Calendar

2008年4月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

Recent Comments

Category

« 音楽はいのちをかけるに値するものだ
メイン
モディリアーニのミューズたちを見にゆく »

柳川・白秋・伝習館

仕事絡みで福岡県の柳川市に行ってきた。目的は会議だ。初めて足を踏み入れた土地だ。市中をお堀が巡らされており、さながら日本のベニスといった所か(陳腐な物言いだなあ)。折角なので川下りや立花家の所蔵品を見たりした。柳川には詩人・北原白秋の生家がある。そこも覗いてみた。御花史料館「殿の蔵」の贅を尽くした所蔵品には舌を巻いた。大名の巨大な権勢を裏打ちする美術品の数々に畏れいる。詩人・北原白秋の晩年もまた、戦争の時代に翻弄されていたことがわかる。没年は1942年だが、1939年には翼賛団体・日本文化中央連盟より依頼されて、神武東遷を讃える紀元二千六百年記念交声曲『海道東征』の作詩を担当、さらには長唄『元寇』の作詩も行っている。太陽の下、川下りの船の上で柳川市のマップをぼんやりと開いてみて、脳裏に飛び込んできた文字があった。伝習館。そうか、伝習館高校は柳川市にあったのか。何だか、いきなりつながってきたような感覚。『独立少年合唱団』のあの世界に。北原白秋も伝習館の出身である。ただ僕らのような年代の人間には、伝習館と聞けばぴんと来る人もいるはずだ。伝習館闘争。1970年に福岡県教委が伝習館の教師3人を懲戒免職にしたことに端を発する。教育権とは何か、学習指導要領とは何か、について本質的な問題提起が行なわれたケースだ。何だか頭の中でぐるぐるといろんな想念が回り始めている。何も何も変わっていない。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/3310

コメント (2)

伝習館闘争なって言葉、聞くと思わんかったのう。

伝習館闘争なんて言葉、聞くとは思わんかったのう。

コメントを投稿

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.