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2006年8月27日

心地よいコリーヌ・ベイリー・レイ

タワー・レコードがつぶれる時代になった。若い人って、もう店まで行ってCDとか買わないもんなあ。アイポッドは、そういう意味で、音楽産業をおそろしい威力をもって変えてしまうのかもしれない。つまり、音楽を聴くためにとる行動が、指先の動きに還元されてしまう! そうやって聴かれる音楽ってティッシュペーパーみたいなもんになるのかもなあ。使い捨ての音楽。ちょうどPCのコピー機能が「著作権」という概念を破壊し尽くそうとしているかのように。だから一番ぜいたくな音楽は、小さい小さいライブハウスでナマで聴く即興音楽のたぐいになってしまう。で、これから書く曲は、使い捨ての音楽じゃないと思うので。イギリスのアルバム・チャートで今年の2月にいきなりトップになった歌手で、コリーヌ・ベイリー・レイ(Corinne Bailey Rae)という女性シンガーがいる。とても心地よい。特に冒頭の曲の「Like a Star」は無駄な力がからだから抜けてきて実にいい。心身共に、ささくれだっているので、ひときわ身に滲みる。

2006年8月24日

あまりにも危険で官能的な恋愛小説『ツ、イ、ラ、ク』

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『ツ、イ、ラ、ク』
2003年10月、角川書店

旅をするときの楽しみのひとつが本を読むことだ。姫野カオルコという作家の小説を読んだのはこれが初めてだけれど、久しぶりに、危険さに満ち溢れ、観念をしっかりと描いてかつ官能的な恋愛小説を読んだという実感。もう3年も前に出た本だが『ツ、イ、ラ、ク』。水村美苗の『本格小説』とか、かつての松浦理英子の小説の読後感と共通する何かがある。恋愛とは、本質的には観念の切迫した問題であって、だから、純粋観念と大人になる身体の変化に支配されている中学生時代の恋愛は、当事者にとっては限りなく身を焦がし、時には破滅に至るほどの破壊的な力をもっているのだ。それを世の中の常識は正視できない。危険すぎるのだ。そのあられもない真実が姫野カオルコの小説中のなかでも語られている。

あのころほど、男が男そのものであり、女が女そのものである時期はない。男が女に対する、女が男に対する欲望が、もっとも正確に、もっともそのままのかたちで、遠慮会釈なく表面に出る時期。化粧もアクセサリーも洋服も靴も時計も車も会社名も、その人間をラッピングしてはくれない。髪型でさえ校則規定があった。アルコールもインテリアも音楽も、雰囲気をラッピングしてくれない。DNAの出所と分散である親きょうだいの顔や職業、住んでいる家の大きさや建ち具合まで剥き出しだった。実寸で、男は女を、女は男を、見ていたのである。思えばじつに中学校とは残酷な場所である。(同書より)

でも、今の日本では、中学校だってもっと世間化してしまっていて、社会的な選別と隔離がすでに終わっている場所になっているのかもしれない。欲望はしっかりとコントロールされている。そういう意味で『ツ、イ、ラ、ク』は、まだ辛うじて成立し得た恋愛を、中学校を舞台に描き切った幸福な小説なのかもしれない。とにかく、あまりに危険で官能的な恋愛小説だ。

2006年8月22日

台湾・九族文化村の村上春樹

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「春桜八景帖 / 櫻花開 幸福来」より

台湾の原住民族の歴史や文化を紹介するテーマパークが近くにあるから行ってみるといいですよと、ホテルのフロントに奨められたので出かけてみる。九族文化村。最初はB級の遊園地かと思ったが、いやいや、民族文化を受け継ごうとしている若者たちの踊りや音楽をみているうちに、若干考えを修正した。原住民族の文化アトラクションをみて、どこか沖縄文化と通じるものがあるな、と思う。音楽の基調が長調であることとか、民族衣装の色彩感覚とか。九族文化村オープン20周年の記念行事のひとつとして、東京外語大の協賛を得て、『千千岩助太郎記念特展』という展覧会が行われていた。千千岩助太郎という学者は、台湾の高砂族の住居の研究業績で九州大学の博士号を取得したそうだ。すでに亡くなっている。漢字で書かれた略歴を読むと、1926年から1947年まで22年間、台湾にいたらしい。

