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2007年9月30日

「ハメルンの笛吹き」についていく日本人ギャル

先日、タラフ・ド・ハイドゥークスを見た。日本で見るのはもう3回目くらいだけれど、相変わらずのパワフルな演奏に圧倒された。ルーマニアの田舎の村の極ワル・オヤジたちのバイオリンに、会場の観客たちが憑かれたように踊り出す。いいぞ! 今回は新CD(『仮面舞踏会』)発売にちなんで、収録されているクラシックを何曲か奏でてくれたが、ライブの方が断然いいのだ。『ペルシャの市場にて』とか『恋は魔術師』とか、あれってみんなジプシー音楽の色合いが濃いもんだから、タラフの演奏にぴったりなのだ。アンコールに何度も応えてサービスしてくれたが、演奏が終わるやステージの上から、ひいていたバイオリンを8万円とかの値札をつけて客に即売していた。たいしたもんだ。会場に来ていた客には若い女性が多い。彼女たちは知らないのだ。ホントはこわいオヤジたちだということを。彼らだったら、そのまま日本人ギャルたち(死語だな)を、ルーマニアにさらっていきかねないゾ。ハメルンの笛吹みたいに、危険なのに心地良いからついていく子供たちみたいに。会場をあとにして、僕はメシを食い、再び会場前を通っていったら、さっき演奏していたオヤジのひとりが日本人ギャルどもを引き連れて、どこかに繰り出して行くのに遭遇した。いいぞ! がんばれ極ワル・オヤジたち。

2007年9月26日

「過激派」ってカッコいい?

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『サウスバウンド 上』

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『サウスバウンド 下』
いずれも2007年8月、角川書店

奥田英朗の『サウスバウンド』(角川文庫 上・下)が面白いので一気読みしてしまった。主人公の小学校6年の男の子の父親が、元・過激派なんていう設定だ。矢作俊彦の『ららら科學の子』のように、あの時代のマトモさが現在のニッポンの嘘・欺瞞を逆に暴き出すという、ちょっとあざとさを感じる設定だけれど、語りにユーモアがあるのでまだ救われるか。過激派なんていうのが「社会の敵」扱いされているのが、紛れもない現在であるなかで、アンチ・ヒーローをヒーローに転化させるストーリー展開は、それはそれで楽しいのだが、ある年代以上の作家ならば、こういう扱いはできないんじゃないだろうか。それに、革共同なんていう実在する名称を「フィクションです」なんていうことわり書きだけでは、使えない時代だって、つい最近まであったと思うし。この小説を読みながら、かつてモスクワ特派員だったソ連末期の時代に僕が目撃したあるシーンを思い出していた。マルクスやレーニンに加え、スターリンの肖像画まで掲げるソ連市民・保守派のデモに、なぜか日本からやって来た革共同革マル派なんていう旗を掲げた日本人たちがいて、奇異な印象を周囲にまき散らしていたことを思い出したのだ。著しい時代との乖離を思った。

まわる、まわるよ、時代はまわる。でも、どの時代にあっても、いちばんマトモな奴が一番ちゃんと闘っていたよな。今はどうだ? あんたはどうだい? 『サウスバウンド』はよくできたエンターテインメント小説だと思う。映画化されていて、もうすぐ公開だとか。

2007年9月24日

失われたひたむきさの時間をもとめて

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こんないい映画なのに、映画館の客は僕を含めて5人しかいないのだ。山下敦弘監督の『天然コケッコー』。みている自分が、北海道生まれで、旭川、小樽、札幌に転校生として小中学校を行き来し、高校になってから東京に「上京」してきた経歴があるからなんだろうか。都市と田舎の両方を知っていて、濃密なこどもの領分・時間を知っていると勝手に思っているからこそ、こんなにもこの映画に思いを寄せられるのかもしれない。主役の夏帆も大沢クン役の岡田将生も、背伸びした感じがなくて自然に映画に入っていける。だからこそ誰でもこどもの時代にもっていたひたむきさへのノスタルジーに感動してしまうのだ。くるりの音楽にもぐっときた。ちなみに、山下監督が過去にスタッフとして参加したという『鬼畜大宴会』という映画は僕自身は大嫌いな映画のひとつだが。

