« 2010年5月 | メイン | 2010年7月 »

2010年6月27日

まちがいだらけのマニフェスト選挙

浜矩子氏(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)
マル激トーク・オン・ディマンド
第480回(2010年06月26日)
まちがいだらけのマニフェスト選挙
ゲスト:浜矩子氏(同志社大学大学院ビジネス研究科教授)

プレビュー

 参院選が24日、公示され、各党ともマニフェストを通じて政策を訴えている。また、菅首相がマニフェスト発表会見で消費税率引き上げに言及したために、マニフェストとは別に消費税引き上げの是非が、選挙の主要な争点となっているようだ。
 マニフェストは各政党が重要だと考える政策をまとめたものだが、それは日本や世界の現状をどう認識し、どのような対策を打つべきだと考えているかを示すものにほかならない。各党による今日の日本の診断書であり処方箋である。

 各党のマニフェストは一様に、日本の現状について経済の停滞や長期デフレに言及した上で、その処方箋として、「強い経済」や「デフレ克服」、「目標経済成長率」などを提示している。

 しかし、エコノミストの浜矩子同志社大学大学院ビジネス研究科教授は、各党のマニフェストが提案する政策はまちがいだらけだと指摘する。そもそも診断書の部分、つまり世界や日本の現状認識が誤っているからだと言うのだ。

 浜氏は、現在、日本を覆うデフレは需要が供給を下回る通常のデフレとは異なる「ユニクロ型デフレ」とも呼ぶ現象だと言う。これは、グローバル化によって地球規模の安売り競争が起きた結果、モノの値段の低下が人件費を押し下げ、人件費の低下がモノの値段を押し下げるという悪循環を指す。ユニクロ型デフレの下では、経済が成長したとしても、貧富の格差が増し、貧しい人々の生活はますます貧しくなる。貧しくなった人々はますます安い商品に群がらざるを得なくなるため、更にユニクロ型デフレの悪循環の深みにはまっていくのだ。

 浜氏は、こうした状況の下では、政党が経済成長を公約に掲げ、約束通りの経済成長が達成されたとしても、日本企業が中国などの新興国と安売り競争を続ける限り、人件費は下がり続けるし、格差は広がり続け、現在のユニクロ型デフレ状況は変わらないと言う。各党が今の日本経済の最大の問題と位置づけるデフレは、別の問題から生じている、という主張だ。そうならば、その根本問題に手当をしない限り、いつまでたってもデフレは解決しないことになる。

 根本問題への取り組みが結果的に経済成長にもつながるだろうと浜氏は言う。そのためにはまず政治が、経済成長を吹聴するだけでなく、根本問題に対する処方箋を提示しなければならない。では、いたずらに経済成長を謳うのではなく、政治が経済や社会に対して本当にできることは何か。

 浜氏はそこでカギとなるのが地域主権だと説く。まず政府が地域に権限を委譲した上で、地域に住む市民がお互いの顔が見える範囲で自分たちの問題に対する解を見つけそれを実行していく以外に、現在の日本社会が抱える問題を解決する方法は見あたらない。仮にセーフティネットの強化が必要という結論に達したとしても、それは国が一律に行うセーフティネットではなく、地域ごとのニーズを地域自らが考えて実行に移していくことが重要になる。政治にできることがあるとすれば、そうした枠組み作りくらいだろうと浜氏は言う。

 政治が経済や社会を変えることはできない、反対に経済や社会が政治のあり方を決めるのだと主張する浜氏と、各党の参院選マニフェストの問題点、さらにはマニフェストには載っていない参院選の真の争点は何かを議論した。

今週のニュース・コメンタリー
•野球賭博を生んだ相撲界の拝金体質と閉鎖性

関連番組
インタビューズ(2010年06月19日)
民主党マニフェスト、新経済成長戦略をどう見るか
熊野英生氏、飯田泰之氏、高橋洋一氏インタビュー

プレスクラブ(2010年06月21日)
9党党首討論
プレスクラブ (2010年06月16日)
自民党と民主党が17日夕、マニフェストを発表へ

<ゲスト プロフィール>
浜 矩子(はま のりこ)同志社大学大学院ビジネス研究科教授
1952年生まれ。75年一橋大学経済学部卒業。同年三菱総合研究所入社。ロンドン駐在員事務所長、主席研究員などを経て02年退職。同年より現職。著書に『ユニクロ型デフレと国家破産』、『グローバル恐慌 金融暴走時代の果てに』など

