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日本文学における左遷先について

先日、わずか1泊だけだったが、猛暑の富山に行った。本当に暑かった。大体、体温より気温が上だなんて変だ。富山は刺身がうまい土地だ。ここの魚を食べ慣れている人は、東京のスーパーで売っているような刺身なんかは食えない。亡き父親が終生、富山弁の抜けない人だったので、富山弁を耳にすると懐かしさが込み上げてくる。「さ、何け?」「わー、何しとんがいね」「そいがやちゃ」。やっぱり魚がうまかった。ところで、こないだ、盛田隆二の小説『ありふれた魔法』を読んでいたら(ずいぶんと、通俗小説になったがでなかろか-富山弁)、主人公の44歳の銀行員が左遷される先が富山の支店長という設定になっていた。ええっ? 左遷先が富山? こんなに豊かな土地なのに。そういうの、ありか?かつて日本文学における左遷先と言えば、圧倒的に北海道か九州と相場が決まっていたのに。たとえば、僕は北海道の旭川生まれなので、村上春樹の『ノルウェーの森』の旭川の描かれ方(登場人物の女性の独白「ひとは旭川で恋なんてするのかしら?」)や、野沢尚の小説で、スキャンダルに見舞われた郵政官僚が左遷される先が旭川の郵便局という設定に、随分と憤慨したことがあった。ふざけんな、と言いたい。東京が一番と思っている思考は、夕張に想いを寄せることなどできないだろうなあ。ほかの日本の小説での左遷先は、どのような場所が設定されているか?日本文学における勤め人の左遷先の研究はある種の世相を映し出していることは確かだろう。

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» 8月14日の金平茂紀 氏の記事を読んで 送信元 《ざ・こもんず》@セントラル商事
日本文学における左遷先について from 金平茂紀の「業務外日誌」 タイトルにあるとおり、小説などで左遷先として出てくる地域について書いているのだが、... [詳しくはこちら]

コメント (1)

熊本とか宮崎なんかも小説では結構多いっす、左遷先として。

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Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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