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2007年9月26日

権力が空白の13日間(2)

 一方、小泉路線を支持するグループにとって安倍総理の自爆は大いなる誤算だった。安倍政権は小泉路線を継承する政権である。小泉グループはいわば主流中の主流であった。さらにいざという時のためには小池百合子氏を常に閣内に置いて後継とする構えを見せてきた。ところが小池氏は守屋防衛事務次官の更迭問題を巡って官邸と衝突、閣外に去ることになる。さらに麻生幹事長は就任と同時に反小泉の政治を行うことを宣言して安倍総理を取り込み、小泉支持勢力と敵対することになった。

 そうした危機的状況にあって小泉支持勢力は総裁候補を立てることが出来なかった。最後の切り札となる小泉再登板も、それを求める署名が40名に満たず、情勢を見極めた小泉氏は福田支持を表明せざるをえなくなった。そのことで長年小泉氏を支えてきた飯嶋勲秘書は辞表を提出した。小泉氏はすでにかつての小泉氏でなく、参議院選挙の惨敗と安倍政権の自爆によって小泉政治も過去のものとなった。

 自民党9派閥中8派閥に支持された福田氏が総裁選挙に勝利する事は初めから決まっていた。しかし対立候補が出なければ自民党は古い派閥政治に戻ったと批判される。総裁選は福田と麻生の一騎打ちを演出する必要があった。このあたりから自民党は本当にかつての本来の自民党の姿に戻って行くことになる。イデオロギーの政党でなく、野党と戦う政党でもなく、権力を維持する事だけを目的とした権力政党としての自民党である。

 長年にわたって一党支配を続けてきた自民党の知恵は、決して政党としてのイデオロギーを前面に出さず、野党の要求を全て飲み込むことによって野党の存在を見えなくする所にある。しかもかつて村山政権を誕生させたように野党の党首を総理に担ぐことすらいとわない。それが自民党なのである。これまで権力を維持し続けてこられたのはそうした融通無碍のやり方にあった。

 そのことを自民党総裁選で福田氏は早くも実践してみせた。福田氏が掲げた政治目標は、何と小沢代表が自民党を離党して以来掲げてきたのとまるで同じ「自立と共生」である。小沢氏は苦笑して見せたが、それはこれからの自民党が民主党と同じ主張をしていく事を暗示している。かつて社会党と連立を組んだ自民党である。今の民主党と同じ主張をするくらい何の不思議もない。

 臨時国会で自民党との対立軸を作り、堂々の論戦を行うことで、早期に解散・総選挙に追い込もうとしてきた民主党は戦略の練り直しを迫られることになった。相手は大連立という目に見える形ではないが、大連立と同じように民主党の主張を全て飲み込もうと身構えている。安倍政権とは180度異なる対応をしなければならなくなった。
 自民党との差別化を意識する余り左に寄りすぎれば、そこをつけこまれて国民の支持を失うことになる。安倍政権のように強行採決などの目に見える強硬戦術は決してやらないだろうから、民主党にとっては以前より厄介な国会運営を強いられる事になる。

 23日に行われた自民党総裁選挙は福田康夫氏330票、麻生太郎氏197票という絶妙の票差で福田氏が勝利した。実に自民党らしい選挙結果である。福田氏は圧勝しなければならない。しかし麻生氏も善戦と言われなければならない。その微妙な線をそのとおりに実現して見せた。麻生氏が200票を超えれば麻生善戦の映りが強くなる。その少し手前で止めたところに神の手のような絶妙の味わいがある。仕組んでいるとは言わないが、小泉時代以前の自民党の選挙結果には必ずそう感じさせるものがあった。それが復活してきた。

 24日に行われた党役員人事では意外な事が起きた。事前に幹事長と見られていた古賀誠氏が総務会長を打診され、それを蹴って選挙対策委員長に就任し、選挙対策委員長は党三役と並ぶ四役に格上げされることになった。総裁の指名を公然と拒否した例は珍しい。さらに驚かされたのは伊吹文明氏が幹事長に就任したことだ。誰もが首をかしげる人事であった。
 古賀誠、伊吹文明、二階俊博、谷垣禎一の四氏が党四役の候補者だったとすれば、私の見立てでは福田氏の考えた幹事長は谷垣禎一氏、政調会長に伊吹文明氏、総務会長古賀誠氏、選挙対策委員長二階俊博氏だったのではないか。これならば重量級の配置でありながら、若い谷垣氏を幹事長という要職につけることでフレッシュさも感じさせる。
 しかし幹事長を狙っていた古賀氏は総務会長に不満だった。幹事長に匹敵する役職になりうる選挙対策委員長を自ら望み福田総裁に飲ませた。それでは二階氏は不満である。しかし相手が先輩格の古賀氏であれば仕方がない。二階氏は不承不承総務会長に留任した。幹事長の谷垣氏には森元総理が反対した。かつては加藤紘一氏と共に森内閣に楯突いたことのある谷垣氏である。それを許す気にはまだなれない。こうして伊吹氏と谷垣氏が入れ替わり、消去法で伊吹幹事長が誕生した。

 今回の四役人事は福田氏が古賀氏や森元総理に妥協を迫られたことになる。そのことが今後の政権運営にどのような影響を与えるか、そこは注目して見ていかなければならない。ただし安倍総理と違うのは人に相談しながらやった人事ではないと感じさせていることだ。人事は自分で考える、しかし他人の意見も取り入れて柔軟に対応する、福田氏はそんな人事を行う権力者だと思われる。

 同じ日に行われた安倍総理の記者会見は、突然の辞任の原因が病気であることを世間に確定させるためのパフォーマンスであった。本人がそうだと言えば誰も否定は出来なくなる。これからは病気のせいで辞任したという話が定着することになる。しかし本人が必ず真実を語るとは限らない。歴史は本人が自分に都合の良いようにしか語らない事を教えてくれる。仮に病気が原因だとすれば、これからは何故、いつから病気になり、いつ辞任を決断したのかが追及されることになる。そうしたことに蓋をしたければ、いったんは政界から身を引き、世間からも身を隠したほうが賢明だ。国会議員を続ければ常に世間からもメディアからも監視され続ける事になる。それもかなりつらいことではないか。潔く議員辞職をしたほうが再び政治家として再生する道も開けると思うのだが、安倍氏にはそれとは異なる人生観があるようだ。

 25日夜に行われた初の総理会見で、福田総理は自らの内閣を「背水の陣内閣」と命名した。自らの政治課題として政治の信頼を取り戻す事を真っ先に掲げ、年金と政治とカネの問題を優先すると言ったあたりに重心の低さを感じた。
 安倍政権が終始攻めに徹して自滅したのとは逆に、福田政権は終始守りに徹する構えで、前国会とは攻守ところを変えた攻防戦がいよいよ始まろうとしている。13日間の政治空白で、日本政治は世界中にその脆弱性と異様さを見せ付けたが、168臨時国会の論戦によって是非信頼回復を図ってもらいたいと願うばかりだ。

