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2006年4月29日

『ペッピーノの百歩』から一歩

イタリアのベルルスコーニ首相が辞任するというニュースを知り、だからというわけでもないが、もう6年も前のイタリア映画『ペッピーノの百歩』(原題は単に『百歩』)をみる。監督のマルコ・トゥリオ・ジョルダーノについては何も知らない。ましてや、70年代のシチリア島で小さな反乱を企て謀殺された実在の人物ジュゼッペ(ペッピーノ)・インバスタートについては全く知識がない。こういう言い方をすると元も子もないのかもしれないが、この映画は一種の「青春映画」なんだと思う。映画でも使われていたが、あの時代に流行っていたプロコルハルムの『青い影』の気分を体現したような。だからこの映画の最後には<希望>が据えられているが、そこが、同じあの時代を描いたとしてもドイツ映画『鉛の時代』などとは決定的な違いを感じてしまうところなのだ。いや、そもそもそういう比較さえ意味がないのだろう。映画ではない現実の方は、ペッピーノの謀殺から18年後に、イタリア司法が、容疑者のマフィアのボスを起訴・有罪とし「一歩」を踏み出した。そして、僕らの国の司法は今年の2月、横浜事件の再審判決で「免訴」を言い渡している。この隔たり。

2006年4月27日

辺見庸さんの激越なる審問

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『自分自身への審問』

辺見庸さんの姿を実際にみたのは、9・11後のアフガニスタン取材にご一緒して以来だから、3年半ぶりということになる。そもそも今夜、講演会という形で辺見さんが公の場所に姿をみせたのが、2年あまりの療養・治療生活(それは今も続いている)を経てのことだ。辺見さんは僕が知っている以前の姿と比べ、ずいぶんと痩せていた。トレードマークの黒い帽子と黒い色調の服装。右半身麻痺の体を力を振り絞るように駆って、ゆっくりと会場に歩いて入場してきた。その講演は3時間以上に及んだ。体力の限界を越える作業であったかもしれない。辺見さんが言葉を絞り出すとともに、会場全体が圧倒的な重力に満たされるように感じた。この欄で何か書けるだけの心の整理が僕自身にはまだ出来ていない。最新刊の『自分自身への審問』(毎日新聞社)を越える、この日の講演での激越なる審問にどうこたえていくのか。軽々に声を発することをためらう。会場で会った旧知の人々に目だけで挨拶をして毎日ホールを後にした。

大統領を批判する女性歌手Pinkの歌

へえー、そこまでやるのか。ブッシュ大統領がホワイトハウスの新しい報道官に、FOXニュースのニュースキャスター、トニー・スノーを指名した。FOXニュースと言えば、好戦的メディアの代表格。スノーは局の顔のひとりだった。パパ・ブッシュのスピーチライターをつとめていた経歴の人物である。ブッシュ大統領はホワイトハウス詰めの記者たちに対して『トニーはすでに君らほとんどとは知り合いだし、とにかく職を引き受けてくれたんだよ』と語ったそうだ。今後、メディアの身内同士で馴れ合いの記者会見をやられちゃうのではたまったものじゃないだろう。大統領報道官からテレビのキャスターになった例はこれまでにも、クリントン政権の報道官ステファノプロスの例があるが、逆のケースはあまりにも露骨と言えば露骨である。
で、「業務外日誌」に、こんな時事的なエピソードを例外的に書く理由は、アメリカの人気女性シンガー、Pinkがブッシュ大統領を強烈に批判する歌を歌っていて話題になっているからだ。タイトルは『Dear, Mr. President』(拝啓、大統領殿)という曲。インディゴ・ガールズとともに歌っているこの曲をネットで聴いたが、なかなかチカラのある歌だった。(http://www.crooksandliars.com/2006/04/22.html#a8011でビデオクリップをみることが可能)支持率低迷に悩んでいるブッシュ大統領からの民心の離反を象徴する歌でもある。

2006年4月22日

「受難」を自己正当化の根拠とすること

前にもこの欄でも予告したけれど、藤原帰一さんの『映画のなかのアメリカ』出版記念のトークショーはあっという間に終わってしまった。青山ブックセンターで2時間あまり。時間が足りないくらいだった。映画をネタにアメリカを語るのか、アメリカをネタに映画を語るのかで、ずいぶんとオーディエンスの反応が異なるだろう。僕は映画は好きだけれど、映画狂というほどではないので、藤原さんとのトークショーは、やっぱり映画をネタにしたアメリカ報道話とか日米関係話に流れてしまったかなあ。とにかく藤原教授はその辺の並の映画評論家よりもずっとたくさん、そして深く映画をみていると思う。トークショーのなかで、アメリカ映画にあらわれる日本のステレオタイプなイメージを探る映像材料として2種類のテープを用意した。それは、映画『ロスト・イン・トランスレーション』の主人公のCM撮影シーンと、人気アニメ『South Park〜チンポコモン』の一部(わが畏友M女史からお借りした)である。『チンポコモン』は日本では未公開なのでそれなりの興味を引いたようだ。

