Calendar

2007年3月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

Recent Trackbacks

Category

« 2007年2月 | メイン | 2007年4月 »

2007年3月27日

寺山修司のクエスチョンズ

中国映画の『ルオマの初恋』をみて、思い出したのが、1968年のATG映画『初恋・地獄篇』だった。寺山修司・羽仁進の共同作品だが、寺山色が強烈に前面に出ている。僕のもっとも好きな映画のひとつだ。VHSテープをどこかでなくしてしまったらしいので、DVD化されているものを購入して、ずいぶん久しぶりにみた。そこで思わぬ収穫を得た。予告編だ。そこに脚本を担当した寺山自身が登場してきて、7つの質問を読み上げる。かつて寺山が村木良彦と組んで作ったTBSのドキュメンタリー『あなたは……』と同じような手法。とても面白い寺山ワールド。7つの質問とは以下のようなもの。

①風呂場の中で、あるいは鏡に向かって、あなたは自分の裸をしみじみと見つめてみたことがありますか?
②初めて女の人の裸をみたのは何歳の時でしたか?
③お父さんとお母さんが抱き合っているのを見たことがありますか?
④おうちの近くにお墓がありましたか?
⑤SEXについての知識を最初に教えてくれたのは誰でしたか?
⑥時々、初恋の人を思い出すことがありますか?その人は今どこに住んでいますか?何をしていますか?
⑦地獄の絵をみたことがありますか?

1968年の新宿あたりの風景=空気がこの映画には充満している。新宿の西口広場に正時ごとに流れていた武満徹の電子音楽が懐かしい。胸が締めつけられる想いがする。風景=空気は変化する。昔の森山大道の写真の風景をみる思いか。何を僕らは失ってしまったのか。

2007年3月26日

タリバン政権・極限下の人間の尊厳

kaboul070326.jpg
『カブールの燕たち』
2007年2月、早川書房

フランスに亡命したアルジェリアの元軍人が書いたという小説を読んだ。『カブールの燕たち』(早川書房)。舞台はタリバン政権下のアフガニスタンの首都カブールである。ヤスミナ・カドラという女性名のペンネームで書かれたこの小説は、イスラム原理主義を標榜するタリバン政権の非人間性を、2組の夫婦のストーリーを交差させながら深く深く告発している。これは夫婦愛の小説だろうか。そうも言えるけれど、僕にはむしろ極限下の人間の尊厳をテーマにしているように感じられた。つまり、同様の作品は、ひょっとして、クメール・ルージュ政権下のカンボジアでも成り立ち得たのかもしれない。作品中に随所に登場するチャドリ(=ブルカ)の物乞いの映像がくっきりと脳裏に浮かんできた。個人的な思い出になるが、2001年、陥落直後のカブールに取材に行ったときの記憶がよみがえってきたのだ。ブルカは素顔を隠しているだけに、それを着ている女性たちの匿名の暴力性をかえって発していたようにさえ感じた。けれども、アメリカによる対アフガン戦争で、タリバン政権が崩壊したあとのアフガニスタンは、この小説の時代よりも幸福になったのだろうか。夢中でストーリーを追っていくと、つまらない誤植が2カ所あって、ちょっと悔やまれる。

2007年3月25日

今の日本が失っている「品格」と「社会的」感覚

syakai070325.jpg
『社会』
2006年10月、岩波書店

遅ればせながら、一部で高い評価を得ている市野川容孝『社会』(岩波書店)を読む。市野川の論文はこれまでも『現代思想』などで目にとめていたが、今の日本のカルい社会学者群のなかでは際立ってマトモな学者だと思っていた。

この本を読み終わって大昔のエピソードを思い出した。昔、戦時下の日本の特高警察が、治安維持法に基づき「赤狩り」をした際、本箱にあった「昆虫社会」というタイトルの本を危険思想文書として押収していったという実話だ。「社会的」という語にまとわりついている日本の理解のレベルは、その当時と現在とでそれほどの変化がないのではないか。
ちょっと長い引用になるが、以下の部分はすとんと納得がいった。

