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2006年5月30日

米原万里さん。勇気とユーモアとユートピアと

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『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』

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『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』

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『魔女の1ダース─正義と常識に冷や水を浴びせる13章』

25日からこの文章を書くことをずっとためらっていました。わが敬愛する、通訳にして作家の米原万里さんがとうとう亡くなられました。確かな太い実線のようなすばらしい56年の人生だったのだと思います。僕は自分が勤めているテレビ局の報道局の大先輩、故・黒田宏さんから米原さんを紹介されました。1989年のことでした。それ以来、ロシア語の基礎から、人間観察術、マルクス主義の素晴らしさとくだらなさ、文学作品の品定めなど、いろいろな場面でいろいろな話をしてきました。特に、モスクワ支局在任中の91年〜94年にかけては、ソビエト連邦崩壊の現場に立ち会い、さまざまなスリリングな体験を共有させていただきました。2004年のイラク日本人人質事件の時には、ワシントンと東京で電話対談をして雑誌に掲載したりしました。理不尽なこと、弱い者いじめ、差別、世の中にある卑劣な動きに対しては、黙って見すごすことのできない凛とした「勇気」をもっていました。たたかう相手さえ、笑わせずにはいられない透徹した「ユーモア」感覚を研ぎ澄ましていました。そして、類としての人類への希望を失わない「ユートピア」精神の持ち主でありました。換言すると「希望」を失わない人でした。ミラン・クンデラの言う「大行進」とは異なる、蕩々とした人間の歴史の流れがこの世界には厳然としてあると思います。『不実な美女か貞淑な醜女か』から、『魔女の一ダース』、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』、『オリガ・モリソヴナの反語法』、そして最近作の『パンツの面目ふんどしの沽券』『必笑小咄のテクニック』 に至るまで、その著作は人間に対する愛情が溢れています。無宗教の万里さんが、壮麗な霊柩車に乗って焼き場へと向かう姿は、涙でかすんで「さようなら」を言えませんでした。合掌。

2006年5月20日

映画『蟻の兵隊』が突きつけるもの

「棄民」という言葉がある。打ち捨てられた人々。北支派遣第一軍の2600人もの日本兵が終戦後も上官の命令に従って、4年間も蟻のように黙々と戦争を続行していた。およそ550人が戦死、700人以上が捕虜となった。国家は彼らを「逃亡兵」扱いとして戦後補償を拒んだ。理由は「自分らの意思で残り勝手に戦争を続けた」というのだ。裁判所は元残留兵らによる訴えを国側主張を丸飲みする形でしりぞけた。「皇国の復興」を名目に残留を命じた上官の命令書まであるというのに。日本軍山西省残留問題のことを僕は、恥ずかしいことに、何も知らなかった。映画を見終わって、このような理不尽な事実が戦後60年を過ぎた今日も放置・無視されてきたことに呆然たる思いがする。いくつかのシーンが目に焼き付いている。主人公の元残留兵・奥村和一さんの誠実な人物像。日本軍から凄まじい性暴力を受けた中国人女性との出会いと彼女の言葉。病床の寝たきり状態にある元上官の悲鳴にも似た発話。元の上官の自宅を訪ね、面談を拒まれるシーン。そして、もっとも根本的な理不尽をあぶり出しているのは、靖国神社での奥村さんとあの小野田寛郎氏との短い「対峙」のシーンである。フィリピン・ルバング島で、戦後29年間も皇軍兵として戦争を続行していた小野田氏のたどった帰還後の軌跡と現在の発言、同じ皇軍兵として戦後も戦争を続けた奥村さんが辿ってきた道筋と思いが、何ゆえにこれほどまでに隔絶するのか。

原一男の『ゆきゆきて神軍』のことを思い出しながらも、全く異種の感情が見終わった後に残る。打ち捨てられた人々の思いが消されていく過程が日本の戦後の歴史なのだとすれば、その時々のジャーナリズムの仕事とは何だったのか。その怒りを自分自身に向けることから始めなければならない。

