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2007年8月28日

権力者になりきれない総理が小泉政治と決別か

 7月の参議院選挙で国民に「ノー」を突きつけられた安倍総理にとって権力者として選ぶべき道は二つあった。いったん退陣をして捲土重来を期す道と、あくまでも権力の座に居続けて人心の一新をはかり失地回復をする方法である。若い安倍総理には「再チャレンジ」の方がふさわしいと思ったが、安倍総理はその道を選ばなかった。「人心を一新せよというのが国民の声だ」と内閣改造・党役員人事による政権維持の方針を明らかにした。

 人事は最高の権力行為である。人事によって人は権力にひれ伏すか、離反するかに分かれる。人事を誤れば権力は崩壊し、人事に成功すれば権力は回復される。そして人事には権力者の置かれた状況や資質が否応なく現れる。
 
 それでは27日に行われた内閣改造・党役員人事に安倍総理のどのような状況と資質が現れているのか。

 まずは党三役人事だが幹事長に麻生太郎氏を起用した。去年の総理就任時にやろうとした人事案を今回やっと実現した。前回は森元総理に相談するという権力者としてやってはならないことをやったために中川秀直氏を押し付けられた。その話が外に漏れなければまだ良かったが、外に漏れて新聞・テレビをにぎわせた。最高権力者の人事権を疑わせる話である。相手が元総理だろうが誰だろうが人事の要の話を外に漏らす者を決して許してはならない。そうしなければ権力は維持できない。しかし安倍総理はこの問題で何のけじめもつけることが出来なかった。安倍総理には権力者としての資質に致命的な問題がある事を感じさせた。

今回の麻生幹事長誕生の経緯にもやはり疑問がある。安倍総理が参議院選挙の開票当日に麻生氏と密かに会い、その後も何度か密談しているという話が組閣前にやたら流れた。麻生氏を幹事長に起用しないならばそれでも良い。しかしそうでなければそれは表に出してはならない話だ。安倍総理が麻生氏の助けなしには政局運営が出来ないことを印象付けてしまうからだ。おそらくこれからは何をやっても安倍総理の後ろには麻生幹事長が居るという話になる。安倍総理はいつまでも独り立ちが出来ない総理になってしまう。

そして政調会長に石原伸晃氏を起用したことも問題だ。石原氏が仕事の出来ない政治家であることは党内では周知の事実である。その石原氏を閣僚に抜擢したのは小泉総理だが、それは総理の座を狙う石原慎太郎東京都知事の存在があったからだ。小泉総理にとって石原伸晃氏はライバルをけん制するための人質だった。行革担当大臣としても国土交通大臣としても永田町での評価は低かったが小泉総理は使い続けた。しかし今では石原東京都知事が総理の座を狙う可能性は限りなく低い。にもかかわらず石原氏を今回も重用したことに党内は納得するのだろうか。参議院選挙惨敗の責任、特に東京選挙区で保坂三蔵氏を落選させたことに対する不満が底流では渦巻いているはずだ。この人事も気楽に相談できる人物を周囲に置きたかったというだけのことにしか思えない。

権力者は孤独でなければならない。政敵は権力者の胸中を知るためにありとあらゆる手段を弄する。秘書はおろか家族にまで蝕手を伸ばしてくる。だから権力者は自分の家族にすら本音は語らない。かつて「田中角栄には口が六つある」と言われていた。田中の側近を自認する人間が6人いたという意味だ。だから政敵はこの6人から田中の考えを探ろうとするが、田中は6人に全部違う話をしていて、6人を取材しても結局田中の真意は分からないようになっていた。そうさせるのが権力の世界である。だから相談相手がいないと耐えられない人物は権力者にはなりえない。

 注目された閣僚人事は「いつか見た人たち」が勢ぞろいする懐メロ組閣で、とても人心一新とは言いがたく、論評する気にならないものであった。
 
 むしろ組閣より興味深かったのは小池前防衛大臣の一連の行動である。メディアは特異な女性の特異な行動と報じているが、私はそうは思わない。実はこちらの方にこそ本当の人事抗争があったと見る。まず振り返って久間防衛大臣の後任に何故小池氏が選ばれたのか、誰が推したのかから考えなければならない。

