内容で、どこからみても「ねじれ」国会において成立させることだけを年頭に置いた極めて限定的、制約的な内容である。日本の国際貢献のあり方や自衛隊の海外派遣の原則を議論することから導き出されたものではない。

 そして案の定、テロ対策新法の議論が始まる直前になって守屋スキャンダルが噴き出してきた。何故この時期なのか。あらかじめ予定していたとしか思えないタイミングである。野党はいつものようにスキャンダルの解明がなければ審議には応じられないと言い、国会での証人喚問も決まった。与党にとっても都合のいい証人喚問だと与党議員も言っている。防衛省にまつわる不祥事を解明することに意味がないとは言わない。しかしたいていの場合不祥事を生み出した構造そのものには手がつかない。その構造にとって不要となった部分だけが排除される。そして本来議論されなければならない問題から国民の目がそらされ、大事な議論は国会では行われなくなる。それがこの国のいつものパターンなのだ。

 大事なときに何故か必ずスキャンダルが起こり、それで大騒ぎしているうちに国会審議は終わってしまう。これはどういうことなのだろうか。
国民に本質的な議論を見せる必要はない。「知らしむべからず、寄らしむべし」という愚民政策がまだ続いているということなのだろうか。

2007年10月21日

柳に風の序盤戦

 10月1日から再開された168臨時国会は、福田新内閣に対する総論部分の質疑を終えて18日からいよいよ各論に入った。これからの最大の見所は23日から始まるテロ対策新法の行方となる。その前に福田新総理の所信表明演説に対する各党の代表質問と予算委員会質疑を振り返って今国会の特色を整理してみようと思う。

 特色の第一はなんと言っても福田総理の低姿勢ぶりである。何を言われてもひたすら頭を低くくし、野党の攻撃を「柳に風」と受け流している。突然の総理就任で準備不足であったにも関わらず、立ち往生することなく序盤戦をやり通す事ができたのはこの姿勢のおかげだ。しかも福田総理の飄々とした口ぶりや表情がこの低姿勢と見事にマッチして効果的である。「選挙に負けちゃったんですから、しょうがないですよ」というセリフを吐ける最高権力者はなかなかいるものではない。

 前任者が「戦う政治家」を標榜し、攻撃一直線で防御の戦術がなかった事から、なおのこと「柳に風」スタイルが際立つことになる。12日の衆議院決算委員会で田中真紀子議員が「背水の陣というのは、最強の布陣を敷き、正眼に構えて裂ぱくの気迫で臨むものだ」と述べて福田内閣を批判したが、真紀子氏もまた安倍総理とよく似ていて攻撃は得意だが防御は不得手な政治家だから「柳に風」スタイルは理解を超えているのだろう。

 この低姿勢を見ていると日本中が騒然となった60年安保の後、岸内閣の後を受けて登場した池田総理が「寛容と忍耐」を前面に打ち出し、低姿勢に徹した事を思い出させる。国民の怒りを買った自民党はその低姿勢で危機を脱した。
 福田政権もまた安倍政権末期の低支持率を低姿勢によって回復させることに成功した。この低姿勢戦術は福田総理一人のみならず全閣僚に徹底されていて、9日の衆議院予算委員会で民主党長妻昭議員の質問に対して渡辺喜美内閣府特命大臣がこれまでどおりの持論を展開したところ、後に総理から厳しく注意されたと言う。野党を攻撃をするな、受身に回れと言うわけだ。

 日本人には「判官びいき」の心情があるから、攻撃する側よりも攻撃されて耐えている側を応援する傾向がある。福田内閣は民主党に思う存分攻撃させ、それにじっと耐える姿を国民に見せ付け、民主党が居丈高になってくれればくれるほど国民の共感を得られると考えて、それを待っているように思える。

 しかし「寛容と忍耐」を看板にした池田政権は、ただ低姿勢を続けただけではなかった。「所得倍増」のスローガンの下、経済重視の内政主義を打ち出して国民に明日の期待を抱かせた。
 低姿勢を続けているだけでは次第に政治指導者としての頼りなさを感じさせてかえって国民に愛想をつかされる危険性もある。問題はこの低姿勢戦術をいつまで続けられるかだ。総論部分ではうまくいった。さてこれからどうするかが問題である。

