« 2008年3月 | メイン | 2008年5月 »

2008年4月30日

 やっぱり何を描くかだよね。

根津の小さなギャラリーで、内澤旬子さんの原画展が今日から始まるというお知らせをいただいていたので、出かけてみた。『庫の中』という本の挿絵の原画展だ。内澤さんといえば『世界屠畜紀行』だ。あれはすばらしい本だった。今回のは、神奈川近代文学館(あれれ、正確かな?)に所蔵されている日本の作家たちの私物を丁寧に丁寧に描いたものだ。埴谷雄高の自宅の木製の郵便箱とか夏目漱石のハンコ(彼は印鑑マニアだったそうな)とか大岡昇平の復員当時の服とか。これがとても面白い。ディテールに神は宿りたまいき。萩原朔太郎の『月に吠える』や永井荷風の『ふらんす物語』が発売当時、発禁になっていたとはね。その小さな画廊には、ご本人がいらしたが、「強烈な意志のひと」とみた。どう描くかもあるけれど、この人の場合は、何を描くかが圧倒的に重要なファクターだなと再認識した。それにしても根津のあたりは歩いていてホッとするね。

2008年4月29日

ほんとうのことをいう言葉のちから

大昔のことだが、詩人・谷川俊太郎の初期詩集のなかに、こんなフレーズがあって衝撃を受けた記憶がある。

本当の事を云おうか
詩人のふりはしているが
私は詩人ではない

こんなことを詩にするなんて、何という詩人なんだ。幼かった僕はそう思っていた。けれども、言葉を使って魂の内奥を伝える、ほんとうのことを云う時、言葉はちからを持つ。ウソの言葉は所詮は、上滑りに終わる。ウソは現実に凌駕される。(と思いたい。)ほんとうのことを云っている言葉に最近立ち会った。いや、正確には一度は立ち会い、もう一回はその映像をみたのだった。いずれも葬儀の弔辞だ。これまで型どおりの儀礼的な弔辞をイヤになるほど聞いてきたが、僕が最近聞いたその弔辞は、立ち会っていた人々のこころに突き刺さってくるようなちからをもっていた。ひとつは映像ドキュメンタリスト・村木良彦さんの告別式で、盟友・今野勉さんが読んだ弔辞だ。深い感銘を覚えた。村木さんの葬儀にしか出られなかった自分を恥じたほどだ。僕はそれを収録された告別式の映像で見たのだった。もうひとつは、僕が駆け出しの記者で検察庁担当の記者だった80年代初めの頃、よく朝まわりをした相手の検事の会葬でのことだった。のちに検事総長になった北島敬介氏の葬儀で、司法修習同期生の堀田力さんがおくった弔辞。深くこころを動かされた。その直前の法務大臣の弔辞(代読)があまりに無内容だったからかもしれない。あるいは、言葉のちからの無力さばかり感じるこの頃なので、余計に身に沁みたのかもしれない。
敬愛する作家・星野博美さんの『のりたまと煙突』の末尾の文章を引用させてもらう。

富める者も貧しい者も、健やかな者も病める者も、幸福な者も不幸な者も、大勢の人に囲まれた者も孤独な者も、墓場に持っていけるのは思い出だけだ。とかく不平等がはびこる現世で、そのことだけが人間に与えられた、唯一無二の平等なのかもしれない。だから、いつか消えゆく日まで、思い出をたくさん作って生きてゆきたい。それだけが、誰にも奪うことのできない、自分だけの宝物なのだから。(同書より)

2008年4月26日

パスカルズ@横尾忠則展を「かぶりつき」で

kanehira080426_1.jpg
終演後、パスカルズの石川浩司さんと

パスカルズというバンドがある。はじめて見たのは友部正人のコンサートで、だったような記憶があるけれど、確かじゃない。僕にとって何といってもいま現在NO1の楽隊であるシカラムータが、バルカン的チカラのエナジー・バンドだとすれば、パスカルズはフランスのエスプリだ。エリック・サティの音楽の喜びを感じさせる、ほのぼの系というか、人を解放してくれる音楽を奏でる。元たまの知久寿焼や怪人・石川浩司らもメンバーに参加しているほか、先日、川上未映子らをゲスト招いてテント・ライブをやった坂本弘道もメンバーに加わっている。そのパスカルズが世田谷美術館の横尾忠則展オープニング・イベントに出てくるというので出かけたら、とっくにチケットは完売になっていた。甘いよな、俺は、このバンドのカルト的な人気を考えれば。しかも雨天で野外ライブのはずが美術館講堂での開催に変えられていた。立ち見でもいいやと思っていたら、そういう人たちが沢山いて、美術館のロビーに溢れている。結局、世田谷美術館側の粋な配慮で、開演ギリギリになって、講堂のなかにできるだけ人を入れることになった。それで僕もタダでこの貴重なライブをみることができた。しかも「かぶりつき」で。わずか1メートル前に松井亜由美さんがいてバイオリンをひいている。石川浩司の「横をタダ乗り」には笑ったが、知久寿焼の澄んだ歌声を久々に聞いて、ぐっと来るものがあったね。