 久間大臣は沖縄の普天間基地の移設問題で公然とアメリカを批判し、沖縄現地寄りの発言を繰り返していた。イージス艦の機密情報漏洩問題では全く責任を取ろうとはしなかった。いずれもアメリカから見れば面白くない対応である。しかし安倍総理は久間大臣を辞めさせようとはしなかった。「原爆しょうがない」発言が問題になった時、当初は安倍総理も本人も辞めることを考えていなかった。しかし参議院選挙への影響を心配した青木幹雄参議院議員会長が辞任を促し、本人も辞任を了承した。そこから小池防衛大臣の就任までは本当にあっという間だった。町村派の会長も知らないうちの速攻人事である。誰が初の女性防衛大臣を考え、内閣に押し込んだのか。私は小泉前総理の見えざる手を感じる。

 その瞬間から守屋事務次官の更迭、小池氏の将来の総理候補としてのアメリカでのお披露目、参議院選挙後の改造人事での官房長官か外務大臣での入閣などのシナリオが動き出した。安倍総理に次ぐ総理候補者の促成栽培である。小池氏が何の後ろ盾もなくこれらのことをやれるとは思えない。たかだか沖縄・北方担当大臣と環境大臣を経験しただけの政治家に過ぎない。「防衛省の天皇」を一人で更迭できるはずもなければ、アメリカ政府が総出で歓迎するはずもない。小泉前総理の後ろ盾があったからこそこれらのシナリオ通りに演じて、終始強気に事を進めることが出来た。

 しかしこれは安倍総理と麻生外務大臣にとっては面白いはずがない。安倍総理にすれば小泉前総理が自分を切り捨てて小池大臣を次の総理に担ごうとしているように見える。安倍総理の次を自認している麻生氏にとっても小池大臣の振る舞いは許せない。防衛大臣でしかない小池氏が訪米をして自分のカウンターパートであるライス国務長官と同格であるかの発言をする。チェイニー副大統領までが会談に応じる。まるで外務大臣の自分以上の振る舞いである。小池大臣に対する反発が麻生氏と安倍総理の関係をさらに密なるものにした。

 小池氏は守屋事務次官を更迭した後、防衛大臣に留任する気はさらさらなかったと思う。おそらく官房長官を狙っていた。それが駄目なら外務大臣だ。今でも小泉前総理の忠実な部下である武部元幹事長は、安倍総理に対して「暴れ馬を入閣させろ」と要請したが、小池百合子という「暴れ馬」を入閣させて使いこなす度胸は安倍総理になかった。「暴れ馬」を閣内に入れれば自分の身が危うくなる。それに参議院選挙惨敗の原因は自分のせいではない。小泉改革の負の遺産のせいだ。地方の反乱は小泉改革の結果だ。安倍総理は小泉前総理との距離をとらなければならないと思いはじめていた。そこで小泉前総理を後ろ盾にした小池氏の入閣を拒否した。

 今回の人事のコアの部分を表現したのは麻生幹事長のこの一言である。「自民党をぶっ壊すという人をみんなで選んでしまった。ぶっ壊れた自民党を再生するのが我々の役目だ」。
 
 小泉前総理が作り上げた安倍政権は今小泉政治からの脱皮を図りつつある。そして小泉前総理の側も今回の改造人事に介入することをやめた。「安倍カラー」も薄れたが、「小泉カラー」も薄れる人事だった。町村外務大臣、高村防衛大臣、与謝野官房長官、額賀財務大臣などの顔ぶれを見ると外交政策も財政政策も小泉時代とは異なる路線が動き始めようとしている。

 小池前防衛大臣は退任時の記者会見で「I Shall Return」と宣言したが、今回思い通りにならなかったシナリオライターは次にどのような展開を考えるのか。
 
 表では挙党体制と言いながら、水面下では政界再編も見据えた動きが始まっているのである。

2007年8月17日

弛緩国家

 今夏の日本列島は猛暑に焼き尽くされて緊張感を持続することもままならないが、参議院選挙の結果を受けて緊張感を高めたはずの日本政治もまたそれを持続できずに迷走が始まっている。