2010年6月20日

EUはユーロの挫折を乗り越えられるか

庄司克宏氏(慶應義塾大学法科大学院教授)
マル激トーク・オン・ディマンド
第479回(2010年06月19日)
EUはユーロの挫折を乗り越えられるか
ゲスト:庄司克宏氏(慶應義塾大学法科大学院教授)

プレビュー

 ギリシャの財政問題に端を発するユーロ危機は、EU(欧州連合)がIMF(国際通貨基金)を巻き込む形で7500億ユーロ(約85兆円)相当の財政支援を行うことで、当面の決着を見た。しかし、今後、スペインやポルトガルなど多額の財政赤字を抱える他のユーロ圏諸国への波及も懸念され、ユーロ危機は依然として予断を許さない状況が続いている。

 そもそも今回のユーロ危機は、通貨を統合し金融政策だけは欧州中央銀行の下に一元化しながら、財政や経済政策はユーロ加盟各国に委ねられているという現在のEUの統治構造の矛盾を浮き彫りにしたものだった。果たしてこれはユーロへの通貨統合の失敗を意味するものなのか。欧州同盟という長く壮大な試みは、この先どこへ向かうのか。

 EU研究の第一人者でEUからEU専門家の証であるジャン・モネ・チェアの称号を授与されている慶應義塾大学の庄司克宏教授は、今回の危機をきっかけにEU内では各国の主権にまで踏み込んだより緊密な統合を図ろうとの機運も生まれてきているが、そのためには条約改正が必要となるため、その実現には高いハードルが存在すると指摘する。EUという構想自体が、一見主権の返上を含む国家の統合を指向したもののように見えながら、実は、加盟国の主権を守るための手段としての経済統合という性格を持つて始まったからだと言う。

 EUの母体となる1952年の欧州石炭鉄鉱共同体(ECSC)の設立は、第二次世界大戦の戦後処理として仏独の不戦共同体をつくるという目的で進められたものだった。とりわけ第一次大戦、第二次大戦と立て続けに世界戦争の発端を作ったドイツが、再び戦争を起こさないような体制を作ることが、戦火で荒廃した欧州にとっては喫緊の課題だった。

 その後EEC(欧州経済共同体)、EC(欧州共同体)を経て1993年のEU発足、1999年のユーロへの通貨統合へと進化を繰り返してきた欧州同盟だが、一般にEUに至る経緯は、専ら経済的な統合を進めてきたように見られることが多い。しかし、庄司氏は、EUの歴史は、むしろその時々の政治的課題を解決するための手段として経済的統合を利用してきたものだったと言う。発足時の石炭鉄鋼共同体も、結局は戦争経済を支える産業の共有が目的だったし、経済的に貧しい小国のギリシャが1981 年にEC加盟を認められたのも、頻発するクーデター を押さえ込み、民主主義を安定させるという狙いがあったという。

 つまり、EUの経済統合は、一見経済的なメリットを得ることを目的としているように見えながら、実は高度に政治的であり、また安全保障政策の一環でもあったというのだ。

 そのようなEUの歴史の中で、今回のユーロ危機が、大きな挫折となったことは否定できない。ギリシャなどの弱小国のユーロ脱退や、ユーロ危機のツケを回されるドイツのマルク回帰さえ取り沙汰されている。だが庄司氏は、ヨーロッパがEUやユーロという、苦難の末に勝ち取ったツールを簡単に手放すことはないだろうとの見方を示す。

 EUはそもそもヨーロッパ的価値観で世界をリードしたいと考えるヨーロッパ人たちが、米ソ、ひいては中国・インドなど非ヨーロッパ的なる価値に対抗するために作り出した、多分に理念主導型のものだった。CO2の排出権取引市場など、EUやユーロというツールを手にしたからこそ、ヨーロッパが世界で主導権を持つことができている分野は多い。今回の挫折を乗り越えて、ヨーロッパはこれからも環境、科学技術、人権などの分野で世界のリーダーシップをとろうとしてくるだろうと、庄司氏は予想する。

 ユーロ危機であらわになった経済統合の限界などEUが抱える問題、そして東アジア共同体構想をマニフェストに明記した日本の民主党政権がEUの経験から学ぶべきことは何かなどについて、EU専門家の庄司氏と議論した。

