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2007年4月30日

燃えない選挙

 統一地方選挙と参議院の補欠選挙が終わったが、首長選挙はほとんどが現職の再選で、世代交代も進まず、高齢者の多選が多かった。夏の参議院選挙に直結するため与野党が全力投球した沖縄の補欠選挙では、投票率が47.81%と過去最低を記録した。党首を何度も現地に投入したのに過去最低である。安倍総理や小沢代表がどんなに拳を振り上げて叫んでも、半数以上の有権者が動かなかった。12年に一度の「選挙イヤー」と言われながら選挙がさっぱり燃えていない。

 選挙が燃えない理由の一つに2年前の郵政選挙の後遺症がある。衆議院で可決されたが、参議院で否決された郵政民営化法案を巡って、時の小泉純一郎総理大臣は「国民に聞いてみたい」と衆議院を解散した。国民投票制度を先取りするような異例の解散である。今の国会で審議されている国民投票法案では、自民党は憲法改正以外にこの制度を認めないと言っている。それならあの郵政選挙は何だったんだと言いたくなるが、ともかく「国民に聞いてみたい」と言われて国民の心に火がついた。

 賛成派を「改革派」、反対派を「抵抗勢力」と色分けし、反対派を自民党から追放すると、戦国ドラマのような選挙戦が始まった。「刺客」という劇画タッチの言葉が躍ってテレビも国民もメラメラと燃えた。
 
 普段は選挙に行かない若者が選挙に行く。郵政民営化が国の未来に良いのか悪いのかなどは考えない。ただ命がけで民営化をやるという総理の気迫がかっこ良い。それが自民党を大勝させた。

 選挙後燃え尽き症候群のように何もしなくなった小泉総理を見て、国民の心の炎も下火になったが燃えかすの余韻は残っていた。小泉後継として安倍総理が誕生すると支持率は70%と驚異的な数字を記録した。

 ところがである。安倍総理は小泉前総理が党から追放した郵政反対派を復党させると言い出した。あの燃えた選挙に水をかけるような仕打ちだ。安倍内閣の支持率はみるみる下がり始めた。

 その一方、燃えかすに水をかけられて、初めて国民は我に返った。小泉後継と言いながら、安倍総理は全くキャラクターの違う別人で、時代は変わったのだと気づかされた。あの燃えた選挙の延長上に現在があるのではない。現実に引き戻された国民は、安倍総理が衛藤晟一前衆議院議員を復党させた復党第二幕にはそれほど反発を感じなくなった。そして内閣支持率も下げ止まった。

 燃えた選挙の反動で国民は政治家やメディアの扇動に軽々しくは乗れなくなくなった。今度の選挙でも射殺された長崎市長の後継者として娘婿が立候補し、メディアはそれを大々的に報道したが、市民が選んだのは現実に行政に携わってきた市役所の課長である。

 熱狂しても「簡単に政治は変わらない」ことを知って、「変化」よりも「現実・安定」思考になった事が現職の再選、高齢者の多選につながったということか。

 そしてもう一つの理由は政権政党を目指している民主党が「先祖返り」に見える事だ。

 これも郵政選挙の後遺症なのだが、現在衆議院は圧倒的に与党が多数を占めている。党議拘束がある限り、安倍内閣はどんな法案でも成立させることが出来る。国会運営は思いのままだ。裏返せば、野党はどんなにあがいても自分たちの主張は通らない。その無力感が刺々しさとなって国会審議に現れる。小沢代表には選挙戦略上の狙いもあるのだろうが、「何でも反対」の国会運営が続いている。

 通常国会は冒頭から審議拒否で始まった。予算の衆議院通過は20年ぶりの徹夜国会になる。対案を出しても数の力でかなわないとなるとスキャンダル追及に力が入る。
 
 懐かしい55年体制時代の再来だが、国民の方は昔通りでないようだ。松岡農林水産大臣の「水」問題をどんなに野党とメディアが騒いでも、怒りに火がついて広がる展開にならない。それどころか安倍内閣の支持率はここにきて再び上昇し始めた。昔なら考えられないことだが、それが現実に起きている。

