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2006年7月28日

鴨川自然王国・里山帰農塾へ!

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 8月11日(金)~13日(日)は、「里山帰農塾」。2002年7月31日に亡くなった藤本敏夫さんが残した鴨川自然王国で開催される帰農塾も、今年で4年目となりました。藤本さんと私は、生前、一度しかお目にかかっていません。「増刊現代農業」2002年8月号『青年帰農――若者たちの新しい生き方』掲載のために、入院先の虎ノ門病院でインタビューさせていただいたのが最初で最後の出会いとなりました。

 以下は高野さんの「i-NSIDER特別版 農と言える日本・通信No.58 2002-08-05 藤本敏夫の死を悼む」からの抜粋です。

――彼の絶筆は、『現代農業・増刊』8月号「青年帰農」特集(農文協刊)に掲載されていてこれが遺言です。「21世紀、日本人はすべからく"農的生活"を」と語り続け、中高年の「定年帰農」をもっと大きな社会的な流れにするために死の直前まで痛む体にむち打って人に会い会議を招集していた彼が、中高年だけでなく学生や大学を出たての若い人たちのあいだにも「青年帰農」の志向が広がってきたことを、どれほど喜んでこの雑誌のインタビューに応じたか。その彼の希望の確かさをこの稿から読みとって頂きたいと思います。

「よくなったら自然王国にぜひ、いらっしゃい」――虎ノ門病院でのお別れとき、藤本さんにかけていただいた言葉です。藤本さんは亡くなったけれど、自然王国は加藤登紀子さんが引き継ぎ、塾長・高野さんではじまった里山帰農塾の講師として、私の鴨川通いの日々がはじまりました。

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 今年の帰農塾は5月から11月までの5コース。2泊3日で、田植えや野菜の定植、収穫、小屋づくりといった実習のほかに、高野さんの「現代の潮流としての農的生活」、私の「全国の『地元』を訪ねて――新しい生き方の表現」などの「密度の濃い」座学もあります。

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 私にとっての楽しみは、年齢も性別も職業も異なる受講生に会えること。前回7月のコースでは最年少23歳、最年長73歳。なかに見たことのある顔が、と思ったら、前々回の受講生のうちリピーターがひとり、また「前回は受講生として、今回はスタッフとして参加」という女子学生もひとりいました。

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 もうひとつの楽しみは、王国金庫番でもある石井さん手づくりの料理。王国の庭から山々を見下ろして食べる食事の味わいは格別です。

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 石井さんに何かお礼を、と思って昨年から夏のコースの昼食に、私の郷里・宮崎の味である「冷や汁」をつくるようになりました。材料は味噌、豆腐、干物、キュウリ、ミョウガ、シソ(大葉)に氷、隠し味に千葉産落花生というアバウトな料理ですが、なんといっても最大の調味料は「暑さ」。自分で言うのもヘンですが、炎天下の農作業を終えた受講生のみなさんがひと口食べて「ウマイ!」と言ってもらえるのを楽しみに、せっせとすり鉢で落花生をすっています。

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 8月11~13日のコースはまだ定員に若干のゆとりがあるようです。ぜひみなさんもご参加を!

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2006年7月 6日

「くに」より先に「むら」がある

 私が編集している「増刊現代農業」は一号一テーマの特集主義で、次号は「山・川・海の『遊び仕事』」(7月13日書店発売)。これまでこのコーナーでも紹介してきた地蜂獲りやイセエビ生け簀漁、郡山の「奇跡のむら」の堰上げのほか、山菜採り、川漁、鴨猟など、さまざまな「採る」「獲る」「遊び仕事」のオンパレード。

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1部900円 年間購読3600円(送料サービス)

 もちろん、山・川・海での「採る」「獲る」行為をつきつめていくと、入会権や漁業権などの「所有と利用」や「コモンズ」の問題とも関係し、また、経済的価値観だけではとらえられない自然・身体・労働の関係性が見えてくる面白みもあります。
 
 今回は、その取材過程で、きわめて貴重な史料を「発見」することもできました。それが写真の「定置網漁業免許状」。大分県宇佐市長洲の新開基国さんのお宅に保管されていた「石干見」という漁法についての免許状です。

