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2007年8月27日

金井美恵子の強靱なる説話力に引き込まれる

今回は随分長い時間をイタリアで過ごした気がする。帰国便のなかで金井美恵子の小説『快適生活研究』を一気に読む。おもしろいなあ、これ。圧巻は、アキコさんの(永遠に続くかもしれない)手紙仕立ての章。読者を苛立ちへと扇情するその細やかなエピソードの仕込み方には尋常ならざるものを感じる。それにしても、中年以上の登場人物たちの、どこか終わってしまったような自足感覚をさらすさま。悪意も善意も何でもあり、というかのごとく、金井の人間観がどこか強烈に現れてしまっているかのような登場人物たちのキャラクター設定に、いろいろなことを勝手に思い入れてしまった。こういう小説の読み方は、非常によくないのだろうけれど。それはおそらく金井美恵子に対して、どこか同時代人という感覚が幾分かでもあって、『凶区』以来の彼女の著作をガキんちょながらも横目で見てきたから感じるのだろう。この小説を読みながら、アマザワとかワタナベとかハスミとか勝手に苗字が浮かんできたりするのは、やはり小説の読み方の邪道というものだ。わはは。
それにしても、この本の装幀は何て素敵なんだろうか。

2007年8月25日

夜になっても遊び続けろ

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ボローニャ大学周辺を夜間歩き回る。学生たちの多いこと。今は確か夏休み中のはずなのに。オステリアで、わいわい言いながら、ワインなんかをあおって酔っ払って、笑ったり怒ったり議論したりしている。こういう熱気みたいなもんが学生街特有の空気だった筈なのにね。古びた大学の建物の壁に、情報交換のためのチラシがびっしりと貼られている。汚れてしまったポスターもたくさんある。イタリア共産党とかアナキス系の団体の集会のポスターまであって面白い。『夜になっても遊び続けろ』は、金井美恵子のエッセイ集のタイトルだったが、このフレーズ自体は堀川正美の詩の一行だ。この詩句がぴったりと合うような街など、そんなにあるもんじゃないと思っていた。と言うか、あまりにも今の日本から消え失せてしまっているからか。でも、ここボローニャはいいな、と思う。東京から持ってきた写真家の文章を読む。

2007年8月23日

旅先で川上未映子を読む

長旅に出かける時は、直前に読みたい本を無造作に荷物に詰め込む。今回も本棚の所にツンドク状態になっていた7冊を持ってきたのだけれど、ガルシア=マルケスの小説は別にして、とにかく移動時間や、ボーっとしていたい時間に読む。
川上未映子のことを、以前この欄で「関西パンク」などと書いたことがあるけれど、そうじゃないね。初の小説集『わたくし率 イン歯ー、または世界』(講談社)を読んだけれど、この表題の小説、コワい、コワい。衝撃を受けた。「自同律の不快」などという埴谷雄高の言葉を思い出した。あるいは、関西弁で、「コギト・エルゴ・スム」を表現したら、こんなふうになるのかとか。自意識そのものの過剰がテーマの小説なのだから、観念の化け物の連鎖じみたストーリー展開の深みにどんどんはまっていく。小説中に登場する観念上の恋人、実在の青木のアパートで同居女性に主人公が面罵された際の言葉。

「わたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしうるさいんじゃぼけ なすが。おまえ何千回わたしわたしわたしゆうとんねんこら。いっかいゆうたらわかるんじゃ。わたし病か、こら」

そう、わたし病に罹患しているのは、日本の近代以降の小説の主流なのであって、そのわたしに対する不快感(「自同律の不快」)そのものをテーマにした小説が、とても少ないからこそ、この川上未映子の小説にとても惹かれるのだ。

