Calendar

2009年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

Recent Trackbacks

« 集落(ムラ)に支援される集落支援員
メイン
食料自給・地産地消を輸出する――世界に広がる農産物直売所 »

国家のために米をつくらず、食の未来を国にゆだねず

 はじめに編集部にいただいた本稿のお題は「減反廃止は日本の農業を元気にするのか?」だったが、どうも書くのに気乗りがしなかった。たしかに今年に入って石破茂農林水産大臣が米の生産調整(減反)について「タブーを設けず、あらゆる角度から議論する」と、廃止も選択肢に含め検討することを表明し、4月には農水省が「米政策に関するシミュレーション結果」を公表したが、総選挙対策の思惑もあり、結局、6月の経済財政諮問会議の「骨太の方針2009」原案には盛り込まれず、「先送り」となった。

 その間、新聞などはあたかも「減反廃止」が農家と消費者の双方に利益をもたらすかのような論調を張った。たとえば6月9日付朝日社説は「農政改革 先送りする余裕はない」と題して以下のように述べている。

>>続きは「THE JOURNAL×Infoseekニュース」で

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/3392

コメント (21)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。はじめて投稿される方は、投稿の前に下記のリンクに書かれている文章を必ずご確認いただきますよう、お願いします。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

なお、投稿されたコメントは、このサイトを構築するシステムの関係上、「毎時5分と35分」に自動更新されるよう設定されています。投稿されてもすぐに反映されませんが、上記の時刻になれば自動で書き込まれます。

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

<産直の観点から米作りを考える>
生まれてこのかた、田植の一つもした事のない都会育ちの私ですのでピンボケかもしれませんが、お許しください。
なぜ米が売れないのか?それは、米がマズイからです。親戚が宮城のササニシキの米所にあり、一度、伯父の家で頂いた事があります。その米は、農協への出荷用とは別に、自宅用に作られたもので、新米ならではの、うっすら緑がかった色、炊き上がりの匂い、つや、甘味...。お新香と味噌汁だけで2杯お代わりしました。デパートや紀ノ国屋などの高級スーパーのブランド米でも、あんなに美味しいご飯には、出会えていません。
なぜなのでしょうか?それは、農協による一律価格の買い付けと米穀卸し問屋のせいではないか?と考えるに至りました。
農家が農協を離れて、自分の家と同じ品質の米を出荷すれば、確実に高値でも売れるのではないか?卸しの段階で混ぜものをされないように、産直でなければなりません。
米の減反については、米所とあまり適さない土地を一律に考えるべきではなく、米所では目一杯美味しい米をつくればいいのでは?
アメリカの指図なのか?自民党は農家の大規模化、株式会社化に前向きですが、私は反対です。アメリカの独立系メディア グラスルーツによると、アメリカの農業就労者は、長時間労働、保険なし、低賃金で、まさに昔の日本の小作人です。
派遣労働者のようにアメリカのいうがままに突き進めば、格差を助長します。

お米のおいしい、不味いは、
メンタル面が相当左右します。
恵美さんの宮城県での体験は、その伯父さんのお宅でいただいたということが、
一番のおいしさの原因ではないでしょうか?
 一般の農家の方で、わざわざ農協に出荷するお米と、自宅用のお米を別々に作るという人は私の知る限りではいません。
 作業のスケジュールの問題で、数種類の品種を作っている人はたくさんいらっしゃいますが・・・。
 お米のおいしさを機械で測定する方法も普及していますが、まったく当てになりません。
 日本人にとって、お米の味とは本当に微妙な問題をふくんでいるので、その流通に不信感があれば、
それだけで不味く感じてしまうのではないでしょうか。
 それゆえに、まず、消費者に不信感をもたれない、生産・流通の制度とその透明化を作るべきだと思います。

甲斐様の記事を心待ちにしておりました。団塊世代自営業のオバサンです。自分で考え、自分で表現するという人生の課題の中で、土と取り組む、森に憩う、里で働くにはどうすればよいかと思考を重ね、ついに小さな畑付きの住宅に都会から引っ越す事にしました。
最初の参考書は、かの有名な【パーマ・カルチャー】でした。
この国で、これからも生きていこう。
そして、自分のできる事は小さいが、エネルギーの事も、食の事も、後の世代にマイナスを引き継がせないよう、暮らして行きたいと思っています。
どんどん、情報発信、お願いします!

