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政府のタバコ規制は必要か

松沢成文氏
マル激トーク・オン・ディマンド


第449回(2009年11月14日)

政府のタバコ規制は必要か
ゲスト:松沢成文氏(神奈川県知事)

プレビュー

 「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。」

 これは現在日本で販売されているタバコのラベルに記された警告文だが、タバコによる健康への悪影響が常識となる中、職場や公共交通機関の禁煙が進み、路上喫煙を禁止する条例が全国各地の自治体で施行されるなど、タバコを吸う人の肩身は日々狭くなってきている。全館禁煙のビルの入り口付近には、常にタバコを吸う人の姿が絶えないし、喫煙者をガラス張りの部屋に閉じ込めて、タバコを吸わせている事業所や公共施設も増えてきている。

 そうした中、全国で初めて屋内での喫煙規制にまで踏み込んだ「受動喫煙防止条例」が今年3月、神奈川県で成立した。この条例は、歩きタバコによる事故防止や環境美化などを目的としたこれまでの路上喫煙禁止条例から更に一歩規制を強化するもので、受動喫煙の被害を防ぐ目的で、「公共的施設」内での喫煙にまで規制をかけるというもの。

 ここで言う公共的施設とは、不特定多数の人が集まる場所を指し、公営施設だけでなく民間の施設も含まれる。官公庁や学校、病院や映画館など公共性の高い施設は禁煙、一定規模以上の飲食店や娯楽施設、宿泊施設などは禁煙か完全分煙の措置を講じなければならなくなるため、基本的には神奈川県では、人が多く集まるところではほとんどタバコは吸えなくなったと言ってよさそうだ。しかもこの条例に違反すると、施設の管理者には5万円以下、個人には2万円以下の過料が科せられるという罰則までついた厳しいものだ。

 公共の場での喫煙規制を選挙公約に掲げ、本条例の導入を主導した神奈川県知事の松沢成文氏は、タバコによる健康被害が明らかになった今、タバコを吸わない人が吸う人の煙によって健康を害するのは理不尽であり、受動喫煙から県民の健康を守ることが行政の責務だと主張する。また、日本はたばこ規制枠組み条約に批准しているにもかかわらず、条約で定められた屋内での受動喫煙対策に消極的で、すでに公共空間での喫煙規制が進む海外の大都市と比べても、日本のタバコ対策は遅れているので、国がやらないなら地方から全国的に広げていきたいと抱負を語る。

 タバコは喫煙者自身の健康被害に加え、副流煙や歩行中の事故を含め他人にも被害が及ぶ以上、その是非は全面的に個人の自由に委ねられるべきではなく、政治が一定の役割を演じる責任があるというのが、松沢氏の立場だ。

 嫌煙家にとっては、今回の神奈川県の受動喫煙防止条例は確かにありがたいものかもしれない。なぜなら、これまで個人の判断に任されていたものを、行政が上から規制してくれるからだ。もはや煙を我慢したり、喧嘩になるのを覚悟で、吸うのをやめて欲しいと訴える必要もなくなる。

 しかし、ジャーナリストの斎藤貴男氏は、行政が個人の行動にまで干渉することに対して、公権力による個人の監視・管理の強化につながるだけでなく、それ以上に問題なのは、個人が公権力への依存度を強め、ますます主体性を失っていく風潮を加速しかねないと警鐘を鳴らす。本来ならばコミュニケーションを通じて社会の中で解決すべき問題を安易に行政に委ねてしまえば、ますます我々は自分たちで問題を解決する能力を失ってしまうからだ。

 公共の場での喫煙に対して、政府が規制を加えることは是なのか非なのか。今回はマル激としてはやや異例のスタイルで、行政による喫煙規制の是非をめぐって、喫煙規制条例を推進した神奈川県の松沢成文知事と、自身は喫煙者ではないにもかかわらず嫌煙ファシズムを批判する斎藤貴男氏との議論から、タバコ規制を通じて見えてくる社会のあるべき姿について考えた。

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プロフィール
松沢 成文(まつざわ しげふみ)神奈川県知事
1958年神奈川県生まれ。82年慶応義塾大学法学部卒業。松下政経塾塾生、神奈川県議を経て、93年衆院初当選(新生党・旧神奈川2区)。98年民主党に合流。03年より現職(2期目)。著書に『受動喫煙防止条例 日本初、神奈川の挑戦』、『実践 ザ・ローカル・マニフェスト』など。

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

嫌煙者の喫煙者に対する攻撃性は度を越している。ほとんど感情論でかみ合わない
受動喫煙で肺がんになった人がどれほどいるのか、どの程度受動喫煙すれば肺がんになるのかさえ証明できまい。
歩きたばこで子供に火傷させたことなど、すくなくとも私は一度も無いし、多くの喫煙者もそうだろう。だいたい「たばこでがんになる」とは科学的に証明されていないはず。
国家が健康のために規制する、というのもいただけない。断酒法や断種法に通じる。ヒトラーがユダヤ人を排斥したのと同様に。
値段に関しても「欧米に比べて低い」から上げる?税金が低くて何が悪いか。嫌なら公務員の給与を下げるがいい。第一、課税は公平であるべきが筋だろう。

間違っていたらごめんなさい、たしか養老氏は著書の中で、健康被害については、たばこより排気ガスのほうがよっぽど身体に悪いと書いておられましたが、私には、たばこの煙のほうが迷惑に思えます。

白状しますが、私、15年くらい前までヘビースモーカーで1日3箱のペースで吸ってましたが、ある朝、口の中のネトネトがたまらなく嫌になって、その瞬間に止めちゃいました。
今じゃ煙の臭いも駄目だなぁ!タバコやめたら体調も良くなったし気持ち良いです。

さらに、恥を忍んでお話しますが、喫煙してた頃、何も考えず歩きたばこしてはポイ・車の窓からもポイ、ちゃりんこ乗っても気軽にポイ…マナーも減ったくれもない野人でした。気軽にポイの方は、禁煙よりさらにさかのぼること3年位前に、大阪MBS前の路上で気軽にポイ!した現場を前方から歩いて来た女子アナ石田さんに見つかり思いきりメンチ切られまして…その時に初めて自分の醜い姿に気付き恥ずかしくなってその瞬間から辞めました…皆様、ご迷惑おかけしました。と言う事で、この件につきましては、行政の規制取組に積極的に賛成いたします。たばこが本当に好きな人もいらっしゃるでしょうが私が思うに、止めたいが止めれないとか惰性で吸ってる人もかなり居るんじゃないかと思います。そんな人には止める良いきっかけになると思います。野人も減るしね。

