権力者になりきれない総理が小泉政治と決別か
7月の参議院選挙で国民に「ノー」を突きつけられた安倍総理にとって権力者として選ぶべき道は二つあった。いったん退陣をして捲土重来を期す道と、あくまでも権力の座に居続けて人心の一新をはかり失地回復をする方法である。若い安倍総理には「再チャレンジ」の方がふさわしいと思ったが、安倍総理はその道を選ばなかった。「人心を一新せよというのが国民の声だ」と内閣改造・党役員人事による政権維持の方針を明らかにした。
人事は最高の権力行為である。人事によって人は権力にひれ伏すか、離反するかに分かれる。人事を誤れば権力は崩壊し、人事に成功すれば権力は回復される。そして人事には権力者の置かれた状況や資質が否応なく現れる。
それでは27日に行われた内閣改造・党役員人事に安倍総理のどのような状況と資質が現れているのか。
まずは党三役人事だが幹事長に麻生太郎氏を起用した。去年の総理就任時にやろうとした人事案を今回やっと実現した。前回は森元総理に相談するという権力者としてやってはならないことをやったために中川秀直氏を押し付けられた。その話が外に漏れなければまだ良かったが、外に漏れて新聞・テレビをにぎわせた。最高権力者の人事権を疑わせる話である。相手が元総理だろうが誰だろうが人事の要の話を外に漏らす者を決して許してはならない。そうしなければ権力は維持できない。しかし安倍総理はこの問題で何のけじめもつけることが出来なかった。安倍総理には権力者としての資質に致命的な問題がある事を感じさせた。
今回の麻生幹事長誕生の経緯にもやはり疑問がある。安倍総理が参議院選挙の開票当日に麻生氏と密かに会い、その後も何度か密談しているという話が組閣前にやたら流れた。麻生氏を幹事長に起用しないならばそれでも良い。しかしそうでなければそれは表に出してはならない話だ。安倍総理が麻生氏の助けなしには政局運営が出来ないことを印象付けてしまうからだ。おそらくこれからは何をやっても安倍総理の後ろには麻生幹事長が居るという話になる。安倍総理はいつまでも独り立ちが出来ない総理になってしまう。
そして政調会長に石原伸晃氏を起用したことも問題だ。石原氏が仕事の出来ない政治家であることは党内では周知の事実である。その石原氏を閣僚に抜擢したのは小泉総理だが、それは総理の座を狙う石原慎太郎東京都知事の存在があったからだ。小泉総理にとって石原伸晃氏はライバルをけん制するための人質だった。行革担当大臣としても国土交通大臣としても永田町での評価は低かったが小泉総理は使い続けた。しかし今では石原東京都知事が総理の座を狙う可能性は限りなく低い。にもかかわらず石原氏を今回も重用したことに党内は納得するのだろうか。参議院選挙惨敗の責任、特に東京選挙区で保坂三蔵氏を落選させたことに対する不満が底流では渦巻いているはずだ。この人事も気楽に相談できる人物を周囲に置きたかったというだけのことにしか思えない。
権力者は孤独でなければならない。政敵は権力者の胸中を知るためにありとあらゆる手段を弄する。秘書はおろか家族にまで蝕手を伸ばしてくる。だから権力者は自分の家族にすら本音は語らない。かつて「田中角栄には口が六つある」と言われていた。田中の側近を自認する人間が6人いたという意味だ。だから政敵はこの6人から田中の考えを探ろうとするが、田中は6人に全部違う話をしていて、6人を取材しても結局田中の真意は分からないようになっていた。そうさせるのが権力の世界である。だから相談相手がいないと耐えられない人物は権力者にはなりえない。
注目された閣僚人事は「いつか見た人たち」が勢ぞろいする懐メロ組閣で、とても人心一新とは言いがたく、論評する気にならないものであった。
