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2007年5月28日

塩野七生さんの講演が結構面白かった

ちょっと古くなるが、先週木曜日に、日本記者クラブで行われた塩野七生さんの講演はなかなか面白かった。塩野さんの講演は初めての経験。「ローマ人の物語」全15巻が完結し、「もう何も言うことはない」「生きている人と話すのが段々下手になりまして」等と冒頭で釈明されていたが、何の何の。この世の中には、知性のちからと品性の輝きというものがまだ残っているのだ。講演の場合、話者の語り口や顔の表情ということも無視できないとても大事な要素となる。塩野さんは、政治家の資質ということに関して、政治の舵取りを誤ると最初に被害を被るのが民衆、政治家の善し悪しが人々の生活に途轍もない影響を与える、と指摘されていた。民衆は、抽象的ではなく具体的な話に置きかえられると相当に正確な判断をするようになる。抽象論を具体論に置きかえるのがジャーナリストの仕事だとも。それに関連して、安部首相の「美しい国」論についても少し触れて、「オブラートに包んでいる」抽象論と位置づけていた。パックス・アメリカーナに関する見方も歯切れが良い。パックス・ロマーナと比較が出来るからこそ説得力がある。日本の外からみた方が日本がリアルに見えてくるということがある。

2007年5月24日

耐震偽装事件って一体何だったのだろう

僕自身が関わっている昨今のテレビ報道原稿の中でも、一番ウンザリさせられてしまうのが「……(捜査当局は)全容解明を進める方針です」という紋切り型の締め文句だ。まるであらゆる事件には、窺い知ることのできない巨大な「全容」なるものがあって、「悪のトライアングル」だの「政・官・財の癒着構造」だの、とにかく、解明されるべき巨大な「全容」があるのだ、という無邪気な幻想に浸っているのが見え見えの原稿である。魚住昭の『官僚とメディア』(角川ONEテーマ21)を読んでみると、あの世間を大騒ぎさせた耐震偽装事件なるものが、ほとんど姉歯建築士の個人犯罪に端を発するものであって、その後の関係者の摘発がメディアの誇大報道の後始末ではなかったのか、という魚住の指摘にきわめて新鮮な刺激を受けた。驚くべき司法・メディアのもたれ合いがそこになかったのかどうか。本書ではさらに、最高裁と新聞社が結託した裁判員制度に関するタウンミーティングのサクラ疑惑など、一般メディアが取り上げにくいネタをしっかりと正面から扱っている。異論を差し挟みたい部分も多くあったが、活きの良い新書であることは間違いない。

2007年5月23日

ひとりの編集者の回顧録に漂う「孤独感」

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幻冬舎から出でいる本にも好きなのもあれば嫌いなのもあるが、とにもかくにも個性のとても強い出版社だと思う。見城徹の『編集者という病い』は、この出版社を立ち上げたひとりの編集者の回顧録だ。疾走録と言ってもいい。普通は、編集者は黒子だから、主役になって本を出すことはない。けれども見城徹は出した。太田出版の高瀬幸途さんの奨めに従ったのだという。それにしても、見城という人は、熱い、濃い、ディープな編集者で、読んでいて思わずニンマリしてしまう。『ベルリン 天使の詩』にからめて、自分の生き方を、『天使から人間に変わること。認識者から実践者になること。「暗闇の中のジャンプ」』と言ってのける。ただ読み終えてみて、深い「孤独感」のようなものを感じてしまったのだ。疾走するように駆け抜けていった中上健次や鈴木いづみ、尾崎豊といった人間たちとの切り結びのストーリーにこちらの共感が行ってしまったからか。幻冬舎創立の「闘争宣言」が巻末に再録されているが、そのなかの一節が痛切に今に響く。

私たちは文芸が衰退しているのではなく、文芸を編集する側が衰退しているのだと考えています。すなわち、大手寡占状態の中で、出版社は作者と読者の両方の胸の鼓動や息遣いに耳を澄ますことなく本を送り出しているのではないか?