関連番組
インタビューズ(2010年06月19日)
民主党マニフェスト、新経済成長戦略をどう見るか
熊野英生氏、飯田泰之氏、高橋洋一氏インタビュー

<ゲスト プロフィール>
庄司 克宏(しょうじ かつひろ)應義塾大学法科大学院教授
1957年和歌山県生まれ。80年慶應義塾大学法学部卒業。90年同大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学。二松学舎大学助教授、横浜国立大学大学院教授などを経て04年より現職。著書に『欧州連合 統治の論理とゆくえ』、共著に『EUのガヴァナンスと政策形成』など。

2010年6月13日

脱・脱官僚のすすめ

:中野雅至氏(兵庫県立大学大学院准教授)
マル激トーク・オン・ディマンド
第478回(2010年06月12日)
脱・脱官僚のすすめ
ゲスト:中野雅至氏(兵庫県立大学大学院准教授)

プレビュー

 菅直人新首相は、就任会見でも国会での所信表明演説でも、これまで民主党が一貫して主張してきた「政治主導」の言葉を一度も使わなかった。いや、むしろ菅首相は、官僚との協力関係や役割分担を強調するなど、一見、新しい政権の下で民主党は脱官僚の旗を降ろしたかに見える。どうやら菅政権にとって鳩山政権からの教訓の中に、官僚との関係修復も含まれていると見て間違いなさそうだ。

 そもそも鳩山政権の8ヶ月間、政治と官僚の関係はどうなっていたのだろうか。元厚生労働省のキャリア官僚で政治と官僚の関係に詳しい、兵庫県立大学の中野雅至准教授は、鳩山政権の8ヶ月間、中途半端な政治主導の結果、大臣、副大臣、政務官の政務三役が官僚を遠ざけて、もともと官僚が行っていた仕事の多くを政治が担おうとした結果、行政の仕事が大幅に滞っていたと指摘する。そして、それは政治家に官僚が抵抗した結果などではなく、政治から官僚に対して明確な指示が出されなかったために、官僚が動けなかったのが実情だったと、中野氏は言う。

 政策の実現には目標を設定し、利害調整を行い、執行するという3つのプロセスがある。政治の最大の役割は政策の目標を明確にすることだが、鳩山政権にはそれができていなかったばかりか、そもそも何を実現したいかがはっきりせず、明確な理念があるかどうかさえ疑わしいと官僚の目には映っていたと中野氏は言う。

 しかも、とりわけ野党時代が長かった民主党には利害調整の経験も浅いため、調整が不十分なまま最後の執行部分だけが官僚に委ねられても、官僚は動きようがなかったというのだ。

 経済界への影響を懸念する経産省の抵抗で、地球温暖化ガス削減の実効性が危ぶまれる内容となった地球温暖化対策基本法も、世界に向けて25%削減を公約した鳩山首相が、法案の作成過程でリーダーシップを発揮すれば、経産省が手を突っ込む余地はなかったはずだと中野氏は言う。少なくとも官僚の目には、この問題でも鳩山政権の対応ぶりは、、25%削減の本気度を疑わざるを得ないようなものと映っていたのだ。

 そもそも、官僚が霞ヶ関文学や修辞学を駆使して法案を骨抜きにしたり、自分達に都合の悪い政策に抵抗しているという物の言いようは、官僚の現場を知る中野氏にとっては無理があるものと映る。国民によって選ばれた政治家が明確に理念と目標を設定すれば、役人が小手先の技術でそれに抵抗することなど容易にできるものではないし、最終的に官僚は政治家である大臣に人事権を握られている。それに、そもそも官僚は本気の政治家に抵抗するだけの度胸も気概も持ち合わせていないと中野氏は笑う。政治が政治本来の役割を果たさない時に、官僚の裁量が必要以上に大きくなるというのが、中野氏の一貫した主張だ。

 自分が望む政策実現のためにそうした官僚バッシングを巧みに利用したのは小泉首相だった。しかし、政権にとって本来は身内である官僚を抵抗勢力と切り捨てて行う改革は、行革型の改革に限られる。無論行革にも一定の意味はあるが、そこからは、今日本がもっとも必要としている新しい価値や方向性は生まれてこない。官僚を叩いていても、今日の日本の問題が解決するわけではない。

 民主党政権の本質は再配分政策にあると見る中野氏は、できるだけ早く意味のない官僚バッシングは卒業し、民主党本来の理念の実現に向かうべきだと提言する。その方向性を明確に打ち出せば、黙っていても官僚はついてくるはずだと。

 官僚バッシングの結果、今官僚たちが何を考えていて、彼らのモチベーションやモラールがどのような状態にあるのか、そして、日本が目指すべき政と官の関係はどうあるべきか。政治家と官僚の最大の違いは覚悟であり決断力だと言い切る中野氏とこうした問題を議論した。

