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2011年8月28日

本当に困っている人を助けるために

マル激トーク・オン・ディマンド
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第541回(2011年08月27日)
本当に困っている人を助けるために
ゲスト:大野更紗氏(作家、「困ってるひと」著者)

 東日本大震災後に発売された福島県出身の作家大野更紗氏の「困ってるひと」が話題になっている。いわゆる「闘病記」の分野では異例の9刷、11万部を記録。インターネットの連載中から、病気の患者だけでなく、若い学生から高齢者、看護師や介護士、フリーターや障がい者など、幅広い人々の共感を集めている。

 大野氏は学部在学中からNGOのビルマ難民の支援活動に携わり、在日ビルマ難民の支援や民主化運動、人権問題に取り組み、在日ビルマ難民のインタビューや現地の難民キャンプ支援、講演会開催、弁護士・国会議員・ジャーナリストやメディアへの働きかけなど多彩な活動を行ってきた。

 大学院に進学し、ビルマ難民支援活動を続けていた2008年、タイ・チュラロンコン大学での研究留学中に自己免疫疾患系の難病を発症し、緊急帰国。日本国内で診断がつかずに病院を転々とする、いわゆる「医療難民」となった。その後、「皮膚筋炎」と「筋膜炎脂肪織炎症候群」の病名がつき治療を開始、都内の大学病院での入院を経て、現在は通院しながら治療を続ける。痛み止めの薬が効かず、自宅では「昏睡の合間に執筆し、常に痛みを感じている」状態だという。
 難病と闘いながら執筆活動をする大野氏に、震災後の社会的、医療的、経済的弱者が急増する時代の展望や、絶対的な不条理に直面した「困ってるひと」からみた真の援助と自立の可能性、メディアが描く「被災者像」と現実について、評論家の武田徹氏と社会学者の宮台眞司と語ってもらった。

今週のニュース・コメンタリー
・菅首相とスティーブ・ジョブズに見るリーダーの引き際

<ゲスト プロフィール>
大野更紗(おおのさらさ)作家、「困ってるひと」著者
1984年福島県生まれ。08年上智大学外国語学部フランス語学科卒業。上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程休学中。著書に『困ってるひと』

2011年8月23日

菅政権に入ってわかったことと、できなかったこと

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第540回(2011年08月20日)
菅政権に入ってわかったことと、できなかったこと
ゲスト:下村健一氏(内閣審議官)

プレビュー

 TBS時代はスター記者として数々のスクープをものにし、フリーに転じてからも常に日の当たるところを歩いてきたジャーナリストの下村健一氏が、昨年10月、何を思ったか、メディアでの確たる地位をすべて投げ捨てて、菅首相の広報担当審議官となった。早い話が政権を陰で支える裏方だ。

 欧米ではジャーナリストが政治家の広報マンになることはある。有名なアメリカCBSテレビのエド・マローも晩年はケネディ政権の広報の仕事をしていたし、今回マードック盗聴スキャンダルで問題になっているニューズ・オブ・ザワールドのコールソン編集長はその後イギリスのキャメロン首相の広報担当になっている。(その人事のためキャメロン首相は政治的に傷ついてもいる。)

 しかし、日本では第一線で活躍している現役のジャーナリストが、政府の、しかも総理大臣の広報を請け負うケースというは寡聞にして知らない。しかも、下村氏が政権入りした昨年10月は、尖閣沖中国船衝突事件の処理のまずさや柳田法務大臣の失言で菅政権の支持率がまさに超特急で急降下する最中にあった。そこに広報担当として飛び込むとは、まさに火中の栗を拾う行為だった。

 それから約10ヶ月、菅首相は退陣の意向を明らかにし、早ければ今月中にも首相官邸の主が代わろうとしている。その下村氏にこの10ヶ月を振り返りながら、政権の中で下村氏ができたこと、そしてできなかったことを語ってもらった。


今週のニュース・コメンタリー
•泊原発再稼働の妥当性を考える
•修正再エネ法案の改善点と問題点


関連番組

特別番組
福島第一原発事故
マル激トーク・オン・ディマンド 第508回(2011年01月07日)

