Calendar

2012年3月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

Recent Trackbacks

« 2012年2月 | メイン | 2012年4月 »

2012年3月30日

3・11から1年+3週間
-今考えておかなければならないこと

マル激トーク・オン・ディマンド
マル激トーク・オン・ディマンド
第572回(2012年03月31日)
5金スペシャル
3・11から1年+3週間
-今考えておかなければならないこと

ゲスト:津田大介氏(ジャーナリスト)、萱野稔人氏(哲学者)

無料放送中

 5回目の金曜日に特別企画を無料放送する5金スペシャル。今回はジャーナリストの津田大介氏と哲学者で津田塾大学准教授の萱野稔人氏をゲストに、震災・原発事故から1年あまりが過ぎる中、あえて今、われわれが考えておかなければならないことは何かを議論した。

 震災・原発事故から1周年にあたる3月11日、マスメディアは軒並み震災・原発事故の特集を組み、当時の映像や震災・事故直後に何が起きたのかを、検証する企画を発信した。ところが、それから一夜が過ぎると、マスメディア、特にテレビは前日の放送が嘘のように、震災や原発に触れることをパタッと止めてしまった。

 震災そして原発事故は、様々な形で現在の日本が抱える病理や難問を浮き彫りにした。そしてその問題の多くは、震災よりも遙か以前から、日本が抱えていたにもかかわらず、解決できないまま、ずるずると引きずってきたものだった。

 この災難を奇貨として、われわれはこの病理に立ち向かうことができるのか。それとも、問題を解決できないまま、破綻への道を突き進むのか。

 この災禍を未来へとつなげていくために、今、われわれがやらなければならないことは何なのか。津田、萱野両氏と議論した。

今週は5金(5回目の金曜日)に当たるため、特別番組を無料で放送します。ニュース・コメンタリーと福島報告はお休みします。

<ゲスト プロフィール>
津田 大介(つだ だいすけ)ジャーナリスト
1973年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。99年有限会社ネオローグ設立、代表取締役に就任。 2003年よりジャーナリスト活動に入る。10年より早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース非常勤講師を兼務。著書に『Twitter社会論 - 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』 、『情報の呼吸法』、共著に 『未来型サバイバル音楽論 - USTREAM、twitterは何を変えたのか』など。

萱野 稔人(かやの としひと)哲学者
1970年愛知県生まれ。03年パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。哲学博士。東京大学21世紀COE「共生のための国際哲学交流センター」研究員、東京外国語大学非常勤講師などを経て、現職。著書に『国家とはなにか』、 『新・現代思想講義―ナショナリズムは悪なのか』、共著に『最新 日本言論知図』など。

2012年3月24日

タブーはこうして作られる

マル激トーク・オン・ディマンド
マル激トーク・オン・ディマンド
第571回(2012年03月24日)
タブーはこうして作られる
ゲスト:川端幹人氏(ジャーナリスト・『噂の真相』元副編集長)

 どんな国にも触れてはならない話題はある。これを禁忌と呼んだり、タブーと呼んだりする。

 タブーはポリネシア語で聖なるものを意味するtabuに語源があると言われ、本来は触れてはならない聖なるものや、その裏返しの触れてはならない穢れたもののことを指すものだ。

 だから、本来タブーにはタブーたる由縁がある。しかし、日本の場合は本来の定義に当てはまるタブーは必ずしも多いわけではない。むしろ、もっと単純な、そしてやや恥ずかしい理由で、多くのタブーが生み出されているようだ。

 「タブーに挑戦する」をスローガンに数々のタブーに挑戦してきた雑誌『噂の真相』の副編集長として、文字通り数々のタブーに挑戦し、実際に右翼団体の襲撃も経験した川端幹人氏は、日本のタブーには暴力、権力、経済の3つのパターンがあり、これにメディアが屈した時にタブーが生まれていると言う。

 3・11以前は、原発がそんな日本的タブーの典型だった。川端氏は原発は先にあげた3つの類型の中では究極の経済的タブーだったと言う。地域独占を背景に電力会社が持つ絶大な経済力は、メディアもスポンサーも丸ごと飲み込んでいた。しかも、原発には年間1千億円を超える巨大な広告費などの絶大な経済力に加え、国策やエネルギー安全保障や核オプションといった、実態の見えない後ろ盾に支えられていると受け止められている面があり、電力会社側もメディアへの圧力にこれを最大限に利用した。結果として、原発を含む電力会社を批判することは、広告をベースに運営されるメディアにとっては、自殺行為以外の何物でもなかったと川端氏は言う。