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撮影・高橋陽子さん
 
 まず、「石干見」について大分在住のフリー記者・高橋陽子さん取材の文章で説明すると、こんな漁法――長洲の人が「ひび」とよぶ伝統漁法は、正式には「石干見」と呼ばれるもので、浜から海へ弧を描くように石を積んだ、海中の石の囲いである。高さ1mほどに積みあげた石垣は、満潮時には海面の下に沈み、干潮時には姿をあらわす。潮に乗って海岸近くにやってきた魚が、エサを食べているうちに潮が引いてしまい、取り残される仕組み。干満の差の激しさを逆手にとった魚のトラップ、石の定置網と称する人もいる。長洲では最大で弧の長さ約600m、海に400mもせり出したものもあったとされている。ひびの中央部には一カ所「宿口」と呼ばれる出口が設けられていた。ここに網や竹のスノコなどを張り、引っかかった魚や、逃げきれずに内海で泳ぐ季節ごとの獲物を網やタブ(たも)などで生け獲る。

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諫早・中島安伊さんの「スクイ」 撮影・竹島真理さん

 この「石干見」漁は、遠くミクロネシア起源といわれ、古代から沖縄(カチ)、有明海(スクイ)、豊前海(石ひび)、五島列島(スケアン)などとして行なわれてきた素朴な漁法ですが、埋め立てやノリ養殖などの海面利用で昭和40年ころまでに廃れてしまい、現存するのは長崎県諫早市の中島安伊さん(87歳)所有のものだけ(写真)――ただし、石垣島白保地区では5月に復活し、大分・長洲では9月に復活の予定。

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撮影・高橋陽子さん

 今回「発見」した史料で何が面白いかというと、その日付。免許期間が「自明治35年7月1日」「至明治55年6月30日」となっていますが、発行は明治44年7月5日。じつは明治35年7月1日というのは、旧漁業法(明治漁業法)施行の日。それから9年も遅れて、「免許状」が発行されているのです(また免許期間20年で、明治55年予定の更新が実際には大正11年に、大正31年予定の更新が昭和17年に行なわれた史料も見つかり、地元紙全国紙地方版のニュースにもなりました)。

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マレナ集落の慣行的土地利用

 つまり、漁業「権」、入会「権」などというと、いかにも国家が漁民や農民に与えた権利のように見えますが、昨日の「『奇跡のむら』にインドネシア人がやってきた」で、Gさんが、「たぶん入会は耕作以前の縄文時代からあったんだと思う。『国』なんかできる前からあったんだ」と語っているように、また、マレナ集落の慣行的土地利用によってつくられた景観と、行政による不自然な線引きとの落差が示すように、「『くに』より先に『むら』があった」のであって、いわば漁業権、入会権は「日本先住民の当然の権利」なのだと思うわけです。

 そう考えてみると、「農村と都市」という問題の立て方よりも、「農村と国家」「むらとくに」という問題の立て方のほうがより本質的に物事が見えてきて、都市は「むら」と「くに」、どっちにつくのかという選択しかない非主体的な存在でしかないように思えてきます。たとえば、食料自給率の問題をとっても、よく高野さんが「国の自給率なんて心配したってしょうがない。それよりわが家の自給率だ」と、おっしゃっているように、ポチの訪米手土産に牛肉輸入解禁を持って行くような「くに」をあてにしてもそれはまったくの「ないものねだり」であって、都市に暮らす人が「わが家の自給率」を上げるためには、自分でつくるか、気心の知れた農家、あるいはむらにお願いするしかないのではないかと思うのです。

 7月3日に「山・川・海の『遊び仕事』」の出張校正を終え、ヌケガラ状態で上記のようなことをボンヤリ考えていたら、本日、地元学つながりの水俣・相思社・遠藤邦夫さんから「ごんずい」94号が送られてきて、それに掲載されていた、漁師で水俣病認定申請を取り消した緒方正人さんのインタビュー「ほんとうの『くに』を求めて」を読んだらハゲシク共感してしまいました。

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水俣・茂道の海

(以下引用)
緒方 もっと端的な言い方をすれば、(水俣病)50年に際して国を捨てたらどうなんだと考えました。国にいつまでも幻想を持っているから組み込まれていく。我々の方から「もう国はいらないから出ていってくれ」と言いたい。

遠藤 水俣病の運動には相手があります。国の悪口を言いますが、裏を返せば実はこうして欲しいという期待だったりするんですよね。

緒方 そうです、それが依存関係なんです。そうしてほんとうの生命存在としての「命の国」からは遠ざかってしまっている。へたをすれば裏切っているかもしれない。命を育む山河を忘れて、幻想的な国家に引きずられ組み込まれて行く。

遠藤 国には物理的に国土があるし、制度としての官僚や政治家がいます。ほんとうの国とは何でしょうか?

