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2007年12月30日

今年の極私的10大ニュースは?

何というか時間の経過が加速度をますます増してきた。加齢現象ということか。今年もいろいろあったが、個人的には実にシンドい1年だった。この「業務外」日誌を訪れてくれた皆さんに心からお礼を申し上げます。またアップデイトされたぺージの補強に尽力してくれたMさん、今年もありがとうございました。「業務外」日誌とか言っても、本業に近い「業務」日誌の色合いが出てくるに違いないのだから、生々しいメディアの内幕が知ることができるかもと、まさか期待してこの欄をチェックされた方たちは、さぞかしガッカリされたことでしょう。だって、そんなこと1行だって書いてないもん。そういうことは書かないと決めてスタートしたのがこの「業務外日誌」だったのだから。
1年の締めくくりにあたって、さて、今年の10大ニュースを極私的にあげてみると、以下のようになる。

①安倍前首相の政権放り出しと、その後の福田政権誕生に至る政治の溶融現象。
日本の民主主義の成熟度が、この程度のものだったということを思い知る。参院選での与党の歴史的惨敗→安倍辞任→福田選出。そして、野党が実質的に存在しないに等しいことが、その後の「大連立」騒動で明らかになった年。

②ブッシュ政権の終わりにともなう世界秩序の再編。
ニクソン政権以来、もっとも不人気のうちに政権の終焉を迎える米ブッシュ政権を睨みながら、各国の政権が次々に交代している。イギリスのブレア政権の終焉、オーストラリアのハワード政権の終焉、ポーランドの政権交代など、アメリカとの距離を意識した選択が、各国国民によってなされるなかで、日本は「ガラパゴス化」「マダガスカル化」が一層進み、あらぬ方向どころか、3周遅れのトップランナーみたいな位置づけに陥っている。

③国内に露出してきた「貧困」「格差」。
共同体としての地方の破綻。限界集落の増加。夕張の再建団体への転落どころか、その他の多くの地方に住む人々が不当に被っている差別の数々。医者・産科医・歯科医がいない。弁護士がいない。教師がいない。仕事がない。所詮は「そんなド田舎に住む奴が悪いんだよ」という低意が丸見えの、あれらの新自由主義者=御用経済学者・政治学者たちの主張を覆せない学問の世界の不毛。

④地球温暖化がとまらないこと。いまや「環境」を唱えることがブームになってきたこと。IPCCによれば、05年の温室効果ガスの排出量は過去最大とのこと。そのことを警告したアル・ゴアやIPCCがノーベル平和賞を受賞した年でもあった。

⑤新潟中越沖地震で大きな被害が出たことに加え、稼働中の柏崎刈羽原発が緊急停止し、火災や放射性物質の含まれた水が外部に漏れていたこと、原子炉建屋内のクレーンが破損していたことなど、設計時の想定を大きく越えた力が加わっていたことがわかったこと。こんなことになっても、柏崎刈羽原発は稼働再開させるべきなのか。その後、東海地震が想定されている地域の浜岡原発運転差し止め訴訟で、静岡地裁は、住民の訴えを退ける判決を下した。その裁判官らの名前は将来にわたってしっかりと記憶・記録されるべきであろう。

⑥沖縄集団自決をめぐる教科書検定問題の転々。日本軍による自決の強制はなかったとして、いったん削除・修正された教科書の記述が、政権がかわってから再度復活した経緯の摩訶不思議。歴史を直視すること。日本人が最も不得意とするところだ。ちなみに沖縄復帰密約事件の西山太吉氏が提訴した訴訟は、東京地裁がいわば門前払いの形で、訴えを退けた。今年の10月、スペイン議会は、フランコ総統時代の独裁を非難し歴史を直視する「歴史の記憶」法案を可決した。この彼我の想像力の落差。

⑦インターネットの「闇の職安」なるサイトで見ず知らずの他人同士が知り合って、通りがかりの女性を拉致・殺害するという事件。被害者の母親のインタビューをみたが、何ということになっているのか。インターネットで世界はつながる。誰もが発信・受信できるインターラクティブなメディアの誕生はすばらしい。そんな戯れごとを謳歌する時代はもうとっくに去った。
佐世保で起きた猟銃乱射事件にも同様の絶望的なディスコミュニケーションを感じる。
そう言えば、アメリカのバージニア工科大学でも米犯罪史上最悪の銃乱射があったのも今年だ。孤独な韓国人大学生が最後は自殺した顛末まで、佐世保の事件と共通している。