そのほとんどの間、台湾は日本の統治下にあった。展示されている台湾原住民族たちの古い古い白黒写真をみているうちに、これは、レヴィ=ストロースのナンビクワラ族研究のようなものだったのだろうか、と疑問が沸く。帰りのタクシーを待つ間、観光事務所のようなところで流暢な英語を話す老人がいて話をした。「九族文化村はいつが一番いい季節ですか?」「それは1月の下旬から2月の中旬にかけて。このあたり一面、桜が咲く。ここの桜は日本の桜とはちょっと違っていて、色がもっと赤い。日本のは薄いピンクでしょう」。それで渡された立派なパンフレットには「九族櫻花祭」とあった。どれもこれも満開の美しい桜の写真である。パラパラとページをめくって台湾語で書かれた説明文を読んでいたら?????「村上春樹」とある。一瞬頭のなかが混乱して、台湾の原住民族と村上春樹の顔が交差した。美しい桜の写真に添えられた詩文のような解説文をよくよく読んでみると、字義のとおり、九族文化「村」の「上」のほうにも「春」の「樹」、つまり桜が咲いているのだ、とか何とかそんなようなことらしい。まあ、とにかく台湾の九族文化村で「村上春樹」に遭遇するとは思わなかったので、妙に納得しながら村をあとにした。ここの桜は靖国神社の桜とはずいぶん違うだろうな、と思う。なぜか靖国神社合祀取り下げを訴えていた台湾原住民族出身の女性=高金素梅という人のことを思い浮かべた。村上春樹じゃなくて。

2006年8月21日

20年ぶりに台湾に来た

夏休みで台湾に来た。20年ぶりだと思う。1986年頃に、故・倉田哲治弁護士らと、元台湾軍属の日本政府を相手取った損賠訴訟の取材で、台中に数日間滞在したことがあった。それ以来の滞在だ。倉田さんも原告だった人も、その人の配偶者も、今は亡くなっていてこの世にはいない。僕が今回滞在しているのは、台湾中部の日月潭という景勝地にあるホテルだ。湖を眺めながらゆっくりと泳ぐことができるのでとても気に入った。ゆったりした場所だ。「業務」が日本から追いかけてくるので、遮断が必要だ。この日月潭という場所は、霧社という場所からもそんなに遠くない。霧社事件のあったあの場所だ。あらためて台湾は中国本土とは全然雰囲気が違うなあと思う。何だか昔の日本に似ているところがあるような。台北までのあいだ機内でみた映画『Always~三丁目の夕日』で、こころが多少タイムスリップしたからかもしれない。とにかく休もう。

2006年8月20日

『ワイルド・ソウル』は小泉談話を予告していた

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『ワイルド・ソウル』
垣根涼介
2003年8月、幻冬舎

垣根涼介の『ワイルド・ソウル』が面白いよ、との評判を聞いて読んでみた。今では日本政府による犯罪的な「棄民」政策と言われている戦後の日本人南米移民事業が小説の背骨になっている。その日系移民史を念頭に置いた前半部分は緊張感に満ちた展開だが、テレビ局のニュース番組が絡んでくるあたりから弛緩してくる。そして、あれよあれよと言う間に、この小説がすっかりエンターテインメントになっている。結末だって実にハリウッド映画的だ。だから船戸与一や松下竜一とは全然違うと思ってしまう。それにマスコミの病理をよく描いていた野沢尚とも違う。とは言え、これほどのスピードで900ページを越える小説を一気に読んでしまうのも、そのエンターテインメント性ゆえか。かつてドミニカ移民の苦悶の歴史を取材した僕らの仲間の記者たちが作ったドキュメンタリーをみたことがある。そこに登場してきた外務省官僚の態度に「殺意」を覚えたという人がいた。僕もその一人だ。そのドミニカ移民が国を相手取って必死の思いで起こした損賠訴訟の判決で、日本の裁判所は「請求が遅すぎた」と述べた。耳を疑った。裁判では原告たちは敗訴したが、世論がそのことを許しはしなかった。後日、小泉首相は次のような談話を出した。『政府の当時の対応により移住者の方々に多大な労苦をかけたことについて、政府としては率直に反省し、お詫び申し上げます』。そう、これって『ワイルド・ソウル』のなかの台詞みたいだよね。その意味でこの小説は歴史を予告していたのか。でも、外務省の思いが改まったかかどうかはわからない。

