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« やっぱ、オレはシカラムータ派だな。
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音楽の官能、小説の官能(2)

シカラムータのライブ会場(4月2日の項参照)で買った瀬川深の小説『チューバは歌う』(筑摩書房)を読んだ。大熊ワタルに捧ぐ、とあるだけに、期待を裏切らない疾走感。読む速度がどんどん増していく。シカラムータの演奏に十二分に拮抗しているぞ。こういう小説に出会うと嬉しくなる。この小説の登場人物にはモデルがいるよな、とニヤニヤしながら、関島岳郎が女装してもっと若くなった姿(!?)などを想像しながら、いや、そういうのでもないよな、と自己修正しながら一気に読む。瀬川という作者の音楽への愛、ホンネが小説中の主人公の独白に随所にちりばめられていて、圧倒的に共感したね。

これははっきり言おう、音楽をやっている人間たちの大半、おそらくは九十九パーセントかそれ以上は、実のところ、本当の意味で音楽をやっているわけではないのだ。自分たちのやっていると信じる音楽を包括してくれるジャンルの中に居場所を求め、そのジャンル全体の認知を裏切らないことを最上の価値とするのだ。そこには様式美はあるが、面白みはない。すでに築かれた塔に上って風景を楽しむことはできるが、その塔に新たな階層を付け加える勇気はない。要するに、皆、いくつもの小島の周りを泳いで珊瑚礁の海を楽しんではいるのだ。しかし、どんな波がくるかわからない外海へと向けて泳ぐ意志と力はない。(本書より)

ここまで突っ張れるのも、シカラムータと伴走しているからだ、とつくづく思う。また小説の官能と音楽の官能が共振している現場に立ち会った気分だ。

<追記>同書に併録されている「飛天の瞳」と「百万の星の孤独」もいい。特に「百万の~」は、イニャリトゥの映画をみてるみたいで、それぞれの孤独がつながっている人間という存在のありようを描いていて心地よい読後感。 

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コメント (2)

なんかよくいろいろ読んでますねえ。

音楽家の大部分が様式に酔っているだけという指摘はするどいと思いますが、そういう様式美にも惹かれてしまう自分もいます。どっか安心したいのかなあ。困った
もんですが、だからヒトなのか?

話は変わりますが、高野さんとの対談が
おもしろかった。次回はもうちょっと
ヤバい話もお願いします(笑

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Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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