権力が空白の13日間(1)

 9月25日、国会は福田康夫氏を第91代内閣総理大臣に指名し、13日間続いてきた権力の空白にやっと終止符が打たれた。この間日本のメディアは結果の分かっている自民党総裁選挙ばかりを報道し、誰も権力の空白という異常事態を問題にしなかった。外国のメディアだけが「日本は権力がなくてもやっていける国だ」とシニカルに報道した。

 与謝野官房長官は入院した総理に代わる臨時代理を置かない理由として、(1)短期での退院が明白(2)首相の判断はしっかりしている(3)危機の場合はパトカーの先導で官邸に5分で戻ることができるなどと説明したが、2,3日ならともかくそれ以上の入院に際して臨時代理を指名しない国が先進民主主義国家の中にあるだろうか。
おそらく総理が不在でも官房長官が存在すれば事実上権力は空白でないという判断なのだろう。しかしそうしたところに最高権力者がただのシャッポに過ぎないこの国の権力構造の異常さ、言い換えれば責任の所在をはっきりさせない特異な体質が現れている。
いずれにしても安倍総理辞任表明からの13日間は、日本の政治が理解不能の状態に陥っていることをまざまざと示してくれた。

 国家のリーダーとして歴史に残る醜態をさらした安倍総理は9月24日に記者会見を行い、辞任の本当の理由は病気にあったと釈明して国民に謝罪したが、一方で国会議員は依然として続ける考えを表明した。

12日の辞任表明では民主党の小沢代表に党首会談を断られたためだと辞任の理由を説明したが、一方では「インド洋での海上自衛隊の給油活動を巡り、党の方針と自らの考えに違いがあり、11月には自らが退陣を決断せざるを得なくなるが、それでは国政が混乱するので今辞任することを決断した」と真相を語った。党と総理との間に確執があることを示唆していた。 
 党と総理の間に確執があることが表沙汰になれば参議院選挙惨敗に続く政府・与党の大失態となる。与謝野官房長官はすぐさま「健康問題が理由の一つ」と述べて、病気を辞任の理由にすることにした。翌日になって安倍総理は実際に入院することになり、病気原因説のシナリオが動き出した。

麻生幹事長は給油活動の継続を図る新法成立と引き換えに安倍総理を退陣させるシナリオを描いていたが、安倍総理はそれに反対だった。安倍総理は出来れば来年のサミットまで続投することを望んでいた。そのため国会を8月末に召集してテロ特措法案の延長を図ろうとしたが、党内の大勢は活動の中断を前提とする新法での対応に傾き、8月末の国会召集は見送られた。その時安倍総理は自分が政府・与党の中で孤立していることを思い知った。それから安倍総理の苦悩が始まった。

所信表明演説終了後の10日と11日に安倍総理は麻生幹事長に辞意を漏らした。それに対して麻生幹事長は新法の成立を図ってから辞任すべきだと説得した。そうすれば辞任はテロとの戦いのためという花道になる。しかし安倍総理は聞く耳を持たなかった。そして誰もが驚く代表質問直前の辞任表明となった。

辞任をするならば参議院選挙直後が最も常識的なタイミングだった。自分が掲げた政治課題は道半ばだが、民意がそれとは異なる考えを支持した以上、権力の座に留まるべきではない。国民に自らの政治理念が理解されるまで雌伏し、研鑽を重ねて再チャレンジすれば良かった。若い総理には再チャレンジの可能性があった。

ところが安倍総理は続投の道を選んだ。参議院選挙に敗れても続投すべしと進言していたのは小泉前総理と麻生幹事長の二人である。安倍総理はおそらくその言葉を自分に対する支援の表明と受け止めた。サミットまでは協力してくれると思い込んだ。しかし政治の世界に一方的な支援などありえない。二人とも自らの権勢拡大に都合が良いから続投を薦めただけだ。いずれにしても二人の進言どおりに続投をした結果、全てが自分の思い通りに運ばないことを知った。政治家としての原点とも言うべき拉致問題も給油活動の継続がなければアメリカの協力は得られない。安倍総理は八方塞りの中にたった一人でいた。権力者にはそれが宿命なのだが、安倍総理にはそれが耐えられなかった

突然の総理の辞任は誰にとっても予想外だった。こうした突発の辞任の際は、ナンバー2がそのまま後継になるのが普通である。そこから麻生幹事長が後継として最有力になった。しかしそれは党内が一致して安倍総理の続投を支持していればの話である。現実はそうではなかった。公然と続投を批判した議員もいたし、ほとんどの議員が消極的にしか続投を認めていなかった。これらの議員にとって安倍総理を続投させた麻生幹事長を支持する事はできない。それに突然の辞任に対する連帯責任もある。

そこで福田康夫氏が浮上することになった。もともと1年前の総裁選挙で安倍晋三氏に次ぐ支持率を獲得しながら出馬を見送った政治家である。小泉前総理があれほど安倍氏に固執しなければ1年前に福田政権が誕生していたかもしれない。しかし1年前の自民党はまだ小泉政治の熱病に冒されていた。福田康夫支持派は熱病が治まるのを待たなければならなかった。参議院選挙の惨敗が小泉政治の負の遺産だと総括されて、待っていた時がやってきた。

2007年9月16日

安倍総理 辞任表明の真意は?

田中良紹さんがYahoo!動画に『安倍総理 辞任表明の真意は?』をテーマに出演中です!みなさまぜひご覧下さい。

■番組URL
http://streaming.yahoo.co.jp/c/t/00373/v02021/v0202100000000394469/

※動画の視聴には専用のソフトが必要です。
 ソフトは無料でダウンロードできます。
※視聴条件は下記URLで確認できます。
 http://streaming.yahoo.co.jp/guide/step1.html

(《ざ・こもんず》運営事務局)

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安倍総理が12日、突然、辞任を表明した。その理由は? 
なぜ、このタイミングでの辞任なのか?
後継選びと国会運営、そして小沢民主党代表の動きは?
ジャーナリストの田中良紹氏に、小木曽浩介キャスターが聞く。

■番組URL
http://streaming.yahoo.co.jp/c/t/00373/v02021/v0202100000000394469/
(Yahoo!!動画より)

2007年9月14日

小泉政治の終焉

 小泉前総理の再登板を求める署名が36人しか集まらなかった事実を、小泉前総理はどのような思いで受け止めたのであろうか。自民党議員387人の1割にも満たない数である。すでに小泉路線が自民党政治の中核にはなりえないことを数字は冷徹に示している。小泉前総理は自分が総裁選挙に出馬できるだけの力をもはや持ってはいないことを認めざるを得なかった。