 16日の参議院予算委員会で民主党の石井一議員も指摘していたが、実は福田内閣は何をやろうとする内閣なのかがさっぱり見えない。1日の所信表明演説も、国民の信頼を失った政治と行政の信頼を回復するためにぬくもりのある政治を行い「自立と共生」の社会をつくるという抽象的な演説で具体的に何をやるかに触れなかった。
 小泉元総理は「改革なくして成長なし」をスローガンに郵政民営化を最終的な目標にした。安倍前総理は「戦後レジームからの脱却」を掲げて憲法改正を最終的な目標にした。二人とも目標は明確だった。しかし福田総理にはそうした目標が見えない。

 所信表明を聞いていると日本国の事よりも参議院選挙に惨敗した自民党の延命の方に関心があり、国民の信頼回復をどう勝ち取るかだけを考えている様に思える。要するに福田内閣は国民に大見得を切って見せた小泉・安倍政権の後始末をする事が最大の課題の政権なのである。小泉改革路線の方向は変わらないと言いながら、小泉政治の負の部分を次々に修正して行く。そのことが国民の好感を得て、求心力につながる間は支持率を維持する事が出来る。しかしそれから先は不透明という内閣だ。

 そのおかげかどうか「小泉・安倍政治からの脱却」がこの国会の第二の特色となった。野党だけでなく与党からもそうした声が上がっていて、与野党が揃って小泉構造改革を批判している。小泉路線はもはや風前の灯火に見えるのである。

 小泉・安倍両氏と同じ清和会に所属する自民党の中山成彬議員は衆議院予算委員会で、参議院選挙惨敗の原因が「地方の反乱」にあったとして、三位一体改革、道路特定財源の一般財源化、そして経済財政諮問会議のあり方を批判した。いずれも小泉構造改革の柱の部分である。中山議員はまず「三位一体改革によって交付金が削減され地方は本当に困っている」と発言、また安倍内閣で既に閣議決定されている「道路特定財源の一般財源化」についても、地方には高速道路が必要だとして「是非見直してほしい」と要望した。さらに小泉構造改革の司令塔とも言うべき経済財政諮問会議については「地方や弱者の視点がない」と厳しく批判した。これに対して福田総理が「よく経済財政諮問会議が横暴だと言われるが、横暴なのは総理大臣が横暴なのですよ」と答弁すると、委員会室は一斉に笑いに包まれ、和やかな雰囲気は崩れなかった。

 公明党は安倍総理が力を入れていた集団的自衛権の政府見解を見直す問題で、そうした方針を撤回し従来どおりの姿勢を堅持するよう政府に要望した。共産党は小泉・安倍政権が高齢者に冷たい内閣だったとして、高齢者の負担を減らすよう要求した。社会民主党も小泉内閣で成立した高齢者医療制度は現代の姥捨て山だとして見直しを強く求めた。そして国民新党は当然の事ながら質問に立った議員全員が郵政民営化を中心に小泉構造改革全体の見直し、撤回を求めた。これらに対して福田総理は反論することなく低姿勢の答弁を繰り返したのである。

 質疑の中からは政局に絡む与野党の狙いも明確になった。与党の発言の端々から感じられるのは小沢民主党代表と民主党の反小沢勢力との分断を図りたいとする意識である。それはそうだろう。自民党から見れば、自民党の権力の内側に入ったことのある人物は野党の中でも小沢氏ただ一人。手の内を知る人物の力を削ぎたいと考えるのは当然である。しかも参議院選挙では小沢代表の選挙戦術がことごとく的中した。衆議院選挙までに何としても小沢氏を無力化したい。そうした思いが与党の発言の随所にちりばめられていると私には感じられた。

