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暴力団を社会から完全に排除することの意味を考えてみた

マル激トーク・オン・ディマンド
マル激トーク・オン・ディマンド
第555回(2011年12月03日)
暴力団を社会から完全に排除することの意味を考えてみた
ゲスト:宮崎学氏(作家)

プレビュー

 今度ばかりは警察は本気で暴力団を壊滅させようとしているのか。

 今年10月1日、東京と沖縄で暴力団排除条例が施行されたことで、全国47の全都道府県で同様の条例が発効した。法律ではなく都道府県ごとの条例とはいえ、警察庁の指導に基づいたほぼ同じ内容になっていることが大きな特徴だが、特筆すべきはこの条例が暴力団のみならず、一般市民まで取り締まりの対象にしている点だ。

 京都・伏見のヤクザである寺村組組長の父を持し、暴力団に詳しい作家の宮崎学氏は、この条例は国民の要望によってできたわけではなく、警察側の主導により広められたことに警鐘を鳴らす。その背景には、警察の捜査能力の低下による刑法犯検挙率の低下に対する焦りと、警察の天下り先の拡大という2つの意図が隠れていると指摘する。

 暴力団排除条例は都道府県によって若干の違いはあるが、基本的には「暴力団を恐れない、暴力団に金を出さない、暴力団を利用しない、暴力団と交際しない」という4つの基本理念から成り、いかなる方法でも一切の暴力団との関わりを断つことを市民に要求し義務付けるものだ。これに違反すれば、勧告、名前の公表などを経て最終的には1年以下の禁固刑が課せられる可能性がある。

 問題はこの条例が想定する「交際」がどの程度のものを指すのか、いたって不明瞭な点だ。この条例の下では、市民は商売上の取引や不動産の賃貸から蕎麦の出前にいたるまで、社会生活や人間関係のあらゆる局面において、暴力団との関係の有無を問われることになる。

 曖昧な表現故に過剰なコンプライアンスを要求される。例えば暴力団の同級生と会うことになるかもしれないクラス会への出席を見合わせるように、本来は条例の対象とならない行為まで控えるようになる「萎縮効果」が懸念される。条例に違反することで「暴力団と関係のある企業」のレッテルを貼られることを恐れる企業が、これまで以上に積極的に警察の天下りを受け入れるようになるだろう、と宮崎氏は予測する。

 一方で、内容が曖昧であるがゆえに拡大解釈も可能になる。暴力団員が自分の住む家も見つけられなくなったり、神社や寺への参拝も拒否されるなど、彼らの基本的な人権が脅かされる可能性がある。また、謝礼をもらって暴力団員の弁護をした弁護士や、暴力団員を取材し、その言い分を書いた記者が条例違反に問われる可能性が排除できない。

 条例の意図する暴力団の排除が、どのような結果をもたらすかについても、考える必要があるだろう。アウトローはいつの時代にも、どんな国にも一定数存在する。今は暴力団という団体がそれをほぼ全面的に引き受けている状態だが、組織的であるがゆえに取り締まりも可能になっている。もし、組織としての暴力団が壊滅した時、日本社会のアウトローたちはマフィア化して、アンダーグラウンドに潜るだろう、と宮崎氏は言う。

 宮崎氏によれば、日本の暴力団の歴史は古く、起源は戦国時代まで遡る。そして時代に合わせて組織や活動の形態を変え、社会から外れた人間の受け皿になるなど、裏社会を支える役割を担ってきた。暴力団の存在によって社会の均衡が保たれていた面があるとすれば、暴力団が消えることで、日本の社会はどのように変質することになるのか。暴力団の内情に詳しい作家の宮崎学氏と議論した。

(今週はジャーナリストの神保哲生、青木理両氏の司会でお送りします。また、藍原寛子さんの福島報告は、今週はお休みいたします。)

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド 第237回(2005年10月07日)
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ゲスト:海渡雄一氏(弁護士)

マル激トーク・オン・ディマンド 第17回(2001年06月30日)
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ゲスト:宮崎学氏