今週のニュース・コメンタリー
・内閣支持率のV字回復は本物か
・「最小不幸社会」とはどんな社会なのか?
・記者クラブアップデート 菅政権が官房長官会見オープン化の意向
・映画「ザ コーヴ」に見る2つの「自主規制」

関連番組
マル激トーク・オン・ディマンド 第467回(2010年03月27日)
霞ヶ関文学入門
ゲスト:岸博幸氏(慶應義塾大学大学院教授)

マル激トーク・オン・ディマンド 第407回(2009年01月24日)
無法地帯化する霞ヶ関ゲスト:高橋洋一氏(東洋大学教授)

マル激トーク・オン・ディマンド 第367回(2008年04月13日)
言論の自由を宝の持ち腐れにしないために
ゲスト:鈴木邦男氏(一水会顧問・作家)、森達也氏(ドキュメンタリー作家)

永田町コンフィデンシャル 第22回(2008年08月02日)
官僚と政治家の癒着関係をどう断ち切るか
ゲスト:鈴木馨祐氏(自民党・衆議院議員)

プレスクラブ (2010年06月08日)
菅首相就任記者会見

<ゲスト プロフィール>
中野 雅至(なかの まさし)兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科准教授
1964年奈良県生まれ。88年同志社大学文学部卒業。96年ミシガン大学大学院公共政策学部修士課程修了。03年新潟大学大学院現代社会文化研究課博士課程修了。89年奈良県大和郡山市役所勤務を経て90年労働省(現厚生労働省)入省。職業安定局、新潟県総合政策部情報政策課長、厚労省大臣官房国際課課長補佐などを経て04年退官。同年より現職。主な著書に『公務員大崩落』、『「天下り」とは何か』など。経済学博士。

2010年6月 7日

鳩山政権は何に躓いたのか-新政権の課題

マル激トーク・オン・ディマンド 第477回(2010年06月05日)
マル激トーク・オン・ディマンド
第477回(2010年06月05日)
鳩山政権は何に躓いたのか-新政権の課題
ゲスト:松井孝治氏(内閣官房副長官)、
    長谷川幸洋氏(東京新聞・中日新聞論説委員)、
    福山哲郎氏(外務副大臣)、
    山口二郎氏(北海道大学教授)

プレビュー

 民主党政権発足から8ヶ月余り。社民党の連立政権離脱の激震も収まらないうちに、今度は鳩山首相が辞任、そして小沢幹事長も辞任した。鳩山首相は2日の辞意表明演説で政権交代の成果を訴える一方、それでも「国民に聞く耳を持たれなくなってしまった」原因として、政治とカネの問題と普天間移設問題の二つを挙げた。

 辞任表明の前日、鳩山首相から直接辞意を伝えられたという松井官房副長官は、辞任の理由として特に首相が強調したのが政治とカネの問題だったと明かす。クリーンな政治を目指して自民党を飛び出し、民主党を結党したはずだったのに、自分と小沢幹事長が抱える政治とカネの問題で国民の指弾を受け、党を窮地に立たせている。このままでは民主党も自民党と同じように見られ、政策の実行もままならない。もう一度民主党の原点を取り戻し、党の再生を図るためには、小沢幹事長と共に辞任するしかない。そう述べた鳩山首相は、スピーチライター役の松井氏が用意する演説原稿を持たずに辞意表明の演説に臨んだという。

 確かに政権与党のトップ2人が政治とカネの問題を抱えたことが、政権の求心力にボディブローのように効いていたことはまちがいないが、鳩山政権を退陣に追い込む決定打となったのは、普天間飛行場の移設問題だった。なぜならば、これが政権のガバナンス(統治)能力を問う問題にまで発展してしまったからだ。

 「鳩山首相は普天間問題に関して、日米安保体制をアジアとの信頼関係の中に位置づけてより深化させるという大きなビジョンの中でが県外・国外を模索していた」。松井氏はこう言って首相を弁護する。そもそも先進国が自国の安全保障を他国任せにした上に、駐留基地を永続的に国内に配置させておくのはおかしいというのが首相の持論。戦後初の政権交代を成し遂げた以上、基地問題の解決を一歩でも前に進めるのが使命であるとして、民主党がマニフェストで落とした「県外移設」をあえて個人の思いとして公言したのが「最低でも県外」という言葉だったという。