今でもそうだが、社会科学というものを最も遅れて、しかも輸入という他律的手段によって知った日 本の知識人には、18世紀の政治経済学に対する批判のすべてはマルクスに集約されているのだから、マルクスが批判した他の政治経済学批判=社会科学は読む必要がない、読むに値しないと決めつける傾向が見られる。だが、19世紀のヨーロッパの思想地図において、マルクス主義は、確かに最も有力なものとはいえ、社会科学の一つにすぎない。それ以外の様々な社会科学が、政治経済学批判という太いベクトルをマルクス主義と共有しつつ、多重で分厚い層を形成していったのである。冷戦崩壊後もヨーロッパにおいて、政治的言葉としての「社会」が衰滅しない一つの理由も、おそらくここにある。それに対して、日本の状況は、たとえて言えば、最新型だと思って買った製品がぶっこわれたので、幻滅と憤怒にかられつつ、それとは全く別の規格品に一気に乗り換える、思慮の浅い消費者に似ている。ぶっこわれた最新型の製品とはマルクス主義であり、他方、別の規格品とは(カタカナ語の)リベラリズムであり、場合によっては18世紀の政治経済学の最新版である新古典派の経済学である。このぶれの激しい極端な思想的消費行動によって、「社会」という日本語もまた極端に痩せ細っているのである。

それにしても、本当に「社会」はどこに行ってしまったのだろう。公共圏を私益圏に置きかえれば薔薇色の未来が約束されるなどという、野卑な主張を聞くにつけて、今の日本が失っている「品格」と「社会」への感覚を実感する。

2007年3月22日

聖戦・殉教・自爆攻撃・復讐・自爆テロ・人間爆弾・人殺し

paradise070322.jpg

映画『パラダイス・ナウ』をみる。パレスチナ人監督ハニ・アブ・アサドの作品。すでに一部で評判になっていたので是非ともみておきたいと思っていた。それに村上由見子さんの『ハリウッド 100年のアラブ』にも触発され、パレスチナ人が自分たち自身をどのように描いているのかに興味があった。ヨーロッパでは大好評を博した映画だ。アカデミー賞外国語映画部門にノミネートされた際に、自爆攻撃のイスラエル人遺族らからボイコットすべしとの声明が出された。いくつもの台詞が頭のなかでまだ渦巻いている。
ハレドとスーハの会話。
   
「平等に生きられなくても平等に死ぬことはできる」
「平等のために死ぬのなら、平等に生きる道を探すべきよ」
「あんたの人権団体でか?」
「たとえばね、イスラエル側に殺す理由を与えないの」
「無邪気だな。自由は闘って手に入れるものだ。不正がある限り殉教は続く」
「殉教じゃないわ。復讐じゃない。人殺しに犠牲者も占領者も違いはないわ」
「奴らは空爆する。俺たちは自爆しかない。全く違う」
「何をしてもイスラエル軍の方が常に強いのよ」
「死は平等だ。俺たちは天国に行ける」
「天国は頭の中にしかないわ」

自爆攻撃にむかうサイードの言葉。
  
尊厳のない人生
来る日も来る日も、侮辱され
無力感を感じながら生きていく
世界はそれを遠巻きに眺めているだけだ

同じ行為が、聖戦(ジハード)と呼ばれたり殉教と呼ばれ讃えられる。しかし、それを復讐とみる人々もいる。Suicide Attackの翻訳は「自爆攻撃」だろう。しかし、それが「自爆テロ」と報じられる確固とした構造がある。実はこの語は「9・11」後に生まれたメディア用語である。殺された側からみれば、自死を覚悟で攻撃を仕掛けてきた奴らは、人間爆弾であり、人殺しと非難する。空爆と自爆の本質的な違いは何か。巡航ミサイルと自爆の本質的な違いは何か。何しろ前日にみた米映画『スリー・キングス』との落差で頭がくらくらする。

2007年3月19日

みずみずしい中国の初恋映画『ルオマの初恋』

初恋映画と言えばその昔、『初恋・地獄篇』のなかで、主人公の少年が「初恋だあ!」と叫ぶシーンが今でも鮮烈な記憶として残っている。あれは高校生の時にみた映画だ。初恋は世界を変える甘美な革命だ。げっ! こういうアホなことばを書きたくなったのも、中国映画『雲南の少女 ルオマの初恋』をみてしまったからである。雲南省の少数民族ハニの少女ルオマの初恋を描いたこの作品では、美しい棚田の風景と、主演のリー・ミンの圧倒的な存在感に魅了される。監督のチアン・チアルイという人のことは何も知らないが、チャン・イーモウ監督と同じように、現地でのオーディションを重視するタイプの人のようで、ハニ族の現地の生活圏に入り込んでルオマ役の少女やおばあちゃん役を探し出したのだという。だから演じている人たちから文化・慣習が自然に伝わってくる。ノスタルジア。最近みるもの聴くものに、郷愁を感じるのは自分が歳を重ねたということだろうな。

2007年3月16日

こいつぁ、とびきり面白れえや!

