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「奇跡のむら」にインドネシア人がやってきた

 あの「安達太良山麓の奇跡のむら」の「堰上げ=イワナ獲り」の日からほぼ1カ月がすぎたころ、むらに6人のインドネシア人がやってきた。訪れたのは、インドネシア中部、スラウェシ島のマレナ集落、トンプ集落のリーダーをはじめ、弁護士やNGO職員、大学教授。招いたのは「自然資源管理(いりあい)と住民自治(よりあい)に関する共同調査・経験交流(まなびあい)」の活動を展開している研究者や国際協力活動家でつくる「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク」(略称あいあいネット――私はもっぱら「酔い酔いネット」)。

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 日本の農山漁村の入会権が危機にさらされた明治政府の「官民有区分」とちょうど同じころ、インドネシアでは、オランダ植民地政府が「国有地宣言」を出し、西欧型の排他的所有権が証明されない土地はすべて国有ということにされた。つまりあらゆる国土は国有か私有のどちらかしかないということである。
日本では、官民有区分に対する激しい抵抗によって、財産区、共有林など、政府の譲歩・妥協の産物ともいうべき制度が生まれ、実質的には入会慣行が認められて今日に至っているが、インドネシアでは、むら人が利用している山が突然、国立公園に指定されたり、開発計画で村人が追い出されるということがいまも起きている。

 マレナ集落もトンプ集落も、まわりの自然を生かす豊かな知恵とむらの慣習がいまも息づいている地域だが、現行の法制度では慣習的な森の利用は「所有」とは認められず、むらの領域のほとんどが国有林となっており、むら人は国の制度上は「不法」に耕作・居住している状況になっている。つまり、むら人がむらに住んでいることも、焼畑で山を利用することも、木こりの道具を山に持ち込むことも「違法」であり、実際、トンプ集落は1975年に一度家を焼かれて住民は強制移住させられている(その後、また住民は戻り、行政はそれを「黙認」している状態)。
 
 2003年に国際シンポジウムのために来日し、日本の農山漁村ではいまだ「イリアイ」が健在であることを知り、「トヨタ、ホンダ、サムライだけじゃなくて、イリアイをもっとインドネシアに伝えてほしい」と願う弁護士ヘダールさんと、「あいあいネット」との交流によって、今回の来日は実現した。

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 「団結の碑」の前で共有林組合のYさんとヘダールさん

 6月7日午後、到着した一行はまず「野の哲学者」Gさん宅を訪問。後藤さんはインドネシアの山村の暮らしぶりを聞いて、「そうなんだよなー。同じはずなんだよなー。行かなくても聞かなくても分かるもの。同じ山に生きていて、そうちがっていたらおかしいもの」とつぶやきながら、つぎのように「入会」を説明した。

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「経験的に言えば、東北では耕地の10倍くらいの面積の森林資源がないと人は暮らせないんだ。このむらではずっと100戸くらいが古くから住んでいて、たぶんそれは耕作以前の縄文時代からそうなんだろうと思う。『国』なんかできる前から『入会』はあったんだ」

「入会的共有とは人と人とのつながり、関係性を育むものなんだ。心のつながりを生み出すもの。それが現代的所有ばかりになると、すべてが変わってしまう。心と心のつながりがなくなってしまう。農村にとっての水路や森は、都市生活者にとっての公園とは意味合いが異なるんだ。みんなで維持管理することで、共同性が培われてきた。そしてそれによって、心のよりどころができてきた」

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 夜は公民館で「部落会」や「共有林組合」メンバーとの交流会。トンプ集落のまるで日本の盆踊りか神楽に似た歌と踊りのビデオを一緒に見た後、インドネシア側から「こういう歌や踊りを、いまでは若い人たちがやりたがらない。日本でも、そして入会の問題も一緒ではないか。入会をどのようにして次の世代につなげていくのか」という質問が出た。

 それに対する日本側の答えはこうだった。
「たとえば、堰上げ。年に一回、総出で用水路の掃除をして、維持管理していく。これは役所が決めたからではなく、自分たちが必要だから自分たちで決めてやっている。これはぜひ続けていきたい。入会についても、若い世代の中ではどの林が入会地なのか知らない人も出てきているが、誰かに頼るのではなく、むらに暮らす自分たちの力で何とか継承していきたい」

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マレナ集落の慣行的土地利用。里と里山、奥山という土地利用がひとつの景観をかたちづくっている。

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行政によるマレナの「保全林」「地域公社」「国立公園」の線引き。まるでアフリカの国境線のように不自然だ。

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Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

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