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2007年1月30日

ヒラリーの挑戦

 来年のアメリカ大統領選挙に向けてヒラリー・クリントン上院議員が活動を開始した。大統領候補を指名する予備選挙は、来年1月に開かれるアイオア州の党員集会が皮切りとなるが、ヒラリー上院議員は1月27日にそのアイオア州に入って対話集会を開き、初の女性大統領の実現に向けて戦う事を宣言した。世論調査によると現在のところ民主党候補の中で支持率はトップだが、初の女性大統領への道のりは決して平坦ではない。

 1993年にクリントン大統領が初の戦後生まれのアメリカ大統領として華々しく登場したとき、有能な弁護士であるヒラリーも初のキャリアウーマンのファーストレディとして注目された。しかし注目はされたが決して人気があったわけではない。むしろブッシュ元大統領夫人であるバーバラと比較され、結婚後家庭に入って6人の子供を育て上げたバーバラの方に多くのアメリカ人は親しみを感じていた。

 ヒラリーは内助の功に甘んずるタイプではない。クリントン政権の政策の柱とも言える医療保険改革の責任者として日本型の国民皆保険を実現しようとした。1期目のクリントン政権は「日本に追いつき追い越せ」を目標とする政権であり、日本経済成功の秘訣を取り入れる中で最も真似をしようとしたのが日本の国民健康保険制度である。ところがこれがアメリカ国民には不評だった。大体が「福祉は悪だ」と考えるお国柄である。国民健康保険制度は「社会主義的政策」と見られて否定された。その影響でクリントン政権の支持率は激減、中間選挙にも惨敗、2期目の再選も危うくなった。

 このときヒラリーは鮮やかに転身して見せる。一転して表に出ることをやめ、内助の功のポーズをとった。クリントンも「大きな政府の時代は終わった」と宣言して共和党の政策を丸呑みする姿勢を示した。ヒラリーの改革は挫折したが、この時からヒラリーは自らが大統領になるための戦略を真剣に準備し始めたと私は考える。自分が理想とする政策を実現するためには一直線に向かっても無理だ。国民の考えるレベルと歩調を合わせながら、実現が可能になるときを待つ。考えを変えるわけではない。考えを表に出さないだけだ。まさに政治家の対応といえる。

 ヒラリーが転身を図った例は以前にもあった。子供が生まれてもクリントン姓を名乗らず夫婦別姓を貫いてきたヒラリーが、クリントン姓を名乗るようになった時だ。32歳の若さでアーカンソー州知事になったクリントンは再選されなかった。再起をかけて次の知事選に挑戦したとき、ヒラリーはクリントン姓を名乗ることにした。夫婦別姓は保守派には評判が悪い。ヒラリーはクリントン姓を名乗ることにしたが、それは保守派の反発を避けるためであって保守派に妥協した訳ではない。ヒラリーはヒラリー・ロダム・クリントンと旧姓も必ず名乗るようにし、夫が州知事にカムバックするや州の教育改革委員長として公務もこなした。

 彼女の本質はフェミニスト(女権拡張主義者)だと思う。1996年に書いた「It Takes A Village」は「子供は村中みんなで育てるもの」というアフリカの諺から題名が取られている。これはかつて平塚らいてうが雑誌「青鞜」に書いた「古来、女性は太陽であった」という原始共産制社会、母系性社会の思想に通じている。

 筆者が取材に訪れた事のある西アフリカのガーナは原始共産制社会の名残を今も残していて、女性が一家の中心であり社会の中心であった。部族の酋長は男だが、その酋長を選ぶのは一族のマミーと呼ばれる長老の女性である。マミーの決定には誰も逆らえない。マーケットで商売をするのもみな女性で、経済は女が握っている。母親が働くために子供は村中みんなで育てることになる。誰の子を生むかを決めるのは女であり、男は女から声をかけられるのを待つ。顔に顔料を塗りおしゃれをして気に入られようとする。昼下がりに男どもが木の下に集まり鏡を見ながら化粧をしている様を見てカルチャーショックだったが、「ああ、これが平塚らいてうの言った原始共産の世界なのだ」といたく感心した覚えがある。これこそが一夫一婦制が普及する前の社会のありようなのである。
 
 その後南太平洋の島を訪れたときにも同じような社会を見て、一夫一婦制以前の社会が世界にはいたるところに残っていることを知った。

 1996年に争われた二期目の大統領選挙でクリントン大統領は共和党のボブ・ドール候補と戦うことになる。ドール候補の夫人エリザベス・ドールは、レーガン政権で運輸長官、パパ・ブッシュ政権では労働長官、その後も赤十字総裁を務めるなどキャリアウーマンとしては頂点を極めた女性である。ヒラリー対エリザベスというキャリアウーマン同士の戦いが注目されたが、このときヒラリーの書いた「It Takes A Village」が共和党から猛烈に攻撃された。この本の思想はアメリカの良き伝統に反し、「家族の価値」を否定しているという批判である。
 
 アメリカの良き伝統とは「子供を育てるのは両親」というキリスト教の一夫一婦制の思想に基づいている。ヒラリーにはヒッピーの影響を受けた反キリスト教の思想があると言われた。