 実際、東京電力がスポンサーをしていたテレビ番組を見ると、日テレ系「ズームイン!!SUPER」、「情報ライブ ミヤネ屋」、「news every.」「真相報道バンキシャ!」、TBS系「報道特集&ニュース」、「NEWS23クロス」、「みのもんたの朝ズバッ!」、フジ系「めざましテレビ」、テレ朝系「報道ステーション」、など、その手の問題を扱う可能性のある番組に集中していることがわかるが、それもこれも、1974年以降、電気事業連合会(電事連)の中に設けられた原子力広報専門委員会で練られたメディア戦略に基づいたメディア懐柔策だった。

 その他、電力会社のメディア操縦は、マスコミ関係者に投網をかけるように豪華接待攻勢をかけていたほか、マスコミ関係者の天下りの斡旋まで手を広げていたと川端氏は言う。

 また、電力会社は経済力の延長で、天下りなどを通じて政界、経済産業省、検察、警察との太いパイプも持ち、これもまたメディアに対する睨みを効かせていた。

 要するに原発タブーというのは、本来的な意味でのタブーでも何でもなく、単にメディア関係者が電力マネーによって根こそぎ買収され、それでも言うことを聞かないメディアには、訴訟を含めた強面の圧力をも持ってして押さえ込んだ結果に他ならなかったと、川端氏は言う。

 最近では経済タブーの筆頭にあげられるものが、AKB48に関連した不都合な情報だと言う川端氏は、こうした経済タブーの他にも、ある種の伝統的なタブーに近いと思われているタブーも、その実態はもう少し残念な状態にあるとして、自らを含めたメディアの姿勢を批判する。例えば、皇室や天皇制に関するテーマは多くの場合タブーとして扱われる場合が多い。これは一見、タブーの定義である「触れてはならない聖なるもの」かと思われがちだが、さにあらずと川端氏はこれも一蹴する。日本でメディアが皇室や天皇制を批判することを控える理由は、右翼の街宣攻撃や実際に危害を加えられることを恐れた結果であって、現にメディア上では皇室をタブーとして扱っているメディア関係者の多くが、私的な場や打ち合わせの場では、平然と天皇制を批判したり、皇族を馬鹿にしたような台詞をはいていると、川端氏は指摘する。

 実際、歴史的な経緯を見ても、戦後GHQの占領下では右翼の圧力を気にする必要がなかったために、皇室を揶揄したり批判する本や論説が多く登場した。しかし、1961年に雑誌『中央公論』が掲載した小説を理由に同社の社長宅が右翼青年に襲われ、お手伝いの女性が刺殺される「風流夢譚事件」などをきっかけに、皇族や天皇制を批判したり揶揄したりしたメディアに対する右翼の攻撃が日常化したために、皇室ネタはメディア上ではタブーとして扱われるようになったと川端氏は言う。

 右翼に襲われて怪我をして以来、自分の筆が鈍っていることを感じ、結果的に噂の真相の継続を断念するに至ったという川端氏と、本来はタブーでも何でもないテーマが、広告圧力や暴力による脅威によって封殺されている日本のタブーの現状を議論した。

<ゲストプロフィール>
川端 幹人(かわばた みきと)ジャーナリスト・『噂の真相』元副編集長
1959年和歌山県生まれ。82年中央大学法学部卒。83年雑誌『噂の真相』編集部、85年同誌副編集長、2004年、同誌休刊にともないフリーに。著書に『タブーの正体』、共著に『Rの総括』『事件の真相!』など。

2012年3月17日

年金問題の本質

マル激トーク・オン・ディマンド
マル激トーク・オン・ディマンド
第570回(2012年03月17日)
年金問題の本質
ゲスト:鈴木亘氏(学習院大学経済学部教授)

 年金が危ない。このままでは早晩破綻することがわかっているのに、誰も手を打とうとしない。野田政権が消費税増税という政治的なコストを払ってまで意欲を見せる「社会保障と税の一体改革」は年金問題の本質にはまったく切り込んでいない。

