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アリゾナ・トゥーソンの悲劇の深い傷跡
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アリゾナ・トゥーソンの悲劇の深い傷跡

 日本では政局報道のかげであまり大きく報じられなかったが、アメリカ・アリゾナ州トゥーソンで起きた政治集会での銃乱射事件から1週間が過ぎた。現在のアメリカ社会が抱える問題の根深さを象徴する衝撃的な事件だった。アメリカ以外の国からみれば、あれほど銃器が日常生活に無造作に入り込んでいる社会のあり方自体が異常なのであり、それをいまだに変えられないアメリカという国は絶望的な文明後進国だ。だがアメリカ人にはそれがわからない。アメリカ全土では2億7千万丁の銃が私的に所有されているという。銃による武装・自衛という開拓時代の掟がアメリカ人のDNAにしみついているのだ。それが戦争に関するかの国の考え方にもつながっている。だが、それ以上に深刻なのは、今回の事件によって、政治的対立が直接的な暴力を引き起こすまでの「臨界点」に達してしまっていること、すなわちアメリカ社会が病的なまでに分裂をきたしている現実を、まざまざと全世界に見せつけたことだろう。オバマの登場以来くすぶり続けているアメリカの保守底流の不満のマグマが不幸な形で噴出したとでも言おうか。

 6人の犠牲者のなかのひとりの9歳の少女が2001年の9月11日生まれ、つまり同時多発テロ事件発生の日に生まれた少女だった偶然の「符合」がメディアでは語られている。また、サラ・ペイリン元アラスカ州知事が、去年11月の中間選挙前に自身の政治活動キャンペーン・サイトで、今回の政治集会で狙撃された民主党ガブリエル・ギフォード下院議員らを名指しで「落選させたい重点候補」に挙げ、アリゾナ州の地図上に銃の照準をあしらったマークを付していたことから、ペイリンに対して一斉に非難の声が上がった。事件を誘発した責任がある、と。

kanehira100115_1.jpg
↑ ペイリンが掲げていた「標的」リスト

 危機を察したペイリンは自身に向けられた非難に対して堂々とビデオで反論し、「ジャーナリストや評論家は、憎しみや暴力を煽る『血の中傷』(Blood Libel)をでっち上げるべきではない」と責任をリベラル系のジャーナリストらに転嫁している。ひどいものだ。ペイリンは、フォックスニュースのグレン・ベックらとともに、いわゆるティパーティー運動の動員役を果たしており、集会でも「撤退するな。代わりに弾丸をつめろ」と盛んにアジっていた事実がある。「弾丸をつめろ」はまさに直接的な表現である。比喩でも何でもない。こういう人物が副大統領候補だった国なのだ。また、かなりの支持者が彼女の周囲にいる国なのだ。そしてティーパーティ運動が中間選挙で民主党を敗北させたのだ。何かが狂い始めている。アメリカにおいても。

kanehira100115_2.jpg
↑ ロフナー容疑者の写真

 公開された22歳のジャレッド・ロフナー容疑者の写真をみると、スキンヘッドで笑みを浮かべており、どこか狂気が漂っている印象だ。オバマ大統領は、1月12日の追悼式での演説で「われわれを分断する力よりも、一つに結び付ける力の方が強いと信じている」と結束を呼びかけていた。だが、オバマ大統領自身が身の危険を感じているのではないか。来年には再選をかけた大統領選挙がある。2億7千万丁の銃が偏在する中で、オバマはSPに守られているとはいいながら、素手で有権者に握手を求めていかなければならないのだから。

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>公開された22歳のジャレッド・ロフナー容疑者の写真をみると、スキンヘッドで笑みを浮かべており、どこか狂気が漂っている印象だ。

どのような印象も持つかはそれぞれの自由ですが、このような表現はいかがなものでしょうか。

さらに写真など、公開する側によってどのようなものを選ぶか自由なわけです。公開する側がイメージ操作しようと思えばできるのではないでしょうか。
メディアに身を置かれる方には、釈迦に説法かもしれませんが。