2007年9月23日

日本国首相とイラク戦争、チェチェン戦争

ロシアの新聞記者アンナ・ポリトコフスカヤがモスクワで何者かに射殺された事件からまもなく1年になる。彼女の生前の活動を伝える出版(『ロシアン・ダイアリー』NHK出版など)や集いが日本でも連綿と継続されている。小さな声でも、声も上げられない状態(今のロシアのマスコミのように)よりは格段にいいことは間違いない。アンナが生前取り組んでいた中心テーマはチェチェン戦争である。

日本政府がロシアに対して、このチェチェンにおけるロシアの軍事行動について何か発言したことがかつてあっただろうか。何しろ、ヨーロッパ諸国が強い調子で非難を浴びせたモスクワ劇場占拠事件でのロシア特殊部隊の強行突入作戦を、無条件に世界に先駆けて支持表明したのは、当時の小泉首相だった。テロリストに対する断固たる措置を歓迎するとか何とか勇ましい言葉を並べ立てていた。外務省が用意したコメントだったのだろうか。使用された毒ガス弾で多くの人質市民が死んだ。日本の総理大臣になるほどの人物に、チェチェン紛争の内実や問題の根深さが一体どれほど理解されているのか。暗澹たる思いがしたものだ。ロシアと言えば北方領土しか思い浮かばない、この国の政治家たちの想像力の貧困は今に始まったことではない。

同じようにイラク戦争の開戦時に支持表明をした際も、日本政府の反応は素速かった。そのイラクは今や泥沼の内戦状態にあり、アメリカ国内でさえ、6割以上の人々がイラク戦争は「間違った戦争」だと考えている。イラク戦争を支持した国々の政府のリーダーたちの何人かはすでに退場した。ブレアやアスナールといった人たちである。ブッシュ政権内でも今や主戦派はブッシュ、チェイニー、ライス以外は壊滅状態だ。イラク戦争のために、もし自衛隊の給油が行われていたとしたら、これは憲法はおろか「テロ特措法」の立法趣旨からさえ大きく逸脱していたことになる。それどころか国民は政府に騙されていたことになる。

この国の政治指導者たちの外交に関する恐ろしいほどの無知と想像力の貧しさを目の当たりにする機会が増えた。恥ずかしい思いが後を追ってくる。

2007年9月22日

マイク・スターン・バンド+小曽根真に酔いしれた

国際フォーラムでの「東京ジャズ・フェスティバル2007」の最終日。お目当ては、2組目のマイク・スターン・バンドと小曽根真の演奏だ。だだっ広い会場なので、結構、空席が目立つ。ちゃんと宣伝してないのかな。それで、演奏の方は、前評判通りというか、マイク・スターン・バンドと小曽根真のパフォーマンスは、ロック基調のノリのいい曲と、得も言われぬほど美しいバラード調の曲が、どっちもこれがいいのだ。マイク・スターンと小曽根のスリリングかつ繊細な掛け合い。ジャズで、こういう緊張と解放感が波のように次々にやってくるライブをみるのも久しぶりだ。8500円のチケット代に見合う心地よさ。帰りにマイク・スターンの近作CDを2枚買って聴き始めたら、パット・メセニーに似ているので驚いた。小曽根はこのあいだ出たばかりのソロのバラード集もよかったし、何だか乗りに乗っていますです。

2007年9月21日

キヨシローのたましい

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『瀕死の双六問屋』
2007年9月、小学館

高校生のガキの頃、夢中になっていたビートルズが解散状態になり、ジョン・レノンがソロ活動に踏み出して世に問うたアルバムの邦題タイトルは『ジョンの魂(たましい)』だった。何しろすごいLPだったね。「GOD」とか「MOTHER」「WORKING CLASS HERO」とか、今聴いてもジーンとくる名曲がずらっと収まっていた。