「自宅でどうぞ」
愛煙家の方を非難するつもりはありません。自宅で楽しんでおられる限りは。私のように煙草の匂いを少しでも嗅ぐと気分が悪くなる者にとって、屋外で無理やりその匂いを嗅がされることは苦痛を通り越して拷問です。
 あと、増税論議については、喫煙による健康被害(正確には喫煙により増加する医療費)について正確な情報が知りたいですね。喫煙による医療費高騰が無視できない額であれば、それを補う意味での増税は筋が通っていると思います。
 最後に、「たばこ税払っているから公衆の場所で喫煙しても文句ないだろう」という人が私の周りに結構います。それは例えて言えば、高額所得者が「私はたくさん税金払っているから、公共施設を優先的に使っても文句ないだろう」というのと同じことです。納税行為と公衆道徳を混同しないでいただきたい。

たばこ吸いのいちゃもんですが、聞いていただけるものならば聞いてね。
ここ10年神奈川県内に足を下ろしたことがないのでよく知らないのだが、「煙草屋サンはあるの?」

ここまで徹底したことをするのなら、たばこを吸っていけない所で「たばこを販売する行為」は、やってないよね?

一番分かりづらい事なんだけど、
JRでも私鉄でも、「禁煙」を謳いながら、そのホーム上や構内で、堂々と煙草を販売してるんだな、これが。
おかしいなとは、思わないんですか?

どうせやるなら、「神奈川県内ではたばこは吸わない、売らない、持ち込ませない」をやればどうかな。

条例では喫煙所を設けることができる、分煙施設の整備には融資制度もある、そして罰則規定があるということは、違反を取り締まりがあるということになる。つまり全面禁煙ではなく、条件付で喫煙できる訳。しかし施設整備する資金は助成されるのではなく融資、そして監視(取締)される。これだけでは単なる喫煙者の締め出しを決めているだけで、喫煙者のセーフティーネット(言葉が適当でないかもしれないが)はどうなっているのか。私は嫌煙者で喫煙者の味方ではないけれど、この条例、一方的な感じがします。趣旨が受動喫煙防止だから仕方ないといえば仕方ないのだが、なんか割り切れない。

喫煙や受動喫煙の是非は別にしてこのような規制を元手を上げて賛成している方たちこのような規制を認めていくと”おい右向けといっただろさっさと右向け”となる不安を感じませんか?

特にわが国日本民族付和雷同大好きそれしかない国民性小泉劇場をお忘れですか
戦前の国民上げての鬼畜英米撃つべしの国民行動?をもうお忘れですか?

申し訳有りませんでした 訂正させてくださいませ

>にしてこのような規制を元手を上げて賛成している方たち

にしてこのような規制を諸手を上げて賛成している方たち

訂正させていただきます

わたしはタバコを吸わないから わからないですが、
タバコと大麻は どっちが健康に悪い?
あるいは、その依存性についてもですね、

まあ、よくわからないけど、なんとなく
どっちもどっちという感じがする。

ということならば、
大麻が違法なんだから、タバコも違法にすればいい
という論理は成り立ちうる。

よく言われる
大麻、踏み石論。
つまり、大麻を吸えば それが覚醒剤に至るから
大麻を禁止しなてくはならないという考え方ですね。

ならば、この 踏石論がなんでタバコにも摘要されないのか。

つまり、タバコを吸えば 大麻を吸うようになるから、タバコを禁止すべきだ(笑)

私の弟・義弟(両方とも医師であります)からの情報で申し上げると、日本医師会(この組織は国民からは金持ち団体と白眼視されているけれど)が、何年も前から’禁煙キャンペーン’をしているのに、マスコミは一部の(NHKは喫煙のマイナス面を報道などで積極的に取り上げてくれていますが)除いて取り上げてくれない、と不満があるみたいです。
特に民放テレビ・ラジオが全然駄目、というらしいです。民放はどちらかと言うと、喫煙賛成派という事です。医師、開業医・勤務医共に敵対視して報道する立場からです。
喫煙という事を報道する側から、発想の転換をしていかないと、この「禁煙問題」は解決していかないのではないでしょうか?
民放がJTというスポンサーの圧力があるのは重々承知していますが、喫煙する事によって生じた疾患を治療する医師の『立場』にも耳を傾けて頂きたい、と思います。

私も、10年位前まで、1日100本以上吸う相当のヘビースモーカーでした。だから、愛煙家の気持は理解できます。しかし、「政府の規制は必要か」という命題に対しては、私は必要だと考えます。
今の日本社会では、タバコが肺がんを始めとする気管支系疾患の主因として想定されていることに、異論は殆ど無いのではありませんか。いくら嗜好品とは言っても、有害注意の文言記載が義務付けられている商品を、民営化されたとしても、公に生産し、販売させていること自体、国民の健康に関して無責任だと言われても仕方ないと思います。これではアヘンや大麻の生産・販売を指弾できないでしょう。順次縮小の計画が実施されて然るべきだと思います。
直接の関係は無いのかもしれませんが、長い間繰り返される薬物汚染も、同様に大変生ぬるい対処だと思います。これでは、本気で安心・安全な国にする気持があるのか疑いたくなります。是非、健康で健全な国を目指して欲しいと願っています。

知事も県議員も、県民が選挙で選んだのだから、不満なら選挙で落とせばいいだけの話です。逆に、今のところは県民から支持されている、つまり、県民の意思であると捉えるのが妥当なのではないでしょうか。

私は非喫煙者です。10m先から漂ってきた、わずかなタバコの煙でも咳き込みます。喫煙者への嫌がらせで咳き込んでいるのではなく、無意識に体が拒否反応を起こして咳き込むのです。

満員電車の中でヤニ臭い口臭をかがされると眩暈を起こしそうになります。思わず顔が歪むような気持ち悪い臭いを纏っているという点では、強烈なニンニク臭や、どぎつい香水の臭いを纏って電車に乗ってくる輩と同類です。

もっとも、煙に対する拒否反応にしても臭いにしても個人差があることから、マナー(礼儀、作法)という形式的な問題というよりは、デリカシー(繊細さ、思いやり)という感覚的な問題が大きいのでしょう。

ニコチンやタールといったものが、喫煙者の感度を鈍らせてしまっているのではないでしょうか。
どぎつい香水の臭いを撒き散らして平気でいる女の人が、そのきつい臭いが好きなのではなくて、嗅覚がその臭いに慣れてしまって麻痺しているだけだというのと同じです。