 迷走劇の主役の一人は安倍総理で、選挙大敗に抗して続投を宣言し、それならば延命のための策を次々に繰り出すかと思いきや、改造人事を8月末に先送りするなどして沈黙を守り、権力者としての存在感を日に日に弱めている。

一方で安倍総理とは対照的に存在感を誇示するようになったのがもう一人の主役、小池百合子防衛大臣である。小池大臣は参議院選挙後初の臨時国会が召集されたその日に訪米し、ゲーツ国防長官、ライス国務長官、チェイニー副大統領などと会談した。参議院選挙で大勝した民主党の小沢代表が11月1日で期限の切れるテロ対策特別措置法の延長に反対を表明していることから、アメリカ側は政府要人が総出で小池大臣を歓迎したが、これに気を良くしてか小池大臣は小沢代表を「湾岸戦争の時からカレンダーが止まっているのではないか」と痛烈に批判した。要するに野党第一党の党首を「時代錯誤の政治家だ」と馬鹿呼ばわりしたのである。

 安倍総理をはじめ政府与党がそろって「民主党の言い分にも耳を傾ける」と言っているときに、小池大臣だけがひときわ目立つ挑発をして見せた。小沢代表にとって許せる物言いではない。何が狙いなのかを考えて見たくなる。小池大臣の発言は民主党との修正協議の道を閉ざし、テロ特措法が通りにくくなる状況をわざわざ作り出した。これが許されるなら、政府与党も本気でテロ特措法を延長させようとは思っていないのかもしれない。延長させないことで小沢代表を「良好な日米関係を破壊する者」に仕立て上げ、民主党内の反小沢グループと小沢代表との離反を図り、民主党分裂のきっかけにしようと考えている可能性がある。テロ特措法の延長問題を政略に使おうとしているのは小沢民主党代表だけではない。安倍政権の背後でもそうしたシナリオが練られていることを小池発言は示して見せた。

 小池大臣はまたライス国務長官と「姉妹関係」だと親密振りをアピールし、その挙句に「私をマダム・スシと呼んで」と意味不明のことを言った。かつての「ロン・ヤス」や「ジョージ・ジュンイチロウ」にあやかろうとしている。ただの防衛大臣では終わらないと言いたいようだ。しかしライス国務長官はすでに死に体となっているブッシュ政権の閣僚で、あと数ヶ月で権力の座から離れることになる。去り行く人との親密振りをアピールしても意味がないと思うのだが、それともライス国務長官が政権を去る前に、年内にもライス長官に匹敵するポストを狙うつもりなのか。

 訪米から帰国した小池大臣は、今度は防衛省の守屋事務次官を退任させ警察庁出身の西川官房長を後任に当てようとして当の守屋事務次官と全面戦争に入った。「防衛省の天皇」と呼ばれる次官の首を取ろうというのだから、周到な準備と覚悟がなければ出来るものではない。一部にこの対立劇をかつて外務事務次官を更迭しようとした田中真紀子元外務大臣の例になぞらえる向きもあるが、私は全く違うと思う。前者は自分の思い通りにならない官僚機構に腹を立て、大臣の人事権を行使して官僚に対抗しようとしたが、最後はさらに上位の任命権者によって両者が共に更迭されることになった。しかし今回は大臣就任後に確執が始まったというような個人的事情ではない。はじめからこの交代劇は予定されていたと見るのが妥当である。

イージス艦の機密情報が漏洩した問題でのけじめ、沖縄の普天間基地移設問題での次官に対する地元の反発、さらには防衛利権を巡るスキャンダルの存在などが背景にあると噂されているが、権力機構の内側でこの交代劇のシナリオは書かれ、いわば「刺客」として小池氏が防衛大臣に送り込まれたと私は見る。蚊帳の外に置かれた塩崎官房長官は反発したが、事は表の権力ではなく裏の権力によって動かされている。私の目にはそのように見える。
 
