ジャズ・ツアーで参院選を考える
国会TVから身を引き自由の身になったところ、30年来の友人であるジャズ・ドラマーの中村達也から「一緒に旅に出ないか」との誘いがあった。今回は東北・北海道を演奏して回るという。出発は7月12日、帰京は29日と奇しくも参議院選挙と同じ日程である。考えてみれば国会TVの放送を始めてから9年間は旅行らしき旅行もしていない。永田町を離れて選挙を見ると何が見えるか、そんなことも考えてジャズ・ツアーに同行することにした。
7月12日(木)、参議院選挙公示日の朝、ワゴン車に楽器を満載し、62歳のドラマー中村達也、63歳のピアニスト上野輝明、52歳のベーシスト原田和光と共に東京を後に最初の演奏地である山形県に向かう。東北道を福島飯坂インターチェンジで降り、山を越えて午後3時前に山形県川西町に到着した。その6時間の行程で1枚の選挙ポスターも1台の街宣車も目にしない。選挙は本当に始まったのかと思う。
その夜演奏をするライブハウス「スペースジャム」はのどかな田園の中にぽつんと1軒だけあった。一体こんなところにジャズを聴きに来る人間がいるのだろうか。しかし私の心配は杞憂だった。夜8時の演奏時間になるとどこからともなく老若男女が集まり、小さなライブハウスは満杯になる。平均年齢59歳という高齢トリオだからテクニックは勿論抜群だが、エネルギーも半端じゃなかった。最後は聴衆がみな立ち上がって手拍子するなど演奏は初日から大いに盛り上がる。
7月13日(金)、山形から国道13号線を秋田に向かって北上する。すると道路沿いには安倍総理の顔に「成長を実感に!」とコピーされたポスターが延々と立ち並ぶ。民主党の小沢代表の顔に「国民の生活が第一」と書かれたポスターもあるが、その数は10分の1ぐらい。自民党はまさに物量作戦だ。たまに「公明党がやりました」という文字だけのポスターも目にするが、多いのは自民党と民主党、それも数では圧倒的に自民党だ。「やはりカネの力の差かなあ」と考えてしまう。
そのうち「成長を実感に」というコピーが日本語として何かおかしくないかという気になる。言いたいことは「私が成長を実感できるように改善します」なのだろうが、それを「成長を実感に」と表現するのはなんか変だ。それにこのコピーは国民に経済成長を感じさせることが出来ない「負い目」を表現しているようで、前向きなコピーとは思えない。
北海道では「比例代表も自民党」というポスターをよく見た。これもわざわざそう言わざるをえないところに、公明党との選挙協力の負の部分を見るようで、今回の自民党のポスターは自分たちの弱みを表現している後ろ向きのポスターだと思う。その上で最大の問題は、安倍総理の顔のポスターがいたるところ大量に張られているためまるで全体主義国家の独裁者のような感じになってしまっていることだ。数が多ければ良いというものでもないだろう。逆効果だと思った。
それに比べて民主党のポスターは、コピーも「国民の生活が第一」と「このままでは日本があぶない」の2種類があり、さらに文字のデザインも多様でポスターの種類が多い。道路を走破している側からみるとこちらの方が効果的だ。
午後3時前、秋田市内に入るが、街は静かで選挙の雰囲気はない。しかし安倍総理と小沢代表というトップがこの日それぞれ秋田市内に入って応援していたことを翌日の新聞で知った。それにしては市内で街宣車を見ることもスピーカーの声を聞くことも全くなかったのは何故だろう。
7月14日(土)、秋田市から東北の小京都と言われる角館を通り、奥羽山脈を越えて岩手県に入る。小沢王国と言われる岩手だが、出迎えたのは自民党鈴木俊一衆議院議員の「岩手に活力を!」というポスターだった。盛岡市内で昼食を取るが、ここも静かで選挙が行われている感じがしない。午後からこの日演奏を行う宮古市に向かう。宮古は人もまばらでいわゆるシャッター通りの町という感じだった。ここで初めて社民党のポスターを見た。「なくせ格差、つくろう安心、目指せ平和」の文字に福島党首が微笑んでいる。
「大型の台風4号が九州に上陸」とのニュースが流れた。被災者の方には申し訳ないが選挙中の災害は与党に有利になるものだ。逆風と言われる安倍政権だがもしかするとまだツキに見放されていないということか。
7月15日(日)、早朝宮古市を出て一路青森へ。青森市内で自民党と民主党の候補者事務所前を通ったが何も動きはない。フェリーに乗船して函館へ。函館も静寂そのものだった。本当に選挙はどこで行われているのだろう。