 かつての小沢代表には既存の政治体制を一人で壊そうとする剛腕政治家のイメージがあった。自由党時代の選挙CMでは小沢代表が巨大なロポットに泥まみれになりながら体当たりしていた。しかし最近のCMはどうだろう。背広姿のおじさんが子犬を連れて散歩する。空を見上げて「政治は生活なんだ」と犬に語りかける。剛腕が優しいおじさんに変身した。あるいは格差社会を表現する映像が流れた後で小沢代表が視聴者に向かって一言「いまこそ生活維新を」と言う。強調したいのは「維新」すなわち「政権交代」だと思うのだが、どうもそれが伝わらない。「生活」や「暮らし」を訴えた昔ながらの野党のCMに見えてしまう。

 小沢代表には苦い思い出がある。かつて新進党が分裂し権力を再び自民党に奪われた思い出だ。その時自民党はあろうことか社会党の村山党首を総理に担いで復権した。
 
 その過ちを繰り返さないために、小沢氏はまずは党内最左派の旧社会党グループと手を組んだ。さらに対外的にも共産党を含む全野党との共闘体制を打ち出している。今度こそ分裂は避けたいとの思いが強いようだ。しかし共闘を大事にすれば自らの主張を封印しなければならなくなる。そこが悩ましい。

 選挙遊説で安倍総理は、「野党は批判ばかりで何もやっていない」と繰り返し演説していた。野党は政権を担っているわけではないから「何もやっていない」のは当たり前で、それは批判したことにならないのだが、「批判ばかりで何も主張していない」と言えばその通りである。政権を取るべき野党は「弱者切り捨て、地方切り捨ての政治を変えなければ駄目だ」と言うだけでは足りない。「自分たちならこうする」と国民に説明しなければならない。そこが国民に伝わっていない。政権を批判するだけなら昔の野党もやっていた。それでは国民は政権を任せる気にはならないのである。

 「天下分け目の戦い」に直結する補欠選挙が1勝1敗に終わって、安倍総理は「浸透力が不足していた」と反省し、小沢代表は「力負けだ」と総括した。双方ともに無党派層の取り込みが夏の参議院選挙の課題であると認識している。無党派層を取り込めるかどうかは二人の党首の発信力による。両氏の国家経営のビジョンのどちらに国民が共鳴するかで夏の参議院選挙の帰趨が決まる。郵政選挙の反動で簡単には燃えないだろうが、終盤国会での発進力次第ではもう一度政治に夢を見ようと思う国民が出てくるかもしれない。

2007年4月24日

国会TVダイジェスト〜ゲスト:毎日新聞論説委員 松田喬和氏

今回の国会TVダイジェストは、「政治ホットライン(4月12日放送)」をお送りいたします。ゲストは毎日新聞論説委員の松田喬和さんです。現職の石原都知事圧勝で終わった都知事選を振り返り、石原知事の勝因、浅野陣営の敗因の裏側について、考察していきます。

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国会TVの視聴は年額¥10,500・月額¥945<税込>です。
お申し込み、詳細はこちらをごらんください。

2007年4月23日

政治を育てるテレビ(2)

 C-SPANはアメリカ連邦議会から歩いて5分ほどのビルの一遇にある。

 私が初めて訪れたのは1989年5月、放送が開始されて10年目の春の事だった。華やかなテレビ局とは大違いの小さなスタジオとマスタールームを見ると、まるで学校放送のレベルだと思ったが、放送内容には衝撃を受けた。その時放送されていたのがハンガリーの議会だったからである。

 当時は東欧に民主化の嵐が吹き荒れ、第二次大戦後の冷戦構造が終焉の時を迎えていた。世界の目は東欧の民主化の動きに注がれ、ニュースはその動きを刻々と伝えていたが、アメリカには東欧の議会の議論をそのまま放送するテレビ局があったのである。

 広報担当副社長から聞かされた話も興味深いものだった。まずは放送哲学がユニークを通り越していた。既存のテレビに対して徹底的にアンチなのである。

 テレビはジャーナリズムであるから世の中の事象を「編集」して国民に伝える。ところがC-SPANは「編集」をせずにあるがままのものをあるがままに放送する。C-SPANに言わせれば「これまでのテレビは編集をし、解説をつけることで、自分たちの考えを国民に押しつけてきた。我々はあるがままに放送して国民に自分の頭で考えてもらう」という事になる。「編集」をしないというのはただの垂れ流しとも言えるが、しかしそれこそがテレビの原点という気もする。