 この局面でも安倍総理はいったんは問題の決着を組閣の後に先送りしようとした。さすがにそれでは指導力のなさを印象付けてしまうと思ったのか、17日になって急遽守屋事務次官を退任させることを決め、後任に防衛省生え抜きの増田好平人事教育局長を当てることにした。両者痛み分けの決着とマスコミは報道しているが、小池大臣は更迭されたわけではない。田中真紀子元外務大臣のケースとは全く異なる。結局はこの過程でやはり安倍総理の指導力のなさが浮き彫りにされた。

 8月15日、安倍総理は靖国神社参拝を行わず、それと共に閣僚も1名を除いて参拝を自粛した。安倍総理の支持者の中には「らしさ」が失われたと感じた人も多かったに違いない。一方で小泉前総理は去年に続いて二度目の「8・15参拝」を行った。日ごろ異常なほどマスコミの前に姿を見せない小泉氏がわざわざカメラに撮影させて自分の存在をアピールした。「あいまい」な安倍総理と「ブレない」小泉前総理が対比される形となった。前総理ならばせめてこっそり参拝してその事実も公表しない方がよほどふさわしかったのではないかと私は思う。安倍総理には酷な1日だった。
 
 安倍総理は19日から25日までインドなどアジア3カ国を歴訪するが、小池大臣もまた21日から25日までパキスタンとインドを訪問するという。同じ時期に同じ地域を総理と大臣が別々に訪問するというのも珍しいが、27日の内閣改造を前に二人の発信力がどれほどのものかを見比べてみたい気がする。通常なら当然総理の方に軍配が上がる筈なのだが、最近の二人を見ている限りどうもそういう感じがしないからだ。

 しかしこのような状況が続いている国家とは一体何なのだろうか。何も今更始まった事ではないと言われるかもしれないが、この弛緩した国家を見ていると、緊張感を取り戻すためにはとてつもないことをしでかさなければならないような気がしてくる。テロとの戦いは必要だとか、国際協調が大事だとか、日米同盟は絶対だとか、そんなレベルの話はどうでも良い。例えばアメリカの核の傘から脱却して自力で生き抜く決意をし、そのために持てる力の全てを動員して外交を研ぎ澄ます、そんなことでもしない限りこの国は永遠に弛緩したまま朽ち果てていくのではないか。猛暑のせいか頭にはそのような思いが去来した。

2007年8月 9日

政治は女性を口説くに良く似たり

 かつて中曽根総理の主席秘書官を務めた上和田義彦氏から「政治はなあ、女を口説くのに良く似ているんだ」と言われたことがある。

「ある女性を好きだとどれほど真剣に思っても、無理矢理自分のものにする事は出来ない。ストレートに好きだと告白してもうまくいくとは限らない。上手に口説かないと女性は心を開かない。月が綺麗だと言ったり、服の色を褒めてみたり、関係のない話をしながら次第に自分の気持ちを分からせて口説き落とす。政治もそれと同じだ。どんなに正しい政策でも無理やり国民に押し付けることは出来ない。そんなことをすれば国民から手痛いしっぺ返しを食う。手練手管を使いながら国民を説得し、次第に抵抗をなくしていって、はじめて政策は実現する。それが政治というものだ」。

 同じ話を田中角栄元総理からも聞いたことがあるので、これは政治の世界で昔から広く知られた話なのかもしれない。
 
「だから女の心が分からず、女にもてないような男は、ろくな政治家になれない」とそのとき上和田氏は付け加えた。

 今回の安倍総理の躓きを見ていて、20年以上も前に聞いたこの話を思い出した。安倍総理は自分が正しいと思ったことをひたすらわき目も降らずに押し通し、それが国民に支持されていると思いこんでいたら、選挙で手痛いしっぺ返しを食った。

 選挙惨敗の理由として、事務所費問題を起こした赤城農林水産大臣を処分できなかった安倍総理の指導力のなさだけが注目されているが、私にはそれよりも通常国会で強行採決を平然と続けた安倍総理の資質に対する本能的な恐怖感が国民の心の中に沈殿していたように思えてならない。その政策の一つ一つが仮に国民の支持するものであっても、手法が支持されるものでなければ国民は「ノー」を突きつけるのである。