2008年4月20日

死ぬまで女でいたいのです

確か、パルコかどこかの名コピーに「死ぬまで女でいたいのです」というのがあった記憶があるけれど、マルグリット・デュラスの年譜に目を通すと、この作家が81歳で没するまで、自立したおんなであることを見事に体現した生涯であることが伝わってくる。『太平洋の防波堤』『愛人 ラマン』所収の池澤夏樹版・世界文学全集第4巻をようやくにして読了。サガンの『悲しみよこんにちは』とのカップリングである。かわった組み合わせだ。植民地下での濃密な体験をもとに紡ぎ出されたデュラスの作品の重みは圧倒的で、他の作品も読まずにはいられなくなる。この本の585ページにある母親と少女期のデュラスのツーショット写真に何か特別ななまなましさを感じてしまう。不思議なものだ、小説のちからというのは。57歳のデュラスと38歳のサガンが同じ宣言書に名前を連ねたのが、1971年に『ヌーヴェル・オプセルバトゥール』誌に載った「343人のあばずれマニフェスト」である。中絶禁止の法律撤廃をもとめたラディカルな宣言だが、このような時代があったことが今となっては歴史に属するはるかな過去のような気がするのはなぜか。理由は明白だ。

2008年4月15日

モディリアーニのミューズたちを見にゆく

36歳で夭折した画家アメデオ・モディリアーニの肖像画に登場する多くの婦人たち。そのなかでも最愛の女性と言われるジャンヌ・エビュテルヌ。彼女はモディリアーニの死後、彼のあとを追って、自ら死を選んだのだという。実生活の生々しさを想像しながら数多く展示されている肖像画をみる。会場の国立新美術館は、昼休み時間に行ってみると、それほど混んではいなかった。人づてに聞いた話だけれども、以前フェルメール展の時は、まるで動物園のパンダ舎の檻の前みたいに、係員が「長く立ち止まらないでください」などと言って、入場者の誘導をしたそうだ。見に行った人が呆れ果てて憤慨していた。さて、今回の展示作品のなかでも、1917年頃に描かれた『若い娘の肖像』(ロンドン、テート)の瀟洒な顔立ちに強く惹かれる。何だか東洋的な顔立ちの婦人である。

2008年4月13日

柳川・白秋・伝習館

仕事絡みで福岡県の柳川市に行ってきた。目的は会議だ。初めて足を踏み入れた土地だ。市中をお堀が巡らされており、さながら日本のベニスといった所か(陳腐な物言いだなあ)。折角なので川下りや立花家の所蔵品を見たりした。柳川には詩人・北原白秋の生家がある。そこも覗いてみた。御花史料館「殿の蔵」の贅を尽くした所蔵品には舌を巻いた。大名の巨大な権勢を裏打ちする美術品の数々に畏れいる。詩人・北原白秋の晩年もまた、戦争の時代に翻弄されていたことがわかる。没年は1942年だが、1939年には翼賛団体・日本文化中央連盟より依頼されて、神武東遷を讃える紀元二千六百年記念交声曲『海道東征』の作詩を担当、さらには長唄『元寇』の作詩も行っている。太陽の下、川下りの船の上で柳川市のマップをぼんやりと開いてみて、脳裏に飛び込んできた文字があった。伝習館。そうか、伝習館高校は柳川市にあったのか。何だか、いきなりつながってきたような感覚。『独立少年合唱団』のあの世界に。北原白秋も伝習館の出身である。ただ僕らのような年代の人間には、伝習館と聞けばぴんと来る人もいるはずだ。伝習館闘争。1970年に福岡県教委が伝習館の教師3人を懲戒免職にしたことに端を発する。教育権とは何か、学習指導要領とは何か、について本質的な問題提起が行なわれたケースだ。何だか頭の中でぐるぐるといろんな想念が回り始めている。何も何も変わっていない。