em5467-2こと恵美さんはあまり旨くない米をずっと食し続けてきたのですね。
米が主食の日本において、しかしこの方のように本当のお米が食べられないというのは、いったいいつから日本の主食はお米でなくなったのでしょうか。
ちなみに私は親戚が作っているお米を頂いておりますので、ずっと美味しいお米を食べてきましたから、『マズイお米』というものを知らなかったりします。
ですから、減反政策について言えば、「何で作ると余るってことで作らないようにする、なんて言い出すんだ? 余ったお米を国や地方公共団体が買い取って貯蔵すればいいじゃないか。将来、食糧不足が襲ってきたらどうするのさ」という田舎者の思想でいつも減反には賛同できませんでした。
道路にアホみたいに予算を回したり、議員が遊ぶために馬鹿みたいにお金使うくらいなら、巨大な冷蔵庫作って、そこでお米を貯蔵して来るべき時に備える方が有益なんじゃないか、と単純に考えております。維持費と道路&外遊でほとんどチャラなんじゃない?
と考える私はお目出度い野郎なのかな?

結城登美雄さんには今年も、私が早稲田大学でやっている「大隈塾」の200人の授業に講師で来て貰い、鳴子の米プロジェクトの話をして貰った。感動した学生たちが「早稲田から農で日本を変えていこう!」という趣旨で「早稲田の米プロジェクト」を立ち上げようとしている。

まず夏休み中に「鳴子の米プロジェクト」を見に行って結城さんや農家の方々と懇談。11月の早稲田祭で映画『降りてゆく生き方』上映と結城さんを中心としたトークセッション。春までに品種と田んぼの場所を決めて田植え、などを当面予定している。品種は、鳴子プロジェクトと同様、コシヒカリ神話の横行の陰で各地の農業試験場に眠っている優良品種の中から選んで、それに勝手に「早稲田の米」というブランド名を付ける。

今時の学生、なかなか行動力がありますよ。農家の方で「ウチの田んぼ、貸してもいいよ」という方がいればご一報下さい。

農業は全く門外漢の一般ビジネスマンの私見ですが・・・、
1. 田舎の米屋さん | 2009年07月17日 15:30の仰られる処、即ち、引用【まず、消費者に不信感をもたれない、生産・流通の制度とその透明化を作るべき】の視点が重要であることを含めて、賛同いたします。
この視点を裏から読めば、「過去の政策群が消費者を蔑にしてその不信感に配慮することもなく決定され実施されてきた歴史を、またそれらの政策群が固く閉じられたメンバー(=永田町や霞が関の住人を含めて、一般的に「既得権者」と表現される者達)だけの間で、狭く浅く短い視野から、利益を誘導する目的の下で、コソコソと政策も制度も弄りまわして来た歴史を、否定するべきだ」と私には読めます。

2. このTheJournalの何処かで以前書き込んだことと類似する内容になって恐縮ですが・・、私は日本農業の中心に「ビジネスの感覚と手法」を導入することが最も有効な解決策となるのではないかと考えています。
ECOの推進が世界的に大きな課題となっている現状では、国家国民にとっての農業の重要性は益々大きくなっているとの認識から考えると・・・、
1) 国家国民が、現在の様に個々別々で然も高齢者が多数を占める「家族」を事業単位とする弱体な経営形態に大きく依存すること自体に、問題解決を阻む主要素があるのだろうと観えます。
2) 上記の脈絡で言えば、これらの小さな事業単位を取り纏める「賢明なNetwork」を造るべき農協などの旧来組織が、全くその役割を果たして来なかったことも、厳しく指弾されるべきであるが、これは未来志向の発想ではないので、本筋に戻って・・・、

3) 多くの株主に支えられた会社形態にすれば、経営の透明性は保たれる(=会社も民主主義と同様に制度である以上、自力だけでは「完全」では有り得ず、 然るべき「監視」も努力も必須です。)、技術の伝承は確保される、合理的な労働条件を通じて若い働き手の参加を得られる、資金も集め易くなる、会社としての合理的な経営管理が生産性を高める、日本農業の市場に海外市場を捉え易くなる・・、などが「期待」出来るのではないか。
4) 既に一部にビジネスとしての動きが例外的にあるとは承知していますが、此処での私の趣旨は、その「例外」と「主流」を逆転させることにポイントを置いています。そのためには、「農業政策の基本を取り換える必要がある」ことも・・。