 よく「政治家は政策が大事だ」という人がいる。そういう人はたいてい「足して2で割る」調整型の政治を馬鹿にする。しかしこれは古今東西の政治を知らない、誤った見方ではないかと思う。政治家は立法者だから法律の基礎となる政策を知らなければならない。しかし政策の専門家である必要は全くない。政策立案は学者、研究者、官僚の領域で、政治家は彼らに作成させた政策を国民的視点で理解できれば良い。それよりも政策を越えた世界観や現実社会の中から体得した哲学を持つことのほうがどれほど大事かわからない。

 一方で「足して2で割る」やり方を何の知恵も必要としないただの妥協と思っていたら大間違いだ。現実社会を生き抜いてきた人ならば分かるだろうが、両者の意見が対立して抜き差しならない状態になったとき、言い分を足して2で割る事ほど難しいものはない。足して2で割る決着には両者が共に不満を持つ。どちらか力の強いほうに軍配を上げるほうがよほどやさしい。両者に不満を持たせながら妥協点を見つけ出すためには周到な準備と知識と説得力と時間を要する。そのような決着が図れること、それこそが政治である。だから最近になって「足して2で割る」決着を鼻でせせら笑うような風潮が生まれてきたとき、この国の政治家が子供じみた考えに染まっていくように思えて大いに危機感を抱いた。

 政治家の仕事の第一は政策を作るよりも政策を実現するところにある。どんなに正しい政策でも必ず反対者はいる。まず政治家は反対者がどこにどれほどいるか、その力量がどの程度かを探り出さなければならない。次に反対者を説得して賛成に回らせることが出来るか、こちらが譲歩して賛同を得ることが可能か、それを探る。説得が出来なければ、数で決着をつけるしかない。反対者との戦いが始まる。賛同者を増やし、反対者を切り崩す。様々な戦術を駆使して最終的に国会での決着が図られる。

 その過程で、あるときは強硬に、あるときは柔軟に、引いたり押したり、わき道にそれてみたり、戻ってみたり、そのようにして目的を達するのが政治家である。
 
 そうした基本的なことが最近では軽視されるようになった。というより「古い政治」と思われて否定されるようになった。白黒二元論に単純化し、数の力で決着されることが好まれる風潮になった。

 白黒二元論を最も効果的に使ったのは小泉前総理である。2年前の郵政選挙では「自民党抵抗勢力との最終戦争」という構図に持ち込み、刺客を放って分裂選挙を大いに喧伝した。野党第一党の民主党は無視され国民には見えにくくなった。このとき民主党の岡田代表は「小泉改革はまやかしだ」とひたすら小泉自民党攻撃を行い、それを国民に見せつけた。小泉前総理はまともに反論せず、「改革をやる」とだけ言い続けた。その結果、国民には小泉前総理が二正面からの攻撃に一人で立ち向かう英雄的な役回りを演じる人物に見えた。あの時民主党が小泉自民党を攻撃するよりも「郵政民営化は我々も賛成だ。ただ改革の中身が違う」と言って小泉攻撃よりも国民の説得に力を入れていたら、あれほどの惨敗はしなかったのではないだろうか。

 今回の参議院選挙での安倍総理は、2年前の岡田民主党代表とそっくりだった。自分たちの政策を国民に説明するよりも民主党の小沢代表を攻撃することに力を入れた。国会で数に物を言わせて民主党の政策をことごとく否定したあげくに、今度は「民主党の政策はまやかしだ」と攻撃を加えた。これに対して小沢民主党代表は「国民の生活が第一」とだけ言い続けた。見ていて与党と野党が2年前とは全く正反対の役回りを演じている選挙戦だと思った。

 一人の女性を取り合う二人の男がいた。女性から見ると二人とも資格はほぼ互角なのだが、一人に突然仲間割れの敵が出来、その敵ともう一人が手を組んだ。そのとき女性は躊躇なく孤立した男を相手に選んだ。それが2年前の出来事である。
 