⑧一体誰が何のために誰に対して謝罪しているのか。謝罪を迫るあなたは一体なんぼのもんなのか?亀田一家ばかりか、朝青龍、某女優が生意気だとか、老舗食品メーカーがウソをついていて「許せない」だとか。もちろんそれぞれに相応の理由はあるのだろうが、「許せない」という言葉を発しているあなたはなんぼのもんなのか? メディアが政治同様、溶融した年でもあった。僕はこのことをヒョーロンカのように言おうと思わない。なぜなら、このようなメディアの惨状を招いた当事者のひとりでもあるからだ。そのことに責任を負うとはどのようなことなのか、この1年で、その一端がわかりかけてきたような気がする。

⑨パキスタンのブット元首相暗殺。時間的にもっとも近いので衝撃の度合いが生々しいのだけれど、パキスタンの混沌は、ブッシュ政権の「テロとの戦い」政策と不即不離の関係にある。今年、ワシントンでベトナムの国家元首と初めて会談したブッシュ大統領は、ベトナム首相に対して、人権問題の解決と民主化を強く求めたそうだが、一体ベトナムに対してそのように言う資格がアメリカにはあるのだろうか。同様に、ブット暗殺直後にパキスタンに対して米政府が発したコメントの空々しさよ。なお、ブット女史が帰国した翌日(今年の10月19日)には、すでに彼女の暗殺未遂テロが起きており、139人が巻き添えで死亡していた。

⑩京大とウィスコンシン大学による「万能細胞」生成の成功。これがどれほど画期的なことなのか、医者の友人に聞いているうちに、結構恐ろしくなった。人の皮膚から採取した細胞に遺伝子操作を加えることによって、どのような臓器の再生にも活用できる「万能細胞」ができるのだという。恐ろしいと思ったのは、この新技術をめぐって、さまざまな医療メーカー、製薬会社などの大資本が膨大なカネをつぎ込んで、これを専有しようという動きが予想されることだ。

以上が、全くの独断と偏見に基づく2007年の10大ニュース。もちろん皆さんは違う意見をお持ちでしょう。それでいいのです。では、来年またお目にかかりましょう。よいお年を。ベトナムにて。

2007年12月27日

ブット元首相暗殺を北ベトナムで知る

暢気なことに、北ベトナムのハロン湾観光に行ってホテルに戻って、部屋のCNNをつけたら、パキスタンでとんでもないことが起きている。ラワルピンディで支持者の野外集会を行っていた会場で自爆テロがあり、ブット元首相が死亡したというのだ。大きな文脈で言えば、パキスタンの親米ムシャラフ政権はこれで持たなくなるのではないか。9・11以降のアメリカ・ブッシュ外交のひとつの帰結だろう。CNNの詳細な報道をみながら、日本での報道ぶりが気にかかる。冷静に、冷静に、世界の動きを見てみよう。「テロとの戦い」のブッシュ政権に追随した世界各国の政権が、その後どのような道筋を辿っているのかを。アフガニスタンはどうなっているか。そこからパキスタンにどのような力が及んでいるか。イラクはどうだ? イランは? トルコは? クルド地区は? パレスチナは? イラク開戦当時、アメリカの最も忠実な同盟国だったオーストラリアは? ポーランドは? イギリスは? スペインは? それが日本人である僕らがじっくりと考えるべきだろう。ブット元首相の暗殺は、しっかりと悼まれるべき事件だ。