5) 反面では、農業にビジネス感覚を持ち込むことのリスクは、会社経営の理念が、安易に利益至上主義や金銭崇拝主義に陥ることでしょうか。農業に「偽装問題」などのイカガワシイ所業が入り込むことは厳しく避けなければならない。上述の「監視」に牽制効果を期待する部分です。

3. 以上は「ビジネスの原則論」です。
各論的には、全国の農業に「21世紀に見合った価値」を追い求める志と覚悟ある勇者は、夫々がハチドリ(鳴子)として、夫々のハチドリ(鳴子)流を創り出して行かれることを念願しています。

この件も簡単には割り切れない複雑な問題ですね。

*米を自由化していないせいでミニマムアクセスとして入ってくる米が汚染米となっている。
*米の問題が貿易交渉の場で輸出企業の足を引っ張る事もある。
*WTOは価格維持政策は認めていないが、直接給付は認めている。
*途上国支援の観点からすると、ODAよりも、産品を輸入してあげる方が実効的な自立支援となる。
*水利と環境保護の観点から水田が果たす役割は大きい。
*食糧安全保障は心配不要。イラクや北朝鮮であっても、政府が拒否しない限りは国際社会が飢え死にさせない。それでも心配なら、農家戸数ではなく耕地を維持すればよい。
*圧力団体である農協の信用と共済は、「評価と運用のノウハウが未熟」という日本の金融に共通する問題を抱えている。しかし、郵政民営化により、農村では貴重な存在になりつつあるのかも知れない。
*減反をやめるだけでは大規模化、集約化は進まない。農地法による規制も緩和されているとはいえ、充分ではない。
*民主党の「減反見直し」は方向としては正しいと思うが、一方で、「専業と兼業の区別がない給付には問題がある」という石破大臣の指摘も正しい。結局、兼業農家をどうするかが問題になる。

とはいえ、自民党としては現状維持という結論になったようですが。

田舎の米屋様
宮城県の田舎者マコトと申します。田舎の米屋さんのような正直な店が普通の米屋さんであるのは百も承知ですが、そうでない店も知る限り過去に1店だけありましたので後述します。農協に出荷する米と自宅用(自飯米)を区別して刈り取っている農家は沢山ありますよ。米の品種や作付けの田圃は同じでも自飯米は強制乾燥じゃなくて昔ながらの杭掛け天日干しが多いです。それと水稲の命は水(用水)も大事でem5467-2こと恵美様が食べたササニシキは県北の米だったのではないのかな。極端な例として、高くても売れる米は自主流閏米として、同じ方式では売れない、それなりの地域の米は自動的に農協にまわります。もちろん全部が全部ではありませんが美味しい水の地域と、それなりの川から揚水の地域の米が一律に宮城産として扱われるのは抵抗があります。実情を知る由がありませんが、お米屋さんで売る米は農協経由になるのが多いのでは。後述部分→クズ混入玄米をヤクザ紛いの闇米専門業者経由で30kg??円で買って精米し比較的見栄えの良い米とクズ米を分別しクズ米は醸造業者に売って良いところは飯米用に売っていた米屋さん知ってます。私見ですがブレンドしたら判らないかも。まともに出来ていれば普通の米ですから食用には問題は無いのです。でも、かなりの儲けになっていたはず。クズ米は飼料または廃棄米なので闇業者の仕入れ値はただ同然たったようです。その闇米業者が引っ越したので今はどうなってるか解りませんが、その米屋さんは現在も商いしています。これは16年も前だから時効でしょうね。結城登美雄先生は尊敬できるお方です。同じく高野様が仰っていた鳴子米は基本的に鳴子温泉の全ての旅館ホテルで客用に提供されます。米の値段も高く買い上げ、農協出荷より大たい5割増。値段のリスクは旅館ホテルで引き受けますが、地元の美味しい米、安全な米が売りになります。話題性もあり集客効果にも繋がります。一番良いことは農家の収入増で耕作放棄地が減少傾向。他の温泉地にもあるようですが地産地消の一つのモデルです。新米は何処産でも美味しいですが美味しさにも度合があるのは事実です。私は15年前まで、有償借地田圃で自飯米だけ作っていたのですが田植えから稲刈りまで殆ど全部依託で買うより経費が嵩み止めました。上述の通り米の流通には少なからず不信感があります。今は県北の信頼できる農家から直買いの「ひとめぼれ」を朝だけ食しています。

