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2005年11月27日

横須賀功光の写真展『光と鬼』にて

男性の写真家が一人の女性に魅入られるように長年にわたって撮影し続けるということがある。おととし亡くなった横須賀功光の場合、女優の(と言っていいのか摩訶不思議な存在の人だが)山口小夜子がそのような存在にあたる。彼女が撮られた写真は、この写真展のなかでも強烈な光彩を放っていて、その前で長い時間立ち止まってしまった。当時の記憶をたぐれば、山口小夜子の容貌自体が「事件」だったのではないか。西欧的な美女の感覚とは明らかに異なり、かといって西欧的な文脈で語られるオリエンタリズムのなかの美女の感覚とも異なる。敢えて言えば、日本画の中にかすかに存在した繊細な美の系譜にあるのだろうか。その証左に横須賀の写真では、屏風や生け花とともに山口小夜子はあり、山海塾の踊り手たちとともにある。このような切迫感を伴った美は今の日本では絶滅してしまった。あるのは西欧を模倣したキッチュと、捏造された日本的なる美、のみ。
ところで、写真展は、写真の展示の仕方が重要で、今回の場合、ちょっと違和感が残った。順路とかが全く想定されていないのは意図があったのだろうけれど。

2005年11月24日

ゴールデン街のキヨが逝った

新宿ゴールデン街・唯尼庵のママ、キヨ=太田喜代子さんが突然亡くなったのは、11月20日のことだ。小鉄さんからの電話でその早すぎる死を知ったのは、おととい22日の朝。そして今夜、中野坂上の宝仙寺で営まれた通夜にはたくさんの人が来ていた。多くを語る気になれない。最後に唯尼庵でキヨさんと会ったのは11月8日。その時に受け取ったりりィのライブDVDの中の好きな歌(Amazing Grace)の詩を掲げて冥福を祈るのみ。

  からだがいつか 風に果てて
  ひとのむねから 消えて
  空の果てに小さく浮かぶ
  雲になれたとしても

  こころのなかに愛があれば
  愛する気持ち持てば
  君とのきずな 溶けやしない
  そう いついつまでも

2005年11月21日

時代のアジテーターであり続けるパティ・スミス


『Horses』
パティ・スミス/Patti Smith

ワシントンDCにいた頃、支局のMに、アメリカのロックのアルバムで何が一番?と聞いたら、即座に返ってきたのが、パティ・スミスの『Horses』だった。1975年のこのアルバムは確かに今聴いてもパワフルで異彩を放っている。特に、ボーナストラックで入っている『My Generation』は凄まじい迫力だ。それから30年後の今年、そのおんなじ『Horses』の曲をパティ・スミスが歌ってオリジナル・アルバムとのカップリングで発売されるのが『Horses Legacy Edition』である。CDのジャケット写真は75年のオリジナル・アルバムと同じ、あのロバート・メイプルソープ撮影の少年のようなパティ・スミスの肖像写真である。そして聴いてみて思うのは、パティ・スミスが75年当時の「戦意」を全く衰えを見せずに保持しているということだ。同じく最後に収録されている『My Generation』は、オリジナル版よりもよほど攻撃的になっていて、まるでアジ演説を聴いているみたいだ。
私の世代があのジョージ・W・ブッシュを生んでしまったんだ!
新しい世代よ! 変革を試みよ! 街を占拠せよ! 
世界を変えろ! 世界は君たちのものだ!
このロック魂は死ぬまで変わらない。パティ・スミスは不滅だ。

2005年11月20日

オペラ『アンドレア・シェニエ』をみる

久しぶりにオペラをみた。ジョルダーノのオペラ『アンドレア・シェニエ』である。フランス革命を舞台にした革命詩人シェニエと伯爵令嬢マッダレーナの悲恋物語だ、と言ってしまえば元も子もないが、オペラの楽しさは、この単純極まりない筋書きゆえに観客の思いを誘うところにある。言ってみれば、かつての壮大な少女マンガの世界にも通じるところがある。あの水村美苗の傑作『本格小説』だって、主題は男女の不変の「一途な愛」であった。初日から主役級のジェラール役が急遽体調不調とかで、セルゲイ・レイフェルクスに交代というハプニングがあったが、どうしてどうして、この代役のほうが声量たっぷりで、主役のシェニエ役のカール・ターナーを食っていた感がある。それにしても、演出・美術・照明のフィリップ・アルローの手腕は素晴らしい。斜めに割れる背景壁はギロチンの暗喩であろう。ラストの、光あふれる未来に希望を託すシーンは、観客が圧倒されるシーンだと思う。それにしても、欧米人と日本人に声量の差があるのはやむを得ないにしても、からだの大きさがあまりにも違いすぎると複雑な思いを抱いてしまうのは、自分も日本人だからか。