最近読んだ本のなかで、これほどゾクゾクした本はない。

holly070316.jpg
『ハリウッド100年のアラブ』
2007年2月、朝日新聞社出版局

わが畏友・村上由見子さんの『ハリウッド・100年のアラブ』(朝日選書)だ。もう今年のベスト3に入れとこう。「楽しい知識」(la gaya scienza)という言葉さえ思い出してしまった。そうだ、知ることって、本当はこんなに楽しいんだよな。<西欧>が<外部>をどのように認識してきたのかたどる精神史の記述である。すでに村上さんは名著『イエロー・フェイス』(同じく朝日選書)で、ハリウッド映画がアジア人をどのように描いてきたかを鋭く論究していた。今回は、西欧が抱いてきたアラブの肖像である。ブッシュ政権下のお馬鹿さんのアメリカにあっては、極論すると、9・11以降は、アラブと言えば自爆テロリストというありさま。だからこそ、この100年のあいだに、西欧社会が変わることなく、あるいはいっそうの深化を経て、アラブ、イスラム世界に対する偏見、ステレオタイプ、排除、差別を貫いてきたかを調べることはとても意味がある。読んでいて目から鱗の新発見だらけ。村上さんの本が面白いのは、その抜群のセンスの良さと豊かなユーモア感覚に由来する。中東専門学者とかジャーナリストって、そういう才能、なかなか持ち合わせてないと思うよ。

□『千夜一夜物語』の……本邦初の訳は明治八年(一八七五)刊の『開巻驚奇暴夜物語』……だった。「アラビヤ(暴夜)」の当て字が何とも面白い。

□(アラジンと魔法のランプの)主人公の少年は中国に住む中国人で、物語の主な舞台も中国であり、アラビアではない。現に、オリジナルに忠実な児童書には、弁髪姿や中国服を着た少年のイラストが登場してくる。

□映画『アラビアのロレンス』で主役を演じるピーター・オトゥールは身長百九十センチで、ひときわ背が高いのが印象的である。一方、実際のT・E・ロレンスは、百六十六センチのごく小柄な男だった。……「胴に比べて足が短い」だの「異常に大きな頭」だの「貧相な男」だのとさんざんな言われ方をしている。

□世界各地で記憶され、さまざまにパロディ化されてきた「シーク」の姿だが、そういえば、白いターバンに“イスラムふう”の三日月マーク、白いマント姿の「月光仮面」にも、どこかシークの面影があるような気がする。

□アライヘムの原作(『屋根の上のバイオリン弾き』)では最後に主人公テヴィエは「約束の地パレスチナ」へと向かうのだが、ミュージカル版と映画版では、テヴィエは家族を連れて「アメリカへ旅立つ」ことにされている。これも、ロシアの貧しいユダヤ人がついには<ユダヤ系アメリカ人>になるであろう物語へと読み替えられた例といえよう。アメリカの観客が胸を打たれた理由のひとつも、彼らの目指す先がアメリカだったことにある。

□大ヒット作『ブラック・サンデー』が日本で公開禁止になったのは、日本側がアラブ産油国との関係を気遣ったため、といわれている。この頃、日本はまだ「石油ショック」から立ち直っていなかった。

□ジェシカ英雄ストーリーの真偽が問われていたのにもかまわず、NBCではさっそく二時間ものテレビ映画『セイビング・ジェシカ・リンチ』……を制作、事件から七ヶ月後に全米放映した。……なお、このテレビ映画をわざわざDVD化して販売している国は世界でも日本だけであり、今や貴重な映像資料と化している。

引用を始め出すとキリがなくなるほど、この本は興味深い記述に溢れていてしあわせな気持ちになること請け合い。とにかく皆さんもこの本を読んでみてください。

ワシントンに駐在していた頃のアメリカの空気の一端を知る身にとってみると、第8章-映画のような「戦争」と「テロ」-を読みながら何度も唸る箇所があったが、村上さんがポール・ヴィリリオに触発されながら<戦争の視覚化>を分析していくくだりは、イラク戦争報道の本質を射抜くものがあり、大いに教えられた。ちなみに、米国防総省のイラク従軍報道に関する総括文書は、軍・報の「信用と信頼」が醸成され従軍させたことは大成功と結論づけ、「軍は従軍記者が真実のストーリーを報じ、humanize the warのために現場にいると認識したのである」と述べている。このhumanize the warの意味がストンと納得できた。感謝。

