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2011年4月29日

不作為の責任・加担の責任

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 大震災の発生から50日が過ぎた。書くべきことは山ほどあるが、いま日本を覆い始めているように思える「不自由な空気」について、ここで書き留めておきたい。それは「ひとつになろう」や「がんばろう!日本」との圧倒的な掛け声のもとで、過剰な自粛を求めたり、みんなが大変なのだから、ここでは批判は控えて、などという、いわば自由な表現や言論を押しとどめようという動きのことである。そのかげで、本来追及されるべき責任が免責されたり不問に付されたりする。原発事故をめぐる言説にそれは極端な形で表れている。

 いま、原子炉建屋内で放射能と闘いながら必死に作業をしている人たちのことを考えろ。ここで電力会社を責め立てても世論を敵に回すだけだ。原発推進はいわば国策だったじゃないか。我々もみなその電力の恩恵を享受してきたのだから、あんまり文句を言えた義理ではないよ。豊かな生活を守るためには、原子力発電はいわば不可避の選択だった。その証拠に、ほら事故後の世論調査をみてみろよ。半数以上の国民は原発の現状維持を支持しているじゃないか......云々

 僕らはそのようにして、過去、少数派や異端とされてしまった人々が切実に訴え続けていた原発への警告を無視し「不作為の日常」を続けてきた。まず、そのことを認めなければならない。勇気が足りなかったのだ。僕は11年前に死去した高木仁三郎の言葉を継げなかった。地震学者の石橋克彦を地震学会は異端として排除してきた。石橋の『原発震災は必ず起こる』という警告をシカトしてきた。その「不作為の責任」を認識することから始めなければならない。

 さらに、原発安全神話を作り上げることに加担し、電力会社に群がった「政・官・業・学・報」の「原子力ファミリー・ペンタゴン」(小出五郎氏の命名)の構造を直視しなければならない。積極的な加担者=「御用学者」や「御用ジャーナリスト」の存在と対峙しなければならない。血が流れることもあるだろう。だが、そのような作業は徹底的になされなければならないのだ。学校での原発推進教育映像教材に出演していたあれらの人物に支払われたギャラはいくらだったのか。彼らは何をいま糊塗しようとしているのか。新聞や週刊誌でのタイアップ企画「記事」に登場したあれらの人物に支払われたギャラはいくらだったのか。彼らはいま何を隠滅しようとしているか。そのような具体的な事実が明らかにされるべきだ。

 原子力安全委員の月額報酬は93万6000円だそうだ。年収は1600万円になるという。週一回の数十分の定例会議のほかに彼らは一体何をしていたのか。彼らの時給はいくらの計算になるのだろう。そのような具体的な事実が明らかにされるべきだ。資源エネルギー庁や経産省と電力会社、保安院や原子力委員会、安全委の「人事交流」(「天下り」も含まれる)は、具体的にどのようなケースがあったのか。そのような具体的な事実が明らかにされるべきだ。真実はディテールに宿りたまいき。

 福島県内のこどもたちに20ミリシーベルトという暫定基準を設定した文科省、原子力安全委員会に対する、福島のお母さんたちの激しい怒りの声が記録された映像をみた。YouTubeにアップされている。うろたえる若い官僚の背後に隠れている老獪な官僚たちのありようを想像する。

http://www.eizoudocument.com/0610kodomo20.html

 ある種の「崩壊感覚」に抗して、自分もその一員である「報」が、今なすべき仕事は限りなく大きいのだとあらためて思う。

2011年4月 8日

内部告発者を東電に通報していた保安院

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↑ 佐藤栄佐久・前福島県知事(4月8日 筆者撮影)

 福島第一原子力発電所のトラブル隠しを内部告発した1通の手紙を、こともあろうに原子力安全・保安院は、東京電力に通報し、しかも事故隠しを2年間公表しないままに放置していた。一体、原子力安全・保安院という組織は、何のために、誰のためにあるのだろうか(あったのだろうか)。原子力安全・保安院は今回の原発事故の評価を国際レベルで当初から「レベル4」としていたが、しばらくたって「レベル5」に引き上げた。欧米の専門家はなぜ「レベル6」ではないのかと今に至るまでいぶかっている。佐藤栄佐久・前福島県知事にお会いしてインタビューしたのは、大震災から11日たった3月22日のことだったが、あれから2週間以上が過ぎて、再び佐藤さんを訪ねた。前回のインタビューでは尋ね切れないことがらが沢山あったからだ。そのひとつは、WikiLeaksではないが、原発内部で働く人々の中から少なくない数の内部告発が寄せられていたのが、それらがどのように処理されていったのか、という点についてだ。冒頭で触れた1通の手紙は、2000年7月に旧通産省に送られてきて、保安院に回付されたものだ。その手紙による告発は、保安院から何と東電に通報されていたのだという。内部告発はいわば命がけの行為だ。告発した人間の身元を保護するは内部告発制度を活かす最低限のルールなのだ。それが当時、それとはまったく逆のことが行われていた。当時を振り返りながら、佐藤さんは怒りをあらわにしていた。現時点で、電力会社や保安院、原子力安全委員会、経済産業省といった巨大組織内において、おそらく日本国民が知っておくべき情報がもし隠されているのだとしたら、潜在的な内部告発者が多く存在していることになる。今日(4月8日)になって初めて福島第一原発1号機の事故発生直後の冷却水の水位のデータが公表された。これもNHKがいち早く報じたことから何となく出てきたものだった。一体どうなっているのだろう。

 佐藤さんに尋ねたかったもう一つの点は、佐藤さんが2006年に東京地検特捜部に収賄容疑で逮捕されるきっかけとなった際の一部メディア記者たちの動きについてである。不可解かつ奇妙な動きが当時たくさん佐藤さんの周囲であった。そのひとつが事件化される1年以上も前に『AERA』(2005年1月31日号)に掲載された佐藤さんの「土地取引疑惑」なるものについての記事だ。このことについては、僕自身、今後、時間をかけて徹底的に調べて見ようと思っている。いくつかの内部告発も寄せられている。ちなみに同「事件」の贈賄側の取り調べにあたったのは、例の郵便不正事 件の証拠隠滅で逮捕・免職された前田恒彦検事である。

 腐敗は津波よりも早い速度で僕らを蝕む。

Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりアメリカ総局長としてニューヨーク勤務。コロンビア大学東アジア研究所の客員研究員。2010年9月に帰国。10月より同局「報道特集」キャスター兼TBSテレビ執行役員。

BookMarks

-----<著書>-----

ブログが本になりました!
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『NY発 それでもオバマは歴史を変える』
2010年11月、かもがわ出版


『報道再生 グーグルとメディア崩壊』
2010年12月、角川書店


『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
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『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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