 アメリカ経済が立ち直ってきたこともあってクリントンは再選を果たすことが出来た。しかし二期目のクリントン政権でヒラリーは不愉快な思いを続けることになる。アーカンソー州知事時代のリゾート開発に絡むホワイトウォーター疑惑で証拠隠滅の疑いをかけられ、夫の不倫騒動にも見舞われた。
 
 2000年にニューヨーク州選出の民主党上院議員が引退することになり、民主党は前例のないファーストレディの候補擁立に踏み切る。こうして上院議員となったヒラリーは、大統領になるために自分に不足している部分を埋める作業に専念する。

 アメリカ合衆国大統領は世界最強の軍隊の最高司令官である。そして政治とは究極の選択として血を流すことを決断しなければならない。ヒラリーは軍事委員会に所属して軍事問題の知識を吸収する。イラク戦争では賛成票を投じた。戦争の決断を迫られたときに反対する者は大統領になれない。それはアメリカ政治の現実である。湾岸戦争のとき、多くの民主党議員は反対したが、大統領選出馬を考えていたアル・ゴア上院議員(当時)は賛成票を投じた。
 
 ヒラリーが積極的に極右の政治家と親交を持ち、ウーマン・リブでは禁じられているお茶くみや男性議員との酒の飲み比べで議会の人気者になった話は以前に「ブッシュ親子の愛憎劇とヒラリーの人たらし」で紹介した。こうした動きのすべては大統領選挙に出馬するための戦略に基づいていると思う。

 ヒラリーの戦略が功を奏するかどうか、いよいよその真価が問われるときが来た。もし初の女性アメリカ大統領が誕生すれば、世界史の一大エポックとなる。世界に数多くの女性首相や大統領がいてもアメリカ合衆国大統領とは意味合いが違う。世界一の軍事力と経済力と情報収集能力を持つ国家の指導者である。その指導者に女性がなることの影響力は計り知れない。

 「ヒラリーが大統領になれば何よりも国民健康保険改革に取り組むだろう」とニューヨーク市立大学の霍見芳浩教授は1月26日の国会TVで発言した。
 
 「かつては失敗したが、今ならば国民の支持を受けることは出来る」と霍見教授は言う。それが本当だとすればヒラリーの執念は凄い。リベラルすぎるとして否定された健康保険改革を実現するために、ここまで隠忍自重してきたことになる。そして政治家が権力を目指すのは、そうした目標があるからこそなのだと改めて思う。

 かつて田中角栄氏に「年長の福田赳夫氏を押しのけるようにして総理になったのはなぜか」と聞いたことがある。あのとき年長の福田氏に総理の座を譲っていれば金権批判も角福戦争もなく、かえって長期政権をものにしたかもしれない。それに対する角栄氏の答えは、「行政改革をやらないと国家が持たなくなる状況が出てきた。そのため官僚機構をリストラする法案を作ったが、官僚出身の佐藤栄作総理にことごとく骨抜きにされた。そのときどうしても総理にならなければと思った。それが大きかった。あのとき幹事長のままでいたら最高だったのになあ」というものだった。

 今のところ民主党の候補者として支持率トップであっても大統領になれるとは限らない。まず保守的な南部の有権者や低賃金層の女性にはヒラリーのようなタイプの女性を嫌う傾向がある。そしてブッシュ大統領の知恵袋であり選挙巧者のカール・ローブは1年も前から民主党の大統領候補はヒラリーになると狙いを定め、その弱点を徹底的に研究していると言われている。それらの壁を乗り越えられるかどうか、鍵を握るのは下院議長に就任したナンシー・ペロシだと霍見教授は言った。アメリカ議会の議長は名誉職ではない。彼女がどのように共和党と渡り合うかによって、アメリカ国民に女性の政治的力量を見せ付けることが出来る。それが女性大統領の出現にも道を開くことになる。

 21世紀は、2千年にわたって世界を覆ってきたキリスト教の文化に対して、いったんは駆逐された多神教的なものの考え方が回復し、それが次第に世界を覆うようになると考えている筆者は、そうした意味でヒラリーの挑戦に注目している。

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1月31日夜9時放送の「政治ホットライン」は民主党の馬淵澄夫衆議院議員が出演します。耐震偽装問題が再び明らかになったタイミングでの出演。かつ国対副委員長としても色々聞きたいことがあります。みなさんも電話で質問を。2月2日の「言いたい放題・金曜ナイト」は元産経新聞論説副委員長の花岡信昭氏の出演となります。こちらには安倍政権の行方を占って貰います。

2007年1月23日

亥年の選挙は恐ろしい

 永田町では全員がそう思ったのではないだろうか。宮崎県知事選挙で泡沫候補と思われていたタレントのそのまんま東氏が圧勝した。誰もが予想しなかった選挙結果について、当初「保守分裂の影響」や「無党派の反乱」が指摘されたが、そのまんま東氏の得票数は投票総数の44%、二位との差が7万票余り、自民・公明の与党が推す候補に対しては二倍以上という数字で、「保守分裂」や「無党派の反乱」だけで片付けられるとは思わない。