 一人の女性を取り合う二人の男がいた。一人には金があり、力もある。もう一人の言う事はことごとく退けられていた。プロポーズの時が来て、金のある男は女性に対し将来の話をするよりももう一人の男のことを猛然と批判し始めた。そのうち女性がもう一人の男に好意を寄せはじめていると見るや「自分を選んでくれ」と哀願するようになった。女性の心はますますその男から離れ、金も力もない男に賭けてみようと言う気になった。

 5月に作家の塩野七生氏が日本記者クラブで講演した。その際、安倍総理について「真面目だから亭主にするには良いかもしれないが、一緒にいたら退屈すると思う」と印象を語った。

 参議院選挙後、安倍総理は「反省すべき点を反省しなければならない」と言っているが、「女の心が分からず、女にもてない男は、ろくな政治家になれない」と言う言葉をかみ締めたら如何だろうか。

2007年8月 1日

小沢と小泉の最終戦争

今年の初め、参議院選挙の年の政治を主導するのは安倍総理でも青木幹雄参議院議員会長でもなく、小沢一郎民主党代表と小泉純一郎前総理の二人ではないかと書いたことがある。その文章のタイトルは「見えない二人」だった。小泉前総理は退任後不思議なほどに徹底してメディアの前から姿を消し、一方の小沢代表も参議院選挙のために地方行脚を重ねていて永田町には姿が見えなかった。

小沢代表が見えない理由は、人生最後の大勝負となる参議院選挙を勝利するためだが、選挙に勝利すれば直ちに政権交代を実現するため自民党分断を含めた政界再編工作に取り掛かると私は見ていた。一方の小泉前総理が見えない理由をメディアは本人の美学と捉えていたが、私は参議院選挙で自民党が負けた場合、こちらも民主党分断を含めた政界再編工作に乗り出すためではないかと思っていた。政治工作を行う者は表には出ないことが肝要なのである。

「天下分け目の関が原」は予想通り自民党の大惨敗となった。

選挙戦に突入する前、私は1998年の参議院選挙と今年の相似性を強く感じていた。当時の橋本総理大臣は現在の安倍総理と同様に国民的人気、特に女性に人気があったことから選挙に強い総理として期待が寄せられていた。橋本総理が参議院選挙の目玉として力を入れたのは霞が関の改革であり、中央省庁をスリム化する法案が通常国会で成立した。選挙の年にはありえないことだが国会の会期が延長された。選挙前は自民党が勝つと見られたが、恒久減税を巡る発言が二転三転したことで改選議席61を44に減らす惨敗となった。橋本総理は即日退陣を表明した。

安倍総理も参議院選挙の目玉として霞が関改革に力を入れ、人材バンク法案を成立させた。そのため異例の会期延長を行った。そして選挙直前には消費税を巡って発言にブレが見られるなど98年と似たことが相次いだ。

98年の獲得議席数44が今回も目安になると私は見ていた。45以上なら引き抜き工作などで与党が過半数を確保する可能性があるので間違いなく安倍総理は続投する。橋本総理は44議席で退陣したが、衆議院で三分の二以上の勢力を持つ安倍総理は44議席でも退陣しない可能性がある。しかし30台になれば退陣を余儀なくされる、そう思っていた。

ところが選挙戦が始まり、「ジャズ・ツアーで参院選を考える」で書いたように地方を回ってみると考えが変わった。地方の安倍政権を見る目は思った以上に冷ややかだった。小泉政権の負の遺産がこれほど深刻だとは思わなかった。永田町では感じられない空気を知った。その上テレビで見る安倍総理の遊説パフォーマンスが最悪だった。2年前の郵政選挙は小泉総理のパフォーマンスと広報戦略が自民党大勝をもたらしたが、今度は全くその逆だ。誰が振り付けたか知らないが、むやみに力んでみたり、「勝たせてください」とお願いをしてみたり、当落線上にいる並みの議員の演説ならともかく、とても一国の総理の演説とは思えない。しかも民主党攻撃に力を入れたことで民主党の存在をより大きく見せることになった。皮肉だが民主党に投票するよう仕向けたのは安倍総理自身なのである。

