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2006年10月30日

小沢代表仮病説

10月18日の「党首討論」では期待感が大きかったせいか小沢代表の攻め方に失望を感じた国民が多かったようだが、その日の国会TV「政局放談」では、評論家の金子仁洋氏が「孫子の兵法によれば、運気盛んな相手に対しては居丈高に太刀打ちしないものだ。小沢ほどの政治家ならばそういう戦略があり得る」と解説した。

ところが27日放送の「言いたい放題・金曜ナイト」では、ジャーナリストの中博氏が手厳しい小沢民主党批判を展開した。

中氏によれば、複数の官僚から、小沢代表の入院は仮病だという話を聞いたという。安倍政権の誕生が決まったときで、本来ならば野党第一党の党首としてコメントやメッセージを発しなければならないのを逃げたというのだ。政治的策略で政治家が病院に逃げ込む話は良くあるが、時が時だけに仮病が事実だとしたら国民をバカにした話である。

さらに中氏は細野豪志衆議院議員のスキャンダルについて、政調会長代理と言えば他党とのディベートの中心人物だ。その重要な職責にある政治家が人目のある街中で不倫関係をさらすことなど考えられない。アメリカの政治家がニューヨークの街中でそんなことをするか。それを小沢代表は不問に付した。すくなくも国民に申し訳ないと言い、離党を勧告すべきだった。国民感情がわかっていない。

民主党のCMも同様だ。背広にネクタイ姿で犬と散歩をする人間がいるのか。あれを見ると民主党は庶民の感覚がわかっていないとしか思えない。

北朝鮮の核実験に対する対応も曖昧だ。安倍政権が曖昧だという以上に民主党の方が曖昧だ。補選に勝てなかったのは当たり前。

子供のいじめによる自殺が相次いでいる。政府より先に野党が人を派遣し、調査チームを作るべきではないか。何故やらないか。小沢さんが興味を持っていないからだという。民主党は解党的出直しをするしかないと中氏は民主党を切り捨てた。

そこから中氏の批判はマスコミに向かう。新聞、テレビは自民党のふしだらも書かないが、民主党についても全く書けない。小沢さんの仮病説も知っているはずなのに調べているメディアがあるか。報道の自由度世界51位にランク付けされる恥ずかしい新聞とテレビは読まない、見ないしかない。情報はインタヘネットからいくらでも取れる。それが中氏の結論であった。

「国会TV」11月2日の「政治ホットライン」は読売新聞政治部長の小田尚氏と安倍政権スタート時の評価について語り合います。

2006年10月27日

北朝鮮の核とアメリカ(2)

 米朝枠組み合意に対する批判のポイントは、毎年50万トン提供する重油が国民の生活ではなく軍事用に転用されないか、核開発計画の凍結が本当に守られていることをどうして証明できるのか、数々のテロ行為を重ねてきた国をなぜ信用できるのかという点である。そうした批判にさらされながらも枠組み合意は実行に移されていった。

 北朝鮮を国際社会に復帰させようとするクリントン政権は1996年4月、朝鮮半島の恒久的平和を達成するため、南北朝鮮に中国とアメリカを加えた「四者会談」を提案して平和協定を締結しようとした。しかし北朝鮮は韓国を排除し、朝鮮戦争の休戦協定に替わる平和協定を直接アメリカとの交渉で締結したいと主張した。

 同年9月、北朝鮮の潜水艦が韓国領内に侵入、武装軍人が上陸して韓国軍と銃撃戦ののち射殺される事件が起きた。このため韓国政府は原子力専門家の北朝鮮派遣を中止、軽水炉建設への協力も白紙撤回するそぶりを見せた。

 北朝鮮との直接対話に応じる姿勢のアメリカに韓国の金泳三政権は不信感を募らせ米韓の間に対立が生まれた。

1997年2月19日、ジョージタウン大学講演会

■エズラ・ボーゲル(ハーバード大学教授)

 「アメリカがこの地域の安定に対する責任を放棄すれば、日本、中国、韓国はそれぞれ軍拡に走る。もともと日本と中国、日本と韓国には敵意があり、均衡が崩れる可能性は高い。北朝鮮が核武装すれば、日本も核武装を考える」

 1997年8月、枠組み合意にしたがって軽水炉建設が着工された。

 しかし98年8月、北朝鮮はミサイル発射実験を行い、テポドン1号が日本の上空を飛んで太平洋に落下した。再び深刻な危機が訪れた。

1998年9月24日、アメリカ連邦議会下院外交委員会公聴会

■ベンジャミン・ギルマン下院外交委員長(共和・ニューヨーク州)

 「アメリカは北朝鮮の瀬戸際政策を受け入れ、挑発を受けてもそれに報酬を与えている。スターリン主義国家に寛大な態度を見せたため、北朝鮮は核兵器を生産し、韓国に侵入し、ミサイルを発射し、人権を侵害し、党と軍隊を食べさせるために国民を飢えさせ、麻薬を密輸し、ドルを偽造しても構わないと思うようになった。北朝鮮政策を見直し、政治力と軍事力を発揮できる政策に転換すべきだ。アメリカの軍事的優位がなければ朝鮮半島の平和と安定は保障されない」