Are you talking to me? とあのシーンを夫はふざけて真似をします。トラヴィスというしがないドライバーがピストルを手にして自己陶酔するあのシーン。結局彼が撃ったのは売春斡旋のおじさん達だったけれど、それなら殺してもいいという意味ではないけれど、銃口が思想や言論に向けられる時には希望の灯が消えてしまいます。
私の付き合うアメリカの親戚や友人の家には銃がありません。一方夜のガソリンスタンドに行けば、銃から守るために監獄の食事の出し入れのようなスペースが開いているだけ。銃を持たない穏やかなアメリカ人もこんなガソリンスタンドを使っている、訳の分からない国アメリカ。
ところで、あのペイリン、無知をさらけ出して消えたと思ったのに、同じ羽の人たちが担ぎ出すのでしょうね。Peopleを読んで、搾取しておきながら飢えた子に寄付をと涙し、都合のいい正義にはgo for itって拳を上げて、白いの被って襲撃して、あ~アメリカっておぞましい・・・と思ったら私も偏見のかたまりで、この敵意、憎しみ、が一番恐いわけですね。

金平 様

アメリカは、人種のルツボ、宗教においてもしかり、保守、民主に代表される政策の大きな違い、思想的な右翼、左翼の均衡的共存、所得、資産の異常な格差など格差が、一定の共存均衡関係を保ってきた。

然るに、オバマ大統領が選ばれたあとは、さまざまな政策を変更提案してきた。われわれから見れば、何でこんなことで争うのだろうと考える、国民皆保険制度の導入で大混乱をきたした。

いい意味でも、悪い意味でも、現在の社会体制を変更しようとすると、いままで一定の共存関係に合った対立関係に位置するものが、表立っていがみ合うことになる。

特に、それが生活に直結すること、或いは宗教上のことであれば、血を流す対決に至るのが、普通である。

銃の問題も然り、良い悪いの問題を超えて、銃を持つことによって、今まで長い間生活の安全が確保されてきたのである。銃のない社会にしようとするのであれば、銃がなくても安全に生活できる社会体制を確保しなければならない。

膨大な警察機能に対する投資が必要であろう。それらの対策が講じられなければ、弱い立場にある女性の支持がまず得られないであろう。また、広大な土地に点在していれば、常に外敵に身をさらしていると見るべきであろう。

アメリカの抱えている問題は、我々の想像を超えた苦難に直面しているといえる。オバマ大統領の苦悩はやむことがなく、再度選ばれる補償は全くといってもいいほど困難なものであり、改革は生易しいものではない。

日本においては、同じように改革思想を持った政治家小沢氏がいる。この政治家の持って生まれた性格なのであろうが、まず自分の考え方を明確に披露する。確かに自分の周りに強烈に支持する人たちが集まるのであるが、それ以上にその改革によって被害を受ける反対する人たちの団結化を見逃せない。

今回の「政治と金」などは些細な問題でしかないのに、改革を行う前に、小沢改革で権益が阻害されるであろうアメリカ、官僚、マスコミ、経団連にタッグ組まれてしまった。

小沢氏が、大将になって改革しようとすれば、権限を得てから改革案を提示すればよいのであるが、あくまでも軍師的役割しか興味がなくては、仕方のないことであったかもしれない。

日本においては、バラマキによって、一定の均衡状態にあるが、予算などを歳入のみでおこなおうとしたら、行財政改革によって半分ぐらいにする大きな血の流れる政策と取らなければならないのは、万人が認めることであろう。

日本人は、其のことが分かっていながら、問題提起する人がまったくいない。そんなことを言った途端に村八分にされてしまうからだ。

小沢氏を排除することは、正直に言って、大きな国民的損失につながっている。菅氏が行おうとしている消費税増税などは、肥満状態にある財政の健全化に寄与することはない。逆に肥満化を増幅することにつながっている。
残念ながら、評価は、あとの時代がすることであろうか。

金平茂紀さん

Tucson事件からやゝ外れて恐縮ですが‥。
   「金本位制度回帰」

【ペイリン‥グレン・ベックら‥ティパーティー運動】
ティパーティー運動はその大衆迎合的でプロパガンダ的な主張を理由に一部の共和党議員から「鼻抓み」状態の由。
然し、この事件の背景にあるアメリカ社会の崩れ方と停滞する経済再建と多くの米国民が生活に困窮している現状では、その愚かな手法が極めて有効に効いていると感じる。
彼らが2012年の選挙で大国アメリカの方向性と世界での遣り口を主導する結果になる(即ち、オバマ大統領が退場する)恐れが大きいと感じますね。厭な予想だが。

