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2008年3月30日

ピナ・バウシュが生きている時代に生きていてよかった。

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ピナ・バウシュ『フルムーン』休憩中の舞台

ピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏団の日本最終公演『フルムーン』をみた。新宿文化センターのステージ中央奥、上手に大きな岩がある。その下には川か。ステージを水が流れている。基本的にはシンプルなステージの装置だが、水を使うことの困難さは想像に難くない。初演は2006年パリという。人間という存在の原初は水にあった。ステージに雨が降る。降り続ける。人が泳ぐ。本当にステージでダンサーたちが泳ぐのである。全体が大きな生命賛歌になっている。初期作品の絶対に笑わないあの緊張した表情とはかなり変化している。どちらも好きだ。人間は抱擁する。人間はキスをする。人間は欺く。人間は突き放す。人間は走る。人間はダイビングする。人間は性交する。これらの存在のありようを精一杯、ダンスで表現する。一体どのくらいの量の水が使われたのだろうか。振り返ってみれば、1986年の日本初公演以来、ずっとピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏団のステージをみてきた。ある時はステージに土がびっしりと敷き詰められていたりした。先日みた『パレルモ、パレルモ』は、崩壊した石壁がステージを覆っていた。物質と人間。身体的記憶と反復される単純動作。ピナ・バウシュが生きていて振り付けたダンスをこうして目の前で演じられるのが見られるなんて、何て幸運なんだろう。至福の時間が過ぎていった。これから先、自分がどこにいようと彼らのステージを見ていたい。

2008年3月29日

殺したいほど愛しているぜ~チェリスト坂本弘道の激情

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ダンスパフォーマンスと坂本

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坂本のチェロ独奏

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吊され燃やされるチェロ

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ピアニカ大団円

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状況劇場的

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喝采

木場公園の特設テントに入ってみると、こりゃあ昔の状況劇場っぽい仕掛けだな、と。僕らは会場到着が開演ギリギリだったので、何と立ち見だった。2時間40分。ちょっときつかった。年だから。上々颱風の白崎映美とのコラボ。ずいぶん久しぶりに聞く、みる姿。ちょっと妖艶度が増したかな。上々は西川郷子とのハーモニーが美しかったものなあ。ダンスも存在感のある特異なパフォーマンス集団で面白い。そしてお目当ての川上未映子の朗読と歌。肉声での歌を聴くのは初めてだ。こういう世界を知っているから、小説世界の奥行きとか拡がりがものすごくデカいんだと勝手に思ってしまう。遠藤ミチロウは相変わらずのアナーキーさだったが、ちょっと長すぎる気がした(ごめん)。チェロという「音を出す器」はよく女性のからだに例えられることがある。坂本弘道のチェロに対する振る舞いは、その過剰な想いゆえに、あまりにも暴力に満ちた愛の直接表現となっていた。グラインダーで削る、マッサージ機でいたぶる、鉛筆で突く、終いには、ああ、そこまでやるか。「殺したいほど愛しているぜ」の最終表現は、ドリルで傷つけた上、ロープで吊して燃やすに至る。その間隙に流れる優美な甘美な切ない旋律。大団円では、状況劇場! 後方のテントがめくれ上がり、その彼方に拡がる現実界。いいぞ!風の旅団!これこそは究極の愛のコンサートだ。

2008年3月25日

アントニオ・ネグリを入国させない日本の恥辱

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『帝国』
2003年1月、以文社

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『ネグリ自伝』
2003年3月、作品社

アントニオ・ネグリ/マイケル・ハートの『帝国』(邦訳は以文社から2003年に出ている)は、いま現在の思想情況を語る時に避けて通ることのできない諸問題の提起を行っている重要な書物である。日本の入管当局にとっては、もちろんそんなことは知ったこっちゃないだろう。<危険人物>と「当該データ」にある限りはニッポンには入れない。入管とはそのような権力装置なのだから。本質的な問題は、その「当該データ」なるものが、一体誰によってどのように作成され、どれほどの真実性を持っているのか、なのだが。ネグリはこれまで22ヶ国で、教鞭をとったり、講演・執筆・政治活動を行ったりしてきた。東大・京大・東京芸術大などが彼をゲストとして招き講演会を行うべく準備をしてきた。そこへ今回の仕打ちである。いっそのこと、政府はそういう<危険人物>認定をした著者なんだから、彼の書物を禁書=発禁処分にでもしたらどうか。この際、徹底的に世界中の笑いものになった方がいい。『ネグリ自伝』(邦訳は作品社から2003年3月に出た)の日本語版のための序文は、この状況下では特別な意味を帯びる。

親愛なる日本の友人たち、よく読みとっていただきたいと思う。私はあなた方と知り合いになるために日本に行くことは、まだできない。(中略)しかし、往々にして事態は悪い方から先に進むものであるとはいえ、苦悩や否定の作用のなかにもっとも高い希望を見つけることができるということも、また真実なのである。では、近いうちにお会いできることを楽しみにして。(同書より)