■チャールズ・カートマン(朝鮮半島和平協議特使)

 「枠組み合意は唯一有効な手段だ。この4年間核開発は凍結されている。合意がなければ北朝鮮は既に大規模な核兵器を保有していた。我々は四者協議によってこの地域の和平を達成しようとしている。北朝鮮の崩壊ではなく、朝鮮半島の平和的統一を目指している。

 94年に金日成は北朝鮮の未来を考え、アメリカ、韓国、日本との基本的関係を変更し、外国からの支援を受け入れる決心をしたと我々は確信した。彼の指導力と影響力があったから枠組み合意はできた。しかし現在の金正日がどういう人物かは我々もわからない。国家主席の肩書きを選ばず国防委員長の肩書きを選んだことに失望している。外国人と会うことは無く国民にも会おうとしない。謎に包まれた人物である」

■カート・キャンベル(国防副次官補)

 「衛星打ち上げが失敗したとの見方もあるが、北朝鮮は弾頭を搭載しかなりの距離を飛ぶことができるミサイルを持った。憂慮すべきだ。我々は北朝鮮のミサイル技術を見くびっていた。日本はいつも慎重で時間のかかることが多いが、北朝鮮のミサイル発射を受けてミサイル防衛に強い関心を払うようになった」

1999年1月15日、ウッドロー・ウィルソン・センター講演会

■ケネス・パイル(ワシントン大学教授)

 「日本にとって最悪は敵対的な統一朝鮮ができること。日本は強力な統一朝鮮も困るが、このまま北朝鮮が存続するのも困るという複雑な立場にある。そのため日本はアメリカの抑止政策と韓国との協力関係を維持しながらこの問題には受身である。四者会談のメンバーに入っていないため和平プロセスに参加できず、枠組み合意にもしぶしぶ10億ドル援助することで合意した。北朝鮮との国交正常化交渉も拉致問題があるため進展しない。北東アジアの安定は日米共通の利害だが、集団防衛に世界で唯一参加できない日本とアメリカの間には緊張関係もある」

■ロバート・ガルーチ(元国務次官補)

 「日本が北朝鮮のミサイル開発に反発して枠組み合意から手を引けば、再び核開発が進行する。我々は韓国の金大中大統領が進めている太陽政策にどう対応するか検討する必要がある」

1999年3月24日、アメリカ連邦議会下院外交委員会公聴会

■ポール・ウォルフォウィッツ(元国防次官)

 「北朝鮮軍は空軍も含め、山にトンネルを掘って身を隠している。トンネル掘削技術は日本やスウェーデンから輸入された。この10年でトンネルは急速に増えた。北朝鮮が20年以上力を入れてきた核開発計画を断念するはずはない。秘密裏におそらく地下で続けられている。枠組み合意は核開発計画が凍結されているという幻想を生み出した。徹底した査察をするしかないが、それはきわめて難しい。イスラエルがイラクの核施設を攻撃したときは場所を正確に知っていた。しかし我々は知らないことが多すぎてどうすることもできない。国民が飢餓に喘いでいるからといって国家は崩壊しない。どうするか。現在の軍事的状況を改善することが重要だ。北朝鮮と協定を結び双方が所有する兵力を同等まで削減する。それを北朝鮮が受け入れなければこちらの軍事力を増強し続けるしかない。次に北朝鮮に軍事から経済への政策転換を迫る。代償として各国が経済援助を行うが、その前提としては脅迫的な行動で援助を得ることをやめさせる。北朝鮮が飲むかどうかはわからないが提案を示し続けることが必要だ。朝鮮半島が再統一された場合、統一朝鮮が新たな核保有国になれば日本に対して好ましくない影響を与える。91年の朝鮮半島非核化の理念は重要だ」

■ジェームズ・リリー(元駐観大使)

 「金代中大統領は北朝鮮を内側から変える方法に取り組んでいる。新たな農業システム、新たな金融システムを提供して、北朝鮮の心を開くようにしている。これこそ朝鮮半島の長期的平和のための基礎作りだ」

 1999年6月、黄海上の軍事境界線を北朝鮮の警備艇が侵犯したため韓国艦艇と銃撃戦となり、北朝鮮艦艇が沈没する事件が起きた。

1999年6月24日、ヘリテージ財団シンポジウム

■ニコラス・エバースタット(AEI客員研究員)

 「太陽政策は、我々から見れば筋の通った和平へのアプローチだが、北朝鮮指導部の見解は、次々に繰り出されてくる太陽政策の使者たちが南北朝鮮の経済協力を阻害しているというものだ。つまり太陽政策は反北朝鮮の対立政策ということになる。韓国の存在自体が反北朝鮮ということだ」

■チャック・ダウンズ(共和党外交政策部長)

 「北朝鮮は韓国との和解を望んでいない。自らを韓国から切り離し交渉の席から韓国を追い出したい。これまで50年間北朝鮮はそれを繰り返してきた。助けようと手を差し伸べている相手から逃れるにはどうしたらよいか。些細なことで喧嘩を売り、相手を攻撃的にすればよい。黄海での銃撃戦で北朝鮮が成功だと言っているのは本音だろう。韓国を交渉から外したいのはアメリカと日本の注目を集めたいから。ミサイル発射の目的はまさにそこにある」