1年前の9月20日、自民党は安倍総裁の誕生に沸きかえっていた。党内の圧倒的多数によって安部総裁は選出され、総主流派体制の上に乗って安部執行部はスタートした。安倍総裁は小泉政治の正統の後継者であり、小泉改革路線は間違いなく引き継がれることになっていた。森元総理は安倍晋三氏では若すぎるとして、再三福田康夫氏の起用を促したが、小泉氏は頑としてそれをはねつけ、強引ともいえるやり方で安倍総裁を誕生させた。

 こうして誕生した安倍政権は、小泉二代目政権として小泉路線を継承すると同時に小泉政治の負の部分を修正する役回りを演じなければならなかった。しかも「永田町の変人」でイデオロギーを超えた政治家である小泉氏と違い、安倍氏は真性保守のイデオロギーを代表する政治家だった。右翼陣営から期待された課題にも取り組まなければない。

対アジア外交の転換はうまくいった。しかし郵政造反組の復党問題で安倍総理は小泉前総理の怒りを買うことになる。間に入った中川幹事長は小泉前総理の側に立って事を進めた。そのため総理と幹事長の間にさざなみが立つようになり、その確執は次第に抜き差しならないものとなった。安倍総理にとって中川幹事長は相談相手どころか政敵にも映るようになる。中川幹事長の背後にいる小泉前総理も自分をたんに小泉政治を踏襲させる「駒」としか見ていない事を思い知る。安倍総理は小泉路線の継承者からの脱却を試みるようになった。

そのとき安倍総理は相談相手に麻生外務大臣を選んだ。何故麻生氏を選んだのか。想像すればまず麻生氏は自民党総裁選挙で二度小泉氏と戦っている。少数派閥の会長だから寝首をかかれる心配がない。ヤクザな小泉氏と違って常識人であり、上流社会の子弟として生まれ育ちが似ていることなどが安倍氏にとって安心できる要素だったと思う。
 相談相手となった麻生氏にとって、これは思いがけないチャンスであった、自分が政権を取るために安倍総理は大いに利用価値のある貴重な「駒」である。「総理を支え続ける」と言いながら、勝負の時を待った。

 参議院選挙で自民党が負ける事は皆が分かっていた。だから小泉前総理は続投をせずにワンポイントを安倍総理に託した。安倍総理が退陣となれば小池百合子氏で小泉路線の継承を図るつもりでいた。従って小池氏を常に閣内に置かせるようにした。

 1年前に福田康夫氏を担ごうとして小泉氏に拒否された森元総理にとって、参議院選挙の敗北は再チャレンジの機会だった。盟友の青木幹雄氏と語らって福田擁立を決めた。町村派と津島派が組めば党内の大勢は決する。後は古賀派を巻き込めば万全だった。

 参議院選挙に負けて安倍総理が退陣すれば、後継総理に福田氏が浮上する事は小泉前総理も麻生氏も分かっていた。二人にとって選挙に負けても安倍総理に退陣してもらっては困る。選挙の前から、そして選挙中にも「参議院選挙は体制選択の選挙ではない。負けても辞める必要はない」と二人は言い続けた。それなのに安倍総理は「私を選ぶか、小沢さんを選ぶかの選挙です」と叫び、選挙に惨敗した。誰がそのセリフを叫ばせたのか、親の心子知らずである。

 選挙結果が出る前に森元総理は福田擁立の流れを作ろうとした。しかしそれより前に麻生氏は安倍総理に続投を決意させ、安倍総理は選挙結果が出る前に続投宣言をさせられた。まさに時間との戦いであった。
 民主党に参議院第一党を奪われた事は自民党にとってかつて経験したことのない非常事態である。しかも参議院選挙では小沢氏の選挙戦術がことごとく的中した。民主党に小沢代表がいる限りこれからの政局運営も衆議院選挙での勝利もおぼつかない。そこで小沢代表を潰すためのシナリオが動き出した。テロ特措法を通らなくしてその責任を民主党に負わせるシナリオである。

 内閣改造を「身体検査」という理由で遅らせ、臨時国会の召集も遅らせてわざわざ審議時間がなくなるようにした。
 その間、小泉陣営では次の総理候補である小池百合子氏のアメリカ政界お披露目を済ませ、防衛庁の守屋事務次官更迭劇を演じさせて小池氏の政治力を国民にアピールしようとした。これを不快に思ったのが安倍総理と麻生氏である。小池氏の入閣は認めなくすることを決めた。

 安倍総理と麻生氏の蜜月関係は「反小泉」を共有したことによる。幹事長に指名された麻生氏は「反小泉」を鮮明に打ち出した。「ぶっ壊された自民党を立て直すのが我々の使命だ」と力説した。官房長官に与謝野馨氏を充てた事で小泉改革路線は大きく後退することになった。
 この人事には小泉前総理をはじめ森元総理も不愉快だった。党の金を握る幹事長か内閣の金を握る官房長官を総裁派閥が取るのはこれまでの不文律である。安倍総理はその不文律を無視し、麻生幹事長の言いなりになった。そして参院議員会長を辞任したばかりの青木幹雄氏も推薦した矢野哲朗氏の入閣を断られて面子を潰された。

 人心一新のためと言われた内閣改造・党役員人事は挙党体制どころか至る所に不満が充満した人事となった。安倍改造内閣は危機をはらんだまま船出することになった。そこに安倍総理の突然の辞任表明である。理由は再三書いているように、麻生幹事長などが推し進めようとした新法によると11月にいったん給油活動を中断することになり、その時点で総理辞任を決断しなければならなくなる。そのことに反発して辞任したというものだ。
 結局、安倍総理は小泉政治と決別して麻生氏と組んだが、その麻生戦略では民主党の小沢代表に打撃を与えるために自分が辞任しなければならなくなる。それを知って周りが信じられなくなり、たった一人で自爆した。

 わずか36人しか支持者がいないことを知って、小泉前総理は福田康夫氏の支持に回らざるを得なくなった。去年は拒否した事を今回は飲むしかなくなった。自民党を出て小泉新党を作る事など遠い夢の話になってしまったようだ。それもこれも自分が作った安倍政権の迷走によって引き起こされた。

 去年の総裁選挙で安倍氏が圧勝したように、今回は福田康夫氏が圧倒的多数で選ばれることになる。
 福田氏は地方重視、生活第一、アジア重視という政策を掲げることになるだろう。民主党の小沢代表が掲げる政策と変わりない。その分小沢代表にとっては安倍政権よりやりにくくなる。いずれにしてもうんざりするような政治空白の連続だったので、速やかに国会での議論が再開されることを望みたい。