2005年11月19日

品位と含羞〜筑紫哲也『旅の途中』


『旅の途中』巡り合った人々 1959-2005
筑紫哲也

僕が子供の頃だから大昔のことだが、作家の山口瞳がサントリー・ウィスキーのテレビCMに自ら出ていて呟く台詞に、「露骨はいやだね」というのがあった。子供心にふう〜んと感心していたものだ。「露骨はいやだね」に大人の世界の美学のようなものを感じていたのだ。筑紫さんの新著『旅の途中』を読んでいて、この言葉を思い出したのは、筑紫さんの普段の話しぶりとかインタビューの流儀が、一部のテレビ業界の人にみられるような押しの強さとか突っ込みとかとは対極の、何と表現したらいいのだろう、そう、含羞が感じられるからだ。英語でいうShynessともちょっと違うか。慎ましさ。それと同時に、品位(Decency)という言葉も浮かんでくる。他者を論ずるにあたって品位を保持すること。「俺が、私が」の今の時代にあって、品位を保持するということがいかに困難なことか。とにかく「露骨はいやだね」。あまりに近い距離にいる人物については、ものが言いづらいということがある。筑紫哲也という人は僕の勤務局の職場で、毎夜、歩けば50歩くらいのところにいる人だ。だから直接この新著についての感想も、本人に話しに行けばいいものを、やはり照れくさいのである。この本に引用されているイギリスの詩人テニソンの詩の一節がある。
I am a part of all that I have met.
これまで人と出会ってきた末に今の自分がある、と意訳してもいいだろうか。これが、この本に書かれていることだ。安東仁兵衛に始まり丸山真男で終わる筑紫さんが巡り合ってきた人々のごく一部のことを語られている。そして読者の胸に結果的に浮かび上がってくるのは、この時代を代表する一人のジャーナリストの品位と含羞をたたえ続ける一流の作法である。

2005年11月18日

青木富貴子さんの報道魂(もの書き精神)

以前にも『<業務外>日誌』で書いたことがあるが、青木富貴子さんの『731』は大変な労作だと思う。その青木さんが一時帰国されて日本記者クラブで講演するというので、時間をつくって駆けつけた。米大統領選挙のさなか、NYでお会いした時には、まさかこんな731部隊に関する取材作業を行っているとは思いもよらなかったので、ブッシュ再選の勝因分析などでお茶を濁していたのだが、この分野の取材を行っていると知っていれば別の展開もあったかもしれない。『もの書きとして』という言葉を青木さんは、講演中、随時使われていたが、この重要なテーマを取材・執筆するにあたっては、「Something Newがなければ意味がないですね」と、ジョン・パウエル(731部隊の米研究者)に言われたことを肝に銘じながら地道な現場取材を続けた結果、ついに石井四郎の直筆メモにまで辿り着いたときには『それを目にして、手が震える思いというか、もの書きとして、こんなに恵まれた幸運はないと思った』と述懐されていた。それにしても、すべての事象は連鎖しているというか。青木さんがNYで遭遇した9・11テロ事件の直後、炭疽菌事件という細菌テロ事件が起きた。この事件は一体誰が何の目的でやったのか真相は全く不明である。この事件が起きていた折り、9・11の前触れであるケニア・タンザニアの米大使館爆破テロ(1998年)の容疑者の裁判が連邦地裁で開かれていて、その検事がパトリック・フィッツジェラルド。この検事は、今年、NYタイムズのジュディス・ミラーらにCIA工作員の身元をバラしたとして、リビー元副大統領補佐官を起訴した特別法廷の検事である。そして、ジュディス・ミラーはNYタイムズ紙上で、イラク戦争開戦前に、サダム・フセインが生物化学兵器を開発しているとの扇情記事を書きまくっていた張本人である。細菌戦が関わると不思議な連鎖が浮き上がってくる。とにかく、青木さんの「もの書き精神」に感服。