論旨からずれますが、

僕の母校(小学校)では学校行事として、稲作を行っています。学校だけでは当然対応できないので、近隣地域のみなさんが様々なサポートをしてくれています。水田の提供や維持管理。児童が体験するのは主に「田植え」「稲刈り」でそれ以外は農家や地域のみなさんが自分の水田の世話ついでにやってくれています。

派生行事として、餅つき大会(自分が関わった米と思うと格別の味です)、どんど焼き、わらをつかった草履づくりなどを行っています。これらも地域のみなさんの協力があります。

母校の思い出は何ですか?という卒業生に対するアンケートを行ったところ、「田植え」がけっこう上位に入っています。まあ、稲を植えたことよりも全身パンツまで泥んこになったことが印象深いのでしょうけど(笑)。自分の子供にも是非体験させたいと皆口をそろえて言っています。

これは児童の体験教育として捉えると秀逸です。自分が毎日食べているお米がどのように作られるのか身をもって理解できますし、農業を真剣に考えるきっかけになるかもしれません。

最近、考えるようになったのは、教育を学校だけに任せずに地域が一体となって行うという観点からも素晴らしいこと、そして、鳩山代表の言う「他人の幸せを自分の幸せに感じる」とはこういうことではないか、ということです。顔の見えない相手に対する米づくりではなく、子供の笑顔を創造できる。子供を育てながら、自分も救われる、仕事のモチベーションとすることができる。

こうした体験が全くないと農政を語っても「机上の」空論となりがちですが、少しでも体験があることで、「机上だけの」空論にはならないなあと思いました。具体的に言うと、体験がないと農政は農政だけの問題と捉えて考えてしまいますが、体験があることで地域一体の教育やボランティア、生きがいにまで考えが及ぶようになります。

今の世の中、体験なき者が机上の空論だけで様々な社会システムを構築し、人のこころを無視、軽視しすぎているのかなあと感じています。体験無き者は語るな、ということではなく、もっと現場や経験者の意見が政策に反映させられる世の中になればなあ。それには地方主権か・・・。話がずれてきました。

都会の学校では難しいですが(僕の母校は田舎ではない(笑))、できるだけ多くの児童に農業体験させてあげたいなあと思いました。それが時間がかかるにせよ、農業問題の根本的な解決方法のような気がします。

世界のために米をつくり、食の未来を他国にゆだねず
と、私は主張したい。

昨年の穀物高騰は、近年にない最低水準になった世界的な穀物在庫に起因し、世界的には食料は不足しつつある。

食料危機は、静かに進行しつつあり、今後、世界の貧困と飢餓が一層深刻化することは目に見えている。

いつまでも、自国の経済事情だけで、その持てる生産能力を抑えながら、食料を輸入に頼ることは、貧困にあえぐ世界の人々から食料を奪うことに等しく、世界の飢餓をさらに深刻化させることにはならないか。

世界の耕地面積は、気象変動や過度な灌漑によって限界に直面し、減少にさえ転じつつある。反収もハイブリッドや遺伝子組み換え作物を導入しても必要とされる水の量に制約され、これ以上増える見込みはない。

食糧自給率を高め、他国の食料を奪わないためにも、米はつくるべきなのである。農家の所得は、生産調整による価格維持政策ではなく、直接的に所得保障を行い、不作による飯米不足に備え、計画的に飼料用米として作付けし、需給のバランスを取れば良い。

また、我が国は、食料輸入のほとんどをアメリカに頼っているが、化石水による灌漑に大きく頼るなどその持続可能性には大いに疑問がある。バイオエタノール需要によって、トウモロコシにも連作障害が発生している。トウモロコシの作付けが9割近くに達する遺伝子組み換え作物の安全性にも大いに疑問がある。

我が国畜産は、アメリカからの輸入穀物に大きく依存している。畜産飼料の半分ほど配合されるトウモロコシに至っては、アメリカからの輸入は、97%。アメリカの農業の行方によっては、肉も卵も食べられなくなる。飼料用米の作付け拡大で、そうした事態に備えるべきだ。