一方、「ティパーティー運動」とは呼ばないのでしょうが、
アメリカで国際金融制度をドル基軸通貨から変更して「金本位制度回帰」が主張されている由。次期大統領狙いの共和党議員や多くの保守系シンクタンクや「あのA.Greenspanさん」までもが、その主張を繰り返していると。
浅学の私には全体が見渡せないが、一部のシンクタンク名や一部個人名が「あのNeoCon」と重なっている。

常識的には71年のニクソンショック以降の40年で世界の経済規模が膨大に拡大している訳で、有限な資源である金に国際金融の根幹を預けることの不都合さは容易に想像が付くのだが。
まあ、教科書的に考えて、近い将来「金本位制度回帰」を遣れば、現在の金価格1.3千ドル/t.ozは容易に5倍や10倍になるだろう。それが最近の金高騰の理由かもしれない。
仮にそうなれば、「濡れ手に粟」宜しく浮益を貪る輩の属性は想像が付く気がする。
また、そうなれば、アメリカが矢面に立って中国元切り上げを要求しなくても、新制度が自律的に元ドル相場を調整してくれる。まあ、金本位回帰を策謀したアメリカが、「矢面に立つことを厭う」というナイーブさは皆無だろうと考えると、極めて狭隘な観立てだが、狙いは前記の「濡れ手に粟」に帰す。

IMFのSDRを的に大改造した方が、公正さに大きな違いがありそうに思える。
草々

この顔写真は「逮捕後に警察によって撮影された容疑者としての顔写真(mug shot)」という注釈が必要だったのではないでしょうか。事件後に撮影されたものであるにもかかわらず、笑みを浮かべていて狂気が漂っているように見える、と書けば、少しは理解できます。
もっとも、銃を乱射するなど狂気以外の何物でもなく、あえて容疑者の顔を指摘して書く必要もないし、スキンヘッドも含めて、この一文はないほうが良かったように思いました。

いつもアメリカの情報はありがたく読ませていただいていますし、今日もそうでした。ここだけ、ひっかかっただけで。

金平様

 有難うございます。日本のマスメデイアが肝心なことを伝えていません。

 1.これは明白な”政治テロ”であること。単なる精神異常者の行いでないこと。

 2.その争点となっている主張に、共和党)ベイリンが、”テロ”を煽る行為を行い、

 3.また、その”テイパーテイ”運動も、その扇動に乗っかってると言うこと

 4.アメリカメデイアが正面から、”政治テロ”を否定せず、むしろ、
事件抗議のジャーナリストを批判し、実質、”テロ指弾究明を糊塗”する動きをしていること。

 5.もう、アメリカが変質して、ファシズム国家へ成り果てようとしている現実

 以上を、キチンと伝える、日本のマスメデイアは居ない。

金平様

 今ひとつ、私には、”政治的な主張の対立点”(ベイリンが弾を込めよ、と言うほどの対立点)が判っていません。

 ぜひ、その当たりの解説が頂ければ、ありがたいと思います。

大統領に立候補しようとした人間が、あのような銃の照準マーク入りの地図を自分のサイトに乗せ、
なおかつ、打たれた人間について否定的な発言を繰り返す。

また、人を殺害した殺人犯に対し、正義を主張するような人間がいる国。

相も変わらず、世界中に騒動の種を探し、今年は朝鮮半島をいじろうかと、もしかしたら企む国。

確かに明治の開国以来、切っても切れない仲になってしまった国だが、冷静に、少しずつでも距離を取りたい国だ。

こんな国の要求を金科玉条のごとくに押し頂く輩、そんな奴らに、この国のかじ取りを任せるなんて、とても正気の人のやる事じゃない。

あくまでも私の感覚だが、戦後の政治家でワースト3にはいるものに中曽根康弘がいる。
まさに、日本列島を「不沈空母」としてアメリカに差し出すことで長期政権を営んだ権力の犬だ。

こいつに小泉が続き、そして菅が現れた。
いつまでも、こんな事をさせていてはいけない。
日本人の主権というモノを、本当に回復する事が、経済的にも日本が立ち直る条件の一つだろう。