忌野清志郎の旧著が文庫本化された。この文庫は『ジョンの魂』みたいな本だ。『瀕死の双六問屋』というシュールなタイトルだが、中身は、キヨシローのたましいに満ち溢れている。実にこの人らしい本だ。本はひとだ。こんな正直な人はいない。だからこの本もすごく正直な本だ。文庫版あとがきを読むためだけでもこの本を買う価値がある。キヨシローの描いた漫画がすごくいい。したり顔の奴らをぶっとばそうじゃないですか。それぞれの場所でね。

2007年9月20日

ひきこもり系ブンガクの中で屹立する『地下室の手記』

江川卓の名訳によるドストエフスキー『地下室の手記』を読んだのは、もう35年以上前、高校生のガキの頃だ。精神的にやたら突っ張りまくっていた時代だった。光文社の古典新訳文庫にこの作品の新訳が入っているというので迷わずに買って読んだ。それでこの作品が現在においても、てゆうか、今だからこそますます輝きを帯びてきていることにあらためて感嘆した。自意識という煉獄。埴谷雄高だって、村上春樹だって、川上未映子だって、結局、この煉獄をめぐる旅が作品になっている側面があるじゃないの。主人公とリーザのようなストーリーが僕らの日常にうようよしている。この作品が書かれたのが1864年。日本で言えば明治維新よりも前。ペテルブルグは当時のヨーロッパの知性の先端にあったとは言え、この手法の新しさ、2つの世紀をまたいで貫かれる普遍性は、今のニッポンで猖獗をきわめるオタク系ブンガクだの、引き篭もり世代の小説群だのから屹立している。

2007年9月18日

豊かな対話は時空を越えて

ひょんなことがきっかけで、今から21年も前に出た対談本『昭和の終焉』(トレヴィル)を引っ張り出して読んだ。タイトルの通り、昭和時代が終わろうとしていた1986年に出版された対談本(辻井喬VS日野啓三)だ。読売新聞外報部記者だった芥川賞作家・日野と、流通業界の反逆児だった堤清二のもうひとつの人格=作家・辻井喬。かなりの所までホンネをさらけだして対話しているので、読んでいて楽しい。日本共産党員だった経歴にまつわる違和感や、ベトナム戦争報道をめぐるやりとりなど、ここまでホンネを出していいのかな、と思うほど。アウフヘーベン(止揚する)なんていう言葉が、実はごく普通の日常語で、料理の隠し味にする、という意味もあるだなんて、唯物論学者が聞いたら赤面するような話を聞くと、日本のアカデミズムの限界を感じさせる。百貨店の経営者と詩人が何で両立するんだ?などという問いにも、辻井はかなりまじめに答えている。こういう対話は20年も経てば大抵は色褪せるのだけれど、この本に限って言えば、そんな感じがしないのは、対話それ自体が豊かで実りあるからなのだろう。新刊本より既刊本に宝物がある、と思う。

2007年9月15日

アゼン・ア・ラ・カルト

*学校の試験当日の朝になって、突然「お腹が痛い!」と言ってズル休みした児童。
*『殴られるのはいやだ』とゴング直前に試合放棄したプロボクサー
*ラストシーンに向け、まさに見せ場にさしかかった時、突然停電してしまった映画館。
*何日もリハーサルを続けた末の舞台初日、行方をくらましてしまった役者。
*急患が搬入されてきたオペ室から突然姿をくらました医師。
*我が身の不幸を思い、突然泣き出してしまったサーカスのピエロ。
*生中継本番寸前にカメラからフェイドアウトした記者。
*新潟中越沖地震後に訪日をキャンセルしたサッカー・チーム。
*ご主人様がこけるたびに自説を修正する御用学者。
*憲法をまもらない国会議員。
*被告を弁護しない弁護士。
*犯人を捕まえない警察。
*質問しない記者。
*サンバのコンサートで微動だにしない聴衆。
*ご臨終の前に弔電を打ってしまった自称「親友」。
*広島に原爆が投下されたことを知らない広島市民。
*人間らしい生き方をしようと決意し悩んだすえに、原爆を開発した科学者たち。
*新婚初夜、いったん脱いだパンツをおもむろに履き直し、何もせずに実家に帰って行った新郎。