 これに対して民主党は自民党と公明党の間に楔を打ち込みたい。石井一参議院議員は予算委員会で創価学会の池田名誉会長と公明党を除名された福本潤一前参議院議員の証人喚問をちらつかせてみせたが、これは今後民主党がアメとムチを使い分けて公明党を揺さぶる姿勢を示している。証人喚問が実現しようがしまいが要は自民党と公明党の間に亀裂が入ればそれでよいということだ。
 こうした攻撃に対して与党と民主党のどちらが分断工作に負けずに一体でいられるかがこれからの見所の一つになる。
 さらにもう一つ政権交代を恐れる者からはこれからしきりに「大連立」の話が流されることになる。これも野党分断工作の一環で、昔から政権交代の可能性が高まった時に必ず流されるワンパターンの話である。

 168臨時国会の総論部分はこのような事を考えさせながら終わった。
 冒頭述べたようにこれからテロ対策新法を巡る緊迫した展開が始まる。新法についての私見は次回述べることにするが、ポイントだけをかいつまんで言うと海上自衛隊の給油活動を継続させなくしたのは野党ではなく与党であること。テロ特措法の延長ではなく新法にした経緯が不明であること。新法の内容に問題があることは与党も認めていることなどから法案成立は常識的に極めて困難であること。またここに来て守屋前防衛省事務次官のスキャンダルが出てきた背景には新法に絡めた何らかの意図があることなどを述べてみようと思う。

2007年10月11日

秘密会がない国会は異様だ

 国会の審議がようやく始まり、海上自衛隊の洋上給油を巡る議論が熱を帯びてきた。今国会最大のテーマであるから大いに議論を尽くしてほしいが、聞いているとつくづく「秘密会」を持たない国会の異様さを感じる。

 野党は政府に対して給油活動の実態や給油を受けた艦船の活動状況、その成果などの情報の開示を求めている。事実関係も分からずに議論する事は出来ないという立場だ。もっともな主張である。
 これに対して政府は「軍事上の機密に当たる部分は開示が出来ない」と答弁している。軍事機密がテロリストに知られたら大変だからという理由だ。これが米国議会を見てきた私には理解できない。

 米国議会では、他国に知られては困る外交案件や安全保障上の機密に関して議論する場合、しばしば「秘密会」が開かれる。情報を公開することが国益に反する場合、当然公開は許されない。しかし重要な案件であればあるほど国民の代表が集う議会で議論する必要がある。公開できないから議論をしないことにはならない。だから「秘密会」が必要になる。国民の代表である議員が「秘密会」に参加すれば公開はしなくとも国民に秘密にしたことにはならない。「秘密会」には野党議員も参加するから国家の機密は与野党で共有することになる。そうすれば政権交代をしても政治が機能しなくなる恐れはない。与野党の議員たちには守秘義務が課せられ、機密を漏洩すれば売国行為として厳しく罰せられる。

 軍事機密だからと言って国民の代表である政治家が把握できなければ、軍の独走を許すことになる。文民統制とは政治家が防衛省トップになれば良いということではない。軍を国民の代表が集まる議会の支配下に置く事である。アメリカでは軍人が議会に呼ばれて証言を行う際、必ず証言の冒頭で議会に対し国民の税金を配分してもらったことを感謝する。それが軍と議会との関係であり、民主主義の仕組みの基本である。だから軍の機密だと言って国会に報告しないと言う論理は成り立たない。

 軍事情報だけではない。日本では警察の捜査情報もまた国会に報告される事がない。捜査の障害になる事を理由に常に国会答弁は拒否される。
 かつてオウム真理教のサリン事件があった時、日本の国会はこの事件を取り上げてまともに議論しようとはしなかった。やったとしても警察は捜査中の事件だとして議員の質問に答えなかっただろう。ところが海の向こうの米国議会ではこの事件を冷戦後における国家の安全保障上の重大事件とみて3日間にわたって公聴会を開いた。議会調査局の調査員を日本、ロシア、オ―ストラリアなどオウムの拠点があった国に派遣して調査活動を行い、それが議会で報告された。同時にFBI、CIAなどの捜査機関が議会に呼ばれてオウムのニューヨーク支部をどのように監視してきたか捜査情報の開示を求められた。国民の代表である議員からの質問に対して答弁を拒否する者は誰もいない。日本の捜査機関が日本のマスコミにも発表していない新事実が次々公表された。