2005年11月17日

ボブ・ウッドワードまでが

CIA工作員のリークに端を発したブッシュ政権高官の起訴は、先週、NYタイムズのジュディス・ミラー記者が、ついに退社したばかりだが、16日になってびっくりするような展開になった。驚いた。ワシントンポスト紙のあのボブ・ウッドワードが、CIA工作員(彼によればCIA分析官ということになっている)の身元について、コラムニスト・ロバート・ノバックが暴露する一ヶ月も前に、起訴されたリビー元補佐官「以外の」高官から知らされていたことを明らかにしたのだ。しかもこのことをウッドワードは大陪審において宣誓証言したという。これで、このスキャンダルはいっそうスケールの大きな構造的な腐敗=ブッシュ政権が政権ぐるみでイラク戦争に国民を駆り立てるために世論操作を図った、という事件に発展する可能性が出てきた。ウッドワードは、11月3日に検察から接触を求められ、CIA工作員の身元暴露について事情を聞かれたという。ウッドワードがこのCIA分析官のことを聞いたのは、彼の著書『攻撃計画』(Plan of Attack)の取材の過程であったようだ。ウッドワードは当初このことをポスト紙にも隠していたという。大陪審に召還されるのを恐れていたと告白しているが、あの大記者ウッドワードまでが、このような事態に陥るとは驚きである。政権中枢のカール・ローブにまで追及の手が及ぶのかどうか。ブッシュ政権のレームダック化の度合いを計測する指標となるだろう。

2005年11月15日

巫女・元ちとせの『語り継ぐこと』

今年の8月5日の真夜中、正確には日付が変わって8月6日になっていたが、広島の原爆ドームの前に僕はいた。勤務局の番組で、この原爆ドーム前からライブ演奏を伝える2人のミュージシャンのガードマン係の末端の一人として。元ちとせと坂本龍一。この豪華な顔合わせで、この日特別に歌われた曲は『死んだ女の子』。歌いだす直前に元ちとせは裸足になった。彼女の身体に漂う独特のオーラと身のこなし、あの独特の節まわしに接すると、「巫女」という言葉を想起せずにはいられない。まさにこの日に歌われるべく生まれたすばらしい曲だった。その元ちとせのニューシングル『語り継ぐこと』を聴いた。希望の歌、あるいは願いの歌だ。
    
    語り継ぐことや伝えてゆくこと
    時代のうねりをわたって行く舟
    風光る 今日の日の空を
    受け継いで それを明日に手渡して

今のような時代だからこの曲の重みはいっそう切実なのだ。カップリングの曲にビートルズのホワイトアルバムに入っていたあの名曲『Happiness is a warm gun』というのも嬉しい。この曲も聴けば聴くほど何てぶっ飛んだ構成の曲だったことか。元ちとせがこの曲に出会ったことだけでも祝いたくなった。

2005年11月13日

若い写真家たちのみずみずしい感性

写真美術館で「写真新世紀」をみる。なかなか面白い。20歳も30歳も年齢が下の人たちの写真。菅井健也という人の『ザ・ユートピア』のいう一連の写真に現れている日本の風景の不幸。渡辺一城の『豚』。交尾する豚の表情なんかはゾッとさせられた。なかでも一番印象に残ったのは西野壮平という写真家の『Diorama Map』。1982年生まれということは、29歳も僕と年が違う。その彼が撮った都市の写真は、都市全体の鳥瞰図である。大阪の場合だと50カ所で撮った写真の貼り合わせで全体が構成される。何やら先日も言及した『ジャカランダ』に通じる感覚だ。写真表現は、瞬間を固着化する意志において、ビデオ映像よりもはるかに力があると思う。

2005年11月11日

1980年・4月5日・久保講堂

RCサクセションの新アルバム『ラプソディーNaked』を聴いて、見た。2枚のCDと1枚のDVDの組み合わせ。ジャケット写真が実にいい。清志郎や仲井戸麗市のこの不敵な面構え。当時は、こういう奴らがロックをやってたんだよな、と今更ながら思う。この新アルバムの発想は、ビートルズの『Let It Be Naked』にあるとのこと。裸のありのままのRCを晒すことに意味があると。その通りだ。ビートルズの『Long and winding road』なんかはNakedの方を聴くと、何でああしちゃったのかと思った。RCは本当にライブがいいのだから、そのエッセンスをナマで裸のまま再現するのが一番いい。映像をみると、当たり前のことながら若い! みんな若い! でもそれ以上に切なくなるのはアンコールの最後の曲『指輪をはめたい』だ。言うまでもないけれど、タイトルの「指輪を」は当局をダマくらかすための方便で、内容はもっと直截そのものの歌だ。『はめたい』。こんなに純粋なラブソングはない。この曲のあまりの純粋さに会場の1980年4月5日の久保講堂では「泣きじゃくっている女の子の姿が印象的だった」(森川欣信のライナーノーツより)そうだ。その清志郎、先月にはアメリカのテネシー州メンフィスを訪れ、地元紙Greater Memphisの1面記事になっていた。Soul man of Japanという大見出しのその記事では、オーティス・レディングのテレビ・ドキュメンタリー撮影のために訪れ地元のひとたちと交流する清志郎の姿が大きく報じられている。元気だよね。ホンモノは、いつでも。