 朝日新聞の出口調査によれば、自民党支持者の38%が自公推薦ではない川村候補に投票し、次いで32%がそのまんま東候補に、自公推薦の持永候補にはそれより少ない29%しか投票していない。宮崎県は国会議員5人のうち4人が自民党、県会議員42人のうち32人が自民党という保守王国である。その宮崎でそのまんま東氏は自公推薦候補者より多い自民党支持者の票を獲得した。

 民主党支持者はどうか。自民党の一部が担ぎ出し民主党が支援した川村候補とそのまんま東候補が44%で並んでいる。民主党支持者にも大きく食い込んでいる。

 それ以上に注目すべきは、最も忠実な選挙マシーンといわれる公明党支持者の28%、また共産党支持者の39%からも票を得ている。

 その上で無党派の56%の票を獲得しているのである。

 これは「無党派の反乱」というより、「有権者の反乱」と言うべき現象で、それほど既成の政治全体に対する不信感が強かったということになる。

 宮崎県民にとっては官製談合事件が政治不信の最大の理由だろうが、このところ宮崎だけでなく日本全体で政治の求心力が低下しているように思える。安倍政権の支持率低下と歩調を合わせるようにそれが進行している。選挙の年に深刻な事態が進行していると見なければならない。

 何がそうさせるのか、国会TVでは1月17、19の両日、毎日新聞論説委員の松田喬和氏と読売新聞政治部長の小田尚氏をゲストに日本政治の現状を語り合った。

 二人に共通していたのは、参議院選挙を意識する余り自民、民主の両党がともに消費税論議を封印してしまったことが、国民生活の先行きを巡る議論をも封印し、政治の求心力を弱めているのではないかという見方だった。

 毎日新聞の松田氏は、「安倍政権が得意とするのは憲法改正や教育問題など政治大国路線だが、国民が求めているのは生活大国で、そこにミスマッチがある。安倍政権が政治大国路線を推進するのは良いが、どうやって生活大国にするかも同時に打ち出さなければならない。その際、ある程度の痛みを伴わなければ将来を安定させることは難しい。そのことは国民もわかっている。ところが安倍政権は参議院選挙のために消費税論議を封印してしまった。消費税を逃げているのは民主党も同じで、政治がマイナスレースになってしまっている。安倍政権の求心力が低下している一方で民主党も支持が上がらない。結果として政治全体の求心力が低下している」と発言した。

 読売新聞の小田氏は、「そろそろ参議院選挙の目玉政策が出てくる時期なのに、それが出てこないのは安倍政権が消費税論議を避けているからだ。民主党は25日から始まる通常国会を『格差是正』、『生活維新』と位置づけているが、民主党も消費税論議を避けているので国民生活を巡る議論が深まるとは思えない。結局、通常国会はスキャンダルと非難の応酬になる可能性が高い。国会が泥仕合の様相になれば、打撃は与党の方が大きくなる。選挙への影響は避けられない。それでなくとも小泉時代に自民党を支持した無党派層が安倍政権になって自民党離れを始めている。安倍政権に対する不満の受け皿は民主党になるだろうから、参議院選挙では言われているより民主党が健闘する」と述べた。

 安倍政権の求心力低下を物語るように永田町ではポスト安倍に向けた動きが出始めた。谷垣、古賀、麻生氏などの間で旧宏池会をまとめようとする動きがあり、一方では小泉総理の再登板説も流れている。

 毎日新聞の松田氏は、「そもそも若い安倍氏を自民党総裁に担ごうとしたのは、民主党が岡田克也、前原誠司と若返りを図ったことに刺激された結果だ。しかし民主党の若返り路線は未熟さゆえに失敗し、小沢一郎というオールド世代が復活した。自民党も安倍政権が選挙に負けて交代せざるを得なくなると、年配の世代に戻るのではないか。谷垣世代まで戻るのか、それとも麻生世代、あるいは加藤紘一、山崎拓世代にまで戻るのかということになる。小泉再登板説もあるが、市場原理主義の弊害が出てきたこともあり、本人がどう思っているかは知らないが、客観的には難しいと思う」と語った。

 私も小泉再登板は難しいと思う。安倍政権は一応自民党総裁選挙の体裁をとっているが、事実上小泉前総理が作り出した政権で、小泉前総理には任命責任がある。安倍政権が駄目だからと言って自らが交代するわけにはいかないだろう。それに世界も日本も小泉政治の時代とはすっかり変わってきている。小泉流が今でも通用するかどうかはなはだ疑問だ。しかしそうだからといって小泉前総理が全く権力闘争から無縁になるとも思えない。安倍総理を「表」に立てながら、自分は「裏」で政治工作を行うことはあり得る。究極の目標は政界再編だが、安倍総理がピンチになればどこかで行動を開始するのではないか。それがいつなのかを私は注目している。

 小泉政治はこれまでの自民党にはありえないことを次々に打ち出し、それに永田町も国民も飲み込まれたが、今回の宮崎県知事選挙にもその影響が表れていると私は思った。テレビのワイドショーを利用した小泉流のメディア戦略を見て、政治家達は我先にと視聴率の高いバラエティ番組に出演するようになった。番組を司会しているのは大方がお笑いタレントだから、お笑いタレントと政治家の垣根があっという間になくなった。中にはお笑いタレントに媚びを売る政治家まで現れて、時にはお笑いタレントの方が立派に見えることもある。視聴率主義のテレビがお笑いタレントを時代の寵児に持ち上げ、小泉政治が政治家の地位をお笑いタレントに近づけた。それがなければそのまんま東氏の圧勝はなかったのではないか。決して非難しているのではない。それが日本の民主主義の現実なのである。

