誰が学校を建てたのか その3 「文部官僚の号泣」
2006月11月14日

 今朝の毎日新聞2面「発信箱」で、論説室・玉木研二記者が「文部官僚の号泣」と題して、1947年3月の帝国議会衆議院「教育基本法案委員会」の模様を伝えている。

 教育基本法案はすでに通過し、6・3制を中心とする学校法案がまわってきたとき、校舎や学用品はそろうのかとの委員の質問に対して、答弁に立った文部省学校教育局長が教科書も満足に子どもたちに与えられない窮状を嘆いて5分間言葉を失い、ついには号泣したのだという。

 『よみがえる廃校』(「増刊現代農業」11月号および「ざ・こもんず」10月25日)で追求した「敗戦直後の教育再生」に深くかかわる話でもあるので、「国会会議録検索システム」で調べてみたら、以下引用のように当時の様子がリアルに伝わってきた。

○日高第四郎政府委員 (前略)これらの點において、非常に現在の日本の教育内容というものが貧弱であるということは、殘念ながら認めなければならない次第でありますが、そういう化學的施設というものの一歩前の、たとえば机であるとか、黒板であるとかチョークというようなものまでも、殘念なことでありますけれども、不自由をしておるような状態でありまして、紙も、極端に申しますれば教科書も十分配給できるかどうかわからないような状態にありますので私どもといたしましては、配給その他の機構につきましても、できるだけ教育に向けるものについては、政府もあるいは民間のものも、一般にそれに尊重の念をもつて優先的に配給してもらうように努力いたしたいと思つております。

敗戰の結果ではありますけれども、今日の日本を復興させるものは、現在戰爭にも責任のある私どもの力というよりは、何も知らなかつたこれから來る若い人たちの力によつて、日本は再びこの情ない状態を――――――失禮いたしました――――――盛り返さなければならないと思つております。

 これについては、私どもとしては教育に唯一の望みをかけておりますので、萬難を排して、私どものあとから來る者のために、喜んで踏み臺になつていきたいと思つております。その邊實に情ない状態であることは、私どもも十分承知いたしておりますが、少しでもあとから來る者が勢よく伸び上つて、そうして日本を昔の、あるいはそれ以上のいい國家に仕立て上げるようにいたしたいと思つておりますが、どうぞ今後とも、私どももむろんいたしますけれども、議員の皆さんも、御鞭撻いただきたいと思います。

(毎日新聞「発信箱」では3月18日の委員会での出来事になっているが、「検索システム」では3月19日の発言になっている)

また以下は、衆院本会議で経過報告に立った委員長がとくに付言したことである。

○椎熊三郎教育基本法案委員会委員長 (前略)私、本委員會を通じまして、實に委員諸君の熱心なる態度、政府當局の真摯なる答辯の要旨につき、特に諸君に御報告申し上げておきたい點がございます。

それは昨日の委員會におきまして、社會黨永井勝次郎君よりの熱心な質疑がございましたが、その要點は、今六・三制を實施いたしますとしても、殊に國民學校の兒童に對する設備、學用品、教科書等、はなはだ心もとないものがあるが、文部當局においては、これらについていかなる施策があるかという、つつこんだ專門的の御質問でございました。

これに對して日高學校教育局長は、文部省の考えている一切を、率直に腹の中を打明けまして、そうして真摯なる態度をもつて御答辯せられましたが、その際日高局長は、敗戰後の日本の現状――戰爭を放棄したる日本は、文化國家建設のために、教育の徹底的な刷新改革がなされなければならない、しかも次代の日本を擔當すべき青少年に對する期待は絶大である、しかるにこの子供らに對して教科書も與えることのできないという今日の状況は、まことに遺憾千萬であるとの意味を漏らされたのでありますが、中途におきまして、局長は言葉が詰まりまして、涙滂沱として下り、遂に發言する能わず、最後には聲をあげて泣きました。

この状況は、委員長初め各委員にも影響せられまして、(拍手)委員會は、そのために約五分間一言も發する者なく、寂として聲なき状況でありました。熱涙のもとに日本再建を考えたるこの學校教育法案の審議は、まさに將來文化日本建設のために、しかも將來の青少年のために期待をかけたるこの熱意のほとばしりがこの委員會に現われまして、この状況は、委員會としてはまさに類例なきものであつたと、私は特に御報告申し上げたい。(拍手)(後略・引用終わり)

こうして教育基本法が通過し、6・3制が実施されたのを受けて、全国の農山漁村では、「むらの土地」「むらの材木」「むらの労働力」によって、新しい校舎が建てられたのだった。そうした学校のひとつである大分県日田市・旧小山小学校の「地つき」の風景(昭和27年)と、現在のたたずまいをもう一度ご覧いただきたい。

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 奇しくも同じく今朝の毎日新聞・大分版には、「日田市の旧小山小学校 再び解体の危機 福岡の竹島さん 存続へ利用者探す」という記事が掲載されていて、増刊現代農業ライターでもある竹島さんからファクシミリで送られてきたその記事には、つぎのように添え書きされていた。

――今回の取材で改めて気づかされたことですが、今の私たちは「戦後の精神」に学ぶこと大だと思います。この(日高局長の)答弁も、物不足でさんたんたる状況を伝えているのに、どこか、日本の子どもたちや国の将来を真摯に考える、人間的な温かさを感じます。戦後間もないころ、人びとはどう生きていたのか、何を考え、感じていたのか、もっと掘り起こすことが、自分の仕事にとっても大切だと思います。


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