*   *   *   *   *   *   *

NHKの連続テレビドラマ『どんど晴れ』の制作スタッフたちは、もしかすると、ドラマのあらすじの進行と、現実の政治ドラマの進行のあまりのシンクロぶりに動揺しているかもしれない。9月10日からの週のストーリーは、このドラマの舞台、伝統と格式を誇る老舗旅館・加賀美屋で、女将の世襲の息子、シンイチさんがブローカーの口車にまんまと乗せられて、加賀美屋の株を手放してしまい、旅館の経営崩壊の危機を迎えたのだった。そのシンイチさんの呆れた行動と責任の放り出し加減が、9月12日の政変劇とほぼ完全にシンクロしていたのだから。まあ、NHKの朝ドラなのだから、これから先、最終的にはハッピーエンドになるのだろうけれど。

こういう現実とドラマのシンクロニシシティという現象がときおり起きてしまうことがある。

2007年9月14日

写真を語ることの困難さについて

写真美術館で開催中の『昭和 写真の1945~1989』の第三部「高度成長期」をみる。さらに、鈴木理策の『桜 雪 熊野』も。後者の、雪から桜に至る連なりを、白一色の展示室でみた時のこころの昂ぶりは格別のものだ。霊的な空間という場所がある。キリスト教世界の西洋においては、多くの古い教会のなかの空間の静寂と威圧感は、そのような霊的な場所として機能していたのだと思う。日本においては、人間と自然の交感のなかで、どうやらそうした空間が確保されていたのだろう。熊野という地名は、そのひとつ。訪れるべし。

夕方、『PROVOKEとその時代』というタイトルに惹かれて、連続講座を聴講してみたが、これがハズレ。写真を語ることの困難さについて、ずうっと考えさせられ続けた。なぜか先日読んだ金井美恵子の『快適生活研究』のなかのキャラクターを思い出してしまった。なぜって、そのように感じてしまったのだから仕方がないのだ。結局、PROVOKEという記号をめぐっては何ひとつ得るものがないまま、会場を後にした。しかし、このような写真講座などという催しに自分は何を一体求めていたのか。甘えているのは自分の方だ。写真を語ることの困難に正面から対峙すること。

2007年9月12日

民意は権力を溶融させる

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『<帝国>とその彼方』
2007年8月、筑摩書房

アントニオ・ネグリの本(『<帝国>とその彼方』ちくま学芸文庫)を読んでいて、翻訳のせいなのか理解力の悪さのせいなのか、苦吟難吟していたが、彼の言葉=「生権力を打破すること、すなわち、人間性を破壊してそれを資本と生産性に奉仕させるために行動する権力を打破すること」の意味あいを、力強いアジテーションなんだろうなと捉えていた。そういう気分を昂進させるような出来事というのが突然、この日本でも起きることがあるのだ。安倍首相が突如辞任を表明した。この人物から頻繁に語られてきたフレーズがある。『テロとの戦い』。もともとこの語の専売特許は、ブッシュ米大統領にある。一体、何を言っているんだろうか、よく理解できないところがある。イラク戦争を継続する理由にも、このフレーズが使われていた。そもそも日本国民の民意として、『テロとの戦い』なるものが、政治の最優先事項なのかどうか、ホンネで考えてみればよい。年金とか格差とかワーキングプアとか、僕らの社会を覆う現実感覚とどこかで遊離してしまった日本の政治が、国民生活にもたらした閉塞感は目を覆うばかりだ。勇ましい語感の『テロとの戦い』のために、日本の自衛隊によって行われている給油活動の実態はどのようなものなのか。本当のところはわからないのではないか。アメリカ国務省のホームページから突然削除された文章の一節は、いろいろな意味で興味深い。以下が削除された文章(江田憲司のHPによってこの事実を知った)。

The Government of Japan has contributed in exess of 86,629,675 gallons of F76 Fuel-worth more than $76 million dollars-since the inception of Operation Enduring Freedom.