緒方 おれは国には二つあると思っている。システム社会としての幻想の国と、山河・命に育まれた「くに」というか、生命世界のことを言っている。「命のつながる『くに』で自分たちで自治をやっていく。だから国家は口も手も出すな、出て行ってくれ」ということだと思うんです。

遠藤 明治までは国なんてのは、「お上が確かにあるらしい、たまに不幸がくるから」とこの程度だった。明治の国民国家成立以降、自治ができなくなっていったと思う。

緒方 家のおふくろなんかもそうだった。国会議員がいるらしい、東京には政府があるらしいだった。だから「俺らの村」ではということで、自治としてのもやいが生きていた。本来の共同体があったんです。
(引用終わり)

緒方さんの言う「命の国」は、私の考えている「むら」とほぼ同義だと思います。「東京には政府があるらしい」「どうやら漁業法というものができたらしい」――その象徴が9年遅れの「定置漁業免許状」ではないかと思います。

 この「ごんずい」の緒方さんのインタビューはネットでも読むことができるのですが、今回はぜひ、実物を取り寄せてご一読いただけたらと思います。

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■ごんずい 年間6回発行/購読料2100円1部315円 財団法人水俣病センター相思社 〒867-0034 熊本県水俣市袋34 電話0966-63-5800 FAX0966-63-5808 郵便振替01990-8-25341

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茂道のエビスさん

2006年7月 5日

「蜜会」のお誘い

 上のタイトル左の私の写真、不審に思われている読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。じつは私、辛党ではありますが、ハチミツだけは別で、わが家には日本各地やイタリア、ニュージーランドなどのはちみつが並んでいます。また、自然を知り尽くした養蜂家のお話を聞くのも大好きで(というか、入会権の話を聞きに行った郡山のGさんが養蜂家であったように、別件で知り合った農家やデザイナーが仕事や趣味でハチを飼っていることが多いのです)、定年後は養蜂家になろうと考えているくらいです。

 で、不肖・甲斐、昨年8月8日、ハチの日に結成した「東京みつばちクラブ」のメンバーでもあり、タイトル横の写真は下の写真の一部。

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 おっかなびっくり手乗りミツバチ(日本ミツバチ)にチャレンジしているこの場所は、じつは社民党の「社会文化会館」のベランダ。私の後ろに立っているのは、最近よく「都心の養蜂」でテレビや新聞、雑誌に登場する藤原誠太さん(盛岡市・藤原養蜂場)。

 というわけで、以下は「東京はちみつクラブ」からの「蜜会」のお誘いです。

 ミツバチの視点と科学の視点ではちみつを知る、初めての
 はちみつ専門講座「はちみつって何?」
 花の蜜とはちみつの違いは何かを知っていますか?
 はちみつをただ、甘いというだけで砂糖の代わりに使っていませんか?
 はちみつの中に含まれている花粉から得られる情報とは何でしょうか?

 など、ミツバチの視点と科学の視点ではちみつを知る食育セミナーです。
 ミツバチ&はちみつが好きな方、健康のためにはちみつを食べている方、はちみつの選び方がわからないとお悩みの方、などなど、ぜひ、ご参加ください。

 講師:中村純 玉川大学ミツバチ科学研究施設助教授

 はちみつの中の花粉の秘密とは? 
 7月8日(土)
 15:00~16:30(開場:14:40~)
 会場:おいしさ科学館 8(ハチ)階ホール Tel. 03-5470-6808
 (港区浜松町1-6-3 浜松町駅北口徒歩5分)

 はちみつがミツバチの主食であれば、おかずともいえる花粉について学びます。花の名前のついたハチミツは何を根拠にしているのでしょう。はちみつに取り込まれた花粉はみつばちたちの行動を知る手がかりでもあります。花粉を顕微鏡で見たり、数えたりして、ハチミツの純度とは何かに迫ります。

参加費:いずれも2500円
定 員:35名(先着順)
(毎回、はちみつの小瓶をプレゼント!)

 この件に関するお問い合わせ・お申込みは東京はちみつクラブ事務局(ローカル・ジャンクション21事務局内)までメール(localj@cds.ne.jp )もしくはファックス(0422-49-5428)でお名前、ご連絡先を明記の上、お申込みください。
お問い合わせ: 東京はちみつクラブ事務局(ローカル・ジャンクション21事務局内)

■おまけの写真

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高野孟さん、結城登美雄さんの右で熱唱している女性は、2日の選挙で滋賀県知事になった嘉田由紀子さん。昨年4月、湯布院であった「地元学」の集まりでのスリーショットです(嘉田さんは学者さんなので、「地元学」ではなく「生活世界の環境学」「生活環境主義」なんて言っていますが)。このときは知事選出馬、まして当選するなんて、想像もつきませんでした。ちなみに結城さんとデュエットしているのは都はるみさんの「アンコ椿は恋の花」!