 福田氏と小沢氏の共通項だと思うのは、テレビに出演してレベルの低い話に興じる政治家は嫌いではないだろうか。それならば小泉政権以来続いている政治家のテレビ迎合に歯止めをかけてもらいたい。
 テレポリティックスなどともっともらしい事をいうが中身がひどすぎる。こんなにレベルの低いテレビと政治の関係は世界中のどこにもない。小泉政治が終焉を迎えたのだから、そこのところは与野党協力してまともにしてほしいと思う。

2007年9月13日

病気という隠蔽工作

 安倍総理はついにと言うか、やはりと言うか、病気ということにされて入院することになった。そうしなければおそらく対外的にこの突然の辞任劇と政治空白を説明することは出来ない。
総理辞任によって生み出された政治空白によって、海上自衛隊のインド洋での給油活動はほぼ間違いなく11月1日をもっていったんはやめざるを得なくなった。国会がいつから再開されるか分からないが、1ヶ月以内の短期間に法案を上げることは至難のわざで、給油活動の継続は絶望的と言っていい。 要するに総理が「国際公約」したことを総理自身が反故にしたことになる。

安倍総理は辞任の記者会見でなんとか民主党の小沢代表の責任に転嫁しようとは試みた。自分の辞任の理由を小沢代表に党首会談を拒否されたからだと言ったが、その程度の話では辞任の理由としても、また給油活動を中断しなければならなくなる理由としても不十分だ。皮肉なことだが「給油活動を何としても継続したいから辞任する」という総理の言葉が、実は給油活動を継続できなくするのである。そのことに思いが至らないところが病気だというなら、それはそうかもしれない。

しかし会見の終わりのほうで安倍総理はつい本音を漏らしている。TBSの記者の質問に対し、「新法で対応すると給油活動はいったん中断せざるを得なくなる。しかし自分は中断することはあってはならないと思うから、シドニーで職を賭して給油を継続させると言った。(新法で対応していったん給油活動が中断した)その時(辞任を)判断するよりも、今(辞任を)判断したほうが混乱を招かないで良いと思った」と言っている。
新法で対応しようとしているのは「党のほうだ」とも言っているから、安倍総理は「党のほう」の判断とは違う考えを持っていて、党のほうの方針に従えば11月に辞任を判断しなければならないが、それよりも前に今辞任したほうが混乱を招かないと言っているのである。

会見に立ち会っていた与謝野官房長官は飛び上がるほど驚いたに違いない。議院内閣制で党と内閣は一体であるのに、総理が「党の方針通りに辞任するよりも今辞めた方が良いと判断した」と発言したのである。これが国際社会に発信されたらどうなるか。
こうした場合は「病気」にするのが一般的な対応である。すぐさま官房長官は「病気も一因」とのコメントを出し、病気説をマスコミ関係者にバラまいた。

確かに安倍総理は参議院選挙惨敗後は「引くも地獄、進むも地獄」の毎日で、体調のすぐれない日々が続いただろう。しかし安倍総理の意思は病気で辞めるわけではない。だから入院もせずに辞任の記者会見をし、しかも病気であるとは一言も言わず、他の事を辞任の理由に挙げ、記者会見後も自分を総理に押し上げてくれた山本有二前金融担当大臣と会って普通の会話を交わしている。病気にしたいのは「殿、ご乱心」と思う周囲である。次の総理が決まるまで官邸に訪ねてくる「お友達」にいろいろ心情を吐露されても困る。入院は主なき官邸チームの一種の隠蔽工作である。

 何故日本の政治は安倍総理が職を賭して言おうとした「新法での対応で良いのか」という問題をクローズアップし、それを真剣に議論しようとしないのか。何故「病気」に逃げ込んで問題を隠蔽しようとするのか。
 国際社会はおそらく今回の辞任劇の異常さを理解できないだろうが、しかし国際社会の目はこの程度の工作に騙されるほどヤワではないと思う。そして国際社会は日本の政治メカニズムの脆弱性をこの辞任劇から鋭く見抜いてくると思う。

 我々も一時の国民的人気や、テレポリティックスに寄りかかって政治や政治家を判断することをやめ、今回の問題を深刻な日本の危機の現れと受け止め、政治をどう立ち直らせるかを長期的視点で考え直すべきだ。

自民党の終焉

 安倍総理の辞任の仕方は、言ってみれば突然テーブルをひっくり返したようなものだ。周りにいた人間はあっけにとられたが、黙って後片付けをするしかない。安倍総理にはよほど腹にすえかねることがあったのだろう。誰に対してあったかと言えば自民党に対してである。でなければこんな辞め方をするはずがない。

 突然の辞任で自民党は急遽総裁選びをやらざるを得なくなった。マスコミは麻生幹事長や福田康夫氏の名前をもっともらしく報じているが、ちょっと待てよと言いたくなる。マスコミはすでに自民党が小泉路線を全て消し去ろうと決めたと断定しているのか。

 去年の自民党総裁選挙は「麻垣康三」の戦いといわれた。麻生太郎、谷垣禎一、福田康夫、そして安倍晋三が競い合った。その中で小泉路線の継承者は安倍晋三ただ一人。その安倍氏が自民党の圧倒的多数に支持されて総裁に選ばれた。小泉路線は圧倒的多数に支持されたのである。ところが1年も経たないうちに安倍総理自らが権力を投げ出した。すると一瞬にして自民党は反小泉路線に変わるのだろうか。それで国民の支持を集められると思っているのだろうか。全く理解できない。

 今回の突然の総理の退陣は歴史上かつてない恥を世界にさらした。日本がまともな国家でないことを世界に発信した。その責任は本人だけでなく、現在の内閣、自民党執行部全体が負わなければならないのではないか。麻生幹事長が総裁選挙に出馬するなどもっての外だ。もし出馬をすれば政治家として世界中に恥をさらすことになる。政治家の責任とか品格と言うのはそういうものではない。
 福田康夫氏と谷垣禎一氏には出馬の資格があるが、麻生氏や与謝野氏に資格があるとは思えない。そして最大の注目点は小泉改革賛成派の候補が出てくるのか、出てくるとすれば誰が出てくるかだ。

 もし総裁選に小泉改革賛成派が出てこなければ、小泉前総理とそのグループは自民党に所属する気があるのかどうかが疑わしくなる。そうなると自民党は深刻な危機に陥る。一方、小泉支持派から候補が出るとすれば、まず名前が挙がるのは小池百合子氏だ。しかし彼女は先般の守屋事務次官更迭劇で失敗を重ねた。更迭したのは良いのだが、携帯電話で人事の話をしようとしたなど政治家としてはあるまじき発言をした。あの瞬間に総理にはなりえない資質の政治家であることが明白になった。安倍総理とあまりレベルは変わらない。総理をやらせたら同じように政権を投げ出す可能性がある。

 小泉陣営は誰を総裁選挙に出そうとするのだろうか。本命は小泉氏本人しかないのだが、自分から出ると言うわけにはいかない。言った瞬間にカリスマでなくなる。しかしただ黙って小泉改革路線が消し去られるのを見ているのだろうか。真剣に考えていると思う。そして決断までもう時間はない。