2007年12月26日

北ベトナムに来たのだ。

年末年始の休暇でベトナムに来た。ハノイを中心とした北ベトナム。恥ずかしながら、ベトナムに旅行するのは初めてだ。ベトナムと言えば、すぐにベトナム戦争を思い浮かべるのが僕ら以上の世代だろう。何だか重たいものを背負っているようで、好んで旅行しようとは思わなかったのだが、近年、新手のリゾート地として人気が出ているらしい。空港はその国の顔である。特にパスポートコントロールがその国の体質をよく表す、というのが僕の経験則だ。ロシアほどひどくはないが、社会主義国特有の空気の残り香を感じる。ハノイ空港からの道すがら、車窓からみえる風景に東南アジアの典型を確認してしまうのが、僕らのよくない習性だ。親子が3人乗りで原付に乗っている。危ないよ。でも幸せそうだったりする。道路は、自転車、バイクと車の無秩序な混在。宿はそういう風景とは隔絶したヨーロッパ資本のホテルだが、そこのプールで泳いでいたら、客はほとんどがベトナム人だった。当たり前だよね。着いた当日から感じるこの幾何級数的な経済格差。ホテルの従業員たちは礼儀正しくとてもよく働いている。大学生のバイトだそうだ。月に80万ドン。日本円で5千600円くらいだ。日本の感覚ではとても少ない月額だ。でもそれで彼女らの生活は成り立っている。あしたからハノイ周辺を移動する。

2007年12月22日

小曽根真で今年を締めてよかったあ!

年末年始は旅に出るので、東京で今年みるライブはこれが最後になる(だろう?)。昨夜の小曽根真の『クリスマス・イン・ブルー』(オーチャードホール)。これが大当たりだった。小曽根という人はラテン系だなあ、とつくづく思った。だって3時間近く、これだけ観客を楽しませることに夢中になるピアニストって、そうそういるもんじゃない。前半はモーツァルトの『2台のピアノのためのソナタ』。パウル・グルダというウィーンのピアニストとの共演。最初の頃、あんまり気持ちいいんで、ちょっとウトウトしたが、これが俄然、後半のガーシュインの『ラプソディ・イン・ブルー』になるとブっ飛んだ。ノーネームホースィズというビッグバンドとの真剣勝負。小曽根流の『ラプソディ・イン・ブルー』って、こんなにも凄いことになっちゃうのかと、カラダが動いた。アンコールでは客席にいた塩谷哲を引きずり込んで無理矢理、連弾させたり、もう何もかもお祭りにしてしまうパワー。芸人だね。小曽根は、マイク・スターンとの共演を東京ジャズフェスで見た時もよかったし、これからも何度も何度もみたいピアニストだ。会場で井上ひさしさんとお会いする。ひさしさんも小曽根の熱狂的なファンだと仰っていた。今年のライブを小曽根真で締めてよかったなあ、とつくづく思う。このサイテーのヒドかった1年を少しのあいだ忘れさせてくれた。感謝。

2007年12月21日

今年みた映画・舞台などで好きなものは?

ちゃんと見なきゃと思っていたけれど、<業務>がどんどん押し寄せてきて時間がとれず、今年の<業務外>日誌は思ったより充実できなかったなあ。
映画のベスト5はこんな感じだった。①『バベル』と『アモーレス・ペロス』(アレハンドロ・イニャリトゥ監督の新作と旧作。今もっとも魅力的な監督)②『善き人のためのソナタ』(旧東ドイツで起きた実際のストーリーが原作)③『実録・連合赤軍』(若松孝二の執念がひしひしと伝わってきた)④『雲南の少女・ルオマの初恋』(甘美な初恋の映画)⑤『殯の森(もがりのもり)』(河瀬直美の映画にかける思いが伝わってきた)もうひとつの⑤が『人が人を愛することのどうしようもなさ』(これは、かなりヤバいエロティシズムのありようが伝わってきて)。
ステージ・舞台のベスト5ならこんなところ。①『聖母マリアの祈り』(アラン・プラテル・バレエ団の痙攣的な美にやられた)②シルク・デュ・ソレイユの『LOVE』(『O』も『KA』もよかったけれど、僕らの世代にはやっぱり『LOVE』が一番じゃないか)③『ベスト・オブ・モーリス・ベジャール』(生前の最後の姿を何とかみられてよかったけど)④『藪原検校』(『天保~』以来の井上ひさし+蜷川のパワー全開)⑤ミシェル・カミーロのLIVE(なあんにも考えずに楽しめた)。もうひとつの⑤が、マイク・スターン・バンド+小曽根真のLIVE。
来年はもっともっと見よう。