 宮崎県知事選挙を巡ってはもう一つ、自民党と民主党の幹事長の対照的なコメントに首をかしげたくなった。
 
 自民党の中川秀直幹事長は選挙結果を「保守分裂のせい」だとして、「決して野党に負けたわけではない」と強気のコメントを出した。
 
 これに対して民主党の鳩山由紀夫幹事長は「独自候補を立てることが出来なかった事を反省している」と弱気のコメントを出している。

 これは不思議なことだと思った。選挙結果を素直に見れば、自民党と公明党が推した候補はそのまんま東候補の半分以下の票数しか取れずに3位だった。自民党は候補者の選び方に問題があって惨敗したということではないのか。それが強気のコメントを出す。
 
 一方で民主党が支援した候補は当選は出来なかったが自公の候補を上回った。保守王国の宮崎で独自の候補を立てられなかったのは致し方がないとも言える。むしろ保守分裂に導いた結果、自公の候補に勝ったとコメントすべきではなかったか。この選挙をよく分析すれば、民主党の地盤が弱い選挙区で、自公協力の強い候補を勝たせない方法を発見できるかもしれない。決して悲観的になる必要がないと思うのだが弱気のコメントを聞かされる。こんな所にも政治が求心力をなくしている要素があるような気がする。

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今週の「政治ホットライン」は25日(木)夜9時からインサイドライン編集長歳川隆雄氏が出演、「言いたい放題・金曜ナイト」は26日(金)夜9時からNY市立大学教授の霍見芳浩氏が出演します。
25日からは166通常国会が開幕、26日には総理の施政方針演説が行われます。こちらにも注目下さい。

1月16日国会TVダイジェスト

今回は1月16日に生放送した、『政治ホットライン』をダイジェストでお送りいたします。ゲストは毎日新聞論説委員の松田喬和氏をお迎えし、選挙の年である今年、政局の動きを読んでいきます。安倍政権の命脈はどこまでもつのでしょうか?プロが読む永田町裏模様、是非、ご覧ください。

ダウンロード(映像配信は終了しました)

国会TVの視聴は年額¥10,500・月額¥945<税込>です。
お申し込み、詳細はこちらをごらんください。

2007年1月17日

1月12日の国会TVダイジェスト

今年最初の『いたい放題金曜ナイト』は、早稲田大学谷藤悦史教授に、選挙の年と呼ばれる2007年の日本政治の課題についてお話しいただきました。

ダウンロード(映像配信は終了しました)

国会TVの視聴は年額¥10,500・月額¥945<税込>です。
お申し込み、詳細はこちらをごらんください。

2007年1月15日

政治は「揺り戻し」の中にある

 2007年初の「言いたい放題・金曜ナイト」は、谷藤悦史早稲田大学教授に日本政治の課題を語ってもらったが、キーワードは「揺り戻し」だった。

 まず外交であるが、つい最近までの世界はアメリカを中心としたグローバリゼーションの流れの中にあった。20世紀末、旧ソ連の崩壊によって唯一の超大国となったアメリカは、世界最強の軍事力、経済力、情報力を武器に、世界を一極集中的に管理しようとした。20世紀末から21世紀初頭の世界にはグローバリゼーションの波が押し寄せた。ワシントンにある世界銀行、国際通貨基金が世界経済を主導し、ホワイトハウスが世界の政治地図を作製した。ワシントンで世界の全てが決められた。
 
 2001年に誕生した小泉政権はアメリカとの関係を外交の最優先にしたことで、グローバリゼーションの流れに乗った政権だったと言える。

 しかしその後、EUに代表されるように地域利益の確保を優先する地域主義の流れが出てきた。南米では南米共同体が作られようとしており、アジアでも東アジア共同体構想や地域の連携を深めようとする動きが出てきている。グローバリゼーションに対する「揺り戻し」が起きてきているのだ。ロシアの資源ナショナリズムもこうした動きを象徴している。こうした世界の変化を考えるとき、安倍政権が小泉政治の継承を謳うことにどれほどの意味があるのだろうか。

 そこで谷藤教授は興味深い事例を紹介した。昨年12月12日に安倍総理はオーストラリアのハワード首相との間で経済連携協定(EPA)の交渉を開始することに合意した。交渉は今年から始まる。この案件も小泉時代から進められてきたもので、小泉外交の継承の一環と言える。しかし日豪のEPAが実現し、牛肉、乳製品、小麦、砂糖の関税が撤廃され、それが豪州以外にも拡大することになると、日本産の小麦の99%、砂糖の100%、乳製品の44%、牛肉の60%が犠牲になると見られる。日豪EPAの日本にとっての利益は資源エネルギーの安定的確保と安全保障関係の強化だと言われるが、先進国中最下位の食料自給率はさらに低下することになる。国際的な連携を強化することは結構だが、そのために自国の農業に壊滅的打撃を与えることが許されて良いのだろうか。
 