 自民党は危機を脱するために「永田町の変人」を総理に据え、その小泉氏は「自民党をぶっ壊す」と叫んで国民の喝采を浴びたが、小泉氏が選んだ後継者は本当に「自民党をぶっ壊す」ことだけを忠実にやり遂げた。

2007年9月12日

権力者になりきれなかった総理の不幸

 安倍総理が突然辞任を表明した。辞任を表明するのは本人の自由だが、国会を召集し、月曜日に所信表明を行い、それに対する各党の代表質問が行われる直前の辞意表明である。あまりに非常識という他ない。この総理は国会というところを、総理の責務を、いやそもそも政治というものを何だと思っているのだろうか。
 召集されたばかりの国会は中断されることになり、おそらく次の総理が決まるまで開く意味がなくなった。日本中が迷惑を蒙る。そのことが分かっているのだろうか。分かってやったとしたら、周囲のみんなを困らせてやろうと駄々っ子が考えるようなタイミングだった。何故こんなことが起きたのか。

 安倍総理が記者会見で述べた辞任の理由は、「テロとの戦いを継続させるために、自分が総理を辞任して局面の転換を図り、新たな総理の下で新法を推し進める方が良いのではないかと判断した」というものだった。そして自分では駄目だという理由を「本日、民主党の小沢代表に党首会談を申し入れたが断られた」と述べた。
 まるで理由にならない。テロとの戦いだけが国政ではない。そんなことを理由に辞めるなら総理は日本国民の事を何も考えていなかったということになる。さらに党首会談を断られたというのは言いがかりに過ぎない。交渉ごとが簡単にまとまるものなら誰にでも政治家が務まる。

 ただ私は記者会見の終わりのところで、安倍総理が「自衛隊の給油活動を中断されてはならないと考えて先般シドニーで『職を賭す』と言った。(テロ特措法の延長ではなく)新法で継続を図っていく考えが党のほうにありますが、新法ですと日程的に言って一時的に中断の可能性が高い。その時に判断するよりも、今判断をしたほうが、党が改めてスタートする上ではむしろその方が良いだろう。国民の皆様に対しましても混乱を招かないで良いだろうと判断した」と述べたところに注目した。

 「運命の168臨時国会(1)」でも書いたが、与党の中には国会にテロ特措法の延長ではなく給油活動継続の新法を提案し、それに民主党の主張も取り入れて民主党を揺さぶる材料にし、それでも反対の小沢代表と民主党の一部との間に楔を打ち込み、国会がもめて11月1日を過ぎても成立が図れなければ、いったんは自衛隊を撤退させ、他国から日本批判の声を出させ、その責任を民主党の小沢代表に負わせて民主党の分断を図る、そんなシナリオがあると私は見ていた。ところが安倍総理がシドニーで給油活動を継続できなければ自らが責任を取ると発言したので、それならば小沢代表より前に安倍総理が辞めなければならなくなる。それとも二人が相討ちになるシナリオがあるのかと書いた。

 安倍総理は辞任表明の記者会見で、新法だと11月に自分が辞めなければならなくなる事を認めている。さらに今辞めるよりもその方が国民を混乱させると述べている。この発言は何を意味しているのか。そのときには小沢代表を引きずりおろす政争が始まり、自分がその一方の当事者になることが予定されていることを知ったのではないか。安倍、小沢二人相討ちの「党のほう」のシナリオである。それに賛同できないので今辞任を決断したと言っているように聞こえる。「党のほう」と言えば麻生幹事長の事だ。

 今回の内閣改造人事は麻生幹事長主導の人事だった。それより先、参議院選挙の結果に関わらず安倍総理に続投を進言したのも麻生幹事長である。それは安倍総理のためと言うより自分が次を狙うためだった。そして麻生幹事長は安倍総理を次第に小泉政治の継承者から引き離していこうとしている。小泉改革路線は急速に影を薄め、安倍氏は麻生、与謝野ラインの上に乗らざるを得なくなった。自分は単なるシャッポに過ぎないことに気づかされた。
 もう一人、選挙の結果に関わらず続投を勧めていたのは小泉前総理である。しかしこちらも総理の後継者として小池百合子氏を育て上げようとしている。そのために時間が必要で、そのために自分に続投を勧めている。

 1年前には自民党全体が自分を支持し、歓呼の声で総理の座についたはずなのに、気がついてみると周囲には誰も自分を支える人間がいなくなった。しかもこれからは小泉前総理と麻生幹事長との間で熾烈なる路線闘争が始まろうとしている。とても自分には耐えられない。そんな思いが連日心の中に去来していたのではないか。自民党が参議院選挙に勝つために促成栽培された「戦う政治家」は、「孤独」になれない、「ワル」にもなれない、権力者にはなりきれない人間だった。

 それにしても権力者には不向きな人間を小泉前総理は後継者に選んだ。その任命責任は非常に重い。それとも「自民党をぶっ壊す」と叫んだ人だから、狙い通りの人事だったと言うことか。

運命の168臨時国会(2)

 今国会で日本の政治が未体験ゾーンに入った事を象徴的に示すのが参議院先議の議員立法と国政調査権の活用だと思う。いずれもこれまでは問題にもされてこなかったが、これからはそれが変わる。
まず民主党は今国会で「年金保険料流用禁止法案」、「政治資金規正法改正案」、「イラク特措法廃止法案」の三つを参議院に提出して可決させ衆議院に送ろうとしている。

 年金保険料を巡ってはこれまで有り余るほどの不祥事が明らかにされてきた。中でも年金受給者の保養施設「グリーンピア」建設に多額の保険料が使われ、事業に失敗すると二束三文で地方自治体に売却された事例や、社会保険庁職員用にゴルフ道具やマッサージ機器を購入していた事例は「無駄遣い」として何度もテレビで放送された。おそらく知らない国民はいないだろう。
 ところが前の通常国会では年金保険料を恒久的に年金教育・広報・相談などの事業や年金事務費に充てることの出来る法律が与党の圧倒的多数によって成立した。これに対して民主党は年金保険料の使い道を年金給付のみにして、事業にかかる費用は税金で負担する法案を今国会に提出し、前国会で成立した法律を変更しようとしている。

 財政が逼迫する中、年金に関わる事業を税金でまかなうことの是非が論じられることになるだろう。税金でまかなう考えは「大きな政府」につながりかねないが、一方で税金となると国会が厳しく監視できるようになり透明性は増すことになる。どちらを選ぶのか。与党は前の国会で決めたことを押し通すか、参議院選挙の敗北を理由に民主党の考えに歩み寄るか、それでは民主党を勢いづかせるだけだと考えるのか、難しい判断を迫られることになる。そしてその判断は直接に次の衆議院選挙に影響を与える。