■ダリル・プランク(ヘリテージ財団上級研究員)

 「クリントン政権は、世界に一箇所だけ残された冷戦を終わらせようと枠組み合意を行ったが、意図した目的を達成できなかった。枠組み合意は、北朝鮮の核開発計画を阻止することができず、また南北間対話を促進しなかった。そして北朝鮮の軍事的脅威を取り除くこともできなかった。いまや北朝鮮はミサイル技術の輸出国になった。クリントン政権の北朝鮮政策は完全に失敗した」

 世界に残された最後の冷戦を終わらせ、朝鮮半島の平和的統一を成し遂げようとしたクリントン政権の試みは失敗に終わった。歴史に「もし」はないが、94年のカーター訪朝直後に金日成が急死しなければ事態は変わっていたかもしれない。

 クリントン政権の後を受けて2001年に誕生したブッシュ政権は北朝鮮政策を大きく変えた。ブッシュ大統領は北朝鮮を「悪の枢軸」国家と呼び、韓国の金大中大統領が進めてきた太陽政策を厳しく批判した。2003年にはラムズフェルド国防長官が作戦計画5030の策定を指示し、北朝鮮軍の燃料、水、食料などを消耗させる作戦を取り始める。これは軍を疲れさせることでクーデターなど北朝鮮を内部から崩壊させようとするものである。

 こうしたブッシュ政権の対応に抗して北朝鮮は2003年に核拡散防止条約からの脱退と核保有を宣言した。その結果が今回のミサイル発射と核実験の強行である。

 クリントン政権の北朝鮮政策を批判してきた手前、ブッシュ政権は北朝鮮との直接対話をかたくなに拒否しているが、有効な政策を打ち出せているかといえばはなはだ疑問である。アメリカは本当に金正日政権を追い詰めて崩壊させようとしているのだろうか。その場合どのような戦略によってこの地域の復興と安定を図ろうとしているのか全く見えていない。

 戦時中の日本はアメリカ軍の度重なる空襲によって敗戦が必至であるにもかかわらず、1億玉砕、本土決戦を叫んで降伏せず、それが広島、長崎への原爆投下という悲劇を招いた。

 北朝鮮もまたかつての日本と同様に玉砕戦法によってアメリカに立ち向かおうとしているように見えるが、最近金日正総書記は「91年の朝鮮半島非核化宣言は金日正主席の遺訓だ」と語ったと言われている。どのようにして朝鮮半島の非核化を達成するか、世界が求められているのはそのための戦略作りである。

2006年10月23日

孫子の兵法

国会TVで月に一度放送している「政局放談」は、かつて私が担当ディレクターだったこともあるTBSの「時事放談」の味わいを再現しようとしている番組である。

先週、安倍対小沢の初の党首討論を巡ってこんなやり取りがあった。

「北朝鮮の核実験は安倍総理に追い風になった。自民党内には相手が小沢だけに安倍で大丈夫かと言う声もあったが、国民に人気があるからまあ良いかということだった。しかし予算委員会のやり取りを見ているとなかなかやるわいということになり、今日の党首討論では安倍の勝ちだと党内はみな言っている。」(愛知 和男・自民党衆議院議員)

「孫子の兵法では敵の意気盛んなときは避ける。敵が疲れてきた時に一気に攻める。小沢さんは稀代の戦略家だからそういうことかもしれない。北風が吹いて颯爽としているときに居丈高にやってみてもはじまらない。静かにしている。小沢が負けたといっている政治家を小沢は腹の中で笑っているかもしれない。政治家は紋切り型ではできない。その場その場で使い分ける。未熟な政治家にはわからないかもしれないが、小沢ほどになればありうる」(評論家・金子 仁洋氏)

今週26日(木)夜9時からの「政治ホットライン」は、自民党のシンクタンク「シンクタンク2005日本」事務局長の鈴木崇弘氏が出演して視聴者の質問に答える。

27日(金)の「言いたい放題・金曜ナイト」はジャーナリストの中博氏が言いたい放題する。

国会が始まってから国会TVに寄せられる視聴者の声は民主党に厳しい。安倍の弱点を突こうとする質問ばかりで、国民を守ることに必死になっていないという。これまで民主党に投票してきたが嫌になってきたという幸が多く寄せられた。民主党は心して国会審議に臨むべきではないか。

2006年10月20日

北朝鮮の核とアメリカ(1)

 10月9日に北朝鮮が地下核実験を強行し、北東アジアの安全保障問題がにわかに世界の大テーマとなった。

 北朝鮮の核疑惑が注目され始めたのは、旧ソ連邦が崩壊し冷戦に終止符が打たれた1991年以降のことである。当時のアメリカはおよそ半世紀にわたる冷戦体制が終わったことで、世界がどう変わるのか、新しい世界を構築するために何をすべきかを徹底議論していた。

 「国会TV」ではアメリカの議会専門チャンネルC-SPANの映像素材を使い、連邦議会やシンクタンクの議論を「冷戦後のアメリカは何を議論してきたか」と題して放送している。