 「自分たちの考えを国民に押しつけない」という考えからC-SPANは放送上の「演出」を極力排する。カメラのズームアップは厳禁である。なぜなら人間の目はズームしないから。スタジオ番組を制作する時も音楽は決して使わない。司会者をスターに育てることもしない。もっと言えば番組の司会は社長以下幹部が交代で務める。とにかく視聴率を意識したような「演出」は一切無い。こう書いてくるとメリハリのないつまらない番組の連続だと思われるかもしれないが、既存のテレビには真似のできない番組も放送している。それが「コール・イン」と呼ばれる番組である。

 スタジオにいる政治家やジャーナリストに視聴者が直接電話で質問が出来るという番組だが、既存のテレビが真似出来ないのは、C-SPANは質問者を選別しないのである。電話がかかってきた順番につないでいく。放送禁止用語や意味不明の発言の時だけ電話を切る。そうなると番組は予定調和でなくなる。生の緊張感が出てくる。政治家もジャーナリストもどんな質問が飛び出して来るか事前には分からない。難解な質問もあれば頓珍漢な質問もある。それにどう対応するかでその人の資質や素顔が分かる。これまでのテレビにはない面白さがある。この手法はその後CNNの「ラリー・キング・ショー」も真似するようになるが、日本のテレビはおそらく真似出来ない。演出が効かない冒険を犯すことは視聴率第一のテレビには難しい。

 C-SPANはアメリカ社会に根付いたと書いたが、必ずしも順調だった訳ではない。存続の危機に見舞われた事もある。アメリカ議会には「スペシャル・オーダー」という仕組みがあり、法案審議とは関係なく議員が演説をすることを認めている。無人の議場で演説をするのだが、その演説は議事録に残される。後に下院議長になった共和党のギングリッチ議員は、この「スペシャル・オーダー」を利用して民主党攻撃を続けた。それをC―SPANが放送したことに民主党が反発した。当時のオニール下院議長は議会が撮影した映像をC-SPANに提供するなと言った。まさにC-SPAN存亡の危機である。その時C-SPANの視聴者のおばちゃんたちが「私達はC-SPANを見たい」と書いたプラカードを持って議会に行き、それが新聞記事になった。論争の結果、民主党も「スペシャル・オーダー」をどんどんやれば良いじゃないかということになって事は収まった。ギングリッチ議員はC-SPANを大いに活用した事で「C-SPANコングレスマン(議員)」と呼ばれるようになった。C-SPANを見る国民は少ないだろうが、デモをしたおばちゃんのように視聴者は熱烈な支持者が多くC-SPANジャンキー(中毒)と呼ばれている。そしてC-SPANは視聴率を決して調査しない。一人でも見たいという国民がいれば存在する意義があると主張している。

 「まもなくイギリスでもC-SPANのようなテレビが始まる」と広報担当副社長は言った。英国議会はポピュリズム(大衆迎合)に陥るという理由で議会のテレビ中継を認めてこなかった。1960年代から11回もテレビ中継を認める法案が提出されたがいずれも否決された。しかし「編集」をしないテレビがアメリカに登場した事を知って、C-SPANの社長が英国議会に参考人として呼ばれた。C-SPANと同じならばポピュリズムにはならないという事になり11月から試験放送が始まるという。そうなればC-SPANでも週に一度は英国議会を放送すると副社長は言った。いずれ世界の国々が議会の議論を見せ合う日が来るかもしれないと思った。

 1989年8月、私は自民党政治改革推進本部にC-SPANのようなテレビを日本にも実現したらどうかと提案し、それは自民党の政治改革大綱に重点項目として盛り込まれた。

 1990年5月、C-SPANの意義を日本に紹介するため、私はC-SPANの配給権を取得してアメリカ議会やシンクタンクの議論を日本に紹介する会社を興した。ちょうど冷戦が終わる頃からアメリカ政治の実態をC-SPANを通して見るようになり、日米の政治を比較しながら同時並行で観察することになった。