特別番組 菅首相生出演!総理の言葉はネットに響くか
ゲスト:菅直人氏(内閣総理大臣)

マル激トーク・オン・ディマンド 第37回(2001年11月16日)
ブロードバンドは終わったのか
ゲスト:下村健一氏

マル激トーク・オン・ディマンド 第15回(2001年06月15日)
菅直人の見る小泉現象

プレスクラブ
「原発に依存しない社会を目指す」
菅首相が脱原発宣言

<ゲスト プロフィール>
下村健一(しもむらけんいち)内閣審議官)
1960年東京生まれ。85年東京大学法学部卒業。同年TBS入社。スペースJキャスター、ニューヨーク特派員などを経て99年退社。フリージャーナリスト。市民メディアアドバイザー。01年東京大学社会情報研究所客員助教授。06年エネルギー情報研究会議委員。10年10月より現職。著書に『マスコミは何を伝えないか』、共著に『報道は何を学んだのか』など。

2011年8月16日

人間は放射線を浴びてはいけない生き物なのです

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第539回(2011年08月13日)
人間は放射線を浴びてはいけない生き物なのです
ゲスト:崎山比早子氏(高木学校メンバー・医学博士)

プレビュー

 福島第一原発事故発生直後から、政府関係者や専門家たちの口からは「ただちに影響はない」の言葉が繰り返し発せられた。しかし、これほど不誠実かつ無責任な言葉はない。それを霞が関文学的かつ医学的に翻訳すると、現在の放射線のレベルでは、高い線量の放射線を浴びたことによる皮下出血や脱毛、下血、嘔吐といった急性障害は起きないかもしれないが、弱い放射線への被曝や放射性物質を体の中に取り込むことによる内部被曝によって、数十年後にガンや白血病などの晩発性障害が発症するリスクは十分にある、というものになる。その意味では、極めて不誠実な言い回しながら、彼らは本当のことを言っていた。現在進行形で原発事故を抱える今日の日本にとって、いまわれわれが抱える最大のリスクは、低線量被曝や内部被曝による晩発性障害のリスクといっても過言ではないだろう。

 放射線医学総合研究所に長年勤務し、現在は市民科学者の立場から生涯原発反対を唱えた高木仁三郎氏が創設した高木学校のメンバーでもある医師(医学博士)の崎山比早子氏は、事故発生当初から、こうした不誠実な情報発信のあり方に憤りを感じてきた。特に、科学者や医師たちのいい加減な発言によって、放射線の本当のリスクが見えにくくなり、誤った情報に基づく誤った判断で、多くの市民が命を危険にさらしている状況は看過できなかったと崎山氏は言う。

 確かに、被曝後、何十年も経ってからガンなどの病気が発症する晩発性障害は、因果関係の証明が難しい。がんの発症には、いろいろな原因が複雑に絡み合うからだ。しかし、だからといって、一部の専門家が強調するように、低線量放射能被曝の影響は無視してもよいということにはならない。

 崎山氏は放射線被曝にはしきい値、つまりここまでなら浴びても大丈夫という量は存在しないと理解すべきだと言う。どんなに少量の放射線でも、人間がこれを浴びれば、放射線は人間の体の細胞の、とりわけ遺伝子を破壊する。そして、それによって将来それがガンになる危険性は僅かずつでも確実に増していく。がんの発症が放射線被曝の積算蓄積量に比例することは、国際的な放射線の防護基準を策定している国際放射線防護委員会(ICRP)も含め国際的に広く認められており、学問的にはもはや疑いの余地はほとんどないと崎山氏は言う。

 また、同じ理由から、大人と比べて子供は、細胞分裂が盛んな上に、大人より多くの放射線を吸収してしまう傾向がある。その後の長い人生の中で、他の様々な発がん因子の影響を受けることになる子供は、二重三重に大人よりも放射線に対する感受性が高い。その子供に年間20ミリシーベルトまでを許容量とした政府の決定は、言語道断だと崎山氏は言う。