逆にいえば、感覚が麻痺している人に対して、デリカシーを訴えることに無理があるのです。

従来どおり、マナーを訴える(=コミュニケーションを通じて社会の中で解決する)ことで改善されればよかったのですが、非喫煙者への配慮よりも喫煙の権利ばかり主張する「一部の」愛煙家がいて、その害を被っている非喫煙者が現実としている以上、禁煙や分煙を法制化せざるを得ないのでしょう。

本当なら、タバコ販売者や喫煙者同志で自主的にマナーを改善してもらえばよかったと思うのですが。JTの啓発広告は表現が甘っちょろいし、吸殻入れから常香炉のように煙がもうもうと出てても喫煙者は放ったらかしですし、期待するだけ無駄ですよね。

愛煙家の方々、一度2週間、できればニコチンパッド(?)でも使って1ヶ月、禁煙してみては如何でしょうか。

大半の方が喉の不快感がなくなったとか、痰がきれいになったとか、などなどの気管支症候群が緩和されますよ。3ヶ月我慢すれば息切れしにくくなります。駅の階段が楽ですよ。

その上で、今回のテーマについて考えてみてもよいのではないでしょうか。とりあえずの禁煙体験です。ずーっと禁煙しなくてもいいのです。如何ですか。(^^)

先日妻が検診で肺癌が見つかりました。脳や肝臓に転移していないか検査したら脳にも転移していました。二泊三日で名古屋の病院で放射線治療して昨日帰って来ました。肺は手術出来ないとかで抗癌剤での治療と決まりました。
原因は、タバコだそうです。
税収よりも健康上800円に値上げして吸引者を減らすのが政府の役目と悟りました。人ごとでは、無いです。悠長な事を言ってたら明日は我が身ですよ。皆様!
自業自得と思いながらも、これから家族共々厳しい闘病生活に立ち向かいます。

 止めておこうかと思ったのですが、一服吸ったら、書きたくなりました。
 私は、17歳のときから吸い続けているHeavy smokerです。近年一日一箱程度に減っていたのですが、ブログを始めて一日2箱になりました。
 喫煙場所は圧倒的に自室が多いのですが、外で、どうしても吸いたいときには人のいないところを探して吸います。ポケット吸殻入れを常備していてポイ捨てはしません。

 以上前置きで、本題ですが、嫌煙論は少々度を越してきたのでは無いでしょうか。

 まず、健康の問題ですが、これは個人の問題で、喫煙者も社会的費用は他の人々同様に負担しているのですから、勝手にさせてほしいと思います。

 喫煙者は病気にかかりやすく、結果的に社会的医療費の増加に繋がるという議論ですが、それを推し進めると、飲酒、運動不足、食べ過ぎ等健康に悪いとされていることをやるのは全て課税しなければならなくなります。同じく休日ドライブ等も事故の危険が増すので駄目となりませんか。

 受動喫煙は、マナーの問題でしょう。匂いが厭というのは分かりますが、それなら、公共の場所できつい匂いの香水をつけるのも禁止してほしいと思います。公衆便所の悪臭対策も、地方行政府の仕事でしょう、どちらも小生は気持ちが悪くなります。

 多分、最大の問題は、喫煙が、健康に悪いという余り科学的とはいえない臆説がまかりとおり、それを根拠に喫煙者に対しては特別課税そのほか何をしても許される、それは喫煙者のためでもあるという世論が出来上がってしまったことでしょう。

 小生の、自分自身を実験台とした観察によりますと、喫煙にはいくつかの利点があります。

 ひとつは喫煙すると、集中力が高まり思考速度が上がります、これは科学的にはニコチンの作用で、脳内の血管が開き脳細胞への血液供給量が増えること、同時に首から下の血管が縮まり、体温が低下することによると思います。
 次は、自宅で音楽など聴いてリラックスしている時ですが、小生は食いしん坊で口寂しいほうですから、つい珈琲やスナックに手が出て太ってしまいます。喫煙すると、紛らわされて菓子、珈琲の摂取量が減ります。
 更に、出先で仕事等でいらいらし血圧が上がっているなという時に、外に出て遠くの樹木とか、地平線を見ながら吸う一服は気分転換に最適で、一気に、ストレスが発散し、血圧が下がります。

 自分の都合で他人に迷惑をかけてはいけないというのは、勿論社会人としての最低のマナーで、喫煙者は気をつけなければならないとおもいます。しかしマナーの問題を態々法で規制するというのは如何なものでしょうか。

 これが進んでいくと、「BB」さんや、「浅山」さんの言われる、タバコ禁止論が出てくるでしょう、そうなれば大麻と同様必ず密輸問題が出てくるのではないでしょうか。小生は、確実に密輸品に手を出しますね。

 「愛煙家」さん、受動喫煙については、科学的実験があります。

 正確な広さは忘れましたが10人程度のオフィイスでタバコを吸った場合、喫煙者が吸引する一本のタバコに含まれる化学物質と同量を、受動喫煙者が吸引するには、1万6千本分の副流煙を吸引しなければならないと言う実験結果でした。

 受動喫煙の害は、確か疫学調査で、家族の中に喫煙者がいる家庭の非喫煙者が病気にかかる率を、喫煙者のいない家庭の罹患率と比較して立てられた説ですが、上記の結果を見ると余り説得力がある説ではありません。
 例えば、食生活、家庭がおかれた生活環境等いろいろな要素を取り上げた上で、疫学的だけでなく、科学的に原因・結果を究明し結論が出されるべきでしょう。
 香港の家庭の主婦は、肺がんにかかる率が非常に高いと言う疫学研究があります。
 これについては科学的に、狭い家でフライパンを使った油いため料理をよく作るので、油煙が吸い込まれ、肺細胞が刺激されるためであろう、と言う結論になっているようです。

 「マリアンヌ」さん、上記実験は学会に報告するべく提出されたようですが、理由不明で報告を拒否されたようです。勿論マスコミは一切取り上げていません。

 ご承知のように医学は残念ながら、まだまだ、科学ではなく、経験とあて推量による試行錯誤の段階です。
 人間と言う無形の意識と肉体が絡み合い複雑な相互作用をしている客体に対して、これは体に良い悪いと簡単決め付けるのは、如何考えても無理ではないでしょうか。
 医師会は、科学者の団体ではなく、商売上のギルドで、既得権益擁護を強硬に主張する、余り尊敬できない団体であることはご承知のとおりです。

  

 

喫煙者、いや愛煙家の方々には何を申し上げても無駄のようですね。かつての私も世界の誰に禁煙を勧められても、たとえ1箱・一万円になっても吸い続けると豪語していたのですから、無理はありません。お気持ちはよ~く分かります。

非喫煙者の言う事は感情論、喫煙者の言う事は理性的、そう思って様々な理屈をつけて反論しておりましたのは、かつての私でありました。

どうぞ、愛煙家の皆様これからも喫煙をお続けくださいませ。お子様、そしてご家族の皆様を大切に。

喫煙者や愛煙家さんがどうなろうと知ったこっちゃないのですが、
子供達への影響は考えなければなりませんね、
いろいろ悪影響があるようですけど本当なんでしょうか?

