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不作為の責任・加担の責任

kanehira110429.jpg

 大震災の発生から50日が過ぎた。書くべきことは山ほどあるが、いま日本を覆い始めているように思える「不自由な空気」について、ここで書き留めておきたい。それは「ひとつになろう」や「がんばろう!日本」との圧倒的な掛け声のもとで、過剰な自粛を求めたり、みんなが大変なのだから、ここでは批判は控えて、などという、いわば自由な表現や言論を押しとどめようという動きのことである。そのかげで、本来追及されるべき責任が免責されたり不問に付されたりする。原発事故をめぐる言説にそれは極端な形で表れている。

 いま、原子炉建屋内で放射能と闘いながら必死に作業をしている人たちのことを考えろ。ここで電力会社を責め立てても世論を敵に回すだけだ。原発推進はいわば国策だったじゃないか。我々もみなその電力の恩恵を享受してきたのだから、あんまり文句を言えた義理ではないよ。豊かな生活を守るためには、原子力発電はいわば不可避の選択だった。その証拠に、ほら事故後の世論調査をみてみろよ。半数以上の国民は原発の現状維持を支持しているじゃないか......云々

 僕らはそのようにして、過去、少数派や異端とされてしまった人々が切実に訴え続けていた原発への警告を無視し「不作為の日常」を続けてきた。まず、そのことを認めなければならない。勇気が足りなかったのだ。僕は11年前に死去した高木仁三郎の言葉を継げなかった。地震学者の石橋克彦を地震学会は異端として排除してきた。石橋の『原発震災は必ず起こる』という警告をシカトしてきた。その「不作為の責任」を認識することから始めなければならない。

 さらに、原発安全神話を作り上げることに加担し、電力会社に群がった「政・官・業・学・報」の「原子力ファミリー・ペンタゴン」(小出五郎氏の命名)の構造を直視しなければならない。積極的な加担者=「御用学者」や「御用ジャーナリスト」の存在と対峙しなければならない。血が流れることもあるだろう。だが、そのような作業は徹底的になされなければならないのだ。学校での原発推進教育映像教材に出演していたあれらの人物に支払われたギャラはいくらだったのか。彼らは何をいま糊塗しようとしているのか。新聞や週刊誌でのタイアップ企画「記事」に登場したあれらの人物に支払われたギャラはいくらだったのか。彼らはいま何を隠滅しようとしているか。そのような具体的な事実が明らかにされるべきだ。

 原子力安全委員の月額報酬は93万6000円だそうだ。年収は1600万円になるという。週一回の数十分の定例会議のほかに彼らは一体何をしていたのか。彼らの時給はいくらの計算になるのだろう。そのような具体的な事実が明らかにされるべきだ。資源エネルギー庁や経産省と電力会社、保安院や原子力委員会、安全委の「人事交流」(「天下り」も含まれる)は、具体的にどのようなケースがあったのか。そのような具体的な事実が明らかにされるべきだ。真実はディテールに宿りたまいき。

 福島県内のこどもたちに20ミリシーベルトという暫定基準を設定した文科省、原子力安全委員会に対する、福島のお母さんたちの激しい怒りの声が記録された映像をみた。YouTubeにアップされている。うろたえる若い官僚の背後に隠れている老獪な官僚たちのありようを想像する。

http://www.eizoudocument.com/0610kodomo20.html

 ある種の「崩壊感覚」に抗して、自分もその一員である「報」が、今なすべき仕事は限りなく大きいのだとあらためて思う。

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コメント (19)

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http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

 名誉職的な仕事しかしない原子力安全委員全員の経歴・報酬・発言を天下に曝す必要があるのではないでしょうか?


また、福島原発の地主・東京電力やその関連企業に天下っている役人や関わっている政治家(国会議員だけでなく県知事・県議なども)の報酬・発言・役職など明らかにすべきではないでしょうか?

