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2008年6月17日

『希望の国のエクソダス』から遠く離れて(最終回)

村上龍が『希望の国のエクソダス』を書いたのは、今から8年前の2000年、ミレニアムと呼ばれた20世紀の最後の年だった。考えてみると、あの頃はまだ、僕らが暮らしているこの社会に、希望らしきものがあった。それからの8年。一体、この国はどうなってしまったんだろう。社会が野蛮化している。社会というものは進化するものだという社会的デーウィニズムなんぞは元々信じてはいないが、それにしても、この社会の退歩・退嬰の度合いが常軌を逸しているのではないか。社会はより残酷になり、より寛容でなくなり、より弱肉強食化が進んだ。人間を幸福にしないシステムがますます強固になってきている。僕はあと10日で、こんなふうになってしまった国を後にする。またまた外から日本を見ることになる。とてもエクソダスなんて言えたものじゃないのだが。

先日、作家の辺見庸が九段会館で行った講演の映像をみた。僕が仕事をしている放送局の報道の誰かが、取材には行ったが放送に至らなかった代物なのだろう。3時間以上に及んだ講演の内容は、言葉の本質的な意味で、きわめてラディカル(根源的)であり、挑発的であり、「魅力」に富んだものだった。僕は敢えて「魅力」と書いた。そうだ、「魅力」があったのだ。真摯な思考と言葉は人を強烈に惹き付ける。そういう経験をすることがとても少なくなった。そして、辺見の言葉はマスメディアに関わっている僕らを刺す。

きょうもまた3人の死刑確定囚に死刑が執行された。この国のあの法務大臣は、間違いなく任期中に執行した死刑数の記録保持者となり続けるだろう。

アメリカ。いろいろな意味で、日本にとっては生命線の国だ。その国の最大都市ニューヨークとは一体どんなところなのだろう。そこで暮らすことから徐々にそれを見ていこう。

*   *   *   *   *

この「業務外日誌」は、自分の関わっている職務との関係から、「業務内」のことがらを書いてしまうと「元も子もない」状態になってしまうので、それ以外のことを書き綴ってきた。けれども、実は、「業務内」と「業務外」はどこかで連関しているものだ。こんなことが起きていた時に、あんなものを見ていた、読んでいた、聴いていた。つい最近も、強烈な体験をした。人から見るように薦められていた万田邦敏監督の映画『接吻』を見終わった直後に、秋葉原でのあの凄惨な事件の発生を知った。現実と作品の接続に眩暈を覚えるような奇妙な感覚をもった。ストレート・ニュースと文化状況は共振している。そのことを今度は、異邦人として味わうことになるのだろう。
     

*   *   *   *   *

「業務外日誌」をご愛読頂き、また多くの感想を寄せて頂き、ありがとうございました。また、いつか、NYからの通信で再会しましょう。 

2008年6月 5日

忙中閑あり。でも、もう時間がない。

まずは、お知らせから。勤務している会社の人事異動で、日本を離れることになりました。新しい勤務地は米国ニューヨークです。また取材現場に戻ります。それで、「業務外」日誌が成立しなくなり、いったんこのブログを閉じようと思います。3年間にわたる皆さんのご支援を心から感謝します。また、ブログを運営していただいたザ・コモンズの皆さん、本当にありがとうございました。

この数週間は、さまざまな「業務内」雑事に追われ、「業務外」日誌を記す余裕がなくなっていました。そういうなかでも、以前からの約束事や強い勧めにはなるべく応じることで時間を何とかやりくりしてきました。そのうちの幾つかを記しておきます。最終号はたぶん次回の記事になると思いますが。

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2008年5月18日

星野博美のひとをみる視線のやわらかさ

星野博美さんの新著『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)を一気に読んだ。この本、いいなあ。星野さんの本ではあの『謝々!チャイニーズ』と甲乙つけがたいほど、両方とも一番好きな作品になりそう。まるで青春ロードムービーなのだ。けれども、昨今の日本人の中国および中国人をみる視線の変化を思うとき、星野さんの中国人および中国という広大な国をみる視線の柔らかさというか、想像力の柔軟さにぐいぐいと惹かれる。この本を読んでいて、何となく僕がソ連特派員時代のモスクワとか地方都市で体験した理不尽さと暖かさの同居したほろ苦い出来事が思い出されたりするのだ。
先にロードムービーと書いたが、この本は1987年5月4日から6月4日まで、星野さんが当時、香港の留学生だった頃、アメリカ人の友人マイケルと出かけた香港~ウルムチまでの旧シルクロードの一部を辿る旅の記録だ。鉄道を主な移動手段にしている。その座席をめぐる種別が物語のキーワードになっていて、軟臥(一等寝台)、軟座(一等座席)、硬臥(二等寝台)、硬座(二等座席)、無座(座席なし)という「5種別」が、あらゆるドラマの展開の起点・起動点になっている。平等を建前とする社会の「種別」は実質的には、権力の格差=つまり特権の存在を意味しているのだが、そこで繰り広げられる喜怒哀楽の現実のドラマ。笑いながら泣きたくもなる。そこに暮らしている人々と旅人。そこに同じ血が流れている人間としてのつながりを認めるのかどうか。そこが根本だ。ウイグルの項にある写真がどれもいい。
 中国の反日感情や、ギョーザ事件。チベット暴動の鎮圧、北京五輪問題、さらには直近の四川大地震の扱いなど最近の日本の対中国観の変化を大いに感じるにつけ、この本は多くの人に読んで欲しい本だ。
 最後に。マイケルという人物とのせつないこころの物語としても、僕はこの本を読みました。こういうのは好きですね。

2008年5月17日

沖縄で魂を揺さぶられる

久しぶりに沖縄に来た。沖縄を訪れた時には必ず、まるで「儀式」のように沖縄そばを食べることにしている。この十数年は、国際通りにある宮古そばの「どらえもん」と決まっている。今回もそうした。沖縄という土地が大好きだ。僕は北海道生まれ、北海道育ちなのに沖縄に惹かれる。同質のDNAのようなものを感じるのだ。
さて、その沖縄で初日から魂を揺さぶられるような体験をした。ひとつは県立沖縄美術館で今日から始まった『情熱と戦争の狭間で』展。友人の土江真樹子さんが企画したこの作品展は、戦没画学生の作品を収集する長野の「無言館」の作品群と、沖縄の画家たちの戦争の記憶をたどる作品群のコラボレーションなのだが、両方の展示が互いの認識を深めあう効果をしっかりと保っている。1+1以上の相乗効果を生んでいるのだ。「無言館」の作品についてはすでに多くの言葉がいろいろな箇所で費やされているのでここでは触れないが、僕にとって新鮮だったのは沖縄の画家・アーティストたちの戦争の記憶の重層性、多義性である。例えば、山田真の『沖縄戦』は英字新聞Daily Okinawan の挿絵として1947年に描かれたものだが掲載が見送られた。すさまじい作品である。大嶺政敏の戦前作品『増産戦士』と、40年後に描かれた『集団自決供養』に至るまでも通底する一種の静謐感覚。山元恵一の『司祭』『角笛』『人の祈り』の朱色に込められた悲しみ。与儀達治の『怨』『=0(イコールゼロ)』にみられる、戦争の記憶においてさえ隠されようとしているものへの直視。見る者の想像力がどんどんと拡げられる。
夜、桜坂劇場でタテタカコのライブを聴く。こころに沁みた。沁みすぎた。『君は今』から始まって2曲目の『宝石』くらいでもう涙腺の決壊が始まった。ダメだね。こんなにピュアな声は、相当初期の頃の坂本美雨にちょっと聴けたような記憶もあるけれど、中島みゆきとも違うし、矢野顕子とも違うし、もちろん綾戸智絵みたいにはなっていないし。とにかく、こころに直線として突き刺さってくる硬質な純粋な歌声はただごとではない。これは事件だ。

2008年5月 7日

何てすばらしいドキュメンタリーなんだろうか

このところヒドく疲れ気味で心を休めたいと思っていたので、うるさい地上波のテレビを避けて、友人の家で、NHKのBSハイビジョンを何気なくみていた。そうしたらアイルランドのアラン諸島の小さな島の人々の生活を追ったドキュメンタリー作品が放映されていて、どんどん引き込まれてしまった。何てすばらしいドキュメンタリー作品なんだと。人口54人のイニシュ・マン島で営まれている暮らし。ゲール語を話しケルト文化を守っている人々。あわてて新聞の番組欄をみたら『シリーズ 天涯の地に少年は育つ・アイルランド荒波に編むセーター』と出ていた。押しつけがましくなく、余計なBGMなんかなく、過剰なスーパーもなく、ただただ暮らしぶりを謙虚に映し出す。人間が引き継ぐべきもの・ことが映像から自然に伝わってくる。カメラワークの何と見事なことか。こういうドキュメンタリーをみると、こころが洗われる。おしまいのエンドテロップをみて、一体どこの誰がこんなすばらしい作品を作ったのかと注視していたら、ドキュメンタリー・ジャパンって出てきて、ああ、やっぱりな、という嬉しい思いがこころに拡がった。

2008年5月 6日

タテタカコの存在感

必然的に出会ってしまう歌い手というのがいるものである。是枝裕和監督の映画『誰も知らない』のなかで使われていた未知の歌手の歌が流れた時に、映画館で不覚にも涙腺が一気に破れたことを覚えている。ワシントンDCのEストリート・シネマという劇場でだった。その歌は『宝石』という歌で、歌っていたのはタテタカコという人だということを後から知った。それから4年の時間が過ぎた。そのタテタカコの新譜を聴いた。何と存在感のある歌手なんだろう。併収されているDVDには3人の写真家・美術家が曲に合わせて写真映像をつけている。何だかそれをみて胸が締め付けられるような、苦しいような感情を覚えた。「君は今(写真;奈良美智)」「遠い日(写真;小林紀晴)」「人の住む街(写真;橋口譲二)」。ライブで肉声を聞きたい歌手である。

2008年5月 4日

「羊に率いられた獅子」を描く愚直さ

最近では映画館で封切り映画をみる機会がぐっと減った。これはヤバいと思い、帰省先の富山市で『大いなる陰謀』というのをみた。富山市内でやっている映画があまりにもロクでもない作品ばかりで他にみるものがないのだ。大体にして映画館がパチンコ屋と同居しているシネコン系の郊外型。どこの地方都市も今や映画館はこんな有様なのだろうか。ロバート・レッドフォード監督・出演の『大いなる陰謀』の原題は「Lion for Lamb」。「(臆病な)羊に率いられた(高貴な)ライオン」とでもいうほどの含意が込められているのだろう。対テロ戦争を押し進める共和党政治家たち(=実戦経験の全くない羊)が、すっかり無力になったマスコミを使って、無理な軍事作戦を遂行し、未来のある若者たち(=ライオン)を戦場で死なせている、というメッセージがあまりにも前面に出すぎている。この映画の登場人物のなかで、高貴でまともな人間として描かれているのは、戦場で戦死する黒人系、ヒスパニック系の2人の若者のみ。この単純な構造がこの映画をかえって深みのないものにしている。描き方としてはむしろ愚直。ブッシュ政権末期に特有の映画とみなされてしまうだろう。そこが残念だ。ただ、映画『靖国』の事前試写を求める国会議員のいる国と、レームダックとは言え現在の政権の戦争政策を堂々と批判するこのような映画をトップスターたちと共に制作し、世界中に一般公開している国のどちらがまともな国か。それを考えてみてもいいのかもしれない。そう言えば、この映画の配給はあのマードックのニュースコーポレーション傘下の20世紀フォックスだった。ニヤリ。

2008年4月30日

 やっぱり何を描くかだよね。

根津の小さなギャラリーで、内澤旬子さんの原画展が今日から始まるというお知らせをいただいていたので、出かけてみた。『庫の中』という本の挿絵の原画展だ。内澤さんといえば『世界屠畜紀行』だ。あれはすばらしい本だった。今回のは、神奈川近代文学館(あれれ、正確かな?)に所蔵されている日本の作家たちの私物を丁寧に丁寧に描いたものだ。埴谷雄高の自宅の木製の郵便箱とか夏目漱石のハンコ(彼は印鑑マニアだったそうな)とか大岡昇平の復員当時の服とか。これがとても面白い。ディテールに神は宿りたまいき。萩原朔太郎の『月に吠える』や永井荷風の『ふらんす物語』が発売当時、発禁になっていたとはね。その小さな画廊には、ご本人がいらしたが、「強烈な意志のひと」とみた。どう描くかもあるけれど、この人の場合は、何を描くかが圧倒的に重要なファクターだなと再認識した。それにしても根津のあたりは歩いていてホッとするね。

2008年4月29日

ほんとうのことをいう言葉のちから

大昔のことだが、詩人・谷川俊太郎の初期詩集のなかに、こんなフレーズがあって衝撃を受けた記憶がある。

本当の事を云おうか
詩人のふりはしているが
私は詩人ではない

こんなことを詩にするなんて、何という詩人なんだ。幼かった僕はそう思っていた。けれども、言葉を使って魂の内奥を伝える、ほんとうのことを云う時、言葉はちからを持つ。ウソの言葉は所詮は、上滑りに終わる。ウソは現実に凌駕される。(と思いたい。)ほんとうのことを云っている言葉に最近立ち会った。いや、正確には一度は立ち会い、もう一回はその映像をみたのだった。いずれも葬儀の弔辞だ。これまで型どおりの儀礼的な弔辞をイヤになるほど聞いてきたが、僕が最近聞いたその弔辞は、立ち会っていた人々のこころに突き刺さってくるようなちからをもっていた。ひとつは映像ドキュメンタリスト・村木良彦さんの告別式で、盟友・今野勉さんが読んだ弔辞だ。深い感銘を覚えた。村木さんの葬儀にしか出られなかった自分を恥じたほどだ。僕はそれを収録された告別式の映像で見たのだった。もうひとつは、僕が駆け出しの記者で検察庁担当の記者だった80年代初めの頃、よく朝まわりをした相手の検事の会葬でのことだった。のちに検事総長になった北島敬介氏の葬儀で、司法修習同期生の堀田力さんがおくった弔辞。深くこころを動かされた。その直前の法務大臣の弔辞(代読)があまりに無内容だったからかもしれない。あるいは、言葉のちからの無力さばかり感じるこの頃なので、余計に身に沁みたのかもしれない。
敬愛する作家・星野博美さんの『のりたまと煙突』の末尾の文章を引用させてもらう。

富める者も貧しい者も、健やかな者も病める者も、幸福な者も不幸な者も、大勢の人に囲まれた者も孤独な者も、墓場に持っていけるのは思い出だけだ。とかく不平等がはびこる現世で、そのことだけが人間に与えられた、唯一無二の平等なのかもしれない。だから、いつか消えゆく日まで、思い出をたくさん作って生きてゆきたい。それだけが、誰にも奪うことのできない、自分だけの宝物なのだから。(同書より)

2008年4月26日

パスカルズ@横尾忠則展を「かぶりつき」で

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終演後、パスカルズの石川浩司さんと

パスカルズというバンドがある。はじめて見たのは友部正人のコンサートで、だったような記憶があるけれど、確かじゃない。僕にとって何といってもいま現在NO1の楽隊であるシカラムータが、バルカン的チカラのエナジー・バンドだとすれば、パスカルズはフランスのエスプリだ。エリック・サティの音楽の喜びを感じさせる、ほのぼの系というか、人を解放してくれる音楽を奏でる。元たまの知久寿焼や怪人・石川浩司らもメンバーに参加しているほか、先日、川上未映子らをゲスト招いてテント・ライブをやった坂本弘道もメンバーに加わっている。そのパスカルズが世田谷美術館の横尾忠則展オープニング・イベントに出てくるというので出かけたら、とっくにチケットは完売になっていた。甘いよな、俺は、このバンドのカルト的な人気を考えれば。しかも雨天で野外ライブのはずが美術館講堂での開催に変えられていた。立ち見でもいいやと思っていたら、そういう人たちが沢山いて、美術館のロビーに溢れている。結局、世田谷美術館側の粋な配慮で、開演ギリギリになって、講堂のなかにできるだけ人を入れることになった。それで僕もタダでこの貴重なライブをみることができた。しかも「かぶりつき」で。わずか1メートル前に松井亜由美さんがいてバイオリンをひいている。石川浩司の「横をタダ乗り」には笑ったが、知久寿焼の澄んだ歌声を久々に聞いて、ぐっと来るものがあったね。

2008年4月20日

死ぬまで女でいたいのです

確か、パルコかどこかの名コピーに「死ぬまで女でいたいのです」というのがあった記憶があるけれど、マルグリット・デュラスの年譜に目を通すと、この作家が81歳で没するまで、自立したおんなであることを見事に体現した生涯であることが伝わってくる。『太平洋の防波堤』『愛人 ラマン』所収の池澤夏樹版・世界文学全集第4巻をようやくにして読了。サガンの『悲しみよこんにちは』とのカップリングである。かわった組み合わせだ。植民地下での濃密な体験をもとに紡ぎ出されたデュラスの作品の重みは圧倒的で、他の作品も読まずにはいられなくなる。この本の585ページにある母親と少女期のデュラスのツーショット写真に何か特別ななまなましさを感じてしまう。不思議なものだ、小説のちからというのは。57歳のデュラスと38歳のサガンが同じ宣言書に名前を連ねたのが、1971年に『ヌーヴェル・オプセルバトゥール』誌に載った「343人のあばずれマニフェスト」である。中絶禁止の法律撤廃をもとめたラディカルな宣言だが、このような時代があったことが今となっては歴史に属するはるかな過去のような気がするのはなぜか。理由は明白だ。

2008年4月15日

モディリアーニのミューズたちを見にゆく

36歳で夭折した画家アメデオ・モディリアーニの肖像画に登場する多くの婦人たち。そのなかでも最愛の女性と言われるジャンヌ・エビュテルヌ。彼女はモディリアーニの死後、彼のあとを追って、自ら死を選んだのだという。実生活の生々しさを想像しながら数多く展示されている肖像画をみる。会場の国立新美術館は、昼休み時間に行ってみると、それほど混んではいなかった。人づてに聞いた話だけれども、以前フェルメール展の時は、まるで動物園のパンダ舎の檻の前みたいに、係員が「長く立ち止まらないでください」などと言って、入場者の誘導をしたそうだ。見に行った人が呆れ果てて憤慨していた。さて、今回の展示作品のなかでも、1917年頃に描かれた『若い娘の肖像』(ロンドン、テート)の瀟洒な顔立ちに強く惹かれる。何だか東洋的な顔立ちの婦人である。

2008年4月13日

柳川・白秋・伝習館

仕事絡みで福岡県の柳川市に行ってきた。目的は会議だ。初めて足を踏み入れた土地だ。市中をお堀が巡らされており、さながら日本のベニスといった所か(陳腐な物言いだなあ)。折角なので川下りや立花家の所蔵品を見たりした。柳川には詩人・北原白秋の生家がある。そこも覗いてみた。御花史料館「殿の蔵」の贅を尽くした所蔵品には舌を巻いた。大名の巨大な権勢を裏打ちする美術品の数々に畏れいる。詩人・北原白秋の晩年もまた、戦争の時代に翻弄されていたことがわかる。没年は1942年だが、1939年には翼賛団体・日本文化中央連盟より依頼されて、神武東遷を讃える紀元二千六百年記念交声曲『海道東征』の作詩を担当、さらには長唄『元寇』の作詩も行っている。太陽の下、川下りの船の上で柳川市のマップをぼんやりと開いてみて、脳裏に飛び込んできた文字があった。伝習館。そうか、伝習館高校は柳川市にあったのか。何だか、いきなりつながってきたような感覚。『独立少年合唱団』のあの世界に。北原白秋も伝習館の出身である。ただ僕らのような年代の人間には、伝習館と聞けばぴんと来る人もいるはずだ。伝習館闘争。1970年に福岡県教委が伝習館の教師3人を懲戒免職にしたことに端を発する。教育権とは何か、学習指導要領とは何か、について本質的な問題提起が行なわれたケースだ。何だか頭の中でぐるぐるといろんな想念が回り始めている。何も何も変わっていない。

2008年4月 9日

音楽はいのちをかけるに値するものだ

畏友Yさんから渡された旧作の日本映画のビデオをみる。ひどく感動した。『独立少年合唱団』(2000年)だ。ストーリーの舞台設定は、1970年代初頭の群馬県あたりの(?)キリスト教系全寮制男子中学校。見始めてしばらくは、ああ、これも、怪物=モンスターとしての「過激派」を、わかったように描いた作品かもなあ、と思いきや、そうではなくて、変声期の少年の不安定な<叫び>と、あの時代の不安定な<叫び>が共振している、とてもすぐれた作品だと実感、ぐんぐん引き込まれていってしまった。こういう日本映画もあったんだ、と。何でDVD化もされていないんだろう。どうでもいいくだらない映画がDVD化され尽くしているのに。『独立少年合唱団』、見方によっては、もうひとつの『連合赤軍』(若松孝二)的映画ともとれるし、大昔のせつない青春映画『帰らざる日々』(1978 藤田敏八)的映画ともとれる。ボーイソプラノのヤスオ役の藤間宇宙の演技の狂気が素晴らしい。そう、音楽はいのちをかけるに値するものだ。『サイゴン・タンゴ・カフェ』 → 坂本弘道 → シカラムータ → 『チューバはうたう』 → 『独立少年合唱団』→ のつらなりでの結論。

2008年4月 7日

音楽の官能、小説の官能(2)

シカラムータのライブ会場(4月2日の項参照)で買った瀬川深の小説『チューバは歌う』(筑摩書房)を読んだ。大熊ワタルに捧ぐ、とあるだけに、期待を裏切らない疾走感。読む速度がどんどん増していく。シカラムータの演奏に十二分に拮抗しているぞ。こういう小説に出会うと嬉しくなる。この小説の登場人物にはモデルがいるよな、とニヤニヤしながら、関島岳郎が女装してもっと若くなった姿(!?)などを想像しながら、いや、そういうのでもないよな、と自己修正しながら一気に読む。瀬川という作者の音楽への愛、ホンネが小説中の主人公の独白に随所にちりばめられていて、圧倒的に共感したね。

これははっきり言おう、音楽をやっている人間たちの大半、おそらくは九十九パーセントかそれ以上は、実のところ、本当の意味で音楽をやっているわけではないのだ。自分たちのやっていると信じる音楽を包括してくれるジャンルの中に居場所を求め、そのジャンル全体の認知を裏切らないことを最上の価値とするのだ。そこには様式美はあるが、面白みはない。すでに築かれた塔に上って風景を楽しむことはできるが、その塔に新たな階層を付け加える勇気はない。要するに、皆、いくつもの小島の周りを泳いで珊瑚礁の海を楽しんではいるのだ。しかし、どんな波がくるかわからない外海へと向けて泳ぐ意志と力はない。(本書より)

ここまで突っ張れるのも、シカラムータと伴走しているからだ、とつくづく思う。また小説の官能と音楽の官能が共振している現場に立ち会った気分だ。

<追記>同書に併録されている「飛天の瞳」と「百万の星の孤独」もいい。特に「百万の~」は、イニャリトゥの映画をみてるみたいで、それぞれの孤独がつながっている人間という存在のありようを描いていて心地よい読後感。 

2008年4月 2日

やっぱ、オレはシカラムータ派だな。

このところ気がふさぐことが多くて、気分を切り換えたくて久しぶりにシカラムータのライブを見に行った。しかも11人編成、ダブル・チューバ、ダブル・ドラムスの大編成である。その迫力たるや。スターパインズ・カフェはちょうどいい、狭くて。肌に震動が伝わってくるこの距離感。休憩をはさんで後半に入ってからが俄然盛り上がった。こないだ太宰治賞をとった作家・瀬川深という人もステージに登場してきて、彼の作品にちなんで世界初演となった『火のなかの火』がなかなかよかった。さらにはカタロニア民謡のあの『鳥の歌』には泣けてきた。『スカラベ・マーチ』に続いて、トルコ民謡の『アルティガーナ』が楽しい、楽しい。アンコールは『アルバート・アイラー・メドレー』ときたもんだ。日本の音楽シーンのフロント・ランナーと言われている人たちのライブをいろいろ聴いてきたが、やっぱオレは、菊地成孔もいいけど、小曽根真もいいけど、シカラムータ派だな。からだが求めているものな。シカラムータが商業的に大ブレイクすることはないかもしれないけど(ごめん、そういう時代には日本に革命が間近な時だ)、こんなにラディカルで、世界仕様で、クールで、切れがいい楽隊って、そんなにいないと思う。ついて行きますよ、どこまでも、と。

2008年3月30日

ピナ・バウシュが生きている時代に生きていてよかった。

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ピナ・バウシュ『フルムーン』休憩中の舞台

ピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏団の日本最終公演『フルムーン』をみた。新宿文化センターのステージ中央奥、上手に大きな岩がある。その下には川か。ステージを水が流れている。基本的にはシンプルなステージの装置だが、水を使うことの困難さは想像に難くない。初演は2006年パリという。人間という存在の原初は水にあった。ステージに雨が降る。降り続ける。人が泳ぐ。本当にステージでダンサーたちが泳ぐのである。全体が大きな生命賛歌になっている。初期作品の絶対に笑わないあの緊張した表情とはかなり変化している。どちらも好きだ。人間は抱擁する。人間はキスをする。人間は欺く。人間は突き放す。人間は走る。人間はダイビングする。人間は性交する。これらの存在のありようを精一杯、ダンスで表現する。一体どのくらいの量の水が使われたのだろうか。振り返ってみれば、1986年の日本初公演以来、ずっとピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏団のステージをみてきた。ある時はステージに土がびっしりと敷き詰められていたりした。先日みた『パレルモ、パレルモ』は、崩壊した石壁がステージを覆っていた。物質と人間。身体的記憶と反復される単純動作。ピナ・バウシュが生きていて振り付けたダンスをこうして目の前で演じられるのが見られるなんて、何て幸運なんだろう。至福の時間が過ぎていった。これから先、自分がどこにいようと彼らのステージを見ていたい。

2008年3月29日

殺したいほど愛しているぜ~チェリスト坂本弘道の激情

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ダンスパフォーマンスと坂本

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坂本のチェロ独奏

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吊され燃やされるチェロ

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ピアニカ大団円

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状況劇場的

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喝采

木場公園の特設テントに入ってみると、こりゃあ昔の状況劇場っぽい仕掛けだな、と。僕らは会場到着が開演ギリギリだったので、何と立ち見だった。2時間40分。ちょっときつかった。年だから。上々颱風の白崎映美とのコラボ。ずいぶん久しぶりに聞く、みる姿。ちょっと妖艶度が増したかな。上々は西川郷子とのハーモニーが美しかったものなあ。ダンスも存在感のある特異なパフォーマンス集団で面白い。そしてお目当ての川上未映子の朗読と歌。肉声での歌を聴くのは初めてだ。こういう世界を知っているから、小説世界の奥行きとか拡がりがものすごくデカいんだと勝手に思ってしまう。遠藤ミチロウは相変わらずのアナーキーさだったが、ちょっと長すぎる気がした(ごめん)。チェロという「音を出す器」はよく女性のからだに例えられることがある。坂本弘道のチェロに対する振る舞いは、その過剰な想いゆえに、あまりにも暴力に満ちた愛の直接表現となっていた。グラインダーで削る、マッサージ機でいたぶる、鉛筆で突く、終いには、ああ、そこまでやるか。「殺したいほど愛しているぜ」の最終表現は、ドリルで傷つけた上、ロープで吊して燃やすに至る。その間隙に流れる優美な甘美な切ない旋律。大団円では、状況劇場! 後方のテントがめくれ上がり、その彼方に拡がる現実界。いいぞ!風の旅団!これこそは究極の愛のコンサートだ。

2008年3月25日

アントニオ・ネグリを入国させない日本の恥辱

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『帝国』
2003年1月、以文社

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『ネグリ自伝』
2003年3月、作品社

アントニオ・ネグリ/マイケル・ハートの『帝国』(邦訳は以文社から2003年に出ている)は、いま現在の思想情況を語る時に避けて通ることのできない諸問題の提起を行っている重要な書物である。日本の入管当局にとっては、もちろんそんなことは知ったこっちゃないだろう。<危険人物>と「当該データ」にある限りはニッポンには入れない。入管とはそのような権力装置なのだから。本質的な問題は、その「当該データ」なるものが、一体誰によってどのように作成され、どれほどの真実性を持っているのか、なのだが。ネグリはこれまで22ヶ国で、教鞭をとったり、講演・執筆・政治活動を行ったりしてきた。東大・京大・東京芸術大などが彼をゲストとして招き講演会を行うべく準備をしてきた。そこへ今回の仕打ちである。いっそのこと、政府はそういう<危険人物>認定をした著者なんだから、彼の書物を禁書=発禁処分にでもしたらどうか。この際、徹底的に世界中の笑いものになった方がいい。『ネグリ自伝』(邦訳は作品社から2003年3月に出た)の日本語版のための序文は、この状況下では特別な意味を帯びる。

親愛なる日本の友人たち、よく読みとっていただきたいと思う。私はあなた方と知り合いになるために日本に行くことは、まだできない。(中略)しかし、往々にして事態は悪い方から先に進むものであるとはいえ、苦悩や否定の作用のなかにもっとも高い希望を見つけることができるということも、また真実なのである。では、近いうちにお会いできることを楽しみにして。(同書より)

この国の法務・検察・司法がおかしな方向に急激にカーブを切っているのではないか。このことを、後世の人々は悲しみをもって知るのかもしれない。

2008年3月23日

音楽の官能、小説の官能

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『サイゴン・タンゴ・カフェ』
2008年2月、角川書店

このところ、たまたま読んだ小説がみんな面白くて、現実逃避の手段として小説にハマってしまいそうだ。ヤバいね。中山可穂の『サイゴン・タンゴ・カフェ』(角川書店)もそういうなかの一冊だ。ピアソラの曲にインスパイアーされて書き上げられた小品群も、品位と退廃がともに漂っていてぐいぐい引き込まれてしまう。ピアソラの曲の官能に照応する小説の官能。タンゴは切ない。人生のように。本の表題になっている『サイゴン・タンゴ・カフェ』も独自の世界をもった官能的な非通俗=恋愛小説だ。

この世のあらゆる思想は信じるに足りぬが、ただタンゴだけは無条件で愛せるのだと語っているかのような没入の背中や、リズムにあわせて小刻みに動いている足や、かぼそい指先が無意識になぞる追憶のしるしや、レコードに針を落とすときの厳かな儀式めいた仕草によって、客は女主人がタンゴに寄せるただならぬ愛を知るだろう。(同作品より)

ディノ・サルーシとロザムンデ・カルテットの古いタンゴのCDを聴きながら、小説の舞台となったハノイの雑踏を思い出している。そう言われてみれば、タンゴとハノイは微妙に合っているなあと思いながら。

2008年3月22日

パレルモ、パレルモ、ピナ・バウシュ

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久し振りのピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏団。ステージの制約がある演目なので、今回は、テアトロ・ジーリオ・ショウワ(昭和音楽大学@新百合ヶ丘)の公演。初演は1989年12月。ベルリンの壁崩壊のわずか後ということになる。で、そのことをステージの冒頭に、まるでビンタをはられるみたいに思い知らされる。と言うか、冒頭の壁の崩壊は、もっと巨視的な、文明の次々の崩壊と混淆の舞台としての地中海都市パレルモを想起させる仕掛けとみるべきだろう。崩壊した壁の上で演じられるさまざまな意匠は、歓喜とはほど遠い、人間存在の悲しみと孤独、グロテスクな滑稽さに満ちていて、「舞踏とは何か」という問いの根源に届く。民族音楽に合わせて個性豊かなダンサーたちが次々に男女対になって踊り継ぐ休憩前のシーンからは、唐突なようだが大昔の「ソウルトレイン」を思い出してしまった。絶対に笑わない版の。後半のピナ・バウシュ特有の単純動作の反復の振り付けでは、何だか日本の江戸時代の渡世人の「おひかえなさって」みたいな仁義のポーズが反復されて不条理なラインを形作る。面白いなあ。ゴミだらけの街に、死んだように佇むパレルモのオペラ劇場の建物をみたのはもう何年前のことだろうか。パレルモを皮切りにしたシチリア島の旅先で、偶然、小田実さん一家がタオルミナを訪れていたのに遭遇した記憶がよみがえってきた。あのパレルモの都市の精霊がピナ・バウシュの想像力を刺激したのだろう。忘れることのできない舞台がまたひとつ増えた。

2008年3月19日

抒情とポエジー 菊地成孔DUB SEXTET

こんなにクールなジャズ集団が目の前にいるなんて驚きというか。鶯谷のラブホ街の真ん中にある元キャバレーのフロアを利用した店=東京キネマ倶楽部は、かなり素敵な造りになっていて、菊地成孔DUB SEXTETの演奏の場所としては、これ以上似つかわしい場所はないと思うほど。今をときめく菊地成孔の新ユニットだけあって、立ち見も含めてSOLD OUT。すごい熱気が客席に漂っている。まるで60年代のジャズを聴いているみたいで、ソウルフルだねえ。ピアノとかベースとかドラムスとか、浪花節みたいに抒情たっぷりな上に、ミキサー処理によるダブで、ポエジーがあちこちに飛び散る。抒情とポエジー。こういうジャズ演奏を聴くのも久しぶりだな、と思う。ピアノの坪口昌恭もいいし、ベースの鈴木正人もいい。ドラムスの本田珠也だってすごくいい。要するにみんなみんな、めっさクール。2時間あまりの演奏を観客たちは堪能した。

2008年3月18日

ソ連的ロシアン・ロック『レニングラード』

モスクワに住んでいた時のロシア人仲間から、以前送られてきたままになっていたCDが、聴いてみると、これがあんまりにもスゴいので、忌野清志郎さんにコピーをつくって寄贈してしまった。『グルッパ・レニングラード』というのが、そのバンド名。全曲すんごいのだが、3曲目の「КОГДА НЕТ ДЕНЕГ」とか、8曲目の「007」とか、とりわけ13曲目の「ТЕРМИНАТОР」は一度聴いたら耳にこびりついて忘れられない甘美かつアナーキーな曲だ。歌詞も半分くらいしか、わかんないけれど、すごくアナーキーかつ強くて、何だかソビエト連邦的だと。強い、元気な、元気な破天荒なロシア。サンクトペテルブルクじゃなくて古いレニングラード(=レーニンにちなんだ町名)だというところからして、突っ張りまくっている。ブラスの力も昔のJAGATARAみたいでいいなあ。
日本のロックにもこういうの、出てこないかなあ。

2008年3月16日

『僕たちの好きだった革命』はいいぞッ!

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『僕たちの好きだった革命』
2008年3月、角川学芸出版

このところ心身ともに弱っているので、「泣き笑い」の物語ばかり読んできているが、こんなに出来のいい「泣き笑い」もあった。ささやかながら確固とした勇気をもらった。鴻上尚史の『僕たちの好きだった革命』(角川学芸出版)は、いわゆる全共闘小説ではない。そこにはユーモアがきちんと嵌め込まれているから。矢作俊彦の『ららら科學の子』や、四方田犬彦の『ハイスクール1968』だと、なかなかそうはいかない。切実すぎてさ。あの時代の高校生たちのことを誰かが書かなければならない。今の高校生、これからの高校生たちのために。「チョーむかつくんだよ」「そうか、腸がむかつくのか」と太田胃散分包をクラスメートに静かに手渡すヤマザキは実にクールだ。鴻上の言いたいメッセージが何気なく書き込まれている。<なにも変わっていない。30年前と何も変わっていない。僕たちは30年前と同じことを繰り返している>。それを今の高校生たちにどう伝えるか。

2008年3月 9日

コソボ独立宣言は無前提的によき出来事か?

