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身体・自然・労働 アーカイブ

2006年6月12日

「遊び仕事」の「ビジネスモデル」(その2)

 6月3日夜、「地方に帰りたいけど帰れない若者」のための「ビジネスモデル」づくりにチャレンジしたいと考えている伊藤洋志くんが農文協に訪ねてきた。昨年4月に入ったばかりの出版社を辞めた理由を聞くと、またオモシロイ答えがかえってきた。修士論文作成のために借りた旅の資金を返し終えた以外に、ふたつの「所期の目的」を果たせたからだと言う。

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2006年6月 1日

「遊び仕事」の「ビジネスモデル」

 元来私はひねくれているのか、世間が「希望がない」という農山村やそこに暮らす女性や高齢者、フリーターやニートと呼ばれる若者たちに「希望」を見いだすことのほうがよっぽど多い。今日もまた、その若者たちのひとりである伊藤洋志くんから手紙が来た。昨年、京都大学の修士課程を修了し、出版社に勤めたが、すでにそこは辞めてしまったようだ。

 その手紙がなかなかオモシロイので、ご本人の了解を得て、「ざ・こもんず」読者のみなさまにご紹介したい。一緒に送られてきた私への「仕事の提案書」はワープロ打ちだが、この手紙は律儀に手書きである(それを私もリチギに入力し直した)。

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2006年5月25日

安達太良山麓に奇跡のむらを見た!(その2)

 このむらの水路にイワナがすんでいるということは、それだけそのエサとなる昆虫類が多いということでもある。その昆虫類が多いということは、山が豊かだということでもある。

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 Gさんが、むらの入会権を解体し、法人格をもつ森林組合などの管理に移行することに反対したのは、そこに、天然林を伐採させ、スギ、ヒノキの単純林にしてしまおうとする国の意図を感じ取ったからでもある。養蜂家でもあるGさんは、年間を通してさまざまな木の花の咲く天然林があったほうが、ミツバチだけでなく、ほかの昆虫や鳥や獣にとってもよいことを知っていた。

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2006年5月24日

安達太良山麓に奇跡のむらを見た!(その1)

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 前回の更新から10日以上がたってしまった。書きたいことはたくさんあったのだが、この間、いろいろなことがありすぎて、おおげさに言えば一種のトランス状態になり、あることを思いついた瞬間には、その数分前に考えていたことがもう思い出せないほどだった(たんに物忘れがひどくなっただけかもしれないが)。

 発端は、5月14日に福島県郡山市I集落の「堰上げ」行事に参加したこと。事前には誘ってくれた「あいあいネット」(いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク)の案内で、

1.年に一回の集落をあげての作業
2.朝8時頃から、集落内のいくつかの堰にわかれて堰上げ
3.そのとき魚を捕まえ、河原で焼いて宴会。2時過ぎに終了
4.堰上げの後は夕方まで各世帯がそれぞれの田んぼに水を引き込む作業

 ということだけわかっていたが、実際に現場に行ってみると、驚きと興奮の連続だった。

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2006年5月 6日

経済的というより祝祭的、「労働」ではなく「助け合い」

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『旅行者の朝食』

 連休中に読んだ本の中では、米原万里さんのエッセイ集『旅行者の朝食』(文春文庫)が面白かった。

 書名の由来となったロシア小咄や、新大陸の「発見」によって旧大陸にもたらされたジャガイモが「悪魔の食いもの」として気味悪がられ、ロシアに受け入れられたのは19世紀も半ばすぎであったこと、それも17世紀にピョートル大帝が「いま朕の目の前で食って見せなければ、その場で打ち首にいたす」と農民たちを脅したり、19世紀初頭の「デカブリストの乱」でシベリアに流刑になった青年将校たちが同地の農民の窮乏を救うため、ジャガイモを栽培し食べた者には金貨を与えるなどしてようやく主食となったことなど、「目からウロコ」の「食と農」の話題の連続だった。

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2006年4月28日

日本ミツバチとイセエビのマイナー・サブシステンス

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 環境民俗学に「マイナー・サブシステンス」という概念があるそうだ。「小さな生業」「副次的生業」と訳されることが多いが、東京大学教授の鬼頭秀一さんは「遊び仕事」を当てはめる。信州の地言葉で、「遊び」と収入を得るための「生業」の中間的な「仕事」を表すのだという。

 その定義が面白い。
「集団にとって最重要とされている生業活動の陰にありながら、それでもなお脈々と受け継がれてきている、副次的ですらないような経済的意味しか与えられていない生業」
「消滅したところで、その集団にとっても、当の生計を共にする単位世帯にとっても、たいした経済的影響をおよぼさないにもかかわらず、当事者たちの意外なほどの情熱によって継承されてきたもの(しかし、経済的意味が少しでもあることが重要)」

 それで思い出すのが私のふるさと、宮崎県高千穂町でいまもさかんな日本ミツバチのハチミツ採り。愛好家は100人以上もいるが、それを「本業」としている者は一人もいない。普通、山中に置いた巣箱に蜂が入ってくれるのは2~3割。どこに巣箱を置くかは経験とカンが頼りだし、入ってくれるかどうかは蜂しだい。「腕半分、運半分の結果論」の世界だが、「名人」として尊敬を集める佐藤林さん(74歳)の場合は、熊本・天草諸島から大分・国東半島まで九州をほぼ横断する100カ所に計500箱の巣箱を仕掛け、その6~7割に蜂が入る。しかもその設置場所は地図やメモがなくても「絶対に忘れない」。それでも佐藤さんの本業は大工さんなのだ。

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Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

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