 にもかかわらず、ある程度の放射線を浴びても「ただちに問題ない」といった発言が、十分な情報や専門的知識を持っているはずの政府関係者や科学者、そしてマスメディアの解説委員等から次々と発せられるのはなぜか。崎山氏は、自分が所属する組織に対する従属や忠誠心を優先するあまり、本来は正しくないことを重々知りながら、そのような発言をしてしまっているのではないかとの見方を示す。

 事故発生後、マスメディアで「ただちに」発言が横行し、政府や専門家に対する不信感が高まったことについて、崎山氏は日本で「市民科学者」が不在であることが問題だと言う。仮に、政府や電力会社から大きな助成金や寄付を受ける大学や研究機関に所属する科学者が政府よりの発言を繰り返したとしても、そのカウンターパートとなる市民科学者が科学的な根拠に基づいて、それに対抗できる情報を発信することができれば、市民は双方からの情報をもとに独自の判断を下すことが可能になる。

 また、そもそも日本は情報発信ができていないばかりか、情報の受信すら正しくできていないと崎山氏は言う。放射線被曝に関係する海外の文献や論文には、必ずといっていいほど広島・長崎の調査データが登場する。しかし、海外では放射線被曝研究の定番となっている広島・長崎のデータが、日本では必ずしも十分に活用されていないというのだ。

 医療の専門家として、国の専門機関である放医研(2001年4月から独法)から高木学校所属の市民科学者に転じた崎山氏と、いまだ政府によって十分に説明されていない放射線被曝の本当のリスクと、それがきちんと説明されない理由やその背後にある市民科学者不在の問題などを議論した。

関連番組

特別番組
福島第一原発事故

<ゲスト プロフィール>
崎山比早子(さきやまひさこ)高木学校メンバー・医学博士
1939年東京生まれ。66年千葉大学医学部卒業。69年マサチューセッツ工科大学研究員。74年千葉大学大学院医学研究科修了。医学博士。75年放射線医学総合研究所主任研究員。99年より現職。共著に『受ける?受けない?エックス線CT検査』、『これでいいのか 福島原発事故報道』、『脱原発社会を創る30人の提言』など。

2011年8月 7日

広島・長崎の教訓を今われわれは活かせているか

マル激トーク・オン・ディマンド
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第538回(2011年08月06日)
広島・長崎の教訓を今われわれは活かせているか
ゲスト:沢田昭二氏(名古屋大学名誉教授・原水爆日本協議会代表理事)

 原発事故の収束の目処が立たないまま、今日、日本は66回目の広島・長崎の原爆の日を迎えた。

 被爆国の日本が、なぜここまで原発に依存することになったかについて、われわれは説得力のある説明を持たない。しかし、原子爆弾が後にもたらす放射能被曝の恐ろしさを身をもって知る国として、今回の原発事故への対応に、われわれはその経験を活かせているだろうか。また、それができていないとすると、それはなぜなのか。

 自身が66年前の広島で爆心から1.4キロの地点で被爆した経験を持ち、その後、核兵器廃絶運動に参加した名古屋大学の沢田昭二名誉教授は、今、福島で起きていることと、自身も体験した広島で原爆投下後の状態に、強い共通点があると指摘する。

 広島で原子爆弾が爆発した際、その爆風と熱、そして爆発の際に飛び散った放射線によって、多くの人命が失われた。しかし、その後、キノコ雲から広い地域に降り注いだ放射性物質によって、何キロ、あるいは何十キロにもわたって多くの人が低線量被曝や内部被曝をしている。その状況は今の福島の状況と共通点が多いと沢田氏は語る。