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先頃、クロアチアのスティエパン・メシッチ大統領とお会いする機会があった。クロアチアと言っても日本人にとっては実に遠い国だ。それでも最近は観光客に人気があるそうだ。旧ユーゴスラヴィアから独立したのが1991年。その年から僕はモスクワに赴任して働き始めた。親セルビアのロシア人たちが不快感を隠していなかった記憶がある。目の前にしたメシッチ大統領は、ちょっとやそっとじゃ動じない叩き上げの人間の「いい顔」をしていたが、笑うと実に人なつっこい表情が浮かぶ。ロシア語も器用に操っていた。記者会見で聞いてみたかったのは、コソボ自治州の独立をめぐる評価である。クロアチアはコソボ独立を強く支持している。ミロシェビチに代表される大セルビア主義政策の当然の帰結である、と。アルバニア系住民が多数を占めるコソボは、抑圧から解放されなければならないのだ、と。でも、本当に前提なしで、独立はそれ自体いいことなのか? 僕にはどうもわからない点がある。『論座』4月号に木村元彦氏が書いていた文章に興味深いエピソードが紹介されていた。コソボ独立宣言が発表されてからわずか4日後の2月21日に、セルビアのベオグラードで開かれたコソボ独立反対集会についてのリポートの一節だ。あの映画監督のエミール・クストリッツァが演壇に登場して、聴衆に訴えた内容が実に激越なのである。『わたしのカレンダーは(独立宣言の発せられた)2月17日でとまってしまったままだ』と。セルビア悪玉論は、欧州で広く流布しているが、それほど単純なものではなかろう。「独立=善」という思考放棄につながるような言説はとりあえず疑ってみたいのだ。

2008年3月 2日

いいものは讃えるべし

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きのうの午後、『NHK「再生」の道』というシンポジウムがあったので、出張帰りに立ち寄ってみた。5人いたパネリストのうちの一人が明らかに他とは異質な人物で、そのロジックの食い違いぶりに、何だか不条理劇をみているような不快感のようなものを覚え、それを咀嚼できないまま会場を後にした。で、本当にここで書きたいのは、そのあと、夜10時からNHKのBSで放送していたドキュメンタリーがあまりにも素晴らしかったということ。シリーズ『民主主義』のアメリカ編『闇へ(原題;Taxi to the dark side)』。アレックス・ギブニーの制作・監督作品で、この劇場公開版が今年度のアカデミー賞ドキュメンタリー部門を受賞したのだ。「テロとの戦い」のかけ声の下に、アメリカ軍が、アフガニスタンのバグラム基地やイラクのアブグレイブ刑務所で何をやっていたのか。民主主義の宗主国アメリカにとって最も触れられたくない事実=拷問・殺人・虐待・非道。当事者たちをまじえたインタビュー証言によって、何が覆い隠されようとしたのかがあぶり出されてくる。素晴らしい手応えの作品だった。こういう放送ならば、国境を越えた理解が得られるだろう。どんどん国際放送の枠で放送すべきだ。シリーズ『民主主義』では、パキスタンのムシャラフ大統領との晩餐をしながらのインタビュー『大統領との晩餐』を以前にみたが、これもとても面白かった。NHKは、BSは、いいぞ。いいものはいいと讃えよう。そうじゃないと、権力だけは持っている放送のド素人たちから余計な介入が入る。

2008年2月29日

宮崎・綾町は実にいいところだった。

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観光スポット、宮崎県庁

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綾町の雛山まつり

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綾の手紬染織工房の藍染め

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綾の照葉樹林

きのうから宮崎県に来ている。宮崎と言えば、例の知事の誕生以来、県庁が一大観光名所になって、今も1日に1000人から5000人の見学者が訪れているのだという。県庁の建物はとても古い趣のある外観だったが、今日はそこを素通りして、綾町という町に来た。町づくりへの強い意志が感じられる場所だ。自然に恵まれていて、工芸・陶芸・ものづくりの文化と農業がいい具合に共生しているようだ。沖縄生まれの秋山真和さんが主宰する「綾の手染織工房」にうかがって、藍染めの伝統の技法や、幻の絹と言われる「小石丸」を用いた昔ながらの絹糸生産のプロセスを見ているうちに、こうした技法が日本の強みだった時代がかつてあったことを今更ながらに思った。なぜなら、この国では、こうした技法の殆どすべてが死滅しかかっているから。安い労働力を求めた末、技術がまるごと海外に移転・流失して産業の空洞化がここまで進んでしまった。気づいた時にはもう手遅れなのだ。中国のギョーザを責める前に、食物づくりの空洞化をここまで推し進めてきた国のありようもどこかで意識しなければ。2000ヘクタールもある照葉樹林のほんの入り口まで、ボランティアガイドの金丸文昭さんに案内していただいたあと、「酒泉の杜」で銘酒に出会う。

綾町のような可能性を秘めた町がまだまだ日本にはあるはずだ。

2008年2月26日

禍々しい、ただごとではない写真・安楽寺えみ

ラット・ホール・ギャラリーで「Snail Diary」と銘打たれた写真家・安楽寺えみの写真展をみた。このギャラリー周辺は、奇妙な渇いた空気の漂っている場所だな、と思ってしまう。一言で言えば居心地が悪い。まあ、いいや。で、展示されている写真だけれども、非常に危険かつ禍々しい。生身の迫力というものを感じる。何だか、草間弥生にも通じるものを感じた。写真はときおり撮った人物を残酷なまでに曝すことがある。そういうことで写真を撮った安楽寺えみという人物の方に関心が向かってしまうことがある。この写真展で、自身を蝸牛(Snail)に擬している安楽寺えみという写真家について、僕は飯沢耕太郎による紹介文以外には全く知らない。ただ、この禍々しさはただごとではない。なぜ写真が撮られるのか。そういう本質的な問いが、これらの写真から浮かび上がってくるほどだ。アメリカのNazraeli Press から発行された安楽寺の写真集をゆっくりとみながら、そんな思いを一層強くした。

2008年2月24日

ああ、関係が壊れていく

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『パワー系181』
2007年12月、集英社

すばる文学賞受賞作の『パワー系181』(墨谷渉)を読む。で、3日前のパーティーで、直木賞作家、桜庭一樹さんの言っていたことを思い出した。自分は小説に普遍性と現代性の両方を持たせたいのだという趣旨の挨拶だった。『パワー系181』の現代性と普遍性は何だろうか。グロテスクなものを見せられても笑えないし、かといって悲しみが拡がるわけでもなく、ひたすら関係の崩壊してしまった男と女のありようの描写に、どっと疲れるのだ。カタルシスなんかない。その荒涼とした風景に確かに現代性はあるのだろう。みんな、どこかで気づいているのだ。ああ、関係が壊れていく、と。痛めつけたり、痛めつけられたりしなければ、つながれない=関係を切り結べない。けれども、そこに人間のありようの普遍性なるものが潜んでいるのか。恐ろしいことに、おそらく、潜んでいるのだ。

2008年2月23日

芥川・直木賞パーティーにおける捕食事情

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挨拶をする川上未映子さん

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桜庭さんと川上さん

昨夜は、ブンガク業界の方々にとっては忙しい夜だったのかもしれない。第138回芥川・直木賞授賞式が丸の内の東京會舘で挙行された。エレベーターが人で溢れている。何だか初詣でみたいだな。芥川賞の川上未映子さんについては、この欄で何度も触れている。僕は大ファンである。直木賞の桜庭一樹さんについても、実はこの日誌で『旭川を舞台にした少女漫画的不可思議小説』(2006年12月15日)で書いた。その桜庭さんの受賞挨拶がなかなかよかった。和服で決めた桜庭さんは、作家の仕事は<みんなが何となくわかっていることに名前をつけること>、私は<小説に普遍性と現代性を持たせたいと思っています>などと述べていた。この2人の作家に直接お祝いの言葉を述べたいという人々で長蛇の列ができていて、その間、僕を含む「諦め組」「ミーハー組」はひたすらパーティーめしを食べた。ご一緒したYさんによれば、東京會舘のビュッフェはローストビーフがうまいのだという。で、そこの列をみると確かに長いのだった。アジア風の魚スープに人気があって、業界の方々に混じってグビグビと下品に食べた。のびきったスパゲッティも食べた。稲庭うどんも食べた。でもこういうパーティでの捕食は、やはりちゃんと食事をした感じとはほど遠いのだ。常に心ここにあらずの感じで口にものを詰め込むので。大体ろくに咀嚼していない。ほとんど飲み込んでいる。食べ散らかした食器が積み上げられたテーブルが目に入る。やだね。その後に開かれた川上さんの二次会に顔を出した。こっちの方はアットホームな感じでよかったですね。これからの川上さんの創作活動に恵みあれ。

2008年2月22日

ルポルタージュの威力を思い知る

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『ルポ 貧困大国アメリカ(岩波新書 新赤版 1112)』
2008年1月、岩波書店

ネット上に活字や映像があふれる情報過多の時代だからこそ、自分の足で直に歩いて得た事実に重みと価値を感じる。堤未果の『ルポ 貧困大国アメリカ(岩波新書 新赤版 1112)』(岩波新書)は、実によく足を使って取材されたアメリカ社会の現状報告だ。冨の分布の極端な二極化、金持ちはますます肥え太り、貧困層が途轍もない勢いで増していく。中間層が消えていく。この本は、そのアメリカ社会の現実を活写している。ミルトン・フリードマン(経済学者)の主張が何をもたらしたのか。「改革」という名の市場原理礼賛、ハイエナのための規制緩和はアメリカだけの専売特許ではない。この日本においても鋭い矛盾を孕みながら現在進行形で起きていることがらだ。

  かつて「市場原理」の導入は、バラ色の未来を運んでくるかのようにうたわれた。競争によりサービスの質が上がり、国民の生活が今よりももっと便利で豊かになるというイメージだ。だが、政府が国際競争力をつけようと規制緩和や法人税の引下げで大企業を優遇し、その分社会保障費を削減することによって帳尻を合わせようとした結果、中間層は消滅し、貧困層は「勝ち組」の利益を拡大するシステムの中にしっかりと組み込まれてしまった。グローバル市場において最も効率よく利益を生み出すもののひとつに弱者を食いものにする「貧困ビジネス」があるが、その国家レベルのものが「戦争」だ。(本書より)

教育、医療、住宅供給、兵役、年金、個人のプライバシーが、「民営化」の掛け声のもとに金儲けの対象になった時、いったい何が起きてしまうのか。戦争の「民営化」「外注化」や医療現場の荒廃ぶりが強く心に残る。これは日本への警告の本だと実感した。

2008年2月18日

清志郎@ブルーノート

ハコ(容れもの)によって演奏曲目やスタイルも随分と変わる。完全復活した忌野清志郎たちのこの夜の演奏に対するお客さんのリアクションも2月10日の武道館とはかなり違っていた。当たり前だよね、ブルーノートだもん。筑紫哲也の前説から始まって、目の前の狭いステージでの演奏をお客は十二分に楽しんだ。こりゃあ相当な贅沢だ。清志郎の魅力のひとつは「永遠の少年」のようなところにある。この点はホントに一貫して変わっていないのだ。それにしても一緒にやってるミュージシャンたちの面子の超豪華なことよ。梅津も片山も仲井戸も三宅もみんなスゲえや。元気をまたもやもらった。1週間はダイジョブだなあ。

2008年2月15日

青林工藝舎創立十周年を祝う

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あの『ガロ』(青林堂)の魂を引き継ぐ漫画雑誌『アックス』を刊行し続けている青林工藝舎が創立十年を迎えた。そのお祝いのパーティーがあったので出かけた。大勢の人が来ていた。よかったですね。手塚能理子さんたちの「持続の意志」がなければ、今の出版界の事情ではとっくに『ガロ』の魂は消滅していたかもしれない。僕はファンのひとりとして参加したのだが、そう言えば、『ガロ』には長井勝一さんの追悼文を書かせていただいたことがあった。『ガロ』20周年の企画取材もテレビでやったことがあったなあ。もう遙か昔の過去だ。花輪和一さんの減刑嘆願署名にサインした記憶もよみがえってきた。後にも先にも署名活動に名前を連ねたのはあの時だけだったかも。会場でひさうちみちおさんにお会いした。ひさうちさんの『唄の上手な娘』(もう絶版かな)の解説文を書かせていただいたことがある。もう随分と昔のことだけれど、ひさうちさんからそのお礼を言われて嬉しくなった。しりあがり寿、根本敬、内田春菊、林静一、蛭子能収、平口広美、丸尾末広等々といったディープな漫画家たちがつどっているこの場こそは、実は、日本の強烈な文化の発信地なのだと思っている。十周年おめでとうございます。

2008年2月14日

『ノーカントリー』は出来のいい娯楽作品だ。

コーエン兄弟の新作『ノーカントリー』をみた。面白い。こういう映画がアカデミー賞の最多8部門ノミネート作品になるとは、アメリカの映画状況はかなりいい状態なんだろう。何しろ、サイコパス=偏執的殺し屋シガー役のスペイン人男優ハビエル・バルデムの存在感がすごいのだ。時代遅れの大昔のリンゴ・スターみたいな髪型で、屠畜用圧搾空気ボンベを持って歩く姿は、網膜に焼き付くほど強烈。日本で缶コーヒー・ボスのテレビCMに出ているあのトミー・リー・ジョーンズの老保安官役(主役)が完全に食われてしまっている。この『ノーカントリー』には、あの『ナチュラル・ボーン・キラーズ』で狂気の殺人鬼を演じていたウッディ・ハレルソンも出ている。でも、彼の方が前述のシガーに比べるとはるかにまともに見える(?)んだから不思議なもんだ。原作のコーマック・マッカーシーの小説『No Country for Old Men』(邦題『血と暴力の国』)を読んでから映画をみたのだけれど、かなり原作には忠実な作品だったと思う。『ファーゴ』『オー・ブラザー』とコーヘン兄弟の作品を見続けてきたが、次は何を見るか。『ビッグ・リボウスキ』か『バーバー』あたりかな。

2008年2月10日

誇り高く生きよう

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僕は横浜の港北ニュータウンという所に住んでいる。ここはまだ人口増加地域なんだという。まさか、そこの本屋さんに、川上未映子さんが来るとは思わなかった。「芥川賞作家・川上未映子サイン会」と銘打って、『先端で、さすわ 刺されるわ そらええわ』(青土社)お買いあげ先着100名様にサインをいただけるというのだ。その本屋さんへは自宅から歩いていけるので、ミーハーとしては、サイン会に行ってしまったのだ。僕の順番は70番だった。サイン会というものに来たのは生まれて初めてのことだ。これがなかなか面白い。ファンというのはしっかりと存在しているものだ、僕も含めて。サイン会風景をNHKのカメラやら、出版社の人やらが取り巻いていた。僕もデジカメで撮ろうとしたら、書店の若い兄ちゃんが「撮影は禁止なんですが」と邪魔しに来た。それでうまく撮れなかったのがこの写真だ。

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サイン会をそこそこに抜け出して、武道館へと向かう。今日は忌野清志郎の完全復活ライブなのだ。まいった。3時間、清志郎は力の限り歌い続けた。完全復活だ。すげえや。感動した。『誇り高く生きよう』『デイドリーム・ビリーバー』『いいことばかりはありゃしない』と続いたあたりで涙腺が破れちまった。冒頭、抗ガン剤で髪がすっかり抜け落ちた頭が、2年がかりで毛髪が復活し、ロッカーとして生き返っていくさまがビデオクリップで紹介された。清志郎は生涯一ロッカーなんだ。デビュー曲の『僕の好きな先生』も歌っていた。モデルになった先生がこのコンサートに招待されていると、マネージャーの相澤さんが教えてくれた。『E気持ち』とか歌っているあたりでは、横の方の席にいた柳美里母子が踊り狂っていたのが目に入った。ファンの折り鶴で作ったマントも着ていた。ラストには、ステージに清志郎の2人のお子さんが登場して、お父さんに花束を贈っていた。まいったな。写真を撮ったが、豆粒みたいな清志郎がかすかに写っていた。清志郎の声って、何てステキなんだろう。だから彼の回りにはこれだけすごい音楽野郎たちが集まる。自分の意志を貫き、誇り高く生きること。ものすごい勇気をもらった。お客さんたち誰もが勇気と愛をもらった貴重な一夜だった。

2008年2月 6日

『調査情報』を購読してくださいませ

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この欄は「業務外」日誌なので、「業務」に関係したことはあまり書きたくないのだけれども、たまには「営業」をすることもある。あの本はいい本だから買ってくださいとか、こういう雑誌は読んでも損はないですぜ、とか。それで、この欄に取り上げるのは、たまたま自分のいる会社が出している雑誌なのだ。まあ、手前味噌にはなるが、放送局が出している雑誌では一番マトモだと思うから「営業」してしまうことにする。だって、たとえばNHKからだと『放送文化』とかあるけど、ほとんど読むとこないもんね。『放送研究と調査』の方が、まだマシかも。フジテレビには『アウラ』がある。『調査情報』の創刊は1958年(昭和33年)8月、今出ているのが通巻480号だという。今は隔月刊だが、以前は月刊だった。かつては沢木耕太郎とか吉本隆明なんかも執筆陣に名を連ねていたことがある。何を隠そう、僕もここで『メディア論の彼方へ』という連載を受け持っている。自由闊達な紙面作りは歴代の編集長・編集者らの努力の賜物だろう。最近はめっきり雑誌を読まなくなったが、いいものはいい。『クーリエ』の森巣博の連載とか、『みすず』、『ちくま』(なだいなだの連載)、『翼の王国』(鹿島茂の「稀書探訪」)なんぞを、まだ読み続けている。『調査情報』は隔月刊で1冊790円。購読して絶対に損はないですよお。お申し込みは、次のところまで。
 
FAX: 03-3586-6017
Mail: tbsmedia@mbr.nifty.com

2008年2月 4日

冷凍ギョーザ事件の只中にみた映画『フィクサー』

今年のアカデミー賞の主要7部門にノミネートされている作品の上に、一応、農薬会社の犯罪的行為を扱った社会派作品を自認し、主演がジョージ・クルーニーとあっては見ないわけにはいかない。で、まず思ったのは、この『フィクサー』という作品は、実に良くできたエンターテインメント(娯楽作品)だということ。120分の上映時間はアッという間だった。それほど緊張感が小気味よく持続されていた。ジョージ・クルーニーの演技は、あの『グッドナイト&グッドラック』よりもずっと輝いているようにみえた。利潤追求のためならば企業というのは何だってやる。それを「良心」という名の下に、内部告発したり、止めようとしたりする勇気ある人間がいる。そういう筋立てはよくあるものだ。随分前の『インサイダー』という映画もそうだった。けれども最終的には「良心」が勝利を収める。それはハリウッド映画のいわば決まり事である。現実はそうではない。『インサイダー』の時もそうだったが、最大手の農薬会社や製薬会社、食品会社などは、法律事務所の選択のみならず、映画会社やテレビ会社、メディア企業の経営にも強い影響力を行使できる。アカデミー賞へのノミネート自体に圧力をかけることだって可能だ。そういうなかで、もし『フィクサー』がオスカーをとったならば、明らかに何かの変化の兆候をそこに読みとることができるというものだ。折から、中国から輸入された冷凍ギョーザによる中毒事件がこの国を騒がせている。おそらく何人もの『フィクサー』たちがこの出来事の背景で動いているだろう。映画のように「良心」がラストシーンで勝利してハッピーエンドになるかどうか。それを決めるのは「利潤」ではなく「真実」であって欲しい。

2008年2月 3日

バルガス=リョサ『楽園への道』に揺さぶられる

通勤時間などに読み継いできたマリオ・バルガス=リョサの『楽園への道』をようやく読み終えた。すげえや、この小説は。スケールからして、ケータイ小説が何とかかんとか言ってるニッポンの最近の一部の小説なんか目じゃないと思う。歴史小説という体裁をとっているが、中身の方は、人間の魂の救済をもとめた個人の勇気のストーリーと言った方がいい。河出書房新社の世界文学全集はラインナップがとてもいい。第一巻の『オン・ザ・ロード』で魅了され、さらにこの第二巻で、全卷読破する気力が沸いてきたぞ。と同時に、ポール・ゴーギャンの絵画をじっくりと見てみたいと思うようになった。どこの出版社の画集が一番いいのだろうか。そして、もうひとりの主人公、ゴーギャンの祖母、社会主義者フローラ・トリスタンの伝記部分にも興味が沸いてきた。だって、今のこのひどい格差社会を脱する方法の根本のところには、やっぱり彼女やカール・マルクスがいるかもしれないのではないか。翻訳なのだが、とてもすんなりと読める。一個だけ、「アンダルシア女」という表現がニュアンスと語感がちょっと伝わりにくいかなと思ったけれども。でもとにかくすげえや、この小説は。こんな人物が、ペルーの大統領選挙に出て(1990年)、あのフジモリに負けていたとは、何だかスゴい落差を感じるのだが。政治のなかのバルガス=リョサと小説家の彼との間に。

2008年2月 2日

ハラショー! バシュメット!

かつて1991年からモスクワに住んでいた頃に出会い、ファンになってしまい、いまだに聴き続けている音楽家のひとりに、ヴィオラのユーリー・バシュメットがいる。1953年生まれだから自分と同じ年齢の人だ。その後、ワシントンDCに勤務していた頃も、確かボルティモアまで彼の演奏を聴きに行った。そのバシュメット率いるモスクワ・ソロイスツ合奏団の演奏を横浜で久し振りにみた。ゲストは諏訪内晶子。かつてのソ連~ロシアの音楽家たちの素晴らしい美点のひとつは、後進を育てるということだ。リヒテルやロストロポーヴィチらは熱心に後進を育てた。バシュメットもそうだ。若い才能を育てる。そしてお互いを高めあう。この日の演奏をみていてつくづくそう思った。時にヴィオラの弦を指揮棒に換え、変幻自在に演奏者と指揮者、教育者のあいだを行き来する。気付くのは、ソ連時代に身につけていた粗末な衣装が、どんどん洗練されてきてお洒落な良い衣装を着るようになったなあ、と。モーツァルトの曲が中心に据えられたプログラムだった。アンコールは3曲に及んだが、1曲目の「G線上のアリア」に続く2曲目のロシア民謡「シュニトゥケのポルカ」にすっかり魅了されてしまった。終わってみると諏訪内の演奏はあまり印象に残らず、バシュメットと彼のモスクワ・ソロイスツ合奏団の力強い団結ぶりばかりが強烈にこころに刻まれていた。ハラショー! ブラボー! バシュメット! ロシアは激動に揺られながら、音楽家たちの豊かな才能は枯渇していない。

2008年1月30日

笠井叡の手の残像がストロボのように

笠井叡のソロと聞くと、うかうかしてはいられない。けれども25分も遅れてしまった。当然立ち見しかない。くそっ! 三軒茶屋のシアター・トラムは超満員。ピアニスト高橋悠治の演奏するバッハの『フーガの技法』全曲と、笠井のソロダンスの絶妙な組み合わせだ。『透明迷宮』が今日のタイトル。笠井のソロダンスをみるのは『花粉革命』以来だから随分久しぶりだ。あの時もこの会場だったよなあ。観客に若い世代が多い。こういう素晴らしいものが前の世代からあったことを、しっかりと見ておいて欲しいと思ってしまう。静謐なバッハの曲にからだが感応して、笠井の全身で表現されたものは、時に異形なかたちを見せるものの、あるいは異形であるがゆえに、品位が刻印されている。激しく弧を描く腕と手の残像がストロボを使ったように美しく浮かび上がる。何という気高さだろう。衣装が笠井のダンスごと3種類変わるのだが、どれも気品に充ちていて引き込まれる。大昔の笠井の著書に『天使論』があったが、本箱のどこにあるのやら。あの頃の本は宝物になっている。ワシントンDCのケネディ・センターのジャパン・ウィークで『花粉革命』の公演を行うとのこと。ワシントンに行きたくなった。

2008年1月27日

コーエン兄弟の旧作をみる

ワシントンDCの友人から送られてきて長いこと放置したまんまだったコーエン兄弟の旧作『Oh Brother, Where Art Thou?』(2000年)をみる。この作品がハリケーン・カトリーナの大惨事以前に作られた作品であることが黙示的である。スパイスの効いた娯楽作品だ。さらに、今アメリカを賑わしているバラク・オバマVSヒラリー・クリントンの大統領候補争いの底流にあるものを撃っている点でも、実に意味のある作品だと思う。この破天荒なロードムービーをみて、そう思ったのだ。コーエン兄弟はいいぞ。最新作の『No Country』も楽しみだ。オバマはサウスカロライナで圧勝したので、これからが本当の戦いになる。南部諸州で勝てば、大いに希望が出てくる。そういう歴史的な場面がみられるかどうか。アメリカという国の底力をみせつけられる思いがする。タレント=弁護士が知事になるどこかの国との強烈な落差を感じる。

2008年1月25日

ソウルの練習問題・応用編

きのうから韓国のソウルに来ている。東京とは10度近い気温差。とても寒い。けれどもソウルの街並みは東京よりも何だか活気があるようにも見えるから不思議だ。こちらで今人気があるというワンダーガールズ(韓国版のモー娘。みたいなもんか?)でも聞いてみるか。街を歩いている人々の表情が何だか相当に東京と違う。濃いのだ。こちらの人に聞いたら、日本人はすぐに見分けがつくという。ひとつはズボンの丈が短い(ソウルの感覚ではそれは相当にダサいらしい)のは日本人。鞄の持ち方がちょっと違うらしい。女の子は髪型がかなり違うらしい。そうか、そういうものなのか。このビミョーな違いが面白い。
韓国も先の大統領選挙の結果、イ・ミョンバクが圧勝して、2月には就任式が行われる。何かあちらこちらでチェンジの兆候が起きているらしい。そんななかでこちらで聞いた話。NHKの新会長人事が、日本では、経営委員会主導で民間から登用され話題になっているが、こちら韓国の放送局でも、政権交代にともない、国営のKBSの社長、MBCの社長がすげ替えになるというのが、もっぱらの噂だ。両方の放送局のトップとも、ノムヒョン政権に近いスタンスと見られていて、それがイ・ミョンバク新大統領にとっては我慢がならないというのだ。そういうものか。KBSの社長に至っては、まだ任期が1年半も残っているというのに、新政権への「引き継ぎ委員会」が露骨に嫌がっているらしいとのこと。政権交代のたびに放送局のトップすげ替え人事が行われるようじゃ、放送局の独立・自律なんてあったもんじゃない。東京ではないこの街頭を歩きながら、何かの応用問題を解いているような気分になった。

2008年1月22日

 村木良彦さんが亡くなられました。

TBSの大先輩で、日本の先駆的なドキュメンタリストのひとり、なおかつ、テレビマン・ユニオンを創設した村木良彦さんがお亡くなりになったという一報を、今から2時間ほど前に受け取りました。謹んでお悔やみ申し上げます。非常に動揺しています。

残る小説、残らない小説

年末・年始にベトナム旅行をした際、たくさん本を抱えて行ったが、今回ばかりはなかなか本が読めなかった。けれども何とかジャック・ケルアックの新訳『オン・ザ・ロード』(河出書房新社)と、イーユン・リーの『千年の祈り』(新潮社)だけは読んだ。2冊とも読後にこころの深いところにずしりと残る作品だ。『オン・ザ・ロード』の路上での追い越しシーンは、ハノイでの信号機のない道路上での、力にものを言わせるルールにすぐに平行移動した。『千年の祈り』の重厚な歴史感覚。中国の現体制を「独裁」ときっぱりと言い切る意志。これはアメリカでは受けるんだろうな、と思った。その一方で、アメリカの中のマイノリティとしての自覚から、こういう小説が生まれてくる素地があるんだろうなとも思った。何しろすごい作品集である。こういう小説は残る。ティッシュペーパーのように大量消費されて汚水と一緒に流されるナントカ小説群とは違って、絶対に残る。今は、マリオ バルガス=リョサだ。こういうのに接すると、長い小説を読む甲斐があったと思う。

2008年1月18日

『4ヶ月、3週間と2日』はすばらしい!

2007年のカンヌ映画祭パルムドール(最高賞)受賞作品、ルーマニア映画『4ヶ月、3週間と2日』をみた。さすがに受賞するだけはあるわい、と大いに納得した。すばらしい作品である。クリスティアン・ムンジウの監督・脚本。この人のことは何も知らない。1994年までジャーナリストだったという。まだ39歳である。チャウシェスク政権下の1987年のルーマニアが映画の舞台。ユーゴにエミール・クストリッツァがいたように、ルーマニアにはクリスティアン・ムンジウがいるぞという感じだろうか。やっぱり東欧だな、人のリアルな姿がみえるのは。人間のなまの姿をこれほどまでに絶望を直視しながら描き切った作品は最近ではまれだ。なぜならば、絶望をなるべく直視しないようにとしないようにと、ニッポンのような「豊かな」国の映画産業、メディアは腐れ果てているから。抑圧的な政治体制は抑圧的な人間関係を再生産する。その意味で、チャウシェスク体制とは何だったかをきちんと描いた作品だ。いくつも心に刻まれるシーンがある。恋人の母親の誕生パーティーのシーンや、主人公があることを遂行するために街中をせっぱ詰まって彷徨うシーンの生々しさ。現代史を直視する地点から日本映画は(わずかな例外をのぞいて)ほど遠い、残念ながら。アナマリア・マリンカというヒロインの強烈な意志が美しい。ローラ・ヴァシリウという女優の演じる女性の弱さと鈍感さの完璧な演技に拍手。

2008年1月17日

 川上さん、芥川賞とっちゃったね!よかった!

二日酔いで頭がガンガンしているのだ%%%%%。川上未映子さんの芥川賞受賞という、めでたいニュースを昨夜%%知ってから、%%%%%%ピッチがどんどんあがってしまった。この「業務外日誌」でも、これまでに4回ほど川上さ%%%%%%%%%%んについては書いてきたけど(2007年7月15日、 8月23日、 11月20日、 11月27日)。めさんこ%%%嬉しいなあ。突っ張って、突っ張って、突っ張りまくって%%%%欲しいものだ。よかった、よかった、よかった。ついでに。今回がちょうど300本目の「業務外日誌」エントリー記事になります。

2008年1月14日

若い写真家たちには希望があるかも

写真美術館のシリーズ、日本の新進作家VOL.6『スティル/アライブ』をみた。屋代敏博の≪回転回LIVE!≫というのはへんてこりんな参加型イベントだが、楽しいことは確か。でもそれだけだなあ。大橋仁の少女娼婦のイノセンスの方にどうしても惹かれてしまった。まあ、ある意味で一番古典的な写真的モチーフと写真的表現。だから落ち着くんだろうな。とにかく、若い写真家たちには希望があるかも。

このごろずっと、写真家でもないのに、写真って一体何なんだろう、と考え続けている。というのは、僕らの日常はほとんど写真=撮影することでがんじがらめに包囲されているし、ケイタイにカメラ機能がついているから、誰でもどこでも撮る。デジカメは本当に枚数の心配なんかせずにガシガシ写せる。こないだ、テレビのCMをみていて驚いたのは、被写体の人物が笑顔を浮かべたときだけシャッターがおりて撮れるというカメラ機能まで登場してきているのだ。猫目なんか簡単に修正できるし、デジカメの登場は明らかにリアリティ=本当らしさの質的転換をもたらしている。テレビ映像にしても、実はフィルムとVTRのあいだには根本的な質的変化があったのだが、それはもう過去のこととしてやり過ごされた。その分だけ人間の想像力が減退した、と考えるのは僕だけだろうか。

2008年1月11日

南方熊楠という巨人の片鱗を垣間見ると

博物学者、植物学者、民俗学者とか思想家とかそういう括りでは、とても収まり切らないスケールの奇人・怪人・巨人。南方熊楠の履歴を振り返る「クマグスの森」展がワタリウム美術館で開かれているので、ちょっとのぞいてみた。おそるべき早熟ぶりと博覧強記。さらに知的好奇心の拡がり。独特の宇宙観に圧倒される思いがする。1時間程の短時間ではこの巨人の片鱗を垣間見ることしかできない。大体が19歳でいきなりアメリカへ出奔し、サンフランシスコやシカゴ、フロリダ、キューバと放浪を続け、ついにはロンドンにまで渡ってしまうという破天荒ぶりは何なんだ? 33歳までの14年間の海外放浪ってすごい。帰国後、南紀に住みながらキノコや植物、神社の合祀反対闘争と何でもやってしまっている。日記をみても彼は一種の記録魔である。個人的には、セクソロジーに関する展示が面白かったが、こういうスケールの「知の巨人」は今のニッポンじゃ絶対に出現しないだろうなあ。

2008年1月 9日

ガラパゴス化、マダガスカル化する日本

ニューハンプシャー州の予備選でヒラリー・クリントン候補が巻き返して勝った。アイオワ党員集会で勝ったオバマ候補は連勝で勢いをつけたい所だっただろう。でもこれで、米大統領選は俄然面白くなってきた。何だか途轍もないエネルギーを感じる。ブッシュ政権は完全にレイムダック(lame duck=足の不自由なアヒル=死に体)化していて、史上もっとも不人気な大統領(the most hated President)として退任することになるようだ。何しろあのニクソンよりも支持率が下回っているのだから。内側から変わるというアメリカ社会のエネルギー。アジアにしても、ベトナム旅行の際にも感じたあの国のすさまじいエネルギー。北京五輪を迎える中国のエネルギー。それが今の日本にはない。岡本行夫氏が教えてくれたのだが、この世界の潮流から孤絶した独特の進化(退化?)をたどっている日本の現象を「ガラパゴス化」あるいは「マダガスカル化」と言う人がいるらしい。マダガスカルに住む人々にとってはいい迷惑だろう。ガラパゴス諸島のイグアナだって嫌がるだろう。日本と一緒にしないでくれって。世界に目を向けずひたすら内向きのことがらに専心するありさまは、かなりヤバい。政治も経済も停滞、文化の発信力も「クール・ジャパン」のアニメ以外に見るべきものなしというのでは。何か想像力がシュリンクしているんだ。こういう時にこそ元気にならないといけないのが、本当はジャーナリズムなんだけれどなあ。何とかしなきゃ(と自分に言っている)。

2008年1月 3日

ベトナムにおける2007年

現在、この地球上にある国家で、国名に「社会主義」の語が入った国は2つしかない。ひとつは、カダフィが率いるリビア(大リビア・アラブ社会主義人民ジャマヒリア国)で、もうひとつはベトナム(ベトナム社会主義共和国)である。そのベトナムに年末から滞在していると、なるほどこれでも社会主義って言うんだな、といろいろなことを感じさせられる。「Viet Nam New」という英字新聞があって、国営ベトナム通信社が発行している新聞だが、この新聞が伝えた2007年の国内外10大ニュースをみると、なるほどここは社会主義国だわい、と実感する。以下が、ベトナム国営通信社が選んだ内外10大ニュース。

<国内>
①故ホーチミン国家首席の遺徳を学び継承するキャンペーンの成功
②ベトナムが国連安保理の非常任理事国に選ばれたこと
③ベトナム国会議員選挙の実施
④ベトナムのGDPがこの10年で最も高い8.5%の伸びを記録
⑤ベトナム国民の21.24%にも及ぶインターネットの急速な普及
⑥毎月1100人の死者を出す交通事故の急増。バイクでのヘルメット着用義務化
⑦ベトナムの公務員の汚職が440件摘発されたこと
⑧ベトナム中部を襲った嵐と洪水により126人の死者が出た惨事。
⑨ベトナム史上最悪の建設工事事故。建設中の橋が崩れ54人が死亡。
⑩東南アジアスポーツ大会でのベトナムの大活躍。しかし最も肝心なサッカーで敗北。

<世界>
①ASEAN首脳会議で初の憲章が制定・署名される
②国連主導で2009年までの地球温暖化防止対策が合意
③中東和平交渉の再構築作業進む
④大統領や外相選出を含むEU統合に向けた合意の進展
⑤朝鮮半島の非核化に向けた6ヶ国協議の成功
⑥中国共産党の全人代開催、胡錦涛主席を再選
⑦ロシアのプーチン与党が議会選挙で圧勝
⑧金と原油の価格が高騰
⑨日米の研究者が「万能細胞」の生成成功
⑩パキスタンのブット元首相暗殺

これらの項目で、やっぱり国内のトップニュースが、ホーチミンの顕彰キャンペーンだというのが、中国・北朝鮮的だよな、と思う。ちなみにハノイ市内にはまだレーニン像がしっかり建っておりました。ベトナム戦争当時の反米プロパガンダ・ポスターは、1枚8~15ドルで、西欧人の観光客がどんどん買っておりました。僕も観光客なのでよくわからないが、街中の活気は、日本よりも相当にあって、何だか不思議な感じがする。ガンバレ、ベトナムとでも言いたくなるような。

2007年12月30日

今年の極私的10大ニュースは?

何というか時間の経過が加速度をますます増してきた。加齢現象ということか。今年もいろいろあったが、個人的には実にシンドい1年だった。この「業務外」日誌を訪れてくれた皆さんに心からお礼を申し上げます。またアップデイトされたぺージの補強に尽力してくれたMさん、今年もありがとうございました。「業務外」日誌とか言っても、本業に近い「業務」日誌の色合いが出てくるに違いないのだから、生々しいメディアの内幕が知ることができるかもと、まさか期待してこの欄をチェックされた方たちは、さぞかしガッカリされたことでしょう。だって、そんなこと1行だって書いてないもん。そういうことは書かないと決めてスタートしたのがこの「業務外日誌」だったのだから。
1年の締めくくりにあたって、さて、今年の10大ニュースを極私的にあげてみると、以下のようになる。

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2007年12月27日

ブット元首相暗殺を北ベトナムで知る

暢気なことに、北ベトナムのハロン湾観光に行ってホテルに戻って、部屋のCNNをつけたら、パキスタンでとんでもないことが起きている。ラワルピンディで支持者の野外集会を行っていた会場で自爆テロがあり、ブット元首相が死亡したというのだ。大きな文脈で言えば、パキスタンの親米ムシャラフ政権はこれで持たなくなるのではないか。9・11以降のアメリカ・ブッシュ外交のひとつの帰結だろう。CNNの詳細な報道をみながら、日本での報道ぶりが気にかかる。冷静に、冷静に、世界の動きを見てみよう。「テロとの戦い」のブッシュ政権に追随した世界各国の政権が、その後どのような道筋を辿っているのかを。アフガニスタンはどうなっているか。そこからパキスタンにどのような力が及んでいるか。イラクはどうだ? イランは? トルコは? クルド地区は? パレスチナは? イラク開戦当時、アメリカの最も忠実な同盟国だったオーストラリアは? ポーランドは? イギリスは? スペインは? それが日本人である僕らがじっくりと考えるべきだろう。ブット元首相の暗殺は、しっかりと悼まれるべき事件だ。

2007年12月26日

北ベトナムに来たのだ。

年末年始の休暇でベトナムに来た。ハノイを中心とした北ベトナム。恥ずかしながら、ベトナムに旅行するのは初めてだ。ベトナムと言えば、すぐにベトナム戦争を思い浮かべるのが僕ら以上の世代だろう。何だか重たいものを背負っているようで、好んで旅行しようとは思わなかったのだが、近年、新手のリゾート地として人気が出ているらしい。空港はその国の顔である。特にパスポートコントロールがその国の体質をよく表す、というのが僕の経験則だ。ロシアほどひどくはないが、社会主義国特有の空気の残り香を感じる。ハノイ空港からの道すがら、車窓からみえる風景に東南アジアの典型を確認してしまうのが、僕らのよくない習性だ。親子が3人乗りで原付に乗っている。危ないよ。でも幸せそうだったりする。道路は、自転車、バイクと車の無秩序な混在。宿はそういう風景とは隔絶したヨーロッパ資本のホテルだが、そこのプールで泳いでいたら、客はほとんどがベトナム人だった。当たり前だよね。着いた当日から感じるこの幾何級数的な経済格差。ホテルの従業員たちは礼儀正しくとてもよく働いている。大学生のバイトだそうだ。月に80万ドン。日本円で5千600円くらいだ。日本の感覚ではとても少ない月額だ。でもそれで彼女らの生活は成り立っている。あしたからハノイ周辺を移動する。

2007年12月22日

小曽根真で今年を締めてよかったあ!

年末年始は旅に出るので、東京で今年みるライブはこれが最後になる(だろう?)。昨夜の小曽根真の『クリスマス・イン・ブルー』(オーチャードホール)。これが大当たりだった。小曽根という人はラテン系だなあ、とつくづく思った。だって3時間近く、これだけ観客を楽しませることに夢中になるピアニストって、そうそういるもんじゃない。前半はモーツァルトの『2台のピアノのためのソナタ』。パウル・グルダというウィーンのピアニストとの共演。最初の頃、あんまり気持ちいいんで、ちょっとウトウトしたが、これが俄然、後半のガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』になるとブっ飛んだ。ノーネームホースィズというビッグバンドとの真剣勝負。小曽根流の『ラプソディ・イン・ブルー』って、こんなにも凄いことになっちゃうのかと、カラダが動いた。アンコールでは客席にいた塩谷哲を引きずり込んで無理矢理、連弾させたり、もう何もかもお祭りにしてしまうパワー。芸人だね。小曽根は、マイク・スターンとの共演を東京ジャズフェスで見た時もよかったし、これからも何度も何度もみたいピアニストだ。会場で井上ひさしさんとお会いする。ひさしさんも小曽根の熱狂的なファンだと仰っていた。今年のライブを小曽根真で締めてよかったなあ、とつくづく思う。このサイテーのヒドかった1年を少しのあいだ忘れさせてくれた。感謝。

2007年12月21日

今年みた映画・舞台などで好きなものは?

ちゃんと見なきゃと思っていたけれど、<業務>がどんどん押し寄せてきて時間がとれず、今年の<業務外>日誌は思ったより充実できなかったなあ。
映画のベスト5はこんな感じだった。①『バベル』と『アモーレス・ペロス』(アレハンドロ・イニャリトゥ監督の新作と旧作。今もっとも魅力的な監督)②『善き人のためのソナタ』(旧東ドイツで起きた実際のストーリーが原作)③『実録・連合赤軍』(若松孝二の執念がひしひしと伝わってきた)④『雲南の少女・ルオマの初恋』(甘美な初恋の映画)⑤『殯の森(もがりのもり)』(河瀬直美の映画にかける思いが伝わってきた)もうひとつの⑤が『人が人を愛することのどうしようもなさ』(これは、かなりヤバいエロティシズムのありようが伝わってきて)。
ステージ・舞台のベスト5ならこんなところ。①『聖母マリアの祈り』(アラン・プラテル・バレエ団の痙攣的な美にやられた)②シルク・デュ・ソレイユの『LOVE』(『O』も『KA』もよかったけれど、僕らの世代にはやっぱり『LOVE』が一番じゃないか)③『ベスト・オブ・モーリス・ベジャール』(生前の最後の姿を何とかみられてよかったけど)④『藪原検校』(『天保~』以来の井上ひさし+蜷川のパワー全開)⑤ミシェル・カミーロのLIVE(なあんにも考えずに楽しめた)。もうひとつの⑤が、マイク・スターン・バンド+小曽根真のLIVE。
来年はもっともっと見よう。

2007年12月20日

ことし2度目のキム・ドクス

ラフォーレ東京で、キム・ドクス+サムルノリのコンサート。相変わらずのパワフルなステージだったが、今回の収穫は、津軽三味線の木乃下真市とのコラボレーションだった。木乃下は実に軽快に「津軽あいや節」や「津軽じょんがら節」を聴かせてくれた。金利恵の舞いの音楽に使われたのは、アジェンという伝統弦楽器だったが、これが何だか現代音楽をチェロで奏でているみたいで、ものすごくアバンギャルドな音調。いいな。パンソリは背景に字幕が出てきて、歌われている歌詞の中身がよくわかったが、そうか、これは浪花節なんだな、と納得。

2007年12月19日

今年読んだ本のなかで好きなものは

ああ、今年もあと12日しかなくなってしまった。何となくせわしなくなって、師走という語感がぴったりくる。先月末に『論座』編集部から、「今年の3冊」というアンケートを受けて、①『カラマーゾフの兄弟』(光文社新訳文庫 全5巻)、②『荒地の恋』(ねじめ正一 文藝春秋)、③『環状島』(宮地尚子 みすず書房)をあげておいたのだが、その後にいろんな本・作品を読み進むにつれて、だんだん考えが変わってきてしまった。飽きっぽい性格なのか。ひとつは、2004年9月に出た本なのだが(その頃は僕は日本にいなかった)、アルフォンソ・リンギスという哲学者の著書『汝の敵を愛せ』(洛北出版)に強烈な衝撃を受けたということがある。翻訳書なのだが、日本語の文章自体がとても深い。本好きの人に会うたびに「すごい本だ」と勧めている。もうひとつ、川上未映子の小説『乳と卵』(文学界 十二月号)を読んでまいってしまったのだ(今年の11月27日の欄参照)。もちろん『わたくし率 イン 歯―、または世界』もよかったのだが、『乳と卵』は彼女のそれ以前の作品をすごい速度で凌駕してしまっているのだ。そして、今、現在進行形の『オン・ザ・ロード』(ケルアック 河出書房新社 これも半世紀ぶりの新訳!)。こんなふうにすごい本ばかりにで会い続けて、『論座』アンケートはもう古いような気持ちになってしまっているのだ。今年の年末・年始はベトナムの旅に出るので、たくさん本を持っていこう。

2007年12月18日

歌姫・中島みゆきを堪能する

きょうで満54歳になってしまった。そのささやかなお祝いに、中島みゆきのコンサートに出かけた。会場の国際フォーラムには、自分と同世代の人たちに加えて、結構若い人も混じっているので驚いた。親の買ってきたCDでも聞いて好きになったんだろうか。ファンの年齢層が案外広いのかも。恥ずかしながら僕は、中島みゆきは、レコードやCDでしか聞いてこなかった。何か抵抗感があったのだ、実物をみるのは。ステージを実際にみてちょっと驚いた。MCがえっらく軽くて、歌とのあいだに何だかギャップを感じるのだ。それを十分承知の上で、彼女はそれを楽しんでいるように見えた。いいな。だが、やっぱり中島みゆきは歌が一番いいのだ。詩がいい。メロディがいい。勇気が沸く。『ファイト』を聞いていて涙腺がとうとう破れた。テレビドラマ「歌姫」のテーマもよかったな。アンコールで熱唱した『地上の星』(例のNHK「プロジェクトX」の主題歌の~カゼノナカノスウバルウ~っていうアレ)が力強かったよなあ。怒りがみなぎっている感じ。何だかヴィソツキーみたいでメチャクチャかっこよかった。本当に中島みゆきは「歌姫」だなあと思う。ステージのおしまいの方で、彼女が観客に言っていた言葉は「同じ時代にいてくれてありがとう!」だったが、僕らの方こそ彼女のような「歌姫」と同じ時代に生きてこられて、よかった!