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4月25日(水)の「政治ホットライン」は自民党道州制調査会事務局次長の松浪健太衆議院議員が出演します。27日(金)の「言いたい放題・金曜ナイト」はインサイドライン編集長の歳川隆雄氏が出演、安倍外交と後半国会の焦点について話して貰います。

2007年4月17日

政治を育てるテレビ(1)

テレビは視聴率を追求するものと思われているが、「視聴率を追求するところからテレビの堕落が始まる」と主張するテレビ局がアメリカにある。

 C-SPAN(シー・スパン)というケーブルテレビ向けのチャンネルで、アメリカ議会の審議、政党のイベント、シンクタンクのシンポジウム、政治家やジャーナリストが出演するスタジオ番組など政治の動きを専門に放送している。国から補助金が出ているわけではない。民間が経営するいわゆる民放である。

 視聴率を追求しないテレビが何故成り立つかと言えば、視聴率に明け暮れる地上波テレビには真似の出来ないチャンネルとして、ケーブルテレビ業界がこれを支えているからである。C-SPANはケーブルテレビのベーシック(視聴者が選択できない基本チャンネル)に組み込まれ、加入者が支払う月額30ドル程度の基本料金の中から一世帯につき月額6セント(7円)が分配される。

 アメリカではケーブルテレビが全米7割の家庭に普及したため、C-SPANの加入者も7千万世帯を超えた。

 こうしてアメリカ社会に根付いたC-SPANは「アメリカの民主主義を強くする」ことを目的に国民の政治教育に力を入れている。特に若者達に政治を理解させようと、全米の大学と高校を中継車が回って学生による政治討論番組を制作する一方、教師達に議会の審議を教材に使用するよう呼びかけている。

 私がC-SPANを知ったのは1980年代の終わり頃、日本の政治が自社馴れ合いの国対政治によって国民の政治不信が渦巻いていた頃である。当時TBSの自民党担当記者をしていた私は、国対政治の裏側を見るにつけ、このままでは日本の政治はもたないと思っていた。

 当時の国対政治はNHKの国会中継と連動し、野党の審議拒否を前提としていた。NHKは「慣例」と称して予算委員会の各党一巡目の質疑しか中継しない。予算審議は本来2ヶ月間毎日のように行われるのだが、NHKが放送するのは最初の2、3日だけ。すると野党はそこで最もテレビ向きのスキャンダル追及を行い、テレビ中継がなくなる日から決まって審議拒否に入る。国会審議は全てストップし、国対の裏交渉が始まる。裏交渉では労働組合の賃上げからスト処分まであらゆる問題が取引材料となり、それに絡めて国会に提出された百本あまりの法案全ての帰趨が決まる。「成立」、「継続」、「廃案」が議論される前に決められていく。予算成立ギリギリのタイミングになると何らかの理由をつけて野党が審議に復帰するが、それに伴って与党から野党にカネが流れる。そうした事が日常化していた。法案を書いているのは官僚だが、官僚は与党の事前審査さえクリアすれば、国権の最高機関である国会はどうでも良いことになる。「私が書いた法案が成立するのはうれしいが、しかしこんなことで日本の将来は大丈夫だろうか」と若手の官僚が私に言った。

 1989年の参議院選挙で自民党が歴史的惨敗を喫し、参議院で野党に転じた。予算以外の法案が全て成立しなくなる事態が想定され、政治改革が急務となった。政治改革の議論は小選挙区制の導入が中心だったが、私は選挙制度には一長一短があり、それよりもスキャンダル追及と審議拒否をやめさせて国会を正常な状態にする方が意味があると思っていた。NHKがもっと国会中継をやれば良いのだが、NHKは国会ばかり放送する訳にはいかないと言う。そこで世界の事例を調べたところC-SPANに行き着いた。

 C-SPANを誕生させたのは、ベトナム戦争の敗北とニクソン大統領を失脚させたウォーターゲート事件によるアメリカ国民の政治不信である。70年代半ば、アメリカの政治家達は政治の信頼を取り戻すには情報公開しかないとの結論に達した。「日の当たる所に腐敗は生まれない」を合い言葉に、政治家、官僚、裁判官らには資産公開が義務づけられた。税金で運営されている所は基本的に情報公開の対象となる。議会もまたテレビで公開すべきということになり、議会が撮影した審議映像を無料でテレビ局に提供することになった。

