Calendar

2006年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

Recent Trackbacks

Category

« 2006年6月 | メイン | 2006年8月 »

2006年7月30日

『絶望と希望の半世紀』の重み

東京都写真美術館で開かれている『世界報道写真50周年記念展 絶望と希望の半世紀』をみる。フォト・ジャーナリズムの半世紀に及ぶ歩みを振り返る壮大な試みだが、展示物から伝わってくる圧倒的な重みにさまざまなことを考えさせられる。ひとつはこの半世紀のフォト・ジャーナリズムの主要テーマが「戦争」であったことを再認識させられる。戦争をどう伝えるかが報道写真の切迫した課題だったという冷徹なる事実。その媒体は、雑誌から新聞、テレビ、ビデオ、デジタル媒体へと大きく変わったが、『ライフ』とか『タイム』『パリ・マッチ』などの写真雑誌が健全な役割を果たして時代の写真が何と生き生きしていることか。リチャード・アヴェドンやアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真にあらためて魅了された。『パリ・マッチ』誌に発表されたというブレッソンの『ロシアの人々』などは見ているだけで切なくなってくる。個人的には、インドの娼窟を撮ったメアリー・エレン・マークの『フォークランド』(ドイツの『シュテルン』に1981年に発表されたという)に強い衝撃を受けた。自分たちの足元をみなければならない。

2006年7月23日

パット・メセニーの爽快感

pat060723.jpg
『Still Life(Talking)』
Pat Metheny Group

体の中に二重三重に時差が出来てしまい、実にシンどい。日本時間の夕刻、成田空港に着いたが、湿度の高さに閉口する。Pat Metheny Groupの新アルバム『Still Life(Talking)』を聴いて少しは気分がよくなる。ジャズとかフュージョンとか言ったジャンル分けを軽快に越境する彼の音楽活動は全く衰えをみせていない。冒頭の『Minuano』からすっかり全開のまま、ラストの『In her family』までアッという間に聴けてしまう。最近のアルバムで気に入っているのはボーカルとギターの絡み方だ。パット・メセニー・グループのライブは『The Way Up』が出たあとだと思うけれど、まだ一度しか聴いていない。それが実にエネルギッシュで延々3時間近くやってた記憶がある。小さなライブハウスでのアクースティック・ギターでのライブがいいという話を聞いたことがあるので、機会があればみてみたいものだけれど、ここは日本だ。遠いなあ。

2006年7月22日

スパイク・リーの『インサイド・マン』をみる

im_desktop_lg_1.jpg

ロサンゼルスにいる。仕事のために結構ハードな移動を繰り返したので時差が調整できないまま、体調が完全におかしくなってしまった。真夜中に目が覚めて、しばらくボーっとしていると、後頭部に鈍痛がのしかかってくる。どう時間を使うべきか。やむを得ず映画を見るハメになる。スパイク・リー監督で、デンゼル・ワシントン主演と言えば、面白くないわけがない。そう思って見始めたのが『インサイド・マン』。これがなかなか凝った作品で、単純なアクション映画ではない。キーワードは、war criminal/富の再配分/人種、といったところか。これらのキーワードをめぐって、それぞれの演技がほどよく調合されて不快感を残さないようになっているあたり、やっぱりハリウッド映画だと思う。昔のスパイク・リーの映画なら見終わっても重たいものがそのまま心のなかに残る感じだったけれど。話は変わるが、オリバー・ストーンが「9/11」をテーマにした映画を撮ったとか。どんな映画なんだろう?

2006年7月19日

マドンナのコンサートをNYでみる

仕事の関係で16日から1週間の予定でアメリカ(NY、DC、LA)に滞在している。ラッキーというかNY滞在中に、マジソン・スクエア・ガーデンで、マドンナのConfessions Tourがちょうどあることを知り、NYのTさんにチケット入手を頼んでいたが、すでにsold outの状態でダメだという。それが手に入ったとの朗報がきのう入った。Tさんがようやく入手したきてくれたチケットは65ドルの一番安い席。チケットの真ん中にはlimited viewと大書きされていた。でも、見られるだけもいいや、と思って地下鉄に乗って34丁目で降りてコンサートに出かけた。結論から言うと、これが最高に楽しめた。席は会場の最上段で,しかもステージのほぼ真横。眼下の遙か彼方に1センチの豆粒ほどのマドンナがいる。ただ負け惜しみで言うんじゃないけれど、ショウの規模がとても大がかりなので、かえって全体像がみえて良かったくらいだ(やっぱり負け惜しみか?)。周りの観客は10代から50代までとても幅広くて何だかアナーキーだ。よくみると2人組のペチコート姿の高校生くらいの女の子もいる。あのねえ、君の姿はもろ下着姿じゃないの。日本なら逮捕されちゃうよ。思わずそう言いたくなるほどここら辺の席の観客たちは自由だ。中国人のグループもいる。中国語ではマドンナは「麦当娜」と書くそうだ。どうでもいいか。マドンナは今47歳。それにしてもこのパワー!ダンサーとしてのマドンナもスゴい。映像ビジュアルの使い方も、昔ワシントンに住んでいた頃みたコンサートよりもずいぶんと進化している。このところのマドンナのコンサートで明示されているテーマは、Peace, Not Warである。今回もイラク戦争のイメージが随所に出ていた。「Don't Speak, Don't Talk」という曲のバックで流されたビデオ映像には、ブッシュ大統領はもちろんのこと、ライス、ラムズフェルド、チェイニーのほか、サダム・フセインやキム・ジョンイルも登場していた。また明らかにイラクのアブグレイブ刑務所での虐待を想起させる演出(巨大な檻のなかに全身布を被せられた囚人を演じるダンサーが出てくる )がセットされていた。マドンナはたたかかっている。けれど、マドンナのショウの根底にあるのはやはりアメリカ特有の「ちからへの信仰」のような気がしてならない。9月には日本にも来るそうだ。彼女のメッセージが空振りに終わらなければいいのだけれど。