 しかし、鳩山政権迷走の内実を追いかけた『官邸敗北』の著者で、東京新聞・中日新聞論説委員の長谷川幸洋氏は、マニフェストにないことを首相が公言したことで政権が迷走するのは目に見えていたと言い切る。長谷川氏によれば、政治とは政策という目標を決定し、その実行に至るまでの工程管理であるという。そのプロセスで対立が生じたり、それを調整するのもまた政治だが、マニフェストという党全体で共有されたものから首相が勝手に踏み出してしまえば、最初から内閣としてのゴールが定まらず、迷走するのも当たり前だというのだ。

 しかし松井氏は、最終的に鳩山政権がつまずいた本質的な原因は、マニフェストを忠実に実行することを優先し、政策を遂行するための制度改革を後回しにしたことだと言う。具体的には、当初は民主党政権の鳴り物入りだったはずの国家戦略局が全く機能しなかったことだ。政権交代とは本来ならば、統治構造の変革を可能にするほどインパクトのあるものであるにもかかわらず、民主党議員の多くが、システム変革に関心を持たなかった。
 首相辞任後わずか2日で菅直人氏が新首相に選出されたが、どのような組閣を行うにせよ、鳩山政権の轍を踏まないために、新政権は真っ先に制度改革に着手すべきだと松井氏は提案する。

 今週はまず、首相の片腕として鳩山政権を支えた松井氏を迎え(Part1)、鳩山政権がどこでつまずいたのかを検証した上で、長谷川氏とともにその議論をさらに深めた(Part2)。

 その上で、福山哲郎外務副大臣をゲストに迎え、鳩山政権の政治主導のあり方などについて議論をした。(Part3)

 さらに、結党時以来民主党のブレーンを務める山口二郎北海道大学教授を迎え、今回の鳩山辞任劇のもう一人の主役である小沢氏に焦点を当て、鳩山政権がなぜ破綻したのかを検証した。

 山口氏は、民主党の政権交代には、自民党的な政治のあり方を変えるという命題と、自民党的な手法に訴えてでも自民党を徹底的に潰すという2つの命題が存在しており、その矛盾を、小沢氏を政権与党内に抱えた鳩山首相が乗り越えられなかったことが政権の破綻につながったと指摘する。

 小沢氏が民主党に何をもたらしたのか、ひいては日本の政治においてどのような役割を果たしたのかについて山口氏と議論した。(Part4)

(今週は特別編成のため、ニュース・コメンタリーはありません。ご了承ください。)


関連番組
プレスクラブ(2010年06月02日)
鳩山首相辞任表明

プレスクラブ(2010年06月04日)
菅民主党新代表就任会見

<ゲスト プロフィール>
松井 孝治(まつい・こうじ)内閣官房副長官
1960年京都府生まれ。83年東京大学教養学部卒業。90年ノースウェスタン大学経営大学院修士課程修了。83年通商産業省(現経済産業省)入省。通商政策局、機械情報産業局、内閣官房内閣副参事官(羽田・村山・橋本内閣)、行政改革会議事務局(橋本内閣)などを経て00年退官。01年参院初当選(京都選挙区)。党政策調査会副会長、ネクスト内閣府担当大臣、参院内閣委員会筆頭理事などを歴任。09年より現職。 著書に『この国のかたちを変える』。当選参院2回。

長谷川 幸洋(はせがわ・ゆきひろ)東京新聞・中日新聞論説委員
1953年千葉県生まれ。76年慶応義塾大学経済学部卒業。89年ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院で国際公共政策修士取得。77年中日新聞社に入社。経済部、外報部、ブリュッセル支局長などを経て99年より現職。財政制度等審議会臨時委員、政府税制調査会委員などを歴任。『日本国の正体 政治家・官僚・メディア----本当の権力者は誰か』、『官邸敗北』など。

福山 哲郎(ふくやま・てつろう)外務副大臣
1962年東京都生まれ。86年同志社大学法学部卒業。95年京都大学大学院法学研究科修士課程修了。大和証券、松下政経塾塾生を経て98年参院初当選(無所属)。99年民主党入党。参院環境委員長、党政調会長代理などを歴任。当選2回(京都選挙区)。

山口 二郎(やまぐち・じろう)北海道大学法学部教授
1958年岡山県生まれ。81年東京大学法学部卒業。同年同大学助手。北海道大学法学部助教授を経て93年より現職。著書に『民主党政権は何をなすべきか』、『政権交代論』など。

Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

BookMarks

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/

ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

マル激!メールマガジン
↓ ↓ ↓


-----<著書>-----

新刊!
↓ ↓ ↓

『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

→ブック・こもんず←



当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.