2007年12月10日

石田徹也をちゃんとドキュメンタリー番組にしていた仲間たち

もうかなり前になるが、画家・石田徹也についてこの欄で書いたことがある(2006年9月18日付け日誌)。時代の空気をあれほど強烈に描き出していた石田について、まさかドキュメンタリー作品が僕らの仲間たちによって作られていたとは知らず、自らの不勉強ぶりをただただ恥じ入るばかりだ。静岡に行って僕らの仲間のSBS(静岡放送)の旧知と再会する機会があったが、そこで手渡されたDVDが『SBSスペシャル 180枚の自画像 夭折の画家 石田徹也』だ。今年の5月27日の深夜0時50分から放送されたのだという。正攻法で淡々と取材しているので、かえって石田が抱えていた苦悩の深さが浮かび上がってきて、よくできた作品だと思った。石田は静岡県の沼津市の出身である。SBSの仲間が石田に着目した理由の最大の理由は、この地元の画家という点にあったはずだ。地域に根ざしたローカル放送局こそが、ひょっとして視聴者から求められている放送局の真の姿なのかもしれない。東京のいわゆるキー局からは、このような濃密な作品はもはや生まれる余地がなくなっている。もっともっとこのような作品を露出する機会を増やそう。そのために何ができるか?

2007年12月 8日

「荒地」派の詩人のニヒリズムとなまなましさ

きのうから静岡にいる。今日は富山に移動する。旅の道連れは本だ。とにかく移動中は本を読む。今回は、『現代詩読本 田村隆一』(思潮社)と、新訳の出たジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』(河出書房新社)だ。田村隆一については、今年読んだ本の中で『荒地の恋』(ねじめ正一)があまりにも強烈だったので、北村太郎とのことも含めて、どうしても読んでおきたいのだった。この本自体は2000年に出た本だが、読んでいくうちに、田村隆一という詩人のなまなましさが伝わってきて、詩人という存在の大きさに圧される。このなかに会田綱雄の「田村隆一という男」という短文が収録されているのだが、そこで紹介されているエピソードに、生前、田村が『カラマーゾフの兄弟』のドミトリー・カラマーゾフを「いまでも大好きだ」と常々言っていたというのがあった。そうか、田村隆一ならそうだろうな、と想像がつく。その短文のすぐ後に、北村太郎の1979年当時の「スケッチ・田村隆一」という人物評が載っている。短いそっけない文章である。荒地同人としての2人の交友録が淡々と、実に淡々と記されていて、あれっと思うのだ。「そんなわけで、他人が想像するほど田村隆一とわたくしの仲は深くはない」。こういう文がさらりと書かれている裏で、北村は田村の当時の妻との出奔・同棲というすさまじい生き方を送っていた。「荒地」の詩人たちのニヒリズムというのか、彼らはひょっとして戦争という時代を経ることで、一度ならず死んだのかもしれない。そのような言葉のちからを僕らは失っている。

2007年12月 7日

アンティゴネー翻案劇がなかなかよかった

あっという間に師走になっていた。今年も残り3週間ちょっと。このところ突発性スランプに陥り、そんな時に限って業務がわっと押し寄せてきて、この「業務外日誌」のアップデートもままならなくなった。それで、ちょっと前にみた舞台劇のことを書く。『異人の唄』(新国立劇場12月2日)。ソフォクレスのギリシア悲劇「アンティゴネー」を日本の土俗世界に移し換えた翻案劇なのだが、これが期待以上の出来で、こころを動かされた。インセストタブー(近親相姦の禁止)が、社会を成り立たせるルールになったのは、人間の歴史のなかでそれほど古くはない。恋愛は「所有」の概念と深く結びついており、独占=他者の排除という感情に支配される。だから、近親相姦と恋愛が期せずして運命のように重なり合うと、そこに悲劇が誕生する。ギリシア悲劇のテーマの多くに、このテーマがみられるのは、この悲劇の普遍性に根ざしているからなのだろう。すまけいと木場勝巳という2人の役者だけで、すさまじい存在感が舞台の上に醸し出されるのだが、鐘下辰男と土田世紀による巧みな演出と脚本で、不在の伝説の歌い手、旅芸人の淀江サトを誰が殺したのかという謎解きへの想像力がどんどん膨らんでゆく。そして、謎が解き明かされた時に、サトの分身のような娘たちアンとメイのかなしい唄が舞台で歌われると、唄本来のもつチカラが一気に解放される瞬間を観客は味あわされることになる。以下はその美しい唄の歌詞の一部。

 どこから来たのか
 どこへ行くのか
 ここにいる あなたは誰
 あなたを探し 旅に出る
 どこに行けばみつけられる
 あなたはどこにある
 --あなたの物語はどこにある

こういう劇もたまにはいい。

2007年11月30日

清志郎は完全復活したもんね。

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忌野清志郎(中央)と竹中直人(左)と3人で

先日、忌野清志郎さんと再会する機会があった。竹中直人さんのラジオ番組に出演していたので、訪ねていったら、これがとても面白い番組になっていた。話をするって、本当はとても面白いことなのだ。清志郎は、来年の2月10日に、武道館で完全復活コンサートをやることになっている。咽頭ガンを克服しての大舞台だ。絶対に見に行くぞ。やな話ばっかりに覆われたニッポンを、世界を、けっ飛ばして欲しいもんだ。髪の毛もふさふさと生えていて完全復活しているし。清志郎の歌を聴いていると、人間のやさしいこころがまだ残ってることを思い知らされるようなところがある。同時代に生きてきて、本当によかったなあ、と思う。

2007年11月27日

今すぐ書店に行って「文学界」を買って……

この「業務外日誌」を読んだあなたは、今すぐパソコンを閉じて書店に走り、月刊誌「文学界」12月号(定価950円)を買って、その126ページから165ページにかけて掲載されている川上未映子の新作『乳と卵』を読んだ方がいい、こんな文章読んでるより。小説家が誕生する現場に立ち会う興奮。こういう興奮は無性に他人と共有したくなるのだ。関西弁の語りが戯作者のツールとして、もはやしっかりと根をおろしてしまっている。おんなであることの記号として頻出する、卵、初潮、受精、月経、豊胸といったタームから拡がっていく究極的な孤独の感情。ある箇所は、連合赤軍事件の遠山美枝子と永田洋子のあいだで交わされた「おんなであること」を否定する会話を想起させたり、またある箇所は、ドストエフスキーの小説に登場する母子を想起させたりする。「ほんまのこと」=真実。「ほんまのことなんてな、ないこともあるねんで、何もないこともあるねんで」。玉子まみれになった巻子から、僕は、だし巻き玉子を連想して、ほんまに涙が出たね。 

2007年11月23日

大阪でM・ベジャールの訃報に接する

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ホテルの窓からみた大阪市内の風景

きのうから大阪にいる。パリの池田特派員からのメールで、モーリス・ベジャールの死去を知る。結局、今年の2月に幸運にもパリでみることができたモーリス・ベジャール80歳記念公演のステージが最後になった。(2007年2月12日の日誌欄参照) その公演『Le Best-of de Maurice Bejart』。集大成といった感じか。あの時も幕切れのシーンでは、ステージの上でベジャールは車椅子に座っていたものなあ。この公演はベジャール自身の振り付け師としての人生を振り返るフラッシュバックのような内容だった。やがて訪れる死に対する予感に満ちていたとも言える。でも、僕らは、こういう人の同時代に生きていて、ジョルジュ・ドンのボレロとかを生身で実際にみることができて本当に運がよかった。まさに現代のディアギレフとでもいうべき偉大な存在。こういう人の存在で、人生が決定的に変化した人がたくさんいることだろう。ようし、これからも貪欲に踊りに接していくぞ、と。そんなことを高層ホテルの窓から大阪の無機質な風景を眺めながら思った。

2007年11月21日

「写真新世紀」のみずみずしさ

東京都写真美術館の「写真新世紀」をみるのが楽しみだ。毎年、新人発掘の登竜門の役割を果たしているらしい。若い人たちのなかで、写真家を志している裾野が確実に広がってきているように思う。今年の入選作のなかで個人的に興味を持ったのは、2人いて、何故かともにモノクローム写真を出品していた人だ。ひとりはエグチマサルという人の「生きている」。もうひとりは、ヤン・スン・ウーという韓国籍の人の「チューインガム」。人間という生き物の日常が営まれていることの生々しさというか、モノクロームから立ち上る独特の臭いがある。この人たちは写真を撮らずにいられないくらい濃い何ものかをもっていると思ってしまうのだ。ほか、優秀賞に選ばれた黒澤めぐみの「二重性活」も濃いなあ。若い人たちの視線がこういう方向に向かっているのが楽しい。世界はまだまだ秘密と謎に満ちているし、写真はまだそれと付き合うためのきわめて有効な武器であることに間違いはない。

2007年11月20日

川上未映子さん、おめでとうございます。

早稲田大学が主催する坪内逍遙大賞というのが創設されたのだそうだ。その第一回の大賞受賞者に、村上春樹が選ばれた。そんで、奨励賞というのもついていて、川上未映子さんが受賞したのだ。これは大変いいことだ。「おめでとう」を言いたくて、授賞式とパーティーに顔を出す。授賞式はもちろん撮影厳禁。初めはちょっと固苦しい空気が感じられたが、沼野充義さんの受賞理由についてのスピーチがなかなかよくて、空気が徐々になごんできた。「わたしはゴッホに言うたりたい」なんかを引用したりして。司会者も「ムラカミヒデキさん」などと大賞受賞者の名前を間違えたりして、それはそれでよかった。僕はパーティーは苦手だが、旧知のYさんとともに、さっそく会場で一番チャーミングだった川上さんにお会いして、緊張気味にお祝いの言葉を伝え、早々と会場を後にした。才能は見いだされてこそ華。

2007年11月18日

『円生と志ん生』に泣き笑う

こまつ座の『円生と志ん生』をみる。昭和20年8月、敗戦後のソ連軍の進攻を受ける前後、旧満州国・大連市にいた五代目志ん生こと美濃部孝蔵(角野卓造)と、六代目円生こと山崎松尾(辻萬長)の残留体験・地獄めぐりのストーリーである。途中休憩を挟んでの2幕に入って俄然、この芝居はエネルギーをぐいぐいと増してくる。角野の「救世主」の演技にとんでもないリアリティがみなぎり、泣いて笑ってまた泣いて、最後には大笑いする。井上芝居の人間賛歌にまたもや勇気をもらう。脇を固める4人の女性陣の演技がとても魅力的だった。いいなあ、やっぱり、芝居は現実より真実だ。

2007年11月17日

戦争から米兵を脱走させた運動がこの日本にあったという事実

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思い出を語る鶴見俊輔氏と室謙二氏

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講演中の小熊英二氏

主催が「元ベ平連・元ジャテック・元イントレピッドの4人の会有志」という、「元」が3つもついたうえ「有志」というんだから、ほとんど個人主催というのが実情なのだろう。決して大きくはない規模のその映画・講演会に出かけた。思ったよりもたくさんの人が来ていた。平均年齢60歳くらい? 今からちょうど40年前の1967年11月、横須賀に寄港した米空母イントレピッドから4人の米兵が脱走した。ベ平連が彼らを匿い、スウェーデンに亡命させた。この出来事は今現在にどのようにつながっているのか。この出来事は今現在の日本人の想像力に何をもたらす可能性があるのか(ないのか)? 鶴見俊輔と室謙二が楽しそうに思い出を語った。吉川勇一も吉岡忍も思い出を語った。でも、この日のプログラムで個人的に一番面白かったのは、小熊英二の講演だった。その怜悧な分析的理性や、大胆な裁断=言い切りの手法に多少の違和感を覚えながらも、同時に、こういう発言をしっかりとする小熊の心意気に感心した。ここでは詳述できないが、ジャテックの歴史はまだまだ謎の部分が多い。ベトナム戦争から米兵を脱走させた運動がこの日本にあったという事実。40年前の日本では、ベトナム戦争で費やされる油の輸送を止める行動があった。今はインド洋上での油の補給が国是のような扱いを受けている。けれども、この油は40年を隔てても本質的につながっている。

2007年11月15日

「孤立を怖れぬ精鋭だけが歴史を変える」

六本木のミニシアターでATG映画の連続上映会が開かれている。ATG映画は、高校生から大学生だった頃にかけてよくみた。僕は今でも「いちばん好きな邦画は?」と聞かれたら、迷わず「初恋:地獄篇」!と勢いよく答えることにしている。実際面白かったしね。

数あるATG映画のなかでも異彩を放っていた作品のひとつが、若松孝二が1972年に撮った『天使の恍惚』だ。あさま山荘事件のあった年である。あの年によくあんな観念的かつ暴力的かつ黙示的なパートカラー映画を作ったもんだ。「孤立を怖れぬ精鋭だけが歴史を変える」なんて言う台詞がばんばん飛び交っている。のちに日本赤軍のメンバーになった足立正生や和光晴生までが制作に参加(出演)している。その意味では映画のなかと現実が地続きになっているのだ。そんな危険な映画なんて今の日本ではありえないかもしれない。横山リエさんも(今は新宿の「GOD」のママさんをやっておられるが)、吉沢健も、山下洋輔も、みんなみんな若かった。当たり前だけれど。白黒映画がいきなりカラーとなるSEXシーンは、今見ると極端に動きが抑制されていて何だか不思議な感じがする。

何で今、このようなATG映画のレトロスペクティブなのか? 時代があの手触りを求めているのか?

2007年11月14日

失われたアメリカの時を求めて

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『MY LOST AMERICA』
2007年11月、リトル・モア

中野正貴の写真集『MY LOST AMERICA』(リトルモア刊)にやられてしまった。とてもいい写真集だ。

さまざまな思念が広がる。NYとロスという都市の風景に向けられた中野の視線から喚起される、あの時代(レーガン政権下の「繁栄」の80年代!)の空気。と同時に、時代を超えて共有される人間の感情の愛おしさ。情動こそが真実だ。1977年に撮られた2枚の写真から、1996年に撮られたあのワールドトレードセンターのあまりにも黙示的な一枚の写真まで、170点あまりの写真をじっくりと見終わると、「9/11以前」に確かにあったアメリカの貌を強烈に刻印される思いもする。と同時に撮られてもいないのに迫ってくる「9/11以降」のアメリカの異質な貌のことも意識されてくる。いいな。

2007年11月11日

『善き人のためのソナタ』はニッポンをも撃つ

ワシントンDC在住のIさんから「今年度のベスト映画と言えばこれですね」と薦められた『善き人のためのソナタ』を今頃になってようやくみた。考えてみれば、ドイツ映画は、ワシントンDCに住んでいた時にみた『グッバイ・レーニン』以来だから、映画の分野では僕はいつのまにかドイツ嫌いになっていたのだ。シュタージという秘密警察の網が張り巡らされていた東ドイツの1984年が舞台である。そう、ジョージョ・オーウェルのディストピア小説のタイトルの年。オーウェルの預言通り、社会主義が抑圧装置に転化し、国家が監獄になっていた年に、シュタージの男を激しく揺り動かしたのは、ピアノ曲「善き人のためのソナタ」。音楽には自由に向かう原初の力があるのだから。そして演劇にも。この映画で記憶に張り付くのは、体制が変わろうとどうなろうと、ちゃっかりと生き残っている大臣の存在である。それは僕らの国ニッポンにおいても、1945年を挟んで起きてきたことがらであり、ニッポンの国家の体制がそのような虚妄の上に再出発を遂げたという歴史的事実がある。その意味では『善き人のためのソナタ』はニッポンをも撃つ。そして、国民の安全のためをスローガンに国民総監視体制をとりつつある世界の国々をも。ちなみに、現在のロシア大統領であるプーチンは、かつてKGBの要員だったが、この映画のエピローグとして語られる1985年から1990年までの5年間、東ドイツに勤務していた。事実は歴史にウソをつかない。

2007年11月10日

今、教養の場はどこにあるって?

新宿の紀伊国屋ホールで「書物復権2007」という連続講座の2回目、「大学の<知>、街の<知>」というのを聴きに(見に)行った。1回目は業務のために行けなかった。残念。というのは、業務の方が実にくだらなかったからである。サブタイトルが「今、教養の場はどこにある?」とある。教養ねえ。例えば東京大学教養学部教養学科に教養はあるか? そういう話を聞きたいわけではない。で、出かけた目的は、管啓次郎という人の話を聞くためだ。案の定、この人の言うことだけが突出して面白かった。ラディカルな<知>というものが生き残っているとすれば、このような人の発言から垣間見ることができる想像力のチカラのことを言うのではないか。そう思って2時間ばかりの盛り上がらない講演を聴いていた。

さて、例えば、新宿・紀伊国屋書店を舞台にした昔の映画『新宿泥棒日記』当時の紀伊国屋ホールと、現在の紀伊国屋ホールの構造と機能を比較すること。そういう所から何かが始まるんじゃないか? そう言えば、僕は、三島由紀夫『サド侯爵夫人』を小川真由美が演じているのを、このホールでみていたことがあるな、あの壁にある飾り付けのようなものは当時と全く変わっていないな、などと思い出していた。今、紀伊国屋ホールに教養はあるか?

2007年11月 9日

イスラエルのダンス・カンパニーの越境性

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ポスト・パフォーマンス・トークでのインバル・ピント(左端)とアヴシャロム・ポラック(右端)

イスラエルのコンテンポラリー・ダンスのなかでも、世界的に高い評価を受けているというインバル・ピント・ダンス・カンパニーの『Hydra』(世界初演)をみた。これがなかなか素敵だった。幻想的かつ実験性・ポエジーに溢れたステージに魅了された。客演した2人の日本人ダンサー(大植真太郎と森山開次)のダンスも、それぞれが全く違う個性を強烈に放っていて引き込まれた。ちょっと遠くからみていると、若い頃の忌野清志郎と亀田弘毅がダンサーに生まれ変わったみたいにも見えなくみないけれど(笑)、その動きの切れのよさと言ったら。空気を見事にカットしていた。ポスト・パフォーマンス・トークまでみていたが、36歳と37歳のこの若き振り付け師の才能に、どこかイスラエルという国家の属性を勝手に重ねて思い描いてしまうのは、自分にある種の思いこみがあるからだろうか。ダンスに国籍はあるか? ダンスは越境するか? ダンスで平和を実現できるか? このような問いを発することができないまま、帰路についた。ただ、この日にみた舞台には確かに越境性があると思ったのだ。

2007年11月 8日

グルーシェニカのような女性がいたら

今年読んだ本の中で最大の収穫は、やはり『カラマーゾフの兄弟』(全5巻 光文社古典新訳文庫)だったけれども、そのなかでも際立った魅力の登場人物に、高級娼婦グルーシェニカがいる。その昔、マリリン・モンローがアクターズ・スタジオで演技を学んでいた当時(1950年代の中頃)に、「グルーシェニカ役をやってみたい」と述べたそうだが、この官能的な役どころは、確かにモンローにとっては適役と映ったのだろう。天衣無縫の娼婦性と天使性を兼ね備えたファム・ファタル(運命の女性)としてのグルーシェニカ。そういう女性が現実にいたら、大体の男どもはイチコロだろう。その後の時代で、同系列の女性と言えば、マドンナとかスカーレット・ヨハンソンとかなんだろうか。日本の女優のなかでは、もしかして夏木マリかも。

2007年11月 7日

猫より他に神はなし

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わが愛猫ナージャ

町田康はかなりの猫好きである。前作『猫にかまけて』にも泣かされたが、今度の『猫のあしあと』も、僕ら猫族には「むふふ」と緩まされてしまう本である。猫より他に神はなし。善悪の彼岸を生き抜く猫たちは、この小さい小さい人間どもよりも遙かに自由だよな。猫は仕事なんかないし、ましてや役職を辞任なんかしないし、辞任を撤回したりなんかしないし。猫には政党もないし。猫にはマスコミだってないだろう。ただ、人間と同じように生き死にはある。切ないね。この本に出てくる猫の死をみとるシーンに激しく動揺した。この本、フランス装の造本もいいし、町田康の奥様が撮られたと思われる写真もセンスがいい。好きな本だ。こういう本を読みながらふと考える。最近は身辺であまりいいことがないので、猫と水泳とワインに逃げ込んでいるのだろうか、と。ダメだね。でもなあ、猫がいて、プールで泳いで、あと、ワインがあればいいや、この世の中なんて。そう思ってしまうのも事実。

2007年11月 3日

なぜ今、昭和レトロなのか

北海道・旭川市のメインストリート、平和通り=買い物公園は、日本で最初の歩行者天国(ノーカー道路)を実現した地だ。僕が中学生の頃だが、当時はなかなかの賑わいを見せていたものだ。映画館も沢山あったが、そこで『ロメオとジュリエット』だの『白い恋人たち』、それから『2001年宇宙の旅』、西ドイツかスウェーデン映画だったかの性科学映画『女体の神秘』(!)だのをみた記憶がある。それが、今、この街も地方都市の例外に漏れず、郊外型の大型ショッピングセンター内に併設されたシネコンに席巻され、中心部の映画館が次々に姿を消してしまった。たった一軒だけ残っている旭川東宝で、邦画が2本かかっていた。なぜかどちらにも行列が出来ていた。『Always 続・三丁目の夕日』。昭和30年代初めの日本がまだモノが欠乏していた時代のストーリーだ。貧しかったけれども暖かかったあの旧き良き時代。VFXで再現された当時の東京は美しすぎて、セピア色の記憶がねつ造されている。にもかかわらず、僕を含めてこれほどの観客を集めている。昭和レトロへの郷愁。この映画館にまつわる自分の記憶と、この映画を重ね合わせながら、頬をゆるめている自分が気恥ずかしい。でも、なぜ今、昭和レトロなのか。映画館を出て、街の風景をちょっと眺めてみて、その理由がわかるような気がした。旭川はきのうは雪がちらついた。

2007年10月31日

昭和の終焉期を写真でみる

東京都写真美術館の全4部作の写真展『昭和 写真の1945~1989』が完結した。そのすべてをみたが、第4部はオイルショック以降バブル期に至る、普通に考えれば、昭和のなかでもつまらない「スカ」の時代なのだが、写真展の方は案外面白いのだった。作家性の強く出ている写真群は別として、記録としての「風景の変容」が写真家の目で鋭く捉えられていて、ひきこまれた。大規模開発の造成地を撮った小林のりお『ランドスケープ』とか、解体寸前の建物を撮った宮本隆司『建築の黙示録』などは、やはり我々がどこから来てどこに向かっているのかを考えさせられるのだ。荒木経惟の『写真論 1988-1989』は昭和の最後の瞬間をしっかりとおさめていた。この写真展の大ジメに相応しい写真だ。やはり写真は時代とともに存在する。

2007年10月26日

『ワールド・トレード・センター』~終末から希望を紡ぐ~

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先日、劇団・燐光群『ワールド・トレード・センター』をみた。9・11同時多発テロを日本の小劇団がどのように描くのか。スズナリの狭い席に座ってみているうちに、他人事ではないある種の身体的な記憶がよみがえってきて、ついには身を乗り出すようにしてみていた。そうだ、そうだったんだ。あの日、僕は「NEWS23」の担当編集長で、日本に接近していた台風中継の準備で各局と連絡をしていたりしていた。「NYで、セスナ機がビルに衝突したらしいよ」というノンビリした誰かの発言が僕が記憶している一報だった。NYからの生衛星回線の映像をみていて、どうもこれはセスナ機どころじゃないぞ、変だぞと考えていた僕らの目の前の中継回線映像で、二機目が突っ込んだ。その時、僕の真横にいた斉藤道雄さん(当時のNEWS23プロデューサー)が「テロだ!」と短く叫んだ。その後のことは、いつか別の箇所で詳しく書く機会もあるだろう。
 
燐光群のWTCは、在NYの日系情報誌の編集室が舞台になっている。だから登場人物たちは、消防士に友人のいる劇団のアンダースタディ(代役)のニューヨーカーたった一人を除いては、全員が在NYの日本人たちだ。だから、異邦人である在NY日本人の目から見たあの惨劇が、どのようなトラウマを残し、終末を刻印し、彼らがそこから新たな希望を紡ぎ出して行こうとするのか。実に密度の濃い日本人にとってのWTCストーリーだ。オリバー・ストーンの例の映画より、よっぽど日本人である僕らにはリアリティをもって迫ってくると思う。

2007年10月24日

しりあがり寿の『ゲロゲロプースカ』がスゴい

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『ゲロゲロプースカ』
2007年2月、エンターブレイン

こういう贅沢な造本もあるか。章によって色を使い分けた上、さらに選ばれた紙質がいい。しりあがり寿さんの新刊『ゲロゲロプースカ』(エンターブレイン)をさっそく読んだ。黙示録的な近未来ストーリー。少子化が行き着き、もはやこどもが滅亡しつつある人間社会が舞台だ。『方舟』『ジャカランダ』に連なるブンガク作品だ。そもそも人間社会の発展・進歩って一体何なのか。そういうことどもを考えさせられる漫画なんか、そうそうあるもんじゃない。ところが、しりあがり寿の漫画はさらりとそういうことをやってのけるのだ。しかも軽い繊細なタッチで。しりあがりさん。いただいた屏風はとても評判がいいです。また四谷で飲みましょうね。

2007年10月20日

今こそ「実録・連合赤軍」をみよ

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東京国際映画祭の会場の六本木ヒルズは、いつ行っても嫌な場所だと思う。朝10時前、映画館の前には当日券を求める人の列が出来ているではないか。なぜ、いま、連合赤軍などという、しんどいテーマを扱った映画をみようという人たちがこれほどいるのか。とりわけ若い観客たちが多いのに驚く。3時間10分という上映時間の長さなんか全く感じさせない緊張感が続く。山岳ベースでの壮絶なリンチ=総括のシーン、とりわけ、重信房子の親友だった遠山美枝子(坂井真紀のすさまじい演技!)の総括シーンは、この映画のもっとも揺さぶられるシーンだ。胸が締めつけられる思いがする。あさま山荘に籠城し銃撃戦を闘った加藤三兄弟の末弟(当時、高校生)が最後に絶叫したことばに、若松監督の若い世代への希望が託されているとみた。30年前の今日、学生たちが防衛庁に突入していた。ベトナム戦争のさなか、米軍へのジェット燃料輸送を市民・学生らが実力で止める抗議行動があった。この日本でのことだ。熱い時代だったなどというノスタルジックな物言いをする前に、今現在続いているイラク戦争への給油活動との連続性を問う想像力がもとめられている。今こそ「実録・連合赤軍」をみよ。

『実録・連合赤軍』制作委員会
http://wakamatsukoji.org/

2007年10月18日

The River Must Flow. / I’ll Be There.

今日からプライベートで行くつもりだったボストン旅行を、昨夜キャンセルした。残念だ。心身ともに弱ってきている時には、聴きふるした昔のCDを取り出してきて再び聴く。若い頃にレコード盤で聴いていた「渡辺香津美KYLYN LIVE」はそういうなかの1枚だ。1979年2月に六本木のピットインで行われたLIVE。これがすごくいい。当時も今もクール。全然古びてないもんね。特に矢野顕子とのセッションで演奏されたうちの2曲The River Must Flow. / I’ll Be There. は何度繰り返し聴いたことか。何だか「希望」とか「若い強さ」とか「遠くまで行くんだ」みたいな決意表明、そういう空気が濃厚にあるものな。I’ll Be There.なんか特にそうだ。こころの薬だ。向井秀徳とか、日本のラッパーたちが逆立ちしてもかなわんだろ。そう、あの時きみは若かった、けど、ノスタルジーなんかには逃げ込むな。JAGATARAの江戸アケミが言っていたように、今が最高だと転がっていこうぜ。

2007年10月17日

「荒地」に集った詩人たちの凄まじいまでの生への欲求

僕が「業務外日誌」を記している理由のひとつには、業務<内>での出来事が、あまりにも馬鹿馬鹿しく、同時に、深刻で、かつ職業倫理にまつわる判断を刻々と強いられるので、それらをレアな形で表出することは避けたいということがある。これはホンネだ。だから、今の自分の仕事には直接関係していないような体裁で、業務<外>のことを書くということは、ある意味で何かから逃げているという側面があるのかもしれない。ただ、この業務<外>のことがらは、業務<内>のことがらと密接に関係していて、ひどい仕事にぶち当たった時などには、仕事の<外>であえぐように必至に何かを探し求めていることがあるのだ。

ねじめ正一の『荒地の恋』(文藝春秋)を読んだ。この生々しさをなぜ今の自分は求めているのか。その理由を自分ではよくわかっているつもりだ。同人詩誌『荒地』に集った田村隆一や鮎川信夫らとの入り組んだ関係の中で、53歳にして田村の妻・明子を奪ってしまった詩人・北村太郎の凄まじいまでの生への欲求。あまりにも生々しいひとりの詩人の人生の側面を、このような魅力的な小説に仕立て上げられて目の前に差し出されると、たじろぐ。濃密に生きること。あの時代の詩人という人種の、そこへの欲求の強さに感動を覚えずにはいられない。北村太郎の詩が無性に読みたくなった。

2007年10月14日

ETV特集のドストエフスキーのきまじめさ

通勤時間や移動時間を利用して、ようやく3巻目まで読みすすんできた「カラマーゾフの兄弟」(光文社古典文庫)について、NHKのETV特集が大々的な特集番組をやっていた。みてしまった。失敗したな。みなきゃよかった。4巻・5巻の読書の楽しみが減ってしまうではないか。というのはウソで、翻訳者の外語大学長の亀山郁夫さんが出演されていたが、温厚篤実を絵に描いたような人物とお見受けした。番組も本当にきまじめな作りだった。この文庫が売れに売れているそうで喜ばしい限りだ。「カラマーゾフの兄弟」は読めば読むほど深い。130年以上も前に書かれた帝政ロシア下での小説がなぜこれほど今の日本の僕らに迫ってくるのか。文学の魅力の原点を見る思いだ。日本のテレビでこの本のことを取り上げた番組が果たしていくつあるだろう。これは大ニュースなのにね。

2007年10月12日

やっぱりかなり違う映画と原作の出来

面白い小説が面白い映画になるとは限らない。いや、むしろ面白い小説が面白い映画になることなんて例外的なことだと思った方がいい。ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』なんかがその希有な例だろう。それで、やっぱり奥田英朗『サウスバウンド』の角川映画(森田芳光監督)は、残念ながら小説にははるかに届かずだった。脚本が粗い。言葉が軽い。あの時代の陰影みたいなものもまるでなし。活動家=アナキストという雑駁な扱いなんかも、アナキストが聞いたら怒るぜ。台東区に場所を移しちゃったりしたのもマイナス。キャスティングも、豊川悦司はいいとして、天海祐希は沖縄の日射しを嫌がってるのがモロに見えてて何か違うよなあ。もっと若けりゃあ、原田芳雄と桃井かおりなんだろうけれど、まあ無理か。原作とは違うストーリー、「ニュースキャスター」がリタイアして沖縄のリゾートに移り住んでくる予定なんていう、映画人のテレビ人に対する悪意丸出しの設定には、同じ穴の何とかだろ、と呟きたくなったけれどもね。沖縄の小学校にいた東京からの転校生の女の子役がぴたっとはまっていたくらいか。そうだ、ちゃんと若松孝二の映画でもみよう。

2007年10月 9日

地方の「実」、都市の「虚」

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タケダワイナリーで樽出しされるワイン
撮影:高瀬秀樹

山形県を旅した。去年の春も訪ねた上山町のタケダワイナリーの収穫祭に参加するのがメインの目的の旅行だったのだが、それ以外にも多くの収穫があって楽しい旅行だった。タケダワイナリーでは、社長の岸平典子さんのワインづくりにかける深い思いが伝わってきて、こころから応援したい気持ちになった。契約農家のぶどうの出来・不出来によって、ワインの出来・不出来は決定的に左右される。岸平さんは、その土地のぶどうで作ることに強いこだわりをもっている。いたずらに外国から原酒を輸入したりはしない。だからブドウが不作の時はワインに欠品が出る。そのことを覚悟している。すごい覚悟である。収穫祭のあいさつでそのことをさらりと言ってのける岸平さんに「実」を感じた。それにしても、樽出しのワインがあんなに美味とは。もちろん「キュベ・ヨシコ」は最高に美味だったけれど。

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庄内の歴史を伝える致道館にて
撮影:高瀬秀樹

翌日回った鶴岡の致道博物館で、庄内藩の歴史を垣間見ることができたけれど、江戸時代の庄内藩がとても面白い。全く知らなかったが、1840年にあったという「天保おすわり一件」という農民運動がとても興味深い。善政を敷いていた藩主の国替えに農民が反対して座り込みの実力行使をしたのだ。ついには国替えそのものが取りやめになったのだという。たった3日の山形旅行だったが、地方には「実」がまだ残っているところが確実にある。東京に戻って「虚」に包囲されながら、そのことを強く強く思う。

2007年10月 6日

ボレロとフラメンコはあわないか

このあいだ、この欄で、「ボレロ」と「水戸黄門」の主題歌の親和性について書いたけれど、来日中のスペイン国立バレエ団の「ボレロ」をみた。これが何というか、「ボレロ」の曲の官能と、フラメンコのもつ凛々しさの間で、奇妙な化学反応を起こしてしまっているようで、なおかつ統制の行き届いたバレエ風のフラメンコにも違和感を抱きながら見てしまったので、正直言ってしっくりこなかったのだ。群舞にしてもフラメンコはもっと自由なような気がしたのは、ガデス舞踏団とどこかで比較しているからなのだろうか。もっとも、このスペイン国立バレエ団の初代芸術監督はアントニオ・ガデスだったのだが。困ったなあ、と思っていたら、休憩後に日本初演の「ゴルベス・ダ・ラ・ヴィダ」になって、ようやくフラメンコの血を感じるようになった。この演目は、年老いた男性の踊り手が、若い踊り手に芸を継承していくという筋書きなのだが、そこにガデスの影を読み込むこともできる。アンコールになって、ようやく地のフラメンコの魅力が出てきたように思ってしまった。思うに、フラメンコの群舞はひとつひとつの動きがあまりにも揃いすぎていると、かえってしまらなくなるような所がある。各自が勝手に同じ型を踊り、かつ個性を発揮しながら、全体としてひとつになっているようなマグマのような群舞。そんなことを考えながら会場をあとにした。

2007年10月 3日

ボレロと水戸黄門

過日、渋谷近辺のバーのカウンターに座っていた時に、耳にした話。ラベルの『ボレロ』と言えば、古い映画だがクロード・ルルーシュの『愛と哀しみのボレロ』で、ジョルジュ・ドンの官能的な踊りと共に記憶している人もいるだろう。生前のジョルジュ・ドンのなま『ボレロ』を、NHKホールでみたのは、もう20年くらい前かな? いかったなあ。それで、その『ボレロ』をバーで聴きながら、「うーん、水戸黄門はうまくボレロをパクってるなあ」などと言っている人がいた。水戸黄門のあのテーマソング、<人生楽ありゃ苦もあるさあー>っていうアレ。何かすーっと『ボレロ』と水戸黄門が自分のなかでつながった。そうだなあ、あの曲って本当にボレロが基調になっているものなあ。じゃん・じゃ・じゃ・じゃ・じゃん・じゃ・じゃ・じゃ・じゃ・じゃ・じゃ・じゃ・じゃ・じゃ・じゃんって。もともと『ボレロ』はヨーロッパ世界では十分に異教的な要素に溢れた曲なのだろうが、水戸黄門の方は、異教どころか、短調のゆえに、歌詞がやたらと儒教しているから、『ボレロ』の極東アジア版というところだろうか。<泣くのがイヤならさあ歩け>って『ボレロ』と無関係だものなあ。

2007年9月30日

「ハメルンの笛吹き」についていく日本人ギャル

先日、タラフ・ド・ハイドゥークスを見た。日本で見るのはもう3回目くらいだけれど、相変わらずのパワフルな演奏に圧倒された。ルーマニアの田舎の村の極ワル・オヤジたちのバイオリンに、会場の観客たちが憑かれたように踊り出す。いいぞ! 今回は新CD(『仮面舞踏会』)発売にちなんで、収録されているクラシックを何曲か奏でてくれたが、ライブの方が断然いいのだ。『ペルシャの市場にて』とか『恋は魔術師』とか、あれってみんなジプシー音楽の色合いが濃いもんだから、タラフの演奏にぴったりなのだ。アンコールに何度も応えてサービスしてくれたが、演奏が終わるやステージの上から、ひいていたバイオリンを8万円とかの値札をつけて客に即売していた。たいしたもんだ。会場に来ていた客には若い女性が多い。彼女たちは知らないのだ。ホントはこわいオヤジたちだということを。彼らだったら、そのまま日本人ギャルたち(死語だな)を、ルーマニアにさらっていきかねないゾ。ハメルンの笛吹みたいに、危険なのに心地良いからついていく子供たちみたいに。会場をあとにして、僕はメシを食い、再び会場前を通っていったら、さっき演奏していたオヤジのひとりが日本人ギャルどもを引き連れて、どこかに繰り出して行くのに遭遇した。いいぞ! がんばれ極ワル・オヤジたち。

2007年9月26日

「過激派」ってカッコいい?