さて、そのトークのなかでも触れられたことだが、アメリカ映画に通底するキリスト教原理主義について、例の『パッション』をみて思ったこと。藤原さんはこの本のなかで、「2004年大統領選挙は、いわば『華氏911』に対する『パッション』の勝利だった』と述べている。けだし慧眼だと思う。『パッション』のもつ訴求力に抗うのには、それ相応のロジックが必要だ。『華氏911』では明らかに弱いのだ。よくよく冷静に考えてみれば。キリストが治るはずのない傷を治したり、磔刑のあと物理的に復活する、つまり生き返るシーンなどは、一歩間違えば「トンデモ新宗教」と見まごうほどの原理主義者たちの想念の忠実な映像化なのだ。しかし『パッション』の大部分を占める、これでもかというほどの残酷な刑罰シーン、「受難」のストーリーのリアリズム的創作は、相当の訴求力をもつのである。この映画に涙した平均的アメリカ人は、おそらく、神に選ばれた国民として「正義の実現」を訴えるブッシュ現大統領に投票したのであろう。しかし、イラク戦争なるものが、イラクという国家をまるごと磔(はりつけ)にする行為だったかもしれないなどとは微塵も考えない。そのような想像力が原理主義者たちにはきれいに欠如しているのだ。キリストの「受難」はあくまでも「我々のストーリー」なのである。「受難」を自己正当化の根拠とすること。これは圧倒的な訴求力で「他者」を排除することに直結する。よくよく考えてみれば、「受難」をみずからのストーリーとしてたぐり寄せる身構えは、このところ顕著な、犯罪被害者の被害者感情に一方的に定位するマスメディアの身構えとどこか似ている。それは本質的にものごとを解決する途だろうか?

2006年4月20日

<自分>という存在の原因である<家族>

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出張で神戸に向かう機内で、随分と遅ればせながら、レベッカ・ブラウンの『若かった日々』『若かった日々』を読む。彼女の作品を初めて読んだのは、もうかなり以前になるけれど、雑誌『鳩よ』に載っていた『わたしたちがやったこと』の抄訳(柴田元幸)だったと記憶している。何しろ鮮烈な印象だったなあ。その後『からだの贈り物』『家庭の医学』も読み続けて、とても好きな作家の一人になった。『若かった日々』の原題はThe End of Youth。自らの少女時代の回想を中心にした自伝的な作品集だ。父親に対する愛憎。母親を看取った際の心のありよう。自身がレズビアンの傾向をもっていることへの目覚め。Youthの終わりが否定的に語られているのではなく、むしろ、若気の苦悩を克服した肯定の過程として語られている。<自分>という存在があるのは、父親と母親がいたからである。否定しようもないこの現実に対する作者の強い固執、それゆえの強い愛憎は、読んでいて静かに胸に迫ってくる。レベッカ・ブラウンの文体というものがどのようなものなのか、僕は翻訳で読んでいるのでわからないけれど、柴田元幸という人の翻訳本は、それ自体が日本語として素晴らしい文体をもっていて、とても読みやすい。こういう小説が日本にもあるんだろうか?

2006年4月15日

『男はつらいよ』における<階級>と<バガボンド> 

映画『男はつらいよ』の第一作が公開されたのは、1969年の8月、監督・脚本の山田洋次は38歳、渥美清(寅さん)が41歳、倍賞智恵子(桜)が28歳の時だったそうだ。僕自身は高校1年で北海道の旭川市に住んでいた。今から考えればまだいい時代だった。寅さんのような存在の居場所がまだあった日本だったから。今の日本では、寅さんは下手をするとホームレスか変人扱いされて社会から排除されるだろう。ID不携帯とかでどこかに収容されるかもしれない。日本は、勝ち組だとか負け組だとか(嫌な言葉だ)で分類され、格差社会を是認して何が悪いと堂々と公言する政治家がもてはやされるような国に成り下がった。そのような今の日本で『男はつらいよ』の第一作をみる。本当によくできた映画だと思う。この映画に伏在している今の日本では「死語」になった2つの概念を考えてみる。ひとつは<階級>。カイキュウ。階級って本当はあるのに今ではほとんど使われない。特に冷戦後はこの語は使ってはならない語のひとつになったような感がある。実に変だ。くだんの『男はつらいよ』第一作ではこの「階級」がキー概念になっている。寅さんとマドンナの階級の違い。桜とそのお見合い相手の階級の違い。隣の町工場の労働者の階級の違い。寅さんは彼らを「おい、職工!」と言い放つ。聞いて気持ちがいい。ウソがない。階級は超克されねばならない絶対矛盾なのだから。