むしろ組閣より興味深かったのは小池前防衛大臣の一連の行動である。メディアは特異な女性の特異な行動と報じているが、私はそうは思わない。実はこちらの方にこそ本当の人事抗争があったと見る。まず振り返って久間防衛大臣の後任に何故小池氏が選ばれたのか、誰が推したのかから考えなければならない。
久間大臣は沖縄の普天間基地の移設問題で公然とアメリカを批判し、沖縄現地寄りの発言を繰り返していた。イージス艦の機密情報漏洩問題では全く責任を取ろうとはしなかった。いずれもアメリカから見れば面白くない対応である。しかし安倍総理は久間大臣を辞めさせようとはしなかった。「原爆しょうがない」発言が問題になった時、当初は安倍総理も本人も辞めることを考えていなかった。しかし参議院選挙への影響を心配した青木幹雄参議院議員会長が辞任を促し、本人も辞任を了承した。そこから小池防衛大臣の就任までは本当にあっという間だった。町村派の会長も知らないうちの速攻人事である。誰が初の女性防衛大臣を考え、内閣に押し込んだのか。私は小泉前総理の見えざる手を感じる。
その瞬間から守屋事務次官の更迭、小池氏の将来の総理候補としてのアメリカでのお披露目、参議院選挙後の改造人事での官房長官か外務大臣での入閣などのシナリオが動き出した。安倍総理に次ぐ総理候補者の促成栽培である。小池氏が何の後ろ盾もなくこれらのことをやれるとは思えない。たかだか沖縄・北方担当大臣と環境大臣を経験しただけの政治家に過ぎない。「防衛省の天皇」を一人で更迭できるはずもなければ、アメリカ政府が総出で歓迎するはずもない。小泉前総理の後ろ盾があったからこそこれらのシナリオ通りに演じて、終始強気に事を進めることが出来た。
しかしこれは安倍総理と麻生外務大臣にとっては面白いはずがない。安倍総理にすれば小泉前総理が自分を切り捨てて小池大臣を次の総理に担ごうとしているように見える。安倍総理の次を自認している麻生氏にとっても小池大臣の振る舞いは許せない。防衛大臣でしかない小池氏が訪米をして自分のカウンターパートであるライス国務長官と同格であるかの発言をする。チェイニー副大統領までが会談に応じる。まるで外務大臣の自分以上の振る舞いである。小池大臣に対する反発が麻生氏と安倍総理の関係をさらに密なるものにした。
小池氏は守屋事務次官を更迭した後、防衛大臣に留任する気はさらさらなかったと思う。おそらく官房長官を狙っていた。それが駄目なら外務大臣だ。今でも小泉前総理の忠実な部下である武部元幹事長は、安倍総理に対して「暴れ馬を入閣させろ」と要請したが、小池百合子という「暴れ馬」を入閣させて使いこなす度胸は安倍総理になかった。「暴れ馬」を閣内に入れれば自分の身が危うくなる。それに参議院選挙惨敗の原因は自分のせいではない。小泉改革の負の遺産のせいだ。地方の反乱は小泉改革の結果だ。安倍総理は小泉前総理との距離をとらなければならないと思いはじめていた。そこで小泉前総理を後ろ盾にした小池氏の入閣を拒否した。
今回の人事のコアの部分を表現したのは麻生幹事長のこの一言である。「自民党をぶっ壊すという人をみんなで選んでしまった。ぶっ壊れた自民党を再生するのが我々の役目だ」。
小泉前総理が作り上げた安倍政権は今小泉政治からの脱皮を図りつつある。そして小泉前総理の側も今回の改造人事に介入することをやめた。「安倍カラー」も薄れたが、「小泉カラー」も薄れる人事だった。町村外務大臣、高村防衛大臣、与謝野官房長官、額賀財務大臣などの顔ぶれを見ると外交政策も財政政策も小泉時代とは異なる路線が動き始めようとしている。
小池前防衛大臣は退任時の記者会見で「I Shall Return」と宣言したが、今回思い通りにならなかったシナリオライターは次にどのような展開を考えるのか。
表では挙党体制と言いながら、水面下では政界再編も見据えた動きが始まっているのである。