民意は権力を溶融させることができる。ネグリのいう「マルチチュード」のちからと無関係の出来事ではない。

2007年9月 9日

これもディアギレフの末裔?

イギリスのImperial Ice Starsの『氷の上のスワン・レイク』をみる。と言っても演じているのはほとんどがロシア人たちだからイギリスなんてほとんど関係ない。スポンサーというだけ。もともとフィギュアスケートのアイスダンスとバレエは姉妹関係にある。この分野でのロシア人のスキルの卓越ぶりは歴史的事実であって、もとをただせば、ディアギレフのロシア・バレエ団ということになるのだろう。

新宿の厚生年金会館の特設舞台に氷が張られ、その狭いリンクの上で、よくもこんなにダイナミックな表現ができるものだとひたすら感心する。下手をすると観客席に演者が飛び込んでしまうような力強さ。オデット役のオルガ・シャルテンコの動きが、さすがロシアのかつてのフィギュアスケートのチャンピオンだっただけに素晴らしい。今日は日本公演の最終日とあって、アンコールではさかんにサービスにつとめていた。アクロバットとアートのアマルガム。でも、それはシルク・デュ・ソレイユもおんなじ。この分野でのロシアのパワーは不滅だ。元気をもらう。

2007年9月 8日

「環状島」をメディアの内側にあって考える

『みすず』に連載されていた宮地尚子の『環状島――トラウマの地政学』が終了した。何しろ僕はこの連載は途中から読んできた身なので、一応、さかのぼって全部を読んでみた。自分の場合は職業的にメディアに携わる人間として、この『環状島』という連載から、さまざまな示唆を得たように勝手に思っている。それをどのように言葉にするのかはこれからの作業だが、ジャーナリストの定義を再考するという観点から、この『環状島』をもう一度読み込んでみたい。おそらく実にしんどい作業になるのだろうけれど。

たとえば来月公開されるドキュメンタリー映画に『ガイサンシーとその姉妹たち』(シグロ)がある。日本軍の慰安婦としての生を強制され、最後は自死していったガイサンシー(山西省で一番の美女という意味)と呼ばれたひとりの女性をめぐる証言。班忠義監督が9年の歳月をかけて制作した作品である。ガイサンシーは映画制作の時点で、もうこの世の中にはおらず、言葉を発することも、あらゆる表現を行うことも出来ない。そのような人々の尊厳を救い出すとはどのようなことを言うのか。『環状島』に照らしてみて、この作品のことがすぐに頭に思い浮かんできたのだ。戦時慰安婦の存在を、「広義」「狭義」などという言葉遊びで曖昧化させようと言う企てを、この映画は静かに告発している。反動の時代に、メディアはどのような道を選択するのかを自問すべき時がとっくに訪れている。

2007年9月 7日

松江の眼球譚

仕事の出張がてら立ち寄った松江の土産物店に奇妙なものがあった。目玉。もろに人間の目玉の剥き身みたいなのが売られているのだ。もちろんイミテーションだけれども、鳥取県(初稿で島根県と誤記していました。ごめんなさい)の境港が漫画家・水木しげるの出身地ということで、ゲゲゲの鬼太郎の目玉おやじなんかをモチーフにしたみやげものが近隣県でたくさん売られているのだ。ねずみ男や鬼太郎、猫娘なんかの関連グッズも売っていたけれど、剥き身の目玉は結構リアルでグロ。