平成の米騒動や、昨年の穀物価格高騰で、他国への過度な食料依存は、我が国の脆弱な食料事情を露呈させたが、近視眼的な経済原理だけで、国の将来を見誤ってはいけない。安全保障としても食料問題をとらえるべきである。

書き忘れました。
『「コメの生産量が増えて米価が下がれば、需要を上向かせる機会となろう」などと、いまどき中学生でも信じないような素朴な「経済理論」をふりかざす朝日もひどいが』
とのことですが、別に朝日の肩を持つわけではありませんが、主食である米は、小麦との価格競争関係にあります。

穀物価格高騰によって小麦価格が大幅に上がり、パンや麺類が値上げになってことで、米の需要が上向いたことは、記憶に新しいことです。

中学生には分かりにくいと思いますが、一応押さえておいてほしいところです。

30年間3ha程の田でコメを作ってきた。皆と同様の普通のコメ作りである。無農薬や有機栽培は、地域でともにコメを作っている皆に迷惑になる可能性が高くできなかったしやる気もなかった。もちろん高い農薬を減らす努力は皆でやっていた。朝5時から夜10時まで働く兼業である。親からの支援を全く受けず、10年間の学生も兼業したし、兼業でなければコメは作れなかった。兼業だから楽しくもあった。しかしながら十数年前コメ作りを経済的理由から止めざるを得なかった。その後あろうことか農業開発コンサルタントとして世界中を駆け回ってきた。この日本の落ちこぼれが農業指導である?
今は某国で小規模農家に対する収入創出プロジェクトにかかわっている。
どこの国も貧困対策だの小農支援だのと騙りながら、統治権力は本当は小農の自立など望んでいないことがこうも容易く透けて見えていいのだろうかと、空疎な今日日である。
何より農民がポリティックパワーをいかに獲得するかを伝授したいと策略を練っている。
 ところで、日本は長年コメは政府管理のもとで農民が自由に作り販売するなどできなかったわけである。新潟で減反政策に反して作付された水田に機動隊が入り稲を引き抜く映像が放映され、それを見てまだ若かった僕にはあまりに衝撃的な映像であり、臓腑を絞られような痛みを感じたことを今でも忘れることはできない。
 基盤整備事業も費用は農家も負担しなければならないのに、価格形成には全く関われず、官・業間の癒着ゆえの極めて高いコストの事業であったことは証明されている。今でもその借金を払い続けている。
 毎年のようにころころ変わる農業白書のキーワード、「トレンド農政」を弄んできた行政である。
さらには、「やる気のある農業者、意欲のある農業者支援」とか言い出す始末であった。あまりにも愚弄にした言い方である。「何をもって意欲や、やる気といった人格を峻別するんだ」とある農業関係学会で憤慨した記憶がある。
皆生きるために、生活するために生業についている。それだけでいい。
「やる気と意欲」を問われるべきは誰なのか自明であろう。
 日本は世界で最もコメ作りに適した国の一つである。過酷な大地アフリカでのコメ作りは至難である。日本でコメを作ることはコストを大事にするということである。このコメを世界のために使えるかは、まさに資本主義、市場原理の次の経済、社会構造がいかにあるべきかにかかっており、私の、そして貴方の覚悟にもかかっているんだろう。
「豊かなアウタルキーと地域社会の包摂力回復」は可能かと日々熱中症になりそうな中でもんもんとしている。 
 もう一点、日本の高齢者農業はいいではないか、しょうがないではないか。じじばばが楽しく田畑で汗を流して食っていければ、黙っていても後継者とかはできてくる。後継者問題は、現農業者問題である。それにはスイスかどっかの国のように安いコメや食い物等と言わず“それなりの価格”でということではないのか。なんでも「甘くてやわらかい」が美味しい日本人の味覚はマヒしてしまった。苦い黄瓜、かたいホウレンソウの旨さを知らない。まあ腹を減らしてから食うことかもね。

長くなり申し訳ない。

僕は減反を廃止すべきだと思います。
何を作るかは農家に任せるべきで、減反をやめて米価が下がれば、国際競争力が上がり、米をもっと輸出できるようになり、食料自給率も上がると思います。
ミニマムアクセスの輸入と減反は食料自給率が低い原因だと思いますので。
農家の所得低下は、民主党のいう農家戸別所得補償をやればいい話ですし、農協による中間搾取がなくなれば、だいぶよくなると思うのですが。
この問題は、農協の存在意義や貿易自由化とも関わってくるので、総合的議論が必要かと思います。
僕は、現在のような農協ならば、寄生地主となんら変わりなく、必要ないと思います。