 今回はその中から北朝鮮の核問題についてアメリカがこれまでどのような議論を積み重ねてきたのかを紹介したい。

 冷戦の時代とは米ソの核競争の時代であり、核の抑止力によって熱い戦争は回避されてきた。しかし旧ソ連が崩壊したことでソ連の管理下にあった核物質や核技術が拡散する恐れが出てきた。一方、世界で一箇所だけ冷戦が終わっていない朝鮮半島では、実験用原子炉を使って北朝鮮がどのような核開発を行っているのか、実態はまったく秘密のベールに包まれていた。アメリカにとって北朝鮮の核が大きな懸念となった。

1991年11月25日、アメリカ連邦議会上院外交委員会公聴会

■ゲーリ-・ミルホリン(発展途上国の核拡散を監視している非営利法人「ウィスコンシン核兵器管理プロジェクト」会長)

 「この4年間で北朝鮮は核爆弾2発から5発分のプルトニウムを抽出している。それをレーガン政権は何もせずに放置してきた。5年前に対応しておくべきだった。査察を北朝鮮に認めさせるべきだ。認めなければ経済制裁を行う。軍事行動は韓国と日本に放射能被害を与えるのでやるべきでない」

■ジョセフ・チャーバ(国際安全保障評議会会長)

 「北朝鮮が査察に応じても安心はできない。抜け道はある。北朝鮮が核を持てばこ の地域は不安定になる。北朝鮮がプルトニウムを抽出しているのは中東のテロ国家に核兵器を売却する目的があるからだ。アメリカと北朝鮮の関係改善はうまく行かない。国交正常化は誤りだ。北朝鮮に外交交渉は通用しない。イスラエルがイラクに対して行ったように先制攻撃以外に有効な手段はない。兵器製造施設、生産施設、ミサイル発射台を先制攻撃できる権利を有すると宣言すべきだ。放置すれば危険が増して先制攻撃はできなくなる」

■ジェレミー・ストーン(米国科学者連盟会長)

 「北朝鮮は極端な経済不振で、国民は満足に食べられない。したがって経済制裁でも十分に効果が期待できる。軍事行動は韓国に被害を与えることになり賛成できない。金日成が核開発を断念すれば、韓国から核兵器が撤去され、アメリカは北朝鮮承認に傾き、日本からは経済援助が供与されることをわからせるべきだ」

 この公聴会の1ヶ月後、南北政府は朝鮮半島の非核化に合意し、北朝鮮は核拡散防止条約の保障措置協定に調印した。IAEA(国際原子力機関)の査察も受け入れることになり、事態は好転したかに思われた。ところが1994年、IAEAの査察が始まると北朝鮮はこれに協力せず、最終的にIAEAを脱退する。3月に板門店で行われた南北会談で北朝鮮代表が「ソウルを火の海にする」と発言し、北朝鮮有事が現実的な問題となる。

1994年6月9日、アメリカ連邦議会下院外交委員会公聴会

■ゲーリー・アッカーマン外交委員長(民主・ニューヨーク州)

 「北朝鮮は何故査察を拒否したのか」

■ロバート・ガルーチ(政治・軍事担当国務次官補)

 「北挑戦は核を持っているにしろ、いないにしろ、曖昧にしておくことが最良の戦略だと思っている」

■トム・ラントス下院議員(民主・カリフォルニア州)

 「日本は国連の制裁に消極的という記事がニューヨーク・タイムスに出ている。25万人にのぼる在日北朝鮮人の存在が北朝鮮への送金停止などの制裁を難しくさせるのではないか」

■ロバート・ガルーチ(政治・軍事担当国務次官補)

 「韓国、日本とアメリカは堅固な提携関係を築いており、両国ともクリントン政権の制裁方針に反対していない」

■ゲーリー・アッカーマン外交委員長(民主・ニューヨーク州)

 「マケイン上院議員は北朝鮮の原子炉が停止中の今こそ、攻撃するのが一番良いと主張している」

■ロバート・ガルーチ(政治・軍事担当国務次官補)

 「マケイン上院議員は施設だけでなく使用済み核燃料も破壊しようと主張しているが、破壊できる保証もないし、そのことが核分裂や何らかの副産物を生み出さない保証もない。話し合いで北朝鮮を国際社会に復帰させる可能性があるうちは最善をつくす。現時点での軍事行動は行き過ぎだと思う」

 6月15日、カーター元大統領が電撃的に北朝鮮を訪問、金日成主席と会談を行い、軽水炉を提供する見返りに核開発計画の凍結で合意する。北朝鮮の暴発はいったん回避されたが、カーター訪朝には批判の声が上がった。

1994年6月21日、ヘリテージ財団シンポジウム

■カール・ジャクソン(元国家安全保障会議アジア局長)

 「金日成は朝鮮戦争を仕掛けたごろつきで、カーター元大統領が考えるような紳士ではない。核武装することで安全と生き残りを得ようとする北朝鮮軍部に対して、核武装は存続を危うくすると思わせる必要がある。そのためには何らかの軍事行動が必要だ。クリントン政権は核拡散問題が来世紀にも影響する決定的に重要な問題であることを国民に示すべきだ」

■リチャード・アレン(元国家安全保障会議議長)