金平さんのことを、心から尊敬してしております。

僕も市民として、やるべきことをやっていくつもりです。

「原子力ファミリー・ペンタゴン」との戦いを。

金平 様

報道関係者としての、自戒の言葉重く受け取りました。

人間の「いのち」に対して畏敬の気持ちがあれば、素直に自己に厳しく他己に対して優しい気持ちになれると、信じています。

いろいろな理由付けをして物事を正当化するのは、生きていくための正当な手段でもありますが、根本の「いのち」が脇に追いやられるような方法、手段は、認めるわけにはいきません。

今、エネルギーを制限したら企業活動が制限され、国際競争力が落ちるとか、日常の生活が制限されては快適な生活が出来ないなど、存在の根源である「いのち」をないがしろにし、生活の豊かさが優先するなどの逆転した考え方がこの社会に蔓延しています。

どうしてこんなものの考え方が社会を支配するようになったのか、不思議でなりませんが、戦後教育の「義務」をないがしろにし、「権利」のみが優先する自我育成教育の弊害が現れてきているのではないでしょうか。

「いのち」、「他人」を大切にする教育を推進しなければ、「共生社会」などは夢のまた夢になってしまう。

多少でも社会的影響力を及ぼす可能性のある報道関係者は、金平様のような、自己他己を見つめる本来の使命を帯びた報道関係者が増えてくるのを期待しています。

今、はやりの言葉、「頑張ろう日本」。
何と云う言葉なのだろう。
宮城でも、岩手でも、福島でもない。ましてや浦安でも、旭でもない。

つい思ってしまう。
「勝手に頑張りゃいいじゃないか。」

この国は、これまで多くの言葉狩りをやってきた。
時としては、言論封じもやってきた。
どこの国でもそうじゃないかという意見も有るかもしれないが、他もそうだから、日本もそうでいいとはならない。

その国が、今度は、言葉の強制を行おうとしている。
強制で悪ければ、押し付けとでも言いなおそうか。
何が、頑張ろうだ。
言ってるお前らは、どれだけ頑張っていると云うのだ。
普通に生きている事が、悪い事なのか。頑張らずに、流れに身を任せる生き方は、危険な思想なのか。

頑張らなきゃいけないのは、言ってるお前たちなんじゃないのか。
政治・行政・報道、そんな連中が、国民に「頑張ろう」と、呼びかけている。
「弁士」は、スポーツ選手だったり、頭の悪そうなタレントだったり、小狡そうなお笑いだったり、様々だが、いかにもな顔でに呼びかける。

お前ら、バブルがはじけて、家を手放し、首でもくくろうかという人たちに「頑張れ」といったか?
お前ら、潰れそうな中小企業のおっさん達が、金策に駆け回るのを見て、「頑張ろう」と、言ったか。
就職できずに、寒空で泊る家もないフリーターたちに「頑張れ」と、手を差し出したか。
就職先の無い若者に、「頑張ろう」と、職を提供してきたか。

いいかっこするなよ。
それも、本心からならまだ許せるが、どうせお為ごかしだろ。
見え透いている。

それよりも、その陰で、「批判」するモノがいなくなっている。
首相の交代を求める事すら、「この時局だから」と、ストップかけられている。
国民としての、一番の権利行使じゃないのか。
こんな首相じゃいやだ。
自民党の支持者は、そう思っていないのか。
公明党の支持者は、菅を下ろす事に反対か。
民主党の大半の支持者は、時局がらで、黙りこむのか。

いいや、違う。
黙らされている。
テレビで、新聞で、「一応の終息を見るまで」などという、もっともらしい嘘を並べ立てて、マスゴミが沈黙を強制している。

おまけに、「復興のためだから」と、増税まであおっている。

何と云う国だ、なんと云うマスゴミだ。
ちりも積もれば山となる。
負けないように、小さな努力でも続けなきゃいけない。
マスゴミに負けないように、既得権力に負けないように、
反論の山を、育てなくてはならない。

この映像、地上波で放送できますか。それなら20分全部見せていただかないと、吐き気を催すほどの気持ち悪さは伝わりませんね。しどろもどろの連中が国の中枢で危機管理や国民の生命に関する仕事をしているんですね。この連中は下の方で何も知らないと言い訳するなら、そんな連中をよこした事自体、国の取り組み姿勢を表していますね。
震災後の対応と同じく、我慢強い県民だからこれで済んでいますが、他の国なら卓袱台ひっくり返すじゃないですけれど、答えられない人たち襲われていますよ。南相馬出身の友人が、原発作る側ってさ~経済的に反対運動の起こらない地域性、国に楯突くことのできない県民性をよく知ってんだよね~といつも言うのを思い出します。
大好きな森達也さんの「日本は強い国」ムーブメントの批判、「今は黙って寄り添って黙々とできることをしよう」という言葉に、逆に勇気をもらいました。世の中のがんばれモードも大切なのは分かるのですが、ニュースで紹介される前向きな復興エピソードの裏に何万という、家族を亡くし、安否の分からない被災者の姿が隠れてしまいます。某新聞に大川小学校の記事がありました。うろ覚えですが、「この避難所には子供がいない。親達は朝になると子供の捜索に向かい一日探し続けて夕方避難所に戻って来る。夜には突然叫びだす者、嗚咽、が聞こえる。」先日合同供養式典がありましたが、踏ん切りのつかないまま復興の波に呑まれる被災者のことを忘れずにいなければと思います。
「日本は強い国」ムーブメントにもうひとつ。某歌手が自衛隊キャンプを慰問して感動の声が続きました。自衛隊員、本当によく任務を遂行していると思います。認めます。でも来る時代の見たくないもの、のような感覚もありました。いたく感動している友人に、別に感動しないと言ったら、私の心は曲がっていると言われました。