甲斐様
初めまして。
わたくしは、農業門外漢ですから、とんでもない事を言わせて頂きます。どうせ利害やしがらみでがんじがらめの現在、農政改革はすぐに出来ないのですから、いっそ、既成概念を外したらどうでしょう。大きなプロジェクトを立てるにはまず、現状の把握が必要と思います。農業は米だけでは有りません。農作物のバランスは日本ではどうなっているのでしょうか?現在、米あまりと聞いていますから、日本人の主食としての米離れも有るのではないでしょうか。現在の日本人の主食の小麦対米の比率をまず知った方が良いのではないでしようか。そのうえで、どのくらい国内で消費し、ブランドとして国外に売るのか、備蓄するのか、また、小麦をどのくらい輸入するのか、自国で作るのか、そういう戦略があっても良いと思うのですが。また、日本全体を見て、どの地域がどういった作物に適しているのかをはっきりさせて、地域の作物を特化させます。温暖化も有り、現在では耕作作物が北に移動していると聞きます。そういう意味で、生物学上、毎年のデーターを蓄積する事も必要に思います。また、現在の農地や耕作地の分布(日本は農地の売買関して、規制は有っても、有名無実化し、有良農地に家屋を建てたりしていませんか)もはっきりさせるべきです。農協はないものと考え、流通経路を抜本的に変えます。また、専業、兼業農家の現在の実態を精査します。どうせ現状を維持したまま利害を調整したり、小手先を変えても、農政改革など出来ようはずはないのではないでしょうか。地方分権にするなら、農業で経済を立ててゆく県が有っても良い訳だし、もっとダイナミックに考えた方が夢が有ります。農業を、農作物を作った人が、消費者の口に入るとき、「美味しい」と言ってもらえるような姿にしてあげなければ、苦労して従事する人たちが気の毒です。またこれで生活できなければ、産業として意味をなしません。日本は南から北まで違う気候の土地があります。そういう面白みを生かして生産量は多くなくても品質のよいものを少しでも輸出するという方法では、戦えないのでしょうか。大規模集約などというどっかの借り物のような制度や、今の制度を維持するなどという、せせこましい考えはすてて、マクロ的に農業を考える事も面白いと思っています。

peacebuilder様
ご投稿ありがとうございました。貴方のように農業の現場の中で、真剣に考えながら生きてこられた方のご意見こそが農業政策に反映されるべきと思いつつ、おしゃっておられることの全てに納得がいきます。私は近所の地主さんのご好意で家庭菜園をやってきましたが、本当に人の口に入るもの、しかも形もよく虫に食われていないものをつくることがいかに大変であることは身にしみて感じております。農業に必要な豊富な水と気候条件にも恵まれた日本です。政策のよろしきを得れば日本は食糧大国にもなれるはずだと私は思います。
 さらに言えば、我々が食料とする植物や動物は全て生物です。これら生きているもの直接接する機会が少なくなった都市生活者は命の大切さへの実感が希薄になってしまうのではないでしょうか?
 政権交代によって、小沢さんのかかげる日本一新によって、生活者の為の政策が行われることを期待してやみません。

peacebuilderさん | 2009年07月18日 11:01

1.国際的な舞台に立って活躍されているpeacebuilderさんの農業現場からの的確で硬派なご投稿にエールを贈ります。当然に厳しさが同居しているであろうことは承知しつつも、私のPenNameが示すとおり、私には個人的な「理想的環境」におられることにもエール!!(笑)。 今後ともにご健勝でご活躍されんことを祈ります。

2.それにしても、甲斐さんやpeacebuilderさんのような高い見識のある農業者の皆さんの主張を蔑にしてきた「罪深きもの」(=日本国の農業政策)の永い歴史に対する慙愧に想いを致せば、我々が期待する民主党の議員達には、肝を据えて「知識も知恵も識見を鍛える」覚悟と、的確適切な政策の立案と早急なる実施を、強く要求することになる。