「奇跡のむら」にインドネシア人がやってきた

 あの「安達太良山麓の奇跡のむら」の「堰上げ=イワナ獲り」の日からほぼ1カ月がすぎたころ、むらに6人のインドネシア人がやってきた。訪れたのは、インドネシア中部、スラウェシ島のマレナ集落、トンプ集落のリーダーをはじめ、弁護士やNGO職員、大学教授。招いたのは「自然資源管理(いりあい)と住民自治(よりあい)に関する共同調査・経験交流(まなびあい)」の活動を展開している研究者や国際協力活動家でつくる「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク」(略称あいあいネット――私はもっぱら「酔い酔いネット」)。

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 日本の農山漁村の入会権が危機にさらされた明治政府の「官民有区分」とちょうど同じころ、インドネシアでは、オランダ植民地政府が「国有地宣言」を出し、西欧型の排他的所有権が証明されない土地はすべて国有ということにされた。つまりあらゆる国土は国有か私有のどちらかしかないということである。
日本では、官民有区分に対する激しい抵抗によって、財産区、共有林など、政府の譲歩・妥協の産物ともいうべき制度が生まれ、実質的には入会慣行が認められて今日に至っているが、インドネシアでは、むら人が利用している山が突然、国立公園に指定されたり、開発計画で村人が追い出されるということがいまも起きている。

 マレナ集落もトンプ集落も、まわりの自然を生かす豊かな知恵とむらの慣習がいまも息づいている地域だが、現行の法制度では慣習的な森の利用は「所有」とは認められず、むらの領域のほとんどが国有林となっており、むら人は国の制度上は「不法」に耕作・居住している状況になっている。つまり、むら人がむらに住んでいることも、焼畑で山を利用することも、木こりの道具を山に持ち込むことも「違法」であり、実際、トンプ集落は1975年に一度家を焼かれて住民は強制移住させられている(その後、また住民は戻り、行政はそれを「黙認」している状態)。
 
 2003年に国際シンポジウムのために来日し、日本の農山漁村ではいまだ「イリアイ」が健在であることを知り、「トヨタ、ホンダ、サムライだけじゃなくて、イリアイをもっとインドネシアに伝えてほしい」と願う弁護士ヘダールさんと、「あいあいネット」との交流によって、今回の来日は実現した。

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 「団結の碑」の前で共有林組合のYさんとヘダールさん

 6月7日午後、到着した一行はまず「野の哲学者」Gさん宅を訪問。後藤さんはインドネシアの山村の暮らしぶりを聞いて、「そうなんだよなー。同じはずなんだよなー。行かなくても聞かなくても分かるもの。同じ山に生きていて、そうちがっていたらおかしいもの」とつぶやきながら、つぎのように「入会」を説明した。

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「経験的に言えば、東北では耕地の10倍くらいの面積の森林資源がないと人は暮らせないんだ。このむらではずっと100戸くらいが古くから住んでいて、たぶんそれは耕作以前の縄文時代からそうなんだろうと思う。『国』なんかできる前から『入会』はあったんだ」

「入会的共有とは人と人とのつながり、関係性を育むものなんだ。心のつながりを生み出すもの。それが現代的所有ばかりになると、すべてが変わってしまう。心と心のつながりがなくなってしまう。農村にとっての水路や森は、都市生活者にとっての公園とは意味合いが異なるんだ。みんなで維持管理することで、共同性が培われてきた。そしてそれによって、心のよりどころができてきた」

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 夜は公民館で「部落会」や「共有林組合」メンバーとの交流会。トンプ集落のまるで日本の盆踊りか神楽に似た歌と踊りのビデオを一緒に見た後、インドネシア側から「こういう歌や踊りを、いまでは若い人たちがやりたがらない。日本でも、そして入会の問題も一緒ではないか。入会をどのようにして次の世代につなげていくのか」という質問が出た。

 それに対する日本側の答えはこうだった。
「たとえば、堰上げ。年に一回、総出で用水路の掃除をして、維持管理していく。これは役所が決めたからではなく、自分たちが必要だから自分たちで決めてやっている。これはぜひ続けていきたい。入会についても、若い世代の中ではどの林が入会地なのか知らない人も出てきているが、誰かに頼るのではなく、むらに暮らす自分たちの力で何とか継承していきたい」

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マレナ集落の慣行的土地利用。里と里山、奥山という土地利用がひとつの景観をかたちづくっている。

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行政によるマレナの「保全林」「地域公社」「国立公園」の線引き。まるでアフリカの国境線のように不自然だ。

Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

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