金平様

>福島県内のこどもたちに20ミリシーベルトという暫定基準を設定した文科省、原子力安全委員会に対する、福島のお母さんたちの激しい怒りの声が記録された映像をみた。<

ただ今現在もっとも頭に来ていることがこれです。
原子力安全委員会は、専門委員以外に数人の識者の意見を徴収しただけで20mSv/year基準を追認しました。
しかもこの決定過程における議事録一つ作成せずにです。
そして統合対策本部細野事務局長(総理補佐官)によれば、原子力安全委員会は独立性が高く、その見解は尊重しなければならないそうです。
委員長の斑目氏は浜岡原発指し止め訴訟の際、中電側の有力証人として、「安全に関してはどこかで割り切らなければならない」とおっしゃった方ですけどね。

実はこれらのことは、Ustやニコ生でダダ漏れで配信される関係機関記者会見や統合対策本部記者会見をチェックしている人はみんな知っています。
某局の討論番組で原発推進派の識者が「現状炉建屋内に入れないのでどうなっているか誰もわからない」とか「とにかく建屋内に入って調査することに注力すべし」という主旨のことをしゃべって、局アナ含め討論出席者の多くがびっくりしていたそうですが、何をいまさら言ってるんだろう、てなもんですね。
大手メディアも先述記者会見に参加してるんだから現状知ってるだろうし、簡単には建屋内に入れるレベルの放射線量ではないことも。

ただし、そんな大手メディアにも少し変化が見れますね。
新聞で言えば毎日は鮮明に脱原発。特に読売に喧嘩を売った記事は痛快でした。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110420dde012040004000c.html
朝日・東京はおそるおそるといった感じですがやはり脱原発へと舵を切ろうとしています。
テレビでも今朝NHKを観ていてちょっとびっくり。
解説委員のうち何人かは電力自由化や脱原発・エネルギーシフトを口にしていましたね。

こんな巨大な悲劇が起きなければ多くの人が気づかなかったことが、残念でなりませんが、今や脱原発、反原発運動も様変わり。
事故発生以来、従来とは違う形でデモも盛んに行われています。
もはや「少数派」と切って捨てられる状況は終わりました。
原発の新規建設は限りなく不可能に近い。
そしてこれからどんどん耐用年数を迎える古い炉が増えてくる。
いやがおうでもエネルギーシフトに向かわざるを得ない。

あの自民党の中にだって被災地議員を中心に「もう原発はこりごり」という空気が流れている。
あとは「安全な原発を」と唱えるであろう隠れ推進派の動きに注意しなければなりません。