2007年12月20日

ことし2度目のキム・ドクス

ラフォーレ東京で、キム・ドクス+サムルノリのコンサート。相変わらずのパワフルなステージだったが、今回の収穫は、津軽三味線の木乃下真市とのコラボレーションだった。木乃下は実に軽快に「津軽あいや節」や「津軽じょんがら節」を聴かせてくれた。金利恵の舞いの音楽に使われたのは、アジェンという伝統弦楽器だったが、これが何だか現代音楽をチェロで奏でているみたいで、ものすごくアバンギャルドな音調。いいな。パンソリは背景に字幕が出てきて、歌われている歌詞の中身がよくわかったが、そうか、これは浪花節なんだな、と納得。

2007年12月19日

今年読んだ本のなかで好きなものは

ああ、今年もあと12日しかなくなってしまった。何となくせわしなくなって、師走という語感がぴったりくる。先月末に『論座』編集部から、「今年の3冊」というアンケートを受けて、①『カラマーゾフの兄弟』(光文社新訳文庫 全5巻)、②『荒地の恋』(ねじめ正一 文藝春秋)、③『環状島』(宮地尚子 みすず書房)をあげておいたのだが、その後にいろんな本・作品を読み進むにつれて、だんだん考えが変わってきてしまった。飽きっぽい性格なのか。ひとつは、2004年9月に出た本なのだが(その頃は僕は日本にいなかった)、アルフォンソ・リンギスという哲学者の著書『汝の敵を愛せ』(洛北出版)に強烈な衝撃を受けたということがある。翻訳書なのだが、日本語の文章自体がとても深い。本好きの人に会うたびに「すごい本だ」と勧めている。もうひとつ、川上未映子の小説『乳と卵』(文学界 十二月号)を読んでまいってしまったのだ(今年の11月27日の欄参照)。もちろん『わたくし率 イン 歯―、または世界』もよかったのだが、『乳と卵』は彼女のそれ以前の作品をすごい速度で凌駕してしまっているのだ。そして、今、現在進行形の『オン・ザ・ロード』(ケルアック 河出書房新社 これも半世紀ぶりの新訳!)。こんなふうにすごい本ばかりにで会い続けて、『論座』アンケートはもう古いような気持ちになってしまっているのだ。今年の年末・年始はベトナムの旅に出るので、たくさん本を持っていこう。

2007年12月18日

歌姫・中島みゆきを堪能する

きょうで満54歳になってしまった。そのささやかなお祝いに、中島みゆきのコンサートに出かけた。会場の国際フォーラムには、自分と同世代の人たちに加えて、結構若い人も混じっているので驚いた。親の買ってきたCDでも聞いて好きになったんだろうか。ファンの年齢層が案外広いのかも。恥ずかしながら僕は、中島みゆきは、レコードやCDでしか聞いてこなかった。何か抵抗感があったのだ、実物をみるのは。ステージを実際にみてちょっと驚いた。MCがえっらく軽くて、歌とのあいだに何だかギャップを感じるのだ。それを十分承知の上で、彼女はそれを楽しんでいるように見えた。いいな。だが、やっぱり中島みゆきは歌が一番いいのだ。詩がいい。メロディがいい。勇気が沸く。『ファイト』を聞いていて涙腺がとうとう破れた。テレビドラマ「歌姫」のテーマもよかったな。アンコールで熱唱した『地上の星』(例のNHK「プロジェクトX」の主題歌の~カゼノナカノスウバルウ~っていうアレ)が力強かったよなあ。怒りがみなぎっている感じ。何だかヴィソツキーみたいでメチャクチャかっこよかった。本当に中島みゆきは「歌姫」だなあと思う。ステージのおしまいの方で、彼女が観客に言っていた言葉は「同じ時代にいてくれてありがとう!」だったが、僕らの方こそ彼女のような「歌姫」と同じ時代に生きてこられて、よかった!