*せっかく世界の成長センターのうち三つもが近所にあるのだから。
中国
インド
インドネシア
ロシアもご近所さんだよね。
ここらと仲良くすれば、アメリカと、無理に仲良くする必要は、少なくなる事でしょう。

サラ・ペイリンは、

第11代アラスカ州知事

ですな。

匿名さま

間違いのご指摘をありがとうございました。校正ミスで申し訳ございません。。本文の訂正とともに、お詫び申し上げますm(__)m

ペイリンのアジりが、この事件を誘発したと当然、見えますね。

ペイリンはこれで、おしまいになると勝手に想像しますが、どうなんでしょうね。

【公開された22歳のジャレッド・ロフナー容疑者の写真をみると、スキンヘッドで笑みを浮かべており、どこか狂気が漂っている印象だ。】
は、まったくそのとおりです。そうとしか見えません。まさしく狂気の表情です。

この事件をきっかけにして、ティーパーティ運動が下火になっていってほしいと個人的に強く願っています。

金平 様
今のメディアが伝えない内容を伝えようとしていることは判ります。でもそれに対する一部のコメントが本筋から逸脱しているのが残念です。現在のアメリカの状況について相当な危機感を持たなければいけないとは考えますが、政治を云々する前に私たちの一部にも同じような状況で少しも本質を理解していないことが腹立たしいです。

人生の大半をアメリカ暮らしです。英語の読み書き、スピーチににまったく不自由していませんから、情報はオフライン、オンラインメディアとも英語で取っていますから、日本の企業メディアが伝えるアメリカ情報にはまったく依存していません。それ以上に圧倒的な情報を英語の海から自由ふんだんに取れるので。

さて、猟奇的事件、異常な事件が起きた場合、まず、犯人が向精神薬を服用していなかったかの報道に着目してください。最初から事件の政治的意味や背景など考える必要はありません。最初のチエックポイントは、精神科診療歴、あるいは、向精神薬、麻薬使用歴です。今回の事件の犯人は、大学を追い出されていますが、大学側は、親御さんに、手紙を出しており、精神科で見てもらって欲しい、と進言しています。また、高校時代のガールフレンドが、彼は、当時から麻薬をやっていた、とテレビインタビューで話しています。精神疾患の可能性が非常に疑われます。この点での確認をしない以前に、政治的意味、社会的意味を論じるのは、間違っています。

オームの麻原、そして、教団幹部など皆、麻薬の常用者だった、オームは、麻薬団体だった、と「坂本弁護士を救う全国弁護士の会」のメンバーである滝本太郎弁護士は最近のyoutube上の長いレクチャーで語っています。サティアンから引きずり出された麻原は、失禁だけでなく、アル中か薬中による廃人のように見えた、と現場の人間が当時、報告していましたね。麻原はこの時点で薬物で廃人化していた可能性が圧倒的に高いと見られます。小学校に乱入した宅間なども向精神薬を使っていましたね。

人間を大量に殺すような行為は、普通,精神が病理的に異常化しているのです。

米国の報道の問題は、異常な事件が起きた場合、犯人が、向精神薬を常用していたことが判明していてもそれを隠すことです。どのメーカーのどの向精神薬を使っていたのか、まで分かっていても、と駒で、伝える報道は皆無です。その名を書くこともありません。ヴァージニア工科大学の乱射事件の時もそうでした。犯人の部屋には向精神薬が発見されていました。この点は当時英語ネット上では議論されていましたが、この理由は、新聞が、製薬会社の広告で経営依存しているからだろう、ということでした。

メディアがいやがるのが、こうした問題が向精神薬によって引き起こされている、問題はそれだ、という方向に持って行って欲しくないのです。それをすると、製薬会社の広告がもらえなくなるからです。ですから、まったく、無意味な、とんちんかんな方向に、話をそらします。問題をそらしてしまうのです。銃の放置が問題だ、とか、茶会運動の言論がおかしいとか、ネットを制限しろとか、政治の側も、これはテロだ、テロ抑圧のための法案をもっと作れとか政治的に利用を試みるのです。商業利益、政治的利益のため、事件の本質が、葬り去られるのです。(オウムが薬浸けだったことが報道されなかったのは、商業的利益というより、何らかの政治的事情が背景にからんでいたためであり、麻原の責任能力が否定されることを恐れる勢力があったからなのではないか、と推測しています。)

