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パトリアのための食の祭典、地産地消、食育、弁当の日

2月はどういうわけか、「食の旅」の連続でした。

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2月11日(日)は、千葉県鴨川市での「かもがわ食の祭典」と「食文化フォーラム」へ。会場は鴨川駅から車で15分ほどのところにある城西大学観光学部キャンパス。同キャンパスは、「太平洋デッキ」からの眺望が「ちば眺望百景」に選ばれたほどの見晴らしのよい高台にあります。会場に到着すると鴨川市と同大学共催の鴨川朝市の第1回目も開催中。山にも海にも恵まれた鴨川だけあって、魅力的な山の幸、海の幸がズラリ! 1杯2000円のタカアシガニ、同じく2000円のヒラメなど、クーラー持参でなかったことが悔やまれました。

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なかには、すでに完売の店も。イワシを加工した「ひしこ押し寿司」「海の餃子」の店でしたが、人気急上昇中だとか。開発した金高さんはふしぎな人で、本業はビルメンテナンス会社の社長さん。

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ほかにもデザイナー兼天然酵母パン屋さんの宮下さん夫妻、本業は民宿経営なのに黒米そば、黒米うどんを製造・販売している長谷川さんは、「これちゃんと原価計算したら100g3000円なんだけど……」と、海洋深層水を使った「鴨川の塩」を、300円で売っていました(鴨川には独特の職業観というか商売観があるようで、帰りに立ち寄った石田三示さんの事務所の前の駐車場では、軽トラに乗っけるような冷蔵庫ひとつと椅子、まな板を置く台だけで「魚屋」をやっているおやじさんがいました。「こんなところで」と思ったのですが、事務所スタッフによると、あれでなかなかの売れ行きとのこと。市役所づとめを辞めて魚屋に転身したのだそうです)。

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「かもがわ食の祭典」は千葉県の委託で、地域の食育ボランティアとともに食育活動をすすめる事業。石田さんが理事長をつとめるNPO大山千枚田保存会が事業申請し、採択されたもの。昨年12月には、「食の地元学」である「食の文化祭」の提唱者・結城登美雄さんを宮城県から招いてお母さんたち100人以上で勉強会を開催するなど準備万端!

開会を宣言する石田さん
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出品数は100品とほかの地域にくらべて少ないものの、それだけ1品1品と、それに添えられた料理シートにじっくり目を通すことができました。料理そのものもさることながら、このシートに書かれたメッセージが味わい深いのです。

野菜ずし
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鴨川名物太巻き寿司
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「食の文化祭」の本家本元、宮城県宮崎町(現加美町)では「78歳 家族数1人」の女性が出品した「天然ホンシメジ炊き込みご飯」に、「秋、キノコの季節につくるわが家いちばんのごちそうです」と、書かれていました。ひとり暮らしのおばあちゃんが「わが家いちばんのごちそう」って、なんか、いいですよね。鹿児島県霧島町(現霧島市)では、「高菜のおにぎり」に、「『やすこー、きよみー、さとるー。母ちゃんたちゃ、畑、行ってくっでねー、おやつは『高菜んにぎぃめし』があっでねー』――高菜のおにぎりをつくるたびに、今は亡き母の声が聞こえてきます」とありました。こんなメッセージに思わず目頭が熱くなることもあります。

今回もこんなメッセージがありました。

「酢の物は体に良いし、食材は畑にあるし、昔から親達から伝えられているものです。ので」(大根なます)
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「普通はさんが焼きというと、アジを使ったものが一般的ですが、漁師町ではいろいろな種類の魚が食卓にのぼります。イナダはおさしみで食べるのが一番おいしいとは思いますが、一度にたくさん頂戴しますと、おさしみだけでは食べきれず、冷凍保存しております。お魚がない時に、解凍してさんがにしてみました」(イナダのさんが焼き)
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今回はノロウィルス騒動のおかげでお客さんは試食ができず残念でしたが、終了後はそれぞれ持ち寄った班ごとに分かれて食事会。「自己責任ならOK」ということでしたが、そのうち隣の班から「これどうぞ」「これいかが」の声とお皿が飛び交うようになり、いつもの「食の文化祭」同様の光景が広がりました。