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『サウスバウンド 上』

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『サウスバウンド 下』
いずれも2007年8月、角川書店

奥田英朗の『サウスバウンド』(角川文庫 上・下)が面白いので一気読みしてしまった。主人公の小学校6年の男の子の父親が、元・過激派なんていう設定だ。矢作俊彦の『ららら科學の子』のように、あの時代のマトモさが現在のニッポンの嘘・欺瞞を逆に暴き出すという、ちょっとあざとさを感じる設定だけれど、語りにユーモアがあるのでまだ救われるか。過激派なんていうのが「社会の敵」扱いされているのが、紛れもない現在であるなかで、アンチ・ヒーローをヒーローに転化させるストーリー展開は、それはそれで楽しいのだが、ある年代以上の作家ならば、こういう扱いはできないんじゃないだろうか。それに、革共同なんていう実在する名称を「フィクションです」なんていうことわり書きだけでは、使えない時代だって、つい最近まであったと思うし。この小説を読みながら、かつてモスクワ特派員だったソ連末期の時代に僕が目撃したあるシーンを思い出していた。マルクスやレーニンに加え、スターリンの肖像画まで掲げるソ連市民・保守派のデモに、なぜか日本からやって来た革共同革マル派なんていう旗を掲げた日本人たちがいて、奇異な印象を周囲にまき散らしていたことを思い出したのだ。著しい時代との乖離を思った。

まわる、まわるよ、時代はまわる。でも、どの時代にあっても、いちばんマトモな奴が一番ちゃんと闘っていたよな。今はどうだ? あんたはどうだい? 『サウスバウンド』はよくできたエンターテインメント小説だと思う。映画化されていて、もうすぐ公開だとか。

2007年9月24日

失われたひたむきさの時間をもとめて

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こんないい映画なのに、映画館の客は僕を含めて5人しかいないのだ。山下敦弘監督の『天然コケッコー』。みている自分が、北海道生まれで、旭川、小樽、札幌に転校生として小中学校を行き来し、高校になってから東京に「上京」してきた経歴があるからなんだろうか。都市と田舎の両方を知っていて、濃密なこどもの領分・時間を知っていると勝手に思っているからこそ、こんなにもこの映画に思いを寄せられるのかもしれない。主役の夏帆も大沢クン役の岡田将生も、背伸びした感じがなくて自然に映画に入っていける。だからこそ誰でもこどもの時代にもっていたひたむきさへのノスタルジーに感動してしまうのだ。くるりの音楽にもぐっときた。ちなみに、山下監督が過去にスタッフとして参加したという『鬼畜大宴会』という映画は僕自身は大嫌いな映画のひとつだが。

2007年9月23日

日本国首相とイラク戦争、チェチェン戦争

ロシアの新聞記者アンナ・ポリトコフスカヤがモスクワで何者かに射殺された事件からまもなく1年になる。彼女の生前の活動を伝える出版(『ロシアン・ダイアリー』NHK出版など)や集いが日本でも連綿と継続されている。小さな声でも、声も上げられない状態(今のロシアのマスコミのように)よりは格段にいいことは間違いない。アンナが生前取り組んでいた中心テーマはチェチェン戦争である。

日本政府がロシアに対して、このチェチェンにおけるロシアの軍事行動について何か発言したことがかつてあっただろうか。何しろ、ヨーロッパ諸国が強い調子で非難を浴びせたモスクワ劇場占拠事件でのロシア特殊部隊の強行突入作戦を、無条件に世界に先駆けて支持表明したのは、当時の小泉首相だった。テロリストに対する断固たる措置を歓迎するとか何とか勇ましい言葉を並べ立てていた。外務省が用意したコメントだったのだろうか。使用された毒ガス弾で多くの人質市民が死んだ。日本の総理大臣になるほどの人物に、チェチェン紛争の内実や問題の根深さが一体どれほど理解されているのか。暗澹たる思いがしたものだ。ロシアと言えば北方領土しか思い浮かばない、この国の政治家たちの想像力の貧困は今に始まったことではない。

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2007年9月22日

マイク・スターン・バンド+小曽根真に酔いしれた

国際フォーラムでの「東京ジャズ・フェスティバル2007」の最終日。お目当ては、2組目のマイク・スターン・バンドと小曽根真の演奏だ。だだっ広い会場なので、結構、空席が目立つ。ちゃんと宣伝してないのかな。それで、演奏の方は、前評判通りというか、マイク・スターン・バンドと小曽根真のパフォーマンスは、ロック基調のノリのいい曲と、得も言われぬほど美しいバラード調の曲が、どっちもこれがいいのだ。マイク・スターンと小曽根のスリリングかつ繊細な掛け合い。ジャズで、こういう緊張と解放感が波のように次々にやってくるライブをみるのも久しぶりだ。8500円のチケット代に見合う心地よさ。帰りにマイク・スターンの近作CDを2枚買って聴き始めたら、パット・メセニーに似ているので驚いた。小曽根はこのあいだ出たばかりのソロのバラード集もよかったし、何だか乗りに乗っていますです。

2007年9月21日

キヨシローのたましい

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『瀕死の双六問屋』
2007年9月、小学館

高校生のガキの頃、夢中になっていたビートルズが解散状態になり、ジョン・レノンがソロ活動に踏み出して世に問うたアルバムの邦題タイトルは『ジョンの魂(たましい)』だった。何しろすごいLPだったね。「GOD」とか「MOTHER」「WORKING CLASS HERO」とか、今聴いてもジーンとくる名曲がずらっと収まっていた。

忌野清志郎の旧著が文庫本化された。この文庫は『ジョンの魂』みたいな本だ。『瀕死の双六問屋』というシュールなタイトルだが、中身は、キヨシローのたましいに満ち溢れている。実にこの人らしい本だ。本はひとだ。こんな正直な人はいない。だからこの本もすごく正直な本だ。文庫版あとがきを読むためだけでもこの本を買う価値がある。キヨシローの描いた漫画がすごくいい。したり顔の奴らをぶっとばそうじゃないですか。それぞれの場所でね。

2007年9月20日

ひきこもり系ブンガクの中で屹立する『地下室の手記』

江川卓の名訳によるドストエフスキー『地下室の手記』を読んだのは、もう35年以上前、高校生のガキの頃だ。精神的にやたら突っ張りまくっていた時代だった。光文社の古典新訳文庫にこの作品の新訳が入っているというので迷わずに買って読んだ。それでこの作品が現在においても、てゆうか、今だからこそますます輝きを帯びてきていることにあらためて感嘆した。自意識という煉獄。埴谷雄高だって、村上春樹だって、川上未映子だって、結局、この煉獄をめぐる旅が作品になっている側面があるじゃないの。主人公とリーザのようなストーリーが僕らの日常にうようよしている。この作品が書かれたのが1864年。日本で言えば明治維新よりも前。ペテルブルグは当時のヨーロッパの知性の先端にあったとは言え、この手法の新しさ、2つの世紀をまたいで貫かれる普遍性は、今のニッポンで猖獗をきわめるオタク系ブンガクだの、引き篭もり世代の小説群だのから屹立している。

2007年9月18日

豊かな対話は時空を越えて

ひょんなことがきっかけで、今から21年も前に出た対談本『昭和の終焉』(トレヴィル)を引っ張り出して読んだ。タイトルの通り、昭和時代が終わろうとしていた1986年に出版された対談本(辻井喬VS日野啓三)だ。読売新聞外報部記者だった芥川賞作家・日野と、流通業界の反逆児だった堤清二のもうひとつの人格=作家・辻井喬。かなりの所までホンネをさらけだして対話しているので、読んでいて楽しい。日本共産党員だった経歴にまつわる違和感や、ベトナム戦争報道をめぐるやりとりなど、ここまでホンネを出していいのかな、と思うほど。アウフヘーベン(止揚する)なんていう言葉が、実はごく普通の日常語で、料理の隠し味にする、という意味もあるだなんて、唯物論学者が聞いたら赤面するような話を聞くと、日本のアカデミズムの限界を感じさせる。百貨店の経営者と詩人が何で両立するんだ?などという問いにも、辻井はかなりまじめに答えている。こういう対話は20年も経てば大抵は色褪せるのだけれど、この本に限って言えば、そんな感じがしないのは、対話それ自体が豊かで実りあるからなのだろう。新刊本より既刊本に宝物がある、と思う。

2007年9月15日

アゼン・ア・ラ・カルト

*学校の試験当日の朝になって、突然「お腹が痛い!」と言ってズル休みした児童。
*『殴られるのはいやだ』とゴング直前に試合放棄したプロボクサー
*ラストシーンに向け、まさに見せ場にさしかかった時、突然停電してしまった映画館。
*何日もリハーサルを続けた末の舞台初日、行方をくらましてしまった役者。
*急患が搬入されてきたオペ室から突然姿をくらました医師。
*我が身の不幸を思い、突然泣き出してしまったサーカスのピエロ。
*生中継本番寸前にカメラからフェイドアウトした記者。
*新潟中越沖地震後に訪日をキャンセルしたサッカー・チーム。
*ご主人様がこけるたびに自説を修正する御用学者。
*憲法をまもらない国会議員。
*被告を弁護しない弁護士。
*犯人を捕まえない警察。
*質問しない記者。
*サンバのコンサートで微動だにしない聴衆。
*ご臨終の前に弔電を打ってしまった自称「親友」。
*広島に原爆が投下されたことを知らない広島市民。
*人間らしい生き方をしようと決意し悩んだすえに、原爆を開発した科学者たち。
*新婚初夜、いったん脱いだパンツをおもむろに履き直し、何もせずに実家に帰って行った新郎。

*   *   *   *   *   *   *

NHKの連続テレビドラマ『どんど晴れ』の制作スタッフたちは、もしかすると、ドラマのあらすじの進行と、現実の政治ドラマの進行のあまりのシンクロぶりに動揺しているかもしれない。9月10日からの週のストーリーは、このドラマの舞台、伝統と格式を誇る老舗旅館・加賀美屋で、女将の世襲の息子、シンイチさんがブローカーの口車にまんまと乗せられて、加賀美屋の株を手放してしまい、旅館の経営崩壊の危機を迎えたのだった。そのシンイチさんの呆れた行動と責任の放り出し加減が、9月12日の政変劇とほぼ完全にシンクロしていたのだから。まあ、NHKの朝ドラなのだから、これから先、最終的にはハッピーエンドになるのだろうけれど。

こういう現実とドラマのシンクロニシシティという現象がときおり起きてしまうことがある。

2007年9月14日

写真を語ることの困難さについて

写真美術館で開催中の『昭和 写真の1945~1989』の第三部「高度成長期」をみる。さらに、鈴木理策の『桜 雪 熊野』も。後者の、雪から桜に至る連なりを、白一色の展示室でみた時のこころの昂ぶりは格別のものだ。霊的な空間という場所がある。キリスト教世界の西洋においては、多くの古い教会のなかの空間の静寂と威圧感は、そのような霊的な場所として機能していたのだと思う。日本においては、人間と自然の交感のなかで、どうやらそうした空間が確保されていたのだろう。熊野という地名は、そのひとつ。訪れるべし。

夕方、『PROVOKEとその時代』というタイトルに惹かれて、連続講座を聴講してみたが、これがハズレ。写真を語ることの困難さについて、ずうっと考えさせられ続けた。なぜか先日読んだ金井美恵子の『快適生活研究』のなかのキャラクターを思い出してしまった。なぜって、そのように感じてしまったのだから仕方がないのだ。結局、PROVOKEという記号をめぐっては何ひとつ得るものがないまま、会場を後にした。しかし、このような写真講座などという催しに自分は何を一体求めていたのか。甘えているのは自分の方だ。写真を語ることの困難に正面から対峙すること。

2007年9月12日

民意は権力を溶融させる

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『<帝国>とその彼方』
2007年8月、筑摩書房

アントニオ・ネグリの本(『<帝国>とその彼方』ちくま学芸文庫)を読んでいて、翻訳のせいなのか理解力の悪さのせいなのか、苦吟難吟していたが、彼の言葉=「生権力を打破すること、すなわち、人間性を破壊してそれを資本と生産性に奉仕させるために行動する権力を打破すること」の意味あいを、力強いアジテーションなんだろうなと捉えていた。そういう気分を昂進させるような出来事というのが突然、この日本でも起きることがあるのだ。安倍首相が突如辞任を表明した。この人物から頻繁に語られてきたフレーズがある。『テロとの戦い』。もともとこの語の専売特許は、ブッシュ米大統領にある。一体、何を言っているんだろうか、よく理解できないところがある。イラク戦争を継続する理由にも、このフレーズが使われていた。そもそも日本国民の民意として、『テロとの戦い』なるものが、政治の最優先事項なのかどうか、ホンネで考えてみればよい。年金とか格差とかワーキングプアとか、僕らの社会を覆う現実感覚とどこかで遊離してしまった日本の政治が、国民生活にもたらした閉塞感は目を覆うばかりだ。勇ましい語感の『テロとの戦い』のために、日本の自衛隊によって行われている給油活動の実態はどのようなものなのか。本当のところはわからないのではないか。アメリカ国務省のホームページから突然削除された文章の一節は、いろいろな意味で興味深い。以下が削除された文章(江田憲司のHPによってこの事実を知った)。

The Government of Japan has contributed in exess of 86,629,675 gallons of F76 Fuel-worth more than $76 million dollars-since the inception of Operation Enduring Freedom.

民意は権力を溶融させることができる。ネグリのいう「マルチチュード」のちからと無関係の出来事ではない。

2007年9月 9日

これもディアギレフの末裔?

イギリスのImperial Ice Starsの『氷の上のスワン・レイク』をみる。と言っても演じているのはほとんどがロシア人たちだからイギリスなんてほとんど関係ない。スポンサーというだけ。もともとフィギュアスケートのアイスダンスとバレエは姉妹関係にある。この分野でのロシア人のスキルの卓越ぶりは歴史的事実であって、もとをただせば、ディアギレフのロシア・バレエ団ということになるのだろう。

新宿の厚生年金会館の特設舞台に氷が張られ、その狭いリンクの上で、よくもこんなにダイナミックな表現ができるものだとひたすら感心する。下手をすると観客席に演者が飛び込んでしまうような力強さ。オデット役のオルガ・シャルテンコの動きが、さすがロシアのかつてのフィギュアスケートのチャンピオンだっただけに素晴らしい。今日は日本公演の最終日とあって、アンコールではさかんにサービスにつとめていた。アクロバットとアートのアマルガム。でも、それはシルク・デュ・ソレイユもおんなじ。この分野でのロシアのパワーは不滅だ。元気をもらう。

2007年9月 8日

「環状島」をメディアの内側にあって考える

『みすず』に連載されていた宮地尚子の『環状島――トラウマの地政学』が終了した。何しろ僕はこの連載は途中から読んできた身なので、一応、さかのぼって全部を読んでみた。自分の場合は職業的にメディアに携わる人間として、この『環状島』という連載から、さまざまな示唆を得たように勝手に思っている。それをどのように言葉にするのかはこれからの作業だが、ジャーナリストの定義を再考するという観点から、この『環状島』をもう一度読み込んでみたい。おそらく実にしんどい作業になるのだろうけれど。

たとえば来月公開されるドキュメンタリー映画に『ガイサンシーとその姉妹たち』(シグロ)がある。日本軍の慰安婦としての生を強制され、最後は自死していったガイサンシー(山西省で一番の美女という意味)と呼ばれたひとりの女性をめぐる証言。班忠義監督が9年の歳月をかけて制作した作品である。ガイサンシーは映画制作の時点で、もうこの世の中にはおらず、言葉を発することも、あらゆる表現を行うことも出来ない。そのような人々の尊厳を救い出すとはどのようなことを言うのか。『環状島』に照らしてみて、この作品のことがすぐに頭に思い浮かんできたのだ。戦時慰安婦の存在を、「広義」「狭義」などという言葉遊びで曖昧化させようと言う企てを、この映画は静かに告発している。反動の時代に、メディアはどのような道を選択するのかを自問すべき時がとっくに訪れている。

2007年9月 7日

松江の眼球譚

仕事の出張がてら立ち寄った松江の土産物店に奇妙なものがあった。目玉。もろに人間の目玉の剥き身みたいなのが売られているのだ。もちろんイミテーションだけれども、鳥取県(初稿で島根県と誤記していました。ごめんなさい)の境港が漫画家・水木しげるの出身地ということで、ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじなんかをモチーフにしたみやげものが近隣県でたくさん売られているのだ。ねずみ男や鬼太郎、猫娘なんかの関連グッズも売っていたけれど、剥き身の目玉は結構リアルでグロ。

話は飛ぶが、先日、光文社の古典新訳文庫で、ジョルジュ・バタイユの『マダム・エドワルダ/目玉の話』を読んだ。『目玉の話』? そう、あの『眼球譚』を、中条省平はこう訳した。僕がバタイユの『眼球譚』を二見書房版・生田耕作訳で読んだのは、1974年の10月15日、二十歳の時だった。中条も記している通り、『一九七〇年前後に生意気ざかりを迎えていた若者たちにとって、生田耕作訳のバタイユは一種の聖典だった』。その通りで、二見版のバタイユ著作集は今でも自宅の本棚の特別な位置にある。中条訳はそれにしても、今回読んでみてとても新鮮。文体を「です・ます」調の告白体にしたのは、大いに生々しさを注入したような印象だ。「玉子/目玉/金玉」のイメージ上でのコレスポンデンス、あるいはオブセッション(強迫観念)こそが、この小説のテーマになっていることを考えれば、『目玉の話』はありだろう。とにかく古典を今に生き返らせることに成功していることは確かだ。それにしても、バタイユの恐るべき作品に33年ぶりに再会するとは、ね。

2007年9月 5日

人は死んでも生き残る-その4

このところニュースの仕事の関係で接する訃報=人が死んだことの知らせに接すると、いよいよ僕たちの属していた「昭和」という時代の終焉が、実感をともなって現実のものになってきたことを思い知らされる。そう、ひとつの時代の終焉。

小田実、阿久悠、山口小夜子、藤原伊織、小阪修平、富樫雅彦‥‥‥

何人かの方は取材を通じて直接にお会いしたこともあるけれど、そのような人々が残した有形無形の業績(しごと、生き方)は、物理的にその方たちがなくなっても、あとに続く人々の中に生き残っている。だから、この欄で何度か記してきたように、人は死んでも生き残る。どんなに無名の人物でも、ひっそりと亡くなった方も、無念の死を遂げた人たちも、その生きたあかしは生き残っている。そのように思う。

去年の5月に亡くなった米原万里さんの著書がどんどん出版されている。一番近刊で届いたのは『米原万里の「愛の法則」』(集英社新書)。このような人物と共有した時間があったことを今は感謝したい気持ちで一杯だ。高校生相手にラディカルな米原流「愛の法則」を講義した様が目に浮かんでくるようだ。

小田実については、出たばかりの『すばる』10月号が緊急で追悼特集を組んでいる。どの追悼文からも逝った大きな人への大きな敬愛が滲み出ているが、なかでも米谷ふみ子と宮田毬栄の文章がこころに沁みた。ほんとうに、人は死んでも生き残る。

2007年9月 1日

イタリアのチェ・ゲバラ人気

イタリア旅行の際に、あちこちの本屋さんに入ってみて驚いたことのひとつは、チェ・ゲバラの人気が衰えていないことである。伝記やら『国境を越える革命』といった著作集、それに写真集などが沢山ならんでいるのだ。それで、旅行記念に大判の写真集を一冊買ってきてしまった。でもイタリア語で書かれた写真集なので解読が大変だ。
『CHE: Immagini Di Un Uomo Dentro La Storia』(Sperling & Kupfer Edition 1998)という写真集。誕生から処刑までゲバラの生涯をおさめた写真+伝記である。なかには映画『モーター・サイクル・ダイアリー』にもなった、人生を変えた南米縦断旅行の際の写真もある。また、生涯に出会った女性たち(恋人や夫人)の写真もおさめられている。処刑前後のゲバラの写真が数多く掲載されているが、ゲバラの横たわった遺体のイメージが、キリストの宗教画のイメージと重なって一種の民間信仰のような広がり方をしたことがわかる。
ことしの初めに、NHKのBSかどこかで戸井十月がゲバラの亡くなった場所を訪れるドキュメンタリーを放送していたが、あれはとてもこころを打つ番組だった。幸か不幸か、日本の世界史の教科書ではゲバラは大きく扱われていないけれど。
あわせて、イタリア土産に買った本は、ドイツの出版社から出ている10年刻みの時代をつづった写真集。すでに1960年代、70年代は持っていたので、今回は『1980s gettyimages』Nick Yapp編(http://www.amazon.com/1980s-Nick-Yapp/dp/3833111526/ref=sr_1_23/105-2534599-8426836?ie=UTF8&s=books&qid=1189354182&sr=8-23) をもとめた。個人的には80年代はスカの時代だと思っているが、今ぱらぱらページをめくると色々な感慨が沸いてくるから不思議なものだ。

2007年8月27日

金井美恵子の強靱なる説話力に引き込まれる

今回は随分長い時間をイタリアで過ごした気がする。帰国便のなかで金井美恵子の小説『快適生活研究』を一気に読む。おもしろいなあ、これ。圧巻は、アキコさんの(永遠に続くかもしれない)手紙仕立ての章。読者を苛立ちへと扇情するその細やかなエピソードの仕込み方には尋常ならざるものを感じる。それにしても、中年以上の登場人物たちの、どこか終わってしまったような自足感覚をさらすさま。悪意も善意も何でもあり、というかのごとく、金井の人間観がどこか強烈に現れてしまっているかのような登場人物たちのキャラクター設定に、いろいろなことを勝手に思い入れてしまった。こういう小説の読み方は、非常によくないのだろうけれど。それはおそらく金井美恵子に対して、どこか同時代人という感覚が幾分かでもあって、『凶区』以来の彼女の著作をガキんちょながらも横目で見てきたから感じるのだろう。この小説を読みながら、アマザワとかワタナベとかハスミとか勝手に苗字が浮かんできたりするのは、やはり小説の読み方の邪道というものだ。わはは。
それにしても、この本の装幀は何て素敵なんだろうか。

2007年8月25日

夜になっても遊び続けろ

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ボローニャ大学周辺を夜間歩き回る。学生たちの多いこと。今は確か夏休み中のはずなのに。オステリアで、わいわい言いながら、ワインなんかをあおって酔っ払って、笑ったり怒ったり議論したりしている。こういう熱気みたいなもんが学生街特有の空気だった筈なのにね。古びた大学の建物の壁に、情報交換のためのチラシがびっしりと貼られている。汚れてしまったポスターもたくさんある。イタリア共産党とかアナキス系の団体の集会のポスターまであって面白い。『夜になっても遊び続けろ』は、金井美恵子のエッセイ集のタイトルだったが、このフレーズ自体は堀川正美の詩の一行だ。この詩句がぴったりと合うような街など、そんなにあるもんじゃないと思っていた。と言うか、あまりにも今の日本から消え失せてしまっているからか。でも、ここボローニャはいいな、と思う。東京から持ってきた写真家の文章を読む。

2007年8月23日

旅先で川上未映子を読む

長旅に出かける時は、直前に読みたい本を無造作に荷物に詰め込む。今回も本棚の所にツンドク状態になっていた7冊を持ってきたのだけれど、ガルシア=マルケスの小説は別にして、とにかく移動時間や、ボーっとしていたい時間に読む。
川上未映子のことを、以前この欄で「関西パンク」などと書いたことがあるけれど、そうじゃないね。初の小説集『わたくし率 イン歯ー、または世界』(講談社)を読んだけれど、この表題の小説、コワい、コワい。衝撃を受けた。「自同律の不快」などという埴谷雄高の言葉を思い出した。あるいは、関西弁で、「コギト・エルゴ・スム」を表現したら、こんなふうになるのかとか。自意識そのものの過剰がテーマの小説なのだから、観念の化け物の連鎖じみたストーリー展開の深みにどんどんはまっていく。小説中に登場する観念上の恋人、実在の青木のアパートで同居女性に主人公が面罵された際の言葉。

「わたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしうるさいんじゃぼけ なすが。おまえ何千回わたしわたしわたしゆうとんねんこら。いっかいゆうたらわかるんじゃ。わたし病か、こら」

そう、わたし病に罹患しているのは、日本の近代以降の小説の主流なのであって、そのわたしに対する不快感(「自同律の不快」)そのものをテーマにした小説が、とても少ないからこそ、この川上未映子の小説にとても惹かれるのだ。

2007年8月21日

オペラのなかの異人

Pesaro2日目は、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル終幕の日。演目は、テアトル・ロッシーニ劇場で『イタリアのトルコ人』。エキゾチズムの象徴としての異人=外部からの闖入者として、イスラム世界の住人トルコ人がイタリアの都市に登場してくる。彼は、派手なアラブ風のターバンを巻き、富を誇り、強欲=女たらし=Womanizerとして振る舞い、非キリスト教世界の記号としての役割を担う。浮気なイタリア貴婦人が危うくこのトルコ人について行こうとしたところを、イタリア男たちの考えついた仮面舞踏会のトリックで救われる。もうひとりの多情なジプシー女が代わりにトルコ人に同道していって、めでたし、めでたし。何とも他愛のないストーリー。
ハリウッド映画に登場するアラブ人の表象については、わが畏友・村上由見子さんの著書『ハリウッド100年のアラブ―魔法のランプからテロリストまで』 (朝日選書)で詳述されているが、ベルカントのオペラに登場する異人たちの役割は、あまりにもあられがなくて(つまり描いている側に罪の意識が全くないので)純粋な笑いの対象となっていたのである。当時のヨーロッパ世界ではその異人の最たる存在だった日本人の僕らも含めて、いまや、そんな異人劇が何人もの日本人観光客の鑑賞の対象になっていることの巡り合わせ。
それにしても、Pesaroという田舎町で、このようなオペラ・フェスティバルにこれほどたくさんの観客が押し寄せる文化環境。僕らの国との違いを感じてしまう。

2007年8月20日

ロッシーニに歓喜する人々@イタリア

ロッシーニ・オペラ・フェスティバルが、ロッシーニの生まれた町ペーザロ(Pesaro)で開かれている。夏休みを利用して、イタリア中部のこの海辺の町にやって来た。ボローニャから車で2時間弱。ヨーロッパ中からオペラ好きがやって来ているみたいだ。海水浴客のほかは、この壮大なお祭りを見にやって来た人たちで、1年のうちで最もこの町がにぎわう時期とか。今夜8時からの演目は『オテロ』。このフェスティバル全体のハイライトという呼び声が高い。125ユーロというチケット代も、今夜の舞台の迫力では仕方がないかな、と思ったりしてしまった。圧巻は、ファン・ディエゴ・フローレス(ロドリゴ役)。この人目当てに訪れた人も多いという。オテロ役の主役が食われてしまうほどの、凄まじい拍手。ついには足踏みまでが地響きとなってアリーナ全体を包む異様な興奮状態となった。オペラの魅力は、そのあまりにも単純なストーリー故に、観客の感情移入が容易な構造と、出来・不出来が歴然としてしまう一回性の勝負という性格に尽きる。あっという間の4時間余だった。

2007年8月15日

「Remembering Hiroshima」を読む

暑い。勤め先の先輩の葬儀があり、別れを告げた。没年65歳。穏やかな最後の顔をされていた。

今日は62回目の「終戦の日」だ。David Hendersonという人が去年書いたコラムで「Remembering Hiroshima」という文章がある。その文章を読む機会があった。短いけれども、原爆投下の正当性をめぐってかなりまともに検討したもので、とても面白い。アメリカのホワイトハウスや国務省の会見で、今現在でも原爆投下を正当化するロジックとして持ち出される説がある。いわく、原爆投下は、日本の無条件降伏を引き出し、終戦を早めたことにより、予想された連合軍兵士の死者(その数は数千から百万と激しい幅がある)を救ったのだ、と。このロジックがいかに虚妄に満ちたものかを、このコラムは米軍当局者や研究者の論考から立証してみせる。「天皇制の存続」が、日本側がポツダム宣言を受諾するギリギリの条件として最後まで拘泥していた事実、米軍も、原爆を投下しなくても日本が無条件降伏せざるを得ない立場に追い込まれているという冷徹な状況認識をもっていたこと、あえて原爆を投下した最大の理由は、スターリンに対して「アメリカ政府は戦後世界の支配権を維持するためには進んで邪悪な手段(vicious methods)さえ使うのだ」というシグナルを送ることだった。これらの分析が要領よく記されている。1995年に出版されたアルペロビッツの研究書に負うところが多いようだが、日本の学者や政治家が、このような真摯な研究に少しでもまともに触れていたならば、アナクロニスティックな日本核武装論や原爆=仕方がない論などが出るはずはない。つまり、日本の知力が衰えているということなのではないか。

2007年8月14日

日本文学における左遷先について

先日、わずか1泊だけだったが、猛暑の富山に行った。本当に暑かった。大体、体温より気温が上だなんて変だ。富山は刺身がうまい土地だ。ここの魚を食べ慣れている人は、東京のスーパーで売っているような刺身なんかは食えない。亡き父親が終生、富山弁の抜けない人だったので、富山弁を耳にすると懐かしさが込み上げてくる。「さ、何け?」「わー、何しとんがいね」「そいがやちゃ」。やっぱり魚がうまかった。ところで、こないだ、盛田隆二の小説『ありふれた魔法』を読んでいたら(ずいぶんと、通俗小説になったがでなかろか-富山弁)、主人公の44歳の銀行員が左遷される先が富山の支店長という設定になっていた。ええっ? 左遷先が富山? こんなに豊かな土地なのに。そういうの、ありか?かつて日本文学における左遷先と言えば、圧倒的に北海道か九州と相場が決まっていたのに。たとえば、僕は北海道の旭川生まれなので、村上春樹の『ノルウェーの森』の旭川の描かれ方(登場人物の女性の独白「ひとは旭川で恋なんてするのかしら?」)や、野沢尚の小説で、スキャンダルに見舞われた郵政官僚が左遷される先が旭川の郵便局という設定に、随分と憤慨したことがあった。ふざけんな、と言いたい。東京が一番と思っている思考は、夕張に想いを寄せることなどできないだろうなあ。ほかの日本の小説での左遷先は、どのような場所が設定されているか?日本文学における勤め人の左遷先の研究はある種の世相を映し出していることは確かだろう。

2007年8月10日

マイケル・ムーア=奥崎謙三論

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マイケル・ムーアの新作『シッコ』をみた。この人、相変わらず元気だわ。公共部門に市場原理=私利私欲を持ち込むことの罪深さをこれほどあからさまに告発した映画を僕は知らない。アメリカの医療保険、公教育制度、郵便、鉄道・航空業界といった公共交通分野で、国家が、市場原理=私利私欲を持ち込むことによって、どれだけの歪み、腐敗が生じてしまっているか。その一端は、去年の11月10日のこの日誌欄でも触れた本、小林由美の『超・格差社会アメリカの真実』(日経BP)でも記されていた。

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『超・格差社会アメリカの真実』
2005年7月、みすず書房

マイケル・ムーアが今回挑んだのは、このうちの医療業界の理不尽なシステムである。「医は仁術」という語がギャグに思えるほどのすさまじい腐敗・退廃ぶり。ヒポクラテスの時代から大きく退歩したアメリカ医療の現実。だってお金を払えない入院患者を道路にゴミのように棄てる病院なんてありかよ。儲けりゃあ何でもありかよ。カナダ、イギリス、フランス、果てはキューバまで出かけて行ってアメリカ医療制度の歪みを浮き立たせる。その面白がり方、飛び跳ね方、告発のドライブ感は、実に奥崎謙三的である。以前、マイケル・ムーアに直接インタビューする機会があったけれど、日本映画の好きな作品は?と聞いたら、原一男の『ゆきゆきて神軍』をあげていたものなあ。NYの9・11救助活動で病気になり放置されていた人々を、キューバに連れて行ってキューバの国家医療を受けさせるあたり、まさに奥崎謙三である。直接行動主義。

この映画を、僕ら日本人はアメリカ社会への告発映画とだけ、捉えるべきではないだろう。なぜなら、いま僕らの国が進めている「医療制度改革」なるもののコアにあるのは、まさにアメリカ型市場原理=私利私欲の奨励なのだから。

話は変わるが、今年の日本新聞協会賞の選定作業に加わったけれど、地方紙の企画部門にきわめて顕著な特徴があった。それは日本の地域医療がまさに崩壊しかかっているという冷徹な事実を報じた企画がきわめて多かったことである。地方には医師がいない、産科医がいないので出産できない。病院がない。こんな日本の方向を推し進めたのは<彼ら>である。<彼ら>は今や大学の教授だったり、政治の審議会にまだ名前を連ねたりしている。マイケル・ムーア=奥崎謙三(故人)が日本にあらわれる日が、これからやってくるのかどうか。

2007年8月 8日

歴史に向き合う米国/向き合わない日本

知人から奨められて『ミリキタニの猫』というアメリカ映画をみた。ドキュメンタリー映画といった方がいいかもしれない。いい作品だ。このところアメリカのドキュメンタリー映画が活況を呈している。もうすぐ例のマイケル・ムーアの新作もやってくるはずだし。見終わって『ミリキタニの猫』のリンダ・ハッテンドーフという女性監督の暖かさに何だかお礼を言いたいような気持ちで一杯になってしまった。きのうの日本のTVニュースは、ホームレスを「ゴミ掃除」と言って次々に襲撃していた少年らが逮捕された事件を報じたが、日本を芸術を大事にするすばらしい国だと夢見ているミリキタニ氏は、日本にいなくてホントによかった。ホームレスに立派なアパートが権利として支給されているアメリカ。ミリキタニ氏の個人史を掘り起こし、親身になって会話し、ともに生活し、彼に(押しつけがましくなく)誇りを回復させたハッテンドーフ監督(彼女にこそアメリカの良心をみることができるのかもしれない)の懐の深さに、日本人の僕らはどう向き合えばいいのだろうか。それにしても、日系人強制収容所という現代史に真摯に向き合うアメリカと、現代史に向き合わない(作りかえさえする)僕らの日本という国との「落差」よ。

2007年8月 6日

近頃最も刺激を受けた書物『トラウマの医療人類学』

雑誌『みすず』に連載中の「環状島」(現在までに10回継続中)からあまりにも多くの刺激を受けたので、この未知の著者、宮地尚子の著作『トラウマの医療人類学』(みすず書房2005年7月)をもとめて読んでみた。僕は医療人類学には全く知見がなかったが、この種の興奮状態は近頃ないなと思うほどに、大いに考えさせられると共に、深い所で共感する勇気のようなものをもらった気がする。それは、僕自身がマスメディアに長年関わってきて、いまメディア論に欠如していると思われるもの、ジャーナリズム自身がいま直面している困難の多くのことどもを、どこかで言い当てているような<重なり>を意識したとでも言ったらいいのか。「環状島」の初回で宮地が発する自問自答のいくつか、たとえば「なぜあなたが(もしくはこの私が)その問題について語ることができるのか?」「何の資格があって、被害者の代わりに発言をするのか?」「実際に経験したわけでもないのに、何がわかるというのか?」等々の発語は、まさにマスメディアに関わっている人々がいま現在突きつけられている問いであり、宮地はそれらの問いと正面から対峙するところから出発する。そして自らの立ち位置を問う。さらにそこで、変容する、のたうつ、逡巡する、語り手=研究者=権力者=強者=仲裁者等々としての自分の言葉を、未完結のまま記述する。そして必死に論理化を試みる。誠実さとはこのような態度を言うのではないか。

たとえば『トラウマの医療人類学』のなかの任意の一節を引用してみる。

自分の物差しより文化的物差し、文化的物差しより中立の物差し、治療者として、そう私は心がけてきた。けれども、中立が何かという判断が文化依存的であることには思いが至っていなかった。アメリカ人への日本の文化についての説明、男性への女性の心理についての説明、というような翻訳作業それ自体が、文化に彩られて行われていることにも。(同書292ページ)

これはメディアにおいて海外報道にたずさわる人間たち(特派員とか)がまず考えなければならないことがらではないか。『トラウマの医療人類学』には、メディアが直面している数々の問題の様相、たとえば、客観・中立性の本質とは何か、被害者/加害者の権力関係とは何か、報じることと社会的制裁の関係などをめぐる生々しい問い等々が間断なく提出されており、誤解を恐れずに記せば、それがなぜか魅力=チャームにさえなっているのだ(「環状島」も然り。もっとも宮地はそのようなチャームの成立する圏域それ自体を否定しようとするかもしれないけれど)。なんということか。例えば、歌手のマドンナが、アフリカの最貧国マラウィから男の子を養子にとったことを非難をこめて報じたメディアの記者たちは、この本に所収されている宮地の論文「難民を救えるか?」を読んでみるといい。僕は宮地というひとに勇気を感じた。だから、これからいろいろな人に彼女のこの本を読むことをすすめたいと思っている。

2007年8月 5日

クソ暑い夏を乗り切るための音楽

クソ暑い夏はサンバとかボッサノーバを聴くのがカラダによろしい。でも、このあいだはJoyceのライブを聴きに行ったけれど、あれはハズレだったなあ。せめてCDくらいは外れないモノを。本棚の奥に埋もれているCDをさがして聴く。リオデジャネイロに旅行に行った時に現地のレコード屋で買った数枚のCDが出てきた。どれも2004年に出たCD。Bebel Gilbertoの同名のタイトルのCD、De Nana, Dori e Danilo の「Para Caymmi」、Simoneの「Baiana da gema」とか。ヨーヨーマとの共演で主役を食っていたRosa Passosの「Amorosa」は何度聴いても心地よい。あんまり気持ちよくて眠くなってきてしまうほど。でも、きわめつけは、やっぱり御大アントニオ・カルロス・ジョビンの1981年3月15日のライブコンサート盤だろうか。「Antonio Carlos Jobim em Minas ao vivo piano e voz」。ピアノの弾き語り。ジョビンの晩年、枯れかかっている年齢でのコンサートだけれど、まだまだ色気がある。それと2004年に出た「Elis & Tom」。これを聴いてしまうと、ボッサノーバの脱力力(?)で暑さが忘れられる。で、飲むのはビールでなくて、モヒートとか。

2007年8月 4日

『ロマンス』井上ひさしのチェーホフ讃歌

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世田谷パブリックシアターは本当に好きな劇場だ。サイズがちょうどいい。梅雨明けのクソ暑いなか、これはどうしても見ようと思っていた劇。井上ひさしの新作『ロマンス』。役者たちの技量がすごい。みていてワクワクする。本当に、人間は苦しい時に楽しいことをつくりだすことができるから人間なのだ、と。そういう勇気を与えてくれる舞台だ。劇中で聴かれるボードヴィルに対するチェーホフの所見など、何か演劇に対する、あるいは文化創造に対する、井上ひさし自身の高らかな宣言のようにも思えてくる。と同時に、帝政ロシア時代の農奴が苦しみに喘いでいた時代と、若者たちが働く意欲を失って難民化する今の疑似民主制ニッポンとが重なって見えてくる。役者たちの発する台詞のひとつひとつが今という時代に突き刺さってくるのだ。大竹しのぶ演じるロシアのおっ母や、生瀬勝久がなりきっていたトルストイの快演に腹の底から笑いながら、このボードヴィル仕立てのチェーホフ評伝劇の射程がとても深く広いことを実感した。
 
話は飛ぶけれど、矢野顕子の歌で「よかった、あなたがいて、よかった、よかった」というタイトルは忘れたけれど素敵な歌がある。劇を見終わって、この歌を思い出していた。

2007年7月30日

タラフ・ドゥ・ハイドゥークスと「民意」

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参議院選挙で示された「民意」が、なし崩し的に蹂躙されようとしている時には、「民意」にどっかり根をおろした土臭い音楽を無性に聴きたくなるというものだ。ルーマニアが生んだジプシー・バンド、タラフ・ドゥ・ハイドゥークスの新CDが送られてきた。『仮面舞踏会』。すっばらしい!来日した彼らのライブをこれまでに3度ほどみたことがあるが、とんでもないブッ飛んだバンドだった。一言で言えば、人さらいみたいに危険で、かつ魅力に満ちた性悪のチンドン屋みたいな人たち。マヌエル・デ・ファリアの『恋は魔術師』の「火祭りの踊り」とか、『ペルシャの市場にて』とか、それらのクラシック楽曲が、もうメチャクチャに演歌みたいな奏法で楽しく、楽しく奏でられる。9月にまたまた来日するそうだ。来日するたびに彼らのライブをみていて、僕は、彼らが日本の婦女子を密かに誘拐して故国にさらって行っているような気がしているのだ。だってあんな楽しいバンドには誰だってついて行きたくなるもの。

2007年7月25日

ガルシア=マルケスに今頃ハマってどうすんだよ。

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『コレラの時代の愛』
2006年10月、新潮社

電車や車で移動中に読み継いできた『コレラの時代の愛』をようやく読了した。いい本を読めたなあ、という満足感に浸る。これを恋愛小説と呼ぶべきか。とてもそういう範疇には収まりきらない、深くて切ない<観念>小説である。そもそも恋愛なるものが<観念>という化け物の一種なのだろうから。52年あまりにわたってひとりの女性をひたすら想い続けるという限りなく狂気にも近い純粋<観念>が、時間=老いという現実によって破壊されそうになる直前まで叙述される。成就する恋愛<観念>と、成立しない性愛が、いかに悲しく人間の本質を射抜いていることか。もともとは新聞記者だったガルシア=マルケスの叙述のエネルギーというか、語るちからに強烈なものを感じる。それにしても、今頃ガルシア=マルケスにはまってどうすんだよ、という感じだけれど。次は彼の何を読もうか。今年の夏はガルシア=マルケス祭かな。

2007年7月24日

良心的なアメリカ人が原爆を落とした

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スティーブン・オカザキ監督のドキュメンタリー映画『ヒロシマナガサキ』をみる機会を得た。アメリカ軍がつぶさに記録していた被爆直後の広島・長崎の映像フィルム、写真に加え、生き残った被爆者たちが描いた地獄絵、さらに被爆者たちがカメラを正視して語る証言の重さに、圧倒される。ひとりの女性が語っていた「死ぬ勇気」「生きる勇気」という語に接して、感想めいたことばを発することもためらわれる。

2つだけ書き留めておきたい。

ひとつは原爆を投下したアメリカ軍側に、強い「記録する情熱」のようなものがあったということ。彼らは何のために被爆者を記録していたのだろう。何の目的で。

もうひとつ。原爆乙女なる女性被爆者たちがアメリカで治療を無料で受けられると訪米する。そこに同行した日本人牧師がアメリカのテレビ番組に生出演する。そこで、原爆を投下した軍人と「感動の対面」をする設定。原爆を投下したことに自責の念を抱いているような発言をするパイロット(?)らしい「良心的なアメリカ人」が、実は原爆を落としたのである。そのようなテレビショーの成立の根底に流れている、アメリカ自身の自己救済=贖罪の意図。投下した責任は、このプロセスを経て、彼方へと霧散するのか。投下した側、投下された側、同じ人間じゃないか、このように理解し合える、握手しあえる、と。

この映画は、今年の8月6日に全米のHBO系で放送されるという。

2007年7月22日

島田虎之介『トロイメライ』は傑作だ

中国人ピアニストLang Langがコンサートで、ラフマニノフのピアノ協奏曲のあとだったかで、アンコールに応えて、『トロイメライ』を弾くのを聴いた時、一気にこころが浄化されたように感じたことがある。