 しかし、原爆を投下したアメリカは、原爆の爆風や放射能を直接浴びた近距離初期放射線による外部被曝者のみを原爆の影響の及ぶ範囲と定義し、遠距離の低線量被曝や内部被曝の影響は無視したと沢田氏は言う。広範囲に広がる低線量被曝や内部被曝も考慮に入れなければならなくなると、原爆の一般市民への影響はあまりにも大きくなり、その使用が国際法上も人道上も正当化できなくなるからだ。結果的に原爆の爆発後、キノコ雲から広範囲に降り注いだ放射性物質によって爆心から遠く離れた場所で被曝した人や、原爆が投下された後、救助などのために広島に入り被曝した人たちは、調査の対象ともなっていないため、実態も把握できていないと沢田氏は指摘する。そして、そのことが、原爆症の認定問題でも、後々多くの人を苦しめることになる。要するに、日本政府は66年前の原爆についても、未だにその影響の全体像を把握できていないのだ。

 世界で唯一原爆の被爆経験を持つはずの日本が、原発事故やその後の放射能汚染への対応がいたってお粗末だったことの理由の、少なくとも一端は、そこにあるのかもしれない。日本は66年前に、今の福島と同様の経験をしていたにもかかわらず、その総括ができていないことのツケが、こういう形で回ってきていると、言い換えることも可能かもしれない。

 非人道性や非倫理性を理由に核兵器を批判し、この廃絶を訴える沢田氏は、同じ理由で原発にも反対の立場を取る。仮に原発が効率的に電力を供給する手段であったとしても、一旦事故が起きれば、これだけ広範囲に深刻な被害をもたらす原発は、やはり非人道的なものと断じざるを得ないからだ。

 そして、自身が素粒子を研究する科学者でもある沢田氏は、とりわけ科学者の責任を強調する。原爆を開発したアメリカの科学者たちの多くは、ナチスドイツの前にアメリカが原爆を持たなければ大変なことになると考え、その力をマンハッタン計画の下、ロスアラモス研究所に結集させた。しかし、ドイツが無条件降伏した後、プロジェクトに参加する科学者の多くが原爆開発の中止を訴えたにもかかわらず、アメリカ政府はこれを却下し、様々な戦略上の判断から日本にこれを投下した。ルーズベルト大統領に原爆開発を進言する書簡を出したアインシュタインは、そのことを後世にわたり我が身の恥としたという。

 元々原爆の副産物だった原子力発電についても、1950から60年代にかけて、科学はこれを無限の可能性を秘めた夢のエネルギーと位置づけ、世界中で熱心に研究・開発が進められた。しかし、度重なる事故で原発が当初考えられていたほどいいものではないことがわかったあとも、日本を含む一部の政府はこれを推進し続けた。そして、そこには常に政治の意思と、政治の意を汲んだ御用学者の後押しがあった。

 個々の科学者の意図の如何にかかわらず、科学が常に政治利用されることは歴史が証明している。沢田氏は科学者の責任として、人々を信頼し、常に社会にとって重要な情報を提供することの意義を強調するが、原爆投下から60余年がたった今、われわれはそれができているだろうか。

 原水協の世界大会に参加中の沢田氏を広島に訪ね、広島・長崎の教訓が福島で活かされているかを議論した。

今週のニュース・コメンタリー
・セシウム牛は全頭検査でいいのか
解説:夏堀雅宏氏(日本動物高度医療センター院長・放射線科科長)

・福島報告
夏休みを境に転校が急増する見込み
報告:藍原寛子氏(医療ジャーナリスト)

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特別番組
福島第一原発事故

<ゲスト プロフィール>
沢田昭二(さわだしょうじ)名古屋大学名誉教授・原水爆日本協議会代表理事
1931年広島県生まれ。55年広島大学理学部卒業。61年広島大学大学院理学研究科博士課程修了。66年名古屋大学理学部教授。95年名古屋大学名誉教授。2003年より原水爆禁止日本協議会(原水協)代表理事。著作に『核兵器はいらない!知っておきたい基礎知識』、共著に『共同研究広島・長崎原爆被害の実相』、『素粒子の複合模型』など。

Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

BookMarks

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/

ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

マル激!メールマガジン
↓ ↓ ↓


-----<著書>-----

新刊!
↓ ↓ ↓

『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

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