もうひとつのキーワードは<バガボンド>(Vagabond)。その意味は、ごろつき、さすらい人、やくざ者、漂流者、放浪者。赤塚不二夫の『天才バカボン』のバカボンのもともとの語源でもある。社会の許容度は豊かさの指標である。<バガボンド>の存在はそのしるしだった。<バガボンド>が映画の主役をはれるユートピアの時代はもう終わった。だからこそ、この『男はつらいよ』第一作は今の日本で見る価値がある。

2006年4月14日

『明るい夜』の不可思議な切迫感

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以前、この欄でも書いたが、装幀・平野甲賀の本が好きだ。神楽坂で開かれた平野さんのトーク・イベントに出かけた時に会場でお会いした小説家の黒川創さんから本が送られてきた。この本『明るい夜』は不思議な味わいをもつ小説だ。装幀は平野甲賀。2000年の作品『もどろき』を読んだ時も、他の同時代作家とはきわめて異質の触感が感じられて面白いと思ったが、この『明るい夜』からも不可思議な切迫感が伝わってくる。と言っても、この小説においても筋立てのなかで何か突拍子もないことが起きるのではなく、京都弁に囲まれた小さな日常のなかで小さな出来事が起こるだけなのだ。けれど、その実在感。「わたし」とイズミちゃんのあいだで眠らずに交わされる会話からは、何か抜き差しならない、救いを求める「静かな叫び」のようなものを受け取ってしまうのだ。僕らの時代の置かれている静かな絶望と希望。親や祖父の時代からの時間のゆったりとした流れ=身近な歴史と、そこから失われたもの。京都弁のねっとりした語感がそれらの絶望と希望を嫌みなく伝えてくれる。いい小説にめぐりあえた。

2006年4月 9日

『映画のなかのアメリカ』のなかのニッポン

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藤原帰一さんの『映画のなかのアメリカ』(朝日選書)は、『論座』に連載されていたバージョンですでに読んでいたが、今回まとまって本になったので再読した。面白い。こういう柔軟でかつ鋭い分析を読むと、日本の大学の先生たちの授業もまだまだ面白そうだ、と思う一方、でも学生たちの方がどこまで面白がれるかと懐疑的になったりする。まあいいや。それで、本書で触れられた何本もの作品のなかで、アメリカ映画のなかでニッポンがどのように描かれてきたかに関する章があって、これが僕には興味深かった。藤原さんはいわゆる帰国子女だったので、このニッポンのイメージ、ステレオタイプには他人事ではない強い関心があるのだろう。それは自分のアイデンティティーに関わることがらでもあるから。『一体、自分って何者なんだ?』という問いのなかで、やはり帰属する国家というのは重大なファクターのひとつだから。アメリカ映画に登場するニッポンのイメージの滑稽さ、無惨さ、さらに誤解に基づく礼賛など挙げだしたらキリがないほどこの分野は面白いテーマに充ち満ちている。同じテーマの本に、わが畏友・村上由見子さんの『イエロー・フェイス』(朝日選書)があって、これもとても面白い本だった。藤原教授に話を戻せば、氏は最近の映画の『ラストサムライ』については「なじめなかった」とし、『ロスト・イン・トランスレーション』については、「この映画はもう最初から大嫌いだった」と書いていてとても楽しい。僕自身はこの2本ともワシントン在任中にかの地でみたけれど、前者については「どこにもあったためしのないニッポン像のねつ造」を感じ、後者についてはアメリカ人がここまで正直に(偏見と無関心に満ちた)ニッポン感を描いた映画として逆に好ましかった。このあたりのズレが楽しいのだ、映画は。

最後にお知らせ。この本の発売にちなんで、東京の青山ブックセンター本店内・カルチャーサロン青山で、今月22日(土)に、藤原帰一さんとのトークショーに参加させていただきます。詳しくは、www.aoyamabc.co.jp/events.htmlに出ていますので、読者の皆さんもふるってご参加下さいませ。

2006年4月 7日

ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踏団に感涙

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ピナ・バウシュ/Pina Bausch
ドイツ生まれ。
1973年にドイツ・ヴッパタール市立劇場の芸術監督・振付家に就任後「春の祭典」「七つの大罪」「カフェ・ミュラー」「ダンソン」などを発表。
1999年に第11回高松宮殿下記念世界文化賞(演劇・映像部門)を受賞。

ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団 来日20周年記念公演案内

ピナ・バウシュ・ヴッパタール舞踏団のステージをみる。僕は、ピナ・バウシュ舞踏団は初来日の1986年からみてきた。確か、初来日の舞台では、日本人ダンサーの市田京美が参加していた。プログラムAが『カフェ・ミュラー』と『春の祭典』、プログラムBが『コンタクトホーフ』。彼らの踊りをみて当時は言葉で表現できないほどの衝撃を受けたものだ。次にみたのは2年後の来日公演の1989年9月、『カーネーション』が演目だった。そして、次にみたのは、ソ連が崩壊した翌々年の1993年9月のモスクワで。モスソビエト劇場とプーシキン劇場で行われたロシアとドイツの共同舞踏フェスティバル。この時はシュザンネ・リンケもみた。今回のピナ・バウシュはそれ以来で実に13年ぶり。初来日20周年記念と銘打たれたこともあって、当時と同じ演目の代表作『カフェ・ミューラー』『春の祭典』の2本立て。すごいや。会場も初来日とおんなじ三宅坂の国立劇場。前から7列目の中央の席だったが、この劇場は本当に観客にとって見づらい建て方をされていて、『カフェ・ミューラー』を見終わった後で、2階席に勝手に移動した。さいわい2階席に空席があったので。ほんとうに『春の祭典』は2階から見た方が良かったと思う。群舞の全体構図がわかるので。しかもダンサーたちの激しい息づかいが2階席まで伝わってきた。今回の『春の祭典』もすさまじいエネルギーに満ち溢れていた。まぎれもなく20世紀から21世紀をまたぐ世界の舞踏芸術の代表作だろう。ステージに敷き詰められた土の上で、30人ほどの裸足のダンサーたちが群舞する『春の祭典』からは、<供犠>という言葉が想起させられる。聖なる犠牲。ぼくがみた今回の舞台の場合、この犠牲に供されるソロダンサーの役回りが、最も伝統的バレエ・ダンサーから遠いように思われる小柄のアジア系のダンサー、インドネシアのディッタ・ミランダ・ヤシフィ(Ditta Miranda Jasjfi)だった。彼女のソロが実に強烈だった。バレエの伝統を逆手にとったような強烈な異化効果がステージに付加され、犠牲のダンサー、ディッタ・ミランダ・ヤシフィは激しい踊りに身体を燃焼させる。本当に涙が出てきた。『カフェ・ミューラー』ではピナ・バウシュ自身が踊る。実際に自分の目でみられてよかったなと思う。今月16日が最後のステージの筈なので、東京近郊のファンの方々には是非ともお薦めしたい。

2006年4月 6日

坂本美雨の声は透明だ

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『坂本美雨』オフィシャル・ウェブサイト
『坂本美雨』オフィシャル・ブログ

透明な声の女性ヴォーカルというと、昔の(?)大貫妙子とかを思い出すけれど、もうひとりの透明系の歌い手に坂本美雨がいる。パパもママも偉大なミュージシャンだけれども、彼女のデビュー・アルバムに入っていた『Aqua』での歌声は、その最初のテイク盤では(発売されたCD盤ではない)、信じられないような透明さだった。今度出る新アルバム『Harmonious』を聴いて久しぶりにその透明な歌声を堪能した。一番おしまいには何と『遠くへ行きたい』が入っていた。あの永六輔/中村八大の名曲。オリジナルは誰だったか。ジェリー藤尾という名前を記憶しているけれど。最近、この国では川村結花の『夜空ノ向コウ』以降、新しい歌が生まれていないような気がする。だから昔の歌が輝く。

2006年4月 5日

ほんとうのことばはどこにあるのか?

テレビから聞こえてくる言葉や、ネット上にうごめいている言葉が、あまりにもひどくて、目を覆いたくなり耳をふさぎたくなることがある。Shutup! ほんとうの言葉はどこにあるのか。こんな時には、詩のことばに向かう衰弱した自分がいることに気づく。詩人の茨木のり子が亡くなって、谷川俊太郎が彼女の死を追む詩を書いている。『ちくま』という薄いPR小冊子に載っていた。「いなくならない〜茨木のり子さんに」。こころに響くとてもよい詩だ。ひと(死者も含む)に対してまともに向き合い、ことばを発する時、ことばが生命を吹き込まれたように響き出すことがある。そうなのだ。ことばのちから。

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詩と言えば、NFさんが詩人・田口犬男の英語紹介サイトPoetry International Webのアドレスを送ってきてくれた。ベルギーで運営されているサイトらしい。田口犬男の詩が英語対訳で紹介されていて面白い。

http://japan.poetryinternational.org/cwolk/view/27879

さらに、彼の朗読が次のサイトで聴くことができる。

http://media.poetryinternational.org/IT_LifeOfThomas_Jap.mp3

田口犬男の詩には「構造」があるので、英語に翻訳されても面白いのではないだろうか。
『アルマジロック』を英語で対照して読んでみたがとても面白い。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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