2006年8月17日

是枝さんの『憲法第9条~戦争の放棄~』をみる

フジテレビの『NONFIX』というドキュメンタリー枠がある。この枠で放送された是枝裕和さんの『憲法第9条~戦争の放棄~』という作品を、僕はまだ見ていなかった。去年の4月13日に放送された作品だが、僕はまだその頃はアメリカのワシントンDCで働いていた。まだ見ていなかった言い訳のひとつだ。ある事情からようやくその作品をみることになった。もっと前に見ておくべきだったなあ、と後悔する。小泉首相の8・15靖国神社参拝が行われた今現在の情況を見事に照射する視点を持ち得ている作品だ。8・15前後に日本のテレビで流れたどの報道も、この1年半前の深夜枠の放送には及ばない。モノローグという手法。注視者による記憶のロードムービー。「映像が全てである」という俗説に対する異議申し立て。テレビ・ドキュメンタリーは映像ではなく、ロジックを深めていく誠実さなのだというまっすぐな思考。いろいろ言葉で書いても書ききれない。なぜか作品のなかで突出している部分というのがあってそれがすこぶる面白い。それは作者が父親の足跡を訪ねて訪れた台湾の神社跡(?)の売店かどこかで、現地の女性たちが北島三郎の「祭」とかいうカラオケを歌っているシーンを延々と映し出しているシーンだ。何かみることの生々しさというのが映像から伝わってくるような思いがしたのだ。

2006年8月15日

忌野清志郎は、かなり、あったかいと思うよ。

今は入院治療中の忌野清志郎の新譜を聴く。いいな、これ。タイトルは『夢助(ゆめすけ)』という。元気とか勇気とかが沸いてくるもんな。歌詞を聴いてても、本当のことしか歌ってないし。本当のことはやっぱり一番強い。11曲目の「オーティスが教えてくれた」が特に好きだ。追憶。オーティスって、オーティス・レディング。僕らが高校生のガキの頃、死ぬほど聴いた「Dock of the Bay」を歌っていたあの歌手だ。いろいろな困難を切り抜けて生きていく勇気を歌が与えてくれることは何と素晴らしいことだろう。そう言えば、今日は「終戦の日」だった。世の中がだんだんこわばってくるなかで、清志郎から勇気をもらう。感謝。

2006年8月12日

深化を重ねる『紙屋町さくらホテル』

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こまつ座の第80回公演『紙屋町さくらホテル』をみる。初演の1997年に大滝秀治主演のを見て以来。本当にみてよかったなと思う。明らかにこの劇は深化を遂げている。昭和天皇の例の「靖国神社合祀」への不快感を示すメモなどが発見されたあとでもあり、国家の意思決定と天皇の<意思>、そして国民の<意思>との関係、という本質論を考えさせられる。辻萬長の長谷川清、木場勝巳の丸山定男、久保酎吉の大学教師、大原康裕の特高刑事、これらの役者さんたちのアンサンブルがとてもいい。さくら隊の役者は8月6日に広島で原爆を投下され被災した。これらひとりひとりの亡くなり方を詳細に調査した結果を、公演のプログラムで知って、この演劇に込められた劇団のより深い思いを認識した。演劇は本当に深化するという好例だ。

2006年8月11日

Coccoというhealer

武道館で行われるコンサートには滅多に来ない。そこに6年ぶりだかで、Coccoがコンサートをやるという。昨日の夜、開演ギリギリに飛び込んだ。僕はCoccoの音楽は、これまであまり聞いたことがない。ただ、彼女の語りは、沖縄方言というのか、超マッタリした間延びした語り口が実に心地良い、というか好きだ。ヒーリング効果のある語りなのだ。で、音楽の方はどうかというと、これが特にどうということのない無国籍ポップスやロックなのだ。申し訳ないけれど、僕はなぜか彼女を元ちとせと比較してしまうのだ。全然、根っこのところが違うんだろう、と思う。会場の観客の反応をみていても、何と心優しい人々であることよ、と思ってしまう。「お帰り」「ありがとう」とか若い高校生くらいの女の子から歓声が飛ぶ。女の子がやたらと多いなと思う。こないだ見たユッスー・ンドゥールとかのアフリカ文化に目覚めちゃってる観客なんかと全然雰囲気が違う。観客たちは一様にどこか不器用なところが残っているような(ゴメン)感じだったりする。会場全体の雰囲気に対して、どこか新興宗教の集会のような感じをもってしまったのだ。本当にごめんなさい。Coccoファンのひとには申し訳ないけれど、おそらく彼女の受容のされ方はhealer(癒しを施す治療者)のような役割を果たしているんじゃないだろうか。まあ、Coccoにとっちゃ、そんなことはどうでもいいことなんだろうけれど。まあ、これもあり、あれもあり。音楽にダメはないさあ。