 しかし視聴率優先の地上波テレビはニュースに使うだけで、そのまま中継することはない。そこにケーブルテレビ業界誌の記者が目をつけた。広告放送でないケーブルテレビならば、開会から閉会までを放送できる。国民が議会を監視できるようになればベトナム戦争も起こらなかったのではないか。その男の構想にケーブルテレビ会社の経営者が賛同してC-SPANが誕生した。

 議会がノーカットで放送されるのを実は議員達は嫌がった。勤務評定されて落選することを恐れたからである。一方で国民受けを狙うポピュリズムの政治家が増えるという危惧もあった。共和党で賛成したのはロバート・ドール、ハワード・ベーカー、ニュート・ギングリッチ議員ら、民主党で賛成したのはアル・ゴア議員であった。議会で多数を占めていた民主党は変化を怖れてかどちらかというと反対が多かった。しかし放送が始まってみると事前の予想とは裏腹にパフォーマンス議員が落選し、地味でもこつこつ勉強している議員が国民から評価されることが分かった。国民はそれほど愚かではない事が証明された。

 議会は監視されているという意識から緊張感が出てきた。いつしかC-SPANはアメリカ民主主義にとって不可欠の存在と言われるようになった。

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4月19日(木)の「政局放談」は自民党道州制調査会長の杉浦正健衆議院議員と評論家金子仁洋氏が対談。20日(金)の「言いたい放題・金曜ナイト」はジャーナリストの花岡信昭氏が出演して統一地方選挙情勢などについて語ります。

2007年4月10日

民主党の迷走

統一地方選挙の前半戦が終わったが、最も注目されていたのはやはり東京都知事選挙だったと思う。首都決戦はその後の政治動向に大きな影響を与えるからだ。これまでも革新知事やタレント知事の誕生など常に時代を先取りする選挙結果を生んできた。1999年の石原慎太郎東京都知事の登場も、その2年後に小泉純一郎氏が総理に就任したことをみれば、現在の政治状況を先取りしていたという気がする。

それだけ重要な選挙で石原慎太郎氏が大勝した今回の選挙結果は何を意味しているのだろうか。

知事も三期目を迎えれば都民には飽きが来るものだ。都民は変化を期待していた。それは石原氏も十分意識していた。だからオリンピック招致という目玉を打ち出し、人気回復を狙ったが、選挙用のパフォーマンスであることが見え見えで、都民はさほど魅力を感じなかった。就任当初には「東京から日本を変える」と宣言して官僚と癒着した自民党政治を批判し、政治に閉塞感を抱いていた東京都民の心をつかんだが、パフォーマンスで石原氏を上回る小泉総理の登場もあって、最近ではそうした期待感もなくなった。その上、豪華出張や都政の私物化、数々の疑惑を抱えた水谷建設会長との交友などのマイナス要因も続々出てきた。

強力な対抗馬が出てくれば必ずしも勝てる選挙ではなかった。ところが終わってみれば得票率51%という石原氏の大勝である。そうさせたのは浅野史郎氏には申し訳ないが強力な対抗馬を出せなかった民主党というしかない。政治決戦と言われている年に、参議院選挙の帰趨に最も影響する筈の首都決戦に民主党は十分な対応が出来なかった。

都民が期待していたのはまもなく訪れるだろう二大政党制を先取りした与野党五分の戦いではなかったか。政党色を出そうが出すまいが石原氏はまさに小泉、安倍と続く自民党政権を象徴する存在で、民主党がこれとがっぷり四つに取り組む候補者を出せば、それこそ新たな時代の幕開けを告げる選挙となり、民主党は政権政党になるための気概を示すことができた。