 年金制度に詳しい学習院大学の鈴木亘教授によれば、本来950兆円ほど積み上がっているはずの年金積立金が、110兆円程度しか残っていない。しかも、年金は保険料を支払う労働人口の減少と受給する高齢者の増加のために、毎年赤字が膨らみ続けている。つまり、今も僅かに残った100兆円あまりの年金積立金を切り崩しながら運営されているため、今後、さらに少子高齢化が進めば、2030年代には積立金が枯渇し、年金が支払えなくなることが確実だと言う。

 現行の年金制度は2004年に「100年安心プラン」などという触れ込みで改変され、国庫負担金も3分の1から2分の1に増額された。それが、あと20年と持たずに破綻が確実な状態にあると言うのだ。

 しかし、さらに問題なのは、今回野田政権が提案している「社会保障と税の一体改革」は、現行の年金制度が抱える根本的な問題には何ら手をつけていないことだ。消費税を増税をして「社会保障と税の一体改革」なるものが断行されたとしても、はやり年金が2030年代には払えなくなることに変わりはない、と鈴木氏は言う。

 年金問題の本質とは何か。鈴木氏は、政府は現行の年金制度を「賦課方式」などという言葉でごまかしているが、もともと賦課方式ではなかった。しかし、1970年代に給付を大盤振る舞いしたために、積立金が切り崩されてしまい、結果的に賦課方式のような形になっているだけだと指摘する。その大盤振る舞いによって生じた800兆の債務を確定させ、それを何らかの形で返済することで、年金を再び本来の積み立て方式に戻すことこそが、年金問題の本質だと言う。

 現在の「疑似賦課方式」では、今後、少ない若者が多くの老人を支えなければならなくなる。その若者たちは、「1人の若者が1人の老人を支える」ぼどの重い負担を強いられた上に、自分たちが年金受給年齢に達した時には、自分たちが払ってきた保険料すら回収することすらできなくなる。年金は破綻が必至な上に、重大な世代間格差問題を抱えている。しかし、年金を従来の積み立て方式に戻すことができれば、人口の動態にかかわらず、自分が支払った保険料は老後、必ず受け取ることができるようになるし、少ない若者が多くの老人を支えなければならないなどという、世代間のアンフェアな分配も解消される。

 鈴木氏は過去の大盤振る舞いのために消えてしまった総額800兆円からの年金積立金の欠損、つまり債務を埋めるためには、債務を年金会計から分離し、100年単位の時間をかけて税金によって補填していく方法しかないだろうと言う。

 しかし、はたして今の政治に800兆の債務を解消して、一旦不作為によって賦課方式に陥ってしまった現在の年金制度を、再度、積み立て方式に戻すなどという大技が期待できるだろうか。800兆の債務を分離し、ぞれを税で返済するという話になれば、当然その大穴を作った厚労省の責任問題も浮上する。また、税方式に移行することになれば、年金の管理が厚労省から財務省に移ってしまうため、厚労省は何が何でもこれに抵抗してくるはずだ。

 ということは、このような提案は、年金を管轄している厚労省からは、何があっても出てくるはずがない。経済財政諮問会議のような形で、厚労省外部からこのような年金改革案があがってくる枠組みを作り、さらに厚労省の徹底抗戦に遭いながらそれを断行するためには、想像を絶するほどの政治力が必要になるだろう。しかし、それができなければ800兆の債務はさらに大きく膨らみ続け、積立金が枯渇した段階で年金が払えないという事態を迎えることになる。

 鈴木氏と、現在の日本の年金制度が抱える本質的な問題は何かを考えた。

<ゲスト プロフィール>
鈴木 亘(すずき わたる)学習院大学経済学部教授
1970年兵庫県生まれ。94年上智大学経済学部卒業。同年日本銀行入行。98年退職。経済学博士。社団法人日本経済センター研究員、東京学芸大学准教授などを経て09年より現職。著書に『だまされないための年金・医療・介護入門』、『年金は本当にもらえるのか?』など。

2012年3月11日

これからわれわれは3・11とどう向き合うか

マル激トーク・オン・ディマンド
マル激トーク・オン・ディマンド
第569回(2012年03月10日)
これからわれわれは3・11とどう向き合うか
ゲスト:本多雅人氏(真宗大谷派蓮光寺住職)

 3月11日の大震災から1年が過ぎようとしている。メディア上では震災1周年特集企画が乱立しているが、復興も原発事故の収束も道半ば。このまま、この大きな節目を境に震災が急速に風化していく気配さえ感じられる。誰でも悲惨なできごとを脳裏から消し去りたいとの思いはあるだろうが、これだけの大きな震災と事故を、単なる過去の悲惨なできごとで終わらせていいはずがない。この震災が、これまでのわれわれのあり方の根幹を問う大切な教訓を多く与えていることだけは、まちがいないからだ。