そして政・官・業・学・報に加え労、すなわち連合・電力総連・電機連合・自治労本部のお偉方の動きも注視する必要があります。

第一次補正予算がやっと成立するようだ。遅い上に額も少ない。被災者の不安や不満は対応が日に~増し、あっというまに梅雨が来て夏がやってくる。時間の感覚は置かれている人の立場によって全然違う。被災地域に必要な時間の感覚というものがある。感染症対策含めて季節の問題は大切だ。一番大切なのは必要な金を作ることで、金を作る政府の力に被災地域の復旧復興スピードと規模が引きずられてしまう。原発補償賠償問題を背後に隠した避難者への根拠があいまいな無計画避難も、全ては金である。科学的な根拠とか法律は一切関係ないのだ。出せる金が最初に決まっていて、そのモノサシにあわせて科学的な根拠や法的な根拠や必要な証拠が出されてくるのだ。本当は避難者が被った不利益や損失並びに精神的な苦痛や失われた将来等が先に補償賠償額の算定基準となり、科学的な根拠や法的な根拠等はそれにあわせて提出されればよいだけのことだ。そもそも避難者は国や製造物責任者や事業者や許認可権限者や株主や融資銀行に比べて圧倒的に弱い立場である。原発が爆発して、いきなり避難勧告が出されて、トルモノモトリアエズなのだ。体が不自由だったり特別な理由がある人と健康で避難する足や場所を自力で確保出来る人の違い等は、国や製造物責任者や事業者や許認可権限者や株主や融資銀行もつ力との比較にはならないではないか。避難者は自力では警戒区域を突破して裁判に勝てる証拠なんか見つけられない。原子炉格納容器の本当の中身なんか見ることも当然出来ない、一人で政府が用意してくれたバスに乗り防護服を来て僅かな時間に荷物やペットのことや、裁判に勝てる証拠保全の為の写真や映像なんか確保出来ない。つまり国民の代表たる政府が見放したら・弱ければ、それで終わりである。新聞テレビには申し訳ないが、あてになんかなるものか。寧ろ、何にも報じないほうが、避難者が不利になるような世論誘導をするより、遥かにマシである。予算委員会で国債の発行に伴う信用問題の算数が議論されていた。算数は大事だ。でも政府の信用とは算数ではない。強い政府・国民から信頼された強い政府・内政をきちんとやり、外国とも交渉も出来る力のある政府。これが、政府のもつ信用である。国債は国が発行するのだから、国債の信用=政府の信用=力のある国民の為の政府なのだ。格付け会社や算数が政府の信用を決めるのではない。先に政府の信用があり、後から格付けや算数があるのだ。それが政治の持つ意味だ。

文科省が示した暫定基準の20ミリシーベルトは、国会での質疑でも取り上げられていましたが、やはり高めの設定でしょう。

これに限らず、災害における政府の指針は、一市民、一国民としては、全幅の信頼を置くのは避けた方が良さそうです。国と電力会社が安全だと吹聴しまくった原発があの有様ですから。

放射線の危険に関しては、自身で情報を取り寄せ、自己防衛するしかないといった心境です。

自治体もしくは教育委員会などの単位で、暫定基準値をそれぞれ設定していく方が宜しいのではと、思います。

モニタリングも国任せでは、不安ですね。線量計を個人や自治体や学校単位で購入しなければならないデメリットはありますが、国の基準で走ってしまうのは、あまりに危険と考えます。

 
 

金平茂紀(2011年4月29日 23:06)氏
> それは「ひとつになろう」や「がんばろう!日本」との圧倒的な掛け声のもとで、過剰な自粛を求めたり、みんなが大変なのだから、ここでは批判は控えて、などという、いわば自由な表現や言論を押しとどめようという動きのことである。そのかげで、本来追及されるべき責任が免責されたり不問に付されたりする。原発事故をめぐる言説にそれは極端な形で表れている。 <


 高さ10Mを超える防潮堤があれば 少々の津波でもなんとかなる。
安心感は 悉(ことごと)く 裏切られた。
それでも それがあったから 少しは避難に時間的猶予あったはず・・・・・
 東京電力福島第一原子力発電所大災害 以外のことは、ここではコメントしません。

 原発は比べれば 経営的に安定して。安全で・安価だとされてきました。
違ってました。
個人的には 石原東京都知事の”天罰” 人の営みに対する結果的天罰 発言に同意します。

 それなら 原発に代わるエネルギーがあるのか?
政府は 現実的には風力発電とします。
他にも ミックスの自然エネルギー利用・メタンハイドレード開発・・・。

 

 それでも ご一考ください。
東京電力をはじめとする電力業界は 発電事業と電力配分事業の分離を政治的に阻止し、太陽光発電&工場自家発電余剰電力利用を拒絶してきました。
昔々に ありました。
セントラル冷暖房 冷暖房機器を一か所に集中させ効率的に&経済的にやる。
各家庭でも取り入れられた。 即、ものの見事に破たん。。
おんなじこと 長いなが~~~い送電線で送られる電力は 設備維持費&災害時対策を考慮すれば 極めて非効率でしかない。。

 基本的には ガス&石油による各家庭での自家発電が 好ましいのです。
これは 既存電力会社の息の根を 止めてしまいます。

それでも も一度お考えください。
冷房に どれだけの電力を使うのか。。。。。
道路のアスファルトを水透過性の仕様に変える。
ビルの外壁を 外断熱&”苔緑化”させる。
たとえば これだけでも どれほどの効果があるか。
アスファルト&コンクリートのない場所では 冷房費用は要りません。