3.話が一転して農業から離れて恐縮ですが・・・、末尾引用【なんでも「甘くてやわらかい」が美味しい日本人の味覚はマヒしてしまった。】には同感して、思わず笑いが出てしまいました。
どのTVのグルメ番組でも、どのレポーターもが、上等で高価な霜降り肉(イメージ的には、5千円以上/100g)を口に入れて発する言葉が一様に、「柔らかい!!」。
私がその度に密かに発する悪口「当り前だろうが! 馬鹿!」は兎も角として、「優れた味覚」を失ってしまったことや、何に対しても「可愛い」としか表現できない日本語の表現力を含めて、「日本人の優れた感性」が、危機にあって、悲鳴を挙げ、助けを求めていると感じています。

4.更には、そのような低い感性や表現能力しか持たない者達が棲むTV業界(偏りを強めている報道姿勢を含む)が、相対的に「カネ回りが良い」状態が続いていることにも問題意識は移ってゆきます。私にとって、「カネ回りが良い」とは「社会的な存在意義を高く評価されている」状態(勿論例外はある)と同義であることが、「公正な社会」の重要な要件を成している故に。この要件が満たされなければ、「下品な成金達」を量産する社会になる・・。

 米の味の件ですが、作る場所が少し違えば同じ品種でも全く違います。果物で日当たりが良かったところとそうでない日陰の部分同じ一つの果実でもはっきり違いが判ります。それと同じで、精米の日にちが違っただけで味は違います。
 米の場合、味等の平均を採った地域ごとの銘柄また売れ行きの人気を背景にした価格体系になっていると思います。
 1つは食料自給率の問題になると思いますが、食料生産、カロリー、のほか農薬、肥料、飼料等総合的な判断が求められますが無駄になっている食料の割合まで考慮する必要があるのではと思います。例えば、いざと言うときには松坂神戸牛の霜降り牛肉も不必要になるし、残飯となって廃棄される食料の量も考慮する必要があるでしょう。
 2つ目として農業と国土保全の問題です。特に棚田を含む水田は水、耕作地の有効活用の面で大きな貢献を果たしました。
 消費者は安くて安全を求めます。現状では安全は確保できる要素はありますが安さは全く確保できません。そこで生産農家の所得保障政策にいたるわけです。この思想は私は支持していますが実行にいたる際の線引き次第でしょうし、負担に多くの国民が納得し、負担を負うことをいとわないだけの決意と政治の説明が行われるかにかかっています。

団塊世代さん
無国籍人さん
 コメントありがとうございます。
 貴重な紙面をお借りして、もう少し述べさせてください。
1.米の話
2.日本の役割(米から離れますが)
3.話言葉力について
4.地域化の時代