2006年8月10日

オリバー・ストーンの「撤退」

あまりに出来事のスケールが大きすぎるので、かえって映画になりにくいのかもしれない。5年前のワールド・トレード・センターへの航空機激突テロ事件のことだ。これまで「社会派」との定評を得てきた映画監督オリバー・ストーンが9・11をテーマに映画を撮った。タイトルは『ワールド・トレード・センター』。見終わって、奇妙な違和感を覚えた。あれれ、これはオリバー・ストーンの映画なんだろうか、と。これは9・11の映画だろうか。確かに。あの事件に巻き込まれて必死に生きようとした警察官の、そしてその家族たちの実話に基づく感動的なストーリーなのだから、9・11の映画だ。救助作業中に不運にも瓦礫に埋もれてしまった警察官たちの一種の「密室劇」。より大きな社会的な、国家的な文脈でしか語られないあのような大事件に巻き込まれた個人は、しかし、ささやかな日常を持つひとりひとりの個人である。この映画ではその個人のストーリーが前面に出ている。ストーン監督はあの事件のなかに<善なるもの>を必死に探そうと試みたのだろう。<善なるもの>は確かに存在した。感動的なストーリーなのだ。けれども、と思う。それで彼は、9・11を描いたことになるのだろうか、と。その意味でオリバー・ストーンは、9・11に正面から向き合うことを避け、ある種の「撤退」の道を選んだようにみえる。これはあくまでも僕個人の感想だ。アメリカでの映画評はストーン作品にしては概ね好評のようだ。9・11に関連しては『ユナイテッド93』という映画も公開中だという。こちらの方はまだみていないし、見る気もないけれど。あの出来事の意味を考え続ける作業には、個人のストーリーに回収させるだけでは済まないもうひとつの回路があるはずだ。複雑な思いで試写会場を出た。

2006年8月 5日

ユッスー・ンドゥールから元気をもらう

このところ嫌なことが続いていたので、その「厄払い」も兼ね、ユッスー・ンドゥールのコンサートに出かけた。会場の昭和女子大・人見記念講堂には明らかにアフリカ関係の人たちがたくさんいた。セネガルの人は背が高いからすごく目立つ。それでコンサートが始まると一気にリズムが弾けだした。このリズム感は日本人にはないものだ。5キロくらい先まで届くんじゃないかと思うほどの硬質なユッスー・ンドゥールの声。さすがグリオの伝統を引くだけあって、メッセージは力強い。「エイズや貧困だけがアフリカのイメージじゃない。アフリカにはもっとポジティブなチカラがある」。彼はステージの上で叫んでいた。とても親日的な人だと聞いたことがある。日本への紹介者の秋山美代子氏の尽力によるところが大きいのだろう。アンコールの拍手が鳴りやまず、ついには2度目のアンコールにもこたえて観客はユッスーの魅力に酔いしれていた。ユッスー・ンドゥールで思い出すのは、2003年にブッシュ政権がイラク攻撃を開始してから、それへの抗議行動として、全米ツアーを直前になってキャンセルしたことだ。おかげで当時住んでいたワシントンで予定されていたコンサートもみられなかったことがある。まあ、いいか。新作『エジプト』もイスラム色がきわめて強いアルバムだ。ユッスー・ンドゥールのような自らの音楽活動と社会意識がストレートに結びついた、ある意味で幸福な歌手もなかなか見いだせない。おかげで厄払いが出来た。ユッスーから元気を大いにもらったぞ。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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