音楽は人生の何かを決定的に変えることができる。

島田虎之介の『トロイメライ』(青林工藝舎)を読んだ。この感覚。アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画『アモーレス・ペロス』『バベル』のような、世界の不可思議な連関性についての物語。いくつもの別個に見える出来事が、神の摂理のごとく、つながっている。物語の語り手は、それを神の視点のごとく紡ぎ出して再構成し、この世界の謎解きをしてみせる。その手口の鮮やかさ、スマートさ、鋭さ。オシャマンベとか由利徹とか、島田って一体いくつの人なんだろう? 一流のストーリーテラーである島田は、その緊張感漂うモノクロームの画調と相俟って、みごとに魅力的な謎解きを見せてくれる。

漫画も人生の何かを決定的に変えることができる。

2007年7月21日

JOYCEまで4メートル

ボサノバ歌手のJOYCEが日本に出稼ぎにきた。まあ、ジョイスを生でみられるというので、横浜の赤レンガまで2度足を運んだ。と言うのは、MOTION BLUE YOKOHAMAという会場は事前に整理券を配るので、良い席でみるためには開演のずいぶん前に整理券を取りに行かなければならないのだ。ブルーノート東京と同じ。実際の開演の4時間半も前に行った甲斐があって、JOYCEからわずか4メートルの正面の席を確保できたのだけれど。今回のジャパン・ツアーは、新CD「SAMBA-JAZZ & OUTRAS BOSSAS」発売記念ツアーということだけれど、けっこう手を抜いていたような感じ。以前、トニーニョ・オルタと一緒に来た時に比べてだけれど。ひとつには会場が富裕層の若者を相手にしている場所なので(ブルーノート東京と同じ。料金もとても割高)、客のノリが極度に悪いのだ。サンバやボサノバを聴いている若い客の多くは、能面のように表情をあんまり崩さないし。これじゃあ演じている方も楽しくないだろうな、と思う。ブラジルの客なら今夜みたいな出来なら結構怒ると思うけど。出稼ぎと割り切って聴くべし。

2007年7月20日

美しい国の「渋さ知らズ」

ホントに久しぶりに「渋さ知らズ」をみた。吉祥寺のスターパインズ・カフェ。相変わらずのメガテンションだけれど、ウーロン茶を飲みながらも、頭の中がグルグルしてきて、JAGATARAとか、天国注射の夜とか、いろんなものを思い出しながら、最後になぜか「美しい国」という語に行き着いたぞ。美しい国の渋さ知らズ!だなんて。何かの冗談だろ。片山広明はすんごいのだけれど、それを取り巻く男どもと女どもの演者たちの何と楽しいことよ。美しい! 不破大輔の動きはコンダクターとは何かという問いを無意味化する。段取りという指揮者の機能をこれほどまでに強烈に体現している男はいないよね。けれども「ナダム」とか「本多工務店のテーマ」とか聴きながら、ちょっと前に唐十郎の紅テントを見たときにも感じた奇妙な感覚が蘇ってきた。若い人たちが蝟集するこのエネルギーには、現実界への通路というか回路がないんじゃないかって。自閉した空間内で自己完了するラディカリズム。それは僕ら聴く側の問題でもあるのだろう。僕はもう若くないけれど。でも、何で「美しい国」と「渋さ知らズ」が共存できるのか。日本はヤバイ国になった。

2007年7月15日

関西パンク・川上未映子──自意識の綱渡り芸

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『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』
2006年11月、ヒヨコ舎

畏友ヨトさんの激奨で、川上未映子のブログ日誌単行本化『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』を一気に読む。これ、いい! 面白い! 大阪弁での小気味良い突っ張り具合と自意識の綱渡り芸のハラハラさせられる心地よさ。文体みたいなもんが出来あがっているような、いないような。町田康とは確かに違うよな。大昔、ガキだった頃、はやり歌のヒットチャートは、アメリカのビルボードよりはイギリスのメロディメーカーなんかの方が断然カッコよかった。そういう、かつてのイギリスの位置が大阪に似てるというか。マージナルとか周縁とかともちょっと違う。ブントだって関西派の方が断然ラディカルだった。だから日本のパンクだって、ローザルクセンブルクなんて名乗るグループはやっぱり関西だった。川上未映子にもそういう関西パンクの臭いがする。それでいて、どうしようもなく浪速節だったりする。遠い家族との思い出や、「私はゴッホにゆうたりたい」なんか浪曲子守歌みたいだもんなあ。歌手としての彼女。坂本弘道らとのユニットはどんなんだろうか? 以前、表参道の「月見ル君想フ」でのライブを予約したが、急に仕事が入って見逃してしまったのが残念。早川義夫が好きって、一体どういう30歳なんだ? わははは。いいな。何だか川上の本を読み終わってから、カフカの言葉を思い出した。「世界と君との戦いでは、世界に味方せよ」というの。

2007年7月14日

ガルシア=マルケスの生命讃歌

瀬戸内寂聴『秘花』があまりにも面白かったからか、「人間が生きるということ=なまなましい恋愛感情」という小説がやたらと読みたいのである。コロンビアが生んだ偉大なる小説家ガルシア=マルケスの『わが悲しき娼婦たちの思い出』は、作者が77歳だった2004年に出版された作品だ。その書き出しはこうだ。

満九十歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生祝いにしようと考えた。(同書より)

何という書き出しか。この背徳への情熱。すばらしい。九十歳の主人公が娼館で出会った14歳の少女デルガディーナに対し身を焦がすような恋情を抱く。ひたすら老主人公の狂おしいほどの恋情が描かれる。描かれているのは<観念>である。だからこれはナボコフの『ロリータ』とは全く異なった種類の小説なのだ。その結果、この作品は、人間がなまなましく生きること(それは悲劇であるかもしれない)へのオマージュ=称揚となっている。

正直言って、自分の心をどう処理していいか分からなかった。それに恋をしているはずなのに、自分がふがいなく、情けなくて、しみじみ老いを感じるようになった。(同書より)

この錯乱する九十歳の老人が美しい。悲しい。艶めかしい。刊行中の日本版「ガルシア=マルケスの全小説」は装幀がとてもよくて、本好きには堪えられない。

2007年7月 7日

昭和のヒーロー・ヒロインたちの肖像

写真美術館の連続写真展「昭和 写真の1945~1989」の第二部「ヒーロー・ヒロインの時代」をみる。いかに自分が昭和人であるかを思い知る。ほとんどの肖像が自分の見知っている人物だものなあ。ひとりだけあまりよく知らない、あるいはもう忘れてしまっているのか、とびきり美しい女性モデルで丘ひろみという人の肖像写真があったけれど。現在には欠けていて、昭和のヒーロー・ヒロインにはあったもの、それは何とも表現しがたいけれど品位のようなものかもしれない。会場には、1961年に撮られた女優・太地喜和子(当時17歳)の肖像や、1969年に篠山紀信が撮影したカルメン・マキのヌードなどいくつも記憶に焼き付くような写真があった。日本の戦後のいわゆる美女の系譜のなかで、今現在ほどその美の基準自体が消滅したことはないのかもしれない、などとボンヤリと考えていた。一方のヒーロー。男の顔もとてもいい。それにしても、「カメラ毎日」とか当時の写真誌の何と突っ張っていたことよ。

2007年7月 5日

金徳洙サムルノリという奇蹟

芸道50周年と銘打って来日公演を続けている金徳洙(Kim Duk-Soo )のステージをみた。感動に打ち震える。エロティシズムとは死にまで至る生の称揚だとは、バタイユの定義だが、金徳洙とサムルノリの芸からは、この「生の称揚」という奇蹟が実際に舞台の上で生来するのを体験させられるのだ。このすさまじいエネルギーの放逸。サムルノリのメンバーも初期の頃とは大いに世代交代を遂げているが、それでも奇蹟を招致するその技と精神は確実に受け継がれている。そしてその中心に金徳洙がいる。
 
 僕が、金徳洙と初期のサムルノリをみたのは、あれは1986年頃ではなかっただろうか?練馬かどこかの大きな野外グラウンドで、喜納昌吉&チャンプルーズや伊藤多喜雄たちとのジョイントイベントだったように記憶している。これがスゴいなんてもんじゃなかった。金徳洙とサムルノリの芸に圧倒されて、まるで「ハメルンの笛吹き」に惹かれてどこまでもついていく子供たちみたいに、観客たちは(僕も含めて)、金徳洙たち演者たちを先頭にグラウンドを何周も回ったのだ。あれは何だったんだろう。

金徳洙は1952年生まれだから、僕らと同世代の人だが、このエネルギッシュな人物の発するパワーに無性に嬉しくなった。

ゲスト出演した山下洋輔、林英哲とのコラボレーションも楽しくて、贅沢三昧。

2007年7月 3日

清水靖晃&サキソフォネッツの限りなき冒険

サキソフォンでバッハに果敢に挑んだ清水靖晃&サキソフォネッツが新しいアルバムを出した。その『PENTATONICA』は、新しい領域に挑戦する清水らの心意気がひしひしと伝わってくる好アルバムだ。タイトルのペンタトニカとは5音音階のことだ。アジアやアフリカといった非西欧圏の演歌・流行歌などで用いられている5音音階によって奏でられる曲に漂う、あの郷愁、なつかしさ、そして躍動感。キリスト教聖歌に対するチンドン屋音楽。天空をめざす垂直的な西欧舞踊に対する地べたに這い蹲る日本の舞踏。そういう対比とパラレルのようにも思える7音階と5音階の対比。それにしても、何だかクレイジーキャッツのかつての名曲「ホンダラ行進曲」を思い出してしまったエチオピア古謡「デュ・セマン・ハゲレ」の奇妙な歌詞。この歌詞に清水の不可思議な歌声があっている。残念ながら東京でのコンサートには行けなかったが、いつか生を聴いてみよう。

2007年7月 1日

至福の時間 ミシェル・カミーロ・トリオ

この頃何が気持ちいいかと言えば、プールで長距離泳いだ後に、等距離分サウナに入り(千米=10分、二千米=20分)、そのあと冷たい水風呂に入ってカラダを冷やした瞬間のあの気持ちEに勝るものはなかなかないもんね。けれども今日は、その水風呂1000回分よりも気持ちのいい至福の時間をすごした。ミシェル・カミーロのステージをみたのだ。ドミニカ出身のこの超絶ピアニストの演奏を初めてみたのは、ワシントンDCのケネディセンターでだったが、いやはや東京でもみられるとは思わなかった。ブルーノート東京は、裕福な若年層がメインの客層なので、実はあんまり好きではないが、今日はそんな思いを吹っ飛ばしてくれるほどの幸福な気分に浸れた。新アルバム『Spirit of the Moment』発売記念の世界ツアーの一環での来日。ピアノ・トリオと言えば3人の呼吸である。キューバ人ベイシストのチャールズ・フローレス、ダニエル・プリエトのドラムスとの鬼気迫るスリリングな掛け合い、かと思うと、こころの奥底まで響いてくる甘美なバラードも。マイルスやコルトレーン、ビル・エヴァンスの遺伝子がどこかに混入しているカミーロの演奏を聴きながら、音楽のちからを全身に感じて、水風呂1000回以上の感謝。

2007年6月24日

『殯の森』に賞を与える映画人たちの矜持

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遅ればせながら、河瀬直美の『殯の森(もがりのもり)』をみた。カンヌでグランプリを受賞した作品。すばらしい。こういう日本映画をまだみられることの幸運を思う。人間は、有限な時間を生きる生物にすぎないのだが、観念をもつが故に人間になっている。何も哲学的なことを言っているのではない。観念という持続、あるいは希望、または化け物は、僕らが自意識を持って以来ずっとまとわりついているものだ。亡き妻を思う認知症の男性の行動、それに気圧されるように関係を切り結んでいくヒロインの抱えている喪失という観念。田園、原生林という思索の原風景をみせられているうちに、いつのまにかぐいぐいとこの映画のなかに惹きこまれている自分に気づく。こういう作品に賞を与えようとするヨーロッパの映画人たちの矜持のようなものが、何か無性に嬉しいような気になる。一時期のハリウッド映画の見過ぎの反動かな。まさか。

2007年6月23日

写真家・比嘉康雄の撮ろうとした風景

今年も沖縄の地で慰霊の日を迎えた。大竹昭子の名著『眼の狩人』でも触れられている沖縄の写真家・比嘉康雄の写真集『生まれ島・沖縄』(ニライ社)が無造作に書店の本棚に置かれていた。那覇の本屋さんに来ていつも楽しみにしているのは、郷土についてのたくさんの本が出版されていることだ。その写真集のなかの何気ない1枚の写真に、「集団自決を知る人 座間味島 1970・11」というのがある。初老の婦人がカメラに向かって笑いかけている。比嘉はおそらく彼女から集団自決の話をじっくりと聞いた後に、この写真をとったのだろう。彼女の表情からは、撮影しているひとを信用しているという安心感のようなものが伝わってくる。あるいは、1970年に撮られたコザ・胡屋の娼婦たちの写真。どの写真にも比嘉の故郷の島への愛情が感じられる。即座にこの写真集を購入する。外に出ると、琉大の学生たちが何かを頻りにラウドスピーカーで訴えていた。梅雨の明けた暑い暑い一日だ。

2007年6月22日

『沖縄密約』が完膚なきまで暴く国家のウソ

沖縄にいる。西山太吉さんの『沖縄密約』(岩波新書)の出版記念会が那覇で行われた。この本の出版を祝うパーティーが沖縄の地で行われること自体が意義深い。

*    *    *    *

あるところに嘘つきがいた。
嘘つきが言うには「私は一度もウソをついたことがない」。
そのことば自体が嘘つきであることを自己証明する。
だから、彼が「これだけは本当のことだ、僕は死にそうだ」と言ってももはや誰も信じなかった。
嘘つきのお葬式には誰一人参列しなかった。
誰一人、本当に死ぬとは信じなかったから。

*    *    *    *

国がウソをつくと、「道義」が地に堕ちる。その国の国民は、国家がウソをついているのだから、国民としてウソをついても何とも思わなくなる。果ては、国家のウソをチェックする筈のマスメディアもウソをつく。納豆がダイエットに効くとか。誰も彼もがウソを何とも思わなくなる。沖縄返還にともなう日米間の密約が「ない」という国の人々がいる。アメリカ政府の公文書が密約が「あった」と明確に語り、沖縄返還交渉にあたった外務省の当事者までもが、密約が「あった」と、良心のそこから振り絞るように語っているにもかかわらず、それらの人々は「あった」ことを「ない」と言っている。ならば、アメリカはウソつきか?

出版記念パーティーの会場で、西山さんはとても元気そうだった。「あった」ことを「なかった」とは新聞記者の良心にかけて言えないのだから。この本は確信に裏打ちされているのだ。那覇の地では、沖縄戦の集団自決に関するもうひとつのウソが今まかり通ろうとしている。

2007年6月21日

人間の生の生臭さと愛おしさについて

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『秘花』
2007年5月、新潮社

瀬戸内寂聴の新作『秘花』にすっかり魅了されてしまった。小説はだからやめられない。将軍・足利義満の寵愛を得て、若くして能の世界の絶頂をきわめた世阿弥が、理不尽にも、72歳の時に佐渡へ流刑となって運命が反転、彼の地で80歳で没するまでの波乱の生涯を、ここまで官能的に描き切れるものか。小説には官能がなければ、つまらない。狂おしいほどの官能こそが人間の生の本質そのものなのに。官能=恋の本質について、「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」「恋も秘すれば花」とは何という至言か。また花とは「色気だ。惚れさせる魅力だ」という晩年の世阿弥の台詞の何というぴたりとした収まり方か。椿、紗江という女性の描かれ方の何と切ないことか。全編、品格と官能が矛盾なく満ちあふれるこの小説に、ただただ圧倒されるのみ。85歳の瀬戸内寂聴が官能を描き切る迫力に乾杯。男どもには書けない小説ではないか。人間の生の生臭さと愛おしさについて、感得させられた気になるから不思議だ。

2007年6月19日

ソクーロフの『太陽』が照射するもの

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『太陽』
2007年3月、クロックワークス

本当に遅ればせながら、アレクサンドル・ソクーロフの『太陽』をみた。もともとは2005年の映画で、日本公開は遅れに遅れたが、あらためてイッセイ尾形という役者の恐ろしさに感じいってしまった。桃井かおりの皇后役なんかを見ていると、何だかイッセイ尾形の舞台での2人の掛け合い芝居をみているような気になってしまった。それはまるで演技していないような演技なのだ。一国の元首が、海洋生物=カニの研究を戦争末期まで継続していたという時代の狂気。『太陽』というタイトルに託された時代の風向計の指し示していた方向を、現在の日本人である僕らはいかに読みとるべきか。この映画はある種の密室劇であり、戦争末期の昭和天皇の内面を照射することに主眼が置かれているのだろうが、それ以上に、ロシアの映画監督が、このような映画をつくりあげた事実によって逆照射される、何も考えない日本の現実に思いが行ってしまう。何が狂気であり、何が正気なのか。戦後の終焉を言うのは早すぎないか。

2007年6月18日

現実界への抜け道がなくなった?――唐十郎ふたたび

きのう唐十郎を実に久しぶりに観た。17日が『行商人ネモ』の千秋楽にあたるということで、井の頭公園内の紅テントにはたくさんの客が押し寄せていた。本当に若い人ばっか。こりゃ何なんだろう。アングラ演劇が本当にアングラであった時代には、紅テントのすぐ向こうにはヒリヒリする現実界があった。その現実界への抜け道、通路が劇自体にも仕掛けられていたような記憶がある。大昔に出た本だが、山口猛の『紅テント青春録』という本のなかで紹介されていたエピソードがある。全くのうろ覚えだけれど、紅テントの劇のなかである役者が舞台中央の花道を全速力で駈けだしていくシーンがあったのだが、その役者はそのまま花道から出口に突っ走って外に出たまま、以降、行方不明になってしまったというのだ。まあ、そんなことは滅多にあるもんじゃないが、この世界で起きていることと劇とは<想像力>というねじれの中で、つながっていた。今回の『行商人ネモ』の舞台には、妄想のもつパワーがみなぎっていたが、それらのパワーがどこか自閉しているのだ。だからあんまり怖くない。客もどこか安心しているのだ。なぜなのだろうか? 現実界がもはや変質してしまったからか、それとも、ことば自体が変質してしまったのか。十貫寺梅軒、鳥山昌克、それに藤井由紀にとんでもない存在感を感じた。

2007年6月16日

ベン・シャーンの第五福竜丸

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『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』
2006年9月、集英社

出会いはいろいろな所に転がっている。先日、石内都さんの出版記念パーティーでたまたま知り合った編集者・山本純司さんから送られてきた『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』に心を動かされた。絵本の持つ力強さに。ベン・シャーンの絵から伝わってくる怒り。アーサー・ビナードの文章の直線を思わせる意志。このような絵本に出会うのも久しぶりのことだ。

「久保山さんのことを わすれない」とひとびとは いった。けれど わすれるのを じっとまっている ひとたちもいる。

第五福竜丸についての仕事を忘れてはならない、と自分にあらためて言い聞かせる。大いに勇気をもらった。

2007年6月15日

傷のある女性は絶対的な無垢に近い存在なのだ

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『INNOCENCE』
2007年5月、赤々舎

石内都さんの新しい写真集『INNOCENCE』(赤々舎)を手にすると、写真とは生きることだという思いを強烈に抱かされる。生きていることそのものの存在の重み。美醜、善悪、正邪、老若、あらゆる二分法的な価値基準を越える生そのものへのいとおしい感情。石内さんの強い意志が伝わってくる。石内さんは言う。

「この1、2年、傷のある女性たちと出会う機会が多く、集中的に撮影をした。からだに傷の在る女性は、なぜか絶対的な無垢に近い存在なのだと勝手にきめていた。その根拠はアイマイなのだが、“INNOCENCE”を作る過程において、少し自信をもっていいかもしれないと思えるようになった」(同写真集より)

『Mother』の写真からも感じられたこのリアルで生そのものに向き合う強い強い感情。出版記念パーティーに詰めかけた人たちのなかに、モデルとなった傷の在る女性たちがいらしたが、このような撮られ方に心から感謝している様子が伝わってきた。繰り返すが、写真とは生きることだと思う。

2007年6月14日

Occupied Japanは今の日本より明るかった?

写真美術館で開催中の「昭和」写真展の第1部「Occupied Japan(占領下の日本)」をみた。そこに展示されている写真には、現下の日本よりも活力が満ちているように感じられるのはなぜだろうか。敗戦という切断点の直後からの1951年のサンフランシスコ講和条約締結までの米軍占領下という特殊な状況下で、なぜか日本人の表情は明るいのだ。田村茂の「浮浪児」や、林忠彦の「復員兵(品川駅)」、山端庸介「防空壕に避難して助かった女性、長崎」。とても有名な写真ばかりが展示されている。敗戦後、堰を切ったように撮られたヌード写真の多くが、戦前の従軍写真家によって撮影されているというあられもない事実。戦闘機や兵士が、ヌードに転化する化学変化って一体何だろう? 細江英公の「乞食の父子」「乞食の母子」にもこころを惹かれた。それにしても原爆投下後の広島市街の、なあんにもなくなってしまったパノラマ写真のあっけらかんとしていることよ。原爆ドーム以外何も残っていないではないか。都心の道路標識が英語表示になっていることが、占領下では当たり前の事実だったことを写真から知る。第二部以降が楽しみだ。

2007年6月 8日

函館の、神と仏が集う丘

仕事で函館に行く。仕事が終わって、帰りしなにどうしても立ち寄りたい場所があった。それは、函館聖ハリストス正教会だ。1860年(万延元年)に函館ロシア領事館の付属聖堂として建立されたという古い歴史をもつ。1907年に大火で初代の建物は焼失したが、1916年(大正5年)に現在の聖堂が建てられた。ロシア風ビザンチン様式といわれるハイカラな建物。天気がとてもよく、緑の豊かな聖堂の回りには、写生をする画学生や子どもたちがたくさんいた。ゆったりと写生をしているなんて、こんな風景は東京ではお目にかかれない。それで何故、函館聖ハリストス正教会かというと、大野一雄のことを考えていたからだ。函館に生まれた大野は幼い頃、この聖ハリストス正教会と出会っていた。彼の『死海』には、正教会聖歌の「大連祷」にあわせて踊るパートがある。これがいかに素晴らしいものであったか。その「大連祷」に感動して、僕はかつてお茶の水のニコライ聖堂まで出かけていって、レコードを購入したことがある。日本語の独特の歌詞がついた素晴らしい曲だった。

函館聖ハリストス正教会のなかに入る。思ったよりも小さな聖堂だ。だがイコンが一同に配置されている復活聖堂は聖なる空気に充ち満ちている。神聖な場所なのだ。大野がこどもの頃この場所からどのようなインスピレーションを得ていたのかはわからない。だが、あきらかに大野のダンスの原点のひとつがこの場所に確実に結びついているように思えたのだ。函館のこのあたり元町には聖ハリストス正教会のほかに、カトリック元町教会、聖ヨハネ教会が隣りあうように建っている。そのすぐ後ろには、東本願寺函館別院まである。さながら神と仏が丘に向かって集っているような場所だ。正教会聖歌のCDをもとめて「大連祷」を聴いたが、ニコライ聖堂のレコードに収録されていた「大連祷」にははるか遠く及ばない。

2007年6月 1日

45歳のチーフタンズはすっばらしい!

伝統音楽の担い手たちは、とかく内向きになる。というのはウソだ。チーフタンズをみるのはワシントンDCのケネディセンター以来だから、随分久しぶり。でもいいね、やっぱ。DCではピラツキ兄弟のフィードルとダンスに驚愕した記憶があるけれど、今夜のステージは、それからはるかに進化していた。内向きどころか、異文化との出会いを楽しんでいるようにもみえる。ピラツキ兄弟のみならず、共演で出てきたリアダンというアイルランドの若手女性グループもいいし、日本の林英哲とか元ちとせまで出てきて共演するなんてこのステージは贅沢すぎるというもんだ。今夜のお客さんは本当に得をしたと思う。2曲目の『Galician Jig Muineira』の美しいこと。アンコールの『An Dro』では、観客たちが手をつないで踊りステージの上で本当に楽しそうだった。それも押しつけがましくなくって。こんなにすっばらしいステージをみられた幸運を話さずにいられない。結成から45年のアイリッシュ・トラッド・フォークの「重鎮」にして「前衛」は、まだまだ走っているし、チーフタンズの子どもたち、孫たちが生まれ続けている。

2007年5月28日

塩野七生さんの講演が結構面白かった

ちょっと古くなるが、先週木曜日に、日本記者クラブで行われた塩野七生さんの講演はなかなか面白かった。塩野さんの講演は初めての経験。「ローマ人の物語」全15巻が完結し、「もう何も言うことはない」「生きている人と話すのが段々下手になりまして」等と冒頭で釈明されていたが、何の何の。この世の中には、知性のちからと品性の輝きというものがまだ残っているのだ。講演の場合、話者の語り口や顔の表情ということも無視できないとても大事な要素となる。塩野さんは、政治家の資質ということに関して、政治の舵取りを誤ると最初に被害を被るのが民衆、政治家の善し悪しが人々の生活に途轍もない影響を与える、と指摘されていた。民衆は、抽象的ではなく具体的な話に置きかえられると相当に正確な判断をするようになる。抽象論を具体論に置きかえるのがジャーナリストの仕事だとも。それに関連して、安部首相の「美しい国」論についても少し触れて、「オブラートに包んでいる」抽象論と位置づけていた。パックス・アメリカーナに関する見方も歯切れが良い。パックス・ロマーナと比較が出来るからこそ説得力がある。日本の外からみた方が日本がリアルに見えてくるということがある。

2007年5月24日

耐震偽装事件って一体何だったのだろう

僕自身が関わっている昨今のテレビ報道原稿の中でも、一番ウンザリさせられてしまうのが「……(捜査当局は)全容解明を進める方針です」という紋切り型の締め文句だ。まるであらゆる事件には、窺い知ることのできない巨大な「全容」なるものがあって、「悪のトライアングル」だの「政・官・財の癒着構造」だの、とにかく、解明されるべき巨大な「全容」があるのだ、という無邪気な幻想に浸っているのが見え見えの原稿である。魚住昭の『官僚とメディア』(角川ONEテーマ21)を読んでみると、あの世間を大騒ぎさせた耐震偽装事件なるものが、ほとんど姉歯建築士の個人犯罪に端を発するものであって、その後の関係者の摘発がメディアの誇大報道の後始末ではなかったのか、という魚住の指摘にきわめて新鮮な刺激を受けた。驚くべき司法・メディアのもたれ合いがそこになかったのかどうか。本書ではさらに、最高裁と新聞社が結託した裁判員制度に関するタウンミーティングのサクラ疑惑など、一般メディアが取り上げにくいネタをしっかりと正面から扱っている。異論を差し挟みたい部分も多くあったが、活きの良い新書であることは間違いない。

2007年5月23日

ひとりの編集者の回顧録に漂う「孤独感」

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幻冬舎から出でいる本にも好きなのもあれば嫌いなのもあるが、とにもかくにも個性のとても強い出版社だと思う。見城徹の『編集者という病い』は、この出版社を立ち上げたひとりの編集者の回顧録だ。疾走録と言ってもいい。普通は、編集者は黒子だから、主役になって本を出すことはない。けれども見城徹は出した。太田出版の高瀬幸途さんの奨めに従ったのだという。それにしても、見城という人は、熱い、濃い、ディープな編集者で、読んでいて思わずニンマリしてしまう。『ベルリン 天使の詩』にからめて、自分の生き方を、『天使から人間に変わること。認識者から実践者になること。「暗闇の中のジャンプ」』と言ってのける。ただ読み終えてみて、深い「孤独感」のようなものを感じてしまったのだ。疾走するように駆け抜けていった中上健次や鈴木いづみ、尾崎豊といった人間たちとの切り結びのストーリーにこちらの共感が行ってしまったからか。幻冬舎創立の「闘争宣言」が巻末に再録されているが、そのなかの一節が痛切に今に響く。

私たちは文芸が衰退しているのではなく、文芸を編集する側が衰退しているのだと考えています。すなわち、大手寡占状態の中で、出版社は作者と読者の両方の胸の鼓動や息遣いに耳を澄ますことなく本を送り出しているのではないか?

この短い文章のなかのいくつかの単語を、番組、放送局、視聴者、テレビなどと置きかえてみれば、僕ら自身に突きつけられている凶器になる。

2007年5月17日

「聖母マリアの祈りvsprs」を断固賛美する

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ベルギーのダンス・カンパニー、アラン・プラテル・バレエ団の『聖母マリアの祈りvsprs』には激しい動揺を覚えた。このようなダンスの舞台をみたのは久しぶりのことだ。ピナ・バウシュとも異なる。「痙攣的な美」という表現は嫌いではないが、この舞台は生半可な美をめざしているのではない。痙攣そのものを長時間凝視することは、いわば「存在論」にまで至るものなのか。ステージの上で繰り広げられるポリフォニックな動きを見ながら、いくつもの単語が頭をよぎった。アントナン・アルトー。JAGATARA。唐十郎。土方巽。シャラントン精神病院。狂気。正常な秩序という束縛と激しく拮抗する狂気への誘いのなかで、ひとは痙攣に襲われる。このあまりにも過激なセラピー。それにしても、ライブ演奏の楽隊たち(ソプラノ歌手がすばらしい!)とダンサーたちの混然とした「非調和の調和」とでも言ったらいいのか、この混沌は、観客に動揺を与えずにはおかない。断固として賛美する。

2007年5月15日

「沖縄返還」の主語はいったい何者だったのか?

 この欄は「業務『外』日誌」なので、今現在、僕がいちばん書きたいことは、こころのなかにしまっておいて書かない。ただ祈るのみ。

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2007年4月、未来社

沖縄で地域誌『EDGE』を出版していた仲里効さんの新著『オキナワ、イメージの縁(エッジ)』(未来社)は、多くの日本人が抱いている「沖縄復帰」通念について、まるで外皮と内皮をぐるりと反転させるように、強烈な異議を突きつけてくる、そう、まさに異物感のある本である。

1972年5月15日の沖縄返還を、植民地主義的な文脈における「国家統合」、「第三次琉球処分」と明確に位置づける視点が、いまの沖縄、いや、この日本においてどれほど想像可能なのか。72年前後の熱気と緊張を持続したままの仲里氏の語りに接してみて、正直に言って絶望的な気持ちに陥らざるを得ない。たとえば、この本に採録されている「沖縄青年同盟行動隊」が1971年10月19日に国会内でばらまいたビラの文面はどうだ。――すべての在日沖縄人は団結して決起せよ――  この呼びかけが一体何を求めていたのかを、いまの日本人が、いまの沖縄県民が、即座に想像・理解することが可能であろうか。この時の移ろい。風化。沖縄にかかわる映画・文学などの時代の表現を、ここまで一貫した視点で書かれている論集にはなかなかお目にかかれない。

2007年5月14日

強烈な磁極だったTS〜「澁澤龍彦-幻想美術館」

「もしかしたら、ノスタルジアこそ、あらゆる芸術の源泉なのである。もしかしたら、あらゆる芸術が過去を向いているのである。」(澁澤龍彦『記憶の遠近法』より)

北浦和の埼玉県立近代美術館までわざわざ足を運んだ甲斐があったというものだ。濃密な澁澤ワールドにじっくりと浸ってみて、あの時代のもっていた熱気・活力は一体どこにその源泉があったのかを今更ながら考えてみる。大体、澁澤龍彦という存在そのものが強烈な磁極の役割を果たしていたのだ。そしてその磁極に吸い寄せられるように、途轍もない人間たちのエネルギーのぶつかり合いが「磁場」のように出来上がっていた。俳人・加藤郁乎の出版記念会(1971年 花園神社会館)に集まった人々の集合写真をみよ。こんな人々が一同に会することがあったなんて今となっては奇跡みたいだ。ハンス・ベルメールや「傍系シュルレアリスト」たちの作品も、よくもこの展示のために集められたものだ。展示のおしまいの方にあった四谷シモンの「天使-澁澤龍彦に捧ぐ」をみて胸にこみ上げてくるものを感じた。ひとつはこの天使像の大きさである。僕はもっともっと小さなものかと勝手に思い込んでいたのだ。その美しさと大きさ。これほどの強いノスタルジアを感じた美術展も最近ではない。磁極を失った僕らの文化創造の世界が陥っている現実を直視してみれば、そこには醜悪なビジネスがとぐろを巻いているのみだ。

2007年5月10日

人類史より長くかかる高レベル廃棄物処理って何?

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『核大国化する日本』
2006年8月、平凡社

高知県東陽町の町長選挙の結果は、日本の自治体選挙史のなかでも、後々まで語り継がれるべき種類のものだろう。核=原子力をめぐる社会問題の根底には重層的な差別がある。弱いひとびと、脆弱な共同体に矛盾のしわ寄せが押しつけられる。六カ所村には核燃料サイクル施設が建てられるが、東京都心にはそのようなものは決して建てられない。『核大国化する日本』(鈴木真奈美 平凡社新書)は、今の時期にこそ読まれるべき本だ。核武装の「核」と原子力の平和利用の「原子力」がまるで別物であるかのような認識が刷り込まれている日本において、たとえばプルトニウムの保有量が40トンあまり、粗製の核弾頭にすると5000発分に達しているというあられもない事実を提示されると、核問題をみる根本的な視座の変更を迫られるだろう。日本で高レベル放射性廃棄物というと、多くの場合、ガラス固化体にされ、30~50年間、冷却貯蔵されたあと、地価300メートルの地層に埋め捨てられる。ところで、このガラス固化体は超猛毒の塊なのだが、本書にこうある。

固化体に含まれる長寿命の人口放射性核種が生命に害を及ぼさなくなるまでには、何百万年、何千万年とかかる。人間の時間的感覚を遙かに超えた、地球史を語るような時間単位だ。ちなみに地球上に人類が誕生したのは400万年から500万年くらい前、現代型ホモ・サピエンスは10万年から15万年くらい前とされる。

「再処理-高速増殖炉路線」がすでに世界のなかでは破綻しているにもかかわらず、そこに固執を続ける日本の悲惨な内情についての指摘も鋭い。

2007年5月 9日

『藪原検校』〜黒光りする悪党の魅力へGet Back

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井上ひさし&蜷川幸雄という組み合わせから生じた強烈なパワーは、あの『天保十二年のシェイクスピア』で十二分に堪能させていただいたが、今回の『藪原検校』はその第二弾。席がシアター・コクーン2階席の最前列だったのでよかった。というのも、奥行きのある舞台全体を俯瞰できて、ステージのさまざまな仕掛けがとてもよく伝わってきたから。ピカレスク・ロマンが本来持っている黒光りするような悪党の魅力に加え、初期井上作品にみられるエロティックな台詞まわしの妙味に思わず「欲動」を感じる。そうなのだ。あの時代の演劇には(『藪原検校』の初演は1973年)、猥雑さに満ちた「欲動」のパワーがあった。舞台の上で繰り広げられる性交シーンにエネルギーがある。田中裕子の美しいこと。遊女を演じても品位が漂う。この舞台、今のテレビじゃもう放映が難しいかもしれない。杓子定規な「差別語」狩りがここまで進み、テレビという公共空間から自由が失われてしまった。そうだ、自由! この観点から見れば、僕らの世界は確実に退化しているのではないか? ギター1本によるフォーク風の音楽は、最初のころこそ違和感を感じたが、何の何の、終わってみると、このステージにしっかりとハマっていた。ところで、音楽と言えば、ラスベガスで見た『LOVE』があまりにも強烈だったからだろうか。東京に帰ってきてからもまだ頭の中で、ビートルズの曲がずっと鳴っているような気がしていた。特に「Get Back」(1969年の曲)は、パフォーマンスの初めの方の部分で、ステージを一気に盛り上げる効果をともなっていた。いいよな、あれは。その歌詞。Get back to where you once belonged.(原点に帰れ!)。『藪原検校』だって、そうだ。あの時代に帰れ。演劇も、音楽も、映画も、あらゆる表現者たちも、今求められているのはひょっとしてGet backかもしれない。

2007年5月 5日

Love&Peaceの敗北と再生〜『LOVE』によせて

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LOVE (通常盤)
2006年11月、東芝EMI

シルク・デュ・ソレイユ三連チャンを完遂した。きのうみたのは「KA」で、こちらは「O」ほど期待していなかったが、予想に反してよかったのだ。そして今日の仕上げは何といっても新作の「LOVE」である。DC在住の友人から「あなた、是非みた方がいいよ」とのご教示をいただいていた。全編、ビートルズの歌で構成されているシルク・デュ・ソレイユ流のミュージカル&パフォーマンスだ。この手のモノでいえば、以前「Movin’ Out」というのでガッカリさせられた経験があるので、ドキドキしながら会場のホテル・ミラージュに入ったが、見終わった後の今の気持ちは何といったらいいのか。ビートルズの曲をこんなに素晴らしく再構成して視覚化できるなんてホントに奇跡みたいだ。終わりの頃には不覚にも涙が出てきたね。このステージは、ビートルズの歴史であり、また、特にジョン・レノンの軌跡の物語でもあり、20世紀後半の現代史でもあり、また反戦平和=Love&Peaceの敗北と再生への願いのストーリーともとれる。

考えてみれば、ビートルズの歌は視覚化=舞台化することができれば、何と魅力的な内容に溢れていることか。「Lucy in the sky with diamond」や「Being for the benefit of Mr.Kite」、「A day in the life」の歌の内容を視覚化できたら何と素晴らしいことだと、ガキだった頃の当時、レコードを聴きながら夢想したことだろうか。それをやっちゃったのだ、シルク・デュ・ソレイユは。あんまりステージの中身を書くと、これから見るかもしれない人の興を削ぐのでもう書かない。見て本当に良かった! ラスベガスという町は好きになれないけれど、シルク・デュ・ソレイユを見られるなら、仕方ないや。

2007年5月 4日

蕩尽の町でみたシルク・デュ・ソレイユ

なぜかラスベガスにいる。ギャンブルをしにきたわけではない。大体そういう趣味はない。ラスベガスは、町全体が浪費と蕩尽で成り立っているアメリカ・システムの象徴のような場所である。日本だと賭博現行犯で全員が逮捕されるようなことを、日常茶飯事のように老若男女が当たり前に朝から晩までやっている。不思議、不可思議。観光客は、アジア系、特に中国人が多いような気がする。

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さて、ここに来たのは実はシルク・デュ・ソレイユをみるためだ。常設で5つもの公演をやっている。「O(オー)」「KA」「Zumanity」「Mystere」そして新作の「LOVE」。全部は無理だけれども3つくらいは何とかみられないか。そう思って来たのだが。で「O」を手始めに。「O(オー)」はフランス語のeauつまり水をテーマにした一大スペクタクルだ。その仕掛けの壮大さといったら。こんなことは蕩尽の町ラスベガス以外では実現が難しいんじゃないだろうか。それにしても、この幻想的な視覚効果はどうだ。明らかにアメリカ人の美的センスじゃない。フランス中世あたりか。衣装や舞台は、澁澤龍彦が生きていたら喜ぶような意匠に充ち満ちている。水のもっている美しさを存分に利用して、水の精たちが繰り広げる競演というイメージ。やはり素晴らしい。このあいだ東京で見た「ドラリオン」がアジア・中東・スラブ世界のエキゾチズムとすると、「オー」は中世ヨーロッパの幻想美。みてよかった! 終演後、ダンサー、演者たちの出身地をプログラムで確かめてみて、ロシア、ウクライナ、ベラルーシなど旧ソ連圏、モンゴルの人が多いことに何だかすとんと納得がいった。ただ、シルク・デュ・ソレイユの劇場と、ホテルのカジノが地続きになっているあたり、だんだん興が削がれていくのは仕方がないのか。

2007年5月 3日

建築家・藤森照信の設計した住みか

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『タンポポハウス』1995年竣工

藤森照信と言えば、どうしても路上観察学の方に行ってしまいがちだが、彼が本業の方の建築という領域で設計して作った家、建物、住みかがどんなものかを見る機会があった。と言っても、東京のミュージアムの一角で開かれた展示会『藤森建築と路上観察』東京オペラシティ・アートギャラリー)にすぎないのだが、なかなか楽しい展示だった。見終わった人たちの顔が一様にほころんでいる。こういう展示会も珍しい。屋根とか壁に草・植物が共生している住みか。いいよなあ、と思う。僕は北海道のいなか育ちなので、郷愁をそそられるのだ。かの有名な「ニラハウス」「タンポポハウス」をはじめ、直方体だらけの東京の居住空間にあって、これだけ均質的ではないゴツゴツ、ざらざら、反ツルツルの住みかを見せつけられると、しまいにゃ笑ってしまうしかないのだ。竹でできた(?)テントのなかで路上観察学ビデオ映像上映をやっていたので、しばらく見ていたが、赤瀬川さんや南伸坊、松田哲夫という人たちの笑いの感覚がとても、ほんわりしていて、笑いながらテントを出た。今のテレビが忘れてしまったこの感覚。