 「北朝鮮を支えているのは中国からの石油と食料、それに日本からの資金の流入である。日本は厳しい経済制裁には及び腰になるのではないか」

■ラリー・ニクシュ(議会調査局アジア担当)

 「日本の協力が得られない場合、将来日本が安全保障上の危機に瀕した場合、アメリカの支援は得られないと日本側にはっきり伝えるべきである。今こそ日本は腹をくくるべきだ」

■カール・ジャクソン(元国家安全保障会議アジア局長)

 「最も危険なのは核爆弾の存在ではなく、北朝鮮首脳部がアメリカは直接行動に出ないと思い込むことだ」

 94年7月8日、カーター訪朝から1ヶ月もたたないうちに金日成主席が死去した。米朝枠組み交渉や韓国の金泳三大統領との南北首脳会談の直前の急死により金正日が後継者となったが、南北首脳会談は流れた。

1994年7月12日、「共和党の未来プロジェクト」シンポジウム

■ドナルド・グレッグ(元駐韓大使)

 「金日成-カーター会談で金日成から南北首脳会談の申し入れがあったことは重大な意味がある。直前の6月7,8日には大変危険な兆候があった。しかし危機は回避された。金正日がどんな人物かはわからないが偉大な人物が二代続くことはない。しばらくは金日成の路線が続くはずだ。我々はそれを利用すべきだ」

■ジョン・マケイン上院議員(共和・アリゾナ州)

 「私はその考えに反対だ。金日成が核を持とうとしている目的は一つ。金王朝の存続だけだ。ルーマニアのチャウシェスク体制が崩壊したのを見て恐ろしくなり核武装を考えた。核燃料は現在冷却水の中にあってしばらく動かせない。今攻撃すべきだ。戦争になる危険性があるというが、イスラエルがイラクの核施設を攻撃したときにもその危険性はあった。しかし世界中があの攻撃に感謝しているではないか」

1994年10月7日、AEIシンポジウム

■ニコラス・エバースタット(AEI客員研究員)

 「アメリカはかつては北朝鮮に核拡散防止条約の全面実施を求めていたが、今では軽水炉の建設を支援し、50万トンの重油を提供しようとしている。そして北朝鮮は核拡散防止条約加盟国なら当たり前のことを求められているだけだ。これでは北朝鮮にアメリカの意図を読み違いさせる危険性がある。朝鮮戦争は金日成がアメリカの介入はないと読み違えて賭けに出た。その結果400万人が犠牲になった。金正日はロシアにおける共産主義の崩壊を一時的なものと見ており、西側の真似をして改革を受け入れたのが原因だと思っている。湾岸戦争でも北朝鮮はアメリカが戦争に踏み切るとは思っていなかった。北朝鮮はこれからますます読み違いをする可能性がある」

 1994年9月からジュネーブを舞台に行われた米朝の交渉は、北朝鮮が核開発計画を凍結する見返りに、アメリカが2基の軽水炉建設に資金を提供し、軽水炉が完成するまでの間、毎年50万トンの重油を提供することで合意に達し、10月21日米朝枠組み合意が調印された。

 1994年に勃発した朝鮮半島の危機は、米朝枠組み合意によって解決されたかに見えたが、問題が解決されることは全くなかった。やがて新たな危機が訪れる。

「闘う政治家」の「闘う相手」(2)

 9月29日、安倍総理は国会で初の所信表明演説を行った。

 これは年頭に政策課題を述べる施政方針演説とは異なり、自らが日本国の最高権力者に就任した事でこれからどのような国造りを行うかを宣言するいわば就任演説である。

 私は常々、施政方針演説は各官庁にその年の政策課題を提出させ、それを基に演説原稿を作るので、原稿を読むのは仕方がないとしても、一生に一度しかない就任演説は原稿を読まずに、短くとも政治家としての自分の思いを自分の言葉で語りかける方がどれほど国民の心に響くか分からないと思ってきた。かつて総理に就任する直前の政治家に提案したこともある。しかし「霞ヶ関から原稿がくるからなあ・・・」というのが答えであった。

 前回も紹介したが初の戦後生まれとして登場した米国のクリントン大統領は、14分の短いスピーチだったが、全く原稿を見ずに「アメリカが冷戦後の世界で建国の理想を実現するためには変化しなければならない」と国民に訴えた。

 安倍総理には所信表明では官僚原稿を読みたくないという考えがあったようで、30日付の東京新聞によれば、「半ば慣例化していた各省庁からの課題募集をやめ、ほとんど一人で書き上げる安倍流を貫いた」と報道されている。

 ところが実際の演説内容はそれとは裏腹に、各官庁から提出された政策課題をつぎはぎしたのではないかと思わせるほど様々に政策を並べ、演説時間も小泉総理より10分、クリントン大統領に比べれば19分も長く、原稿を読むだけのものとなった。これまでの慣例をやめようと考えたのならばなぜ原稿を読まずに国民の胸に響く短いスピーチにしなかったのか残念に思った。「米百俵の精神」を国民に説いた5年前の小泉総理就任演説の方が心に残るものだった。

 選挙の度に発表される各政党のマニフェストもそうなのだが、ただ政策を羅列されても国民には何の事やら分からない。国民が知りたいのは、政治家や政党が現在の世界をどのように認識し、その中で我が国をどのような方向に導こうとするのか、我が国の現状の何が問題で、それを解決するために何をやるのかということである。