 残念ながら日本ではオウム事件を冷戦後の国家の安全保障の問題と捉える問題意識もなければ、この問題を審議して国民に公開し、国民を啓発しようという考えもなかった。
 当時、このオウム公聴会のビデオテープを自民党の国会議員に見せたところ、「うらやましい」と言った。FBIやCIAが議員の命令に服して答弁を拒否しない姿を見てそのような感想を持ったのである。

 日本の国会の最大の問題は「秘密会」がないことだと私は思っている。「秘密会」がないと言う事、つまり全てを公開の場で議論していると言う事は、与野党が共に核心部分の情報を知らされないまま議論していることを意味している。もう少し言うと、機密情報を基にした核心部分の議論は国会でない別のところで行われている。国会が国権の最高機関であるかどうかが疑わしくなる話だ。

 かつて機密情報を扱っている外務省高官に何故日本の国会には秘密会がないのかを聞いた事がある。「機密情報を政治家に教えると直ちに旧ソ連、中国、北朝鮮の中枢に筒抜けになる」という答えが返ってきた。外国スパイを監視、摘発してきた警察庁の幹部も同じ事を言った。冷戦体制下において日本の野党は東西対立の一方の側の影響下にあり、西側の機密情報を知らせる訳にはいかない。だから政権交代もあってはならなかったというのが彼らの解説であった。

 機密情報を手にしている官僚たちは、政治家に情報を知らせる前に内輪で議論を行い、国家の進むべき道筋を彼らだけの中で作り上げてから、自分たちの考えを実現するのに最も都合の良いように政治家を選び、その政治家だけに情報提供を行い、国会の議論を誘導してきた。
 そうしたやり方をかつては冷戦体制のせいにしたが、冷戦が終わり、政権交代が現実味を帯びてきた今でもなお、機密情報を国会に出そうとしない態度は変わらない。
 情報を握ることでこの国を支配してきた官僚たちは自らの既得権益を守るために、今度は「秘密会」がないのを良いことに情報を隠し続けているように思う。

 国家は国民の税金で賄われている。だから国家が収集した情報の所有権は国民にある。官僚は国民の下僕であるから官僚に情報を独占する権利はない。集めた情報は国民に還元されなければならない。情報を公開する事が国益に反すると判断された場合には、しばらく非公開となるが、それでも最終的には国民に公開されなければならない。それが民主主義国家の基本的なルールである。

 これまで改革と称して様々な事が行われてきた。霞が関の改革として省庁の統合、公務員の定数削減、天下り規制などが試みられ、政治主導を実現するとして官邸機能の強化などが図られてきた。しかし権力の源泉である情報は相変わらず官僚に握られたままで何も変わっていない。
 政治家が官僚支配を脱して本当に政治主導を実現したいのであれば、国家に関わる情報を政治家自身が握れる仕組みを作らないと意味はない。そのためには官邸機能ではなく国会機能の強化を図るべきだ。第一歩は国会に秘密会を設置すること、次に米国議会の議会調査局のように国会自身が情報収集機能を持つことだ。与野党が協力すれば出来ない話ではない。衆参が「ねじれ」ている今こそ衆参の共同作業として着手すれば、後世から評価されること間違いない。

2007年10月 4日

民営化はしたけれど

 10月1日、130年間続いてきた国営の郵便事業が民営化され、社員数24万人という巨大私企業「JP日本郵政グループ」が誕生した。東京千代田区にある持ち株会社「日本郵政株式会社」でグループの発足式が行われ、郵政民営化を政権の最大課題だとした小泉元総理は、「実現したのは国民の支持があったからこそだ」と述べて民営化は国民の意向によることを強調した。