ところが現実はそうではなかった。強力な対抗馬をたてられなかっただけではない。候補者の選定を巡って民主党は直前まで迷走を続けた。最初に上がった名前がニュースキャスターの筑紫哲也氏だったとき、民主党は本気で勝つつもりなのかと首をかしげた。他所から候補者を借りてくるような人選で、つまらない判断をするなあと思った。ところがそれから後がもっといけない。筑紫氏と同類のしかもより小粒な名前が次々出てくる。こうなると何を考えているのかとあきれ返るしかなくなる。つい思い出したくもない1年前の偽メール事件での迷走振りを思い出してしまう。

民主党がなぜ迷走しているのかこちらには全く理解出来ないままに時間が過ぎていく。そのうち結局この政党は駄目なんだと思うしかなくなる。そんな思い出がよみがえってくる。どうしようもなくなった民主党を立て直すために代表に就任したはずの小沢代表もこの問題では姿が見えない。まるで首都決戦はどうでも良いかのようだ。それが選挙の年の民主党の姿なのか。
 
 市民団体の要請にこたえて浅野史郎氏が出馬を決めたとき、間違いなく石原氏の勝利が決まったと思った。世論調査で接戦だという報道があったが全く信じられなかった。浅野氏の出馬が決まる前に民主党の渡部恒三氏が「小沢、菅、鳩山の誰が出ても石原には勝てるよ」とテレビで語っていたが、この発言、なにやら政略的なにおいはするが、あながち間違っていないと思った。三人の誰が出てもそれは民主党が生き死にをかけて闘う姿勢を見せることになる。都民はハラハラドキドキしながら投票日を迎えたことだろう。石原氏を倒す可能性は十分にあった。倒せなくとも接戦の大勝負となり、全国の他の選挙にも影響した。民主党の候補に有利に働いたはずだ。

 一方、統一地方選挙全体ではこれも予想通りだが自民党が大幅に議席を減らし、民主党が躍進した。風頼みでしかなかった民主党がやっとかつての社会党並みの地方基盤を持つことが出来た。二大政党制にまた一歩近づく結果である。しかし首都決戦だけが二大政党制とは異なる展開だった。

都知事選挙が全体に与えるイメージは大きい。与党は石原氏の大勝を追い風にしようとするだろう。安倍総理は石原氏の大勝で自分の路線が支持されたと安堵しているに違いない。これに民主党はどう対抗するのか。

勝負どころはやはり国会だと思う。と言ってもスキャンダル追及に力を入れろという意味ではない。スキャンダル追及や審議拒否は与党に直接の打撃を与えられるようでいて、逆に国民の不信を買うことをこれまで嫌というほど経験してきたはずだ。政権を取る気のない野党のやり方は卒業して、国家の経営のあり方を繰り返し国民に訴えていくべきだ。時間がかかるようでもその方が結果的には早道になると思う。与党のやることに反対するのではなく、与党には思う存分にやりたいようにやらせ、それとは別に自分流を訴えていく。それが政権を取る野党の姿だと思う。 

参議院選挙を前に安倍政権は公務員制度改革、地方分権、道州制などこの国の形にかかわる改革の青写真を出してくる。安倍政権の任期中には実現しない遠大なテーマである。野党も遠大なテーマに応えるため明治以来の国の形について何をどう変えるかの構想を出すべきである。党首討論などを利用して国民に訴えることが出来るはずだ。選挙運動のために党首討論をやらないというのはやはり本末転倒というしかない。

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4月12日(木)の「政治ホットライン」には毎日新聞論説委員の松田喬和氏が出演。統一地方選挙、参議院補欠選挙の動向などを話して貰います。

2007年4月 9日

国会TVダイジェスト〜ゲスト:ジャーナリスト 河内孝氏

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『新聞社~破綻したビジネスモデル』
2007年3月、新潮社

今回の「言いたい放題・金曜ナイト」は、ジャーナリストの河内孝氏をお迎えし、マスメディアの病巣について、議論しました。河内氏は今の日本の巨大メディアの裏側、実像を、このほど発売した『新聞社~破綻したビジネスモデル』(新潮新書)で赤裸々に分析し、大きな話題を呼んでいます。読売、朝日、産経、毎日の全国紙が寡占する日本の新聞メディアの異常さ、さらにその新聞社の配下でこの世の春を謳歌するTV局の実態、そしてそのTV局を飴とムチで、牛耳る日本の総務省の行政方針について詳しくお話ししていただきました。