ところで、最近みたシルク・ドュ・ソレイユの『ドラリオン』にも、アラブ世界のベリー・ダンサーは終始、異世界の象徴として登場していたし、映画『Babel』でも、モロッコで流れ弾にあたるアメリカ人女性という本書にも登場する反復的テーマが登場してきたことを思い出している。日本の歌謡曲史の『ウスクダラ』『カスバの女』『渚のシンドバッド』『勝手にシンドバッド』とか、日本赤軍の「オリオンの星」発言の真意とか、いろいろ想像力は膨らんできたことにも感謝。

2007年3月15日

マグナムが撮ったTOKYO

写真家集団マグナムと言えば、ロバート・キャパやアンリ・カルティエ=ブレッソンの名前が思い浮かぶ。彼らマグナム集団が、占領下から現在に至るまで、東京を被写体として連綿と撮り続けてきたことを、こうしてまとめて見ると、日本の<戦後史>が自然と浮かび上がってくる。写真美術館で開催されている『マグナムが撮ったTOKYO』はなかなか見ごたえのある写真展だ。みているうちに、不思議な郷愁が沸いてくる。自分が生まれる前の風景にさえ。例えば、ロバート・キャパが1954年に撮った東京駅ホームでの「ラブシーン」。何と温かい写真だろうか。1961年にバート・グリンが撮った東京の子どもたちの無垢な姿。1964年にレイモン・ドゥパルドンが撮った東京オリンピック閉会式に列席した当時の皇太子夫妻(現在の天皇・皇后)。若き美智子妃の美しい姿が記録されている。ブルーノ・バルベイが1971年に撮った成田空港建設反対デモ。時代の凄まじい熱気。80年代の写真にはホームレスが登場してくる。90年代のバブル期のTOKYO。お台場のフジテレビ社屋が撮影されている。たくさんのTOKYOをみてきて、日本人である僕らに否応なく意識されるのは、<異世界>をみる欧米の視点だ。今年で創設70年を迎えたマグナムの写真展としては、同時テロ事件の写真展よりは、はるかに僕ら日本人にとっては近しい。つまり、郷愁。

2007年3月14日

ディクシー・チックスの新CDは勝利宣言だね!

dixie070314.jpg
『Taking the Long Way』Dixie Chicks
2006年5月、Sony

ワシントンDCのIさんからディクシー・チックスの新CDが送られてきた。早速聴いたけれど、これがかなりいい。タイトルが『Taking the Long Way』。CDのトップに据えられているこの曲を聴きながら、ああこれはディクシー・チックスの勝利宣言だよね!と思わずほくそ笑んでしまった。自分たちは敢えて「Take The Long Way」(遠回り)する覚悟だよ、と軽やかに歌う歌詞の含意は明快だ。イラク戦争に反対して「ブッシュ大統領と同じテキサス出身だってことが恥ずかしいわ!」とコンサートで発言したことから、アメリカ国内で激しい排斥運動に直面しながらも不屈の意志を貫いた彼女たちの想いがある。彼女たちはついにはグラミー賞を獲得した。当時、実際に彼女たちのコンサートをみたけれど、メインヴォーカルのナタリー・メインの突っ張り具合が実に小気味よかった。彼女たちを支えたスタッフのチームワークも相当に強固だったんだろうな、と想像される。あらゆる情況は変わる。今のようなヒドい日本の情況だって、いつの日かは。

2007年3月12日

KIKI BAND はオーチン・ハラショーだね

週末に南青山「月見ル君想フ」梅津和時KIKI BANDのライブをみた。梅津さんのライブをみるときはこっちも体調がよくないとや負けちゃうので腹ごしらえをと思ったが、時間がなくて空腹のまま聴いたので、かなりこたえた。オーチン・ハラショーである。躍動感、疾走感は格別。会場に若い客が結構混じっていて嬉しい。バラードの「発端は破綻」がよかった。甘美。ギターの鬼怒無月はひたすら禁欲的に突っ走っていたし、早川岳晴も痩せすぎていたけれども快調。ドラムスにジョー・トランプ。演奏前にラーメンとかいっぱい食べてたようで、実にパワフルだった。こんなふうに世界に通用する開かれたバンドが日本にはまだまだいるぞ。

2007年3月 9日

凄みを増したステラ・アラウソ

アントニオ・ガデス舞踊団のギタリスト、アントニオ・ソレーラさんが、渋谷で起きた火事で逃げ遅れた女性を助けたといういい話が新聞に載っていた。東京公演のために渋谷に泊まっていたソレーラさんだが、好物のラーメンを食べてホテルに帰る途中に、マンションの火事にたまたま出くわし、逃げ遅れた26歳の女性に「私の胸に飛び降りてきなさい!!」と道路から大声で呼びかけて、2階から飛び降りたこの女性をキャッチしたのだという。火事が起きたのが未明の午前4時だというんだから、ソレーラさんはよっぽどラーメンが食べたくて渋谷を捜し回ったんだろう。