この短い文章のなかのいくつかの単語を、番組、放送局、視聴者、テレビなどと置きかえてみれば、僕ら自身に突きつけられている凶器になる。

2007年5月17日

「聖母マリアの祈りvsprs」を断固賛美する

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ベルギーのダンス・カンパニー、アラン・プラテル・バレエ団の『聖母マリアの祈りvsprs』には激しい動揺を覚えた。このようなダンスの舞台をみたのは久しぶりのことだ。ピナ・バウシュとも異なる。「痙攣的な美」という表現は嫌いではないが、この舞台は生半可な美をめざしているのではない。痙攣そのものを長時間凝視することは、いわば「存在論」にまで至るものなのか。ステージの上で繰り広げられるポリフォニックな動きを見ながら、いくつもの単語が頭をよぎった。アントナン・アルトー。JAGATARA。唐十郎。土方巽。シャラントン精神病院。狂気。正常な秩序という束縛と激しく拮抗する狂気への誘いのなかで、ひとは痙攣に襲われる。このあまりにも過激なセラピー。それにしても、ライブ演奏の楽隊たち(ソプラノ歌手がすばらしい!)とダンサーたちの混然とした「非調和の調和」とでも言ったらいいのか、この混沌は、観客に動揺を与えずにはおかない。断固として賛美する。

2007年5月15日

「沖縄返還」の主語はいったい何者だったのか?

 この欄は「業務『外』日誌」なので、今現在、僕がいちばん書きたいことは、こころのなかにしまっておいて書かない。ただ祈るのみ。

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2007年4月、未来社

沖縄で地域誌『EDGE』を出版していた仲里効さんの新著『オキナワ、イメージの縁(エッジ)』(未来社)は、多くの日本人が抱いている「沖縄復帰」通念について、まるで外皮と内皮をぐるりと反転させるように、強烈な異議を突きつけてくる、そう、まさに異物感のある本である。

1972年5月15日の沖縄返還を、植民地主義的な文脈における「国家統合」、「第三次琉球処分」と明確に位置づける視点が、いまの沖縄、いや、この日本においてどれほど想像可能なのか。72年前後の熱気と緊張を持続したままの仲里氏の語りに接してみて、正直に言って絶望的な気持ちに陥らざるを得ない。たとえば、この本に採録されている「沖縄青年同盟行動隊」が1971年10月19日に国会内でばらまいたビラの文面はどうだ。――すべての在日沖縄人は団結して決起せよ――  この呼びかけが一体何を求めていたのかを、いまの日本人が、いまの沖縄県民が、即座に想像・理解することが可能であろうか。この時の移ろい。風化。沖縄にかかわる映画・文学などの時代の表現を、ここまで一貫した視点で書かれている論集にはなかなかお目にかかれない。

2007年5月14日

強烈な磁極だったTS〜「澁澤龍彦-幻想美術館」

「もしかしたら、ノスタルジアこそ、あらゆる芸術の源泉なのである。もしかしたら、あらゆる芸術が過去を向いているのである。」(澁澤龍彦『記憶の遠近法』より)

北浦和の埼玉県立近代美術館までわざわざ足を運んだ甲斐があったというものだ。濃密な澁澤ワールドにじっくりと浸ってみて、あの時代のもっていた熱気・活力は一体どこにその源泉があったのかを今更ながら考えてみる。大体、澁澤龍彦という存在そのものが強烈な磁極の役割を果たしていたのだ。そしてその磁極に吸い寄せられるように、途轍もない人間たちのエネルギーのぶつかり合いが「磁場」のように出来上がっていた。俳人・加藤郁乎の出版記念会(1971年 花園神社会館)に集まった人々の集合写真をみよ。こんな人々が一同に会することがあったなんて今となっては奇跡みたいだ。ハンス・ベルメールや「傍系シュルレアリスト」たちの作品も、よくもこの展示のために集められたものだ。展示のおしまいの方にあった四谷シモンの「天使-澁澤龍彦に捧ぐ」をみて胸にこみ上げてくるものを感じた。ひとつはこの天使像の大きさである。僕はもっともっと小さなものかと勝手に思い込んでいたのだ。その美しさと大きさ。これほどの強いノスタルジアを感じた美術展も最近ではない。磁極を失った僕らの文化創造の世界が陥っている現実を直視してみれば、そこには醜悪なビジネスがとぐろを巻いているのみだ。

2007年5月10日

人類史より長くかかる高レベル廃棄物処理って何?