ヘビースモカーではありませんが、4-5歳からちょいちょい喫煙してます。当時はキセルでした。

祖父が小学校の校長で、両親も同じ教員でした。明治生まれの祖父は、孫の私は三代目の長男ということで何でも自由にさせてくれました。ついでにお酒も自由でした。勿論、家の中だけの話です。両親は、苦い顔でしたね。

社会人になって、研究室の朝礼でタバコには数10の有害物質が含まれており、部屋ではタバコはダメよ、マナーが大事、と。そして、研究に没頭した後の一服は、また格別、緊張がほぐれたものです。

もう60数年のお付き合いになります。もし害があるのなら、しっかりとした科学的根拠を国が示すべきです、示して欲しい。

タバコの購入は、極力居住地で購入し、少しでも市の財政の足しになるようにしてます。

タバコ税は、医療に携わる方々に使って欲しいものだ、いつかお世話になるだろうから。

禁煙場所が増えましたが、ようは、人に迷惑をかけないこと、ポイ捨ては厳禁、紳士ならマナーが大事です。

今、自室でフカしていると、紫煙が漏れているのでしょう。家内が外で吸いなさい!と怒鳴っております。

寒いけれど、窓に向けて扇風機で煙を追い出そう、、ちょっと寒いけれどな~。

吸っても構わないが吐くな。
火を付けたタバコの煙りを他人に吸わすな。
この2点を守るなら、どうぞご自由に。

レストランなどで分煙が行われていても,非喫煙者のための席で煙臭さが強い店が少なくないので,空間だけを分けても,空気の流れは制御していないのだなと思います.そういう嘘の分煙が多いことは残念な点です.
以前,東京京王府中駅に一番近いハンバーガー店で,非喫煙席なのに客の求めに応じて灰皿を出していて,あきれました.フェアでないですね.
今おこなわれている嘘の分煙を本当の分煙に変えてゆくだけでもいいと思います.

大麻や排気ガスなどと比較した医学的害の度合いよりも,とにかく普通の社会生活をしていて,避けたい時に避けられない状況にある悪臭であるということが問題なのです.分煙が空間だけでなく空気の流れの制御にまで徹底されているかどうかを公平な立場で抜打ち調査するようなことが公共団体の手で行われることを望みます.分煙のためのテクノロジーの開発にも期待します.
喫煙者の親を肺ガンで失った者としては,非喫煙者の不快感もあえて想像せずに,うれしそうに喫煙している人の笑顔に,なにやらあえて自ら鈍くなってゆく,優しさや気遣いの退化を感じることがあります.

 喫煙者が禁煙する時の精神的負担はかなりありますから、喫煙が健康に良いか悪いかは一概に決め付けられないでしょう。
 それより、健康に悪いから喫煙者を増税で減らそうという考えが納得いきません。
 健康に良くないので喫煙者を減らしたいのであれば、煙草の販売を禁止するべきです。
 喫煙者のみに過度に課税するのは税負担の公平に反します。
 税収不足になると常に煙草増税が出てくることの異常さを認識すべきです。
 同じ論理で甘いものにも課税しなければ、今行われているメタボ対策との整合性が取れないという議論に何故ならないのでしょうか。

もはや嗜好品としての位置づけではなくなってきているのですか?

嗜好品:栄養物ではないが香味や刺激を得るために食べたり飲んだりする物、酒、茶、たばこ、コーヒーなど。
(旺文社国語辞典1990年重版発行)

次に、愛煙家に並ぶワードを拾ってみました。
愛国家、愛妻家、愛書家、愛犬家
愛好家、
愛香家(これは造語です)
愛唱歌(これはだじゃれです)

マナーと規制条例との関係、タバコを燻らせながら考えてみます。

禁煙に関する喫煙者と非喫煙者の論争は永久に平行線のままで無益な論争と思います。喫煙者が非喫煙者に煙を吸わせないこと、灰と吸殻を自分自身で始末することさえ守っていれば、禁煙運動など盛り上がらなかったろうし、禁煙条例なども制定されなかったと思います。
喫煙者の方々、上記事項厳守できますか? 家族には煙を吸わせたくないとしてベランダや玄関前に出ての喫煙は、隣家住人へ煙害を及ぼしていますヨ! 歩行喫煙は、周辺の歩行者への煙害ばかりか衣服に焼け焦げも付けていますヨ(実害を被ってます)!
喫煙者が全て自己完結・自己責任で喫煙されるなら嗜好の範疇として容認しますが、無理な注文ですよネ。 そこで、止む無く、法規制にての煙害防止を望み、又、毎日「モク拾い」をせずに済む社会になることを望む次第です。
禁煙キャンペーンは、マリアンヌさんが紹介された医師会の他、薬剤師会、癌学会、薬学会、薬理学会なども行なっています。私は、これらの団体のキャンペーン趣旨に賛同します。

愛煙家は主体者であるのだし、誰も頼んでもいないのに自分の意思で、煙に消えてしまう物に余分にお金を払い、楽しんでいるのだから、結果として税金を払うのは当たり前。というのは嫌煙家の共通した気持ちですよね。

嫌煙家には被害者意識が付きまとう。それでは一気に非喫煙者が報奨金として所得税の割引等特権を受けるというのはいかがでしょうか?

喫煙家が禁煙する際ももちろんあらゆる支援を(金銭も含めて)惜しまない!財源?タバコ税ですよもちろん。

禁止だけでは事はうまくいかないですよね。楽しくなければ。

誤解を恐れずに私はいいたい。

たばこはマリファナではないので規制してくれ、すべての表現をこめて。

皆さま、多くは紫煙に支援はないようです。

20数年通っているスナックでは、一服もせず、吸いたくなれば、外で、、。そこのママさんも健康を害しているそうです。

止めようかな、止めようかな、、。

意志の弱い、ホンとに弱い一市井人です。皆さんのご意見を参考に、明日は、禁煙してみます。

チャレンジ!!!