藤森建築と路上観察
http://www.operacity.jp/ag/exh82/

2007年5月 2日

ナチスを支えた普通のドイツ人は何を考えていたのか

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『ヒトラーに抱きあげられて』
2007年3月、松柏社

このような良書に巡り会えて素直に嬉しい。その本とは『ヒトラーに抱きあげられて』(イルムガルド・A・ハント著 菅野圭子訳 松柏社)だ。ドイツの狂気の時代、ナチス政権下で、ヒトラーの大本営が営まれていたオーバーザルツベルクの南にあるオーストリア・アルプスの小さな村、ベルヒテスガーデンで生まれ育ったある少女の回想録である。この本を読むと、当時の普通のドイツ人がどのようにしてナチスドイツを熱狂的に支持するに至り、それに異を唱えることがいかに困難だったのかがヒリヒリするように伝わってくる。戦争の不正義を、一部の狂気の政治指導者、軍人のせいにするのは比較的容易なことだ。だが、戦争を下から支えたのは圧倒的に民衆なのであり、それは戦時中の日本においても同じだ。主人公は少女時代、たまたまヒトラーを歓迎する民衆の列に並んでいて、通りかかったヒトラー本人に抱きあげられるという「奇跡」のような経験をする。当時それは夢のような素晴らしい経験だったのであり、両親の自慢の種になる。その後、主人公一家が被る数々の悲劇。

すべての少年少女は、戦争に勝つために、それぞれの役割を果たさなければならない。そして総統は無敵であり、ドイツの唯一の救世主だということを信じなければならない、と教え込まれた。(同書より)

主人公は戦後、アメリカに渡り、アメリカ人として本書を2005年に出版した。真理は細部に宿りたまいき。日常生活の細々とした記述こそが、かの時代の狂気を支えた時代の空気を浮かび上がらせる。いつのまにかなされる学校の教科書の記述の変更。<我ら>と<彼ら>を峻別する思想。根拠を欠いた自民族優越主義。それらの思潮は、現代の僕らの世界とどれほどの隔たりをみせているか。今の日本でこそ、この貴重な回想録は読まれる意味があるように思えてくる。随所に配されている当時の写真が実に効果的だ。

2007年5月 1日

ミュージシャン大貫妙子の品位と情熱

大貫妙子はシュガーベイブの頃から聴いてきた。全く同じ年齢の同時代人だ。僕は筋金入りのファンだ。ファンは歌手の歌の成長とともに育っていくもんだと勝手に思っている。オペラシティ・コンサートホールのコンサート・チケットはあっという間にSOLD OUT。彼女には根強い固定ファンがいるのだ。幸運にも彼女の『ブックルドレイユ・ツアー2007』をみることができた。アコースティックな音色の極上の味わい。金子飛鳥カルテットに、ピアニスト、ベーシスト、今回のゲスト林立夫のドラムスが彼女の歌声と本当によく調和していて心地よい。坂本龍一の『タンゴ』や、大昔のヒット『夏に恋する女たち』を聴いて胸が結構ときめいた。何て品位に溢れ、なおかつ情熱に満ちているんだろうか、彼女の音楽は。歌詞にも深い味わいがあって、まるで短編小説を読んだ後のような感慨が後をひく。ファンの年齢層の幅が広いことは、ステージの前にプレゼントをもって恥ずかしそうに並んだ人たちの姿をみても一目瞭然。

まあイマドキの音楽を嘆いてみても仕方がないのだけれど、せめて<歌>として成立していなければ、歌はすぐに<ゴミ>のようなものになってしまうだろう。

大貫妙子は今後もあくまでもわが道を歩むだろう。それが素晴らしくなくて何だというのか。

2007年4月28日

ひとは死んでも、生き残る~その3

うーむ。まわる、まわるよ、時代はまわる。自分のこれまでの人生で、それなりの影響を受けた人々が次々と亡くなっていく。エリツィンが亡くなったことを先日この欄で書いたら、今度はロストロポーヴィチの訃報が入ってきた。1991年のクーデター未遂事件の時に、亡命先からノービザでモスクワ空港に突入してきたあの熱い熱い音楽家。当時、僕はモスクワ特派員で毎日、ソ連崩壊ストーリーを追うことで右往左往していた。そんな折りに、ロストロポーヴィチはエリツィンへの無条件支持をテレビで語っていた記憶があるけれど、それももう16年も前のことだ。日本贔屓でお寿司のトロが大好きだった人。今年の1月、休暇を過ごしたパリからの帰途、僕はドゴール空港で偶然にも指揮者の小沢征爾さんにお会いした。その時、小沢さんからお聞きした話では、ロストロポーヴィチとオーディションの審査員をやっていたけれど、途中、ロストロポーヴィチが体調を崩してモスクワに急遽戻ったということを聞かされた。80歳だ。体調はそれほど万全ではなかったのだろう。結局、ワシントンのケネディ・センターでの指揮をみたのが最後になってしまったけれど、ああいう熱い音楽家は、商業主義全盛の今の音楽ビジネスの世界からはもう出てこないのではないか。合掌。

2007年4月24日

ひとは死んでも、生き残る~その2

おととい、この欄に故・東由多加のことを書いたら、その翌日の23日に、2人の人物が亡くなったことをニュースで知って、結構感傷的になっている。バカか、俺は。その2人というのは、ロシアのボリス・エリツィン前大統領と、アメリカのジャーナリスト、デイビッド・ハルバースタムである。エリツィンは僕がモスクワ特派員時代に取材対象だった人だ。欠点だらけの政治家だったが、憎めないキャラクターだった。ウォッカ好きの酔っぱらい。ロシア人は総じてゴルバチョフよりもエリツィンを好いていた。将来、学校の歴史の教科書にゴチック太文字で書かれるのはゴルバチョフの方だろうが、ソ連の崩壊、冷戦構造の終焉は、エリツィンなしにはありえなかったことだと思う。ゴルバチョフひとりの力、ましてやレーガンの力ではないのだ。エリツィンの役割は魯迅の小説に登場する「馬鹿」の力だ。ロシア最高会議ビル前で戦車に駆け上って民衆に応えた姿を忘れない。

もうひとりのジャーナリスト、ハルバースタム。こういうジャーナリストがいたので、アメリカは救われたのだ。彼がジャーナリズムの機能の中心に据えていた「アジェンダ・セッティング(議題設定)」という言葉の重みを、いまの日本でヒリヒリするくらい考えている。胃液が大量に分泌される思いがする。本当に、ひとは死んでも、生き残る。ちょっと、この項は「業務外日誌」的じゃないね。

2007年4月22日

ひとは死んでも、生き残る

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『月へのぼったケンタロウくん』
2007年4月、ポプラ社

2000年のことだが、故・東由多加が柳美里の出産に深く関わって、まるで自らの生命を賭すように、死の間際に「童話を書きたい」と擦れ声で語っていたシーンが脳裏にこびりついている。柳美里は東の死後、この言葉を忘れてはいないことを、身を以て証明したかったのだろう。『月へのぼったケンタロウくん』(柳美里 ポプラ社)。この本の一行。

おじいさんは死んでも、おじいさんとのやくそくは生きていたのです。

ひとは生物として死んでも、社会的な事実として、生き残る。ひとの記憶のなかに、思い出のなかに、あるいは関わった、交わったひとびとのその後の生き方のなかに、価値観のなかに、その人間の痕跡は生き残る。そのひとへの思い、愛情、憎しみ、ともにした悲しみ、ともにした喜びは、残る。

ただ、この童話の挿絵は、勝手に自分が思い描いていたイメージとちょっとズレていて、戸惑ったのが正直な感想だ。淡く、きれいで、どこか東の思いの濃度と釣り合わない気がしたのだが、もちろん柳美里にとってみれば大きなお世話だろう。

2007年4月21日

血塗られたダイアモンド

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映画『ブラッド・ダイアモンド』はよくできた娯楽作品だ。徹底的にハリウッド的、つまり「善-悪」二元図式が貫かれる。主役の白人ディカプリオと、白人女性ジャーナリスト役のジェニファー・コネリー、それに家族を思う「よい黒人」役のジャイモン・フンスーの3人を善玉側の中核に据えてドラマが進行する冒険大活劇である。ジェニファー・コネリーという女優は魅力的だなあ、などと、この映画を楽しんで、しばらくしてから、僕はぼんやりと考えた。この映画を『ダーウィンの悪夢』のフーベルト・ザウパー監督がみたら何と評するだろうか。笑うか。舌打ちするか。怒りだすか。そんなことを思ったのは、ザウパー監督が以前、次のように言っていたからだ。

『ダーウィンの悪夢』では、ある魚の奇怪なサクセス・ストーリーと、この「生存適者」をめぐる一時的なブームを、新世界秩序と呼ばれる、皮肉で恐ろしいアレゴリーに変形することを試みた。だから似たような映画をシエラレオネでもつくることができる。魚をダイヤに変えるだけでいい。(『グローバル化と奈落の夢』より)

シエラレオネのダイアモンドをテーマにつくられたハリウッド映画。頭ごなしに否定の言葉を投げつける気になれないのは、この映画を見終わった観客の相当部分は、今後、ダイアモンドを嬉々として購入したいとは思わなくなるような気がするからだ。甘いかな。

2007年4月17日

世界はつながっている〜『アモーレス・ペロス』

映画『Babel』については、この「業務外日誌」欄で、今年の1月5日、11日に記してきたが、そのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の旧作というか実質的なデビュー作『アモーレス・ペロス』をみる機会があった。世界はつながっている。この映画は『Babel』の原型みたいな映画だが、密度は『Babel』以上かもしれない。闘犬(Dog Fight)に群がる貧しき人々や、元左翼ゲリラのインテリ殺し屋の漂流する人生、超売れっ子モデルが見舞われる理不尽な運命が、複雑なこより糸のようにつながっていく。運命の不可知論。演じている役者たちの何と人間くさいことか。登場する誰もが絶対的に正しくなく、誰もが問題を抱えている。救いはどこにも用意されていない。この映画の視点は、敢えて言えば、誰の悲運をも平等に見据える神の視点なのかもしれない。

2007年4月15日

カザフスタン/アメリカ、どっちがひどい?

ワシントンDCの友人から送られてきたDVDで映画『Boяat』をみる。アメリカでは大受けした映画だという。荒筋は、カザフスタン人の特派員Boяatが、自国民のためにアメリカに派遣され、アメリカ人の生活様式をリポートするという触れ込み。ところがBoяatは途中からそんな任務なんてどうでもよくなって、ロス在住のアイドルタレントに会いに行くために旅に出るという一種の「トンデモ」映画である。見終わっていやあな不快感が残る。なぜなのだろうか? ひとつはカザフスタンという「後進国」に対するこの映画の露骨な「嘲り」が度を超しているということがある。Boяatの奇態な振る舞いは、パロディとしての敷居を遙かに踏み越えていて、本当のカザフスタンの人々がこの映画をみたら確実に怒り出すだろう(主役のBoяatはロシア系アメリカ人)。一見、マイケル・ムーア的なロードムービー的突撃取材で、さまざまなアメリカ人たちに接し、彼らの生活ぶりを取材するのだが、そのやり方は言いようのない不快感を残すのだ。あざといのである。この映画の制作者たちの言いたいことはおそらくこうだろう。「こんなにヒドいカザフスタン人特派員なんですけれど、彼の目に映った私たちアメリカ人と、一体どっちが本当にクレイジーだと思いますか?」 多くのカザフスタン人がいまだに抱いているユダヤ人への偏見、アメリカのキリスト教原理主義者たちの奇怪な集会、保守的な上流社会のサークルのうわべだけの寛容さなど、登場してくるアメリカ人の断面を斬りつけるのに、それよりももっと「劣った」狂言回しを設定する身振りが、この不快感のみなもとのような気がする。こういう映画がアメリカで受けたことのアメリカ社会の不健康さこそが問題なのだろう。

2007年4月13日

田中泯の舞踏ロードムービー『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』

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きのうこの欄で書いたばかりのローザスが、ヨーロッパの垂直方向に挑む舞踏、受苦としての恍惚をめざす舞踏だとすると、田中泯の舞踏は、まずそこに「ある」ことから始まり、そこと同化する、横たわる、水平方向の舞踏であって、受苦(passion)という考え方はない。インドネシアを45日間かけて旅をしながら踊るような、歩くような、ただただ風景に同化するような不思議な移動ロードムービー『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』(油谷勝海監督)。この強烈な「郷愁」はどこからくるのか。自分がアジア人であることに拠るのか。冒頭のインドネシアのこどもたちの路上での踊りにガツンとまずやられる。観客としての牛が田中の踊り、存在感に恐怖を抱いて激しく反応するシーン、水田の沼で踊る田中にインドネシアのこどもたちが一斉に泥を投げつけるシーンなどいくつもの印象深いシーンが脳裏に残っている。映像に溢れる緑色が美しい。

2007年4月12日

ローザス 限界に挑む舞踏

ベルギーに拠点をおくダンス・カンパニー、ローザスの「デッシュ(Desh)」をみる。アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル振り付けで自らもステージで踊る。「デッシュ」は、インド音楽ラーガが基底にある舞台なのだが、この音楽がもつ独特のグルーブ感にシンクロして、3人のダンサーが、漂うようにたゆたうように、時に切れのよい捻れが加わり、痙攣的な美が醸し出される。何と言っても、ジョン・コルトレーンの「インディア」(ヴィレッジ・ヴァンガードでのライブ盤)を舞うサルヴァ・サンチェスのソロが凄まじい。途中、あまりにも緊張を強いられて、その緊張の糸がプツンと切れて、ステージ端で呼吸を整える場面があった。ケースマイケル自身も、最後のパートではマリオン・バレスターについて行けず、何度か休止していた。ローザスはやはり、限界に挑むヨーロッパ型舞踏の代表なのだ。インド古典音楽を素材にしていても。

2007年4月11日

スラヴォイ・ジジェクの強靱な思考

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『イラク ユートピアへの葬送』
2004年5月、河出書房新社

イラクのサダム・フセイン政権が崩壊してから昨日で丸4年が経過した。イラクについてあまりにも多くのことが語られているので、もはやそれらの言説を遮断しようと言う無意識の機制が働き、イラクは日本人にとってはもはや過去のことになってしまったかのようだ。2004年の本だが、スロベニアの思想家スラヴォイ・ジジェクの『イラク ユートピアへの葬送』(原題 IRAQ: The Borrowed Kettle 借りてきた薬缶)を読む。ヨーロッパ、しかも旧東欧圏からのこのような強靱な思考に立ち会うと、日本やアメリカの薄っぺらな物言いが恥ずかしくなる。ジジェクはイラクを薬缶に例えているが、開戦前、武力攻撃をめぐって、ブッシュとパウエルの間で交わされた会話に「壊した花瓶」の例えがあったことを思い出した。お店にズカズカ入っていって誤って花瓶を壊してしまったら、そのお客は当然その花瓶代を払わなきゃならない、とか何とかのパウエル発言があったというウッドワードの記述だったと思う。いずれにしても、イラクはアメリカにとっては、花瓶か薬缶のような存在なのか。この本の注釈で初めて知ったのだが、例のジェシカ・リンチの救出劇の後日談。彼女を病院で手厚く看護し実際の救出に関与したイラクの医師、アリ・リハイエフが、その後、彼女の故郷ウエストバージニア州を訪ねたところ、彼女は回想録の出版準備に忙しいということで面会を果たせず、さらに地元市民たちは「ラマダン」断食中のリハイエフ氏の事情を全く考えずに大宴会を準備し、メインに特産豚ハムを用意していたという。この一方的な善意の臆面のなさを指摘できるのはジジェクだからである。
ジジェクのラディカルな思考は、冷戦終結以降のリベラルの総退却を根底から撃っている点にある。社会主義の可能性をいち早く売却処分に付したリベラルたちこそが最も反動的だと言っているかのようだ。

その本質上ユートピアは、不可能な理想社会を思い描くこととは関係がない。ユートピアを特徴づけるのは、どこにもない(u-topic)空間を、文字どおりに構築することなのであって、それは既存の限界の、すなわち現存の社会空間において「可能」であると思われるものの限界の、外側にあるような社会領域の構築である。(同書より)

ジジェクは、マリオ・バルガス=リョサの『世界終末戦争』に描かれたカヌードスという実存したユートピア・コミュニティに触発されて、大まじめにその可能性を語っている。俗流コミュニズム崩壊のあとのコミュニストの良心はいかにして可能か。ジジェクの発言にそのほのかな可能性を垣間見ることができる。

2007年4月 8日

ブログ化する小説の「不健康」をどうみるか?

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『わたしたちに許された特別な時間の終わり』
2007年2月、新潮社

携帯メール・ブログ・ニート時代の来るべき小説なんてものがあるとしたら、これなのだろうか。『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(岡田利規 新潮社)。その昔、「極私的」という言葉が流行って、詩人の鈴木志郎康が書く「プアプア詩」を読んでいたことがあったが、この小説に比べたら何と「プアプア詩」は健康(!)だったことだろう。『三月の5日間』は、イラク戦争が始まる直前にいわば行きずりの男女が渋谷のラブホテルに4泊5日してヤリまくる話だが、かと言ってポルノではない。大体、性描写がほとんどない。それはあの当時でさえ上滑りしていた日本の「反戦」気分を捉えようとしているようにも読めるが、僕は、これは、ひょっとして井上陽水の『傘がない』なんじゃないか、などと唐突に思い始めた。この「つながりの欠如」は、一見、反戦運動が求める「連帯」「共闘」とは対極にあるようにみえるが、しかしながら、ほんのとなりに近接しているものだ。むしろ僕にはこの本に収録されている二作目『わたしの場所の複数』の方に強い魅力と反発を同時に感じた。ほとんどブログ日記を模したようにダラダラと書かれているこの小説に漂う絶望と渇望。作者のことは何も知らないが、前田司郎とか本谷有希子とかとおんなじ圏にいる人なのかな。

2007年4月 7日

極度の後味の悪さ/学者であることの誠実性

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『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』
2007月4月、亜紀書房

宗教学者・島田裕己は、実は僕の高校の同窓生で、都立西高時代、クラブ活動で園芸部に所属していた彼は、よく部室にあった植物に水をやったりしていたのを目撃した記憶がある。とてももの静かな高校生だった気がする。と、こんなことを記しても、島田裕己について、ほとんど何も語ったことにはならない。当たり前である。大体、僕は島田君とは、僕がしょっちゅう隣のクラブ部屋にたむろしていたとは言え、面識もなく、おそらく一度も会話を交わしたこともなかったかもしれない。彼の近著『中沢新一批判、あるいは宗教的テロリズムについて』(亜紀書房)を読んで感じるのは、オウム事件の時に彼が被った受難とは別次元で、これは結構きびしい場所に彼が追い込まれているのだな、という極度の後味の悪さだ。オウム事件当時のさまざまな言説のなかで、中沢新一と浅田彰が雑誌『諸君』で行った対談は、<学者であることの誠実性>という点で、今でも記憶に残っている、一言では表現できないような後味の悪い代物だった。その<学者であることの誠実性>にこだわって本書が書かれたのだとしたら、中沢を論難するその手法・ロジックの性急さに違和感を覚えざるを得ないのだ。ちなみに僕はあれ以来、中沢や浅田の著述はひとつも読んでいない。

2007年4月 6日

最初の女性宇宙飛行士テレシコワの秘話

仕事柄たくさん手元に情報紙が届く。対文協(JCA)のニュースレターもそういうなかの一つだが、最新号にとても面白い記事が掲載されていた。ソ連時代から続いている『論拠と事実』に載っている記事の要約だが、世界初の女性宇宙飛行士、ワレンチナ・テレシコワが古稀を迎えたのを機に書かれた初の宇宙飛行当時の秘話。これがとても面白いのだ。テレシコワを含む5人の女性が宇宙飛行士の秘密部隊としてソ連指導部から招集された。当時の共産党書記長はニキータ・フルシチョフ。訓練から選抜に至まで、すべてが厳格な国家機密のベールの中で行われた。もっとも面白いのは、宇宙飛行中、テレシコワが何度も気を失い、何も食べられず、常に吐いていたという。しかし、彼女はソ連のPRのためカメラに向かって何度も微笑み続け「私はかもめ、飛行は順調」と伝えたのだという。しかし我慢できず「わっ、大変」と何度も叫んだのだという。地球に帰還したときも気を失い、病院で正気に戻ったが、ソ連指導部は、帰還後の「まともな姿」を報じる必要からテレシコワに宇宙服を着せ、着陸地点に戻してテレビ用の撮影が行われたのだという。今で言う「やらせ」である。事実は国家によって操作される場合すらある。だから真実かどうかを国家が判定するということは本当は危険きわまりないことなのだ。テレシコワさんは「わたしはかもめ」だったが、本当はその前にひとりの人間だったのだ。

2007年4月 5日

アメリカの洒落っ気商品をいただく

NY在住のAさんが久しぶりに東京に帰ってきて先日お会いした。彼女から小さなおみやげをいただいたのだが、それが、ブッシュ大統領退任までの残り時間を秒単位までカウントダウンするウォッチつきのキーチェインなのだった。結構アメリカでも人気があるらしい。(日本でも入手可能だそうだhttp://www.shop-com.jp/op/prod-41340648)。こういう洒落が商品になるところがいかにもアメリカだな、と思う。ちなみにブッシュ氏が大統領として最後の日となるのは、新大統領の就任式が行われる2009年1月20日である。この日、大統領の就任式でバイブルに手をおき、宣誓を行う人物は誰なのだろうか? 話題は専らそっちの方にと向かったけれど、アメリカ政治史上、初の女性大統領とか有色人種大統領とかが登場している可能性があるのだから、かの国の政治のダイナミズムの幅広さを考えさせられる気がする。ところで、Bush’s Last Day Keychainの方は、今も快調に時を刻んでいる。僕らの国で、このような洒落が通じるまでには、まだ相当の時間がかかるのかもしれない。

2007年3月27日

寺山修司のクエスチョンズ

中国映画の『ルオマの初恋』をみて、思い出したのが、1968年のATG映画『初恋・地獄篇』だった。寺山修司・羽仁進の共同作品だが、寺山色が強烈に前面に出ている。僕のもっとも好きな映画のひとつだ。VHSテープをどこかでなくしてしまったらしいので、DVD化されているものを購入して、ずいぶん久しぶりにみた。そこで思わぬ収穫を得た。予告編だ。そこに脚本を担当した寺山自身が登場してきて、7つの質問を読み上げる。かつて寺山が村木良彦と組んで作ったTBSのドキュメンタリー『あなたは……』と同じような手法。とても面白い寺山ワールド。7つの質問とは以下のようなもの。

①風呂場の中で、あるいは鏡に向かって、あなたは自分の裸をしみじみと見つめてみたことがありますか?
②初めて女の人の裸をみたのは何歳の時でしたか?
③お父さんとお母さんが抱き合っているのを見たことがありますか?
④おうちの近くにお墓がありましたか?
⑤SEXについての知識を最初に教えてくれたのは誰でしたか?
⑥時々、初恋の人を思い出すことがありますか?その人は今どこに住んでいますか?何をしていますか?
⑦地獄の絵をみたことがありますか?

1968年の新宿あたりの風景=空気がこの映画には充満している。新宿の西口広場に正時ごとに流れていた武満徹の電子音楽が懐かしい。胸が締めつけられる想いがする。風景=空気は変化する。昔の森山大道の写真の風景をみる思いか。何を僕らは失ってしまったのか。

2007年3月26日

タリバン政権・極限下の人間の尊厳

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『カブールの燕たち』
2007年2月、早川書房

フランスに亡命したアルジェリアの元軍人が書いたという小説を読んだ。『カブールの燕たち』(早川書房)。舞台はタリバン政権下のアフガニスタンの首都カブールである。ヤスミナ・カドラという女性名のペンネームで書かれたこの小説は、イスラム原理主義を標榜するタリバン政権の非人間性を、2組の夫婦のストーリーを交差させながら深く深く告発している。これは夫婦愛の小説だろうか。そうも言えるけれど、僕にはむしろ極限下の人間の尊厳をテーマにしているように感じられた。つまり、同様の作品は、ひょっとして、クメール・ルージュ政権下のカンボジアでも成り立ち得たのかもしれない。作品中に随所に登場するチャドリ(=ブルカ)の物乞いの映像がくっきりと脳裏に浮かんできた。個人的な思い出になるが、2001年、陥落直後のカブールに取材に行ったときの記憶がよみがえってきたのだ。ブルカは素顔を隠しているだけに、それを着ている女性たちの匿名の暴力性をかえって発していたようにさえ感じた。けれども、アメリカによる対アフガン戦争で、タリバン政権が崩壊したあとのアフガニスタンは、この小説の時代よりも幸福になったのだろうか。夢中でストーリーを追っていくと、つまらない誤植が2カ所あって、ちょっと悔やまれる。

2007年3月25日

今の日本が失っている「品格」と「社会的」感覚

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『社会』
2006年10月、岩波書店

遅ればせながら、一部で高い評価を得ている市野川容孝『社会』(岩波書店)を読む。市野川の論文はこれまでも『現代思想』などで目にとめていたが、今の日本のカルい社会学者群のなかでは際立ってマトモな学者だと思っていた。

この本を読み終わって大昔のエピソードを思い出した。昔、戦時下の日本の特高警察が、治安維持法に基づき「赤狩り」をした際、本箱にあった「昆虫社会」というタイトルの本を危険思想文書として押収していったという実話だ。「社会的」という語にまとわりついている日本の理解のレベルは、その当時と現在とでそれほどの変化がないのではないか。
ちょっと長い引用になるが、以下の部分はすとんと納得がいった。

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2007年3月22日

聖戦・殉教・自爆攻撃・復讐・自爆テロ・人間爆弾・人殺し

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映画『パラダイス・ナウ』をみる。パレスチナ人監督ハニ・アブ・アサドの作品。すでに一部で評判になっていたので是非ともみておきたいと思っていた。それに村上由見子さんの『ハリウッド 100年のアラブ』にも触発され、パレスチナ人が自分たち自身をどのように描いているのかに興味があった。ヨーロッパでは大好評を博した映画だ。アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされた際に、自爆攻撃のイスラエル人遺族らからボイコットすべしとの声明が出された。いくつもの台詞が頭のなかでまだ渦巻いている。
ハレドとスーハの会話。
   
「平等に生きられなくても平等に死ぬことはできる」
「平等のために死ぬのなら、平等に生きる道を探すべきよ」
「あんたの人権団体でか?」
「たとえばね、イスラエル側に殺す理由を与えないの」
「無邪気だな。自由は闘って手に入れるものだ。不正がある限り殉教は続く」
「殉教じゃないわ。復讐じゃない。人殺しに犠牲者も占領者も違いはないわ」
「奴らは空爆する。俺たちは自爆しかない。全く違う」
「何をしてもイスラエル軍の方が常に強いのよ」
「死は平等だ。俺たちは天国に行ける」
「天国は頭の中にしかないわ」

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2007年3月19日

みずみずしい中国の初恋映画『ルオマの初恋』

初恋映画と言えばその昔、『初恋・地獄篇』のなかで、主人公の少年が「初恋だあ!」と叫ぶシーンが今でも鮮烈な記憶として残っている。あれは高校生の時にみた映画だ。初恋は世界を変える甘美な革命だ。げっ! こういうアホなことばを書きたくなったのも、中国映画『雲南の少女 ルオマの初恋』をみてしまったからである。雲南省の少数民族ハニの少女ルオマの初恋を描いたこの作品では、美しい棚田の風景と、主演のリー・ミンの圧倒的な存在感に魅了される。監督のチアン・チアルイという人のことは何も知らないが、チャン・イーモウ監督と同じように、現地でのオーディションを重視するタイプの人のようで、ハニ族の現地の生活圏に入り込んでルオマ役の少女やおばあちゃん役を探し出したのだという。だから演じている人たちから文化・慣習が自然に伝わってくる。ノスタルジア。最近みるもの聴くものに、郷愁を感じるのは自分が歳を重ねたということだろうな。

2007年3月16日

こいつぁ、とびきり面白れえや!

最近読んだ本のなかで、これほどゾクゾクした本はない。

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『ハリウッド100年のアラブ』
2007年2月、朝日新聞社出版局

わが畏友・村上由見子さんの『ハリウッド・100年のアラブ』(朝日選書)だ。もう今年のベスト3に入れとこう。「楽しい知識」(la gaya scienza)という言葉さえ思い出してしまった。そうだ、知ることって、本当はこんなに楽しいんだよな。<西欧>が<外部>をどのように認識してきたのかたどる精神史の記述である。すでに村上さんは名著『イエロー・フェイス』(同じく朝日選書)で、ハリウッド映画がアジア人をどのように描いてきたかを鋭く論究していた。今回は、西欧が抱いてきたアラブの肖像である。ブッシュ政権下のお馬鹿さんのアメリカにあっては、極論すると、9・11以降は、アラブと言えば自爆テロリストというありさま。だからこそ、この100年のあいだに、西欧社会が変わることなく、あるいはいっそうの深化を経て、アラブ、イスラム世界に対する偏見、ステレオタイプ、排除、差別を貫いてきたかを調べることはとても意味がある。読んでいて目から鱗の新発見だらけ。村上さんの本が面白いのは、その抜群のセンスの良さと豊かなユーモア感覚に由来する。中東専門学者とかジャーナリストって、そういう才能、なかなか持ち合わせてないと思うよ。

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2007年3月15日

マグナムが撮ったTOKYO

写真家集団マグナムと言えば、ロバート・キャパやアンリ・カルティエ=ブレッソンの名前が思い浮かぶ。彼らマグナム集団が、占領下から現在に至るまで、東京を被写体として連綿と撮り続けてきたことを、こうしてまとめて見ると、日本の<戦後史>が自然と浮かび上がってくる。写真美術館で開催されている『マグナムが撮ったTOKYO』はなかなか見ごたえのある写真展だ。みているうちに、不思議な郷愁が沸いてくる。自分が生まれる前の風景にさえ。例えば、ロバート・キャパが1954年に撮った東京駅ホームでの「ラブシーン」。何と温かい写真だろうか。1961年にバート・グリンが撮った東京の子どもたちの無垢な姿。1964年にレイモン・ドゥパルドンが撮った東京オリンピック閉会式に列席した当時の皇太子夫妻(現在の天皇・皇后)。若き美智子妃の美しい姿が記録されている。ブルーノ・バルベイが1971年に撮った成田空港建設反対デモ。時代の凄まじい熱気。80年代の写真にはホームレスが登場してくる。90年代のバブル期のTOKYO。お台場のフジテレビ社屋が撮影されている。たくさんのTOKYOをみてきて、日本人である僕らに否応なく意識されるのは、<異世界>をみる欧米の視点だ。今年で創設70年を迎えたマグナムの写真展としては、同時テロ事件の写真展よりは、はるかに僕ら日本人にとっては近しい。つまり、郷愁。

2007年3月14日

ディクシー・チックスの新CDは勝利宣言だね!

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『Taking the Long Way』Dixie Chicks
2006年5月、Sony

ワシントンDCのIさんからディクシー・チックスの新CDが送られてきた。早速聴いたけれど、これがかなりいい。タイトルが『Taking the Long Way』。CDのトップに据えられているこの曲を聴きながら、ああこれはディクシー・チックスの勝利宣言だよね!と思わずほくそ笑んでしまった。自分たちは敢えて「Take The Long Way」(遠回り)する覚悟だよ、と軽やかに歌う歌詞の含意は明快だ。イラク戦争に反対して「ブッシュ大統領と同じテキサス出身だってことが恥ずかしいわ!」とコンサートで発言したことから、アメリカ国内で激しい排斥運動に直面しながらも不屈の意志を貫いた彼女たちの想いがある。彼女たちはついにはグラミー賞を獲得した。当時、実際に彼女たちのコンサートをみたけれど、メインヴォーカルのナタリー・メインの突っ張り具合が実に小気味よかった。彼女たちを支えたスタッフのチームワークも相当に強固だったんだろうな、と想像される。あらゆる情況は変わる。今のようなヒドい日本の情況だって、いつの日かは。

2007年3月12日

KIKI BAND はオーチン・ハラショーだね

週末に南青山「月見ル君想フ」梅津和時KIKI BANDのライブをみた。梅津さんのライブをみるときはこっちも体調がよくないとや負けちゃうので腹ごしらえをと思ったが、時間がなくて空腹のまま聴いたので、かなりこたえた。オーチン・ハラショーである。躍動感、疾走感は格別。会場に若い客が結構混じっていて嬉しい。バラードの「発端は破綻」がよかった。甘美。ギターの鬼怒無月はひたすら禁欲的に突っ走っていたし、早川岳晴も痩せすぎていたけれども快調。ドラムスにジョー・トランプ。演奏前にラーメンとかいっぱい食べてたようで、実にパワフルだった。こんなふうに世界に通用する開かれたバンドが日本にはまだまだいるぞ。

2007年3月 9日

凄みを増したステラ・アラウソ

アントニオ・ガデス舞踊団のギタリスト、アントニオ・ソレーラさんが、渋谷で起きた火事で逃げ遅れた女性を助けたといういい話が新聞に載っていた。東京公演のために渋谷に泊まっていたソレーラさんだが、好物のラーメンを食べてホテルに帰る途中に、マンションの火事にたまたま出くわし、逃げ遅れた26歳の女性に「私の胸に飛び降りてきなさい!!」と道路から大声で呼びかけて、2階から飛び降りたこの女性をキャッチしたのだという。火事が起きたのが未明の午前4時だというんだから、ソレーラさんはよっぽどラーメンが食べたくて渋谷を捜し回ったんだろう。

そのソレーラさんをみた。ギターを熱演していたぞ。演目は十八番の『カルメン』。これは作品自体がほとんど極限まで完成品になっていて、ガデス舞踊団の出し物のなかでもとても質が高い。群舞の魅力に加え、カルメン役のステラ・アラウソが凄みをどんどん増してきている。昔みたクリスティーナ・オヨスのそれも鬼気迫るものがあったが、ステラのカルメンは肉感的で迫力がある。それに比べて、アドリアン・ガリアのドン・ホセは何だか軽いのだ。敵役の男の方が結構重厚で、僕がカルメンならあっちの方に行っちゃうよな、と思ってしまうんだから、やはりガデス本人と比較されるのは辛いだろうな、と思う。けれどもやはりガデスの子どもたちはきっちりとガデスを継承しているぞ。しあわせな気分に浸れた。

2007年3月 8日

ジャン・ボードリヤールの死というニュース

フランスの思想家ボードリヤールが死去したというニュースをきのうの深夜になってから知った。遅くに帰宅してから読んだ朝日新聞の夕刊で知ったのだ。テレビやネットは速報性が命だと言ったって、こういうニュースはなかなか届かない。大体いまという世の中は、「フランスの一思想家の訃報なんかニュースじゃないぜ」と思っている人たちが、ほとんどという荒れた世の中になってしまったのだから。銭もうけに結びつかない情報は価値が低いとされているのだから。消費社会への分析を先駆的に行ったボードリヤール自身が、ニュース「商品」のなかでは、消費の対象でさえなくなったという冷徹な現実。先日、再読したスーザン・ソンタグの本の中で、彼女が、ボードリヤールやアンドレ・グリュックスマンらを厳しく批判しているような箇所に行き当たって考え込んでしまった。かつてボードリヤールがメディア社会の現実について分析するなかで、「現実はもはやテレビのように進行してしまっている」と断じるとき、ソンタグは「現実は決してテレビのようには進行しない」と反論しているようにみえる。僕にはそのどちらの主張も正しいように思えたのだ。ものを言う立ち位置。サラエボの地で「現場」性にこだわってものを言っていたソンタグと、フランスのアカデミズムの伝統の中から自由奔放にものを言っていたボードリヤールとでは、その立ち位置が異なっているのだ。ついでに言えば、僕は写真入り四段でボードリヤール死去を報じた朝日新聞の価値判断を排撃する気は全くない。

2007年3月 4日

シルク・デュ・ソレイユは進化している

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評判のシルク・デュ・ソレイユ『ドラリオン』をみた。ポカポカ陽気のなか、代々木公園のフリマとタコ焼き屋台とストリートミュージシャンたちを横目に見ながら通り過ぎると、特設テント会場に着く。シルク(仏語でサーカス)は見せ物だから、ワクワクする猥雑さがどこかに漂っているものだ。花園神社のテント小屋の蛇女と本質的にはおんなじ。舞台の上は、中国とアラブとロシアと東南アジア、それにアフリカが入り混じった、要するに正統ヨーロッパからみたエキゾチズムの見本市みたいなキャラクターたちの乱舞が続く。なかでも中国雑伎団の技はとんでもなく興奮を誘う。一人の少女が演じた「シングルハンド・バランシング」は、まさに驚愕の技だ。みているうちに、この『ドラリオン』はアクロバティックな要素がすごく多いな、と感じる。『バラカイ』や『コルテオ』を知っているので、そう思うのか。訊いてみたら何と、この『ドラリオン』は1999年初演なのだった。つまり『バラカイ』『コルテオ』よりもずっと以前の作品なのだ。としてみると、シルク・デュ・ソレイユは明らかにアートの洗練された方向へと進化し続けているというのが実感。『ドラリオン』というタイトルは、中国の最強の動物ドラゴンと西洋の最強の動物ライオンの合成された造語だそうだが、この作品は、「西と東の融合」と言うよりは、西欧から見た異世界=異形のものたちの競演といった方が正確だと思う。アラブやロシアやアフリカの造形は、今となっては少しステロタイプの度がすぎている感も否めない。とは言え、この作品も十分に楽しめた。ラスベガスで大評判になっている新作『ラブ』がみたいものだ。何とシルク・デュ・ソレイユとビートルズの曲とのコラボレーションだとか。シルク・ドュ・ソレイユは、今回の『ドラリオン』よりもずっと進化している。

2007年2月28日

ダーウィンの悪夢・沖縄バージョン

先週の後半、久しぶりに沖縄に行ってきた。と言っても、仕事での出張絡みだった。那覇以外にも恩納村に足を伸ばした。地元の旧知の人たちと話す機会があった。沖縄と言えば米軍基地のことしか話さないようなタイプの人たちとは全然違う人たちだった。彼らの話を聞いているうちに、沖縄の風景の急激な変わりようと相俟って、いろんなことを考えさせられた。唐突だけれど、僕は映画『ダーウィンの悪夢』のことを思い出していた。「格差」という矛盾が一番露骨に現れている土地がひょっとして今は沖縄になっているのかもしれない。沖縄は今、空前の不動産バブルにあるのだという。ガイシ(外資)という名のナイルパーチが沖縄に次々に放流され、このガイシは沖縄を食い荒らしている。青い海を見下ろす丘陵地に次々とガイシやホンド資本が入ってきて、高級リゾートや別荘を次々に建てる。沖縄好きのブンカジンもそこに別荘をもって快適な暮らしを始めている。どこが悪いんだい?と言われれば、それまでだけれど。石垣島の土地も、芸能人の別荘とかがバンバン建っている。団塊世代が第二の人生を始めるということで沖縄に移住するケースが増えているが、ガイシや、なぜかお金をたくさん持っている若い人たちが、ダンカイなんてお構いなしにどんどん土地を買い漁る。だから地価がどんどん上がる。それで、もともと沖縄に生まれ住んで暮らしている人たちは幸福度が増すんだろうか? ガイシが入れば雇用が増える。沖縄は全体としてはものすごく豊かになったよ。ガイシもホンドも地元資本もカネであることに何の違いがあるんだ?と問い返されれば僕も答えに窮する。『ダーウィンの悪夢』と一緒にするなよ、との反発の声も聞こえてくるような気がする。ならば、この業務外日誌は書かなかった方がよかったかと自問すると、書くべしとの内心の声を抑えられなかった。