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『核大国化する日本』
2006年8月、平凡社

高知県東陽町の町長選挙の結果は、日本の自治体選挙史のなかでも、後々まで語り継がれるべき種類のものだろう。核=原子力をめぐる社会問題の根底には重層的な差別がある。弱いひとびと、脆弱な共同体に矛盾のしわ寄せが押しつけられる。六カ所村には核燃料サイクル施設が建てられるが、東京都心にはそのようなものは決して建てられない。『核大国化する日本』(鈴木真奈美 平凡社新書)は、今の時期にこそ読まれるべき本だ。核武装の「核」と原子力の平和利用の「原子力」がまるで別物であるかのような認識が刷り込まれている日本において、たとえばプルトニウムの保有量が40トンあまり、粗製の核弾頭にすると5000発分に達しているというあられもない事実を提示されると、核問題をみる根本的な視座の変更を迫られるだろう。日本で高レベル放射性廃棄物というと、多くの場合、ガラス固化体にされ、30~50年間、冷却貯蔵されたあと、地価300メートルの地層に埋め捨てられる。ところで、このガラス固化体は超猛毒の塊なのだが、本書にこうある。

固化体に含まれる長寿命の人口放射性核種が生命に害を及ぼさなくなるまでには、何百万年、何千万年とかかる。人間の時間的感覚を遙かに超えた、地球史を語るような時間単位だ。ちなみに地球上に人類が誕生したのは400万年から500万年くらい前、現代型ホモ・サピエンスは10万年から15万年くらい前とされる。

「再処理-高速増殖炉路線」がすでに世界のなかでは破綻しているにもかかわらず、そこに固執を続ける日本の悲惨な内情についての指摘も鋭い。

2007年5月 9日

『藪原検校』〜黒光りする悪党の魅力へGet Back

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井上ひさし&蜷川幸雄という組み合わせから生じた強烈なパワーは、あの『天保十二年のシェイクスピア』で十二分に堪能させていただいたが、今回の『藪原検校』はその第二弾。席がシアター・コクーン2階席の最前列だったのでよかった。というのも、奥行きのある舞台全体を俯瞰できて、ステージのさまざまな仕掛けがとてもよく伝わってきたから。ピカレスク・ロマンが本来持っている黒光りするような悪党の魅力に加え、初期井上作品にみられるエロティックな台詞まわしの妙味に思わず「欲動」を感じる。そうなのだ。あの時代の演劇には(『藪原検校』の初演は1973年)、猥雑さに満ちた「欲動」のパワーがあった。舞台の上で繰り広げられる性交シーンにエネルギーがある。田中裕子の美しいこと。遊女を演じても品位が漂う。この舞台、今のテレビじゃもう放映が難しいかもしれない。杓子定規な「差別語」狩りがここまで進み、テレビという公共空間から自由が失われてしまった。そうだ、自由! この観点から見れば、僕らの世界は確実に退化しているのではないか? ギター1本によるフォーク風の音楽は、最初のころこそ違和感を感じたが、何の何の、終わってみると、このステージにしっかりとハマっていた。ところで、音楽と言えば、ラスベガスで見た『LOVE』があまりにも強烈だったからだろうか。東京に帰ってきてからもまだ頭の中で、ビートルズの曲がずっと鳴っているような気がしていた。特に「Get Back」(1969年の曲)は、パフォーマンスの初めの方の部分で、ステージを一気に盛り上げる効果をともなっていた。いいよな、あれは。その歌詞。Get back to where you once belonged.(原点に帰れ!)。『藪原検校』だって、そうだ。あの時代に帰れ。演劇も、音楽も、映画も、あらゆる表現者たちも、今求められているのはひょっとしてGet backかもしれない。