2005年11月 7日

破壊と再生の物語

青林工藝舎のTさんから送られてきた、しりあがり寿『ジャカランダ』を読む(みる)。うーん、こりゃスゴいや。しりあがり寿と言えば、双子のオヤジやコイソモレ先生ばかりじゃない。この破壊のエネルギーのものすごさ。そしてそれに比べて、再生の部分、人間が自然の力に対し謙虚に自分たちの非力を悟って、「祈る」に至るまでの部分の弱さ。僕はそう感じたが、全く逆の感じ方をした人がいるかもしれない。それがこの作品の評価を決定づけるのかもしれない。それにしても、破壊されるべき現状に関しての、この作者の視点は、案外モラリスティックであって、自分のような世代には強い共感を抱いてしまうのだ。さらに言えば、破壊のあとに現れた「祈り」の感情こそ、宗教の根源に通じるものかもしれない、と思いながらこのマンガをよんだ。

2005年11月 3日

ヴィム・ベンダースの『Don't Come Knocking』をみる

ロード・ムービーと言えば、近作でみた作品ではチェ・ゲバラの青春時代の旅を描いた『モーターサイクル・ダイアリー』とか、ジム・ジャームッシュの『Broken Flowers』など、さいわいなことに当たりが続いた。ヴィム・ベンダースの最新作『Don't Come Knocking』(邦題;アメリカ、家族のいる風景)も当たりだった。サム・シェパードが演じる年老いた西部劇の映画俳優が撮影現場から失踪する。失踪後の道行きはそのまま自分の人生の意味を問う旅になっていく。映画のあらすじをここで書いても仕方がないが、道路に放り出されたソファに呆然と座り続けるサム・シェパードを長回しで撮り続けるシーンは圧巻だった。そしてモンタナの荒涼とした原風景のなかの登場人物たちの孤独な心象風景。実生活のなかでもサム・シェパードのパートナーであるジェシカ・ラングの存在感には感じ入ったけれども、そう言えばラングは、『Broken Flowers』にも出てたな。

2005年11月 2日

ひさしさんとひさしぶりにお会いする

作家の井上ひさしさんと、帰国してから初めて再会。
と言うことは、4年ぶりくらいだろうか。
何かそんなに久しぶりという感じがしないのは何故なんだろう?
先日みた『天保十二年のシェイクスピア』があまりにも素晴らしかったので、その感想をお伝えしたかったのと、近く出版予定の僕の本のなかで、「日記とジャーナリズム」というテーマでインタビューをお願いするためだった。
そのインタビューの内容は本を読んでいただくとして、これが実に楽しく面白い内容だった。
小林一茶が絶倫だったことが彼の日記からわかったことなんて、大笑いしてしまった。
井上さんとお会いすると、本当に元気になる。日記とジャーナリズムの深い関係についてお話をお聞きしていたらあっという間に70分がすぎてしまった。次のお芝居も楽しみだ。

Profile

田原総一朗(たはら・そういちろう)

-----<経歴>-----

1934年、滋賀県彦根市生まれ。
早稲田大学文学部卒。
岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリーに。
テレビ東京時代の連続番組「ドキュメンタリー青春」で、取材対象者に肉薄する独特のインタビュー手法で注目を浴びる。
現在は政治・経済・メディア・IT等、時代の最先端の問題をとらえ、活字と放送の両メディアにわたり精力的な評論活動を続けている。
テレビジャーナリズムの新しい地平を拓いたとして、98年ギャラクシー35周年記念賞(城戸又一賞)を受賞した。
2002年より母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生や社会人の指導にあたっている。

-----<出演>-----

『朝まで生テレビ!』
(TV朝日、毎月最終金曜25時?)

『サンデープロジェクト』
(TV朝日、毎週日曜10時?)

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