 こんにちは。
 私としては、飲酒など煙草以外の嗜好品への規制も、その加害性に応じて議論されるべきだと思う。

◆ 酒と煙草と・・、加害性 ◆

 2005年制作のアメリカ映画『コンスタンティン』(原題: Constantine)は非常に宗教色の強い映画だが、その内容は支離滅裂で面白かった(笑。愛飲酒が強烈な煙臭が通にはこたえられないと評判でバランタイン原酒モルト「魔法の7柱」のひとつといわれるアードベッグ、長年の重度な喫煙癖の為、現在末期の肺ガンで余命幾許も無い男ジョン・コンスタンティン(キアヌ・リーヴス演、イニシャル J.C.=イエス・キリスト)が、神から与えられた力を私利私欲に用いるのを悔い改め、その力を駆使して悪魔祓いによる善行を積むことによって神の恩赦を獲得し、死後地獄行きが確定している自身の運命を変えようと画策する。

 煙草や酒は嗜好品であるが、煙草への嫌感は異常に強い。喫煙者の近傍にいる者が蒙る紫煙(副流煙)に対する嫌臭感と、最近声高に喧伝される健康被害によるものだろうと思う。健康被害を主に蒙るのは喫煙者自身であって、それは喫煙者自身が負えばよい責任だと思うが、そのことによって費やされる医療費は薄く国民全体によって賄われているので、実はそうもいかない。しかし、それは喫煙に限ったことなのか、喫煙が特に影響が大きいことで、社会が許容、寛容する範囲を超えているということなのか、どうだろう?他にも、パフューム・コロン、化粧品や石鹸、洗剤・柔軟材に含まれる化学物質臭、干物・立ちション跡などのアンモニア臭、葱・韮・大蒜などの硫化物臭、・・・等度を過ぎて吐き気がする(つまり、健康被害誘引)ものもある他、特に化学物質アレルギー被害についてのデリカシー欠如も散見されるが、これ等については雑談の域を超えて俎上に上ることは稀有である。

 酒と煙草に限ってみてみると、飲酒を悪徳とする宗教は、仏教、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教の一部等多々あり、中には禁酒を戒律とするものもあある。国として飲酒に規制をかけている国は、タイ王国、スリランカ、インドの一部の州、オーストラリア、ラテンアメリカ諸国の一部、イスラム諸国の大半等多くある。しかし、昨今、健康被害の観点から喫煙に規制をしている国は多くなりつつあるが、喫煙を悪徳として“声高に謳う”宗教戒律は少ない。これ等のことは、有史以来殆ど全ての地域で何らかのアルコール飲料があり、飲酒は人類の歴史と共にあったといえるのに対し、喫煙は新大陸から西欧等に持ち込まれて広がったもので、それぞれが辿った歴史的な長さは大きく異なり、文明・文化・宗教に与えた影響に大差があるからだろうと思う。

 飲酒と喫煙が健康に及ぼす影響について、喫煙については多くの書き込みがあるので、飲酒に限って、定性的にみてみる。酒に含まれるアルコール(エタノール)は、中枢神経系に作用し脳の神経活動を抑制(麻酔作用)する物質である。すなわち飲酒という行為は、運動機能の低下、理性・自制心の低下、動態視力・集中力・認知能力・状況判断力の低下等を生じさせる。吸収されたアルコールは迅速に酸化されアセトアルデヒドとなる。アルコールの代謝物であるアセトアルデヒドは高い毒性を持ち、飲酒後の頭痛・不快感などや、発がん性が有り、膵臓がん、口腔がん、食道がん、咽頭がん、大腸がん(リスク約1.4倍増、日本人では欧米人よりも同じ飲酒量でも大腸癌のリスク増加は若干多い傾向にあるとされている)などの発症が高くなる。また、飲酒時摂取食物に起因する高脂血症、糖尿、高血圧、・・etc.、飲酒に纏わる健康被害は枚挙に暇がない。つまり、飲酒は喫煙と同じく深刻な健康被害を齎す。最近、極めて有害であるアルコールの真実を効果的に伝える必要があるとして、注意喚起を行う動きが広まりつつあるという。

 喫煙の加害性については副流煙による受動喫煙や、火災原因など多くが語られ周知だが、飲酒の加害性については飲酒運転事故だけが突出して語られている。しかし、飲酒の加害性は、その結果として理性・自制心の低下や認知能力・状況判断力の低下が齎す人間性の変質に起因し、犯罪となるものも少なくない。警視庁犯罪白書平成20年版によれば、傷害・暴行事犯者の犯行動機・原因をみると、飲酒中によるものがなんと多いことか。飲酒時のDV、酒席等におけるアルコールハラスメント、飲酒後の路上放尿・吐瀉、ラッシュ時のアルコール・吐瀉物臭、大声で叫ぶ歌うの騒音、・・・etc.、犯罪と境界にあるような加害性も枚挙に暇がない。

 喫煙と飲酒の加害性には質的相違が厳然としてあるように思う。喫煙については、火の付いた煙草に起因する受動喫煙、持ち歩きに寄る火傷等で、どこで火をつけるかを注意すれば済むことだ。一方、飲酒の加害性は、アルコール飲料そのものではなく、飲酒した者の人間性の変質、運動機能の低下、理性・自制心の低下、動態視力・集中力・認知能力・状況判断力の低下等によるものであり、その変質した者の移動と共に加害場所が移動し、概して暴力的に、自己中心的になる。その典型が飲酒運転による交通事故である。また、この人間性の変質が、予想を超えて「えっ あの人がそんなことを・・!」、自身の予想をも超えて「はぁ~ 私がそんなことを・・・?!」等と起こることは、皆さんの多くが経験されているのではないのかと思う(笑。

 被害の大きさ、頻度の程度差はあれ、嗜好品による使用者自身の健康被害や加害性は種々多々ある。それらをどのように社会で許容するのかが問われているのであるが、飲酒と喫煙に限ってみれば、健康被害による医療費負担問題と、加害性の強制的抑制がある。先のジョン・コンタンティンのように神から特別な力を与えられて、その力によって罪を贖うことが出来ないとすれば、嗜好者自身で全ての責任を負うか、社会全体に希薄化して、社会全体で責任を負うのかのいずれかだ。それぞれが嗜好品であることは認められ、それぞれに社会に及ぼす好影響も少なくないと認められるなら、一部は社会全体で負うことにしても良いとされるはずである。