2007年5月 5日

Love&Peaceの敗北と再生〜『LOVE』によせて

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LOVE (通常盤)
2006年11月、東芝EMI

シルク・デュ・ソレイユ三連チャンを完遂した。きのうみたのは「KA」で、こちらは「O」ほど期待していなかったが、予想に反してよかったのだ。そして今日の仕上げは何といっても新作の「LOVE」である。DC在住の友人から「あなた、是非みた方がいいよ」とのご教示をいただいていた。全編、ビートルズの歌で構成されているシルク・デュ・ソレイユ流のミュージカル&パフォーマンスだ。この手のモノでいえば、以前「Movin’ Out」というのでガッカリさせられた経験があるので、ドキドキしながら会場のホテル・ミラージュに入ったが、見終わった後の今の気持ちは何といったらいいのか。ビートルズの曲をこんなに素晴らしく再構成して視覚化できるなんてホントに奇跡みたいだ。終わりの頃には不覚にも涙が出てきたね。このステージは、ビートルズの歴史であり、また、特にジョン・レノンの軌跡の物語でもあり、20世紀後半の現代史でもあり、また反戦平和=Love&Peaceの敗北と再生への願いのストーリーともとれる。

考えてみれば、ビートルズの歌は視覚化=舞台化することができれば、何と魅力的な内容に溢れていることか。「Lucy in the sky with diamond」や「Being for the benefit of Mr.Kite」、「A day in the life」の歌の内容を視覚化できたら何と素晴らしいことだと、ガキだった頃の当時、レコードを聴きながら夢想したことだろうか。それをやっちゃったのだ、シルク・デュ・ソレイユは。あんまりステージの中身を書くと、これから見るかもしれない人の興を削ぐのでもう書かない。見て本当に良かった! ラスベガスという町は好きになれないけれど、シルク・デュ・ソレイユを見られるなら、仕方ないや。

2007年5月 4日

蕩尽の町でみたシルク・デュ・ソレイユ

なぜかラスベガスにいる。ギャンブルをしにきたわけではない。大体そういう趣味はない。ラスベガスは、町全体が浪費と蕩尽で成り立っているアメリカ・システムの象徴のような場所である。日本だと賭博現行犯で全員が逮捕されるようなことを、日常茶飯事のように老若男女が当たり前に朝から晩までやっている。不思議、不可思議。観光客は、アジア系、特に中国人が多いような気がする。

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さて、ここに来たのは実はシルク・デュ・ソレイユをみるためだ。常設で5つもの公演をやっている。「O(オー)」「KA」「Zumanity」「Mystere」そして新作の「LOVE」。全部は無理だけれども3つくらいは何とかみられないか。そう思って来たのだが。で「O」を手始めに。「O(オー)」はフランス語のeauつまり水をテーマにした一大スペクタクルだ。その仕掛けの壮大さといったら。こんなことは蕩尽の町ラスベガス以外では実現が難しいんじゃないだろうか。それにしても、この幻想的な視覚効果はどうだ。明らかにアメリカ人の美的センスじゃない。フランス中世あたりか。衣装や舞台は、澁澤龍彦が生きていたら喜ぶような意匠に充ち満ちている。水のもっている美しさを存分に利用して、水の精たちが繰り広げる競演というイメージ。やはり素晴らしい。このあいだ東京で見た「ドラリオン」がアジア・中東・スラブ世界のエキゾチズムとすると、「オー」は中世ヨーロッパの幻想美。みてよかった! 終演後、ダンサー、演者たちの出身地をプログラムで確かめてみて、ロシア、ウクライナ、ベラルーシなど旧ソ連圏、モンゴルの人が多いことに何だかすとんと納得がいった。ただ、シルク・デュ・ソレイユの劇場と、ホテルのカジノが地続きになっているあたり、だんだん興が削がれていくのは仕方がないのか。

2007年5月 3日

建築家・藤森照信の設計した住みか

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『タンポポハウス』1995年竣工

藤森照信と言えば、どうしても路上観察学の方に行ってしまいがちだが、彼が本業の方の建築という領域で設計して作った家、建物、住みかがどんなものかを見る機会があった。と言っても、東京のミュージアムの一角で開かれた展示会『藤森建築と路上観察』東京オペラシティ・アートギャラリー)にすぎないのだが、なかなか楽しい展示だった。見終わった人たちの顔が一様にほころんでいる。こういう展示会も珍しい。屋根とか壁に草・植物が共生している住みか。いいよなあ、と思う。僕は北海道のいなか育ちなので、郷愁をそそられるのだ。かの有名な「ニラハウス」「タンポポハウス」をはじめ、直方体だらけの東京の居住空間にあって、これだけ均質的ではないゴツゴツ、ざらざら、反ツルツルの住みかを見せつけられると、しまいにゃ笑ってしまうしかないのだ。竹でできた(?)テントのなかで路上観察学ビデオ映像上映をやっていたので、しばらく見ていたが、赤瀬川さんや南伸坊、松田哲夫という人たちの笑いの感覚がとても、ほんわりしていて、笑いながらテントを出た。今のテレビが忘れてしまったこの感覚。