 「政治資金規正法改正案」に対しても国民の関心は高い。「政治とカネ」の問題は日本に限らず民主主義国家全体が抱える普遍的なテーマだが、なぜかここにきて事務所費問題、帳簿の記載ミス、領収書の多重計上など政治資金を巡るずさんな実態が日替わりで集中的に暴露されている。

 本来政治資金は政治家が自らの政治信念や実績を示して支持者から集めるものである。アメリカでは資金を集める能力こそが政治家の力量と考えられ、政治資金を集められない政治家は選挙に立候補することすら出来ない。しかしこの国では政治家が政治資金を個人で集めるところに問題があると考えられ、政治資金の一部を国民の税金でまかなうことになった。とは言っても政治家個人が国から政治資金を貰うわけにはいかない。

 そこでフィクションが必要になる。あくまでも国民に対する広報活動や政策能力を充実させるためという名目で政党に対して税金が配分されることになった。それが政党助成金である。国民一人当たり250円、およそ300億円余りが毎年各政党に配分されるが、それぞれの金額は所属国会議員の数に応じているのだから意図は見えている。
 受け取る政治家の方にもフィクションが必要だ。個人が受け取るわけにはいかないので政党支部が日本中にいたるところに作られた。その結果、政治家は自らの資金管理団体と複数の政党支部を併せ持つようになり、経理処理も煩雑だが、同時にそれらの間を資金移動させることで様々なごまかしが出来るようになった。そのツケが今噴き出しているのである。いずれにしても政治資金を集める能力のない哀れな政治家たちの「せこい」実態が日々暴露されていることになる。

 前の通常国会で与党は政治資金収支報告書に添付する領収書を5万円以上とする政治資金規正法改正案を強行可決した。これに対して民主党は今国会で「1円以上の支出には全て領収書の添付を義務付ける」という内容の法案を提出する構えである。前国会で決まった法律の全面改正である。この法案には公明党も同調すると見られており、これが参議院で可決されて衆議院に回ったとき、自民党がどのような対応を見せるかが注目される。しかも法案審議の最中に新たな不祥事が露見する可能性もある。こうした時の与党の防衛策として、与党の不祥事を吹き飛ばすような野党の大スキャンダル暴露もありうるので、それも頭に入れておかなければならない。

 そして最も注目されるのが国政調査権の活用である。国政調査権は憲法に規定された衆参両院の機能で、証人喚問や官庁に対する記録の請求が出来る。参議院が野党の天下になったことで、初めて野党による国政調査権が行使されることになる。
 前の通常国会で最大の焦点だった年金の記録問題で、厚生労働省は野党の資料請求や現地調査要求をほとんど受け入れようとはしなかった。しかし今国会からはそうはいかない。伏魔殿の中から年金の新事実が次々に明らかにされる事になる。
 さらに国政調査権は今国会の焦点である自衛隊の海上給油活動や政治とカネの問題などでも威力を発揮する可能性がある。

 ただし憲法に基づいて参議院が国政調査権を発動しても、百年以上の長きにわたって国家を支配してきた霞が関の官僚機構が、そうやすやすと要求に応じるとも思えない。知恵の限りを尽くし抵抗することが予想される。なにしろ情報の独占は官僚が権力を維持するための拠り所だから、情報を出すにしても意図的な出し方をして操作する可能性がある。どういう出し方をしてくるか、そこを国民は徹底注目していかなければならない。

 国民の税金を使って集めた情報は官僚や役所のものではない。国民のものである。必ず国民に還元されなければならない。中には国家の安寧秩序のためすぐには出せない情報もある。しかしそうした情報でも時間が経てば必ず国民に公開する。それが国民主権であり、民主主義の基本である。
 日本の民主主義がひ弱なのはその点だ。情報を官僚に独占され政治家もろくな情報を与えられていない。だから国家の方針を決めるのは霞が関の官僚で、政治家はその振り付けで踊っているだけになる。

 例えば先進民主主義国家の議会には必ず「秘密会」がある。重要な外交や安全保障の方針を決めるとき、外国に知られては困る機密情報を基に議論しなければならない。議会制民主主義の国ならば与野党の議員がその議論に参加する。そこに「秘密会」の必要性が生じる。議員には守秘義務が課せられ、漏らせば処罰されるから議員の地位も失うことになる。アメリカ議会を見ていると、「ここから先は秘密会でないと話せない」という言い方がしばしばある。「秘密会」は国民に秘密にしているようで実は国民の代表である与野党の議員が参加しているから、民主主義の基本に反しない。

 ところがわが国の国会には「秘密会」がない。ということは与野党の間で機密情報を含めた外交方針の議論や安全保障の議論をしていないことになる。それらの議論は実は霞が関の官僚と内閣の中だけで行われ、方針が決まった後で、方針の通りになるような情報だけが政治家に提供される。そして国会では形だけの議論が行われてきた。何故「秘密会」がないのかを外務省高官に聞いた事がある。冷戦の時代に旧ソ連や中国、北朝鮮と直結する野党があったので、情報を政治家に提供する訳にいかなかったとその高官は言った。だから冷戦の時代には政権交代もありえなかった。
 しかし冷戦は終わり、政権交代も現実味を帯びてきた。にもかかわらず「秘密会」のない国会が続いていることは民主主義国家としてとてもおかしい。

 国政調査権の発動によって霞が関がひた隠しにしてきた情報を政治の世界に取り戻し、それを契機に国会に「秘密会」を設置することを与野党が協力して行い、さらにはスウェーデンのように官僚の不正を監視するオンブズマンを国会が雇うことができれば、日本政治もいくらか成長することが出来ると思う。

 168臨時国会をそうしたことの契機になる国会にしてほしい。安倍総理の総理としての運命ばかりが注目されているが、私にはこの国会で日本政治の「民主主義」という扉を運命がたたくのではないかという気がする。

2007年9月10日

運命の168臨時国会(1)

 10日に召集された168臨時国会で日本政治はいよいよ未体験ゾーンに突入することになった。衆参ねじれ国会の始まりである。
 ねじれ現象そのものは過去にもあり、1989年の参議院選挙で自民党が惨敗した直後の臨時国会では衆議院が海部自民党総裁を首班指名したのに対して参議院は土井社会党委員長を指名した。1998年の参議院選挙で自民党が敗れた時には衆議院の小渕自民党総裁に対して参議院が菅民主党代表を首班指名した。しかし過去のねじれは本番前のリハーサルのようなもので、今回のねじれとは質が異なる。

 これまでは野党が参議院の過半数を占めても、最も数の多い第一党はやはり自民党で、議長は勿論のこと委員長も自民党が要所を固めていた。野党は多数であっても思い通りの国会運営は出来なかった。ところが今回は民主党が参議院の第一党に躍り出た。これまでとは天と地ほどの違いである。議長も主要な委員長ポストもすべて民主党が獲得して参議院はまさに野党の天下となった。