そもそも安倍内閣の責任でもない「年金記録問題」を安倍内閣の逆風にしてしまったのは最初に菅直人民主党代表代行の責任にしようとしたためで、それがすべての躓きの始まりだったということを理解していない。

選挙戦終盤の26日にある集まりに呼ばれて選挙の解説をさせられた。そのとき私は「選挙前までは44議席を目安にしてきたが、選挙中に予想は下方修正しなければならなくなった。1989年の宇野内閣の参議院選挙での獲得議席数36が目安になる」と言った。状況は98年よりも89年に近づいていた。選挙区を一々チェックしていくと自民党は30台前半まで減らす可能性もあった。だから安倍総理の退陣は避けられない。そうなると自民党にとって後継総理の絶対条件は衆議院選挙に勝つこと、その一点だけになる。そう考えれば言われているような麻生、谷垣、福田の3人など後継にはなりえないという話をした。

27と28日の両日、また地方へ出た。今度は注目選挙区の一つである栃木県に行った。自民と民主の現職が1議席を巡って激しく争っている。私の見立てでは民主が勝つのだが、現地では「民主党が勝ったら大変なことになる」という話が蔓延していた。普通のおばさんまで「民主党が勝てばすぐ消費税は10%になる」という話を真顔でしている。これがアナウンスメント効果というやつだ。メディアの予測が「自民党40台を割り込む可能性」と報道しているから、それに対する反作用が出て来ている。このような現象が全国で起きているに違いない。そこでそれを加味して、自民党は36より下はなく30台後半と予測した。

議席の予測は概ねその通りだったが、総理の退陣はなかった。安倍総理は「続投」の考えを早々と表明し、党内もそれを了承する流れになった。早々と表明する必要があったのは、タイミングを失すると退陣論が党内から噴き出して既成事実化してしまうからである。「たとえ国民からどんなに非難を浴びてもここは安倍総理に続投をさせる必要がある」とこの政局のシナリオライターは考えている。

安倍総理で次の総選挙を乗り切れると思っているわけではないが、麻生も谷垣も福田も衆議院選挙に勝利する総理にはなり得ないから、本命が現れる環境が整うまで安倍が続投して時間を稼ぐしかない。私には安倍総理が自ら望んで続投を決めたようには思えない。もはや自らの出処進退を決めることも出来なくなったように見える。

自民党は選挙大勝で求心力を強めた小沢民主党代表がどんな一手を打ってくるかを見極めないと、その後の展開を考えることが出来なくなった。民主党には衆議院選挙の候補者をいまだに決めていない選挙区があり、小沢氏は自民党を切り崩して民主党に引き込む構えを見せている。下手をすると自民党崩壊の恐れがある。その小沢氏は風邪を理由に表舞台から姿を消した。とても風邪だとは思えない。わずらわしさから離れ、全体状況を俯瞰して次の一手を考えているに違いない。

一方、選挙遊説で安倍総理以上の人気を博した小泉前総理も姿が見えなくなった。自民党と民主党の政局シナリオライター同士はじっと目を凝らして党内の動き、霞が関の反応、そして国民の反応を見つめている。どちらが先に一手を仕掛けるか。それを探っているようにも思える。

自民党が衆議院選挙に勝つための総理候補は誰か。国民的人気から言えば小泉前総理をおいて他にない。しかし小泉前総理には安倍総理を選んだ任命責任がある。辞めた総理の再登板もよほど国民の理解を得られないと難しい。そのためには時間が必要で、それが安倍続投の理由だと私は考えている。自民党全体が頭を下げて小泉再登板を要請する環境が生まれるのか、あるいは安倍内閣の中心に小泉前総理が参画することで事実上の小泉政権を復活させるのか、さらには小泉新党が出来て政界再編の幕が切って落とされるのか。最近になって小池百合子防衛大臣の名前が取りざたされるのも小泉氏との関係からだ。いずれにしても姿を見せなかった小泉前総理が姿を見せる日が近づいているように思う。

これまでは「見えない二人」だったが、その二人が人生最後の大勝負を演じてみせることを期待している。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
↓ ↓ ↓
国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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