2006年7月16日

Remixの楽しさとVariantの概念

bricolages060716.jpg
『Bricolages』
坂本龍一
ワーナーミュージック・ジャパン

今さら、Remixの楽しさを書き立てても仕方がないが、坂本龍一の『Bricolages』には、Remixの楽しさとともに、適当な言葉がみつからないけれど、難しさのようなものも感じてしまった。名アルバム『Chasm』のオリジナル曲を前提として聴くたびに、比較をする楽しさはもちろんあるけれど、「あれ?これって本当に『War & Peace』なの?」とか「『Undercooled』も、ここまで来ると、ちょっとなあ」などと勝手に思いをめぐらしてしまう。それもそのはずで、ひょっとしてReminxの発想には、どこかに「オリジナル」という概念に縛られてしまっている部分があるからなんだろう。でも『Undercooled Skull Sverrison Remix』は実に心地良かった。

で、Remixとはもちろん違うのだろうけれど、Variantという概念も音楽にはあるんだと思う。これがRemixとは微妙に違うのは、「オリジナル」に縛られていない点なのだ。学生のころ、Coltraneの『My Favorite Things』の本人演奏のありとあらゆるVariantを聴き比べて勝手に面白がっていた。あれも「ひとりRemix」みたいにみえるけれど、いわば全てが「オリジナル」だった。晩年の『My Favorite Things』は鬼気迫るものがあり、初期のものは素朴でこれもまた心地よい。『Selflessness』のを一番よく聴いたかと思うと、ストックホルムでのライブ盤なども録音状態は悪いけれど、それもまたいいのだった。Variantの概念には、Remixと異なり、そこに発展とか深化、成長みたいなものがあるのではないだろうか。

また話は変わるが、Steve Reich のRemix CDを聴いたことがあるけれど、自分が記憶している限り、やはりデジタル処理したRemix盤のReich の音楽はかえってつまらなくなっていた。さいたま彩のくに県民ホールでだったか、実際にナマで演奏されるのを見て聴いた『18人の音楽家のための音楽(Music for 18 Musicians)』や、オペラ『Cave』のナマ(渋谷オーチャードだったか?)は言語に絶するほど強烈だった。ミニマル・ミュージックはナマの方がいい。その意味で実はミニマルはRemixにむいているようでいて最もそぐわないのではないか、と勝手に思いこんだりしている。

ああ、坂本さんの『Bricolages』から、とんだ脱線をしてしまった。

2006年7月13日

サマータイム・ブルースを聴きながら

朝10時過ぎにAさんから電話をいただいた。「元気?」「お久しぶりです。アメリカはどうでした?」Aさんからは、旅先のアメリカからもお手紙をいただいて、清志郎と一緒でとても楽しい旅になっているとの報告だった。そのAさんからの電話の内容は「忌野清志郎が喉頭ガンと診断されてきのう入院した」というものだった。あたまのなかが混乱した。8月20日の野音に久々に行こうと思っていた矢先だったこともある。でも、清志郎さん、治療に専念して、治ってまたお会いしましょうや。同世代のひとりとして、ずうっと清志郎さんの音楽を聴き続けてきた者として、こころから回復を祈っています。サマータイム・ブルースを聴きながら。

2006年7月 9日

自分が主語か、主語が自分か?それが問題だ。

yume060709.jpg

井上ひさしの東京裁判三部作の第三部『夢の痂(かさぶた)』をみる。僕は、第一部の『夢の裂け目』(2001年)をみてからアメリカに行っていたので、第二部の『夢の泪』(2003年)は残念ながらみていない。太平洋戦争の戦争責任はいかにしてとられなかったか。その責任逃れがいかに戦後の日本の「道義」を曖昧にしたか。そのことを井上戯曲は誠実に執拗に問う。笑いと涙をまじえながら。それが人間の生活の基本だから。さて、近代日本の西欧直輸入による文法解釈によれば、日本語には主語がない、あるいは曖昧だ。この主語の欠落が発話主体の責任を曖昧にしている。個人が責任をとらないでいい日本語の構造があるというわけだ。代わりに主語におさまっているのは<状況>だという。例えば、<国家の非常時>であったり、<本土決戦>であったり、<神国日本>であったり<大東和共栄圏>であったり。さらには<民主主義>であったり、<普通の国>であったり、と。この文法をめぐる哲学が『夢の痂』の成立の根本にある。主語の曖昧化=責任の曖昧化。戦前の天皇の発話には主語がないことが是認されていた。天皇は主語そのものであったからである。天皇が憑依した大本営参謀(角野卓造の熱演!)に語らしめる台詞の重みがこの戯曲の核心をなしている。