話は飛ぶが、先日、光文社の古典新訳文庫で、ジョルジュ・バタイユの『マダム・エドワルダ/目玉の話』を読んだ。『目玉の話』? そう、あの『眼球譚』を、中条省平はこう訳した。僕がバタイユの『眼球譚』を二見書房版・生田耕作訳で読んだのは、1974年の10月15日、二十歳の時だった。中条も記している通り、『一九七〇年前後に生意気ざかりを迎えていた若者たちにとって、生田耕作訳のバタイユは一種の聖典だった』。その通りで、二見版のバタイユ著作集は今でも自宅の本棚の特別な位置にある。中条訳はそれにしても、今回読んでみてとても新鮮。文体を「です・ます」調の告白体にしたのは、大いに生々しさを注入したような印象だ。「玉子/目玉/金玉」のイメージ上でのコレスポンデンス、あるいはオブセッション(強迫観念)こそが、この小説のテーマになっていることを考えれば、『目玉の話』はありだろう。とにかく古典を今に生き返らせることに成功していることは確かだ。それにしても、バタイユの恐るべき作品に33年ぶりに再会するとは、ね。

2007年9月 5日

人は死んでも生き残る-その4

このところニュースの仕事の関係で接する訃報=人が死んだことの知らせに接すると、いよいよ僕たちの属していた「昭和」という時代の終焉が、実感をともなって現実のものになってきたことを思い知らされる。そう、ひとつの時代の終焉。

小田実、阿久悠、山口小夜子、藤原伊織、小阪修平、富樫雅彦‥‥‥

何人かの方は取材を通じて直接にお会いしたこともあるけれど、そのような人々が残した有形無形の業績(しごと、生き方)は、物理的にその方たちがなくなっても、あとに続く人々の中に生き残っている。だから、この欄で何度か記してきたように、人は死んでも生き残る。どんなに無名の人物でも、ひっそりと亡くなった方も、無念の死を遂げた人たちも、その生きたあかしは生き残っている。そのように思う。

去年の5月に亡くなった米原万里さんの著書がどんどん出版されている。一番近刊で届いたのは『米原万里の「愛の法則」』(集英社新書)。このような人物と共有した時間があったことを今は感謝したい気持ちで一杯だ。高校生相手にラディカルな米原流「愛の法則」を講義した様が目に浮かんでくるようだ。

小田実については、出たばかりの『すばる』10月号が緊急で追悼特集を組んでいる。どの追悼文からも逝った大きな人への大きな敬愛が滲み出ているが、なかでも米谷ふみ子と宮田毬栄の文章がこころに沁みた。ほんとうに、人は死んでも生き残る。

2007年9月 1日

イタリアのチェ・ゲバラ人気

イタリア旅行の際に、あちこちの本屋さんに入ってみて驚いたことのひとつは、チェ・ゲバラの人気が衰えていないことである。伝記やら『国境を越える革命』といった著作集、それに写真集などが沢山ならんでいるのだ。それで、旅行記念に大判の写真集を一冊買ってきてしまった。でもイタリア語で書かれた写真集なので解読が大変だ。
『CHE: Immagini Di Un Uomo Dentro La Storia』(Sperling & Kupfer Edition 1998)という写真集。誕生から処刑までゲバラの生涯をおさめた写真+伝記である。なかには映画『モーター・サイクル・ダイアリー』にもなった、人生を変えた南米縦断旅行の際の写真もある。また、生涯に出会った女性たち(恋人や夫人)の写真もおさめられている。処刑前後のゲバラの写真が数多く掲載されているが、ゲバラの横たわった遺体のイメージが、キリストの宗教画のイメージと重なって一種の民間信仰のような広がり方をしたことがわかる。
ことしの初めに、NHKのBSかどこかで戸井十月がゲバラの亡くなった場所を訪れるドキュメンタリーを放送していたが、あれはとてもこころを打つ番組だった。幸か不幸か、日本の世界史の教科書ではゲバラは大きく扱われていないけれど。
あわせて、イタリア土産に買った本は、ドイツの出版社から出ている10年刻みの時代をつづった写真集。すでに1960年代、70年代は持っていたので、今回は『1980s gettyimages』Nick Yapp編(http://www.amazon.com/1980s-Nick-Yapp/dp/3833111526/ref=sr_1_23/105-2534599-8426836?ie=UTF8&s=books&qid=1189354182&sr=8-23) をもとめた。個人的には80年代はスカの時代だと思っているが、今ぱらぱらページをめくると色々な感慨が沸いてくるから不思議なものだ。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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