昔から開けっぴろげで人が好いけれども根性の足りない房州人のことを「アバラ骨が一本足りない」と表現するそうですが、それはこんなに海山の幸にめぐまれ、自給自足ができて「お互い様」のおすそわけの生活文化がまだまだ息づいているからなのだと「食文化フォーラム」であるお母さんが発言していたのが印象的でした。

2月16日(金)には山口県の「周防大島地産地消シンポジウム」。わが「増刊現代農業」ライターにして、福岡県宗像市、大分県日田市(旧中津江村)に二地域居住し、「森の新聞社」を主宰する森千鶴子さんが基調講演するとのことで、押しかけ聴講。森さんは1999年に前述の宮城県宮崎町の「食の文化祭」に参加して以来、九州、山口、広島、島根などで数々の「食の文化祭」「家庭料理大集合」の伝道者として活躍中。その直前にも福岡県築上町では「町民漬物博覧会」、熊本県菊池市では「食の学校」の、翌17日には山口県長門市の「食の文化祭」のお手伝いという忙しさ。

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講演で森さんは「なぜ『食の文化祭』はコンクール、コンテストではないのか? それは20歳で嫁いだとして50歳なら3万回、70歳なら5万回、90歳なら7万回の家族のための食事をつくるそれぞれの生活文化に優劣はつけられないからです」と、そもそもの食の文化祭の提唱者、結城登美雄さんの言葉を引用しながら各地の盛り上がりを報告。

サツマイモ、もち米、砂糖を使った「かいもち」。上品な味わい
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ほぼ同じ材料、作り方の「ねったくり」(宮崎県高千穂町)
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焼きミカン、魚介、野菜の「みかん鍋」。どちらかというと「B級グルメ」
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パネルディスカッションで印象的だったのは、伊保田地区の農家で周防大島グリーン・ツーリズム実行委員の浜本陽子さんのつぎのような発言でした。

「伊保田に生まれたからといって、コンビニやファミレスの全国どこでも同じような食べものばかり食べていたら、その子のふるさとが伊保田だと言えるでしょうか? 家の畑で育ったものとか、おじいちゃんおばあちゃんがつくってくれたものを食べてはじめて伊保田がふるさとと言えるのでは。子どもたちへのふるさとづくりも“食”からなのではないでしょうか」

2月17日(土)は、福岡市の農文協九州地方事務所で『農業の教育力』(永田恵十郎著、1988年)をテキストにした勉強会。この際、新教育基本法の「愛国心」についても考えようということで、姜尚中さんの『愛国の作法』もサブテキストに。その中の「社会が『パーリア』的な存在に与える苦痛は、自らのリアリティとその存在意義そのものを疑わせ、自分の眼から見ても『実在している』と思えなくなるようにし向けること」という記述が、上の浜本さんの発言とも重なります。

その夜は、ちょうどFM福岡の収録のために福岡を訪れていたシンガーのYaeさんと、福岡の「農的暮らし」をすでにはじめた、あるいはこれからはじめようとしている若者たちを引き合わせるために「たべものや らうらう」へ。「はじめる自給 種まき大作戦」「土と平和の祭典」プロジェクトを九州でも、と思い、5、6人集まれば、と思っていたらなんと20名を超える集まりに。

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多くは「アグリプロジェクトin九州」(APIQ)の学生たちで、彼らのよき相談役である筑紫野市の有機農家、八尋幸隆さん・美智子さん夫妻にも参加していただきました。八尋さんは、元農業改良普及員だった宇根豊さん(現在「農と自然の研究所」代表)とともに、30年ほど前、いまや全国に広がる「減農薬稲作」をはじめた九州大学大学院出身の農家です(ちなみに合鴨水稲同時作の古野隆雄さんも九大大学院出身)。