 社会全体で負う部分は、嗜好行為をその社会の総意としてある程度のリスクも含めて許容、寛容するとことだ。嗜好者自身が負う部分は、一部は嗜好品に課せられた税によって賄われ、他は法律や条例などによる規制という形で嗜好者に負わされる。その際の税のあり方については、様々議論はあるが、従量課税方式の提案など他テーマへの投稿
< また言葉の問題?!「地域主権」-2 >投稿者: ばろんでっせ | 2009年11月 3日 09:05
で私見の一部を書いた。規制のあり方については、喫煙の場合はその特性により場所規制が適当であると思うが、飲酒の場合はその特性により場所規制は適さない。飲酒に規制をかけることが良いか否かの議論は他所に譲ることとして、もし規制をかけるなら、一部の国で採用されている許可制にする方法しかないように思う。私は、アルコール依存症の拡大や潜伏性、飲酒が加害の一因である被害の拡大や重大性を省みれば、やっても良い、やるべきだとも思う。

 因みに、私は煙草もお酒も愛している。最近は少々愛想つかされ、片思い気味ではあるが・・・(笑。

・ 過言があれば思い余ってのこととご容赦いただき、浅学故の間違いには指摘、訂正などしていただければ幸いですが、叱咤や無視でもよいです。(笑
・ この投稿への反論・攻撃・賛同・質問は拝読するに止め、直接お応えすることは控えます。機会があれば別投稿にて改めて私見を書かせていただきます。あしからず。
 (時間を置かずお応えする保障がありませんし、喧嘩は嫌ですから。(笑  )
・ まさか無いと思いますが、転載される際は論旨変更不可、誤字脱字訂正可でお願いします。(笑

たばこの被害について、科学的に立証云々というより、喫煙と云う行為が周囲の非喫煙者にとり不快感を与えると言う事の方が問題だと思います。ならば香水その他悪臭は?とおっしゃるが程度の問題で、たばこの煙とにおいがダメと言う方は圧倒的に多いのではないでしょうか?アンケート取ってみたら面白いと思います。
たばこを止めた経験から言うと、私も周囲の人も過去喫煙者の方がより煙・匂いに不快感訴えているように思いますが皆様の周囲の方はどうでしょうか?

この問題は一言で言えば「いじめと強欲」でしょう。

タバコの匂いが嫌いという理由だけで自分は一切何の我慢もしようとしないで、一見科学的な裏づけを錦の御旗にしてマスコミや政府の力をバックに声高に喫煙者を非難する、多勢に無勢のいじめとしか見えません。
タバコは遥か昔から続いてきた嗜好品であり本人の健康には悪いかも知れませんが、周りの人の健康に影響するなどとはよほど特殊な状況を除いて常識的科学的に考えてありえない話だと思います。
それをすれ違っただけでも他人の健康を害するように言い、駅のホームの端に追いやり、駅から締め出し、どこやらでは海水浴場からも締め出すなどと訳のわからない喫煙者バッシングが拡大していきます。
私はタバコの煙が気になったら少し離れますし、排気ガス臭い道路は避けて歩きますし、隣の家でくさやの干物を焼いたら窓を閉めます。どうにもならない場合は文句を言いますが我慢できる範囲であれば少しは我慢します。
最近の嫌煙者の言い分は、臭いから俺の近くで吸うな、匂いがつくから俺の行くところで吸うな、他人の健康に悪いから俺の行かないところでも吸うなで、一切我慢する気も譲る気もなしで唯我独尊、あまりにも強欲ではありませんか。
また、私も以前は吸っていましたがという方々の変に上から目線の物言いは気持ち悪いものです。私は医者だという方々も呼吸器系のお医者様なのかどうか知りませんがタバコの害について本当に文献を当たって調べたのでしょうか。厚生労働省->医師会->お医者様の流れで指令が出ているような気がしてなりません。
嫌煙運動もずいぶん前からありましたが盛り上がりには欠けていました。それが20年程前に副流煙というものを言い出して政府やマスコミの後押しで急激に盛り上がり始め今のこの状態に至っているものと理解しています。
私のような喫煙者と非喫煙者がそれなりに仲良く共存していた時代を生きてきたものには、今の状況にはとても違和感を感じますし少し陰謀の匂いも感じます。
喫煙の害のデータもえらく古いものしかないようですし、一度本格的な疫学調査を行なってみたらどうかと思うのですが政府にはその気がないようで一向に調査がされる様子はありません。

政府にしても喫煙者の健康だの医療費がどうのと言うのであれば、本当のところどれほどの健康被害があるのか、それが医療費をどれだけ増加させているのか、はっきり検証して必要ならタバコの全面禁止に踏み切るくらいの覚悟で望んで欲しいものです。
税金欲しさで中途半端に値上げを繰り返すのは見苦しい限りで国民の健康を理由にした単なる強欲としか思えません。
本気で健康を言うなら日本はタバコの全面禁止に踏み切り世界で初の禁煙国としての立国を図ったら如何でしょうか。
世界中から馬鹿にされるかもしれませんが。

100%禁止ではありませんがブータンが世界初の禁煙国です。

禁煙をしようとしている方へ。

私はタバコを一日2箱、お酒を飲みに行って合計4箱ほど吸うヘビースモーカーでしたが、タバコを止めよう、と思ってから一度のチャレンジで止めることができたので、参考までに。
私の禁煙方法はとても簡単で、一日の中でタバコを吸いたくなる状況を一つづつ克服していく(習慣を消していく)と、いずれタバコを吸わなくなるのではと考え、実行し成功しました。
目覚めの一服から、食後、仕事中、休憩時間、飲食店などなど「この場面でタバコを吸わなければ、禁煙に成功できる」と自分に言い聞かせるのです。自分の弱い意志との戦いです。口が淋しいからといって、アメやガムを口に入れてはいけません。タバコは常に自分の手に届く所に置いておき、いつでも吸える状態にします。もしこの方法で禁煙に成功したら、あなたは、たかがタバコの禁煙に成功したばかりでなく、自分をコントロールできる、強い意志を手に入れたことになります。また禁煙中はあまり厳しく考えず、自分の行動を自分が傍観し、励ますような気持ちで遊び心を入れ、チャレンジするといいかもしれません。私は、大酒飲みでもありますが、この方法で1年ほど禁酒もしてみました。いまでは元の大酒飲みに戻っていますが、お酒も止める気になればいつでも止めれる、との自信もあります。しかし、今のところなかなかその気が起きません。

老いぼれ猫さん、万歳


皆さん、そんなにたばこがよくないと云いながら、なぜ「禁煙を国家の法とせよ」と云わないの?
いっそ、憲法第104条でも作って「我が国は、喫煙とたばこの製造は、そのいっさいを放棄する」とでもすればいいじゃん。

でも、ほとんどの人は、喫煙を非難するだけ。
おかしいだろ、あんた達。

なぜいけないかと尋ねれば、「健康」「危険」「臭い」なんたらかんたら…

だったら、たばこを禁止しようよ!

