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2006年4月28日

日本ミツバチとイセエビのマイナー・サブシステンス

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 環境民俗学に「マイナー・サブシステンス」という概念があるそうだ。「小さな生業」「副次的生業」と訳されることが多いが、東京大学教授の鬼頭秀一さんは「遊び仕事」を当てはめる。信州の地言葉で、「遊び」と収入を得るための「生業」の中間的な「仕事」を表すのだという。

 その定義が面白い。
「集団にとって最重要とされている生業活動の陰にありながら、それでもなお脈々と受け継がれてきている、副次的ですらないような経済的意味しか与えられていない生業」
「消滅したところで、その集団にとっても、当の生計を共にする単位世帯にとっても、たいした経済的影響をおよぼさないにもかかわらず、当事者たちの意外なほどの情熱によって継承されてきたもの(しかし、経済的意味が少しでもあることが重要)」

 それで思い出すのが私のふるさと、宮崎県高千穂町でいまもさかんな日本ミツバチのハチミツ採り。愛好家は100人以上もいるが、それを「本業」としている者は一人もいない。普通、山中に置いた巣箱に蜂が入ってくれるのは2~3割。どこに巣箱を置くかは経験とカンが頼りだし、入ってくれるかどうかは蜂しだい。「腕半分、運半分の結果論」の世界だが、「名人」として尊敬を集める佐藤林さん(74歳)の場合は、熊本・天草諸島から大分・国東半島まで九州をほぼ横断する100カ所に計500箱の巣箱を仕掛け、その6~7割に蜂が入る。しかもその設置場所は地図やメモがなくても「絶対に忘れない」。それでも佐藤さんの本業は大工さんなのだ。

 また高千穂には信州と同じようにハチの幼虫「ハチンコ」を食べる食文化があり、ハチンコの入った蜂の巣を売っている農産物直売所もある。ハチンコ捕りでは煙幕をかけて蜂をおとなしくさせた後、防護服を着て巣を捕るのが普通だが、なかには「ナマ捕り」と称し、煙幕もかけず素手で捕ることを粋がるバカ者もいる(私のイトコたちだが)。まさに「当事者たちの意外なほどの情熱」である。

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 「遊び仕事」の経済的意味はたしかに小さいかもしれないが、高千穂の蜂飼いやハチンコ捕りたちは、蜜源となるサクラやユリノキの植樹に励み、蜂は作物や樹木の受粉を助ける。「意外なほどの情熱」は、「人と自然の豊かな関係の継承」に注がれている。

 「腕半分、運半分の結果論」といえば、一昨年の夏、房総半島の某海岸で民宿を営むTさん夫妻の誘いで初めてトライした「イセエビの生け簀漁」もそんな漁。

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 「生け簀」とは、岩場を削岩機で掘った、深さ2メートル、底の部分が1メートル四方ほどの穴。2本のパイプで海とつながっていて、そのパイプづたいに入り込んだイセエビを手づかみで捕まえるという、いたってシンプルな漁。だが、そのプロセスは無茶苦茶にキツイ。イセエビを捕るまでに、まず、2人が穴に入ってパイプに栓をし、海水をくみ出し、ついで底にたまったヘドロ状の砂をバケツで頭上まで持ち上げ、穴の外で待ち受ける仲間にリレーし、仲間は穴から離れたところまでそれを捨てに行かねばならない。エビを捕ったら捕ったで、次の漁のために、エビの巣として穴の底につみ重ねているコンクリートブロック数十個を運び出して海水で洗い、また元に戻してつみ重ねる。

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 しかも炎天下7月の、足場の悪い磯での作業。ホント、熱中症で死ぬかと思った(蜂の巣ナマ捕りのイトコたちを笑えない)。「捕れるときは1000匹くらい捕れるから」というTさん夫人の甘言に釣られ、石田三示さんはじめ鴨川自然王国の屈強なスタッフも誘っての漁だったが、成果はなんと3匹! あの苦労はいったいなんだったんだ!

 昨年の夏、またもTさん夫人から「去年よりは捕れそうよ」と誘いの電話(どうも「つごうのよい労働力」だと見込まれたようだ)。前年があまりの不漁だったので、おそるおそる石田さんに「また今年もやると言ってるけど、どうする?」と電話をすると、「やるに決まってるじゃないか! なんのために去年、あんな苦労をして穴を掃除したんだ!」。
 石田さん、一度でハマったようだ。

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昨年の漁もしんどかったけれど、かんじんのイセエビが70匹ほど捕れたので、王国スタッフも大満足。8人がかり、3時間ほどの漁なので、費用対効果から言えば買った方が安いのかもしれないが、一同なんとも言えない満足感、充足感に包まれた一日だった(この生け簀漁の権利は、以前から認められている家だけに限られており、また、イセエビを換金して「生業」にしてしまうと、権利を取り消される)。

 日本ミツバチ、ハチンコ捕り、イセエビ生け簀漁――自然を相手の人間の「労働」には、「経済合理性」だけでは解釈できないヨロコビがあるのだなあとつくづく感じる。
(成果は)あてにならない、(経済的には)頼りにならない、(仕事としては)けっこうキツイ――しかし、なぜだかハマってしまう!
 自然もカラダもヨロコブそんな仕事が、農山村や漁村にはまだまだいっぱいあるし、その無限の組み合わせこそが「百姓仕事なのだ!」と思う。マルクスも、工場労働などではなく、農耕や漁撈労働、なかでも「遊び仕事」から労働やその疎外をとらえればよかったのに……。

 ご挨拶が最後になりましたが、「ざ・こもんず」のメンバーに加えていただき、「過疎と高齢化」の一言では括れない、「知られざる農山漁村の元気」をお伝えしていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

Profile

甲斐良治(かい・りょうじ)

-----<経歴>-----

1955年宮崎県生まれ。
九州大学経済学部卒。
社団法人・農山漁村文化協会(農文協)「増刊現代農業」編集主幹。
『定年帰農 6万人の人生二毛作』『田園住宅 建てる借りる通う住まう』『田園就職 これからは田舎の仕事が面白い』『帰農時代 むらの元気で「不況」を超える』の「帰農4部作」で、1999年農業ジャーナリスト賞受賞。
その後も『青年帰農』『団塊の帰農』『若者はなぜ、農山村に向かうのか』などの「帰農シリーズ」で新しい農的生き方を追究するとともに、「地元学」(ないものねだりではなく、あるもの探し)による各地の地域づくりにかかわる。
都市と農山漁村の共生・対流推進会議運営委員、100万人のふるさと回帰支援センター・里山帰農塾講師。
建築家・石山修武氏、民俗研究家・結城登美雄氏と「21世紀型農村研究会」05年に結成。

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