 確かに参議院で郵政民営化法案が否決された時、小泉元総理は「国民に聞いてみたい」と衆議院を解散し、郵政民営化に反対の自民党議員を公認しないという荒業を仕掛け、その結果与党が衆議院で3分の2を超える大勝利を収めた。民意は民営化に賛成だと言うことになって、いったん否決した参議院でも郵政民営化法案は可決された。
 こうした経緯をみれば国民の支持が郵政民営化を実現させたというのはその通りである。しかし理屈はそうでも、国民に自分たちが民営化を実現させたという自覚があるだろうか。

 あの選挙は、かねてから「自民党をぶっ壊す」と叫んでいた小泉元総理が、自らの政治生命を賭けて自民党の抵抗勢力と戦い、古い自民党を壊して新しい自民党を作ろうとしているように見えたため、国民はそのことに共鳴した。郵政民営化が何であるかを考えた訳ではなく、政治を変えようとしている総理がどうしてもやると言うから自分も賛成したという程度ではなかったか。
 だから「改革の1丁目1番地」と小泉氏が言った郵政民営化がスタートしても、これで日本が改革されるとは誰も思っていない。むしろ郵便局が減少することの先行き不安を口にする人ばかりが目に付いた。

 

 資本主義社会に於いて国営事業が民営化されるのは当たり前と言えば当たり前である。資本主義の勃興期は資本の蓄積が充分でないため、大規模事業は国が税金を使って立ち上げ、事業が黒字化すれば民間に払い下げる。戦前では官営の製糸工場や製鉄会社がそのようにして民営化された。
 戦後では中曽根内閣が三公社五現業の民営化を行った。中でも国鉄と電電公社の民営化を成し遂げた事が内閣の業績として有名である。電電公社は1985年、国鉄は87年に民営化されたが、この二つの民営化は対照的だ。

 電電公社は21世紀を担う情報通信産業の中核で将来性のある黒字企業、一方の国鉄は車社会を迎えて赤字を抱える斜陽産業だった。本来の考えで言えば黒字企業は民間にやらせるのが当たり前だが、赤字企業は民営化になじまない。しかし国鉄の赤字は自動車の普及だけが原因ではなかった。政治家は自分の地元に鉄道を引きたがる。線路が引かれて駅が出来るとその周辺の地価が上がり、人が集まり、企業の誘致も可能になり、観光客も来る。鉄道は与党議員にとって大変な利権だった。
 どこにどう鉄道を引くかを国会で議論して決め、税金で作るならば目茶苦茶なことにはならなかった。ところがそれでは与党議員の思い通りに鉄道を引く事ができない。与党議員の思い通りにするためには、税金で作るよりも国鉄の営業利益で作らせるほうが簡単だ。そこで鉄建公団という鉄道建設を専門に行う組織が出来、赤字でもかまわず鉄道を作り続けた。道路建設を道路公団にやらせたのと同じ仕組みである。こうして赤字路線が次々出来て国鉄の累積債務は巨額となり、金利負担を自力で返済することが不可能になった。民間ならばとっくに倒産である。しかし公共交通機関を倒産させるわけにはいかない。そこで考えられたのが民営化である。

 およそ37兆円と言われた国鉄の借金は国民が税金で負担することになり、身軽になった国鉄は6つの地域鉄道株式会社と貨物株式会社に分割民営化された。旧国鉄の巨額の借金は今でも国民が税金から払い続けている。
 中曽根元総理は国鉄民営化の目的を戦後労働運動の中核だった国鉄労働組合の解体だと述べているが、実は民営化後も労組の力は衰えていない。旧国労主導からより先鋭な旧動労主導に変わっただけである。ただ親方日の丸でなくなった為にストライキによる運行休止だけは激減した。

 電電公社の民営化は日本が21世紀の国際競争を勝ち抜くために重大な意味を持つ民営化であった。世界は工業化社会から情報化社会へと変貌していた。自動車や電気製品に代表されるように日本資本主義は工業化社会では優等生だ。しかし情報化社会でも他国を圧倒する事が出来るのか。それが電電公社民営化の理由である。
 工業化社会に於ける「産業のコメ」は鉄だ。ほとんどの製品に鉄が使用されるため、鉄の価格はあらゆる工業製品のコストに影響する。情報化社会の「産業のコメ」は通信料金である。電話料金をどれだけ下げられるかが情報化社会の勝者を決めることになる。