 協定で最も影響を受ける地域は北海道と沖縄だが、北海道だけで1兆円を超える打撃を受けると北海道庁では試算している。

 世界の流れが小泉時代と変わってきていることを自覚するならば、安倍政権の外交姿勢も小泉政治とは異なるものになるはずだ。自国の農業に壊滅的打撃を与えることが「美しい国」をつくることになるとは思えない。ところがこの問題に対して政治の世界もメディアもほとんど関心を払っていないのはどうしたことだろうか。
 
 野党が参議院選挙の争点にすべき話だと谷藤教授は言った。

 内政面における小泉政治は「都市」の政治だった。バブル崩壊以降先進国の中で唯一低迷から抜けられないでいた日本経済を立て直すため、小泉政治は都市の再開発に力を入れ、土地の利用可能性を高め地価の下げ止まりを図った。それは成功したが、その結果、いわば東京の一人勝ち現象が起きて地方が置き去られた。ここにも政治の「揺り戻し」が必要とされている。

 平成の大合併によって3200あった自治体数は1800にまで減少した。富山市などは県の面積の30%を占めるまでに拡大した。市の均質性はなくなり、様々な業種、様々な階層を抱えるようになった。しかし行政需要は減らないのに公務員数も財源も減らされている。一方で基礎自治体数が20以下になった県が出てきた。県の役割とは何なのか分からなくなってきている。

 夕張市の財政破綻ばかりがまるで人身御供のように報道されているが、同じ状況の自治体は他にも数多くあり、いずれ顕在化する。県民所得は東北では軒並み下がっている。

 県知事が汚職事件で相次いで逮捕され、知事制度が問われている。直接県民から選ばれる知事は大統領型の権力者だが、大統領制は議会との緊張関係がないと独裁になりやすい。しかし日本では知事も県民党を名乗り、議会もオール与党体制になっている県が多く、とても緊張関係があるとは思えない。地方政治の制度をどうするか根本的に考えなければならない状況が出てきている。内政の課題の第一は「地方」をどうするかという問題である。

 次いで「格差」の問題がある。資本主義は格差を生み出すものである。その格差をどこまで許容するかは民主主義の問題。日本の民主主義がどこまでの格差を認めるかが今問われている。
 
 かつて一億総中流と言われた日本の貧困率はOECD加盟国の中で5位になってしまった。労働分配率もアメリカより悪い。そうした中で失業問題ではなく、雇用問題が初めて政治課題になろうとしている。非正規雇用の問題、ホワイトカラーエグゼンプションなど雇用のあり方が問われることになった。
 
 格差、雇用の問題は社会保障とも絡む事になる。格差、雇用、社会保障問題で各政党がどのようなメッセージを国民に発することが出来るか、そのことが今年の選挙の帰趨を決する。

 与党は国民に向けて「景気は良くなっている」と言い続ける。「もうすぐ実感できる」と言い続けるだろう。その一方で民主党に対する選挙戦略としてホワイトカラーエグゼンプションを打ち出し、連合と取引をする可能性がある。自治労対策としては公務員制度改革を打ち出すだろう。

 これに対して民主党がどのようなメッセージを国民に発するか、まだメッセージは国民に届いていない。
 
 いずれにしても日本政治は小泉時代とは異なる「揺り戻し」の中にあり、与党も野党もそのことを理解しないと、選挙で「有権者の反乱」に遭う可能性がある。
 
 国民にメッセージを届けることが出来るのは、25日から始まる通常国会が最大の舞台となる。

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1月17日夜9時には毎日新聞論説委員の松田喬和氏、19日夜9時には読売新聞政治部長の小田尚氏に今年の政局を占って貰います。是非御質問を。

2007年1月 9日

見えない二人

 12年に一度、統一地方選挙と参議院選挙が重なる亥年が幕を明けた。
 
 とりわけ今年の選挙は与野党にとって生死を賭けた戦いとなり、負けた方の総大将は政治的に死に体になる恐れがある。戦いは年の初めから始まり夏に決着する。
 
 1月21日に山梨、愛媛、宮崎の県知事選、2月4日に愛知県知事選と北九州市長選、4月8日に統一地方選挙の前半として13の都道県知事選と44の道府県議選など、4月22日には福島、沖縄の参議院補欠選挙と統一地方選の後半として市町村の首長選挙などが行われ、7月22日に青木幹雄自民党参議院会長が言うところの{天下分け目の関が原」参議院選挙が予定されている。

 参議院選挙は長期政権を続けてきた自民党にとって鬼門である。

 結党以来初めて野党に敗北し現在につながる政治の混迷を招いたのは1989年の参議院選挙だった。86年の衆参ダブル選挙で史上最高の衆議院300議席という大勝利を収めながらその3年後に自民党は大惨敗を喫したのである。「自民党は都市の学生と労働者にウイングを広げた」と中曽根総理(当時)が自画自賛したのも束の間、圧倒的な議席の上に立って中曽根政権がなし得なかった間接税導入を図った竹下政権はリクルート事件の直撃を受けて退陣、その直後に参議院選挙は行われた。自民党は改選議席数69議席を36議席に減らし、参議院で与野党が逆転、就任したばかりの宇野総理も退陣して政治改革が急務となった。