2007年8月21日

オペラのなかの異人

Pesaro2日目は、ロッシーニ・オペラ・フェスティバル終幕の日。演目は、テアトル・ロッシーニ劇場で『イタリアのトルコ人』。エキゾチズムの象徴としての異人=外部からの闖入者として、イスラム世界の住人トルコ人がイタリアの都市に登場してくる。彼は、派手なアラブ風のターバンを巻き、富を誇り、強欲=女たらし=Womanizerとして振る舞い、非キリスト教世界の記号としての役割を担う。浮気なイタリア貴婦人が危うくこのトルコ人について行こうとしたところを、イタリア男たちの考えついた仮面舞踏会のトリックで救われる。もうひとりの多情なジプシー女が代わりにトルコ人に同道していって、めでたし、めでたし。何とも他愛のないストーリー。
ハリウッド映画に登場するアラブ人の表象については、わが畏友・村上由見子さんの著書『ハリウッド100年のアラブ―魔法のランプからテロリストまで』 (朝日選書)で詳述されているが、ベルカントのオペラに登場する異人たちの役割は、あまりにもあられがなくて(つまり描いている側に罪の意識が全くないので)純粋な笑いの対象となっていたのである。当時のヨーロッパ世界ではその異人の最たる存在だった日本人の僕らも含めて、いまや、そんな異人劇が何人もの日本人観光客の鑑賞の対象になっていることの巡り合わせ。
それにしても、Pesaroという田舎町で、このようなオペラ・フェスティバルにこれほどたくさんの観客が押し寄せる文化環境。僕らの国との違いを感じてしまう。

2007年8月20日

ロッシーニに歓喜する人々@イタリア

ロッシーニ・オペラ・フェスティバルが、ロッシーニの生まれた町ペーザロ(Pesaro)で開かれている。夏休みを利用して、イタリア中部のこの海辺の町にやって来た。ボローニャから車で2時間弱。ヨーロッパ中からオペラ好きがやって来ているみたいだ。海水浴客のほかは、この壮大なお祭りを見にやって来た人たちで、1年のうちで最もこの町がにぎわう時期とか。今夜8時からの演目は『オテロ』。このフェスティバル全体のハイライトという呼び声が高い。125ユーロというチケット代も、今夜の舞台の迫力では仕方がないかな、と思ったりしてしまった。圧巻は、ファン・ディエゴ・フローレス(ロドリゴ役)。この人目当てに訪れた人も多いという。オテロ役の主役が食われてしまうほどの、凄まじい拍手。ついには足踏みまでが地響きとなってアリーナ全体を包む異様な興奮状態となった。オペラの魅力は、そのあまりにも単純なストーリー故に、観客の感情移入が容易な構造と、出来・不出来が歴然としてしまう一回性の勝負という性格に尽きる。あっという間の4時間余だった。

2007年8月15日

「Remembering Hiroshima」を読む

暑い。勤め先の先輩の葬儀があり、別れを告げた。没年65歳。穏やかな最後の顔をされていた。

今日は62回目の「終戦の日」だ。David Hendersonという人が去年書いたコラムで「Remembering Hiroshima」という文章がある。その文章を読む機会があった。短いけれども、原爆投下の正当性をめぐってかなりまともに検討したもので、とても面白い。アメリカのホワイトハウスや国務省の会見で、今現在でも原爆投下を正当化するロジックとして持ち出される説がある。いわく、原爆投下は、日本の無条件降伏を引き出し、終戦を早めたことにより、予想された連合軍兵士の死者(その数は数千から百万と激しい幅がある)を救ったのだ、と。このロジックがいかに虚妄に満ちたものかを、このコラムは米軍当局者や研究者の論考から立証してみせる。「天皇制の存続」が、日本側がポツダム宣言を受諾するギリギリの条件として最後まで拘泥していた事実、米軍も、原爆を投下しなくても日本が無条件降伏せざるを得ない立場に追い込まれているという冷徹な状況認識をもっていたこと、あえて原爆を投下した最大の理由は、スターリンに対して「アメリカ政府は戦後世界の支配権を維持するためには進んで邪悪な手段(vicious methods)さえ使うのだ」というシグナルを送ることだった。これらの分析が要領よく記されている。1995年に出版されたアルペロビッツの研究書に負うところが多いようだが、日本の学者や政治家が、このような真摯な研究に少しでもまともに触れていたならば、アナクロニスティックな日本核武装論や原爆=仕方がない論などが出るはずはない。つまり、日本の知力が衰えているということなのではないか。