2007年2月25日

ガデスなきガデス舞踊団をガデスがみたら

アントニオ・ガデスが亡くなった翌年(2005年)に設立された財団によって、ガデス舞踊団は維持されることになった。けれども「ガデスがいないガデス舞踊団なんて」と、どこか心の中で思いながらも、フラメンコに流れるパッションはそんなに簡単に潰えるものではないと思い直したりもしていた。渋谷のオーチャード・ホールで、そのアントニオ・ガデス舞踊団の名作『血の婚礼』と『フラメンコ組曲』をみた。ガデスの役回りを演じるアドリアン・ガリアは本当にガデスそっくり。でも僕は、ガデスの実物を見てしまっているからか、どこかもの足りない気がするのだ。ステラ・アラウソの方は、すでにガデスと共に踊っていたのを見ているので、ますます凄みを増したことがわかるのだが。前半の『血の婚礼』はこれ以上の短縮版はないと思えるほどカットされているので、スケールが随分小さくなったようで正直がっかりした。ところが休憩を挟んで始まった『フラメンコ組曲』の方はガデス舞踊団の名前の面目躍如といった感じで素晴らしかった。ガデス舞踊団の魅力は群舞にある。94年の『アンダルシアの嵐』は群舞の究極まで行った作品だったと思う。きょう見た『フラメンコ組曲』も群舞の切れがよい。群舞には精神性が宿る。それは共和制とかコンミューンとかいう語とどこかで通じる精神性だ。おしまいの方で、中央に円陣を組んで天空にダンサーたちが手を差し伸べるシーンがある。天国にいるガデスへのオマージュを表しているようだ。ガデスなきガデス舞踊団の舞踊を天国のガデスがみていたら、厳しい言葉を吐くのだろうか。そんなんじゃダメだ、と。けれども僕にはガデスが、何も言わずににっこりと笑うような気がしてならない。

2007年2月20日

追悼・ナベゾ=渡辺和博さん

いささか遅すぎる追悼であるのだけれど記しておきたい。『ガロ』系の人がまた一人いなくなった。56歳。膵臓ガンとの闘病生活を送っていたという。ヘタウマ時代の『ガロ』も結構勢いがあったものなあ。その中心にいた一人が渡辺さんだ。家の本棚には『タラコクリーム』『タラコステーキ』に加えて、『熊猫人民公社』とか、それに今でも一番好きな『ホーケー文明のあけぼの』(朝日出版社1985年5月)があった。朝日出版社の「週刊本」シリーズは、今から考えるとトンデモない傑作が含まれていた。『映像要理』(四方田犬彦)、『本本堂未刊行図書目録』(坂本龍一)、『都はるみに捧げる』(中上健次)、『超芸術トマソン』(赤瀬川原平)、『無共闘世代』(泉麻人)等々。なかでも渡辺の『ホーケー文明のあけぼの』は突出して面白かった記憶がある。渡辺和博の作品は、ジメっとしていない一方で独特のペーソスが漂っていた。「熊猫人民公社」では中華人民共和国の集団主義をちょっとおちょくり、「お父さんのネジ」では<人間とロボットの共存と矛盾>という、手塚治虫的なテーマをさらっと描いていたりした。『ガロ』系のパーティーでお会いしたことが2、3回だけあったと思う。その渡辺さんに自分がイラストに描かれたことがあった。モスクワ特派員時代のことだ。あるエッセイストの週刊誌の連載コラムの挿絵用に描かれたもの。当時、東京からモスクワに郵送されてきたその週刊誌の挿絵は、今でも僕の宝物のひとつだ。『ホーケー文明のあけぼの』によれば、こういう人間は「○ホ」だよな、と思う。渡辺さん、やすらかに。

2007年2月19日

Yo La Tengoはまだパンクっぽさを維持してる

ワシントンDCにいた時に、Sさんから教えてもらったYo La Tengoというニュージャージー出身のインディーズ系ロックバンドがあって(いや、彼らの場合、ロックという規定がバカバカしいけど)、その小気味よい突っ張り具合(パンクっぽさ)が気に入っていた。「Nuclear War」という曲が特に。そのYo La Tengoが東京の渋谷でLIVEをやるというので、のぞいいてみた。なるほど3人というのは最小にして最強のユニットだな、と思う。女性のドラマー、ジョージア・ハブリーのおっかないくらいの存在感が際立っている。かっこいいよな。彼らの奏でる音には、バラードあり、ラテンあり、ノイズあり、フリージャズみたいのまであって、実に幅がある。会場のオンエア・イーストは、僕の半分以下の年齢のガキンチョどもや、東京在住の不良アメリカ人たちで一杯だ。破壊的なノイズで盛り上がって「極点」に至るパターンの曲は、何だか薬物の影響があるみたいで、すごいと言えばすごいけれど。アメリカには、まだ、こういう破壊的な過激さを維持しているインディーズも生き残っているのだ。日本にもいなくなっちゃったわけじゃないけれど。でも、(全く関係ない文脈だけど)こないだ聴いた平原綾香とか、やっぱり詞の内容とか少年アニメみたいだもんなあ。Yo La Tengoみたいなのはなかなかいないぜ。

2007年2月17日

歴史の大波のなかで貫かれた愛情

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『ヴケリッチの妻・淑子』
2006年12月、同時代社

これほど美しい生き方をしたと思った女性もなかなかいない。片島紀男『ヴケリッチの妻・淑子』(同時代社)は、「ゾルゲ事件」で日本の特高警察に摘発されたユーゴスラビア人、ブランコ・ド・ヴケリッチの妻・山崎淑子の生涯を描いたノンフィクション作品だ。「ゾルゲ事件」の最後の生き証人と言われていた山崎淑子は、2006年5月3日、横浜で息を引き取った。90歳だったという。残念ながら僕は、NHKの片島氏によるドキュメンタリー作品『アジアをスクープした男・特派員ロベール・ギランの四〇年』(1992年)と『愛は国境を越えて ブランコ・ド・ヴケリッチ夫人山崎淑子』(1998年)を見逃している。前者の放映時はモスクワに特派員として赴任していたので見られなかったが、後者を機会があれば是非ともみてみたい。この本を読み終えると、軽々な言葉を発することがおそろしくなる。敬虔な気持ちが自然に沸いてくる。TVドキュメンタリーの取材を通して人と関わることの「重さと責任」。片島氏と同じテレビの世界の一端にいるがゆえにそのことを強烈に突きつけられる感じがする。特に今のようなテレビの荒野においては。こうしてはいられない。それにしても、終戦の7ヶ月前に網走刑務所で無念の獄死を遂げたヴケリッチは、あの世から、ソ連邦の消滅と故国ユーゴスラビアの解体をどのような想いでみているのだろうか。理想と希望が潰えていくことだけが私たちの歴史なのではない。本の中で紹介されている淑子とヴケリッチの書簡には、絶望的な状況のなかで、なおも希望が語られていた。

2007年2月16日

ものわかりのいい森山大道

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写真家・森山大道はもはや伝説化されている人物だ。1972年に刊行した個人誌のような写真誌『記録』再刊(第6号)記念イベントがあったのでのぞいてみた。トークショーである。実物の森山大道をみるのは、実は、これが初めてのことだ。黒ずくめのファッション。長髪。全身に含羞が充満しているのかと思いきや、トークショーを聞いているとそうでもないのかな。時代というものは遷ろう。中平卓馬はその間に倒れて記憶をなくしている。だが、回顧に浸るのは早すぎる。何を期待して、僕はここに来たのか。話を聞いているうちに自問し始めた。会場にトークを聞きに来ている人たちは若い人だらけだ。写真を勉強している学生たちだろうか。若い人たちにとっては、森山は神様みたいな存在なのだろう。トークショーが終わって、会場とのQ&Aになって、若い女の子がこんな質問をした。『今は、何か事件のような出来事が起きると、回りの人たちがみんな一斉に携帯についているカメラで映像を撮り始める。ボタンひとつで簡単に映像が撮れる。それを見ていると何だか気持ちが悪くなる。森山さんは長い間、写真を撮ってこられて、撮るのが嫌になることがありませんか?」。随分と鋭い質問をする少女だ。それに対して森山は『長くやっていると何となくうとましいという気分の時もなくはないですよ。僕にとっては、路上スナップというのが基本の写真だから、なるべく歩いて撮ろうと思っている。プロのカメラであろうが携帯であろうが写真は写っちゃう。カメラにはもともと武器というニュアンスがなくはない。僕はそれをあんまり意識しないようにしているけれども、僕も自分なりのモラルコードは最後まであって、撮りたくないものは撮らない。今日は写真撮るのは嫌だなあという日もあります』。誠実な答だったと思うけれども、何だかものわかりがよくて、やさしい声と語りを聞いているうちに、もっと突っ張って欲しいよな、と勝手に思ってしまった。それで思わず聞いてしまった。『1972年と2007年じゃ、見えている風景から<いかがわしさ>が消されていくのを感じていませんか?』と。

森山大道オフィシャルサイト
http://www.moriyamadaido.com/

2007年2月14日

清志郎は元気だぞ!!

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バレンタインデーの今日は、仕事上のことでシンドいことが立て続けに起きて、本当にまいっていた。そんな時に、唯一こちらが励まされるようなとても良いことがあった。忌野清志郎さんがひょっこり職場に訪ねてみえたのだ。2人の女性Aさん、Bさんを連れだって。思ってたよりも、ずっと元気だぞ!! よかった! 1月21日には渋谷BOXXの石田長生ライブにゲスト出演したそうだ。嬉しいもんね。忌野さんにはお願いしたいことが一杯あって、そのうちの最も緊要な用件を頼んでしまった。新しく出版される拙著(リトルモア発行『ホワイトハウスから徒歩5分・増補版』)の腹帯文をお願いしたのだった。僕がワシントンにいた時には爪弾きにされていたディクシー・チックスも、先日、グラミー賞を受賞したことだし、アメリカの空気が変化していることを感じる。『ホワイトハウスから徒歩5分』を記していた時とは随分と違ってきた。日本の戦後史は、アメリカの1~2周遅れのサーキットを歩んできたような歴史だ。本当に夜明けは近いか? 清志郎さんと一緒に見届けよう。

2007年2月12日

ベスト・オブ・モーリス・ベジャール

仕事でパリに来ている。今日は休日だ。ちょっとばかり興奮している。今、ベジャールをみてきたところだ。会場のPalais des sportsは元々がスポーツをみせる会場だから結構大きいけれど満杯になっていた。モーリス・ベジャールの80歳記念の公演『Le Best-of de Maurice Bejart』。集大成といった感じか。『春の祭典』から入る。ベジャールの『春の祭典』は、ピナ・バウシュのとは違って、<犠牲>ではなく、<生のエネルギー>が前面に出ている。この公演のサブタイトルが『愛、ダンス』(L’Amour-La Danse)となっているように、生の躍動=ダンスなのだ。すさまじいエネルギーに満ちた生の賛歌。しかし、休憩をはさんで二幕目に入ってから、愛を阻むものとして<戦争>が提示される。<戦争>のテーマでは、何やら戦闘を称揚するような黒人女性ダンサーが出てきたりして、何だかコンドリーザ・ライスを想起してしまった。それに、どう考えても中国の国家パワーを連想させるような東洋系の男性ダンサーの踊りがあるのだが、その動きがすばらしい。プログラムで東洋系のダンサーの名前をさがすと2人いて、ひとりがKeisuke Nasuno(日本人?)、もうひとりがShi Qi Weng(中国人?)。どっちかな?

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2007年2月 5日

雑誌の連載モノはやっぱり捨てがたい

いくらネットだ、ブログだのと言ったって、本や雑誌、つまり印刷メディアの書き物の魅力は捨てがたいよな、と僕は思っている。大体、このブログだって、本のことについて書いた回が相当に多いはずだ。特に雑誌の連載モノは、その掲載時の世の中の空気と微妙に反応して読む人の意識を揺さぶってくれるので面白い。僕が欠かさず読んでいる雑誌の連載は例えばこんなのだ。

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月刊「ちくま」第431号2007年2月号

★筑摩書房のPR誌『ちくま』(奈良美智の表紙が毎号楽しみ)に連載されている、なだいなだの「人 間、とりあえず主義」。これは大好きだ。その主張が全部まとも。ラディカルなオヤジだ。

★全日空のPR誌『翼の王国』に連載されている椎根和の「ICON68-79」。この人の文章も大好きだ。じわりとこころに沁みてくる。最近の横尾忠則、三島由紀夫、ニール・ヤング、どれもよかった。

★TBS『新・調査情報』に載っている大先輩・今野勉さんの「『dA』の時代 テレビも私も青春だった」。民間放送のテレビの草創期~安定期にあった熱いものが、「正史」には載っていないエピソードから確実に伝わってくるのだ。

まだ他にもいくつかあるけれど、魅力ある連載モノは長く続いてい欲しいと思うのだ。

2007年2月 4日

凛としたNHK職員がいた

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新宿の紀伊国屋サザンシアターで、こまつ座『私はだれでしょう』をみる。戦後まもなくの頃、NHKラジオが放送していた『尋ね人』という人気番組があった。戦争で生き別れになった人と人を結びつけて「ラジオのちから」を発揮していたのだという。それまでの国策放送から一転して、ラジオは民衆のために働き始めた。何のための放送なのか。まさに放送、いや、報道の起点がそこに見いだされたのだろう。GHQ監視下にありながらも、凛としたNHK職員がいたことを、この劇をみながら泣き笑いして確認したあとに、この昭和史劇が、いまの現実の放送と地続きになっていることに気づき慄然とする。劇中の「電波は民衆のもの。政治家やお偉いさんが外からとやかく言うものではない」という趣旨の何気ない台詞が、今のNHKを、そしてすべての民間放送局、いや報道機関全体を撃つ仕掛けになっているのかもしれない。梅沢昌代の演技は、もうここまで来ると、こまつ座のコアを形成している感がある。僕が井上ひさしさんの名前を最初に知ったのは、NHKの『ひょっこりひょうたん島』の作者としてだったと思う。それだけに、ひさしさんのNHKへの愛情がとても強く感じられた(「シャワーソング」とかよくわかる)。ああ、そう言えば、阪神大震災の時に在阪のラジオが、『尋ね人』や避難所情報を放送して、テレビをはるかに凌ぐ働きをしたことを思い出した。放送で仕事をしている人たちとは、いったい誰でしょう? 誰であるべきなのでしょう? 

2007年1月31日

パワフルでチグハグな上海の魅力

わずか2泊3日だったけれど、上海滞在は刺激的な旅だった。何しろ今の上海は高層ビルがバカバカ建てられている。それも無秩序に。こんなにおっ建ててどうするんだ、と思うくらい。銭もうけのパワーが横溢しているのが実感として伝わってくる。その一方で、いまだ古い古い上海も残っている。旧植民地時代の租界の欧風建築物とか、古い中国の民家・寺院などがあって歴史の重層を感じさせる。その新旧のチグハグさが同居しているところが面白いので「上海学」というジャンルも成立しているらしい。同道したTさんによると、「今の中国はヨーロッパとアフリカが同居してるんだよな」との解説。そのTさんに連れられて浦江飯店という古いホテルのカフェ(La Vie En Rose)で茶を飲んだ。とても趣のあるホテルだ。ロビーには古い写真が飾ってあって、1920年にこのホテルに滞在したというバートランド・ラッセルに加えて、1922年に滞在したアインシュタインの写真もあった。古いお寺で真剣に祈る若い人たちがたくさんいるのをみて、これが中国の現実なのかなと奇妙な気持ちになった。上海の日本学者と話をしたら、湖南テレビという局がとても人気があって、中国版の「スター誕生」=『超級女生』とかが大人気だとか。ああ、それから韓流ドラマも大変な人気で、あの『チャングムの誓い』(中国語で「大長今」=ターチャンチン)とかも、すごい人気とのこと。上海は人とモノで溢れかえり、パワフルでチグハグで面白いぞ。

2007年1月26日

キッシンジャーと周恩来が飯を食った大公館で

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世界最初の営業用高速リニアモーターカー(トランスラピッド)。
上海龍陽路駅-浦東国際空港駅間で2002年12月から運用されている。

上海に来ている。東京よりもずっと寒い、寒い。空港からリニア・モーターカーに乗った。これが速いのなんの。車両内に速度がデジタル表示されているのをみていたら、どんどん加速していって、17時35分頃には最高時速431キロ(!)にまでなった。こんなに速い地上の乗り物に乗ったのは生まれてからこの方ないもんね。上海人民と触れあおうと、引率役のTさんが言い出して、その後地下鉄2号線と1号線を乗り継いでホテルに投宿した。くたびれた。何しろ地下鉄の混み方が尋常じゃなかったので。人民広場駅で乗り換えたときも、同行の全員が乗り切れなかった。こちらの人は降りる人がいても道を譲らない。降りるのも命がけである(大げさか)。T氏ご推奨の大公館で夕飯を食べた。この由緒あるホテルは、その昔(1971年頃)、ニクソン政権の大統領補佐官ヘンリー・キッシンジャーが周恩来首相と飯を食いながら密談した場所だという。翌年、ニクソンの電撃的訪中の下準備でもしていたのだろうか。趣のある建物である。上海の街はモノと人で溢れかえっている。良くも悪くもこれが人民中国の現実なのだ。世界は広い。ただ上海の第一印象は不思議なことに閉塞感は感じられないのだ。

2007年1月25日

猫好きで小説好きにはたまらない本

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『作家の猫』
2006年6月、平凡社

納豆とかバラバラとかいじめとか、ヤな話ばかりがニッポンの世間を覆っていても、猫たちはそのような俗界を超越して生きているのだ。もの書きにも猫好きの人が多いけれど、超有名作家たちと猫の関わりをムック本にして儲けようともくろんで出版社が出している本がある。それで僕は、そのもくろみに進んで盲従することにした。『作家の猫』(平凡社コロナブックス)は、猫好きで小説好きの人にはたまらない本だ。作家たちを籠絡した猫たちの可愛いこと、この上なし。この本の表紙になっているのは、今は亡き中島らもの愛猫・とらちゃんで、裏表紙の方は、室生犀星と愛猫ジイノ。これらの作家たちの傍らに鎮座している猫どもの写真をみていると、自然とこころが和んでくる。オウム事件の頃だったか、吉本隆明さんのご自宅にお話を伺いに訪ねた際、猫たちが吉本家に自由に出入りしているのをみて、なんだかホッとした記憶がある。町田康の『猫にかまけて』は涙なしには読めなかった。ますむらひろしの東北弁を話すアタゴオル猫。赤瀬川原平、金井美恵子とか猫好きの作家も大好きだしなあ。僕自身と猫とのつきあいはもう12年目になるけれど、書き出したら止まらなくなるので、この辺にしとこう。 

2007年1月22日

S・ソンタグ 根源的な思考と強靱な言葉

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『他者の苦痛へのまなざし』
2003年7月、みすず書房

今年のこの欄は、サダム・フセインへの死刑執行のことから書き始めた。そのことにこだわりを持っていることもあり、スーザン・ソンタグの『他者の苦痛へのまなざし』(みすず書房)や遺稿となった『他者の拷問へのまなざし』を再読してみて、あらためて彼女の根源的な思考の実践と強靱な言葉を生み出した力に打たれた。これらの文章からは、根源的(ラディカル)であることの誠実さがひしひしと伝わってくる。と同時に知識、知性の力が決して死なないこと(彼女が没した後も彼女の書物は光彩を放っている)を証明してみせてくれるのだ。彼女が亡くなった時に、米C-spanが追悼番組を放映したが、視聴者からのどのような(ヒドい中傷もあった)質問にも誠実に答える姿が感動的でさえあったことを記憶している。サダム処刑に関する論考は別の箇所に少し長めのものを書く予定だ。

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2007年1月18日

細江英公の濃密なる写真空間

遅まきながら東京都写真美術館で開催中の『写真家・細江英公の世界 球体写真二元論』をみた。何しろ、被写体だ。三島由紀夫、土方巽、大野一雄と来ると、強烈な臭いが写真から発せられて、みているこちらがハラハラしてしまう。この濃密な空気が漂っていた時代があった。なかでも土方巽。『鎌鼬』『土方巽舞踏大鑑 かさぶたとキャラメル』のなかの土方は、まるで異世界から日本の土着へ降り立ってきた侵入者だ。芦川羊子の姿が懐かしい。細江の写真は、その個性に真っ向から関係を取り結ぶ。1986年1月22日の土方巽の葬儀にて撮られた棺に横たわる遺体。21年前のこの葬儀の場に、当時32歳だった僕は、テレビ記者として取材に訪れていたんだものなあ。しかもニュースの取材と称して。その場には、すでに声を失った澁澤龍彦とかがいた。何と時間の流れるのは早いんだろう。アスベスト館はもうないのだろうな。時間感覚が大いに揺らいだままだったからか、美術館のKさんに会いたくなり訪ねる。

2007年1月17日

『硫黄島からの手紙』の本当のすごさ

NYから来日した旧知と話していたら、話題が『硫黄島からの手紙』のことになった。彼曰く、「『父親たちの星条旗』もすばらしいが、『硫黄島からの手紙』はアメリカ人にとってはとても意味のある作品だと思うよ」と。「CNNのラリーキング・ライブに、クリント・イーストウッドがゲストで出た時も、渡辺謙も出てきて、英語は決して上手ではなかったが、とても存在感があり意味のあることを発言していた。それよりも何よりも、この映画のものすごいところは、台詞のほとんどが日本語というハリウッド映画を作り上げ、それに英語の字幕をつけたものをアメリカの普通の映画館で上映して、僕ら普通のアメリカ人に観させたことだよ」。その後、話はNBCの人気番組『Heroes』に出てくる日本人Hiroのことに及び、彼がとても好感をもってアメリカの視聴者に受け止められていることを興奮して話していた。アメリカ人の彼が言うのだから、それはウソではないだろう。こないだパリに行ったときに聞いたのだけれど、フランスでも日本のアニメ・キャラクターが大人気だということだが、日本人がフランスのテレビドラマに普通に登場してくることなんかはないだろうなあ。クリント・イーストウッドの硫黄島二部作については、蓮実重彦の『合衆国海軍の衛生兵をめぐる長年の疑問について』(『UP』1月号)という短文をきのう読んだが、相変わらず、何て面白い映画評を書き続けているんだろう。

2007年1月15日

天才が天才に稽古をつける迫力

何気なく見ているテレビで、ごくごく稀にだけれども、とんでもなく上質の番組にでっくわすことがある。『バレンボイムのべートーベン・プロジェクト』という番組(NHK)である。中国出身のピアニスト、ランランはワシントンのケネディ・センターでその生演奏(確かラフマニノフのピアノ協奏曲だったっけ)を聴いた記憶があるけれど、その時は天才少年ピアニストという感じで、まだあどけなさが感じられた。今、テレビ画面に現れたランランは、当時の姿よりもかなり大人びている。それにちょっと太り気味だ。ジーンズにセーター姿というラフないでたちでピアノの前に座っている。そのランランにベートーベンのピアノソナタの稽古をつけているのが、ダニエル・バレンボイムだ。一通りランランに好きなように演奏させた後、短い言葉でその技量を褒めたあとのバレンボイムの稽古のつけ方が凄まじかった。褒め言葉がどこかに吹っ飛んでしまうほど、完膚無きまでにランランの奏法に注文をつける。曲の解釈、音符から音符への移行の意味をめぐって厳しいやりとりがバレンボイムとランランのあいだで交わされる。その抜き差しならない真剣勝負に、みている僕らはどんどん引き込まれてしまう。天才が天才に稽古をつけるとこのような迫力になるのか。こういうテレビ番組だってまだまだ成り立ちうることに希望を感じる。

2007年1月12日

チョムスキーとマスメディア

『Manufacturing Consent』。この映画は1992年製作のカナダの作品だ。だから、もう15年にも前の作品なのだが、ちっとも古く感じない、どころか、より切迫してくるのだ。チョムスキーほど精力的にメディアのありようを根源的に批判し、発言し、行動し続けている知識人は、アメリカには他にいないのではないか。メディアで仕事をしている人間のひとりとしては、彼によって突きつけられているものの重さ、大きさに、まずは沈思黙考するしかない。作品のなかで、強く心に焼き付いているシーンがある。1975年、東チモールにおけるインドネシア軍の残虐行為を報じていたオーストラリアのテレビ記者グレッグ・シャックルトンの姿だ。彼はその後、インドネシア軍によって殺害された。市民の自立を説くチョムスキーを神聖化するのは、もっともやってはならないことのひとつだろう。このメディア状況を直視することからしか何も始まらない。

2007年1月11日

映画『Babel』その後わかったこと

パリの映画館でみて衝撃を受けた映画『Babel』のことを、いろいろな人に話したら、こちらもいろいろとわかってきた。監督は『21グラム』の人だったんだ。メキシコ人のアレッハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥという人。あの日本パートに出演していた女子高校生役の菊地凛子は、何と米ゴールデングローブ賞助演女優賞候補になっているんだそうだ。ショーン・ペンのファンだとか。

話は変わるけれども、映画『ダーウィンの悪夢』のフーベルト・ザウパー監督が去年の11月来日した際、記者会見で『グローバリゼーションというコンテキストのなかで、その仮面を剥ぐことに使命を感じています』と発言していた。そのなかのやりとりで、まさに『Babel』に通じる発言があった。

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2007年1月10日

モネの浮世絵コレクションってすげえや。

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Le pont japonais
Claude Monet(1840年11月14日 - 1926年12月5日)

パリのブーローニュの森近くにあるマルモッタン美術館は、クロード・モネの絵画が展示されていて、それはそれは見る価値があった。有名な『睡蓮』とか。けれども、お目当ては、モネが所蔵していた相当量に及ぶ日本の浮世絵、錦絵のコレクションの展示だった。モネは日本の浮世絵から大きな影響を受けていたといわれている。彼の作品には『Le pont japonais』という作品もあった。モネこそ、いわゆる日本贔屓の走りだったのかもしれない。その浮世絵コレクションの素晴らしさと言ったら。北斎の『赤富士』とかをこんなに間近にしみじみと見たのは初めてだ。絵のモデルになっている江戸時代の人の顔がいい。それが時代を経て、近世の錦絵あたりになってくると、日本人の顔がどんどん怖くなってくるのだ。例えば、歌川広重の『本山』に出てくる当時の日本人の顔の優しさといったらない。それが1884年の中村秋香『平壌激戦之図』とか、水野年方『大日本帝国万々歳平壌激戦大勝利』(それにしての何で平壌=ピョンヤンなんだろう?)に現れる日本人の顔は、ずいぶんとおっかない容貌に変わってきているのだ。まあ戦争の錦絵なのだから仕方がないのだろうが。マルモッタンはとても混み合っていたが、美術館としての見やすさは相当に配慮が行き届いていた。

マルモッタン美術館
住所:2, rue Louis-Boilly 75016
Tel:01 44 96 50 33
URL:http://www.marmottan.com/
メトロ:ラ・ミュエット(La Muette)
開館時間:10時〜18時(月曜休館)
入館料:7ユーロ

2007年1月 8日

イーストウッドの戦争へのまなざしの深さ

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遅ればせながら『硫黄島からの手紙』をみた。レイトショーだったので映画館はそれほど混んでいなかった。前作『父親たちの星条旗』がアメリカ編であって、日本編にあたるのがこの作品である。前作とあわせてみて、あらためて戦争の悲惨さが「敵-味方」の両側からひしひしと伝わってくる。クリント・イーストウッドの壮大な試みに深く感動する所以だ。ただ、僕は、どちらかと言うと、前作の方が好きだ。日本人であるので、この『硫黄島からの手紙』のなかに描かれる「国に殉じること」「自決」といった究極的には理不尽な悲劇が、生きることのリアリティにおいて、今現在のニッポンの漂流する生との対比で、「リアルな生」と捉えられかねない、という危惧さえ覚えてしまうのだ。つまり、死を賭した戦場での行動には生きることのリアリティがあったのだ、というような絶対的な矛盾が生煮えのまま受容されてしまわないか。そんなことは杞憂にすぎないのかもしれないけれども。きっと『Babel』をみてしまったからだろう。そんなことを考えるのは。ともあれ、イーストウッドの戦争に対するまなざしの深さに、さまざまなことを考えさせられる。

話は全然変わるが、僕は大体のファッションというのは自由だから何でも着るけれど、どうしても着たくない種類の服がある。それは迷彩服柄のパンツだ。若い人たちが穿いてるのをみても何かイヤ~な感じがする。まあ、どうでもいいか。もちろん『硫黄島からの手紙』と、ニッポンの3流戦争モノ映画を一緒に論じる気なんかはない。ただ、迷彩柄を身に着けて表参道あたりを闊歩してる若者への嫌悪と、3流戦争モノに対する感じはどこかでつながっているような気がするのだ。

イーストウッドが戦争を直視したように、僕ら日本人が戦争をまともに見据えることとは、例えば、アメリカ国民さえ、もはや「大儀なき戦争」と位置づけだしたイラク戦争と日本の関わり方を考えることであったりする。そんなことをぼんやり考えながら映画館を出た。

(追記)
イーストウッドは日本向けのインタビューで次のように発言している。
『(朝鮮戦争のあと)すぐにベトナム戦争となり、湾岸戦争、そしてイラク戦争がまだ続いている。私は戦争が大嫌いだ。この映画を手がけたのは、戦争が与える影響を描きたかったからで、戦争映画とは思って欲しくない。たまには優れた作品もあるが、多くの戦争映画はプロパガンダの役を果たしたりと危険な要素をはらむものが多いからね。』(『硫黄島からの手紙』日本版プログラムより)

2007年1月 7日

シルヴィ・ギエム&ラッセル・マリファント

休暇先のパリで幸いなことに、シャンゼリゼ劇場でのシルヴィ・ギエム&ラッセル・マリファントのコンテンポラリー・ダンスをみることができた。『Push』という前評判の高い演目。大晦日の開演90分前に劇場に飛び込んだら幸運にも当日売りのチケットを買えた。95ユーロの席はSold out。仕方なく75ユーロの席を購入。悪くはない席だった。シャンゼリゼ劇場はキャパシティが大きくないのでとても具合がいい。いきなり1曲目にシルヴィ・ギエムのソロ。フラメンコ風の曲を舞う。まるで少年のようだ。2曲目の『Shift』はラッセル・マリファントのソロ。照明の妙味。自分のシルエット(単数および複数)が背景に映し出され、その影との共演。美しい音楽(シーリー・トンプソン)で幻想的で禁欲的な舞い。3曲目はうって変わってテンポの速い曲でデュエット。日本の勅使川原三郎を思いだした。すさまじい拍手に2人は包まれた。休憩後の『Push』は期待したほどではなかったが、75ユーロに見合った舞台だった(かな?)。

それにしても、パリでのギエムの人気は、もはや不動という感じ。実際に舞う姿をみられる幸福。

Sylvie Guillem:公式ページ(English)
http://www.sylvieguillem.com/

2007年1月 5日

映画『BABEL』のグローバルなまなざしに驚嘆する

パリですごい映画をみた。ワシントン勤務時代に知り合ったアメリカ人がパリに来ていて「今、パリで上映しているから絶対にみなきゃダメ」と強く奨めてくれた映画だ。手元に資料が全くないので、監督の名前もメキシコ人であること以外には記せないが、とにかく、アメリカ、メキシコ、モロッコ、東京という世界の4つの場所で同時進行するドラマの連鎖から浮き上がって見えてくるグローバルな構造。こういう映画をつくる人のグローバルな普遍をもとめるまなざしに、ただただ驚嘆するのみ。僕らが日本人であるから強烈に感じるのだろうが、東京パートのストーリーの痛々しいまでの切迫感。女子高校生役の女優(キクチリンコ?)の存在感は際立っていた。それとモロッコ・パートの子役が敢然と銃をとるシーンの美しさ。不勉強なことに、日本でこの映画のことをよく知らなかったので、もう古い旧聞に属することなのかも知れないが、映画館にいたフランス人は見終わって、絶賛の表情を僕に向けてきた。何だかうれしい気持ちになった。

2007年1月 4日

「人道に対する罪」を裁く側の非人道

今、パリにいる。この年末年始は海外にいた。サダム処刑の一報を知ったのはイタリアのヴェネツィアのホテルでだった。処刑を報じるCNNの一報は緊張感に満ちていた。その一報から1時間余りたって、何と処刑の模様を撮影したビデオ映像がテレビ画面から流れているではないか。一体これは何が起きているのか。激しい衝撃に襲われた。今、眼前で流れている映像の意味するところの重大さにである。サダム・フセインは「人道(Humanity)に対する罪」で裁かれていたはずだ。処刑者たちは覆面で顔を覆っていた。この既視感。そうだ。イラクで外国人らを誘拐・処刑した彼らのビデオ映像。欧米・日本政府が「テロリスト」と呼んだ彼らと同じ装いを、今度は新生イラク政府の司法当局者がまとっている。後世の人々はこの記号論的な「符合」をどのように論じるのだろうか。CNNのアンダーソン・クーパーの電話インタビューに答えたイラク政府のSecurity adviserなる人物の主張。彼は処刑に立ち会っていたのだという。「この処刑は国際的基準にも、イスラム世界の基準にも、イラク人の基準にもすべて合致している。全くの正当な処刑だ。処刑はアメリカ政府も有志連合国も当事者ではない。イラクの司法当局が処刑を断行したのだ」と。その興奮気味の語感から伝わってくる「人道(humanity)」の無残な解体。どこの国際基準に死刑執行の一部始終をビデオカメラで撮影させることを正当と認める基準があるというのか。

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2006年12月26日

今年、最後の配信なので。

読者の皆さん。06年も、『業務外日誌』を愛読頂きまして、誠にありがとうございました。

おかげさまで、《ざ・こもんず》の中では、最もアクセスの多いブログとして、この数ヶ月をすごさせて頂きました。皆さんからのご意見には、勇気づけられることも多く、感謝に堪えません。

もともとこの『業務外日誌』は、高野孟さんの「インサイダー」が主宰していた『東京万華鏡』の中の1アイテムとして出発したものです。きっかけは実に些細なことなのですが、ワシントン勤務期間に、勤めている会社の運営していたホームページで、「業務日誌+業務外日誌」的なものを連載していたところ、「会社批判をした」「けしからん」云々と言い出す輩が出て、そのページが閉鎖されたことでした。会社批判云々とは、小泉訪朝が韓国紙にスクープとしてすっぱ抜かれたことについて、僕が「日本の政治メディアはだらしないな」と指摘したことでした。呆れてものが言えません。それを端でみていた高野さんが、「それじゃあ、俺んとこでやってみなよ」と言われたのです。僕はそのような「義理・人情」には弱いので、「業務外日誌」と銘打ち連載を始めたわけです。今も僕は自分をひとりの記者だと思っているので、「業務内」で知り得たことは、それは、それは、ディープで、メチャクチャに面白いのですが、そのことは敢えて書かない。「業務外」のことを書くことで、時代の空気のようなものを活写できればいいのではないか。そのように思い直して連載しているのが本欄です。やってみると、これが結構たいへんなのですね。何しろ一番おもしろいことは書けないんですから。でも、業務外の引き出しをたくさん作ることは、楽しいことでもあります。今後とも、引き続きよろしくお願い致します。皆さんも建設的なご意見をどんどんお寄せください。では、よいお年を!

2006年12月25日

06年の極私的ノンジャンル・トップ10

この1年。個人的にはヒドい年だったなあ、と思う。早く過ぎ去ってしまえ。というわけで、この欄に記したこと記さなかったことも含めて、ジャンルを越えて「業務外日誌」トップ10。

『打ちのめされるようなすごい本』(米原万里、文藝春秋)
今年5月の彼女の死後に発売されたこの本で、不在の重さを思い知らされた。命がけの書評というものがどのようなものかを見せて彼女は逝った。今年は身近の親しい知人を亡くした年だった。

『超・格差社会・アメリカの真実』(小林由美、日経BP)、『アメリカよ、美しく年をとれ』(猿谷要、岩波新書)、『現代アメリカのキーワード』(矢口祐人・吉原真里編著、中公新書)
今年はアメリカに関する本の収穫が多かった。上記の3冊はなかでもとても充実していて面白く読んだ。『現代アメリカのキーワード』は一応事典の体裁だが読み物として実に面白く、あっという間に読み切ってしまった。「ノラ・ジョーンズ」「ヴァイアグラ」「ミシェル・ウィー」「インテリジェント・デザイン」などを事典の項目にあげるセンスのよさが光る。

③『麦の穂を揺らす風』
ケン・ローチ監督のこの映画が僕にとっては06年のベスト1作品。来年はもっともっと映画をみよう。

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2006年12月22日

フリーター・ニート時代の演劇の新展開

ここのところ、南司郎とか本谷有希子とか全く未知だった人たちの小説作品を読んで、フリーター、ニート、ひきこもり時代の新しい表現に出会ったように思っていた。テーマや文体に異質な新しい部分を感じるのと、切迫感のただならぬ強度に触れて、実はニンマリしていたりした。岡田利規という作家の劇をみるのはこれが初めてだったけれど『ENJOY』(新国立劇場小ホール)は、南や本谷の作品に通じるものを感じながら、同じくニンマリしながらみていた。演者たちの発する台詞とバランスを失したからだの動きのなかから生じる、<コミュニケーションの不可能性>という事態を、これほど有効に表現したケースをあまり知らない。台詞の発話の大部分は、実は自分自身に向けられた納得と確認のためのモノローグであって、コミュニケーションが崩壊しかかっているのだ。そしてそのような発話こそが、フリーター、ニート、ひきこもり時代の発話の姿なのである。途中、山崎ルキノ、村上聡一、南波典子という3人の演者のあいだで交わされるフリーターの社会的位置への自覚をめぐる対話の壮絶なシーンには、思わず息を飲んだ。中央スクリーンに映し出されたフランスの新雇用法をめぐる若者たちのデモの映像も実に象徴的だった。フランスの若者たちの方にある行動することの希望。片や、行動に至る経路さえない絶望。その絶望を小説や演劇という形で対象化しようとする新しい展開が芽生えている、と実感した。

2006年12月21日

2006年のベスト・ムービーは?

今年の映画の収穫と言っても、あまり思い浮かばない。『麦の穂を揺らす風』『不都合な真実』『ザ・コーポレーション』が自分にとってはベスト3か。がっかりしたものも多かった。なかでもオリバー・ストーンの『ワールド・トレード・センター』は、時間が経過するにつけ疑問符がどんどん大きくなる。期待が大きかったからだろう。同じ「9・11」をテーマにした映画でも、日本では今年の5月にようやくDVD化された『ランド・オブ・プレンティ』(ヴィム・ベンダース監督 2004年)は、何度みても心が強く揺さぶられる。レナード・コーエンの主題歌がとてもいい。9・11版『タクシー・ドライバー』と言ってもいいのかも。アメリカ人の監督があのような作品を手がける可能性が皆無なのだったら救いがない。邦画の方は、はじめから観る気が失せるようなものばかりだった。評判の『有頂天ホテル』とかもみたら無惨だったものなあ。興行収入との関係で言えば、自分は少数派で、あまりいい映画の観客ではないのだろう。それはそうと、どうも、ノロウィルスとかやられちゃったみたいで、おとといは食べたものを夜中に吐いてしまった。ヤバいなあ。

2006年12月19日

鬱小説の現在性 本谷有希子『生きてるだけで、愛』

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2006年7月、新潮社

今年もあと12日で終わる。言うまでもないかもしれないが、今のこの時代を覆っている気分を最も端的に表している言葉は「鬱」ではないか。文学作品のなかにも、この気分に敏感に呼応している部分がある。「鬱小説」とでも言ったらいいか。僕は、本谷有希子という作家のことは何も知らない。ただ、この小説『生きてるだけで、愛』は、ただならぬ切迫感が漂っていて、読んでいてどんどん引き込まれてしまった。ラスト近くのマンションの屋上のシーンなんかは、大昔の若松孝二の映画(タイトルを失念したけれど、屋上のシーンがあったなあ)を思い出した。鬱は、人間の魂が他者とのつながりを求めるヒリヒリするほどの叫びなのかもしれない。後から考えてみて結果的に「時代のカナリヤ」となっているかもしれない作品というものがある。村上龍の「コインロッカー・ベイビー」のように。この作品もそうなるのかもしれない。

2006年12月18日

井川博年『幸福』を読み、胸がつまる

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『幸福』
2006年6月、思潮社

今日で53歳になった。あっという間だな。自身を顧みてみると、ヤバい時は猛烈に本を読んでいたことがわかる。ここのところがそうだ。本に逃げ込んでいるのだろうか。いや、本に救いを求めているのだろうか。井川博年という詩人の本では『そして、船は行く』という詩集が大好きだった。この『幸福』という詩集は今年の6月に出たそうだ。読み進むうちに胸がつまった。こたえた。大昔に読んだ藤枝静男の最晩年期の私小説みたいだ。あるいは、帯文を書いているつげ義春の漫画のようでもある。日常と幸福。井川の詩のテーマはここに発している。だから、仕事とか住まいをめぐる雑事が記されているようでいて、実は、僕らが生きていることの深淵がそこに描かれている。親しい身近な人が死んでいくことのかなしみ。家族があることのささやかな喜び。やはり、詩人はテレビになど出てはならぬ。

2006年12月17日

虐殺を扇動したラジオを実際に聴いてみると

先月のことだが、創立25周年を迎えた「ドキュメンタリー・ジャパン」の歩みの一部を辿った連続上映会が開かれた。時間の都合がつけば全てみたい作品ばかりがラインナップされていた。けれどもなかなか時間が取れず、実際に上映会に行けたのは初日の、しかも前半だけだった。その作品は大昔の日本テレビ『11PM』で放映されたドキュメンタリー作品だった。そのほか坂上香さんの『ジャーニー・オブ・ホープ』ももう一度みたかったが叶わず。最終日に上映された『なぜ隣人を殺したか~ルワンダ虐殺と扇動ラジオ放送~』は、是非ともみなければならないと思い、DVDをお借りしてみた。メディアの影響力と受け手である民衆の行動が難なく結合し、凍りつくような惨劇をもたらした例がそこには記録されていた。ルワンダ虐殺だ。虐殺の火付け役となった当時のラジオ放送の内容を聴いてみる。ツチ族を「ゴキブリ」を呼ぶ。ゴキブリに死を! ラジオはフツ族に武器をもってツチ族を殺すように扇動していた。ラップ音楽のようなBGMが、そのラジオ放送局『千の丘ラジオ』からは流れ人気を博していたのだという。この作品からこそ、僕らは「メディアの公共性」とは何かを考えなければならない。アメリカでは「トーク・ラジオ」が全盛をきわめている。そして、現在の日本にも『千の丘ラジオ』のような役割を果たしている<彼ら>がいることを想起すべきだろう。その場は、ネット空間であったり、活字空間であったり。『なぜ隣人を殺したか~ルワンダ虐殺と扇動ラジオ放送~』は、さまざまなことを考えさせてくれる。

2006年12月15日

旭川を舞台にした少女漫画的不可思議小説

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少女七竈と七人の可愛そうな大人
2006年7月、角川書店

桜庭一樹の『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(角川書店)を読む。旭川という地名は僕にとっては、生まれ故郷でとても気になる記号なので、ついついこの小説を読んでしまったのだ。村上春樹の『ノルウェーの森』とか、野沢尚の『破線のマリス』に登場してくる旭川の記号は、とてもネガティブなもので、ひとり憤慨したりしていたこともあった。で、この『少女七竈……』だけれども、何というか、これは長編少女漫画だよね、例えば、『ガラスの仮面』とかを読んだ後の感覚に近い。少女漫画独特のあのドライブ感に溢れたストーリー・テリング。でも、この小説の読者層は一体どういう人たちなんだろうか。あんまり健康じゃないよな。まあ小説なんか読んでるのは、もともと健康じゃないか。

2006年12月11日

オレサマ時代の心象風景を描ききった快作

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恋愛の解体と北区の滅亡
2006年6月、講談社

こういう新しい文体・感覚をもった小説作品に出会ったのは、かつての町田康以来のような気がする。前田司郎の『恋愛の解体と北区の滅亡』(講談社)。読み出したら止まらない。パワーをもった作品だと思う。肥大化したエゴはいつの時代でも、悲劇的でありかつ喜劇的だ。この小説の主人公のエゴは、ひきこもり・ニート時代の先鋭化したオレサマとでもいったらいいか。意識の疑似自動筆記、内奥の実況中継みたいな文体は、ネット上にたまにみられるけれど、どれも醜悪で、ここまで作品として完成させた例を知らない。笑い出しそうになりながら読み進むうちに、この笑いの質の虚無感の深さに畏れをなす。『ウンコに代わる次世代排泄物ファナモ』もラディカルなことこの上なし。この作品を読了して、この本の装幀写真の素晴らしさを思い知らされる。でも、ちょっと手にしているの、大きすぎませんか?