 それがマニフェストであり、それを書けるのは細分化された政策を担当している官僚ではなく政治家なのだが、我が国では政治家が作文しても官僚風になってしまうのはどうしたものか。

 所信表明から「闘う政治家」の「闘う相手」を探そうとしたが残念ながら見つけることはできなかった。かつてアメリカのレーガン大統領が旧ソ連を「悪の帝国」と呼び、現在のブッシュ大統領が北朝鮮、イラク、イランを「悪の枢軸」と呼んだような勇ましい発言を期待しているわけではない。しかし小泉政治の改革路線を継承すると言う以上、改革に反対する勢力とは闘うと言ってもよさそうなものだが、それとは逆に所信表明演説は闘う姿勢を鮮明にしなかった。

 ブッシュ大統領が民主党から政権を奪い取るとき、「思いやりのある保守」を看板にして、民主党の支持層であるマイノリティに手を広げようとした事があるが、安倍総理も小泉前総理が戦いを繰り広げたその後だけに、なるべく傷口を広げないように「思いやりのある優しくみえる」政権の姿でスタートしようとしたのかもしれない。

 ただ安倍総理に「闘う相手」がいないのかと言えばそうではない。これまでの政権の動きをみてくると明確に狙いを定めている「闘う相手」が一人だけいる。それは北朝鮮の金正日総書記である。

 所信表明演説ではさらりとしかふれていないが、安倍総理は自らを本部長とする拉致問題対策本部を官邸に設置した。今回の内閣も拉致問題に共に取り組んできた「同志」を至る所に配置している。官房長官にも拉致問題担当の肩書きをつけた。これらの体制をみると、この内閣は憲法改正よりもなによりも拉致問題を優先させる拉致対策内閣のように見える。

 所信表明を行ったその日のうちに安倍総理は総理官邸に拉致被害者家族会のメンバーを招き、「すべての生存者の帰国を実現する」と決意を語った。

 「すべての生存者の帰国を実現する」とはどういう意味か。これまでの経緯をみればそれが交渉で実現するとは思えない。金正日政権の崩壊なしにはありえない。

 つまり安倍政権は金正日政権を崩壊させ、拉致問題を解決するためにスタートした政権なのではないか。

 北朝鮮のミサイル発射も、核実験声明も国際社会から見れば暴挙だが、見方を変えれば北朝鮮の金正日政権がいかに追いつめられているかを物語っていることでもある。

 アメリカのブッシュ政権は2002年に北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだが、2003年にはラムズフェルド国防長官が作戦計画5030の策定を指示し、北朝鮮を内部から崩壊させるため北朝鮮軍の軍事資源を低下させる作戦を遂行している。さらに去年からの銀行口座凍結などの制裁措置によって金正日政権はかなりの打撃を受け、頼みにしていた中国、ロシアからも見放されつつあるため、今年7月には金総書記が在外大使に対して「全世界が敵だ。自力で問題解決するしかない」と指示したとの情報が流れている。

 アメリカにすれば金政権を崩壊させるシナリオに日本の協力は不可欠であり、そのためにはこれまで最も積極的に拉致問題に取り組んできた安倍氏の総理就任は望むところである。別の言いかたをすれば、そのような情勢があるから安倍政権が誕生したとも言える。

 てあるから安倍総理は自分が本部長の拉致問題対策本部を作り、「生存者全員の帰国を実現する」決意を語り、内閣を拉致問題に関わってきたメンバーで固めているのではないか。

 アメリカのシナリオ通りに金政権が崩壊し、拉致問題が解決されて生存者が帰国すれば、安倍政権は小泉政権をも上回る支持率を獲得し、選挙でも民主党を圧倒して長期政権をものにする可能性がある。そうなれば憲法改正も夢ではない。それどころか再び選挙制度を変えて、昔のように巨大与党の中で擬似的政権交代を繰り返す体制を作ることもできる。

 安倍政権にとって最も望ましいのは来年の参議院選挙の前に生存者が帰国することだろう。

 しかし歴史は人間が考えるシナリオ通りに進むとは限らない。アメリカのシナリオ通りに進まなければ安倍政権は責任を問われることになる。

 仮にシナリオ通りに金政権が崩壊してもその後の朝鮮半島になにが起こるのか、2200万人を越える北朝鮮国民を誰がどのようにして養っていくのか、おそらく日本には莫大な援助が要請される事になる。冷戦の終結などとは比べものにならない激動が日本を襲う。

 拉致問題が解決することは望ましいが、同時に難しい問題もまた起きてくるのである。「闘う政治家」は闘いに勝ったと思ったときから実は真価が問われることになる。

2006年10月 8日

「闘う政治家」の「闘う相手」(1)

 日本にもやっと戦後生まれの総理大臣が誕生した。
 
 安倍内閣総理大臣はそのことを十分意識しているようで、9月29日に行われた所信表明演説の冒頭で自分が「初の戦後生まれの総理」であることに言及している。
 
 第二次世界大戦後に生まれた初の政治指導者として世界の注目を集めたのは、今から13年前に第42代アメリカ合衆国大統領に就任したビル・クリントン氏である。当時47歳の若さであった。
 