藤森建築と路上観察
http://www.operacity.jp/ag/exh82/

2007年5月 2日

ナチスを支えた普通のドイツ人は何を考えていたのか

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『ヒトラーに抱きあげられて』
2007年3月、松柏社

このような良書に巡り会えて素直に嬉しい。その本とは『ヒトラーに抱きあげられて』(イルムガルド・A・ハント著 菅野圭子訳 松柏社)だ。ドイツの狂気の時代、ナチス政権下で、ヒトラーの大本営が営まれていたオーバーザルツベルクの南にあるオーストリア・アルプスの小さな村、ベルヒテスガーデンで生まれ育ったある少女の回想録である。この本を読むと、当時の普通のドイツ人がどのようにしてナチスドイツを熱狂的に支持するに至り、それに異を唱えることがいかに困難だったのかがヒリヒリするように伝わってくる。戦争の不正義を、一部の狂気の政治指導者、軍人のせいにするのは比較的容易なことだ。だが、戦争を下から支えたのは圧倒的に民衆なのであり、それは戦時中の日本においても同じだ。主人公は少女時代、たまたまヒトラーを歓迎する民衆の列に並んでいて、通りかかったヒトラー本人に抱きあげられるという「奇跡」のような経験をする。当時それは夢のような素晴らしい経験だったのであり、両親の自慢の種になる。その後、主人公一家が被る数々の悲劇。

すべての少年少女は、戦争に勝つために、それぞれの役割を果たさなければならない。そして総統は無敵であり、ドイツの唯一の救世主だということを信じなければならない、と教え込まれた。(同書より)

主人公は戦後、アメリカに渡り、アメリカ人として本書を2005年に出版した。真理は細部に宿りたまいき。日常生活の細々とした記述こそが、かの時代の狂気を支えた時代の空気を浮かび上がらせる。いつのまにかなされる学校の教科書の記述の変更。<我ら>と<彼ら>を峻別する思想。根拠を欠いた自民族優越主義。それらの思潮は、現代の僕らの世界とどれほどの隔たりをみせているか。今の日本でこそ、この貴重な回想録は読まれる意味があるように思えてくる。随所に配されている当時の写真が実に効果的だ。

2007年5月 1日

ミュージシャン大貫妙子の品位と情熱

大貫妙子はシュガーベイブの頃から聴いてきた。全く同じ年齢の同時代人だ。僕は筋金入りのファンだ。ファンは歌手の歌の成長とともに育っていくもんだと勝手に思っている。オペラシティ・コンサートホールのコンサート・チケットはあっという間にSOLD OUT。彼女には根強い固定ファンがいるのだ。幸運にも彼女の『ブックルドレイユ・ツアー2007』をみることができた。アコースティックな音色の極上の味わい。金子飛鳥カルテットに、ピアニスト、ベーシスト、今回のゲスト林立夫のドラムスが彼女の歌声と本当によく調和していて心地よい。坂本龍一の『タンゴ』や、大昔のヒット『夏に恋する女たち』を聴いて胸が結構ときめいた。何て品位に溢れ、なおかつ情熱に満ちているんだろうか、彼女の音楽は。歌詞にも深い味わいがあって、まるで短編小説を読んだ後のような感慨が後をひく。ファンの年齢層の幅が広いことは、ステージの前にプレゼントをもって恥ずかしそうに並んだ人たちの姿をみても一目瞭然。

まあイマドキの音楽を嘆いてみても仕方がないのだけれど、せめて<歌>として成立していなければ、歌はすぐに<ゴミ>のようなものになってしまうだろう。

大貫妙子は今後もあくまでもわが道を歩むだろう。それが素晴らしくなくて何だというのか。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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