神保さんも、公権力がドウノコウノ奇麗事を並べて、うだうだ云うのはおやめよ。

皆様のご希望は、「お金」でしょ。
その課税態度がどうなのか?という問題だよ。

たばこ税がなくなると、2,5兆円の歳入欠損を何かで穴埋めしなければいけない。
500円にすりゃ5兆円かな?税収が増えちまう、なんともおいしい作戦さ。(低脳極まりない理屈)
禁煙法なんつったら、あんたがたは、これ連帯責任ですよ。払えるかい?

「俺あ、やだね」

キーワード「たばこ」「経済損失」でググってみれば、7兆いくらという数字が出てくるけど、どうせ喫煙者は信じないんだろうな。

喫煙場所が日々狭まっていくのはもうあきらめている。喫煙者はすでに社会的弱者、いや社会的はみだし者扱いだが、それも仕方ない。先月三十日、仕事で新幹線新神戸駅で降り、タクシーに乗ったところ、〈禁煙〉の表示がないではないか。

「おっ、たばこ、いいですか」

 と私は思わず口走っていた。

「どうぞ、どうぞ。だけど、きょう限りですわ。あすから兵庫も大阪も全面禁煙……」

「全面かあ、東京と同じになるんだ」

「すんません。わたしも喫うから不便なんやけど、お客さんには迷惑かけるんでねえ」

「なぜ全面なの」

「わかりまへん。方針ですわ」

「どこの方針?」

「会社の方針ですわ」

 運転手と議論してもどうなるものでもない。たばこ喫いにとって最後の駆け込み寺だったタクシーも、もう全国的にだめになってゆく。

 たまたまだろうが、翌三十一日付の新聞朝刊、一面トップに、

〈首相、たばこ増税に意欲〉

 の見出しが躍っていた。政府税制調査会が各省庁からの来年度税制改正要望を締め切ったが、厚生労働省が〈たばこ税率の引き上げ〉を求め、それを受けて鳩山由紀夫首相が、

「環境や人間の体の面から見て、増税の方向があり得べしかなとは思う」

 と述べたからである。要望に引き上げ幅は示されていないが、新聞には一箱三〇〇円から五〇〇円への値上げ案が報じられていた。厚労省関係者がリークしたのだろう。長妻昭厚労相も十一月一日のテレビ番組で、

「たばこは健康の問題もある。ヨーロッパ並みにする必要がある」

 と言っている。

 ヨーロッパ並み、というのは、一箱(二十本入り)の値段が、イギリス八五〇円、フランス五五〇円、ドイツ四六六円、米ニューヨーク市七〇四円、カナダ六五〇円、豪州六〇〇円、厚労省幹部は、

「先進国をならすと六〇〇円。日本の売り値は半分だ。相当に低い。この二十年で八〇円しか上がっていないのだから」

 などと言い続けてきた。まるで安いことが不当であるかのような口ぶりだ。安いのは誇らしいことではないか。

 ついでにたばこ税のことを言えば、いまの三〇〇円で一本の課税が八・七円、税収は国と地方あわせて二兆円強だ。かりに五〇〇円にすれば、喫煙者の減少率がはっきりしないから正確には算定できないが、数千億円の増税を見込むことができる。

 ◇値上げの狙いは税収増 健康第一は一種の欺瞞
 しかし、困った時のたばこ頼みは土台おかしい。かつて、旧国鉄の借金をたばこ増税で埋めたこともある。国家は随分ムチャなことをするもんだ、とその時私は思った。喫煙は反社会的な行為だから、ペナルティーで課税を増やすのは当然、というような風潮が読み取れるが、これはいわば国家的いじめに類する。到底許されるものではない。

 増税が緊急の要請なら、協力するのにやぶさかではないが、折り目が大切だ。増税の理由として、鳩山さんが、

「人間の体の面から……」

 と言い、長妻さんが、

「健康の問題もある」

 と言っているのは、どういう意味なのか。素直に聞けば、値上げをすれば喫煙者が減るので、国民の健康維持に望ましい、と考えているように理解される。それが主目的なら、目に見えて減るくらい値上げしなければ実効性がない。昨年も、理由のあいまいな一〇〇〇円論が広がって結局不発に終わったが、本当に〈健康〉が第一というなら一〇〇〇円くらいにしなければ意味がない。

 だが、鳩山さんらの狙いが税収増であることは明白だ。五〇〇円案がでるのは、それくらいなら喫煙者の減少も大したことはなく、結果的に増税できるという読みがあるからだろう。

 にもかかわらず、いかにも体の健康を第一に考えて値上げするかのようなポーズをとるのは、まぎらわしいというより、一種の欺瞞ではないか。

 健康と増税の二兎を追うような言い方は、政治のけじめとして納得できない。政治にはウソがつきものだが、それはウソも方便のケースがありうるということであって、基本は正直でなければならない。鳩山さんは正直に、私たち喫煙者に対して、

「新たな増税をお願いしたい」

 と頭を下げるべきである。並の増税ではないのだ。五〇〇円案が通るとすれば、一気に七割の値上げだから、これはまぎれもない重税である。

 ほかの物価にくらべると、ケタ違いの値上げ幅がたばこにだけまかり通るわけで、説明がつくはずがない。欧米との対比はまったく説得力がない。国内たばこ販売シェアが六割以上ある日本たばこ産業(JT)が、

「ペナルティー的な課税は喫煙者の納得を得られない」

 と値上げに反対しているのに、政府が推進しようとするのは自由な市場経済のルールにももとる。

〈コンクリートから人へ〉

 が鳩山新政権のメーン・スローガンだ。人間を大切にする政治をぜひ実現してもらいたい。

 だが、その人間とは何か、をもっと厳密に深く考えないと、スローガン倒れになる。喫煙者も人間である。たばこを喫う人間は価値が低いという認識なら、本当の人間尊重とは言えない。増税ニュースのなかには、

〈たばこ増税は反対論が少ない貴重な税収源として扱われてきた〉

 という記述もみられたが、喫煙者は反対を控え我慢してきただけだ。弱者だと思ってバカにしてはいけない

>>http://mainichi.jp/select/seiji/iwami/news/20091110org00m010018000c.html

タバコの匂いが嫌だと言う方が居ますが、私は夜の電車の酒の匂いとか嘔吐物の方が苦手です。だからといって嫌煙家のように激烈な理論で酒を否定したりはしません。

なぜなら自分にとって不利益な規制を増やしてもいたちごっこで、次は自分の利益になる物が規制されるかも知れません。規制の多い世の中は暮らしにくいのも事実だという事をよく考えてみては如何でしょうか。

