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入会・総有・全員一致と「むらの弁証法」

 旅先で、ふるさとで、とんでもない「農の哲学者」に出会うことがある。昨年の夏、ふるさと・宮崎の高千穂で初めて出会った農家のSさんもその一人。友人の父親の四十九日法要で同席したのだが、私の仕事を聞きつけ、話しかけてきた。

「あなたは、『むらの弁証法』をどう思っていなさるか?」

 法要の席でいきなりそんなことを聞かれるとは思っていなかったので、答えに窮していると、「私が、いま一番気にかかっているのは『むらの弁証法』の弱りです」と、続ける。いま75歳で、小学校を卒業するとすぐに農業に従事し、7年前までは出稼ぎをしていて「東京湾のアクアラインの工事にも行きました」というSさんの話を聞いていて、「困ったな。断片的な知識をつなぎ合わせてこんな席で議論を挑まれても……」というのが正直な気持ちだった。

 そのSさんと、今年の3月に宴席で再会することがあり、また話しかけられた。今度は「北海道の花崎皋平さんを知っていなさるか?」と。また「困ったな」と思い、どうしてそんなことを聞くのかと、聞いてみた。

「アイヌのむらの物事の決め方を知りたいと思いましてな」

「アイヌのことは知りませんが、北米の先住民は全員一致だと聞いたことがあります」
するとSさんの顔が輝き、「やはりなあ。私はその全員一致に至る話し合いの過程が弁証法だと考えてきたんです。でも、最近はむらの物事を多数決で決めるようになってきた。その弁証法が弱ってきたことが気になっておるんです」

 私は棒で頭を殴られたような衝撃を受けた。「弁証法」と言えば「正・反・合」とか「アンチテーゼ」とか「アウフヘーベン」とかの断片的な記号をつなぎ合わせてわかったつもりになっていたのは私の方だったのだ。Sさんは「日本のむらには、階級の発生を排除する力もあったと思います」とも言った。地に足をつけた日常の暮らしのなかで「むらの弁証法」や「むらの民主主義」を考え続けてきたSさんに、次回の帰省の折はじっくり教えを乞いたいと思う。

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 そんなことを考えていたら、定期講読している富士ゼロックスのPR誌「グラフィケーション」最新号(144号)が届いた。その特集「コモンズの思想」がなかなか充実していて面白い。なかでも、巻頭の室田武氏、多辺田政弘氏による対談「コモンズの可能性を考える」では、現代においてコモンズ、入会を考えることの意味がわかりやすく整理されている。

 その対談のなかに、高野孟さんが4月7日の「極私的情報曼荼羅」に書かれていた「共同体の全員が集まり、あるいはもっと広域で部族長全員が集まって全会一致になるまで何日でも話し合うという形は、ユーラシアの遊牧民や北米の先住民の間では今日でも部分的に残っている立派な民主主義の伝統である」こととも関連するような、こんなやりとりがあった。

(以下引用)
室田 (前略)入会権の面白いところは、全員一致でないと重要なことは決められないという決まりがある。細かいことは多数決でいい、しかし大きなことは一人でも反対があったら成立しないんです。多数決制と全員一致制とでは大きく違っていて、近代民主主義というのは多数決ですべて決まるんですが、入会権の論理はそれとは根本的に違うわけです。全員一致が原則で、その原則から言うと、たった一人でも異議があれば、日本の法体系の中でも認めないといけないことになっている(後略)。

多辺田 入会での決め事は全員一致というのが面白い。これは入会の話ではないのですが、宮本常一の『忘れられた日本人』の中には、村の寄り合いの話が出てきますね。そこでは意見が対立すると、一致を見るまで何回も休み休み議論を続けていく。合間にちょっと休んで他の議題に移り、また戻ると前と逆の意見に賛成がどっと増えていたりするんですね。多数決で手を挙げて決めるのではなくて、何回も揺さぶって、全員が納得するまでいろいろな意見を出し、出尽くしたところで話が決まるというやり方で、そのプロセスを無理しないんですね。時間は確かにかかりますが、その決め方はとてもいいなと思ったんです。

室田 一人でも反対の人がいたらやらないという、そういう入会のあり方には、メンバー全員で平等に所有しているという意味で「総有」という言葉が使われていますね。全員が関わるので、逆に非所有とも言える(後略)。
(引用終わり)

 今週末、「堰上げ」の作業に参加させていただく福島県のGさんも、ただ一人山を登記することに同意しなかったことで、集落の「入会山」を守った「農の哲学者」である。

「グラフィケーション」は隔月刊で無料講読できます

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Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

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