 アメリカのレーガン政権は独占状態にあった巨大電話会社AT&Tを7分割して競争原理を導入した。その後クリントン政権が地域独占状態の7つの電話会社に相互乗り入れを認め、競争を激化させた。その結果アメリカの電話料金は従来の10分の1程度になり、低料金のおかげでインターネットが驚異的に普及してIT社会が花開いた。

 電電公社の民営化はレーガン政権の分割方針を真似て当初は分割民営化の方向だった。ところが労働組合が分割に反対した。日本最大の組織があればこそ影響力を行使できるが、分割されてしまっては力がなくなるからだ。これを後ろからバックアップしたのは社会党だと思うだろうが、実は自民党労働族が分割案に立ち塞がった。世間では労働組合は野党と密なる関係だと思われているが、実際はそうではない。大組織ほど頼りにしているのは自民党である。このときも故玉置和男衆議院議員らが反対して分割案は通らなかった。その結果、巨大独占私企業NTTが誕生した。分割されない方が自分たちの利権につながると思った政治家が多かったという事だ。そして電話料金は民営化したにもかかわらず競争原理が働かないため下がらなかった。

 「産業のコメ」の価格が下がらなかったことで、日本資本主義の国際競争力は著しく低下した。折からバブル経済が崩壊したこともあって、日本経済は長い不況に突入することになる。一時はアメリカ社会にソ連に次ぐ脅威を感じさせた日本経済がアメリカ経済に差を広げられ、インターネットの普及では韓国にも追い抜かれた。だから電電公社の民営化を胸を張って「成功」と言える者はいない。海外でそう言えば恥をかくことにもなる。いつしか中曽根元総理自身も国鉄民営化は自分の業績だと言うが、電電民営化の事はあまり言わなくなった。

 民営化はある意味時代の流れだから、民営化の是非を議論しても始まらない。どのような民営化なら国民の利益になるかを議論しないと意味はない。民営化の背後には様々な策謀が隠されているのでそれを探らないとえらいことにもなる。そういう目で見ると郵政民営化は電電公社の民営化と似ていてJPグループという巨大独占私企業を生み出した。
 現在注目されている社会保険庁の民営化は国鉄と良く似ている。国鉄の時も「ブラ勤とかカラ勤」とか言って、あきれるような職員の勤務実態をマスコミが連日報道した。こんな腐った組織は解体するしかないという世論が作り上げられていった。ところがよく考えると本当の狙いは巨額の借金を国民負担にすることだったのである。社保庁も実は国鉄の赤字に匹敵するような巨額の欠損があり、これ以上組織を存続させる事が出来ないので、わざわざあきれ返るような勤務実態をさらして民営化に持ち込み、欠損部分を国民負担にしようとしているのではないか。そんな事を考えてしまうほど、ひどい実態が次から次と明るみに出てくる。そこら辺りをマスコミは注視しなければならないのだが、この国のマスコミはいつもあきれかえる実態を騒ぎ立てるだけで、肝心なことから国民の目をそらす役割ばかりをやらされる。

 さて郵政民営化が日本社会を改革し、国民に利益をもたらす事になるのか。それが評価されるのはこれからである。民営化の様々な影響を国民が実感することによって評価は定まり、それによって小泉元総理の歴史的評価も定まる。
 ところが永田町では既に参議院選挙の惨敗は小泉政権の負の遺産だという見方が定着してきた。衆議院選挙で巨大与党を生み出したのも小泉元総理なら、参議院選挙で民主党を第一党に押し上げたのも小泉元総理ということになる。要するに今の「ねじれ」を作ったのは小泉元総理という事だ。
 その「ねじれ」は日々政治家と国民に民主主義とは何かを考えさせる絶好の機会を提供している。そう考えると郵政民営化よりも先に民主主義を考えさせる機会を与えてくれたという意味で小泉元総理の歴史的評価は大だと言わなければならない。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.