2007年8月14日

日本文学における左遷先について

先日、わずか1泊だけだったが、猛暑の富山に行った。本当に暑かった。大体、体温より気温が上だなんて変だ。富山は刺身がうまい土地だ。ここの魚を食べ慣れている人は、東京のスーパーで売っているような刺身なんかは食えない。亡き父親が終生、富山弁の抜けない人だったので、富山弁を耳にすると懐かしさが込み上げてくる。「さ、何け?」「わー、何しとんがいね」「そいがやちゃ」。やっぱり魚がうまかった。ところで、こないだ、盛田隆二の小説『ありふれた魔法』を読んでいたら(ずいぶんと、通俗小説になったがでなかろか-富山弁)、主人公の44歳の銀行員が左遷される先が富山の支店長という設定になっていた。ええっ? 左遷先が富山? こんなに豊かな土地なのに。そういうの、ありか?かつて日本文学における左遷先と言えば、圧倒的に北海道か九州と相場が決まっていたのに。たとえば、僕は北海道の旭川生まれなので、村上春樹の『ノルウェーの森』の旭川の描かれ方(登場人物の女性の独白「ひとは旭川で恋なんてするのかしら?」)や、野沢尚の小説で、スキャンダルに見舞われた郵政官僚が左遷される先が旭川の郵便局という設定に、随分と憤慨したことがあった。ふざけんな、と言いたい。東京が一番と思っている思考は、夕張に想いを寄せることなどできないだろうなあ。ほかの日本の小説での左遷先は、どのような場所が設定されているか?日本文学における勤め人の左遷先の研究はある種の世相を映し出していることは確かだろう。

2007年8月10日

マイケル・ムーア=奥崎謙三論

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マイケル・ムーアの新作『シッコ』をみた。この人、相変わらず元気だわ。公共部門に市場原理=私利私欲を持ち込むことの罪深さをこれほどあからさまに告発した映画を僕は知らない。アメリカの医療保険、公教育制度、郵便、鉄道・航空業界といった公共交通分野で、国家が、市場原理=私利私欲を持ち込むことによって、どれだけの歪み、腐敗が生じてしまっているか。その一端は、去年の11月10日のこの日誌欄でも触れた本、小林由美の『超・格差社会アメリカの真実』(日経BP)でも記されていた。

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『超・格差社会アメリカの真実』
2005年7月、みすず書房

マイケル・ムーアが今回挑んだのは、このうちの医療業界の理不尽なシステムである。「医は仁術」という語がギャグに思えるほどのすさまじい腐敗・退廃ぶり。ヒポクラテスの時代から大きく退歩したアメリカ医療の現実。だってお金を払えない入院患者を道路にゴミのように棄てる病院なんてありかよ。儲けりゃあ何でもありかよ。カナダ、イギリス、フランス、果てはキューバまで出かけて行ってアメリカ医療制度の歪みを浮き立たせる。その面白がり方、飛び跳ね方、告発のドライブ感は、実に奥崎謙三的である。以前、マイケル・ムーアに直接インタビューする機会があったけれど、日本映画の好きな作品は?と聞いたら、原一男の『ゆきゆきて神軍』をあげていたものなあ。NYの9・11救助活動で病気になり放置されていた人々を、キューバに連れて行ってキューバの国家医療を受けさせるあたり、まさに奥崎謙三である。直接行動主義。