 野党の手に落ちたのは二院のうちの一つだけだと思われるかもしれないが、日本の二院制はそうではない。事の是非はともかくとして参議院を支配すると政治全体をコントロール出来る仕組みが日本にはある。だからこれまで参議院議長や与党の参院会長が「天皇」と呼ばれて総理以上の権勢を誇ってきた。その「天皇」の座を野党に奪われたのだから政府・与党にとって事態は深刻である。法案が通らなくなるだけではない。衆議院優位とされている予算だって執行できなくなる。

 さらに野党第一党を率いているのがかつて自民党幹事長を務めていた小沢一郎氏であることがその深刻さに上乗せされる。
 1989年の参議院選挙で多数となった野党は、選挙戦を左右したのが消費税に対する国民の反発だったと見て、社会・公明・民社の共同で消費税廃止法案を国会に提出した。そのときこれに相対したのが自民党の小沢幹事長である。自民党は野党に対抗して消費税見直し法案を国会に提出した。結果として廃止法案は参議院で可決されたが衆議院で否決、一方の見直し法案は衆議院で可決されたが参議院で否決されて相討ちとなった。

 衆参ねじれ国会がいかなるものか、その中での与野党攻防がいかなるものかを小沢氏は既に政権与党の側から知り尽くしている。小沢氏が自民党幹事長の頃、麻生幹事長は3回生議員で自民党の文教部会長、与謝野官房長官は4回生議員で議院運営委員会の筆頭理事を務めていた。安倍総理は外務大臣秘書官として政治修行を重ねていた頃で国会議員にもなってはいない。そう見てくると現在の政府・与党執行部の中でねじれ国会での攻防戦を肌身で知っているのは与謝野官房長官だけということになる。与謝野氏にしてみても手の内を知られている小沢氏が相手では何かとやりにくいに違いない。この窮地を脱するのにどうするか。小沢氏を潰すか、味方につけるかして無力化するしかない。

 安倍政権にとって今国会の最重要課題は11月1日で期限の切れるテロ特措法を延長させる事である。この法律を基に行われているインド洋での海上自衛隊による外国艦船への給油活動について、民主党の小沢代表は憲法上許される行為ではないとして再三反対の意思を表明してきた。

 国会召集前日の9日、オーストラリアのシドニーで記者会見した安部総理は、特措法の延長案かあるいは給油活動を継続する新たな法案が成立しなければ、「退陣も辞さず」の考えを表明して自らの退路を断った。給油活動の継続が出来なければどのみち安倍総理は総辞職に追い込まれる状況にあったので驚くにはあたらないのだが、それよりも与党の中にはもともとテロ特措法の延長は無理だとの判断があり、表向きは延長を主張するが実際には延長できなくなるようにして、その責任をすべて民主党の小沢代表に負わせようとするシナリオが進行していると思っていたので、安倍総理の発言とそのこととの兼ね合いを改めて考え直さなければならなくなった。

 私の見方は次のようなものである。特措法の延長を本気で考えるならば、参議院選挙後直ちに内閣改造を行い、速やかに臨時国会を開くのが常識である。そうしなければ11月1日という期限のある特措法案を通す事はできない。ところが政府・与党は改造時期を8月末に先延ばししてわざわざ1ヶ月の政治空白を作り、臨時国会の召集も9月中旬に先延ばしした。これは延長法案を本気で通す気がない証拠である。一方で小池百合子前防衛大臣や安倍総理が海外を回り、アメリカ政府要人やパキスタン大統領など関係各国要人に「給油活動の継続」を約束して、これもわざわざ「国際公約」にした。そこから浮かび上がるのは次のようなシナリオである。

 臨時国会で政府・与党はテロ特措法の延長案ではなくインド洋での給油活動を継続するための新法を提出し、そこに民主党の主張も取り入れて民主党内の反小沢グループを揺さぶる材料にする。しかし小沢代表の考えは原理主義的反対論であるから妥協することなく反対を貫く。国会は大もめにもめる。もめているうちに11月1日の期限が切れてついに海上自衛隊はインド洋から引き上げることになる。そうなるとアメリカをはじめとする各国から日本批判が起こる。国際的な信頼を失うとして民主党の中からも小沢批判の声が巻き起こる。民主党がそれによって分断されればシナリオは成功である。小沢代表から参議院第一党足りうる数さえ奪えれば、今の政府・与党に怖いものはなくなる。インド洋の給油活動はその後臨時国会を延長するか、来年の通常国会で新法を成立させて復活する。

 そうしたシナリオを頭の片隅に置きながら臨時国会の展開を眺めようと思っていたときに安倍総理が「退陣の覚悟」を表明した。シナリオと総理の覚悟との関係はどうなるか。一時的にでも海上自衛隊が引き上げることになれば安倍総理はその時点で退陣せざるを得なくなる。それでは小沢代表よりも先に安倍総理が責任を取ることになり、小沢代表に全ての責任を負わせるシナリオにはならない。それとも安倍総理と小沢代表が相討ちになる別のシナリオが用意されているということか。もう一度考え直す必要が出てきた。

 いずれにしてもこの問題では政略的な議論ではなく、真っ向からの堂々とした議論が展開されることを望みたい。これはまさに「戦後レジームからの脱却」をめぐる議論そのものである。アメリカの核の傘の下で一国平和主義を享受し、ひたすら金儲けに走ってきた国が、冷戦の崩壊と共に試練に立たされている。湾岸戦争で1兆円を上回る資金を提供しながら国際的には評価されず、政・官・業が癒着した社会主義的経済構造も綻びが著しい。自衛隊はアメリカ軍のパーツと化して自立できず、既得権益に胡坐をかいた連中の腐敗は官民を問わず凄まじい。そうした中でわが国の安全保障をどうするか、とことん議論してもらいたい。

 湾岸戦争で日本が馬鹿にされたのは、8月はじめに湾岸危機が起きたのに、国会を召集したのが10月になってからで、それまでは各国の出方を見ながら当時の橋本龍太郎大蔵大臣がひたすらアメリカの財務長官に「いくら資金を提供すれば良いか」と打診を続けたためである。決して自衛隊を出さなかったから馬鹿にされた訳ではない。なぜ中東の石油に頼っている日本が自らの問題として湾岸危機を考えないのか、なぜ国会を開いて議論をしないのか、なぜ国民に考えさせようとしないのか。当時のアメリカ議会の日本に関する議論はそうしたものだった。そして日本はやはり自立した民主主義国家ではないというのが結論だった。

 国会で日本の国益とは何かを踏まえながら国際貢献のあり方を議論すれば、いかなる結論になろうともどの国も文句は言えない。それは民主主義国家の基本である。外国の目を意識したり、外国におもねる議員は侮蔑の対象になる。それも民主主義国家の基本である。湾岸戦争時に比べて日本の民主主義が成長したと思われる議論を是非展開してもらいたいものである。

