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 やっぱり何を描くかだよね。 »

ほんとうのことをいう言葉のちから

大昔のことだが、詩人・谷川俊太郎の初期詩集のなかに、こんなフレーズがあって衝撃を受けた記憶がある。

本当の事を云おうか
詩人のふりはしているが
私は詩人ではない

こんなことを詩にするなんて、何という詩人なんだ。幼かった僕はそう思っていた。けれども、言葉を使って魂の内奥を伝える、ほんとうのことを云う時、言葉はちからを持つ。ウソの言葉は所詮は、上滑りに終わる。ウソは現実に凌駕される。(と思いたい。)ほんとうのことを云っている言葉に最近立ち会った。いや、正確には一度は立ち会い、もう一回はその映像をみたのだった。いずれも葬儀の弔辞だ。これまで型どおりの儀礼的な弔辞をイヤになるほど聞いてきたが、僕が最近聞いたその弔辞は、立ち会っていた人々のこころに突き刺さってくるようなちからをもっていた。ひとつは映像ドキュメンタリスト・村木良彦さんの告別式で、盟友・今野勉さんが読んだ弔辞だ。深い感銘を覚えた。村木さんの葬儀にしか出られなかった自分を恥じたほどだ。僕はそれを収録された告別式の映像で見たのだった。もうひとつは、僕が駆け出しの記者で検察庁担当の記者だった80年代初めの頃、よく朝まわりをした相手の検事の会葬でのことだった。のちに検事総長になった北島敬介氏の葬儀で、司法修習同期生の堀田力さんがおくった弔辞。深くこころを動かされた。その直前の法務大臣の弔辞(代読)があまりに無内容だったからかもしれない。あるいは、言葉のちからの無力さばかり感じるこの頃なので、余計に身に沁みたのかもしれない。
敬愛する作家・星野博美さんの『のりたまと煙突』の末尾の文章を引用させてもらう。

富める者も貧しい者も、健やかな者も病める者も、幸福な者も不幸な者も、大勢の人に囲まれた者も孤独な者も、墓場に持っていけるのは思い出だけだ。とかく不平等がはびこる現世で、そのことだけが人間に与えられた、唯一無二の平等なのかもしれない。だから、いつか消えゆく日まで、思い出をたくさん作って生きてゆきたい。それだけが、誰にも奪うことのできない、自分だけの宝物なのだから。(同書より)

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死ぬ時 
思い出 経歴 子供 孫 偉人さ 最下層感 天才感 ほか 全てがどうでもよくなりそういうことから抜け出ることが死だと感じている

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Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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