ヒラリーの挑戦
来年のアメリカ大統領選挙に向けてヒラリー・クリントン上院議員が活動を開始した。大統領候補を指名する予備選挙は、来年1月に開かれるアイオア州の党員集会が皮切りとなるが、ヒラリー上院議員は1月27日にそのアイオア州に入って対話集会を開き、初の女性大統領の実現に向けて戦う事を宣言した。世論調査によると現在のところ民主党候補の中で支持率はトップだが、初の女性大統領への道のりは決して平坦ではない。
1993年にクリントン大統領が初の戦後生まれのアメリカ大統領として華々しく登場したとき、有能な弁護士であるヒラリーも初のキャリアウーマンのファーストレディとして注目された。しかし注目はされたが決して人気があったわけではない。むしろブッシュ元大統領夫人であるバーバラと比較され、結婚後家庭に入って6人の子供を育て上げたバーバラの方に多くのアメリカ人は親しみを感じていた。
ヒラリーは内助の功に甘んずるタイプではない。クリントン政権の政策の柱とも言える医療保険改革の責任者として日本型の国民皆保険を実現しようとした。1期目のクリントン政権は「日本に追いつき追い越せ」を目標とする政権であり、日本経済成功の秘訣を取り入れる中で最も真似をしようとしたのが日本の国民健康保険制度である。ところがこれがアメリカ国民には不評だった。大体が「福祉は悪だ」と考えるお国柄である。国民健康保険制度は「社会主義的政策」と見られて否定された。その影響でクリントン政権の支持率は激減、中間選挙にも惨敗、2期目の再選も危うくなった。
このときヒラリーは鮮やかに転身して見せる。一転して表に出ることをやめ、内助の功のポーズをとった。クリントンも「大きな政府の時代は終わった」と宣言して共和党の政策を丸呑みする姿勢を示した。ヒラリーの改革は挫折したが、この時からヒラリーは自らが大統領になるための戦略を真剣に準備し始めたと私は考える。自分が理想とする政策を実現するためには一直線に向かっても無理だ。国民の考えるレベルと歩調を合わせながら、実現が可能になるときを待つ。考えを変えるわけではない。考えを表に出さないだけだ。まさに政治家の対応といえる。
ヒラリーが転身を図った例は以前にもあった。子供が生まれてもクリントン姓を名乗らず夫婦別姓を貫いてきたヒラリーが、クリントン姓を名乗るようになった時だ。32歳の若さでアーカンソー州知事になったクリントンは再選されなかった。再起をかけて次の知事選に挑戦したとき、ヒラリーはクリントン姓を名乗ることにした。夫婦別姓は保守派には評判が悪い。ヒラリーはクリントン姓を名乗ることにしたが、それは保守派の反発を避けるためであって保守派に妥協した訳ではない。ヒラリーはヒラリー・ロダム・クリントンと旧姓も必ず名乗るようにし、夫が州知事にカムバックするや州の教育改革委員長として公務もこなした。
彼女の本質はフェミニスト(女権拡張主義者)だと思う。1996年に書いた「It Takes A Village」は「子供は村中みんなで育てるもの」というアフリカの諺から題名が取られている。これはかつて平塚らいてうが雑誌「青鞜」に書いた「古来、女性は太陽であった」という原始共産制社会、母系性社会の思想に通じている。
筆者が取材に訪れた事のある西アフリカのガーナは原始共産制社会の名残を今も残していて、女性が一家の中心であり社会の中心であった。部族の酋長は男だが、その酋長を選ぶのは一族のマミーと呼ばれる長老の女性である。マミーの決定には誰も逆らえない。マーケットで商売をするのもみな女性で、経済は女が握っている。母親が働くために子供は村中みんなで育てることになる。誰の子を生むかを決めるのは女であり、男は女から声をかけられるのを待つ。顔に顔料を塗りおしゃれをして気に入られようとする。昼下がりに男どもが木の下に集まり鏡を見ながら化粧をしている様を見てカルチャーショックだったが、「ああ、これが平塚らいてうの言った原始共産の世界なのだ」といたく感心した覚えがある。これこそが一夫一婦制が普及する前の社会のありようなのである。
その後南太平洋の島を訪れたときにも同じような社会を見て、一夫一婦制以前の社会が世界にはいたるところに残っていることを知った。
1996年に争われた二期目の大統領選挙でクリントン大統領は共和党のボブ・ドール候補と戦うことになる。ドール候補の夫人エリザベス・ドールは、レーガン政権で運輸長官、パパ・ブッシュ政権では労働長官、その後も赤十字総裁を務めるなどキャリアウーマンとしては頂点を極めた女性である。ヒラリー対エリザベスというキャリアウーマン同士の戦いが注目されたが、このときヒラリーの書いた「It Takes A Village」が共和党から猛烈に攻撃された。この本の思想はアメリカの良き伝統に反し、「家族の価値」を否定しているという批判である。