この国の法務・検察・司法がおかしな方向に急激にカーブを切っているのではないか。このことを、後世の人々は悲しみをもって知るのかもしれない。

2008年3月23日

音楽の官能、小説の官能

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『サイゴン・タンゴ・カフェ』
2008年2月、角川書店

このところ、たまたま読んだ小説がみんな面白くて、現実逃避の手段として小説にハマってしまいそうだ。ヤバいね。中山可穂の『サイゴン・タンゴ・カフェ』(角川書店)もそういうなかの一冊だ。ピアソラの曲にインスパイアーされて書き上げられた小品群も、品位と退廃がともに漂っていてぐいぐい引き込まれてしまう。ピアソラの曲の官能に照応する小説の官能。タンゴは切ない。人生のように。本の表題になっている『サイゴン・タンゴ・カフェ』も独自の世界をもった官能的な非通俗=恋愛小説だ。

この世のあらゆる思想は信じるに足りぬが、ただタンゴだけは無条件で愛せるのだと語っているかのような没入の背中や、リズムにあわせて小刻みに動いている足や、かぼそい指先が無意識になぞる追憶のしるしや、レコードに針を落とすときの厳かな儀式めいた仕草によって、客は女主人がタンゴに寄せるただならぬ愛を知るだろう。(同作品より)

ディノ・サルーシとロザムンデ・カルテットの古いタンゴのCDを聴きながら、小説の舞台となったハノイの雑踏を思い出している。そう言われてみれば、タンゴとハノイは微妙に合っているなあと思いながら。

2008年3月22日

パレルモ、パレルモ、ピナ・バウシュ

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久し振りのピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏団。ステージの制約がある演目なので、今回は、テアトロ・ジーリオ・ショウワ(昭和音楽大学@新百合ヶ丘)の公演。初演は1989年12月。ベルリンの壁崩壊のわずか後ということになる。で、そのことをステージの冒頭に、まるでビンタをはられるみたいに思い知らされる。と言うか、冒頭の壁の崩壊は、もっと巨視的な、文明の次々の崩壊と混淆の舞台としての地中海都市パレルモを想起させる仕掛けとみるべきだろう。崩壊した壁の上で演じられるさまざまな意匠は、歓喜とはほど遠い、人間存在の悲しみと孤独、グロテスクな滑稽さに満ちていて、「舞踏とは何か」という問いの根源に届く。民族音楽に合わせて個性豊かなダンサーたちが次々に男女対になって踊り継ぐ休憩前のシーンからは、唐突なようだが大昔の「ソウルトレイン」を思い出してしまった。絶対に笑わない版の。後半のピナ・バウシュ特有の単純動作の反復の振り付けでは、何だか日本の江戸時代の渡世人の「おひかえなさって」みたいな仁義のポーズが反復されて不条理なラインを形作る。面白いなあ。ゴミだらけの街に、死んだように佇むパレルモのオペラ劇場の建物をみたのはもう何年前のことだろうか。パレルモを皮切りにしたシチリア島の旅先で、偶然、小田実さん一家がタオルミナを訪れていたのに遭遇した記憶がよみがえってきた。あのパレルモの都市の精霊がピナ・バウシュの想像力を刺激したのだろう。忘れることのできない舞台がまたひとつ増えた。

2008年3月19日

抒情とポエジー 菊地成孔DUB SEXTET

こんなにクールなジャズ集団が目の前にいるなんて驚きというか。鶯谷のラブホ街の真ん中にある元キャバレーのフロアを利用した店=東京キネマ倶楽部は、かなり素敵な造りになっていて、菊地成孔DUB SEXTETの演奏の場所としては、これ以上似つかわしい場所はないと思うほど。今をときめく菊地成孔の新ユニットだけあって、立ち見も含めてSOLD OUT。すごい熱気が客席に漂っている。まるで60年代のジャズを聴いているみたいで、ソウルフルだねえ。ピアノとかベースとかドラムスとか、浪花節みたいに抒情たっぷりな上に、ミキサー処理によるダブで、ポエジーがあちこちに飛び散る。抒情とポエジー。こういうジャズ演奏を聴くのも久しぶりだな、と思う。ピアノの坪口昌恭もいいし、ベースの鈴木正人もいい。ドラムスの本田珠也だってすごくいい。要するにみんなみんな、めっさクール。2時間あまりの演奏を観客たちは堪能した。

2008年3月18日

ソ連的ロシアン・ロック『レニングラード』

モスクワに住んでいた時のロシア人仲間から、以前送られてきたままになっていたCDが、聴いてみると、これがあんまりにもスゴいので、忌野清志郎さんにコピーをつくって寄贈してしまった。『グルッパ・レニングラード』というのが、そのバンド名。全曲すんごいのだが、3曲目の「КОГДА НЕТ ДЕНЕГ」とか、8曲目の「007」とか、とりわけ13曲目の「ТЕРМИНАТОР」は一度聴いたら耳にこびりついて忘れられない甘美かつアナーキーな曲だ。歌詞も半分くらいしか、わかんないけれど、すごくアナーキーかつ強くて、何だかソビエト連邦的だと。強い、元気な、元気な破天荒なロシア。サンクトペテルブルクじゃなくて古いレニングラード(=レーニンにちなんだ町名)だというところからして、突っ張りまくっている。ブラスの力も昔のJAGATARAみたいでいいなあ。
日本のロックにもこういうの、出てこないかなあ。

2008年3月16日

『僕たちの好きだった革命』はいいぞッ!