 この先われわれは3・11といかに向き合うべきかと考えるヒントを求めて、東京亀有の蓮光寺に本多雅人住職を訪ねた。

 真宗大谷派の僧侶として親鸞聖人の教えを説く本多氏は、今回の震災は人知の闇を明らかにしたもので、直接被災したか否かにかかわらず、われわれはこの震災を、人間の無明性(わかったつもりになること)や人知の限界と向き合う機会としなければならないと説く。3・11は近代以降の科学万能主義と経済至上主義の考え方に疑問を投げかけたばかりか、今までそれをよしとしてきた人知のあり方そのものまで深く問われることになった。そして、原発に賛成か反対かを問う以前に、人間そのものが問われ、人間が根本的に抱える無明性の問題にまで深く切り込んでいかないと、この震災が露わにしたわれわれの問題の本質が見えなくなってしまうと考える。

 親鸞聖人の教えに「自力作善(じりきさぜん)」がある。これは、自分が何とかできるとか、自分が何かをわかったつもりになってしまうことを指す言葉で、浄土真宗では誤った態度として戒められている。本多氏はわれわれの多くが自力作善に陥り、本当は何もわかっていないのに、すでにわかったこととして、自分の中に固定化した考えを知らず知らずのうちに作り上げていたのではないか。そして、その「わかっていたつもり」が、今の政治、経済、社会の状態を生み、そしてそれがこの震災によって打ち砕かれた状態にあるのではないかと指摘する。まずは、大震災と原発事故という大惨事を目の当たりにして、何が正しくて何が間違っているのか、何が救いで何が幸せなのかがよくわらからくなって動揺している自分と向き合わなければならないと言う。 本多氏が言う自分と向き合うとは、どういうことなのだろうか。人間はついついわかったようなつもりになり、自分の外に「正義」や「善」を作り出して、それにしがみついてしまう。しかし、その正義も所詮は自分が、あるいは人間が作ったものに過ぎない。それが本当の善なのか、それが本当の正義なのかどうなのか、本当のところは誰にもわからないはずだ。常に「自分は愚かである」という自覚が必要になる。自分が愚かであることを認めた上で、気がつけば自分を正当化することばかりに熱中している人知の愚かさに対して自覚的になることが大切なのだと本多氏は語る。

 これは決して闇雲に人知を捨てろとか、自助努力を一切しなくていいということを意味するものではない。所詮自分は愚かな凡夫に過ぎないのだから、自力や人知だけで突き進むことには自ずと限界があるし、そこには危ない面があるということに、常に自覚的・自省的であれということだ。

 本多氏は繰り返す。「とにかくわかったつもりにならないこと。所詮はご縁が決めることだから」と。そのご縁とは、この世には人知を超えた仏智があり、それはすべてをお見通しの上で「如来の智慧の眼」で私たちを見ている。それは原発や遺伝子組み換えのような科学技術についても言えることだし、物事の善悪の判断基準についても同じだ。愚かな凡夫に帰り、人間が設定した善悪を常に問い直すことで、初めて見えてくる、あるいは聞こえてくるものがあり、そこに新しい世界が開けてくると本多氏は言う。

 これから3・11と向き合っていく上で、日本人の心に広く根ざした親鸞の教えを説く本多氏に、その見方、考え方のヒントをいただいた。

(藍原寛子さんの福島報告は、今週はお休みいたします。)

<ゲスト プロフィール>
本多 雅人(ほんだ まさと)真宗大谷派蓮光寺住職
1960年東京都生まれ。1983年中央大学文学部卒。83年高校教員。2000年より現職。元親鸞仏教センター研究員。東本願寺同朋会館教導。宗祖親鸞聖人750回御遠忌企画運営委員。著書に『本当に生きるとはどこで成り立つのか』『人間といういのちの相』、共著に『今を生きる親鸞』。

2012年3月 3日

東電・政府は何を隠そうとしたのか

マル激トーク・オン・ディマンド
マル激トーク・オン・ディマンド
第568回(2012年03月03日)
東電・政府は何を隠そうとしたのか
ゲスト:日隅一雄氏(弁護士・NPJ編集長)