国民合意が可能なら ダムを必要としない。
ありのままの水資源を基本とした 地方分散社会&工場立地と規模を 再創造(江戸時代までは そんな世界。)出来ないものですかね。
 
 

「朝まで生テレビ」を録画しておいて見た。

自民党の小野寺氏の話には心が有った。体験談やその苦労話が伝わってきた。この様な方ばかりが自民党に居たなら、政権交代はされなかったでしょう。


大塚氏の政策通は以前から感心していたが、今日ばかりはガッカリした。政権党にいるためか、菅さんをかばうのか、兎に角弁解やコジツケが見られた。


平野氏も話し方が官僚的で心を感じられなかった。


石川氏と飯田氏が一致した意見「今、原子炉の中で何か起こっているかわからない」と言う事を国民にもっとしっかり説明するべきだ。

それが分からなければ、一概に「風評被害」とマスコミは言わない事。これから先、どうなるか分からない内に、放射能汚染はないとか安全だなどと簡単に言うべきでない。


もう一つ小野寺氏の言われた事で、震災の1週間か10日目にアメリカが原発被害に対して手を差し伸べたのに、官邸は知らん振りだったとの事。野党の小野寺氏になんとかして協力のための手助けをする様に依頼してきたとか・・・総理失格。


東北選出の議員が力を合わせて事に当たるのが良いとの意見が出てきたが、誰一人として、小沢氏の事を言わないのは反ってこの朝までの限界を感じた。


相変わらず、田原さんは自分の意見でこじつけたり、人の話の棒を折り、司会者としては最低だと思えた。


いずれにせよ、一日も早く原発事故を押さえ込み、子供達に害の無い環境を創ってもらいたい。

劣化の止まらない日本 どこまでメルトダウンしてゆくのだろうか。

「日はまた昇る」というのはバブル崩壊後の「希望的観測」だった。
そして今、「日はまた沈んでしまった」
もうこの日本にかつてのような「陽光が燦燦と輝く日」は来ないのではなかろうか。

政治の世界のみならず、日々の日常で毎日毎日「劣化現象」が目に付く。
誇りを失って久しい日本は、街角の隅々にまで「卑屈な劣等感」が渦巻いている。
そして、結果として、栄光なる過去は、新興国に抜き去られ、もはや、国際競争力を誇示できうる製品はかぞえるほどしかない。

海外市場競争力を失ったわが国産業は、政治家が好むがごとく、おそらく「内需、ドメスティック産業」への傾斜を強めるしかない。それでも「島国」として「税金」と公共事業やらの利益誘導型産業を維持して行くだけでも、官僚、公務員や政治家の生活はどうにかなるからかまわないのであろう。それが「原発シンジケート」という「黒い虚島」だった。

はてさて、じゃぁ「民間産業」はなんなのよ!

確実着実に世界制覇を実現している諸外国の民間?企業とこの「劣化国家日本企業」とは
一体何が違うのであろうか。

地震、雷、神、オヤジじゃないが、この三連ちゃんの「神のご加護という天罰」でほとほと愛想が尽きた。没落する国家の生き様を見ている気がする。

20ミリシーベルトの上限が設定された直後の地元住民と文科省役人らとのやりとりを見ました。

菅内閣の無責任体質が如実に分かるやり取りだったと思います。

専門家、専門機関といった言葉を多用して、判断を先送りしてきた菅政権はもはや人災を撒き散らす内閣でしかありません。

元株やさんのおっしゃる通り、マスゴミ達は、沈黙を強いていると思います。

しかし、不作為の責任は、私たち一人ひとりにもあります。声を挙げなければなりません。

金平さま

 御説ごもっとです。とはいえ,首相を交代させるといった話になると,金平さまも,途端にこんな時期に政局とは・・・といったことにならないでしょうか。もちろん,この時期に政局はけしからんという見解それ自体はあって当然ですが,大手マスコミは,そういっておけば無難とばかり,ほぼそれ一色でうまっているようにも見えます。

 しかし,1939年9月のドイツのポーランド侵攻で始まった第2次世界大戦では,チャーチルがイギリス首相に就任したのは,1940年5月です。

 もちろん,このように言うと,それまでの期間は「奇妙な戦争」と言われた時期だから,戦争が本格化した時期の交代ではないだろう,といった反論があろうことは分かっています。