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翌18日(日)には九州大学での「第2回食卓の向こう側セミナー――“弁当の日”実践報告会」に。「弁当の日」は、香川県綾南町の滝宮小学校校長の竹下和男さん(現在高松市立国分寺中学校校長)の提唱で2001年にはじまった、子どもたちが自分や友だちの、ときには親の弁当をつくる試みで、いわば「食の文化祭」の「子どものお弁当バージョン」。「地域に根ざした食育コンクール2003」では全国最優秀賞を受賞しています。

九州大学の学生版「弁当の日」のきっかけは、昨年10月に県内5大学の学生が集まって開いた「食育ワークショップ」で、「弁当の日」のことを西日本新聞に「食卓の向こう側」を連載中の佐藤弘編集委員に聞いたこと。彼らのブログ「お弁当の日」にはそのはじまりについてこう記しています。

――先日の食育ワークショップを受けて、大学生の私達でもできることとして「お弁当の日」を実行していくことに決めました。
みんなとても気合を入れて作ってきます。
味ももちろんだけど、見た目もきれい。
このまま食べたら、当たり前だけど全てなくなってしまう……。
それが惜しくて、ブログに残していくことにしました。
節約の為にお弁当を作るというのも大学生ならではですが、それだけではなく誰かの為に作ってみたり、みんなで一緒に外のベンチでお弁当を囲んでみたり、「お弁当」でたくさんの幸せが生まれたらいいな、と思います。

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 保育士、小中高教諭、家庭科教諭、大学家政科教員、学生、教育委員ら約100名が集まったこの日のセミナーで、とくに感銘を受けた発言をいくつかご紹介します。

「弁当の日の評価は点数ではできない。一人ひとりの生き方に優劣はつけられないから。評価は『おいしそうやな』『がんばったな』という言葉と、記録を残すこと」「弁当の日の実施までは、家庭科の教員であることにひがみ根性があった。家庭科の蔑視は家事そのものの蔑視だと思う。いまは『勉強よりこれができることの方が大事』と言ってくれるお母さんもいて、幸せ」(香川県・中学校家庭科教諭)

「以前は『荒れた学校』で夜11時までに帰ったことはなく、10人ほど遅刻常習の子どももいたが、弁当の日がはじまって、朝5時おきの子どもの顔がちがってきた。弁当の写真を撮るだけで喜ぶ子どもの顔を見て、先生も癒された」(北九州市・中学校家庭科教諭)

「いわゆるキツイ家の子はどうするのかと思っていたら、3回目にほんとうに卵焼きが上手になった。点数が上がっても子どもの成長を美しいとは思わないが、生活面の向上は美しいと思う」(福岡市・小学校教諭)

 そして、当日は別の講演会のために参加できなかった竹下和男さんから寄せられたメッセージの一節――「子どもが一人前になろうとするのは本能的な欲求だ。自分が家族にとって、社会にとって役に立つ存在であることを確認したがっている。これは、子どもにとって命がけの悲願だ」。

こうした発言と、姜尚中さんの「社会が『パーリア』的な存在に与える苦痛は、自らのリアリティとその存在意義そのものを疑わせ、自分の眼から見ても『実在している』と思えなくなるようにし向けること」、そして周防大島の浜本さんの「伊保田に生まれたからといって、コンビニやファミレスの全国どこでも同じような食べものばかり食べていたらその子のふるさとが伊保田だと言えるでしょうか?」を重ね合わせてみると、子どもたちにとって第一義的に大切なことは子どもの力を抽象化し、数量化して比較する「学力」ではなく、具体的で個性的なパトリアとしての「生きる力」であることがだんだんにわかってきました。「食育」とは、そういうことを言うのではないでしょうか?

宮城県宮崎町「食の博物館」2003冬編での高野孟さん、結城登美雄さん、浅野史郎宮城県知事(当時)の囲炉裏端鼎談(「増刊現代農業」2003年5月号『食の地方分権』にその模様が掲載されています)
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東京や遠く関西からかけつけた若者(そうでない方もいますが)と記念撮影
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各地の「食の文化祭」記録集
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Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

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