 その政治改革を巡って自民党は分裂した。小選挙区制度の導入による二大政党制を主張した小沢一郎、羽田孜氏らは自民党を脱党して非自民勢力を糾合、細川連立政権を作って自民党は初めて野党に転落した。社会党の村山富市氏を総理に担ぐという離れ業を演じ、やっとの思いで与党に復帰した自民党は、女性を中心に国民に人気があった橋本龍太郎氏を総理に担いだが、1998年の参議院選挙に敗れて、またしても総理退陣を余儀なくされた。

 2005年の衆議院選挙で小泉マジックが炸裂し296議席を獲得した自民党だが、今年の参議院選挙で過半数を失えば、やはり機能不全に陥ることになる。衆議院を通過した法案が参議院ではことごとく成立しなくなるからだ。参議院で否決されても衆議院で三分の二以上が賛成すれば再議決できるが、理屈はそうでも現実にそれを繰り返すことはなかなか難しい。政治の混乱は避けられない。
 
 そのため自民党は小泉総理の後任として国民に人気のある安倍晋三氏を総理に担いだ。安倍政権は参議院選挙に負けないための政権なのだが、就任直後こそ順調な滑り出しを見せたものの、郵政造反組の復党問題でゴタついだのを皮切りに、タウンミーティングのやらせ問題が暴露され、ついで自らが任命した政府税調会長、行政改革担当相がスキャンダルにより相次いで辞任するなど失速状態となってきた。

 まさに波乱含みの亥年の幕開けなのだが、私には姿の見えない二人の政治家が気になる。一人は小泉前総理であり、もう一人は小沢民主党代表である。
 
 小泉前総理はこれまでの総理と異なり、退任後全くメディアの前に姿を見せない。あれほどメディアを利用しつくした人物が姿を見せないのだから、何かあると思わざるを得ない。

 こういう見方がある。利益誘導が特色の日本政治の中で、小泉政権はスキャンダルのない珍しい政権だった。しかし5年も続けば何かあってもおかしくはない。いつかは必ず膿が出てくるものだ。それを見越して小泉前総理はじっと静かにしている。静かにしていればスキャンダルは出にくくなるからだという。
 
 それが本当かどうかはわからないが、「タウンミーティングのやらせ問題」は間違いなく小泉政権下の不祥事だった。それなのに安倍政権になってから問題が表面化し、安倍政権の面々だけが頭を下げ、処分されている。当の小泉前総理も小泉政権のメンバーも一言のコメントも謝罪もしていない。それをすると何かまずいことにでもなるかのように、全く音なしの構えである。
 
 問題の本質が政府と大手広告代理店とが組んで多額の税金を使い、世論誘導を仕掛けたという話だから、この問題がさらに横に広がって新聞、テレビ、インターネットを巻き込んだ世論操作の実態にでもつながれば、それこそ小泉総理の評価を激変させることになるのだが、それを追及する動きも、出てくる気配も全く感じられない。

 ただ安倍政権の躓きの最初となった郵政造反組の復党問題で、復党のハードルを上げた中川幹事長の背後に小泉前総理がいると私は書いたことがある(「郵政選挙」の後始末)。私の見方が正しければ、政治の要所要所で小泉前総理は「見えざる手」を動かしていることになる。何のためか。かつて私は小泉前総理の野望は1993年に自民党を分裂させ、二大政党制を実現しようとした小沢一郎氏らによる「政治改革」の流れを消し去り、「憲法改正」をテコに民主党を吸収して巨大与党を作りあげ、それを二分して小沢氏とは異なる二大政党制の始祖になることだと書いた(小泉二代目政権)。
そのために表に安倍総理を据えながら、自らは裏工作に徹するだろうと書いた(同)。
 
 それならば今年の参議院選挙は小泉前総理にとっても何としても負けられない選挙である。小沢民主党代表を政治的死に追い詰めなければならない選挙である筈だ。

 表に出ていなければいないほど小泉前総理が登場するときのインパクトは大きなものになる。そのタイミングを計算しているようにも思える。それがいつなのか、何のためなのか、それを私はじっと見ている。

 安倍総理の「顔が見えない」と同様に、小沢民主党代表の姿も見えないとよく言われる。就任直後は千葉4区の補欠選挙で不慣れなパフォーマンスを見せていたから、見えなくなったのは安倍政権が誕生してからである。病気の検査と称して入院してから存在感が希薄になった。もともと人前でしゃべることやパフォーマンスが苦手なだけに、現在の状況から政治的力量が落ちたと断言することはできないが、国民の期待を巻起こすエネルギーは感じられない。

 しかし今年の参議院選挙は小沢代表にとってまさに政治生活の総決算ともいうべき重大な選挙である。二大政党制を実現するために自民党を割って出てから14年、もう残された時間はない。この選挙に負ければ、衆議院で三分の二以上を占める与党は、参議院も制することで何でもできるようになる。それを許した野党党首は厳しく責任を追及され、代表辞任は避けられない。
 