2006年5月14日

『アンジェラ』とフランス人種暴動

リュック・ベッソン監督の『アンジェラ』はすばらしい映画だ。そのモノクローム画面の美しさといったら。天使のような内面をもつ人間と、人間のような内面をもつ天使との出会い。リー・ラスムッセンという女優は天使の新しい形態を自らが演じてつくってみせた。かつてヴィム・ベンダースが初老の男優によって天使を創りあげたように。もうひとりの主人公アンドレはモロッコ出身のマイノリティであり、社会における敗北者の立場におかれている。彼がアンジェラと出会うことによって何が起こるのかはここでは書くまい。それにしても「飛翔」シーンの映像の何と美しいことよ。うーん、ここまで書くのはギリギリOKだと思うんだけれど。

この映画がパリで公開されたのは2005年の12月21日なのだそうだ。そのわずか1ヶ月前に、パリ郊外のシテの団地など、郊外の移民系住人の多数住む団地などで大規模な暴動が起こった。ニュース報道では「人種暴動」という言葉が使われていた。暴動を起こしたなかには、ひょっとして映画に登場したような何人ものアンドレたちがいたかもしれない。だが、彼らはアンジェラによって救われることはなく、国家非常事態宣言のもと、数千人が司直から尋問を受けて、数百人が刑罰を言い渡された。現実は映画より決まって美しくはない。だが、そこに希望を見いだすことは出来ないのか。答えは早急にはだせない。

2006年5月13日

なぜか今頃、ピンク・フロイド

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『Echoes: The Best of Pink Floyd』
リンク先で試聴できます!

アメリカで購入してきたCDに「Echoes 〜The Best of Pink Floyd」という2枚組盤があって、これを引っ張り出してきて聴いていると、やっぱり心地よくなる。この盤が欧米や日本で発売されたのは2001年だけれど、中身はそれよりももっと前、1960年代の終わりにまでさかのぼるという、歴史さえ感じさせる名盤だ。何で今頃、ピンク・フロイドのCDなんか聴いているのかというと、先日この欄でも記したイタリア映画『夜よ、こんにちは』(ユーロスペースで公開中)のなかで、このピンク・フロイドの曲が実に効果的に使われていたからだ。「Shine On You Crazy Diamond」「The Great Gig In The Sky」の2曲だけれど、どっちもいいんだよなあ。ピンク・フロイド信仰みたいのものがいまも世界には生き延びている。『夜よ、こんにちは』の制作者たちのなかにも、「The Great Gig In The Sky」の圧倒的な感情のほとばしりに拮抗するシーンを創りあげるのだという想いがあったのだろうか。ピンク・フロイドはあの時代のロック音楽の精神性の象徴のような存在であることは確かだろう。それにしても「Echoes」は名曲だと思う。

2006年5月 7日

『バヤデルカ』のエキゾチズム

ボリショイ・バレエをみるのは本当に久しぶりだ。モスクワに住んでいた時は、今から考えるととんでもない安い料金でボリショイ劇場に入れたものだ(なぜか懐古調)。そこで『瀕死の白鳥』なんかも実際にみていたのだ。でもそれももう15年くらい前のことになる。何しろ、ソ連崩壊を挟む時期だから。『バヤデルカ』は古代インドが舞台の、いかにもヨーロッパ人が抱くエキゾチズム(異国趣味)のステレオタイプみたいな演目だ。振り付けのグリゴローヴィチはボリショイ劇場のドロドロの権力闘争を生き延びている人物。マリウス・プティバのオリジナル演出が今も輝いている。さて、この演目、結構高いお金を出してチケットを買った段階で主役として告知されていたステパネンコが急遽交代になって、グラチョーワになっている。準主役の男も交代。ちょっと日本のお客をなめているんじゃないだろうか。寛大な気持ちになって最後まで楽しんだけれども。でも、黒人の子供たちの侍女役のダンサーに日本の子供たちがあてられていたのだが、とても熱演していて、あまりにもはまっていて、ちょっと複雑な気持ちになってしまった。その感情は、あえて書くと、コミカルな動きの演出の根底にあるエキゾチズムという名の西欧中心主義にひそむ「差別」的なまなざしの問題であったりするのだけれど。でも日本の観客たちの暖かい拍手の渦の中でいつのまにかそんな気持ちも消えていた。ボリショイはボリショイ(偉大)だ。