新聞、テレビの企業メディアでは、商業的利益、政治的利益のために濫用され、どうしても本質を報道できない制約があるのです。仕方の無い点なのです。ここに、インターネットのジャーナリズムメディアの重要性が、出て来てしまうわけです。

既成メディアの情報享受者であるわれわれ一般人は、だから、企業メディアのこのような制約を認識しながら、このような事件が起きた場合、まず、犯人の薬物、向精神薬使用歴どうなってんの?そこ教えてくれない?、その情報がないと、政治的背景がどうだこうだ、なんて論じるの早計だよ、とつぶやいて、自己防衛する必要があります。このようにリテラシーを高めて、安直に、企業メディアに騙されないようにする必要があります。

mmaさんの向精神剤からの視点は大変興味深く拝見致しました。ただ製薬会社への意向に追随する大メディアなどの見方に対しては、取材現場の人間はそんなことは考えていませんよ、とだけ付記しておきたいと思いますが。

金平様
空前の大震災の中の精力的なご取材、さぞかし大変だろうとお察し申し上げます。
2カ月以上経過してのコメントとなりますが、新エントリのUPを機に気づいたのでご容赦ください。

さて、申し上げたいのはシンプルなもので、他のブログの紹介です。

■アリゾナ銃乱射事件と分裂するアメリカ
http://meinesache.seesaa.net/article/180550121.html
『…今回撃たれたギフォード議員は、ペイリンに狙われる以前に、こともあろうに有力なリベラル派サイト「デイリー・コス」で、方針の違いから「狙撃の対象」とされていたのでした…』
リンク先には、デイリー・コスのその画像もあります。
申し訳ないですが、リンク先の一文と画像だけで、金平様のこの記事は根底から崩壊した、と断じてもいいでしょう(デイリーコスは極めてメジャーな存在であると聞きます)。
こちらのほうが発表は3日早いのですがね・・・

さらにここには
『オバマ大統領もかつて「敵がナイフを使うなら、我々は銃で対抗する」などと演説』

・・かつてあるジャーナリストが「それでも歴史を変えると信じたい」とまで絶賛(※このさい、権力者との距離の問題は置きましょう)した政治家の言葉にしてはいささか剣呑で直接的な表現に聞こえます。

いや、あくまでも比喩だと個人的には思うのですが、特にリローデッドは「あきらめずに再び政治の世界で活動しよう」という比喩ではなく直接的な表現なのでしょうか?「相手がナイフならこっちは銃」、というのと、英語ではニュアンスが違ってくるのでしょうか?
このへんは英語にご堪能な金平さんは微妙なニュアンスを読み取っているのかもしれませんが。

しかし、そういう価値判断とは別に、デイリーコスの一件やオバマ発言は、金平様は「知らないで書いた」のか「知っていたが、そこには触れないという選択をした」のどっちなのでしょうか。
これだけはお答えいただければ幸いです。
==========

余談ですが、故筑紫哲也氏の後継者として朝日ジャーナルの編集長になった故I氏の、就任直後のコラムはなんと「野戦服宣言」だったと記憶しています。もちろん「なんて過激な、暴力的表現!」と取ることもできるでしょうが、私は「野生的に、積極的に活動するよ」という比喩だと不問にふしました(笑)

ちなみに、とある別の記者は某国での特派員経験を、スパイが無邪気に銃とアクションを繰り広げる映画の邦題と同一の「ロシアより愛をこめて」という本にしましたが、これも取りようによっては「報道をドンパチのスパイものになぞらえた過激表現!」ぐらい言えそうですが、やっぱりそれは比喩かな、と。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりアメリカ総局長としてニューヨーク勤務。コロンビア大学東アジア研究所の客員研究員。2010年9月に帰国。10月より同局「報道特集」キャスター兼TBSテレビ執行役員。

BookMarks

-----<著書>-----

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『NY発 それでもオバマは歴史を変える』
2010年11月、かもがわ出版


『報道再生 グーグルとメディア崩壊』
2010年12月、角川書店


『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


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2009年5月、かもがわ出版、共著


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2007年7月、集英社

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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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