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国会TVの視聴は年額¥10,500・月額¥945(税込)です。
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2007年4月 4日

国会TVダイジェスト〜ゲスト:歳川隆雄(東京インサイドライン編集長)

今回の国会TV「言いたい放題・金曜ナイト」はインサイドライン編集長の歳川隆雄氏をお迎えし、統一地方選挙後に向けた、政界の動きについてお話していただきました。歳川氏が、取材した自民党や官邸内部の動きなど、マスメディアでは語られることの無い秘話やホットな情報満載です。

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2007年4月 2日

深刻なのは高齢化

 少子高齢化はこれからの政治が取り組まなければならない大問題である。

 ところが柳沢発言もそうだが、このところの議論は少子化にばかり目が向いているように思える。もちろん少子化も大問題には違いないが、それはアメリカを除く先進国に共通する問題で日本だけが突出している訳ではない。

 そもそも動物は生命の危機に遭遇すると種の保存本能が働いて子孫を増やそうとするが、危機が去るとその本能は減退する。人間も動物だから戦争や貧困がなくなり生活が安定すると少子化が起こる傾向にある。

 数々の戦争を経て版図を拡大した古代ローマも、「パクス・ロマーナ」(ローマによる平和)の時代を迎えるとローマ市民の少子化が顕著になった。塩野七生著「ローマ人の物語」(全15巻)によると、紀元前2世紀頃は10人もの子供を産むのが珍しくなかったのに、ジュリアス・シーザーが帝国の基礎を築いた紀元前1世紀になると子供2,3人が普通になり、帝国が安定した紀元前1世紀末になると恵まれた階層では結婚をしない人達が増えた。子供を産み育てる以外にも快適な生活を選択できるようになったからである。

 ローマ市民の少子化は国家を維持する上で深刻な危機と認識された。皇帝アウグストゥスは少子化対策のための立法を行う。それは子供のいる人達を社会的に優遇し、子供のない人達は税制や公職のキャリアなどで不利になるというものである。例えば独身女性には独身税というべき税金が課せられ、独身男性には相続権がなくなる他、公職に就く時には子供のいる人より不利になるなどが決められた。この法律は多少の修正は加えられたものの、キリスト教がローマ社会を支配する帝政末期まで存続することになる。

 人権思想が確立した現代ではとうてい受け入れられない政策だと思うが、塩野氏によれば現代の歴史学者の間でこの古代ローマの少子化対策それほど不評ではないと言う。塩野氏自身も「税控除や家族手当の補助金などでは到底解決は不可能なのだと妙に感心した」と書いている。

 かつて田中角栄氏が「親の膝は2つ、子供は3人以上いないと民族は滅亡する」と語ったことがある。その意味は、子供が2人以下だと親の膝を分け合って喧嘩にならない。しかし子供が3人以上だと親の膝を奪い合って必ず喧嘩が起こる。子供は兄弟(姉妹)喧嘩の中から人間関係の機微を学び成長していく。子供の頃の切磋琢磨がないと未熟な大人が出来上がり、民族の将来は危うくなる。しかも2人の親から3人以上の子供が産まれれば人口は減少しない。だから民族は滅亡しない。
 
 そのために政治は何をするのかを私が問うと、角栄氏は「子供が3人以上の家庭は減税の対象にする」と言った。古代ローマと似た考え方である。
 
 柳沢大臣も「女性は産む機械」、「女性に一人頭頑張って貰う」などと言わずに、「子供が3人以上の家庭は、税金、教育費、医療費を優遇する」と言えば良かった。

 ところで少子化問題には古今東西真似をすべき前例がいくつもあるが、高齢化の問題となるとそうはいかない。なにせ日本は世界一の長寿国だから、高齢化問題では世界に先駆けたトップランナーの位置にいる。目標とすべき相手、真似をすべき前例がないのである。
 
 2000年9月から2001年11月にかけて衆議院憲法調査会は27人の有識者を集めて「21世紀の日本のあるべき姿」と題する公聴会を開いた。その中で少子高齢化問題を論じたのは日本大学経済学部の小川直宏教授である。