増税の議論に関して言わしてもらえれば、欧米並みに引き上げるのも結構でしょう。ただし航空運賃など海外に比べて不当に値段の高い物は当然引き下げる方向ですよね。
一つの案件だけをグローバル化し、全体をグローバル化しないのは間違っている。グローバル化が是と言う訳ではないが、しないのなら全てしないのが理にかなっている。

また当然タバコ税を欧米先進国に足並みを揃えるのなら、大麻に関する法律も欧米の先進国と同じにした方が良い。

私にとって、タバコと税金の関係はどうでもいいことで、例えばタバコが1箱¥100になろうが¥600になろうがあまり気にしません。
ここでのタバコを吸わない人から愛煙家への投稿は、単純に「タバコは体にあまり良くないから止めた方がいいのでは」、というメッセージでしかないと思います。
きのう、私の知人のお父さんが、退職後間もないけれどガンを宣告されました。もう体中に転位し、手遅れとのことです。タバコが原因らしいとのことです。また、私の古くからの友人は、二人ともヘビースモーカーでしたが、それぞれ心臓の手術と胃の摘出をしました。二人とも今では元気ですが、タバコを止めています。その上、自分の好きな食べ物や飲み物を、控える生活をしています。
「タバコは嗜好品で自由に吸わせろ」。という方がいますが、あなたが万が一それが原因で病気にかかった場合、おそらくあなたの回りには、一緒に悩み苦しむ人が何人かいるはずです。この方たちの為に、またご自分の人生の為にも、一度「禁煙」を試してはいかがでしようか。私の経験では、タバコを吸うことによって得られる(ストレス解消やホットする、頭がスッキリするなど)ことは、すべて習慣的なことで、タバコとまったく関係ないと思いました。むしろタバコを止めることで、頭は冴え、体はスッキリし、ストレスも少なくなりました。言葉で表現すると、何というか「体中の血液の流れがキレイになった」。とでもいうのでしようか。

賢い嫌煙家の方がいっぱいいらっしゃいますが、教えていただけますが?
番組でもありましたが、喫煙者が激減しているのに、肺ガン患者が増大しているのはどうして?

「北の蛍族」

老猫が泣く 元株が泣く
少し遅れて 赤虎が泣く
高野いつ泣く 投影が揺れて
黒い課税が 決まる頃

もしも私が 止めたなら
人の良心を つき破り
凄い罵声が 飛ぶでしょう

ホーホー蛍族 飛んで行け
恋しい匂いの 喫煙コーナーへ行け
ホーホー蛍族 飛んで行け
世間の怨みを忘れて 吸いに行け

灰が舞う 煙が舞う
イップクしながら 会話が舞う
心いつ舞う 思いをとげて
煙草の炎が つきるまで

たとえ遠くに はなれても
タバコの匂いを 追いながら
心の蛍が 飛ぶでしょう

ホーホー蛍族 飛んで行け
恋しい匂いの 喫煙コーナーへ行け
ホーホー蛍族 飛んで行け
世間の怨みを忘れて 吸いに行け

投影ではなく灯影でした。
大変失礼致しました。

「蛍岬」

浜の街ではもう 喫煙者を県外へ
締め出しているらしい
理由のわからない課税で 悩んでいるうち
小遣いが底をついてしまうから
吸い終えた シケモクを
ひろい集めて 辞書の紙で巻こう
蛍の春は 何もない春です

日々のバッシングはいやでも やってくるけど
静かに 聞いてしまおう
いじめられる事だけが 生きる事だと
飼い馴らしすぎたので
背中を丸めながら 吸うなんて
ああ、きらわれ者 なんだよね
蛍の春は 何もない春です
しいたげられた友達が 訪ねてきたよ
遠慮はいらないから くゆらせてゆきなよ

オウム真理教信者は、サリンをばら撒いても加害者意識を微塵も持たず、むしろ「グルは素晴らしい。グル逮捕は不当だ。」と泣き喚いていた。親が脱退を促そうが、被害者が何を言おうが無駄であった。

遺族はオウム真理教信者を「加害者」だと思っているが、信者は自身を「被害者」「周りからいじめられている」と思っているのだから、話がかみ合うわけがない。

洗脳とは恐ろしい。洗脳が解けた元信者は幸運だ。

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Profile

神保哲生(じんぼう・てつお)

-----<経歴>-----

1961年東京生まれ。
15歳で渡米。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。
クリスチャン・サイエンス・モニター記者、AP通信記者を経て独立。
ビデオジャーナリストの草分けとして、日米の放送局に映像リポートやドキュメンタリーを多数提供。
2000年1月、世界初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を立ち上げ代表に就任。
2001年4月より『ビデオニュース・ドットコム』で宮台真司氏と人気ニュース番組「マル激トーク・オン・ディマンド」のキャスターを務め、現在にいたる。
2005年4月より立命館大学産業社会学部教授を兼務。
2008年4月より、早稲田大学ジャーナリズム大学 院非常勤講師を兼務。
専門は地球環境問題、開発経済、メディア倫理、日米政治関係。

BookMarks

ビデオニュース・ドットコム(有料会員登録制)
http://www.videonews.com/

ビデオジャーナリスト神保哲生のブログ
http://www.jimbo.tv/

マル激!メールマガジン
↓ ↓ ↓


-----<著書>-----

新刊!
↓ ↓ ↓

『格差社会という不幸』
2009年12月、春秋社、共著


『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』
2009年7月、ダイヤモンド社


『オルタナティブ・メディア―変革のための市民メディア入門』
2008年12月、大月書店、翻訳・解説


『教育をめぐる虚構と真実』
2008年10月、春秋社、共著


『ツバル―地球温暖化に沈む国』
2007年7月、春秋社、増補版


『ビデオジャーナリズム―カメラを持って世界に飛び出そう』
2006年7月、明石書店


『中国―隣りの大国とのつきあいかた』
2007年6月、春秋社、共著


『アメリカン・ディストピア―21世紀の戦争とジャーナリズム』
2003年9月、春秋社、共著


『天皇と日本のナショナリズム』
2006年11月、春秋社、共著


『ネット社会の未来像』
2006年1月、春秋社、共著

『粉飾戦争―ブッシュ政権と幻の大量破壊兵器』
2004年3月、インフォバーン、監訳

『プロパガンダ株式会社―アメリカ文化の広告代理店』
2004年8月、明石書店、解説

『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』
2002年10月、春秋社、共著

『地雷リポート』
1997年11月、築地書館

『ビデオジャーナリストの挑戦』
1995年11月、ほんの木

『重要政策全比較―シリウス・日本新党・平成維新の会』
1993年7月、ほんの木

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