2007年9月 2日

いよいよ政治の季節が始まる

 猛暑の8月は政治空白の8月でもあった。7月29日の参議院選挙大敗を受けて安倍総理が選択した道は内閣改造による「人心一新」だが、その改造は8月末まで行われず、なんとも緊張感のない政治状況が続くことになった。大敗であったが故に冷却期間を置く必要があると考えたのかもしれないが、であるならば閣僚の不祥事や年金問題に速やかに手を打たずに対応を先延ばしにしてきたことが選挙敗北の一因であることを忘れている。この政権は強行採決を連続したことに見られるように、攻めるときは一瀉千里に突き進む若さを見せるが、守りに入ると途端に優柔不断になり動きが鈍るのである。

 空白期間があったがために8月は人事をめぐる雑音がさんざん飛び交った。そのような時間が長ければ長いほど思い切った人事はやりにくくなる。結果は挙党体制に若干の比重を置きながら安倍カラーの存続にも未練を残すという、無難といえば無難、中途半端といえば中途半端な人事となった。あれほどの大敗は政治的死に匹敵するのだから、死んだ気になって自分の全身全霊を賭けた人事を行えば、その迫力が国民にも伝わるのではないかと思っていたが、そうはならなかった。

 改造後の世論調査ではおしなべて10ポイントほど支持率は回復したが、一方で不支持が高い水準に留まっている状況も変わりない。旧来の自民党支持者を「安心」させて取り戻すことには成功したが、無党派層の支持を回復するまでには至っていないと考えられる。要するに小泉以前の自民党の状況に戻ったということだ。
 
 しかし今回の人事を「無難」と表現したが、それは表向きの話で、底流では自民党内のパワーポイントが大きくシフトしたと思っている。

 「権力者になりきれない総理が小泉政治に決別か」でも書いたが、今回の人事は見れば見るほど麻生幹事長の影響力を感じさせ、一方で小泉前総理の影をほとんど感じない。挙党体制と言って派閥の領袖クラスを6人も重用したが、その内実には挙党体制と言いがたいものがある。出身派閥の町村派では「福田康夫、谷垣禎一、古賀誠を入閣させろ」と言っていた森名誉会長が面子をつぶされ、官房長官になれると思っていた町村会長も最大派閥でありながらたった一人の入閣で面子をつぶされた。口には出せないが大いに不満に違いない。不満を直接口に出しているのは古賀派会長の古賀誠氏だ。谷垣派と提携して反安倍包囲網を形成する可能性がある。そして参議院で入閣できなかった矢野哲郎氏を推した青木幹雄前参院議員会長はどう思っているのだろうか。会長を辞任したとはいえ参議院の実力者であることに変わりはない。今回の人事はこうした人たちの気持ちを逆なでした。

 中でも不気味に静かなのは小泉前総理を支持する面々である。小泉チルドレンは「選挙に専念せよ」との理由で役職から締め出され、次の選挙の公認問題でも優遇されるはずがなくなった。平沼赳夫氏が復党する流れも出来た。あの日本中を熱狂させた郵政選挙の意義と功績は日に日に薄れていくのである。

 小泉前総理の戦略は自民党と民主党をそれぞれ分断して政界再編を起こすことであった。そうしないと小沢代表の民主党に政権を奪われ、自民党は半永久的に野党に転落する可能性がある。その前に小沢代表を無力化し、小泉前総理の力で政界再編を行い、今とは異なる形の二大政党制を実現する。そのためにはこの臨時国会で小沢代表を挑発し、テロ特措法案を廃案に追い込ませ、その責任を追及することで民主党内での反小沢グループと手を握る。そうしたシナリオを考えていたと思われるが、与謝野官房長官や高村防衛大臣はそんなトリッキーな事は考えていないようだ。

 麻生幹事長、与謝野官房長官に支えられた安部総理は小泉政治の継承者であることを限りなく薄められていくと思う。そしてそれはかつて小泉総理が議員辞職に追い込んだ中曽根元総理の政治に近づくことを意味する。そのとき政権の生みの親である小泉前総理はどうするのであろうか。自民党の「挙党体制」にはこれから注目していかなければならない見所がいくつもあるである。

 一方、自民党の改造人事を受けた形で8月30日に民主党も党役員の人事を行った。こちらは安倍総理とは対照的に小沢代表が一人で人事案を作成したようだ。菅代表代行や鳩山幹事長に相談した形跡はない。当たり前の話だが人事とはそういうものである。
 
 ポイントは自民党と同様に挙党体制が図れたかどうかだが、参議院から直嶋正行氏を政調会長に、反小沢派と見られていた前原誠司氏と野田佳彦氏をそれぞれ副代表と広報委員長に充てる人事を行った。選挙に大勝したこともあるが、小沢代表の求心力は健在で民主党の挙党体制は一応出来上がったということが出来る。

 民主党の人事の中で私が最も注目したのは、国対委員長と議院運営委員長の人事である。小沢代表はそのポストに山岡賢治氏と西岡武夫氏を充てた。最も信頼する腹心を配したのである。ここに国会を制する者が政治を制するという思想が見える。議会制民主主義政治であるならば当たり前のことなのだが、その事を理解する人が少ない。政策に強いことが政治家の能力だと考え、国会の舞台裏での交渉ごとを汚れ役の世界と見ている人も多い。しかし実はそこにこそ政治のダイナミックスがあるのである。与野党がせめぎ合う世界を牛耳ることで最高権力者をコントロールすることも出来る。だからかつて闇将軍と呼ばれた田中角栄氏は議院運営委員長と国対委員長ポストだけは決して他の派閥に譲ることをしなかった。今回小沢代表はそれを実践した。次の国会に賭ける意気込みを読み取ることが出来る。

 その点について言えば安倍総理の人事にそうした部分が抜けているのが気になる。議院運営委員長はこれまでが谷垣派の逢沢一郎氏、今回が津島派の笹川尭氏である。二人とも腹心とは言いがたい。それどころか反安倍派になる可能性もある。国対委員長は大島理森氏という大物を起用したが、この人も腹心とは言えない。これから内閣の命運をかけた国会が始まろうとするとき、他人任せの国会運営で安心出来るのだろうか。他人事ながら心配になってしまう。

 これから始まる国会は、これまでの日本政治が経験したことのない国会になる。与野党が衆議院と参議院とでねじれたことは過去にもあるが、政権交代の可能性がこれ程間近になった中での国会は初めてだ。国会運営の一つ一つ、与野党の議論の一つ一つが政治の行方に大きく影響することになる。各議員はかつて経験したことがないほどの緊張感を持って国会に臨んでもらいたい。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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