 火事で火が燃えさかる最中、とりあえず出火の原因究明や責任の追及は後回しにして、まず優先されるべきことは人命救助と消火になることはやむを得ない。しかし、起きた事故のスケールがあまりにも大きい場合、その収束に時間がかかるため、いつまでたっても原因究明や責任追及がなされないまま、事故そのものが風化してしまったり、世の中の関心がよそに向いてしまったりするリスクがある。
 福島第一原発の事故も、そんな様相を呈し始めている。昨年の3・11からの1年間は、日本にとってはもっぱら起きてしまったことへの対応に追われる1年だった。しかし、大地震と津波で福島第一原発が全ての電源を喪失し冷却機能を失った時、政府および東京電力がその事態にどのように対応し、その時政府や東電内部で何が起きていたのかが十分に検証されたとは、とても言いがたい。

 今週、民間の事故調査委員会の報告書が発表になった。主要な政府の関係者は事故調のヒヤリングに応じたため、報告書は事故直後の政府内部の動きやその問題点は詳細に指摘している。しかし、肝心の東電が協力を拒否したため、事故直後に東電内部で何が起きていたかについて、報告書ではほとんど何も触れられていない。

 そこについては今後の政府並びに国会の調査委員会の報告に期待するしかないが、今回の民間事故調の報告書が触れていない問題がもう一つある。それは、東電や政府が事故への対応に追われる中、彼らが一体何を国民に伝えてきたかの検証だ。主権者たる国民に真実が伝えられないだけでも十分に大きな問題だが、今回の事故では、それが避難の遅れや不必要な被曝につながる可能性があり、直接命に関わる問題となっている。そこでは、果たしてわれわれはこの政府や電力会社に自分たちの命を預けても大丈夫なのかが問われることになる。

 事故発生直後から東京電力や政府の事故対策本部の記者会見に日参して、政府・東電の嘘を追及してきた弁護士の日隅一雄氏は、政府・東電は事故発生直後から重大な嘘をつき、結果的に多くの国民を騙したばかりか、大勢の国民を不必要な被曝のリスクに晒したと批判する。

 それは、例えば政府・東電内部では事故発生の翌日にはメルトダウン(炉心溶融)の可能性が高いことがわかっていながら、記者会見でそれを認めた審議官を繰り返し交代させてまで、国民に対して炉心の溶融は起きていないと言い続けたところに代表される。あれは、あからさまな嘘だった。

 政府も東電も3月12日の段階で炉心溶融の可能性が高いことがわかっていた。原子力安全・保安院の中村幸一郎審議官は、12日の会見で炉心溶融の可能性が高いことを認めていた。しかし、政府はこの直後、中村審議官を記者会見の担当から降板させ、マスコミの厳しい追及を前にメルトダウンを完全に否定できなかった2人の後任の審議官も次々と交代させた上で、炉心溶融の可能性を明確に否定して見せる芸当を備えた西山英彦審議官を広報担当に据え、そこからはあくまでメルトダウンはしていないとの立場をとり続けた。

 結局、政府・東電が炉心溶融を認めたのは5月12日で、事故から2ヶ月も経っていた。しかも、懲りない政府・東電は、「炉心溶融」を「燃料の損傷」とまで言い換えて、事故の実態をできるだけ小さく見せるような工作をしている。実際は燃料が溶けているばかりか、それが圧力容器から外に漏れ出す「メルトスルー」が起きていることがわかっていながら、それを「損傷」と言ってのけたのだ。

 もし3月12日の時点で核燃料が外部に溶け出していることがわかっていれば、政府は直ちにより大規模な避難を実施しなければならなかった。溶融した核燃料が、原子炉内の圧力容器や格納容器を突き破り、大規模な水素爆発や水蒸気爆発が起きる可能性が高まっていたからだ。結果的に、事故発生直後はメルトダウンが起きていないことを前提とした避難措置しか取られなかったし、幸いにして、いや偶然、大規模な水蒸気爆発は起きなかったために、この嘘による被害は最小限に抑えられたかに見える。しかし、この嘘によって、どれだけの人が不要な被曝を受けたかは、当時はガイガーカウンターも普及していなかったため、はっきりとはわからない。いずれにしても多くの住民が間一髪の危機的な状況に晒されていたことだけは、今となっては間違いない。今回われわれはとてもラッキーだったようなのだ。