 湾岸戦争に勝利して一時は80%を超える高支持率に支えられた現職のブッシュ大統領に挑戦し、ひたすら「チェインジ」を訴えて大統領選挙に勝利した。

 若き大統領はアメリカ経済の再生を政権の課題とし、当選直後に地元アーカンソー州に全米から学者、経営者、労組幹部らを集めて「経済会議」を開き、日本経済に追いつき追い越すことを戦略目標に据えた。
 
 就任演説は15分足らずと史上最短だったが、まったく紙を読まずに演説し、冷戦が終わった新しい世界をアメリカがリードするため、変化しなければならないことを国民に訴えた。
 
 就任すると、来るべき21世紀を情報社会と位置づけ、通信技術の発達によるグローバリゼーションの到来に備えて、ゴア副大統領と共に通信・放送分野の規制緩和に力を入れた。電話料金が飛躍的に下がり、インターネットがみるみるうちに普及した。
 
 当時ワシントンに事務所を構えていた私は、若い大統領の出現でアメリカ社会の雰囲気が一気に明るくなり、活力が出てきたことを鮮明に覚えている。経済とは実は政治が作りあげるものだということをつくづく感じた。

 そのクリントン大統領が在任した8年間に日本では宮沢、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森と7人の総理が交代し、政治は混迷に混迷を重ねた。日本に戦後生まれの総理が誕生する事など考えられない状況が続いた。この国を覆った長い閉塞感が「変人宰相」を生み出し、その「変人宰相」が戦後生まれの総理を創った。
 
 初の戦後生まれの総理大臣が何を政権の課題とし、どのような戦略目標を立て、それをどのように実行に移していくのか。特に「闘う政治家」と自らを規定していることから「闘う相手」は誰なのか、そうしたことに注目していきたい。
 
 これまでに安倍総理は、党三役と閣僚の人事、所信表明演説と代表質問に対する論戦を行った。それらの中から安部政権の「闘う相手」は誰なのかを探してみる。
 
 まず人事から見ていく。人事は最高の権力行為であり、権力者の力量、性格、眼力、好み、弱点、目的など様々な事を読み取る事が出来る。人事によって人は権力者にひれ伏すか、反旗を翻すかに分かれる。権力が権力たり得るのは人事によるところが大きい。
 
 今回の安倍総理の人事について、派手なサプライズを演出せず、実務型で老壮青のバランスを心がけているとの評価と、露骨な「論功行賞」と気心の知れた「仲間」だけを集めた仲良しクラブ人事だとの批判がある。
 
 私にはいずれも意味のない評価と批判に思える。安倍政権がやろうとしていることが何かによって、老壮青のバランスを取ることが必ずしも良い事ではなく、論功行賞や仲間だけを集める人事が必ずしも悪いとは限らない。
 
 今回の人事で注目すべきは、安倍総理が総理になる以前から様々な人に人事を相談し、その話に耳を傾け、自分の思い通りの人事を行わなかったという情報が巷にあふれていることだ。情報を流している側は、思惑があって流しているから、そのまま鵜呑みにする訳にはいかないが、それらの情報が否定されていないことを見れば概ね事実と考えられる。 
 
 情報の一つは、8月下旬に安倍氏と会談した中曽根元総理、渡邊恒雄読売新聞本社グループ会長兼主筆が竹中平蔵氏を入閣させてはならず、与謝野馨氏を入閣させるよう進言したというもの。
 
 もう一つは、9月18日に安倍氏が森元総理を私邸に訪ね、幹事長を麻生氏にしたいと伝えたが、森氏に反対されて中川秀直氏に決まったという情報である。

 最初の情報が流れてまもなく竹中平蔵氏は記者会見で小泉内閣の総辞職と共に参議院議員も辞めて政界から身を引く考えを明らかにした。約束されていた安倍政権での入閣が消滅したためだと言われる。
 
 安倍総理は竹中氏を入閣させなかった代わりに竹中氏の下で経済財政諮問会議の事務方をしていた大田弘子政策研究大学院大学教授を入閣させ、竹中路線を引き継ぐ姿勢を示したが、政治実績のない大田氏に竹中氏の代わりが務まるかどうかは未知数である。
 
 一方で安倍総理は与謝野馨氏を入閣させなかった。竹中氏を入閣させない見返りに与謝野氏も入閣させない事で安倍氏は意地を通したと言われている。
 
 もう一つの情報は安倍政権のスタートに冷水を浴びせる深刻さをはらんでいる。幹事長ポストは今回の人事の扇のかなめである。その重要な人事で森元総理に押し切られたという話は、安倍総理の権力者としての資質を疑わせるだけでなく、それが事実だとすれば中川幹事長にとって安倍総理は100%の存在でなく、森元総理に軸足を移すこともあると思わせる。新政権の船出にはまことによろしくない情報が流れた。
 
 総裁選の最中に安倍氏は参議院選挙の候補者見直しに言及し、参議院を「闘う相手」にするのかと思わせたこともあったが、今回の人事では参議院からの入閣者を執行部の推薦リストそのままに受け入れた。安倍総理は人事ではことごとく党内と対立することを避けた。
 