 メディアで姿が見えないといわれても、私には小沢代表の選挙にかける執念がいやというほど伝わってくる。なりふり構わぬ選挙至上主義だ。与党を倒すためなら誰とでも手を組む。敵の敵は味方という考えだ。まず自民党の郵政造反組との連携を図り、鳥取で川上義博氏の出馬を決めた。そうした動きがあったからこそ安倍総理は支持率低下を覚悟してでも造反組の復党を急がなければならなかった。秋田では1億円献金事件で自民党と疎遠になった村岡兼造氏に協力を求める。沖縄県知事選挙では共産党、社民党と共に米軍基地撤去派候補を担ぐ。従来は自民党支持組織であった日本青年会議所や日本看護協会から候補者を担ぐ。創価学会に対抗する立正佼成会の支持も獲得する。

 政権政策も選挙を意識した内容に変更する。そもそも消費税導入論者であったのに、自民党が消費税論議を選挙後に先送りすると、民主党も消費税5%維持を打ち出す。統一地方選挙のある年だ。地方への「ばら撒き」と批判される政策も臆せずに打ち出す。etc

 そのなりふり構わぬ姿勢に民主党の中からは批判が噴出した。しかし小沢代表は動じない。おそらく「正しいことを主張するのが政治ではない。いかにしてそれを実現するかだ。実現するためには権力が要る。権力を取るためには手段を選ばないのが政治の常だ。自民党を見てみろ。社会党の党首を総理に担いで権力を奪い返したではないか。それぐらいできないでどうする」と腹の中で思っているに違いない。

 なりふり構わぬやり方は本人が最後の戦いであることを意識していることの現れだ。参議院選挙で小沢代表の考えどおり、与党が過半数割れに追い込まれれば、安倍政権の求心力は著しく低下する。それを機に自民党内の反小泉・反安倍勢力と連携すれば政局は一気に流動化する。姿を見えなくしているからこそ感じる執念である。

 とにもかくにも波乱の亥年に「見えない」二人の政治家が気になる。

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1月12日(金)夜9時からの「言いたい放題め金曜ナイト」は早稲田大学の谷藤悦史教授に2007年の政治地図を描いて頂きます。特に地方と中央の格差が日本政治にどのような影響を与えるかをお聞きしたいと思います。質問ある方のコール・インをお待ちします。

2007年1月 2日

多極化時代の日本外交(2)

 日本がアジアでリーダーシップを発揮するためにはどうすればよいか。
 
 人間の安全と安心に関する国連機関を日本に開設することで、アジアでのイニシアチブを確保しようと提案したのは公明党の澤雄二参議院議員である。
 
 澤議員は、日本が日米同盟を基軸にしながらアジア政策でもバランスをとるためには、まず東アジア共同体構想に積極的に取り組むべきだと主張する。

 「1923年にクーデンホーフ・カレルギーがパン・ヨーロッパを提案してからEU発足まで70年掛かっています。第二次大戦後、欧州石炭鉄鋼共同体、ECSCが発足してからEU誕生まで42年間掛かっています。

 東アジア共同体構築への阻害要因は多くあります。EUが政治主導であったとはいえ第二次大戦も乗り越えました。障害を一つ一つ克服していく過程にも将来の共同体の結び付きを強くしていく要因が生まれます。参加しようとする各国がすべて納得できるルールとビジョンを明確に示すこと、そしてその共同体意識を醸成していく強い意思を持つことができるかどうか、その方法を見付けることができるかどうか、それが共同体構築で重要な要素となります」。

 「アジア各国の政治・経済体制は非常に多様でございます。共産主義国家もあれば全体主義国家もある、分断国家もあります。文化、宗教も多様です。宗教は、EUではキリスト教に統一されていますが、東アジアでは仏教、儒教、イスラム教、キリスト教等々であります。このように多様性に富む東アジアでは各国がビジョンと価値を共有することは容易ではありません。ゆえに、民主主義や平和、人権という共通の価値に基づく共同体を目指すのは今は現実的ではないと言えます。まず、貿易やエネルギー、金融、経済協力といった地域の発展に必要な機能を中心とした経済共同体を目指すべきです」。

 しかし東アジア共同体には難しい問題がある。超大国アメリカとの関係である。
 
 「アメリカの東アジアでの国家利益の第一優先順位は何か。それは伝統的に不変であります。今も変わりません。それは、一国若しくは複数国によるこの地域の支配を認めないというのがアメリカの東アジアでの国家利益の第一優先順位であります。日本若しくは中国が東アジアを支配することは認めませんし、日本と中国が手を結んで支配することも認められないのであります」。

 田村議員が考えるように対米交渉のカードとしてアジアでのリーダーシップを得ようとする事をアメリカは決して認めないというのである。アメリカの国益を考えながらでないとすべてはうまくいかない。

 そこで澤議員は、EUがヨーロッパの人々の不戦への強い願いから不戦共同体としてつくり上げられたように、日本の強力なリーダーシップによってこの地域に平和と安心、安全を確立するための「国連アジア太平洋本部」を東京若しくは沖縄に設置してはどうかと提案する。
 
 国連の人権と軍縮の事務局はジュネーブに、犯罪防止と国際貿易の事務局はウィーンに、環境や居住問題を扱う事務所はナイロビに置かれており、間もなくソウルにも国連のITセンターが設置される。それならば国連大学のある日本に、貧富の格差、テロ、麻薬、人身売買、海賊、環境汚染等々多くの問題を解決し、脅威が生じにくい世界の構築を目指すための活動の拠点を開設したらどうか。そうした形で東アジア共同体に向けて日本がイニシアチブを取るのが賢明ではないかという提案である。