 日隅氏は、政府・東電が嘘をついてまでこうした情報を隠そうとした理由として、それを認めなければならなくなると何十万人にも及ぶ大規模な避難が必要になるが、原発安全神話を前提とした避難態勢しか準備されていない日本では、政府はそれだけの避難を実際に行うことができない。そのため、それこそ政府が責任を問われる事態となる。そうなることがわかっている以上、情報を隠すことで、情報隠しの責を負う方が得策だと考えたのではないかとの見方を示す。特に情報隠しの場合は、隠されたという事実がばれにくいという、例の「鍵のかかった箱の中の鍵」問題があるため、「必要な避難をさせなかった」ことに比べると、逃げ道が多いのだ。

 同じく放射性物質の拡散状況をモニターするSPEEDI(スピーディ=緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)の情報が公開されなかったことについても、政府はあからさまな嘘をついている。最終的にSPEEDIのデータが公開されたのは4月26日だったが、まず事故後5日目の3月15日の段階で、スピーディが故障していたという嘘のリークを読売新聞に書かせている。今となってはこれはSPEEDI情報を非公開としたことが意図的なものだったことを示す重要な証拠となっているが、その時は政府部内の何者かが、後でSPEEDIを公開しなかったことの責任を問われることを恐れて、嘘の情報をリークしたものと見られる。実際はSPEEDIのデータが事故直後から外務省を通じてアメリカ政府には送信されていたことが明らかになっているし、政府の担当部内では事故直後からSPEEDIのデータは共有されていたのだ。

 放射性物質の拡散状況をモニターし予想するSPEEDIのデータが、事故直後に公表されてれば、避難を強いられた原発周辺の住人たちが、わざわざ放射性物質が多く飛散している方向へ向かって避難をするようなことは避けられたはずだ。また、放射性物質が向かってきている地域では、あらかじめ避難をしたり、屋外での活動を控えたりするなどの対応が可能だった。一番肝心な時にSPEEDIは何の役にも立たなかった。そして、それはSPEEDI自体が悪かったのではなく、それを扱う政府部内のまったくもって官僚的な問題だった。

 4月25日に、政府・東電の原発事故対策統合本部の事務局長を務める細野豪志首相補佐官(当時)が、それまでSPEEDIのデータが公表されなかった理由として、「パニックを恐れたもの」との見方を示した上で、謝罪をしている。その後、5月2日には、SPEEDIデータとして、5000部を超える画像データが公表され、それまでどれだけの情報が隠されていたかが明らかになっている。

 他にも、実際には2006年頃から東電内部では、大規模な地震や津波が起きた際の危険性が検討されていたにもかかわらず、今回の震災を「想定外」のものとして、対応が遅れたことへの責任逃れをするなど、どうも「消火と人命救助」が優先されるべき事故直後の段階で、政府・東電内部ではすでに責任逃れのための工作が熱心に行われていたとしか思えない状況がある。

 なぜ政府や東電は嘘をついてまで情報を隠したのか。なぜ重要な局面になると、政府は決まって情報を隠そうするのか。これは単なる責任逃れなのか、それともそこには何か別の行動原理があるのか。末期がんに冒されながら政府・東電の嘘を追及し続けた弁護士にしてインターネット新聞主宰者の日隅氏と考えた。
(藍原寛子さんの福島報告は、今週はお休みいたします。)

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド 第380回(2008年07月12日)
メディア問題徹底討論
Part1・2 NHK裁判とマスゴミ問題
Part3 テレビニュースは本当に終わりませんか

ゲスト(Part1・2):日隅一雄氏(弁護士・NHK裁判原告代理人)
ゲスト(Part3):金平茂紀氏(TBSアメリカ総局長)

マル激トーク・オン・ディマンド 第300回(2006年12月22日)
マル激300回記念特別番組 2006年これだけは言わせろ!


福島第一原発事故


<ゲスト プロフィール>
日隅 一雄(ひずみ かずお)弁護士・NPJ編集長
1963年広島県生まれ。87年京都大学法学部卒業。同年産経新聞入社。92年退社。96年司法試験合格。98年弁護士登録。NHK女性戦犯法廷番組改編事件や外務省沖縄密約事件の代理人をつとめる。2006年よりインターネット新聞「News for the People in Japan」編集長。著書に『マスコミはなぜ「マスゴミ」と呼ばれるのか』、共著に『検証 福島原発事故・記者会見――東電・政府は何を隠したのか』など。

Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

BookMarks

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/

ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

マル激!メールマガジン
↓ ↓ ↓


-----<著書>-----

新刊!
↓ ↓ ↓

『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.