<ゲスト プロフィール>
宮崎学(みやざき まなぶ)作家
1945年京都府生まれ。69年早稲田大学法学部中退。週刊現代記者、家業の解体業などを経て現職。著書に『突破者-戦後史の陰を駆け抜けた五十年』、『暴力団追放を疑え』、『近代ヤクザ肯定論-山口組の90年』など。

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神保哲生様

映画で見る暴力団の姿でしか実態が把握できないので的外れになるかもしれない。その点はご容赦願います。

金銭的利害を裁判などでスムーズに解決できない現状にあって、どのようにしたら民事裁判が暴力団の役割を担い得るかという現実的解決策が求められているような気がしています。

民主主義社会にあっては、あくまでも「法」が支配するわけであるが、人間的情実を無視して、無機質的解決は双方にわだかまりと不満を残すことは否定できない。しかし社会的な下記要請は無視することが出ません。

第一の大きな問題点は、ディスクローズするということが社会的規範になって来つつあります。政界でも同じであるが、裏取引が問題視されるようになっており、暴力団の行為も例外ではなくなっており、活躍できる機会、場所がなくなっていると言えます。

第二は解決手段として、昔に比べて交渉能力が格段に劣化しているのではないか。暴力的行為によって解決する反社会的行為が目立ってきているのではないか。

金銭的紛争は、いつの時代にあっても絶えることなどありません。逆に高金利金融が反社会的行為になっている現状にあっては、裏金融が起きやすく、暴力団の自制がかなり抑制的に作用しなければ、社会的弊害は無視できなくなります。

確かに警察関係者の天下り先の拡大は意図的であるか、そうでないかは分からないが、増えて行くことは確かなのでしょう。したがって、アメリカのように、アンダーグランドのマフィア化も否定できないのでしょう。

日本は日本の伝統的文化を持っており、「和の精神」によって村社会の中で解決ができていた時代が昔のことになり、何でも「法」によってしか解決できない社会になってしまったのはさびしい限りです。「人間味」などはない[契約」がすべてである社会が支配する日本が徹底されつつあるというように理解しています。

まずこの分野に詳しくないので、認識不足があることを了解していただきたい。
現在、暴力団と呼ばれる団体は、元をただせば、やくざ、その前は、地回りと認識しています。
地回りと言えば、「清水の次郎長」が真っ先に浮かびます。
義理と人情の代表者とも言える人物とも認識しています。
もとは、地回りは、地域の治安を預かる民間組織ともいえるかと思います。
それと同時に地域経済とも深く係わり合いを持っていた。
戦後の混乱期においても、経済と深く係わりを持つ。
確かに、異常な暴力行為は許されざる行為であり、不当な利益(覚せい剤販売や凶器である拳銃の密輸など)を上げることは、許されざる行為です。
ただ、経済界を初めとした権力がやくざを理由してきたことも確かなようです。
そのことが、暴力団体の資金源となり、利益重視思考がやくざを暴力団と呼ぶ団体に変貌させたとも考えられます。
都合のよい時は、蜜月関係であり、利益重視思考をやくざに与えたのは、経済界ともいえます。
つまりは、現在の経済がやくざを暴力団に変貌させたとも言える。
暴力団を擁護するつもりもなく、その関係者とも繋がりのない私でも、ある意味現在余りにも虐げられている。
私から見れば、威かついていても、社会から取り残された有る意味弱者であり、その時々で切捨てされるという、現在の一般の社会情勢の縮図とも思えます。
更に、軍隊や警察は社会的に認められて、暴力団(やくざ)が社会的に認められない。
戦争は究極の暴力であり、警察においても、特別の権力を持つ暴力ともいえます。
罪がなくても(冤罪)、その人の人生を抹殺することも出来る。
また、メディアも時として、ペンの暴力を使うこともある。
体を傷つけなくても、その行為は暴力であろう。
何故、やくざ組織だけが暴力団と呼ばれ、経済界や警察・メディアが暴力団と呼ばれないのか。
時として、私は判らなくなる時がある。

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Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

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ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
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-----<著書>-----

新刊!
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『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

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