2006年12月10日

あのとき、きみは若かった

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『沸騰時代の肖像』

古い肖像写真をみる楽しみは、自分の記憶の皮膜が引き剥がされて、過去に吸っていた空気と現在の空気が混ざり合って起こる化学変化のような感覚に浸れることだ。強烈な追憶に襲われる楽しみ。写真家・石黒健治の『沸騰時代の肖像』の表紙を飾っているのは1967年に撮影された女優・加賀まり子の肖像だ。何と美しいことか。「沸騰時代」とは1960~70年代初頭の日本のことを指している。登場する著名人たちの肖像写真に満ち溢れる若さ・暴力性・エネルギーのほとばしり。本当に何かが沸騰していたのだ。僕が中高校生のガキだったあの頃は。どれもこれも、今みてみると、とんでもなく貴重な時間が記録されていると思う。女優・嵯峨三智子(1970年撮影)、女優・吉永小百合(68年)、カルメン・マキ(72年)、石橋蓮司+緑魔子(72年)、ピーター(69年)、鈴木いづみ(70年)、唐十郎(73年)、李礼仙(73年)、鰐淵晴子(72年)、ああ、書き出したらキリがない。そして、それらの肖像写真は、こんなふうに語っているように思うのだ。いつまでも追憶に浸ってんじゃねえよ、おメエたち。

2006年12月 4日

オーストラリア現代美術の先端性

僕はオーストラリアの現代美術については何も知らない。何の知識もない。だから、かえって衝撃を受けたのかもしれない。きのうまでブリジストン美術館で開催されていた『プリズム オーストラリア現代美術展』の作品群から感じられる同時代性というか、先端部分に触れた思いは大きい。見てよかった。先住民アボリジニーの美術感覚や、自然への畏敬、環境破壊への告発、移民の混合ナショナリティからくるアイデンティティへの強烈な希求といったことどもが、展示されている作品からは伝わってくるような気がした。なかでも、パトリシア・ピッチニーニの一連の作品には衝撃を受けた。≪自然の小さな救済者-耐鉛害ポッサムの子孫≫なる精巧なオブジェや、ロボットのような小動物オブジェ、ビデオ・インスタレーション≪私の赤ちゃんが‥‥≫は「生命の絶滅」という近未来を予感させる恐ろしい作品だ。キャサリン・ペチャリの≪山魔王トカゲのドリーミング≫は、草間弥生の作品をみているような気にさせられた。ジュディ・ワトソンの≪博物館に展示された祖先の皮膚≫≪博物館に展示された祖先の髪≫に込められた告発のメッセージをどのように読めばいいのか。例えば、日本において、≪北大に収蔵された祖先の頭骨≫という「美術」が果たして成立するのかどうか。

2006年12月 2日

多和田葉子のカフカ的世界

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『アメリカ 非道の大陸』
2006年11月、青土社

おそらくヨーロッパからみたアメリカ合衆国ののっぺらぼうさ、文化の欠如ぶりについて、ここまで面白い不条理小説に仕立ててくれる日本人作家はいないのではないか。ベルリン在住の作家・多和田葉子の『アメリカ 非道の大陸』(青土社)。ホントによくこんなタイトルをつけたもんだ。面白い! アメリカを訪れて、その地において徹頭徹尾<異邦人>として旅をし続ける主人公は、あの国特有の徹底的な合理主義という名の不条理のなかで摩擦を起こし続ける。その居心地の悪さの描き方の見事なこと。この小説を読んでいて、自分自身のさまざまな記憶がよみがえってきた。なぜ、アメリカでは、食事にあれほど大量の食物が盛られるのか。なぜ、アメリカでは、あれほど究極的な車社会が当たり前になっているのか。なぜ、アメリカでは、パーティーで快活に振る舞わなければならないのか。なぜ、アメリカでは、貧富の差が決定的なのか。合理主義が不条理を強いる時がある。読者は、この小説でによって、その不条理さのまっただなかに置き去りにされてしまう。面白い作品集だ。無関係だが、ついでに言えば、なぜカフカ賞受賞の日本人作家はあれほどテレビカメラを忌避するのか。

2006年12月 1日

旭山動物園・小菅園長のお話は面白いぞ!

生まれ故郷の北海道旭川市で、数少ない最近の「嬉しいニュース」のひとつは、旭山動物園が菊池寛賞を受賞したことだ。本当によかった!素直に喜びたい。その授賞式のために上京した小菅正夫園長が日本記者クラブで講演&記者会見をした。その何と面白いこと!

かつては廃園の危機に直面したが、入園者と動物との「いのち」の触れあいの新しいスタイルを創り出し、「入園者日本一」にまで育て上げたことは、ひとつの奇跡だ。

この小菅園長の講演が実に魅力的で、懐かしい旭川弁に引き込まれて聞いている内に、何度も大笑いさせられ元気が沸いてきた。「行動展示」という考え方に加え、「環境教育の場としての動物園」というしっかりとした考え方に感心させられた。「ヒョウの頭上展示」、「オランウータンの空中散歩」が実を結ぶに至ったエピソードや、ペンギン館に来たオヤジたちが思わずアッと感動の声を漏らしたエピソードなど、どの話も、いじめや家族・共同体の解体といった殺伐とした空気に覆われてる日本の人間社会が失ってしまったもの、一言で言えば「生き物らしさ」に満ち満ちていて、何だかほっとさせられるのだ。

旭川は、旭川ラーメンも美味しいし、男山といううまい日本酒もあるし元気になって欲しい。ジャズ・ピアニストのチック・コリアと旭川の高校生との交流を描いたテレビ番組を先日NHKでみたばかりだが、いろいろなものが創出される場となってくれれば。

旭山動物園公式ホームページ
http://www5.city.asahikawa.hokkaido.jp/asahiyamazoo/

2006年11月27日

格差の出所を見事に解明する『悪夢のサイクル』

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『悪夢のサイクル ネオリベラリズム循環』
2006年10月、文藝春秋

「格差本」が花盛りである。格差社会、下流社会をタイトルにした本が売れている。現実の日本の社会が壊れかかっているのだから。「いざなぎ景気」を越えただと? ただ、格差の出所の本質を解明した作業はあるようでいて、これがないのだ。以前、この欄で日経BP社から出ている小林由美『超・格差社会 アメリカの真実』という本を紹介したが、あれはアメリカの現実を見事に分析した本だった。今回の本は日本の現実と真っ正面から取り組んだ本だ。内橋克人の『悪夢のサイクル ネオリベラリズム循環』(文藝春秋)。この本、今年読んだ本の中でも5本の指に必ず入れたい本だ。金儲けをすべてに優先させる市場原理主義、その考え方の思想的な波動としてのネオリベラリズム、教条的な規制緩和論が、どのような荒廃を日本にもたらしているのか。その解明作業を成し遂げようとする勇気に敬服するとともに、メディアがそのような現実に取り組んでいないことを深く恥じ入る。先日没したミルトン・フリードマンの思想の20年遅れのクローン・コピーのような醜悪な経済学者、政治学者、社会学者らに是非とも読んで欲しい本だ。

2006年11月26日

『メセニー/メルドー』『ギター・ルネサンスⅢ 翼』

今年もあと1ヶ月あまりになってしまった。今年の収穫CDは何だろうか、と考えてみたら、2人のギタリストの名前が思い浮かんだ。ひとりはパット・メセニー。いい歳になっているんだけれども、いつも新しい。現役バリバリ。そのパット・メセニーが相当歳が違う気鋭のピアニスト、ブラッド・メルドーと2人で組んで作ったCD『メセニー/メルドー』は何度聞いても心地よいのだ。来年は世界ツアーで来日するんだろうから絶対に聴きに行こう。パット・メセニーは自分のグループの方も活発に活動し続けていて、常に刺激的な音を与えてくれている。

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『ギター・ルネサンスⅢ 翼』

さて、もうひとりのギタリストは、日本の渡辺香津美。『ギター・ルネサンス』の3作目は故・武満徹に捧げられたCDだ。武満の手になる僕の大好きな曲『翼』が吉田美奈子のヴォーカルで入っている。いろんな人の『翼』を聴いてきたが、この作品もとても良い出来だ。ツェッペリンの『天国への階段』もいいし。

2006年11月24日

なぜ、詩や小説のことばを渇望するのか

テレビ番組。国会質疑。新聞紙。週刊誌。インターネット。チラシ。いろいろなメディアを通じて溢れている言葉があまりにもおぞましいので、そうではない<ことば>をさがしに出かける先がたまたま本屋さんだったり、詩の朗読会だったり、酒場だったりする。今年もっとも考えさせられたことのひとつは、病床にある作家の辺見庸が述べたある言葉だった。さる高名な詩人が生命保険のテレビCMにことばを提供していることを捉えて「恥辱」を語ったのだ。

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『われら猫の子』
2006年11月、講談社

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『傘の死体とわたしの妻』
2006年11、月思潮社

何ものにも隷属しない<ことば>への渇望。星野智幸の短編小説集『われら猫の子』、多和田葉子『傘の死体とわたしの妻』は、そのような<ことば>の感触を味あうために衝動買いしたような本だが、これがとてもよかった。星野智幸の短編は物語の空間が現実の場に一応設定されてはいるけれど、むしろ幻想小説、観念小説というジャンルに近い。『紙女』『チノ』『トレド教団』『われら猫の子』『砂の老人』『ててなし子クラブ』『エア』。どれもこれも濃密な幻想空間に張りつめた緊迫感が持続する。
 
多和田葉子の詩集『傘の死体とわたしの妻』は、さらに<ことば>の持つエロティシズムを起動させる実験に満ち満ちたもので、まちがっても何ものかに隷属するような種類の<ことば>とは異質なものだ。

2006年11月20日

『シルク・ド・ソレイユ』と『蛇女』

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サーカスが本来持っている「見せ物」として禍々しさを保持しながら、幻想芸術の域にまで達したスペクタクルを創りあげるのは至難の業だ。ただ例外的にそれを成し遂げて観客たちを魅了し続けている集団がいる。カナダのモントリオールに本拠を置く『シルク・ド・ソレイユ』だ。彼らの新作『コルテオ』のビデオがアメリカの知人から送られてきた。見てぶったまげた。『バラカイ』をワシントンDCでみたのはもう数年前だが、今回の作品も素晴らしすぎて生半可の言葉ではその格別感を表現できない。これでワシントンDC公演では最も高いチケットが190ドルちょっと(カクテルドリンク付き)というのだから安いもんだと思う。死んだクラウン(ピエロ)が天に召されるまでの葬儀の形式をとったさまざまなイメージの去来がショーの進行になっている。中空に浮遊する背に翼の生えた天使。曲芸と異次元の見せ物と修練の技がごった煮になっていて、なおかつストーリーとしての統一感がある。大昔見たE・クストリッツアの映画『アンダーグラウンド』のなかの結婚式の幻想的なシーンを思い出した。それにしてもこれだけの魅力あるスペクタクルの演者たちを世界中から集合・参加させる目利きがいるとは。『シルク・ド・ソレイユ』万歳だ。もういちど生の公演をみてみたい。

ココから『コルテオ:Corteo』が少し観られます。

ところで「見せ物」は日本では絶滅寸前だが、先日、新宿の花園神社でその絶滅寸前の見せ物小屋で『蛇女』をみた。禍々しさという点ではとんでもない猥雑なエネルギーをもった「見せ物」だったが、街から路地か消え、除菌クリーナーが社会と人の心に装備されてしまった現代にあっては、久しぶりに強烈な異物感が感じられた。木戸銭を払ってもよかった気になった。アメリカの金に換算するとわずか8ドルだったけれども。

2006年11月17日

『ルバイヤート』ってこんなに面白かったんだ

人から薦められて『ルバイヤート』を読んだ。『ルバイヤート』は、今から千年近くも前にペルシア人オマール・ハイヤームによって書かれた四行詩だ。それが今、通勤電車の中で読んでいても、その面白さのあまり降りるべき駅を乗り過ごしてしまうほど。もっと早く読んでいたらなあ。岩波文庫版の初版は何と1949年1月に出版されているのだから、戦後まもなく訳出されていたことになる。ところがこの岩波文庫版、翻訳が口語調のどこかモダンなもので、『ルバイヤート』の魅力が十分に伝わってくる。イスラム世界の文学といっても、イスラム教の教えとは全く異なって、多分に涜神的な内容や世界の無常を嘆く内容が多く含まれている。そう、何だか鴨長明の『方丈記』を読んでいるような気持ちになってしまう。で、どんな詩かというと、ちょっといくつかを紹介すると、

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2006年11月11日

新しい写真家には希望がみえる

東京都写真美術館の『写真新世紀』は、キャノンの文化支援プロジェクトだが、新人写真家の公募展としてはすっかり定着している。今年のはどんなんだろう、と毎年楽しみなのだけれど、今年の作品にも新しい息吹が感じられた。なかでも、山田いずみという人が撮った母親のポートレートは、選者が荒木経惟だけあって、とてもアラーキー的な官能に満ちている。女性の写真家が自分の母親(およびその痕跡)を被写体に据えた例は、石内都さんのMotherを先日みたばかりだけれど、女性が女性としての母親をみる視線は、明らかに男の視線とは異なるのだと思う。山田いずみさんの被写体になっている母親=女性はどのような思いで娘が構えるカメラのレンズをみているのだろうか、と無闇に想像が広がる。

高木こずえという人の双子を撮った組写真もとても面白い。本当に新しい写真家には希望がみえる。

2006年11月10日

目から鱗の面白さ。『超・格差社会アメリカの真実』

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2006年9月、日経BP社

日本で出版されている本の中には、「アメリカ本」とでもいうべき分野があって、超大国アメリカとはこんな国なんだ、というさまざまな本が出ている。そんな「アメリカ本」のなかでも、小林由美『超・格差社会アメリカの真実』(日経BP)は、在米26年の日本人経営戦略コンサルタント・アナリストの広い経験と深い洞察に裏打ちされた、アメリカという国家の原理に関するみごとな報告になっている。こんなに面白い「アメリカ本」は本当に久しぶりだ。並行して読んでいた柄谷行人『世界共和国へ』(岩波新書)の方が、何だか霞んでしまう。一体どちらが、この世界の構造を読み解いているだろうかという点で、だけれども。富のすさまじい偏在や、固定化された階層社会というアメリカの実相をデータに基づいてしっかりと分析する手並みが本当にみごとなのだ。アメリカという移民国家の原理を通覧しているという意味では、一種のアメリカ史にもなっている。『それでもなぜアメリカ社会は「心地よい」のか?』(第7章)と自問するあたりは、明らかに僕の考え方とは異なる。急激な勢いでアメリカ化する日本の社会のありようをみていて、僕は「心地よい」とは誰にとって?と問い返さざるを得ないのだ。自由はもちろんだが、平等こそは捨て去ってはならない人類の「希望」だと未だに思う。まあ、とにかくこの本は今年読んだ本の中でも確実にベスト10に入るかなあ。

2006年11月 8日

笠井叡のこどもたち

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笠井叡の舞踏『花粉革命』のステージをみたのはもう5年も前のことになってしまった。凄まじい舞台だった。その笠井の愛弟子たちが笠井の振り付けで踊った。『透明迷宮』と銘打たれたパフォーマンスの会場には、結構、観客が詰めかけていた。何でこんなに若い人がいるんだろう。つば付きキャップをかぶった悪戯っ子のような格好のピアニスト・高橋悠治と弦楽四重奏の生演奏に合わせて舞う。なかでも、上村なおかという女性の踊り手が突出して素晴らしかった。笠井叡がのりうつったみたいな。いきなり冒頭で、その上村が高橋悠治のインプロヴィゼーションにあわせて踊った。さらに、ラストのシュニトケの弦楽四重奏曲にあわせても。これが素晴らしかった! 笠井叡のこどもたちは確実に育っている。

2006年11月 5日

遅刻の贅沢、午睡の快楽~ジョアン・ジルベルト

東京国際フォーラムでジョアン・ジルベルトのコンサート。きのうは1時間15分遅れだったというから、今日はまだ少しはマシなのかもしれないが、それでも1時間の遅刻。場内アナウンスで、「ただいまホテルを出発致しました」「ただいま当ホールに到着致しました」などと言い訳するくらいだから、何というか気分は南米なのだ。それもコンサートが終わってみれば贅沢の一種かもと思えてくる。75歳のジョアンは、囁くように呟くように生ギターをつま弾きながら歌う。気がついてみると、観客のかなりの部分は眠りに落ちている。気持ちがいいのだ。午睡(昼寝)に入る直前のぼんやりとしたあの快感。一体何十曲歌ったかな。30曲以上は歌ったと思う。前回の来日時には、最終日に45曲、3時間45分歌ったというから、これぞ「ボサノバの神様」という実感だ。大枚1万2千円も惜しくなかった。聞くところによると、宿舎の高輪プリンスホテルさくらタワーが大変気に入っているとのこと。チラシにあったように「最後の奇跡」なんかにならないように。

2006年11月 3日

『父親たちの星条旗』と戦争プロパガンダ

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クリント・イーストウッド監督の『父親たちの星条旗』をみる。第二次大戦の激戦、日本軍が「玉砕」した硫黄島の戦いにおいて、米軍勝利の象徴ともなったあまりにも有名な写真がある。擂鉢山に星条旗を立てる6人の米兵。この写真は当時の米国民の戦意高揚のために大いに使われた。9・11直後の現場でもこの写真のイメージを再現したようなシーンがみられたことは記憶に新しい。不屈のアメリカ。旗を立てるとは勝利を意味する行為だ。『父親たちの星条旗』は、硫黄島のその写真に映っているとされた米兵の戦中・戦後のストーリーなのだが、見終わったあとに映画から地続きになっているのは、現在のアメリカであろう。イラク戦争が泥沼化するなかで喘ぐ現在のブッシュ政権下のアメリカ。戦争プロパガンダに使われた個人の運命はどのような道筋をたどるのか。僕らは、例えば、電撃救出作戦で一時ヒロインに祭り上げられたジェシカ・リンチ元上等兵がマスメディアの表舞台からいつのまにか消し去られたことを知っている。日本にも爆弾三勇士の物語がある。『ミスティック・リバー』『ミリオンダラー・ベイビー』と大作を世に問うているクリント・イーストウッド監督。かつての社会派オリバー・ストーン監督の9・11映画よりも、よほど現在に迫る映画をみる思いがする

2006年10月29日

電子時代のポエジーの視覚化

渋谷で坂本龍一とカールステン・ニコライ(アルヴァ・ノト)のパフォーマンスをみる。電子時代のポエジーということを考えてしまった。詩人の松井茂が「純粋詩」と呼んでいるものを連想したのだ。たとえば松井の「純粋詩」において、一定の規則に従って配列された数字の朗読からポエジーが立ち上がるように、現在のような電子時代には、古典的な意味での詩のことばが死滅し、代わりに無機質な記号がポエジーを構成する。古典的な意味での詩人のことばが生命保険会社のCMに奉仕しているのが今という時代なのだ。アルヴァ・ノトのミニマルなビジュアル・アートと坂本さんのピアノ音の共同作業は、どちらかが主でどちらかが従という関係のものではない。アンコール曲で線香花火のような画像と共振して奏でられる坂本さんの繊細なピアノ楽曲を聴いて見て、坂本さんの飽くなき探求への旅への強固な意思を思った。本当に坂本さんは一カ所には決してとどまっていない遊牧民タイプの人だと思う。

2006年10月27日

草間弥生さんが元気でよかった

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今から5年も前に取材したアーティスト・草間弥生さんに随分久しぶりにお会いした。10月18日に行われた世界文化賞の受賞パーティーでのことだ。真っ赤なヘアメイク。相変わらず突っ張っているなあ、と感心してしまう元気さ。草間さんは最近も創作意欲がますます盛んで、去年から描きだしたF100号のキャンバスへのドローイングを、10月12日からNYで開催中の個展で発表したとか。http://www.yayoi-kusama.jp/j/information/index.htmlで、その模様の一部をみることができる。前衛という言葉がまだ死語になっていなかった時代に、その言葉を体現していた草間さんの生き方は、前衛が後退してしまった今のようなひどい時代には、ますます光を増してきている。

2006年10月15日

『ブラック・ダリア』はちょっと怖い

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ブライアン・デ・パルマの『ブラック・ダリア』をみる。この手の映画はどちらかというと苦手だ。1947年に実際にロスで起きた猟奇殺人事件=ブラック・ダリア事件は今でもアメリカの犯罪史のなかで語り継がれているのだとか。何だかこの映画に出でいる俳優はみんな見覚えがあるような気がする。『ロスト・イン・トランスレーション』のスカーレット・ヨハンソンが何と言っても魅力的。『パール・ハーバー』のジョシュ・ハートネットが主役の警官を好演している。『ミリオンダラー・ベイビー』のヒラリー・スワンクが鍵を握る富豪家族の娘を演じている。これら登場人物には誰一人として「正義の味方」がいない。そこがいい。何しろこの映画には謎がたくさん鏤められていて、それが終末に向けて一気につながっていく過程が推理小説を読んでいて加速度がついていくような感じ。個人的には、この富豪一家の母親役の鬼気迫る演技がとても怖くて、この映画の怖さの大部分を占めてしまっている印象。

2006年10月14日

『あなたは……』ラディカルなドキュメンタリーのスタイル

ちょうど40年前のテレビドキュメンタリー『あなたは‥‥』をみる機会があった。何というラディカルなドキュメンタリーだろうか。作・寺山修司と演出・萩本晴彦と村木良彦。このような作品を世の中に問いかけるこころざしが、当時のテレビ界にはあったのだ。まだ当時は白黒フィルムの時代である。東京オリンピックからわずか2年後の「日本人論」を突きつけられた気分だ。それにしても、インタビューという手法が何と新鮮なこと。無機質に浴びせられる質問内容が何と哲学的なこと。「人に愛されていると感じることはありますか?」「それは誰にですか?」「祖国のために戦うことはできますか?」「あなたにとって幸福とは何ですか?」「あなたは今幸福ですか?」「最期にお聞きします。あなたは一体誰ですか?」インタビューされている人たちの表情がとてもいい。顔がいい。当時の日本には本当に希望があった。無機質なインタビュアーが最後に国鉄(JRではない!)の国電の駅構内で、まるで独り言を言うように質問を発し続けるシーンは、質問者が自己解体を遂げていくという恐ろしいシーンであり、これこそが日本のドキュメンタリー史に残るようなラディカルなスタイルだとみた。この続編『あなたは‥‥アメリカ編』の内容は、思潮社の『寺山修司の戯曲3』に収録されている。その解説文を書いていた東由多加も寺山修司ももう死んでしまった。萩本晴彦も。村木さんは健在で、ブログなんぞをやっておられることを「テレビマンユニオンニュース」で知った。それにしても、村木さん、『あなたは‥‥』はラディカルですね。

2006年10月13日

30年前のデジャヴュ『ザ・キムラカメラ』

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『ザ・キムラカメラ』
2006年7月、パロル舎

木村恒久のフォト・モンタージュ作品150点を集大成した『ザ・キムラカメラ』(パロル舎)をみて驚くのは、まるで「9・11」を予知していたかのように、崩壊のイメージを30年前に幻視していたことだ。「都市はさわやかな朝を迎える」(1975年)は、NYの摩天楼が滝の流れに打たれる。激しいデジュヴュ(既視感)に襲われるのは、滝の急流の落下のイメージが明らかにビル崩落のイメージに重なるからだ。あるいは「パニック」(1981年)では、NYの摩天楼に豪華客船が突っ込み火炎が吹き上がっている。豪華客船が航空機に重なるデジャヴュ。「ニューヨークの晩鐘」(1981年)は、ミレーの「晩鐘」がワールドトレードセンターのツインタワービルを背景とした荒野に空間移動し、そこで農夫の祈りが執り行われている。9・11後の犠牲者の追悼であるかのように。これらの木村恒久のイメージの幻視は、発表当時はおそらく余裕のある微笑をもって迎えられていたに違いない。30年が経過して、その微笑は完全に消え去った。ここまで来ると、僕は本書に収められた「アメリカニズム」(1982年)という作品がデジャヴュにならないことを祈らずにはいられない。

2006年10月10日

死者から届いた2冊の本

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『打ちのめされるようなすごい本』
2006年10月、文芸春秋

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『他諺の空似』
2006年8月、光文社

今年5月に他界した米原万里さんから、2冊の新刊本(没後出版)が手元に届いた。死者からの献本というのも奇妙な感じだ。『打ちのめされるようなすごい本』(文藝春秋)と『他諺の空似』(光文社)の2冊。後者にも紹介されていて、本人からも生前聞いたことのある小話を、会社関係のあるパーティーで披露したが、満場の罵声を浴びてしまった。TPOを弁えない下手な話し方は、オリジナルのストーリーの豊かさを台無しにしてしまうことを身を以て知った。関係者の皆さん、ごめんなさい。それはこんな話だった。

ある仲のよい夫婦がなかなか子供にめぐまれず、専門医に相談に訪れた。器質的にも全く正常。妻が席を外した隙に医師が夫にアドバイスする。「どんな方法でもいいから奥さんが一番予期していない瞬間を狙って、アレを仕掛けると受胎率が高いらしいですよ」。4ヶ月後にその夫婦が医師を訪れ、満面の笑顔でお礼を述べる。「先生が仰った通りでした。妊娠しました。」医師が、こっそり夫に聞いてみた。「で、どうやったんですか?」「いや、それほど奇想天外な方法ではありませんよ。女房が冷蔵庫の扉をあけて何かを一生懸命さがしていたんです。それで僕は後ろから忍び寄ってスカートをめくって」「うーむ。そりゃ奥さんは驚かれたでしょうなあ」「いやあ、女房はそれほどでもなかったみたいです。ただ、スーパーマーケットの店員やお客さんたちが驚いて、あやうく警察に通報されそうになりまして」。

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2006年10月 8日

誰がアンナ・ポリトコフスカヤを殺したのか?

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『チェチェン やめられない戦争』
2004年8月、NHK出版

滞在先の旭川で北海道新聞の朝刊を開いて驚いた。ロシアの著名なジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ記者が自宅アパートのエレベーター内で何者かによって4発の銃弾を受けて殺害されていたというのだ。これは間違いなく政治的暗殺=テロであろう。ロシアのプーチン政権のチェチェン政策をジェノサイド(民族殲滅)と徹底的に批判していた彼女の記事は、ロシア政府にとっては、映画のタイトルをもじって言えば、まさに「不都合な真実」(Inconvenient Truth)だった。真実が暴露されることを恐れるのは、どこの地域であろうと独裁権力に共通する性向だ。彼女のかつての著作『チェチェン やめられない戦争』(NHK出版)は、権力者が暴露を恐れる真実に満ちていた。誰が彼女を殺したのか? 何者が彼女を葬ることに利益を見いだしていたのか? 多くの心あるロシア人たちはとっくに知っているだろう。勇気あるジャーナリストの死をこころから悼むとともに、彼女を政治テロによって葬った<彼ら>に対する心底からの不服従を誓うこと。<業務外>日誌からは、いささかはみ出してしまう記載になってしまった。

2006年10月 3日

半世紀以上にわたる「知米」派の良心の書

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『アメリカよ、美しく年をとれ』
2006年8月、岩波書店

こういうまともな本に出会うと、つくづく、深く長く知ることの力というものを感じる。猿谷要『アメリカよ、美しく年をとれ』(岩波新書)は、薄っぺらな言葉が溢れかえっている今のメディアのなかで、実体験に裏打ちされた誠実な言葉がどのようなものかを示したお手本のような本だ。

私はアメリカとのつきあいに、一生をかけてきたような気がする。

終章でさらりとこう書き出す猿谷氏のアメリカとのつきあいは、「鬼畜米英」の1940年代初めに遡る。以降、氏は、半世紀以上にわたって、実際にアメリカに住み、アメリカ人たちと交流し、アメリカという国の<変化>をしっかりと見据えてこられた。この<変化>を知っているが故に、なぜ今のアメリカがこれほど嫌われる国になってしまったのかを語ることができるのだ。2006年の調査で「世界で最も悪い影響を与えている国はどこか?」の質問に、イランに次いでアメリカが二位、前の年は第一位だったというのだから。9月29日のこの欄で記した松山幸雄さんの『自由と節度』の紹介でも触れたことだけれど、「反米・親米」の二分法による論議ほど不毛なものはない。猿谷氏のように、反米でも親米でもなく、もっともアメリカをよく知る「知米」派の良心を、この本から十分に汲み取ることで得るものは、今のような時代のなかではあまりにも大きい。

2006年9月30日

『不都合な真実』〜もしもゴアが大統領になっていたら

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映画『不都合な真実』の試写が終わった途端、周囲の席からは、ため息まじりに、「あ~あ、もし、ゴアが米大統領になっていたら、世界はねえ・・・」などという声が複数聞こえてきた。地球温暖化とは何なのか。地球を覆う異常気象の元凶は何か。人類は地球というこの水晶玉のような美しい惑星と共存できるのか。政治家アル・ゴアの「スライド講義」を映画化したこの作品は、強い説得力を持つ。消費・浪費が経済発展の推進エンジンだ、などという粗雑な論法が、いかに人間の幸福とはかけ離れたものをもたらすのか。この映画は、学校の先生が生徒に「いいかい? 世界の仕組みはね・・・」と諭すように心に染み込んでくる。アメリカにはまだこのような映画をつくって世の中に問いかけを行うというパワーが厳然としてあることに衝撃を受ける。そうそう、きのう書いた松山幸雄さんの『自由と節度』に出てくるアメリカのよき部分の証明みたいな作品だ。ごく自然に他人に勧めたくなるアメリカ映画も最近ではめずらしい。

2006年9月29日

親米・反米・知米 教科書としての『自由と節度』

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『自由と節度』
2001年12月、岩波書店

朝日新聞・元論説主幹の松山幸雄さんの『自由と節度』(岩波書店)は、マスメディアのなかで、アメリカに赴任する特派員たちにとっては、いわば教科書のような本だ。現に自分も、ワシントンに赴任する前に、この本を筑紫哲也さんからいただいて読んだ記憶がある。OB記者の書いた本の多くは、結局のところ、特ダネ自慢や、赴任した米国「では」、フランス「では」、イギリス「では」こうだった、という「出羽守(デワノカミ)」が多いので、読者にとってはウンザリさせられることが多いのだけれど、松山さんの著書は、深い味わいがあり、記者ばかりか、多くの人が読んでもとても面白い「読み物」の特級品だと思う。最初に読んだときに記憶に残っていたのは、ロッキード事件の捜査開始前、当時の布施健検事総長が朝日の社会部長と密かに会って、新聞は本気で最後まで応援してくれるか、と打診していたという超弩級のエピソードだった。自分も駆け出し記者の頃、ロッキード裁判を取材していたので、特にひっかかった逸話だったのだろう。

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2006年9月24日

楽観論から遠く離れて〜和田伸一郎『メディアと倫理』

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『メディアと倫理』
2006年1月、NTT出版

現在のテレビ報道やインターネットが陥っている<病理>について、ネット万能主義を称揚するような時代の主流=楽観論に抗しながら、真摯に論究し続けるのは、もはや少数派かもしれない。和田伸一郎という少壮社会学者の『メディアと倫理』(NTT出版)は、そのような試みのひとつだろう。生硬な言葉遣いの箇所が散見されるけれども、原理的な考察を含むがゆえにとても貴重な本だと思う。

他者の苦しむ映像を見ていても、自分とは関係のない出来事としてそれから身を退きながら、しかしそれを見ているという事実によって、世界に参加しているという気分を感じていることができる。重要なのは、画面を通じて気楽に「いま現にあるこの世界」に参加しているという感覚であって、他者が画面の中で苦しんでいたとしてもそれについて考えても仕方がない、それは重要ではない、とでもいうかのように。世界を「前にした」このようなシニカルな態度が定着することに最も貢献した画面ということで言えば、やはりそれはテレビではないだろうか。(同書より)

こんな調子で、テレビ報道の機能や、インターネット特有のコミュニケーションの<個室化>がもたらす倫理の退廃状況の分析をおこなっている。この種の本を、ネット礼賛論者らが手に取ることはないだろう。しかし、もっとも読まれなければならないのは、そうした人々こそなのだが。

2006年9月22日

石内都さんと久しぶりにお会いする

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http://www.syabi.com/topics/t_ishiuchi.html

写真家の石内都さんが写真美術館で『mother’s』を開催するというので、そのレセプションに出かけた。5年ぶりくらいか、随分久しぶりにお会いした石内さんは、和服でクールに決めていた。自分が予想していた写真家のレセプションというのとは大いに異なっていて、会場は人で溢れていて活気があった。女性が多い。石内さんには女性ファンが多いのだ。『mother’s』は以前もみたが、今回のはベネツィア展を経て、新作を加えた完全版。母親の遺品に宿る<生>の生々しさ(変な言葉遣いだな)に、男としてはたじろぐものを感じる。そのまま二次会に吸い込まれて行ってしまったが、笠原美智子さんら旧知の方達と再会することができて、やはり出かけてきてよかった。日本における女性写真家というと、吉田ルイ子や大石芳野の名前が思い浮かぶが、二次会の席上でお酒の入った誰かが「石内さんが断然いいよな!」と叫んでいた。

2006年9月18日

石田徹也 退嬰の時代のカナリア

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きのうのNHK教育テレビ『新日曜美術館』で紹介されていた石田徹也の作品に衝撃を受けた。彼の作品の一部は、http://www.cre-8.jp/snap/390/index.htmlでみることができる。

わずか31歳で鉄道事故でこの世を去った石田の作品に漂う強烈な同時代性。「退嬰」「引きこもり」「コクーニング(繭化)」といった言葉が頭をよぎる。石田の作品のモチーフにはこうした時代の空気が正視できないほど露わに表出されているのだ。そして石田の作品に頻繁に登場する主人公のようなスーツ姿の男。その視線は宙をさまよい、表情はほとんど虚無と見まごうほどの悲しみに包まれている。さらに、登場人物たちは、ほとんど逃亡先と物的に「接合」されているのだ。『飛べない男』は飛べない模型飛行機に「接合」されている。『トイレに逃げ込む男』は便器に「接合」されている。会社の人事面接官たちは、顕微鏡に「接合」されている。画家はかつては時代のカナリアだった。そのことを石田作品は思い出させてくれた。

2006年9月16日

ケン・ローチの新作は素晴らしい

ケン・ローチ監督の新作『麦の穂をゆらす風』は、今年度カンヌのパルムドール(グランプリ)受賞作品である。この作品の素晴らしさ、この作品が観客達にどれほどの感動を与えたかというニュースを、残念ながらこれまで僕は読んだり、目にしたことがなかった。日本から大勢出かけていったメディアの人間たちは一体何をしていたのだろうか。愚にもつかない自社作品の宣伝活動のためだけに団体旅行でもしていたのだろうか。大体、彼らはこの作品をみたのだろうか? いや、そんなことを言っても仕方がない。人はみたいものしかみないのだから。

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2006年9月12日

「全身ドキュメンタリスト」の逸品をみる

以前この欄で僕は、元RKB毎日ディレクターの木村栄文さんのことを、「全身ドキュメンタリスト」と書いたことがある(06年3月12日の欄)。その思いは今でも変わらない。東京では放送されなかったが、おとといの深夜、九州と山口のいくつかのテレビ局で放送された30分のドキュメンタリー作品『絵かきの優さん』をみる。栄文さんの傑作『あいラブ優ちゃん』の、30年という長い歳月を経ての「続編」である。今年3月に放映されたNHKドキュメンタリー『もういちどつくりたい』では、11年前に患ったパーキンソン病の手術の模様を撮らせていた。この『絵かきの優さん』全編に溢れるわが子・優子さんへの愛情。優子さんが生前に描き続けた「絵」のチカラに素直な感動を覚えた。

2006年9月11日

9・11から5年。究極の核テロをめぐって

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科学者たちのまともな社会的主張が読めるアメリカの雑誌『Bulletin of the Atomic Scientists』の最新号は「Nuclear 9/11」を特集に組んでいる。9・11以降の最悪のテロの形の可能性、すなわち核物質を使ったテロの可能性について、2人の論者が記している。その基本姿勢が正反対なのが実に面白い。グラハム・アリソンというシンクタンクの研究者は、9月11日から5年を経て、核テロが起きるおそれにおいては、世界はより脆弱になったと断じている。「アメリカのヒロシマ」は、オサマ・ビンラディン自身が使っていた表現だ。もうひとりの筆者ワシントンポスト電子版のコラムニスト、ウィリアム・アーキンは、これとは違う結論を導いている。アーキンによれば、核テロの危険が実態以上に誇張され利用されている。例えばイラク戦争にみられたように。大量破壊兵器をめぐる実際の状況は、5年前に比べて脅威が確実に減っているというのだ。どちらが正しい分析なのかはわからないが、危機は煽る側が説得力を常に持つものだ。オオカミ少年の寓話を引き合いに出すまでもなく、本当の危機が訪れたときに、まともに対応できる想像力を維持することが必要だ。それには危機に乗じるよりは、すべての前提にとりあえず懐疑の目を向けてみる必要あるのかもしれない。イラク戦争開戦から3年以上を経て、イラクのフセイン政権は、アルカイダとは全く関係がなかったという報道がアメリカから伝わってきた。

2006年9月10日

EUヨイショ本のタイトルについて

オリジナル本の原題と翻訳本のタイトルが異なるケースというのが世の中にはままある。マイケル・ムーアの『Stupid White Men』が『アホでマヌケなアメリカ白人』になっていた程度ならまだいいとしても、この本のように中身とタイトルがまるで違っているのには、翻訳者の言い訳を越えて、どんなものだ