 小泉前総理は「自民党をぶっ壊す」と言い、党内の抵抗勢力と闘うことで国民の支持を集めたが、安倍総理にとって自民党は「闘う相手」でない事が一連の人事で明らかになった。
 
 小泉前総理は経済財政諮問会議を政策遂行の中心機関にすることで、霞ヶ関主導の政治を官邸主導に変えようとした。そのため経済財政諮問会議を取り仕切った竹中平蔵氏は霞ヶ関から総スカンを食い、あらゆる方面からのバッシングに曝された。
 
 安倍総理は経済財政諮問会議に加えてさらに官邸強化を図るため、5人の総理補佐官を起用し、官邸スタッフを霞ヶ関から公募する事を決めた。ホワイトハウス型の政権運営を行うのだという。これを見ると「闘う政治家」は霞ヶ関を「闘う相手」と見て、闘いを挑もうとしているかのように見える。
 
 それでは新しい官邸機構は本当に霞ヶ関と闘う事が出来るのか。
 
 早くも「大統領制のアメリカと議院内閣制の日本を同じにすると混乱が起きる」、「総理補佐官と各省大臣はどちらが上なのか」などの懸念の声が上がっているが、大統領制と議院内閣制の違いを言う前に、アメリカと日本の大きな違いは「情報」という武器を誰が手にしているかにある。
 
 日本の官僚支配が容易に崩れない理由は、官僚の世界が百年以上の長きにわたって情報を独占してきた事にある。国民の税金によって得てきた情報を官僚は国民に還元しない。多くを秘密扱いにし、自分たちに都合の良い相手にしか提供しない。今回選ばれた5人の総理補佐官はどこから情報を得て霞ヶ関と闘うのか、公募で集められた官邸スタッフはどこの情報に基づいて政策づくりを行うのか、各役所は自分たちに不利だと思えば情報提供を意図的に行わない可能性がある。
 
 アメリカではまず国民の税金で集められた情報は基本的に国民に還元しなければならないという考えが厳然とある。それが民主主義である。その上官庁以外にも議会のシンクタンクや政党のシンクタンク、そして数多くの民間のシンクタンクが情報収集活動を行い、情報が官僚に独占されるということにはならない。だから政策の切磋琢磨が出来る。
 
 ところが日本には議会のシンクタンクも民間シンクタンクも残念ながらアメリカに比べるとないに等しい。安倍総理が自民党幹事長時代に尽力して自民党のシンクタンクがやっと誕生した。小さな政府とは何か、3%成長を可能にする経済政策とは何かを研究しているという。しかしそれだけでは心もとない。ホワイトハウス型を志向するというのならいっそアメリカのシンクタンクと直結するとか、何かこれまでにない仕掛けを作らないととても霞が関の情報力に勝てるとは思わない。
 
 情報力で闘わなくとも政治力で闘うという方法がある。中曽根元総理は内務官僚出身の後藤田正晴氏を官房長官に据えて霞が関ににらみを利かせた。官僚の手の内を熟知する後藤田氏の存在は霞が関にとって無言の圧力となった。
 
 安倍総理と同様に50代の若さで総理になった田中角栄元総理は独特の人心掌握術と金力で官僚を意のままに操縦したといわれている。
 
 今回の人事で気になるのは政治力を発揮して霞が関と闘う人物が見えないことだ。事務次官会議を取り仕切る事務の官房副長官、72歳の的場順三氏がその任に当たるという見方もあるが、大蔵省出身で民間シンクタンクにいた的場氏に後藤田氏のような役割が務まるか、現段階では何とも言うことができない。
 
 霞が関と闘うように見せながらどのように闘うのかが分からない。結局のところ闘う格好だけを見せることになるのか、霞ヶ関と仲良くするしかなくなるのか。ここはとにかく「闘う政治家」と新たな官邸スタッフの闘い振りを注意深く見守っていくしかない。

Profile

田中良紹(たなか・よしつぐ)

-----<経歴>-----

1945年宮城県仙台市生まれ。
1969年慶應義塾大学経済学部卒業。
同年(株)東京放送(TBS)入社。
ドキュメンタリー・デイレクターとして「テレビ・ルポルタージュ」や「報道特集」を制作。また放送記者として裁判所、警察庁、警視庁、労働省、官邸、自民党、外務省、郵政省などを担当。ロッキード事件、各種公安事件、さらに田中角栄元総理の密着取材などを行う。
1990年にアメリカの議会チャンネルC-SPANの配給権を取得して(株)シー・ネットを設立。
TBSを退社後、1998年からCS放送で国会審議を中継する「国会TV」を開局するが、2001年に電波を止められ、ブロードバンドでの放送を開始する。
2007年7月、ブログを「国会探検」と改名し再スタート。

BookMarks

日本初の政治専門チャンネル!
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国会TV
http://kokkai.jctv.ne.jp/

-----<著書>-----


『裏支配─いま明かされる田中角栄の真実』
2011年1月、電子書籍


『メディア裏支配─語られざる巨大マスコミの暗闘史』
2005年3月、講談社

-----<編書>-----


『憲法調査会証言集─国のゆくえ』
2004年7月、現代書館

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