この映画を、僕ら日本人はアメリカ社会への告発映画とだけ、捉えるべきではないだろう。なぜなら、いま僕らの国が進めている「医療制度改革」なるもののコアにあるのは、まさにアメリカ型市場原理=私利私欲の奨励なのだから。

話は変わるが、今年の日本新聞協会賞の選定作業に加わったけれど、地方紙の企画部門にきわめて顕著な特徴があった。それは日本の地域医療がまさに崩壊しかかっているという冷徹な事実を報じた企画がきわめて多かったことである。地方には医師がいない、産科医がいないので出産できない。病院がない。こんな日本の方向を推し進めたのは<彼ら>である。<彼ら>は今や大学の教授だったり、政治の審議会にまだ名前を連ねたりしている。マイケル・ムーア=奥崎謙三(故人)が日本にあらわれる日が、これからやってくるのかどうか。

2007年8月 8日

歴史に向き合う米国/向き合わない日本

知人から奨められて『ミリキタニの猫』というアメリカ映画をみた。ドキュメンタリー映画といった方がいいかもしれない。いい作品だ。このところアメリカのドキュメンタリー映画が活況を呈している。もうすぐ例のマイケル・ムーアの新作もやってくるはずだし。見終わって『ミリキタニの猫』のリンダ・ハッテンドーフという女性監督の暖かさに何だかお礼を言いたいような気持ちで一杯になってしまった。きのうの日本のTVニュースは、ホームレスを「ゴミ掃除」と言って次々に襲撃していた少年らが逮捕された事件を報じたが、日本を芸術を大事にするすばらしい国だと夢見ているミリキタニ氏は、日本にいなくてホントによかった。ホームレスに立派なアパートが権利として支給されているアメリカ。ミリキタニ氏の個人史を掘り起こし、親身になって会話し、ともに生活し、彼に(押しつけがましくなく)誇りを回復させたハッテンドーフ監督(彼女にこそアメリカの良心をみることができるのかもしれない)の懐の深さに、日本人の僕らはどう向き合えばいいのだろうか。それにしても、日系人強制収容所という現代史に真摯に向き合うアメリカと、現代史に向き合わない(作りかえさえする)僕らの日本という国との「落差」よ。

2007年8月 6日

近頃最も刺激を受けた書物『トラウマの医療人類学』

雑誌『みすず』に連載中の「環状島」(現在までに10回継続中)からあまりにも多くの刺激を受けたので、この未知の著者、宮地尚子の著作『トラウマの医療人類学』(みすず書房2005年7月)をもとめて読んでみた。僕は医療人類学には全く知見がなかったが、この種の興奮状態は近頃ないなと思うほどに、大いに考えさせられると共に、深い所で共感する勇気のようなものをもらった気がする。それは、僕自身がマスメディアに長年関わってきて、いまメディア論に欠如していると思われるもの、ジャーナリズム自身がいま直面している困難の多くのことどもを、どこかで言い当てているような<重なり>を意識したとでも言ったらいいのか。「環状島」の初回で宮地が発する自問自答のいくつか、たとえば「なぜあなたが(もしくはこの私が)その問題について語ることができるのか?」「何の資格があって、被害者の代わりに発言をするのか?」「実際に経験したわけでもないのに、何がわかるというのか?」等々の発語は、まさにマスメディアに関わっている人々がいま現在突きつけられている問いであり、宮地はそれらの問いと正面から対峙するところから出発する。そして自らの立ち位置を問う。さらにそこで、変容する、のたうつ、逡巡する、語り手=研究者=権力者=強者=仲裁者等々としての自分の言葉を、未完結のまま記述する。そして必死に論理化を試みる。誠実さとはこのような態度を言うのではないか。

たとえば『トラウマの医療人類学』のなかの任意の一節を引用してみる。

自分の物差しより文化的物差し、文化的物差しより中立の物差し、治療者として、そう私は心がけてきた。けれども、中立が何かという判断が文化依存的であることには思いが至っていなかった。アメリカ人への日本の文化についての説明、男性への女性の心理についての説明、というような翻訳作業それ自体が、文化に彩られて行われていることにも。(同書292ページ)