2008年4月 9日

音楽はいのちをかけるに値するものだ

畏友Yさんから渡された旧作の日本映画のビデオをみる。ひどく感動した。『独立少年合唱団』(2000年)だ。ストーリーの舞台設定は、1970年代初頭の群馬県あたりの(?)キリスト教系全寮制男子中学校。見始めてしばらくは、ああ、これも、怪物=モンスターとしての「過激派」を、わかったように描いた作品かもなあ、と思いきや、そうではなくて、変声期の少年の不安定な<叫び>と、あの時代の不安定な<叫び>が共振している、とてもすぐれた作品だと実感、ぐんぐん引き込まれていってしまった。こういう日本映画もあったんだ、と。何でDVD化もされていないんだろう。どうでもいいくだらない映画がDVD化され尽くしているのに。『独立少年合唱団』、見方によっては、もうひとつの『連合赤軍』(若松孝二)的映画ともとれるし、大昔のせつない青春映画『帰らざる日々』(1978 藤田敏八)的映画ともとれる。ボーイソプラノのヤスオ役の藤間宇宙の演技の狂気が素晴らしい。そう、音楽はいのちをかけるに値するものだ。『サイゴン・タンゴ・カフェ』 → 坂本弘道 → シカラムータ → 『チューバはうたう』 → 『独立少年合唱団』→ のつらなりでの結論。

2008年4月 7日

音楽の官能、小説の官能(2)

シカラムータのライブ会場(4月2日の項参照)で買った瀬川深の小説『チューバは歌う』(筑摩書房)を読んだ。大熊ワタルに捧ぐ、とあるだけに、期待を裏切らない疾走感。読む速度がどんどん増していく。シカラムータの演奏に十二分に拮抗しているぞ。こういう小説に出会うと嬉しくなる。この小説の登場人物にはモデルがいるよな、とニヤニヤしながら、関島岳郎が女装してもっと若くなった姿(!?)などを想像しながら、いや、そういうのでもないよな、と自己修正しながら一気に読む。瀬川という作者の音楽への愛、ホンネが小説中の主人公の独白に随所にちりばめられていて、圧倒的に共感したね。

これははっきり言おう、音楽をやっている人間たちの大半、おそらくは九十九パーセントかそれ以上は、実のところ、本当の意味で音楽をやっているわけではないのだ。自分たちのやっていると信じる音楽を包括してくれるジャンルの中に居場所を求め、そのジャンル全体の認知を裏切らないことを最上の価値とするのだ。そこには様式美はあるが、面白みはない。すでに築かれた塔に上って風景を楽しむことはできるが、その塔に新たな階層を付け加える勇気はない。要するに、皆、いくつもの小島の周りを泳いで珊瑚礁の海を楽しんではいるのだ。しかし、どんな波がくるかわからない外海へと向けて泳ぐ意志と力はない。(本書より)

ここまで突っ張れるのも、シカラムータと伴走しているからだ、とつくづく思う。また小説の官能と音楽の官能が共振している現場に立ち会った気分だ。

<追記>同書に併録されている「飛天の瞳」と「百万の星の孤独」もいい。特に「百万の~」は、イニャリトゥの映画をみてるみたいで、それぞれの孤独がつながっている人間という存在のありようを描いていて心地よい読後感。 

2008年4月 2日

やっぱ、オレはシカラムータ派だな。

このところ気がふさぐことが多くて、気分を切り換えたくて久しぶりにシカラムータのライブを見に行った。しかも11人編成、ダブル・チューバ、ダブル・ドラムスの大編成である。その迫力たるや。スターパインズ・カフェはちょうどいい、狭くて。肌に震動が伝わってくるこの距離感。休憩をはさんで後半に入ってからが俄然盛り上がった。こないだ太宰治賞をとった作家・瀬川深という人もステージに登場してきて、彼の作品にちなんで世界初演となった『火のなかの火』がなかなかよかった。さらにはカタロニア民謡のあの『鳥の歌』には泣けてきた。『スカラベ・マーチ』に続いて、トルコ民謡の『アルティガーナ』が楽しい、楽しい。アンコールは『アルバート・アイラー・メドレー』ときたもんだ。日本の音楽シーンのフロント・ランナーと言われている人たちのライブをいろいろ聴いてきたが、やっぱオレは、菊地成孔もいいけど、小曽根真もいいけど、シカラムータ派だな。からだが求めているものな。シカラムータが商業的に大ブレイクすることはないかもしれないけど(ごめん、そういう時代には日本に革命が間近な時だ)、こんなにラディカルで、世界仕様で、クールで、切れがいい楽隊って、そんなにいないと思う。ついて行きますよ、どこまでも、と。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.