 しかし,それは後の歴史を知っている者がいえる反論で,当時のイギリスは,戦争中でも首相を交代させ,直後のドイツのオランダ,ベルギー,フランス侵攻による戦闘に臨んでいったこともまた事実です。

 このような歴史上の例は,他にも大小様々あるはずです。マスコミやジャーナリストの皆さまには,ただ一律に,こういう時期だから首相を交代をさせるのはよくない,政局はけしからん,ではなく,せめて,歴史上には危機時にリーダーを代えて,失敗した例もあれば,成功した例もある,いずれにしても,ぐずぐず政局を先延ばしにせず,ダイナミックな政局を展開すべきだ,くらいのことを大きな声で言っていただくことはできないでしょうか。

 人と違ったことを言ってナンボのジャーナリスト。ここは金平さまの腕のみせどころと,ぜひその腕のよさを私たちに見せつけてください。よろしくお願い致します。

THE JOURNAL様

>決死隊の話、
本当にあんな事を云ったのであれば・・・参った、
私も、日経で読んで困惑している。<(投稿者: 元株や | 2011年5月 2日 05:31)

これは「screamerさんが言うように」(引用同上)とあるようにscreamerさんの5月1日付の文にコメントしたものと思います。私も読んだ記憶があるのですがその文が今探しても見当たりません。

削除されたのでしょうか。

ご本人のクレームがまだ見られないのですぐには判断いたしかねますが、ご説明いただきたいものです。

場合によっては意見表明の場に値しないとの判断になります。

震災でこの国にはジャーナリズムとアカデミズムが機能していないことが明らかになりました。
大スポンサー東電に配慮を続けた結果根拠のない「安心感」を撒き散らした学者や新聞・テレビといった既存メディアは今後この震災報道が十分検証されるにつれ、その衰退のスピードを今よりももっと速めることになるでしょう。ジャーナリズムについて何の気概も持つことなくサラリーマン化した多くの記者たちは淘汰されるべき存在だと考えます。

asuwoyokuさま

コメント削除の基準は下記の通りです。
http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

該当のコメントは、本記事の内容との関係が薄いので、申し訳ございませんが、削除させていただきました。その話題に近い他のブログ記事に投稿していただければ、削除されることはないと思います。ご理解、ご了承のほどよろしくお願いいたします。

《THE JOURNAL》編集部さま 2011年5月 3日 19:13

ご回答ありがとうございます。

金平氏は
>さらに、原発安全神話を作り上げることに加担し、電力会社に群がった「政・官・業・学・報」の「原子力ファミリー・ペンタゴン」(小出五郎氏の命名)の構造を直視しなければならない。積極的な加担者=「御用学者」や「御用ジャーナリスト」の存在と対峙しなければならない。<

と語っており原発推進潮流と戦うという表明をしていると考えられます。

screamerさんは小沢氏や鳩山氏の発言も推進側に立ったものであるとし、批判されたわけです。金平氏の趣旨にそった意見ではありませんか。

元株やさんはそれに対して記事の内容が本当かどうか判らないと言っています。

従って「本記事の内容との関係が薄い」とは言えないし、「このコミュニティの発展の阻害となる投稿」ともなっていないと考えます。

これで削除されるようではそれこそ金平氏が言うように
>いわば自由な表現や言論を押しとどめようという動きのことである。そのかげで、本来追及されるべき責任が免責されたり不問に付されたりする。<
ことになりませんか。

asuwoyokuさま

編集部の西岡です。貴重なご意見をありがとうございます。

該当コメントの削除についてですが、記事内容と関係の薄いコメントは、ルールで示しているとおり削除対象となります。「よく読めば関連があるだろう」とのご意見があることは重々承知しておりますが、現実には線引きも難しく、編集部でも迷いながら作業をしています。ただ、ルールをある程度は適用しないと、際限なく範囲が広がってしまって秩序がなくなってしまい、言論の自由もなくなってしまいます。そこは編集権の範囲としてご理解いただければ幸いです。また、前にも書いていますが、今回のコメントは他の政治関連の記事内であれば削除されることはなかったと思います。ご理解、ご了承のほどよろしくお願いいたします。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりアメリカ総局長としてニューヨーク勤務。コロンビア大学東アジア研究所の客員研究員。2010年9月に帰国。10月より同局「報道特集」キャスター兼TBSテレビ執行役員。

BookMarks

-----<著書>-----

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