7月16日(月)、函館から伊達市に向かう。昼食を取るために立ち寄った函館本線森駅近くのラーメン屋で中越沖地震のニュースを知った。台風に続いて地震まで起きた。またまた与党に有利な状況が出てきた。安倍政権はこれを最大限に利用しようとするだろう。案の定安倍総理は選挙遊説を打ち切ってその日のうちに現地入りした。しかしこの地震で東京電力の柏崎刈羽原子力発電所で火災が発生したことが報じられる。原発事故が起きてしまえば災害が与党に有利という状況は一転する。政府与党に対する不信が増大して選挙は完全に不利になる。現実に放射能漏れが分かり、安倍政権にとって選挙を有利に運べるはずの材料があっという間にそうではなくなった。
7月17日(火)、伊達市から北海道を南から北へと縦断して日本海側の留萌に向かう。留萌では自民党も民主党のポスターも全く見ることはなかった。その代わり初めて9条ネットと新党大地のポスターを見た。街宣車にも初めて遭遇した。無所属の羽柴秀吉候補の車だった。留萌市長は故中川一郎衆議院議員の秘書だったと言うが、自民党も民主党もこの地はもう捨ててしまっているのだろうか。
寿司屋ではおやじが寿司を握りながら「小泉内閣で北海道出身の大臣が3人も誕生したけど、何もいい事はなかったね」と言った。テレビニュースで顔に絆創膏を張った赤城農水大臣の顔が映ると、勤め帰りのサラリーマンらしき男性が「無精ひげ生やした大臣なんて見たことねえな」とあきれ顔で言う。横にいた初老の男が「しかしあの実家は豪邸だねえ」と感心したように言った。そこでみんな黙り込んで酒を啜った。
この日のコンサートには市長も駆けつけ、地元のバンドとの競演で大いに盛り上がる。
7月18日(水)、留萌から旭川へ。真宗大谷派のお寺の本堂で檀家を集めてのジャズ・コンサート。中年のおばさんたちが元気だ。すぐリズムに乗って合いの手を入れてくる。
7月19日(木)、旭川から層雲峡、屈斜路湖、摩周湖を通って釧路湿原の標茶町へ。ホテルの庭での野外コンサート。旭川から4時間移動しただけで気温が32度から15度に下がる。寒い。聴衆はみんな手袋をしてコートにマフラー姿。おばさんたちが最前列に陣取ってここでも元気だ。乗ってくるとみんな立ち上がって踊りだす。あと5年ほどで日本は65歳以上が4人に1人の高齢化社会を迎えるが、この元気さを見ればそれほど心配しなくとも大丈夫か。民主党の女性町会議長が受付を務めていたが、ホテルの社長は自民党と民主党の板ばさみで選挙はつらいと嘆いていた。
7月20日(金)、釧路湿原を横断して帯広へ。「ランチョ・エルパソ」というレストランでのサマー・クリスマス・パーティ。主催者の社長は唯一帯広に残された「ばんえい競馬」を存続させるために何か知恵を貸して欲しいと言う。そして選挙の話になると「安倍さんは何でああなの。何でも強行し過ぎだよねえ。理解ができない」と言った。
私はテレビのニュースで安倍総理が拳を振り上げて演説する様を見て、何であんなに力を込めるのか不思議に思っていた。力を込めるのが似合う人と似合わない人がいる。安倍総理は全く似合わない。この人は「誠実にまじめに仕事をします」と言って、力んだりせずに淡々と話すのが最も似合っている。野党を批判するのもやらない方がいい。小泉前総理は野党よりも自民党を批判したから人気があった。野党を批判して喝采を送るのは根っからの自民党支持者だけで、無党派は離れていくだけだ。何故票を減らすようなことをするのかが分からない。そしてもっといけないのは「勝たせてください」などと国民にお願いをすることだ。まさに自らを負け犬にしてしまっている。国民は哀願するような総理に国政を任せる気にはならないものだ。
これまで安倍内閣の支持率を下げさせたのは、安倍総理自身の問題ではないと言われてきた。しかしここにきて国民が疑問を感じているのは安倍総理自身の資質に対してではないだろうか。選挙公示後各地を回ってみて、人は直接口にはしないが、とても冷ややかな目で安倍政権を見ているのが分かる。それが民主党への支持に直結するかどうか、それが最大のポイントだが、安倍総理が民主党を批判すればするほど、力めば力むほど民主党への支持が増えることになると思う。歯車はそのように動いている。何かとてつもないことでも起こらない限り、歯車の向きは変わらない。
新潟県中越沖地震の影響を受けて、ジャズ・ツアーも長岡、新潟でのコンサートが中止になった。そのため21、22日の札幌、23日の仙台公演を終えたところでいったんは帰京することになった。12日間の強行日程だったが体は疲れたと言うよりも爽快感でいっぱいだ。