これはメディアにおいて海外報道にたずさわる人間たち(特派員とか)がまず考えなければならないことがらではないか。『トラウマの医療人類学』には、メディアが直面している数々の問題の様相、たとえば、客観・中立性の本質とは何か、被害者/加害者の権力関係とは何か、報じることと社会的制裁の関係などをめぐる生々しい問い等々が間断なく提出されており、誤解を恐れずに記せば、それがなぜか魅力=チャームにさえなっているのだ(「環状島」も然り。もっとも宮地はそのようなチャームの成立する圏域それ自体を否定しようとするかもしれないけれど)。なんということか。例えば、歌手のマドンナが、アフリカの最貧国マラウィから男の子を養子にとったことを非難をこめて報じたメディアの記者たちは、この本に所収されている宮地の論文「難民を救えるか?」を読んでみるといい。僕は宮地というひとに勇気を感じた。だから、これからいろいろな人に彼女のこの本を読むことをすすめたいと思っている。

2007年8月 5日

クソ暑い夏を乗り切るための音楽

クソ暑い夏はサンバとかボッサノーバを聴くのがカラダによろしい。でも、このあいだはJoyceのライブを聴きに行ったけれど、あれはハズレだったなあ。せめてCDくらいは外れないモノを。本棚の奥に埋もれているCDをさがして聴く。リオデジャネイロに旅行に行った時に現地のレコード屋で買った数枚のCDが出てきた。どれも2004年に出たCD。Bebel Gilbertoの同名のタイトルのCD、De Nana, Dori e Danilo の「Para Caymmi」、Simoneの「Baiana da gema」とか。ヨーヨーマとの共演で主役を食っていたRosa Passosの「Amorosa」は何度聴いても心地よい。あんまり気持ちよくて眠くなってきてしまうほど。でも、きわめつけは、やっぱり御大アントニオ・カルロス・ジョビンの1981年3月15日のライブコンサート盤だろうか。「Antonio Carlos Jobim em Minas ao vivo piano e voz」。ピアノの弾き語り。ジョビンの晩年、枯れかかっている年齢でのコンサートだけれど、まだまだ色気がある。それと2004年に出た「Elis & Tom」。これを聴いてしまうと、ボッサノーバの脱力力(?)で暑さが忘れられる。で、飲むのはビールでなくて、モヒートとか。

2007年8月 4日

『ロマンス』井上ひさしのチェーホフ讃歌

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世田谷パブリックシアターは本当に好きな劇場だ。サイズがちょうどいい。梅雨明けのクソ暑いなか、これはどうしても見ようと思っていた劇。井上ひさしの新作『ロマンス』。役者たちの技量がすごい。みていてワクワクする。本当に、人間は苦しい時に楽しいことをつくりだすことができるから人間なのだ、と。そういう勇気を与えてくれる舞台だ。劇中で聴かれるボードヴィルに対するチェーホフの所見など、何か演劇に対する、あるいは文化創造に対する、井上ひさし自身の高らかな宣言のようにも思えてくる。と同時に、帝政ロシア時代の農奴が苦しみに喘いでいた時代と、若者たちが働く意欲を失って難民化する今の疑似民主制ニッポンとが重なって見えてくる。役者たちの発する台詞のひとつひとつが今という時代に突き刺さってくるのだ。大竹しのぶ演じるロシアのおっ母や、生瀬勝久がなりきっていたトルストイの快演に腹の底から笑いながら、このボードヴィル仕立てのチェーホフ評伝劇の射程がとても深く広いことを実感した。
 
話は飛ぶけれど、矢野顕子の歌で「よかった、あなたがいて、よかった、よかった」というタイトルは忘れたけれど素敵な歌がある。劇を見終わって、この歌を思い出していた。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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