 ところが東アジア共同体構想については出席議員から議論が百出した。

 共産党の大門実紀史参議院議員は、そもそも東アジア共同体構想は1997年のアジア通貨危機から始まった。アメリカのファンドによってアジア経済が深刻な打撃を受けたため、アメリカからの自立を図りたいというのが出発点であった。それならば当時の宮沢政権がやろうとしたように、アジアの通貨圏の中で円の影響力を高めるための通貨金融協力に力を入れる事がもっとも現実的だという意見を表明した。

 これに対して自民党の水落敏栄参議院議員は、東アジア諸国の政治体制は民主国家から独裁国家まであまりにも違いすぎる。経済の発展度合いも貧富の格差が激しい。宗教もバラバラで、EUを主導したドイツとフランスのようにフジアの中に主導できる国はあるのか、日本と中国という訳にはいかない。台湾海峡問題や北朝鮮問題など重要な安全保障問題はアメリカ抜きには語れないなどの理由を挙げて東アジア共同体の実現に疑問を呈した。

 一方で自民党の大石正光参議院議員からは、地上戦を何度も繰り返してきたヨーロッパと空爆されただけの日本では戦争のとらえ方が基本的に違う。戦争と民族に対する考えに大人と子供の差がある。幼稚さ故に日本はいつまでも戦争の悲惨さを引きずっている。ドイツとフランスが和解できても日本と中国が和解できない背景にはそうした違いがある。
 中国はいずれ社会主義から資本主義に替わり、ロシアと同じように分裂する。だから現在の中国共産党のシステムを攻撃する必要はない。日本は正しいと思うことを主張し続ければ良いとの見解が表明された。

 こうした外交政策の議論とは別に外交とは何かという根元的な問題も提起された。 
日本銀行員から政界入りした民主党の大塚耕平参議院議員はこう述べた。
 
 「この調査会に参加さしていただいて、あるいはこの5年間の国会活動の中で、一番疑問に思い、かつ、いまだに真実が見えないのは、一体日本国の外交は本当は誰が担って、誰が運営しているのかということではないかと思っております」。

 外交は国権の発動であり、本来は議会、官邸、行政府がオール・ジャパンで担わなければならない筈なのだが、どうもそうはなっていない。総理も替わる、議員も替わるということから、結果として長期的に外交にコミットし得る外務省なり霞が関が実質的に外交を担っているのではないかという疑問である。

 政権交代のあるアメリカでは、仮に政権が替わったとしても、外交の継続性ということを考え、共和党と民主党の外交ブレーンでしっかりとした意見交換、引継ぎを行っている。つまり外交の継続性を維持するために議会の果たす役割が極めて大きいのである。果たして日本の国会はその役割を担い得ているかのだろうか。行政府が事実上外交の方向性を決めているとしたら国権の最高機関とは何かという疑問である。

 実は欧米の議会では、国家の安全保障と安寧秩序に関わる問題に関してはしばしば秘密会が開かれる。外交交渉の手の内を相手に知られてはならないから公開には出来ないが、国家の外交方針を決めるためには野党議員にも真実の情報を知らせる必要があるからだ。秘密会では与野党の議員に対して極秘情報が説明される。秘密会で知り得たことは守秘義務があるため議員はそれを口外する事が出来ない。しかし議員達はそうした情報を知った上で公開の場での議論を行っている。それが政権交代のある国の議会である。

 ところが我が国の国会には秘密会がない。秘密会がないということは、国家の機密情報は行政府だけが有していて立法府には知らされていない事を意味している。つまり重要な外交情報を知らされる政治家は閣僚と一部の与党議員だけで野党議員には知らされない。

 何故日本の国会に秘密会がないのか。冷戦時代の日本はソ連や中国に情報が漏れる恐れのある野党に対して外交情報を知らせるわけにはいかなかったという説明もある。だからその時代には政権交代も絶対にあってはならなかった。
 その結果そうした情報の独占が霞ヶ関の力を強めてきた。官僚支配のおおもとにあるのは情報の独占である。

 大塚議員が疑問に思ってきたように我が国の国会は国権の最高機関と言われながら実は何の権限も有してはいなかったのである。

 しかし冷戦も終わり、政権をとろうとする野党も現れた。仮に政権交代が実現するようになれば、行政府が独占してきた情報を国会も共有するため、国会には秘密会を設置しなければならない。国民には公開しなくとも、これまでより中身のある議論が与野党の間で展開されるようになり、結果として国民の関心を高め、国民の理解を深めることが出来る。それでこそ国家が総力を挙げた外交も展開できるようになるのである。

 それにしてもここに紹介したような議論が誰にも知られずに埋もれているのはおかしいと思うのだが、皆さんはどう考えるだろうか。

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新年明けましておめでとうございます。

今年は統一地方選挙と参議院選挙が重なる亥年。選挙の年、争いの年です。冷静に政策を考える年にはなりません。2005年の「郵政民営化是か非か」ではありませんが、選挙の時の「政策もどき」に騙されないように。

とにかく与党は衆議院で三分の二以上の議席を持っているわけですから、参議院も勝てばあと2年は何でも出来るようになります。それを認めるかどうか、それが最大の判断基準です。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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