そのソレーラさんをみた。ギターを熱演していたぞ。演目は十八番の『カルメン』。これは作品自体がほとんど極限まで完成品になっていて、ガデス舞踊団の出し物のなかでもとても質が高い。群舞の魅力に加え、カルメン役のステラ・アラウソが凄みをどんどん増してきている。昔みたクリスティーナ・オヨスのそれも鬼気迫るものがあったが、ステラのカルメンは肉感的で迫力がある。それに比べて、アドリアン・ガリアのドン・ホセは何だか軽いのだ。敵役の男の方が結構重厚で、僕がカルメンならあっちの方に行っちゃうよな、と思ってしまうんだから、やはりガデス本人と比較されるのは辛いだろうな、と思う。けれどもやはりガデスの子どもたちはきっちりとガデスを継承しているぞ。しあわせな気分に浸れた。

2007年3月 8日

ジャン・ボードリヤールの死というニュース

フランスの思想家ボードリヤールが死去したというニュースをきのうの深夜になってから知った。遅くに帰宅してから読んだ朝日新聞の夕刊で知ったのだ。テレビやネットは速報性が命だと言ったって、こういうニュースはなかなか届かない。大体いまという世の中は、「フランスの一思想家の訃報なんかニュースじゃないぜ」と思っている人たちが、ほとんどという荒れた世の中になってしまったのだから。銭もうけに結びつかない情報は価値が低いとされているのだから。消費社会への分析を先駆的に行ったボードリヤール自身が、ニュース「商品」のなかでは、消費の対象でさえなくなったという冷徹な現実。先日、再読したスーザン・ソンタグの本の中で、彼女が、ボードリヤールやアンドレ・グリュックスマンらを厳しく批判しているような箇所に行き当たって考え込んでしまった。かつてボードリヤールがメディア社会の現実について分析するなかで、「現実はもはやテレビのように進行してしまっている」と断じるとき、ソンタグは「現実は決してテレビのようには進行しない」と反論しているようにみえる。僕にはそのどちらの主張も正しいように思えたのだ。ものを言う立ち位置。サラエボの地で「現場」性にこだわってものを言っていたソンタグと、フランスのアカデミズムの伝統の中から自由奔放にものを言っていたボードリヤールとでは、その立ち位置が異なっているのだ。ついでに言えば、僕は写真入り四段でボードリヤール死去を報じた朝日新聞の価値判断を排撃する気は全くない。

2007年3月 4日

シルク・デュ・ソレイユは進化している

dra070304.jpg

評判のシルク・デュ・ソレイユ『ドラリオン』をみた。ポカポカ陽気のなか、代々木公園のフリマとタコ焼き屋台とストリートミュージシャンたちを横目に見ながら通り過ぎると、特設テント会場に着く。シルク(仏語でサーカス)は見せ物だから、ワクワクする猥雑さがどこかに漂っているものだ。花園神社のテント小屋の蛇女と本質的にはおんなじ。舞台の上は、中国とアラブとロシアと東南アジア、それにアフリカが入り混じった、要するに正統ヨーロッパからみたエキゾチズムの見本市みたいなキャラクターたちの乱舞が続く。なかでも中国雑伎団の技はとんでもなく興奮を誘う。一人の少女が演じた「シングルハンド・バランシング」は、まさに驚愕の技だ。みているうちに、この『ドラリオン』はアクロバティックな要素がすごく多いな、と感じる。『バラカイ』や『コルテオ』を知っているので、そう思うのか。訊いてみたら何と、この『ドラリオン』は1999年初演なのだった。つまり『バラカイ』『コルテオ』よりもずっと以前の作品なのだ。としてみると、シルク・デュ・ソレイユは明らかにアートの洗練された方向へと進化し続けているというのが実感。『ドラリオン』というタイトルは、中国の最強の動物ドラゴンと西洋の最強の動物ライオンの合成された造語だそうだが、この作品は、「西と東の融合」と言うよりは、西欧から見た異世界=異形のものたちの競演といった方が正確だと思う。アラブやロシアやアフリカの造形は、今となっては少しステロタイプの度がすぎている感も否めない。とは言え、この作品も十分に楽しめた。ラスベガスで大評判になっている新作『ラブ』がみたいものだ。何とシルク・デュ・ソレイユとビートルズの曲とのコラボレーションだとか。シルク・ドュ・ソレイユは、今回の『ドラリオン』よりもずっと進化している。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.