僕はこの戯曲を見終わっていろいろなことどもを考えていた。ひとつはフランスの哲学者ミシェル・フーコーのいう「規律型権力」の生成の問題。「主体化」(subjection)が「従属化」(subjectは君主に対する臣下という意味がある)でもあるというフーコーの指摘が、井上戯曲のいう主語と責任の問題と重なっているように思える。もうひとつは古い本だが玉木明の『ニュース報道の言語論』。報道主体の空洞化をもたらした無署名性言語という指摘もまた、この井上戯曲と重なっているように思えたのだ。そして最後に。三田和代演じる国語教師は、井上ひさしの義姉にして作家の故・米原万里さんがのりうつった姿だ。万里さんの口癖でもあった「あなたの発言には主語がないのよ」が、三田和代さんから聞こえてきた。憑依した天皇に「謝罪を」と、凛と問うた勇気をあわせもっていたのも彼女である。その意味で、この『夢の痂』は、56歳で逝った米原万里さんへの井上ひさしのレクイエムだと思えて仕方がない。合掌。

2006年7月 8日

キュレーターの数だけ写真の定義がある

写真美術館で開かれている『キュレーターズ・チョイス』をのぞく。「キュレーター」という職業は、不可思議なことに、日本の美術・芸術界においては「学芸員」という呼ばれ方をしている。よくわからない。展覧会そのもの、およびそこに至るまでのキュレーターの果たす決定的な役割を考えると、「学芸員」って何か実態を反映していないジャーゴンか、或いはある種の権威から降り注ぐチカラによって出来上がった業界用語のような気がしてならない。キュレーターの果たす役割の大きさと多様性が、この『キュレーターズ・チョイス』展からは伝わってくる。好きな写真がたくさんあった。昔の日本人はいい顔をしていたなあ、と思う。男はキリリとして、女は媚びを売らず。佐々木崑の『小さい生命』という連作のなかの「カイコ」「クロゴキブリ」。木村伊兵衛の「新橋駅」(1945年)。本当にキュレーターの数だけ写真の定義があることを実感する豊かな展示だった。

2006年7月 7日

とにもかくにも米原万里さんを送る

実質1ヶ月の準備期間で「友人葬」が今晩行われた。『七夕の夕べに米原万里さんを送る会』である。会場の日本プレスセンター大ホールには、キャパシティを上回る大勢の人たちが訪れた。それぞれの人たちがそれぞれの思いを込めて故人の冥福を祈った。厳粛な葬儀とは異なる赤や紫の華麗な花に囲まれた万里さんの遺影は笑顔だったが、会場を訪れた人々をまるで凝視しているようだった。その場に居合わせた人も、そしてさまざまな事情でその場に居合わせなかった人も、万里さんがこの世に撒いた種子の因果に少なからず人生を左右されたのではないだろうか。万里さんは強い磁場の磁極のような存在だったので、吸引力と反発力が並はずれていた。むやみに太刀打ちできる人ではなかった。今の日本のような、空気が一様に染まりやすい状況を思うと、磁極の喪失の意味は重すぎると思う。米原万里さん、さらば、だ。やすらかに。

2006年7月 6日

繊細にして体育会系。五嶋龍のツィゴイネルワイゼン

ryu060706.jpg
『Ryu Goto』
2005年8月、ユニバーサルクラシック

この半月間、ストレスフルな日々を送っていて心がすさんでいるようだ。こういう時には「こころの薬」が必要だ。サントリーホールで五嶋龍をみる。お姉さんのみどりの方は、ワシントンのケネディ・センターで見ていて、そのすさまじい演奏ぶりに感動した記憶があるけれど、弟の方はどうなんだろうか。と、思って聴き始めた。バイオリニストにしては実にクールでさばさばしてるな、と思っていたら、休憩をはさんで第二部に入り、武満徹の『悲歌』あたりで繊細きわまりない技巧に目を見張る。それでラストのモーリス・ラヴェル『ツィガーヌ』になって、ぶったまげた。こりゃあ弟の方もスゴいや。繊細にして体育会系の天才バイオリニスト、五嶋龍。とんでもない可能性をまだまだ全身に秘めている感じだ。この先、この童顔の青年はどうなるんだろうか。『ツィガーヌ』はフランス語でロマ(=ジプシー)のこと。曲名どおり、ジプシーの情熱がみなぎっている。エネルギッシュでかつ繊細。五嶋龍の体育会系部分が十二分に発揮されている。すっかりいい気持ちになった。それで、さらにアンコールが何とサラサーテの『ツィゴイネルワイゼン』だった。これも『ツィゴイネル』つまりドイツ語で「ジプシーの」。この日のホールはこのジプシー的エネルギーに上気した観客の興奮で溢れていた。満足。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.