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2008年11月18日

食と労働のダンピング──ギョーザ事件・MA米事件の底流

 全国の農山村を歩いているうち、都市から農山村に移り住む、あるいは都市と農山村を足しげく行き来する若者たちが増えていることに気づいたのは2005年のことだった。年齢を聞くと、その多くが32歳前後(当時)。これをひそかに「32歳ライン」と名づけ、なぜそうなのかを調べてみた。そして慄然とした。「就職氷河期」という言葉がはじめて世に登場したのが94年。そして日経連(現経団連)が「新時代の『日本的経営』」「雇用ポートフォリオ」を発表したのが95年。不況で採用数が激減したばかりでなく、派遣・契約・パートなど、今日問題となっている非正規雇用が急増しはじめた年だった。そのころ大学を卒業した若者たちの一部が、彼らを出し入れ可能で安価なパーツ労働力としか扱わない企業社会にではなく、農山村に希望を見出していた。私は大マスコミが「格差社会」「ロストジェネレーション」を騒ぐ前に、農山村に向かった若者たちから、都市に残った彼らと同世代の若者の窮状を教えられ、05年8月、『若者はなぜ、農山村に向かうのか』を発行した。

 さて、この「90年代なかば」という時代は、いま起きているさまざまな問題の起点となっているようだ。たとえば1月のギョーザ事件。日本冷凍食品協会のデータによると、75年ころから伸びてきた業務用生産量は97年をピークに以降暫減傾向となっており、かわってこのころから家庭用生産が伸びている。それと同時期に伸びてきたのが事件のギョーザのような「調理冷凍食品」で、その主要な生産国が中国だ。

 農山村に向かった若者のひとりであり、有機農園も併設する熊本の病院で管理栄養士として働く女性(35歳)から、こんなメールが届いた。
「95年、私は大学1年で、スーパーでアルバイトをしていました。当時、冷凍食品というと、お弁当の定番のおかずの座をすでに獲得していましたが、お惣菜まで冷凍食品を使うという感覚はあまりなかったように思います。冷凍食品が飛躍的に売れるようになったのは、ドラッグストアが薬屋ではなく、『食品を扱っていて、かたわらで薬も売る』という形態になり、毎日『4割引』で売られるようになってからではないかと思います」

 千葉県市川市の一家5人が食べた事件の「CO・OP手作り餃子」は40個入り298円で、1個当たりわずか7円45銭。家庭で手づくりして食べる場合の原材料費すら下回る。事件直後の1月31日、毎日新聞は「中国製ギョーザ 天洋食品、労働争議で不評 工場周辺緊張」としてつぎのように報じた。
「昨夏から工場を出産休暇中の20歳代の女性は『農民工に月1000元(約1万5000円)程度の薄給で長時間労働を課す一方、幹部たちには多額のボーナスが年末に支払われていると聞いており、工場に戻るつもりはない』と憤った」

 そして、9月に発覚したミニマム・アクセス米(MA米)事故米の不正転売事件。学校給食や保育所、老人施設など、広がりは計り知れないが、そもそもMA米輸入がはじまったのがまさしく95年。同年には食管法も廃止され、農水省は「MA米は主食用には回さないので、国内産米の価格には影響しない」と言い続けてきたが、それまで60kg2万1000円前後だった農家手取り価格は下落に下落を続け、1万円を切るところまで現れた。1個7円45銭のギョーザにならえば、茶碗一杯のごはん(米60g)が10円もしないのである。

 それでもまだ、「日本の米は高い」と言い募る人びとがいる。その代表格で、この間の新自由主義的「構造改革」路線を推進してきた経済財政諮問会議のEPA・農業ワーキンググループ主査・浦田秀次郎氏(早稲田大学教授)は、つぎのように述べる。
「最近、所得格差の問題が非常に注目を浴びている。所得が少ない、ワーキングプア、そういう人たちの存在もニュース等で取り上げられている。そういう意味で食料品はベーシックなニーズである。多くの人にとってみれば食料品に対する支出、つまりエンゲル係数はかなり低いのかもしれないが、所得格差の問題を考えると、食料品の価格が下がればそれでメリットを受ける人はかなり多いと思う」

 彼らは所得格差、ワーキングプア問題をどう解決するのかではなく、問題の存在はそのままに、ただ「食料品の価格が下がればメリットを受けられる」と言う。労働のダンピングを、食のダンピングでカバーしようというのである。その結果がギョーザ事件であり、MA米事件であるにもかかわらず……。

 地域の米を、農を、もはや国の農政や市場原理にはゆだねられないと始まった宮城県大崎市の「鳴子の米プロジェクト」。食べ手は60㎏2万4000円で地域の米を買い、つくり手には1万8000円が支払われる。わずか3軒の農家、30アールの田んぼで始まったこの試みは、今年35軒、10ヘクタールにまで広がった。その支え手として、仙台や東京から「農山村に向かう若者たち」が、田植えに、イネ刈りに、米の出荷に加わる。そこには食と労働と、そして地域の再生という希望がある。

Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

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