2007年12月10日

石田徹也をちゃんとドキュメンタリー番組にしていた仲間たち

もうかなり前になるが、画家・石田徹也についてこの欄で書いたことがある(2006年9月18日付け日誌)。時代の空気をあれほど強烈に描き出していた石田について、まさかドキュメンタリー作品が僕らの仲間たちによって作られていたとは知らず、自らの不勉強ぶりをただただ恥じ入るばかりだ。静岡に行って僕らの仲間のSBS(静岡放送)の旧知と再会する機会があったが、そこで手渡されたDVDが『SBSスペシャル 180枚の自画像 夭折の画家 石田徹也』だ。今年の5月27日の深夜0時50分から放送されたのだという。正攻法で淡々と取材しているので、かえって石田が抱えていた苦悩の深さが浮かび上がってきて、よくできた作品だと思った。石田は静岡県の沼津市の出身である。SBSの仲間が石田に着目した理由の最大の理由は、この地元の画家という点にあったはずだ。地域に根ざしたローカル放送局こそが、ひょっとして視聴者から求められている放送局の真の姿なのかもしれない。東京のいわゆるキー局からは、このような濃密な作品はもはや生まれる余地がなくなっている。もっともっとこのような作品を露出する機会を増やそう。そのために何ができるか?

2007年12月 8日

「荒地」派の詩人のニヒリズムとなまなましさ

きのうから静岡にいる。今日は富山に移動する。旅の道連れは本だ。とにかく移動中は本を読む。今回は、『現代詩読本 田村隆一』(思潮社)と、新訳の出たジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』(河出書房新社)だ。田村隆一については、今年読んだ本の中で『荒地の恋』(ねじめ正一)があまりにも強烈だったので、北村太郎とのことも含めて、どうしても読んでおきたいのだった。この本自体は2000年に出た本だが、読んでいくうちに、田村隆一という詩人のなまなましさが伝わってきて、詩人という存在の大きさに圧される。このなかに会田綱雄の「田村隆一という男」という短文が収録されているのだが、そこで紹介されているエピソードに、生前、田村が『カラマーゾフの兄弟』のドミトリー・カラマーゾフを「いまでも大好きだ」と常々言っていたというのがあった。そうか、田村隆一ならそうだろうな、と想像がつく。その短文のすぐ後に、北村太郎の1979年当時の「スケッチ・田村隆一」という人物評が載っている。短いそっけない文章である。荒地同人としての2人の交友録が淡々と、実に淡々と記されていて、あれっと思うのだ。「そんなわけで、他人が想像するほど田村隆一とわたくしの仲は深くはない」。こういう文がさらりと書かれている裏で、北村は田村の当時の妻との出奔・同棲というすさまじい生き方を送っていた。「荒地」の詩人たちのニヒリズムというのか、彼らはひょっとして戦争という時代を経ることで、一度ならず死んだのかもしれない。そのような言葉のちからを僕らは失っている。

2007年12月 7日

アンティゴネー翻案劇がなかなかよかった

あっという間に師走になっていた。今年も残り3週間ちょっと。このところ突発性スランプに陥り、そんな時に限って業務がわっと押し寄せてきて、この「業務外日誌」のアップデートもままならなくなった。それで、ちょっと前にみた舞台劇のことを書く。『異人の唄』(新国立劇場12月2日)。ソフォクレスのギリシア悲劇「アンティゴネー」を日本の土俗世界に移し換えた翻案劇なのだが、これが期待以上の出来で、こころを動かされた。インセストタブー(近親相姦の禁止)が、社会を成り立たせるルールになったのは、人間の歴史のなかでそれほど古くはない。恋愛は「所有」の概念と深く結びついており、独占=他者の排除という感情に支配される。だから、近親相姦と恋愛が期せずして運命のように重なり合うと、そこに悲劇が誕生する。ギリシア悲劇のテーマの多くに、このテーマがみられるのは、この悲劇の普遍性に根ざしているからなのだろう。すまけいと木場勝巳という2人の役者だけで、すさまじい存在感が舞台の上に醸し出されるのだが、鐘下辰男と土田世紀による巧みな演出と脚本で、不在の伝説の歌い手、旅芸人の淀江サトを誰が殺したのかという謎解きへの想像力がどんどん膨らんでゆく。そして、謎が解き明かされた時に、サトの分身のような娘たちアンとメイのかなしい唄が舞台で歌われると、唄本来のもつチカラが一気に解放される瞬間を観客は味あわされることになる。以下はその美しい唄の歌詞の一部。

 どこから来たのか
 どこへ行くのか
 ここにいる あなたは誰
 あなたを探し 旅に出る
 どこに行けばみつけられる
 あなたはどこにある
 --あなたの物語はどこにある

こういう劇もたまにはいい。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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