 小川教授は公聴会で、「日本は世界で最も早く65歳以上が人口の20%を越す」(注:実際2005年に越した)、「2021年には要介護年齢である75歳以上が世界で最も高い水準に到達する」、「1985年に子供2に対して老人1であった割合が、2021年に子供1対老人2に逆転する」、「2025年には65歳以上が30%になる」、「85歳以上の老人が世界の中でもダントツで増加するが、その中で100歳以上が年率13%で増えている」など高齢化の動向を示しながら、「日本は近代史上初めて欧米諸国を参考にすることが出来ない創造の時代に突入する」と述べた。

 昨年冬の豪雪に際して、豪雪地帯に住んでいる多くが高齢者で、雪下ろしもままならない実態が明らかになったが、地方とりわけ過疎地ほど高齢者の割合が高い。これから高齢化社会を迎えて我々の周囲にはどのような問題が起こってくるのであろうか。

 小川教授によると、市役所の支所や出長所などの行政窓口は財政難から近い将来大半がなくなる。しかしそうした地域にも高齢者は取り残され、しかもどんどん亡くなっていく。
 
 運転免許を持った高齢者もどんどん増える。90歳以上の免許を持った人が年率43%の割合で増えている。車がなければ生活が出来ない地域に住む高齢者も多い。高齢者の運転は対向車や障害物に反応しない。相手がよけてくれるのを待つ。高齢種同士の車が行き交うとき何が起こるか。交通標識、信号の間隔、交通システムの全体を変えなければならなくなる。
 
 在宅で寝たきりの高齢者が増える。1990年に1.3だった家族の扶養指数は2010年に0.6、つまり1人の老人を世話できる家族が0.6人しかいないことになる。中でも深刻なのは女性である。なぜなら女性の方が寿命が長いから。夫に先立たれた1人暮らしの要介護の未亡人が増える。小川教授の推計では2025年には30%の女性が1人暮らしになる。その時介護はどうなる。介護保険は維持できるのか。介護のマンパワーを確保することが出来るのか。 

 高齢化社会は選択できない社会である。既に生まれてしまっているわけだから間違いなくやってくる。それを前にして政治の課題は山ほどある。年金制度をどうする。税制をどうする。経済の生産性をどのようにして維持するか。

 高齢化社会を乗り切るためにやらなければならないことの第一は価値観を変えることだと小川教授は言った。まずは老人の定義を変える事が必要になる。65歳以上を老人としてきたが、これからは75歳以上にする。それに伴って定年延長をし、就業形態を変え、年金支給開始年齢を変える。社会の仕組みを大幅に変えなければならない。ただ日本では55歳定年を60歳定年に変えるのに20年以上かかった。簡単でないことは容易に想像できる。そこに政治のリーダーシップが必要となる。

 公聴会の最後に小川教授はテキサス大学のロストウ教授の「第四のチャレンジ」という言葉を紹介した。ロストウ教授はケネディ政権で経済顧問を務めた著名な経済学者だが、人口学会で「少子高齢化は日本の第四のチャレンジだ」と語ったという。

 日本はこれまで歴史の節目で政治指導者がその後の日本を決定づける大胆な決断をしてきた。第一のチャレンジは江戸時代に徳川三代が決断した鎖国政策、第二のチャレンジは明治政府による文明開化政策、第三のチャレンジは第二次世界大戦後の復興政策である。いずれもそれまでの日本社会を転換させる大決断であった。その決断がその後の日本の方向を決定づけた。そして21世紀に日本は否応なく高齢化社会を乗り切るための大胆な決断を迫られている。日本の第四のチャレンジである。

 世界の誰もが経験したことのない少子高齢化社会に日本がどのように立ち向かうのかを世界は注目している。そして日本の政治リーダーは第四のチャレンジを決断する時を迎えている。いつまでも与野党が些末なことで騒いでいる訳には

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4月4日(水)夜9時の「政治ホットライン」には光熱水費問題や耐震偽装問題で活躍中の民主党の芝博一参議院議員が出演。6日(金)の「言いたい放題・金曜ナイト」は最近「新聞社」(新潮新書)を上梓した元毎日新聞幹部の河内孝氏が出演します。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

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http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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