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『僕たちの好きだった革命』
2008年3月、角川学芸出版

このところ心身ともに弱っているので、「泣き笑い」の物語ばかり読んできているが、こんなに出来のいい「泣き笑い」もあった。ささやかながら確固とした勇気をもらった。鴻上尚史の『僕たちの好きだった革命』(角川学芸出版)は、いわゆる全共闘小説ではない。そこにはユーモアがきちんと嵌め込まれているから。矢作俊彦の『ららら科學の子』や、四方田犬彦の『ハイスクール1968』だと、なかなかそうはいかない。切実すぎてさ。あの時代の高校生たちのことを誰かが書かなければならない。今の高校生、これからの高校生たちのために。「チョーむかつくんだよ」「そうか、腸がむかつくのか」と太田胃散分包をクラスメートに静かに手渡すヤマザキは実にクールだ。鴻上の言いたいメッセージが何気なく書き込まれている。<なにも変わっていない。30年前と何も変わっていない。僕たちは30年前と同じことを繰り返している>。それを今の高校生たちにどう伝えるか。

2008年3月 9日

コソボ独立宣言は無前提的によき出来事か?

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先頃、クロアチアのスティエパン・メシッチ大統領とお会いする機会があった。クロアチアと言っても日本人にとっては実に遠い国だ。それでも最近は観光客に人気があるそうだ。旧ユーゴスラヴィアから独立したのが1991年。その年から僕はモスクワに赴任して働き始めた。親セルビアのロシア人たちが不快感を隠していなかった記憶がある。目の前にしたメシッチ大統領は、ちょっとやそっとじゃ動じない叩き上げの人間の「いい顔」をしていたが、笑うと実に人なつっこい表情が浮かぶ。ロシア語も器用に操っていた。記者会見で聞いてみたかったのは、コソボ自治州の独立をめぐる評価である。クロアチアはコソボ独立を強く支持している。ミロシェビチに代表される大セルビア主義政策の当然の帰結である、と。アルバニア系住民が多数を占めるコソボは、抑圧から解放されなければならないのだ、と。でも、本当に前提なしで、独立はそれ自体いいことなのか? 僕にはどうもわからない点がある。『論座』4月号に木村元彦氏が書いていた文章に興味深いエピソードが紹介されていた。コソボ独立宣言が発表されてからわずか4日後の2月21日に、セルビアのベオグラードで開かれたコソボ独立反対集会についてのリポートの一節だ。あの映画監督のエミール・クストリッツァが演壇に登場して、聴衆に訴えた内容が実に激越なのである。『わたしのカレンダーは(独立宣言の発せられた)2月17日でとまってしまったままだ』と。セルビア悪玉論は、欧州で広く流布しているが、それほど単純なものではなかろう。「独立=善」という思考放棄につながるような言説はとりあえず疑ってみたいのだ。

2008年3月 2日

いいものは讃えるべし

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きのうの午後、『NHK「再生」の道』というシンポジウムがあったので、出張帰りに立ち寄ってみた。5人いたパネリストのうちの一人が明らかに他とは異質な人物で、そのロジックの食い違いぶりに、何だか不条理劇をみているような不快感のようなものを覚え、それを咀嚼できないまま会場を後にした。で、本当にここで書きたいのは、そのあと、夜10時からNHKのBSで放送していたドキュメンタリーがあまりにも素晴らしかったということ。シリーズ『民主主義』のアメリカ編『闇へ(原題;Taxi to the dark side)』。アレックス・ギブニーの制作・監督作品で、この劇場公開版が今年度のアカデミー賞ドキュメンタリー部門を受賞したのだ。「テロとの戦い」のかけ声の下に、アメリカ軍が、アフガニスタンのバグラム基地やイラクのアブグレイブ刑務所で何をやっていたのか。民主主義の宗主国アメリカにとって最も触れられたくない事実=拷問・殺人・虐待・非道。当事者たちをまじえたインタビュー証言によって、何が覆い隠されようとしたのかがあぶり出されてくる。素晴らしい手応えの作品だった。こういう放送ならば、国境を越えた理解が得られるだろう。どんどん国際放送の枠で放送すべきだ。シリーズ『民主主義』では、パキスタンのムシャラフ大統領との晩餐をしながらのインタビュー『大統領との晩餐』を以前にみたが、これもとても面白かった。NHKは、BSは、いいぞ。いいものはいいと讃えよう。そうじゃないと、権力だけは持っている放送のド素人たちから余計な介入が入る。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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