ボリショイ・バレエ団 2006年日本公演 オフィシャルブログ

2006年5月 6日

小さな思い出だけが真実だ

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『のりたまと煙突』
2006年5月、文芸春秋

星野博美さんから送られてきた新著のタイトルは『のりたまと煙突』。僕はこの連休中に仕上げなければならない書き仕事があって、夜、頭がわけもなく興奮状態になった時に、ベッドに入ってからまるで鎮静剤を飲むようにこの本を読んでいた。するといつのまにか眠りについていたのだ。星野さんがこんなに猫好きだったとは実は知らなかった。記憶にまつわる小さな物語が連ねられているのだが、いつもながらの星野さんの人間観察のぶっきらぼうなまでの正直さにうんうんと頷きながら読み進む。いつのまにか自分の中の何かが解放されているのだった。

富める者も貧しい者も、健やかな者も病める者も、幸福な者も不幸な者も、大勢の人に囲まれた者も孤独な者も、墓場に持っていけるのは思い出だけだ。

うん、そうだ、星野さん。この小さな思い出集のなかには僕自身も間接的に関係したエピソードが含まれていた。自分が関わる小さな祝いごとのパーティーにご招待したのだけれど、そうか、パーティー嫌いの星野さんには迷惑だったんだな、と思い当たった。

扉絵の花札のイラストがいい。星野さん。うちにも白猫のナージャがいる。彼女は信じられないくらい美人ですぜ。

2006年5月 2日

『夜よ、こんにちは』の密度

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イタリア好きの身としては、この映画を見落とすわけにはいかない。雨のなか、渋谷のラブホテル群に囲まれたユーロスペースに潜り込む。監督のマルコ・ベロッキオが、このラブホテルに囲まれたニッポンの空間で、自らが撮った密室劇が上映されているさまをみたら何と思うだろう。はは。映画は、1978年に当時のモロ元首相誘拐・殺害を引き起こした「赤い旅団」事件を扱っている。きわめて密度の高い映像とストーリーの進行にどんどん引き込まれていってしまう。主人公の公立図書館の女性職員は、「赤い旅団」のメンバーのひとりとして、自分のアパート内で、組織が誘拐してきたモロ首相の監禁を担当することになる。偽装のため彼女は勿論仕事は通常通り続ける。メンバーがモロの食事などの世話をして「交渉」も行う。55日間にわたる監禁のなかで彼女のこころのなかに根源的な変化が生じる。この内面の変化こそがこの映画のテーマとなっている。「テロリストのまごころ」とは大昔の竹中労の言葉だ。郊外のレストランで彼女の親戚達がレジスタンスの歌を歌うシーンが美しい。食事の前に十字を切る旅団のメンバーたちの何気ないシーン。そして、最もこころを打つ「モロ解放」の幻想シーン。この映画で知ったのだが、逮捕された「旅団」の一部のメンバーたちは終身刑となり、現在も服役しているのだという。50歳前後の年齢だろうか。彼らは、あの時代の「狂気」と「夢」を、今はどのように考えているのだろうか。機会があれば、イタリア人のジャーナリストに聞いてみたい気がする。アントニオ・ネグリの『ネグリ生政治的自伝』(作品社)で、彼が「赤い旅団」を、現時点でどのように位置づけているのかを知る。

2006年5月 1日

向井秀徳と『タクシー・ドライバー』

向井秀徳というミュージシャンについてはよく知らない。ただたまたま聴いた『自問自答』という曲の歌詞には、奇妙な「狂気」が含まれていてちょっと面白い。日本語のラップとかヒップホップとかはあまりに無惨でいかがわしいのが多いので、僕自身は「食わず嫌い」なのだが、もちろんマシなものもあるんだろう。「繰り返される諸行無常」とかいうフレーズがこの曲のなかで一体どれほどの意味を持ち得ているのか。ポップ感覚で仏教語が使われるセンスもありだろうけれど。ただ、向井が発する社会全体に対する悪罵のエネルギーに満ちた言葉を聞いているうちに、この感覚って、大昔にも、どこかで体験したことがあるような気がしてきた。例えば、デビュー当時の吉田拓郎の『イメージの詩』とか、映画『タクシー・ドライバー』の主人公(ロバート・デ・ニーロ)が街に対して叩きつけていた吐瀉物のような言葉ともどこか似ているような。できれば、この毒が彼らの音楽のなかで生き続けますように。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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