 もうすぐ60歳ということもあり、海外生活が長くなることから日本語のリハビリも含めて、ということでご容赦ください。
 逸見庸さんの「想像力の射程」を借りれば、それが「短くなった、狭くなった」と自覚した時にはこの生業からの撤退を考えています。その際は、許されれば日本でもう一度友人に耕作を頼んである田を耕す百姓に戻りたいという願望を持っているところです。
1.さて数値の戯れになるかもしれませんが、現在日本の水田減反面積は凡そ100万ha(この中には転作され他の作物が作付されている水田も含む)と言われています。仮にですが、この田全てでコメを作ったとすると、600万トン程のコメを生産できる潜在力を有しているということであり、これは一人年間150kg(たらふく食べてもらうと推定、日本の現状は60kg程度でしょうか)を主食として消費するとした場合、さらに4,000万人分の主食となる米を生産できるという推定になります。
 僕は日本がいかにコメ作りに適した恵まれた国であるかということを、しつこいようですが伝えたいと思い数値に戯れたところです。G8やらではアフリカ等での食糧不足問題が話題になったようですが?
2.すいません米から少し離れます。
 話は中東、ペルシャになります。2005年から07年末までパキスタンのアフガニスタン国境に近い北西辺境州スワートでやはり貧困農民支援(究極のテロリスト対策かもしれません)に携わっておりましたが、治安悪化により唯一の外国人(県の担当者によれば)として滞在して皆さんに大事にしていただきながら踏ん張っておりましたが、徐々に治安が悪化し、事務所近くでの警察に対する自爆攻撃を受け、荷物も残したまま撤退となりました。国境を挟んだ直線距離約150km程のところで活動していたペシャワール会の伊藤君の事故の半年前でした。
 ご存じのようにこの地域は現在200万人ともいわれる人たちが難民として南部に非難している状況下にあります。知り合いも多くいるだろうと心配しています。 ところでこのスワート地域はフンザ地方と並ぶ大果樹地帯でありフンザ同様「桃源郷」と称され、7,000m級のヒンドゥークシ山脈の懐にある、世界的な観光地でもありました。2006年6月頃まではシルクロード上の仏教遺跡やガンダーラ文明の痕跡を訪ねる日本からの観光客の姿もありました。一方、パキスタンの中でも最も保守的なスンニー派イスラム教の皆さんが住んでいる地域であり、本家タリバン運動(神学生等学生という意味のタリバンと言っても様々ですが)の支持者が多数を占める地域です。しかし、この地域は当時までパキスタンの中でも最も安全な地域と言われ、世界中から多くの旅人を大事に向かい入れてきた所でもあります。このギャップをどう皆さんに説明するかという点は別の機会にさせていただきます。
 当時50半ばを過ぎた僕は、長老扱いということで(長老は早いだろうと思っていましたが)本当に大事にしていただきました。安全対策にも神経を使いましたが、根拠不明ですが、日本に対する「美しい誤解」と言われるものかもしれません“おまえは大丈夫、日本人だから大丈夫”と断言する皆さんの招待に応え、村々を周りながらお茶をご馳走になっていました。
 話が飛躍し過ぎないうちに、本題「アフガニスタン、パキスタンで日本は何をすべきか?」の僕の答えは「タフで戦略的な仲介者」というものです。99年のヨルダン滞在時もよく言われました「日本が中東の仲介者になるべき」と。今その資格があるかは疑問でありますが、アフガン、パキスタンではギリギリのところでまだその可能性は残っていると考えています。世界の紛争で“手打ち”をすべき仲介者が不足してきたのではないでしょうか?この地域においては国連でもありません、日本として宣言すべきです「軍事から離れ日本は仲介者になる」と。腐敗が進む統治機構や様ざまなタリバン、軍閥を相手にすることであり、インド洋のガソリンスタンド経営より、きれいごとではいかない危険で命がけのタフな役割です。
 そして、農民が食えるようになることを支援する・・・でしょうか? 僕の経験からはこれくらいしか想像力を延ばすことはできないようです。

 スワートには必ず戻ると約束している。約束を果たしたいとも思っている。

 申し訳ございません長くなりすぎました。3.4についてはまたの機会に述べさせていただければと勝手ですが考えております。
 僕のいる所は平年であれば強烈な日差しで全てが溶けてしまいそうな乾期に入るはずが、雨が続き困っている皆さんもおります。少雨も困りますが、多雨でもこれまた困るわけで、農業はしんどいな!  と他人事のように、これから状況を見に行きます。

peacebuilderさん | 2009年07月20日 01:36

私の前回投稿【当然に厳しさが同居しているであろうことは承知しつつも】は、命のレベルの厳しさまでは含んでいませんでした。
私の「想像力の射程」が狭く短いというよりは(笑)、peacebuilderさんの人生を賭けたご選択が並外れている感動的なものということです。
再度、【今後ともにご健勝でご活躍されんことを祈ります!!】

最近自然栽培のお米を時々頂いてるのですが、これがとってもおいしくておいしくて、白むすびにして止まらなくなります。また、有機の国内産麦もぷるぷるしてとてもおいしく感動してます。でも無農薬や自然栽培はとても大変なのでしょうから、なかなか普通は作れないかもしれないですね。。作ってくださった方に感謝です。
そして、そんな中思うのは、日本の主食をお米だけに特化しなくてもいいのではないかな?ということです。田んぼはメタンなどや温暖化に影響すると聞いたことがありますし、例えば麦や雑穀をもっとお米の代わりになるくらい作ることは出来ないのかと言うことです。雑穀などは小さいし扱いなど大変そうですけど、、、普通のスーパーで売られてる雑穀は大体が輸入ものだと思うので、簡単に国産が手に入れば、きっともっとおいしいし利用の幅も広がると思うのですが、なかなか難しいのでしょうか。

余談ですが「うかたま」を時々購入しています。いつもいいものが紹介されていて楽しいです。また「らっきょう三昧」ではらっきょうの漬ける以外のおいしさに目覚め、一時期鼻血が出るんじゃないか^^;と思うほど食べまくってました...

乱文と減反に直接関係ないコメントで失礼しました。。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

BookMarks

Apple Store(Japan)

Apple Store(Japan)

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.