アメリカの良き伝統とは「子供を育てるのは両親」というキリスト教の一夫一婦制の思想に基づいている。ヒラリーにはヒッピーの影響を受けた反キリスト教の思想があると言われた。
アメリカ経済が立ち直ってきたこともあってクリントンは再選を果たすことが出来た。しかし二期目のクリントン政権でヒラリーは不愉快な思いを続けることになる。アーカンソー州知事時代のリゾート開発に絡むホワイトウォーター疑惑で証拠隠滅の疑いをかけられ、夫の不倫騒動にも見舞われた。
2000年にニューヨーク州選出の民主党上院議員が引退することになり、民主党は前例のないファーストレディの候補擁立に踏み切る。こうして上院議員となったヒラリーは、大統領になるために自分に不足している部分を埋める作業に専念する。
アメリカ合衆国大統領は世界最強の軍隊の最高司令官である。そして政治とは究極の選択として血を流すことを決断しなければならない。ヒラリーは軍事委員会に所属して軍事問題の知識を吸収する。イラク戦争では賛成票を投じた。戦争の決断を迫られたときに反対する者は大統領になれない。それはアメリカ政治の現実である。湾岸戦争のとき、多くの民主党議員は反対したが、大統領選出馬を考えていたアル・ゴア上院議員(当時)は賛成票を投じた。
ヒラリーが積極的に極右の政治家と親交を持ち、ウーマン・リブでは禁じられているお茶くみや男性議員との酒の飲み比べで議会の人気者になった話は以前に「ブッシュ親子の愛憎劇とヒラリーの人たらし」で紹介した。こうした動きのすべては大統領選挙に出馬するための戦略に基づいていると思う。
ヒラリーの戦略が功を奏するかどうか、いよいよその真価が問われるときが来た。もし初の女性アメリカ大統領が誕生すれば、世界史の一大エポックとなる。世界に数多くの女性首相や大統領がいてもアメリカ合衆国大統領とは意味合いが違う。世界一の軍事力と経済力と情報収集能力を持つ国家の指導者である。その指導者に女性がなることの影響力は計り知れない。
「ヒラリーが大統領になれば何よりも国民健康保険改革に取り組むだろう」とニューヨーク市立大学の霍見芳浩教授は1月26日の国会TVで発言した。
「かつては失敗したが、今ならば国民の支持を受けることは出来る」と霍見教授は言う。それが本当だとすればヒラリーの執念は凄い。リベラルすぎるとして否定された健康保険改革を実現するために、ここまで隠忍自重してきたことになる。そして政治家が権力を目指すのは、そうした目標があるからこそなのだと改めて思う。
かつて田中角栄氏に「年長の福田赳夫氏を押しのけるようにして総理になったのはなぜか」と聞いたことがある。あのとき年長の福田氏に総理の座を譲っていれば金権批判も角福戦争もなく、かえって長期政権をものにしたかもしれない。それに対する角栄氏の答えは、「行政改革をやらないと国家が持たなくなる状況が出てきた。そのため官僚機構をリストラする法案を作ったが、官僚出身の佐藤栄作総理にことごとく骨抜きにされた。そのときどうしても総理にならなければと思った。それが大きかった。あのとき幹事長のままでいたら最高だったのになあ」というものだった。
今のところ民主党の候補者として支持率トップであっても大統領になれるとは限らない。まず保守的な南部の有権者や低賃金層の女性にはヒラリーのようなタイプの女性を嫌う傾向がある。そしてブッシュ大統領の知恵袋であり選挙巧者のカール・ローブは1年も前から民主党の大統領候補はヒラリーになると狙いを定め、その弱点を徹底的に研究していると言われている。それらの壁を乗り越えられるかどうか、鍵を握るのは下院議長に就任したナンシー・ペロシだと霍見教授は言った。アメリカ議会の議長は名誉職ではない。彼女がどのように共和党と渡り合うかによって、アメリカ国民に女性の政治的力量を見せ付けることが出来る。それが女性大統領の出現にも道を開くことになる。
21世紀は、2千年にわたって世界を覆ってきたキリスト教の文化に対して、いったんは駆逐された多神教的なものの考え方が回復し、それが次第に世界を覆うようになると考えている筆者は、そうした意味でヒラリーの挑戦に注目している。
1月31日夜9時放送の「政治ホットライン」は民主党の馬淵澄夫衆議院議員が出演します。耐震偽装問題が再び明らかになったタイミングでの出演。かつ国対副委員長としても色々聞きたいことがあります。みなさんも電話で質問を。2月2日の「言いたい放題・金曜ナイト」は元産経新聞論説副委員長の花岡信昭氏の出演となります。こちらには安倍政権の行方を占って貰います。


